【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「しゃきっとしなさいよ、エリカ。ご主人様がいないからって、少しだらしないんじゃない」
コゼが笑った。
ギルド本部のロビーにあるテーブルのひとつで、突っ伏すように休んでいたエリカは、むっとして顔をあげた。
「どの口で言ってんのよ、コゼ。あんたのせいでしょう。絶対に夕方には仕返しするからね」
周囲に声が漏れないように注意しながら、エリカは小さく噛みついた。
「なんで、あたしのせいなのよ。ご主人様が命令したんでしょう?」
「あんたがロウ様に入れ知恵して、けしかけたからじゃない。酷いわよ……」
「でも、最終的に命令したのはご主人様よ。それをあたしのせいにするなんて、八つ当たりじゃない……。それに責められたのは、あんただけじゃないのよ。シャングリアを見なさいよ。しゃんとしてるわ」
「ふざけるんじゃないわよ──」
エリカは思わず声を荒げた。
そもそも、これほどまでに、エリカが疲労困憊しているのには理由があった。
ここへ来る前に受けさせられた、朝の「遊び」──「どじょう責め」だ。
もともとは料理用に川辺の物売りから買ったどじょうを、コゼが見つけて思いついた遊びだった。ロウと、ロウに支配された女たちのあいだには、ひとつの取り決めがある。
──「ご主人様」を悦ばせる「責め」のアイデアを出し、採用されれば、その発案者が犠牲者を指名できる。
もっとも、それを言い出したのもコゼであり、ロウが認めただけだ。取り決めそのものにも、エリカは同意した覚えはない。
まあ、それはいいのだが……。
ともかく、コゼの発案が採用され、指名されたのはエリカとシャングリアだった。
二人で地下の調教室で全裸のまま逆さに吊られ、膣と尻穴を“くすこ”で拡げられ、そこにどじょうを数匹ずつ入れられたのだ。
暴れ回る魚の気持ち悪さと苦しさは快楽とは程遠く、さすがにエリカは泣き叫び続けた。横のシャングリアもだ。
その責めは長く続き、いまもエリカの体力は戻らない。
「前から思っていたのだが、エリカはロウの調教が好きではないのか?」
シャングリアが小声で尋ねてきた。
「す、好きとか嫌いとか……。でも、あんただって同じ目に遭ったのに、大丈夫なの?」
エリカは彼女に言い返す。
シャングリアも同じように朝から「どじょう責め」を受けていたのだ。
「あれはつらかったが、ロウのやることだからな……でも、終わった後は、なんというか、充実感があるんだ。命じられたことをやり抜いた──という嬉しさだ。調教がきつければきついほど、終えたときに満たされる。いまは疲れてはいるが、悪くない気分だ」
シャングリアはにっこり笑った。
彼女の素直な言葉に、エリカは驚きを隠せない。
「そんな風に思えるの?」
魚を入れられ泣き喚くような責めに充実感を覚えるなど、エリカには到底理解できなかった。
そのやり取りを横で聞いていたコゼがくすくすと笑った。
「なによ?」
意味ありげな笑みに、エリカは眉をひそめる。
コゼは周囲を確かめると、ふたりに顔を寄せた。
「……あんたらは同じマゾだけど、性質が違うのよ。エリカは責められて感じる身体をしてるのに、心では受け入れてない。シャングリアは積極的に楽しむ。つまりは、消極的なマゾと積極的なマゾ……」
コゼは愉しそうに喉を鳴らした。
彼女もまた、ロウに救われた思いを胸に秘めている。だから調教を肯定できるのだ。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。わ、わたしだって受け入れているわよ。ロウ様のすることなら……それが償いでもあるし……」
ロウという外界人をこの世界に召喚したのは、ほかならぬエリカだ。召喚の前には、ロウにも人生があり、友人も家族もいたはずだと思う。
それをすべて捨てさせ、この異世界に連れ込んだのだ。
しかも意思に反して、奴隷にするために……。
いま思えば、どれほどの償いをしても足りない仕打ちだ。
だからこそエリカは、ロウの命令であればどんな責めでも受け入れると決めていた。
「それよ、それ──」
