彼の人生は生まれた時から不幸だった。産まれてすぐ、父が死んだ。それだけならまだ可愛い方で数ヶ月後には母が死んだ。両親共親族から縁を切られているのか彼に頼る術は無く、そもそも赤ん坊であるが故にどうする事も出来ず、唯一母の知人が異変に気付いたお陰で彼はどうにか生きていた。
だが、彼は更なる苦難に遭った。小学校でのいじめである。物を隠される、無視されるはまだ穏便な方で酷い時は殴り掛かられた事さえあった。その全てに彼は耐え、時には反撃した。しかしそれでも尚いじめは無くならなかった。何故かはわからない。それでも彼は辛うじて引き篭もりにはならなかった。
母の知人、いや今では義理の母とも言うべき人の味方がいたからだ。
それから数年して、彼にまた苦難がやってきた。高校受験だった。彼はお世辞にも頭が良い訳ではない。悪いと言うほどでもないが、少なくとも公立や県立に受かる様な頭は持っていなかった。
であるならば私立を受ければ良い訳ではあるがしかし、彼の義母にそんな予算は無かった。いや、無理をして、それこそ闇金にも手を出せば払えない事はない。
しかしそれを彼は拒んだ。10年以上も自分に愛を注ぎ世話を焼き、あらゆる艱難辛苦に耐えて自分を育ててくれた義母にこれ以上の難苦を与えたくなかった。
たとえそれが自分の未来を狭め惨めに生きていく事になったとしても、彼に悔いはなかった。
それに神は微笑んだのか。担任の教師が彼にある高校の推薦状を渡した。豊葦原千五百秋水穂学園、通称豊葦原学園だった。全寮制の高校で他の高校と違い5年ほど通わなければならないとの事だったが、彼は快諾した。
何故ならお金が殆ど掛からない。そして義母に殆ど迷惑をかける事なく高卒の認定証を貰えるのだ。しかも取ろうと思えば色々な免許も格安で取得出来る。この恩恵は彼にとってとてつもなくでかかった。
この認定証さえあれば職に就ける。多種多様な免許も取ればそれこそ中卒なんかよりも余程良い給料で就職出来る。
故に彼は選んだ。七難八苦を与える学園、豊葦原学園へ。鬼がいて、神がいて、死人がいる地獄の様な学園へと。
ーーー
彼は電車から降りてすぐ、この学園の異変に気付いた。というよりも気付かされた。
「ほー、中々見ない街並みだ」
彼の目の前に広がる学生街。そこには一般的なレストランや小物店、服屋の間に挟まる様に鍛冶屋や魔法具店が立ち並んでいた。端的に言って異物だ。
だがそれは彼だけらしい。彼と一緒の電車に乗っていた他の学生達は特に大きな反応を示さず、なんなら物見遊山していた。ここの在校生だろう男子生徒は剣を腰に佩き、女子生徒は如何にもな杖を持っているのだから、これが日常なのだろう。
「ここはそういうとこなのか」
通りでネットで検索しても本で調べても出て来ない訳だ。となると推薦状を出してきたあの教師もここの卒業生だったのだろうか。
そう考えながら道を歩き学生街を抜けていくと、正門が見えてきた。全容を全く把握できないが随分と豪奢な学舎が建ち並び、威圧感を放っている。
「なんだか歴史の教科書に出てきそうな建物だ」
そうして彼は一歩、中へと入った。
ーーー
彼がこれから暮らす男子寮、灰鳩荘。ここを含めた木造の荘はエントリークラスと言われており、新入生は全員ここに入る事が強制されている。そして新入生は全員最上階の3階と決まっていた。しかも相部屋。プライベートなんてものは宇宙の彼方へ旅立ってしまっていたのだ。
そんな男子寮の相部屋の前に立った彼は、一応ノックしてから部屋に入った。
「こんにちは」
「あ、えっと…こんにちは…?」
彼が扉を開けて中へ入ると、根暗そうな男子がベッドの上に座っていた。
良かった、マスターベーションの現場には出くわさなかった様だ。
そんな失礼な事を考えているとはつゆ知らず、同室となった男子はこちらを伺っていた。
「君が同室の人か?」
「え?あ、うんそうだよ」
「そうか、君か。俺は
「あ、よろしく。名前は新太郎でいいよ」
「そっか。それじゃ、新太郎。これからよろしく」
そうして入学初日の日が過ぎ去った。