コゼがにやにや笑った。
「それ?」
「あんたって、ときどき“償い”って口にするじゃない。ご主人様の奴隷であることを、心の底から受け入れていない証拠よ。まあ、誇り高いエルフ族だものね、それは仕方ないかもしれないけど」
「なによ……。嫌な言い方するじゃない……。わたしもロウ様の愛人よ。どんなことでも、それを受け入れてるわ」
「ほら、いまも“受け入れてる”って言ったでしょ。あたしからすると、それがもう違うのよ。別に悪いって、言ってるわけじゃないわ。ただ、あたしとは立ち位置が違うなって思ってるだけよ」
「……なにが違うっていうのよ?」
エリカはむっとして言い返した。
自分は一番最初にロウの女になったのだ。
コゼの物言いは、まるで自分よりも積極的に性奴隷をやっていると誇示しているようで、気に入らない。
「まったく違うわ。あたしにとって、ご主人様は救世主なの。受け入れるとか受け入れないとかじゃないのよ。もし出会わなければ、あたしは死ぬより惨めな人生を歩いてた。こんなふうに笑える日なんて来なかった。だから、ご主人様から受ける調教は好きよ。違う人生が百回あったとしても、やっぱり性奴隷を選ぶわね」
「なに言ってんのよ……。だってあんた、ロウ様にすり寄って責め側に回るでしょ。そりゃあ、そんな気持ちにもなるわよ」
エリカは頬を膨らませた。
今朝だってそうだが、なぜかコゼは責める役に回ることが多い。
もちろん同じように調教も受けるのだが、どう考えても自分の方が多く責められている 気がする。
「じゃあ、シャングリアにも聞いてみなさいよ」
コゼが笑みを残したまま横を向いた。
「ねえ、シャングリア。あんたはどんな気持ちでご主人様の調教を受けてる?」
「わたしか? そうだな……。ロウは鬼畜で好色だ。だが、どうやらこのわたしも好色だったらしい。この二箇月でよくわかった。最初は“まぞ”という言葉の意味がよくわからなかったが、説明を受けると納得できた。うん──わたしはまぞだな。ロウ専用の、な」
シャングリアはあっけらかんと言って、にっこり笑った。
「正直に言えば、拘束されて、なにをされるかわからない状態になると、本当にぞくぞくする」
エリカは言葉を失った。
「もういい──。なんだか、調教を嫌がるわたしだけが悪者みたい」
椅子をがたんと引いて、エリカは立ちあがった。
「どこ行くの、エリカ?」
コゼがからかうように声をかける。
「厠よ」
エリカはぷいと横を向いて歩き出した。
なんだか、自分を否定されたような気分だった。
苛立ちを抱えたまま、エリカはギルド本部を出て裏に回る。
ギルド本部の裏手には大きな厠があり、仕切りで区切られた複数の用足し場が並んでいた。
すべて地下下水に直結しており、汚物はすぐに流される造りになっている。
エリカはその最奥のひとつに入ると、戸を閉めて内側から鍵を掛けた。
四隅を壁で囲まれた狭い空間。小さな穴を跨いでしゃがみ込み、股間を緩める。
水音が響いた、そのときだった。
──がちゃり。
鍵をしたはずの戸が、外から押し開けられた。
「なっ──」
あまりの驚きに声が途切れる。
立っていたのは見知らぬ男だった。年の頃は四十前後。顔の下半分は濃い髭に覆われている。
「うわっ、あ、あんた、なによ──?」
慌てて立ちあがりかけたが、まだ放尿は止まらない。
一度流れ出したゆばりは、力では制御できなかった。エリカはしゃがみ込んだ姿勢のまま凍りつく。
「ふふ……エルフ美女の小便姿か。いい眺めだ」
男が薄く笑った。
「出て行って──」
エリカは絶叫した。いまだに放尿は続いている。
狼狽して叫ぶが、股を閉じることもできない。羞恥と怒りが胸を焼くのに、身体が動かない。
はっとして、魔道を思い出す。とっさに男を攻撃しようとした。
「……いいぞ、怒れ……。女が小便をするところを見られるんだ。恥ずかしいだろう……。心の綻びが……たまらん……」
呻くように呟いた男の声に、エリカの全身が震えた。
次の瞬間、胸の奥に切なさのような感情が流れ込んできた。
なにをしようとしていたのかも忘れた。
身体も思考も、ぼんやりとして動かない……。
──操られてる?
そう思った瞬間、頭が真っ白になった。思考が奪われる。
放尿は終わった。だが動けない。露出している股間を隠す気にもならない。
すべてが……虚ろだった……。
しかし、眼前の男は蒼白になり、荒々しく息を吐いていた。
エリカは、その男をぼんやりと見上げていた。
「はあ……はあ……。なんだこれは……。抵抗が強すぎる……。いままでにない……。心が無防備でなければ、破れなかったか……。危なかった……」
独り言のように言葉を吐き出している。
その声音には苛立ちよりも、術を通したことへの驚きと興奮が混じっていた。
はっとして、エリカは慌てて立ちあがり、濡れた股間を拭うことも忘れて下着を引き上げた。
布が冷たく肌に貼りつくが、構う余裕はない。
「あ、あなたは……誰なの……?」
自分はこの男を知らないはずだ。
なのに、胸の奥ではどうしようもなく愛しいと感じている。
抵抗しようとする意志は確かにあるのに、それは深い水底に沈められたように弱々しく、届かない。
代わりに、従いたいという甘い衝動だけが浮かびあがってきて、頭の内側を満たしていく。
男は一歩踏み込んできた。
厚い胸板、低く落ち着いた声。まるで大きな獣に睨まれているように、全身が硬直する。
「俺は……お前の恋人だ」
その言葉が落ちてきた瞬間、エリカの心はきしんだ。
嘘だ、と理性は叫んだはずなのに、胸の奥から熱が噴き上がる。
「俺に従え、エリカ」
静かに言われただけだった。怒鳴られたわけでも、力づくで押さえられたわけでもない。
けれど、その声音は否応なく心を縛りつける。
「も、もちろん……です……」
口が勝手に動いていた。
自分の声なのに、熱を帯び、悦びに震えている。
そう答えた瞬間、胸の奥がじんわりと溶け、下腹に甘い疼きが広がっていった。
最初は驚いた。
洗脳術が押し返されかけたのは、生まれて初めての経験だった。
自分の術は絶対だ。若い女を相手にすれば、まず抗えない。老女や男に効かないのは術の性質であり、弱さではない。
だが、あのエルフ女に術をかけた瞬間、厚い壁のような抵抗を確かに感じた。
──なんだったのか、あの感覚は……?
けれど、女がひとりで小便を垂れるという、これ以上ない無防備な状態だ。
そこを突けば、どれほどの壁も砂のように崩れ落ちる。
結果、術は通り、彼女はいま完全に支配下にある。
そう理解しているのに、胸のざわめきは消えなかった。
ガリオンは改めて彼女を見下ろした。
そこにいるのは、ただの美人ではない。
黄金の髪がさらりと肩にかかり、尖った耳を縁取っている。透きとおる白肌は羞恥で薄紅を帯び、潤んだ瞳は宝石のように揺れていた。
形のよい唇はかすかに開かれ、縋るような吐息を漏らすたび、甘やかで淫らな艶を放つ。
細い首筋から胸元にかけては、呼吸に合わせて上気し、隠そうとする仕草さえも艶めきに変わる。
張りのある胸、くびれた腰、長く引き締まった脚──どこを見ても、男を惑わすために磨かれた彫像のようだ。
いや、それ以上だ。女としての色香そのものが、身体の隅々から溢れ出している。
ガリオンは息を詰めた。
この女は、なにかに「仕上げられて」いる……。その美貌は常軌を逸していた。
洗脳術で堕ちた女の極み……。絶世の美女……。
本来、エリカはただの品物にすぎない。依頼を果たして金貨百枚に換えればいい。
それだけのはずだ。
だが、濡れた下衣を慌てて直す仕草にさえ目を奪われる。
羞恥に頬を染め、潤んだ瞳で「捨てないで」と縋りついてくる姿は、術の効果と知っていても、抗いがたいほど官能的だった。
──モルドには悪いが、金貨百枚で済ませるのは、惜しい。
ガリオンの胸に、計画外の好色な欲望がじわりと広がる。
完全支配は成った。
だが同時に、この女を手放すことに強い惜しさが芽生えつつあった。
「俺はガリオン。お前の恋人だ」
微笑みかけると、女は満面の笑みを浮かべた。
釣られるように唇が綻び、頬を染め、息を弾ませて。
「も、もちろん……です……」
その声は悦びに震え、甘い熱を帯びていた。
──完全支配。
ガリオンは頷いた。
だが次の瞬間、エリカの瞳に翳りが走った。
「……でも……ロウ様から離れるなんて……できません……」
ガリオンは唖然とした。
口からこぼれたのは拒絶の言葉だけではなかった。
まるでロウを守ろうとするように、かばう響きが混じっていた。
従うと告げながら、その核心に触れた瞬間だけは、エリカの心が頑なに閉ざされる。
その声は従順さに濡れているはずなのに、言葉の芯だけは拒んでいた。
頷きながら、否定している。笑みを浮かべながら、逆らっている。支配の手応えは確かにある──なのに、核心にだけ刃を隠している。
「はあ? なんだと?」
支配は通じている──。
間違いなく効いている。その感覚もある。
だが──従うと言いながら、従いきってない。
命令を肯んじながら、その核心だけは拒もうとする。
こんなことは初めてだ。
術は通じているはずだ……。なのに、効かない。効いているのに、効ききらない……。
なぜだ、なぜだ……なぜだ──?
苛立ちが胸を焼き、焦燥が背を這いあがる。どうして、この女から洗脳術の支配が抜け落ちているのか?
「もう、一度、俺の眼を見ろ、エリカ」
「……もちろんです」
さらに術を重ね掛けする。
だが、最初に感じた小さな心の壁──。
それをまた感じた。
術の網を何重にも掛けていく。だが、やはり。かすかな抵抗がしぶとく残っている。
これか……。
そのとき、ふと視線が吸い寄せられた。
濡れた金の髪が肩に貼りつき、潤んだ瞳が涙にきらめく。頬は熱に染まり、吐息に混じる甘い匂いが漂う。
足許に残る湿りは羞恥を物語り、それすらも匂い立つ色香に変えていた。
絶世の美女──。
抗いがたい艶を帯びる。
いまのエリカはその典型だった。
このまま手に入れたい。
自分だけのものにして、どこまでも堕とし尽くしたい。
そんな衝動が胸を圧迫する。だが、同時に苛立ちが消えない。
「いいか、エリカ。俺はお前の恋人だ。俺に従わなければ、お前を捨てるしかない」
吐き捨てるように告げた。声は強く響いたが、裏には迷いがあった。
「そ、そんな……。捨てないで……」
縋るような声。涙で濡れた瞳。確かに支配下にある。
「だったら、一緒に来い」
「……でも、ロウ様が……」
ガリオンは舌打ちした。
それでもロウという名が枷のように絡みつくのか……。
ガリオンはさらに強く術を叩き込んだ。
そして、ふと思った。ロウという男が存在することが抵抗になっているのなら、存在しないと自覚させればいいのでは?
ほかでもない。このエリカにロウを殺される。
だったら、ロウから離れたくないだろうとは言わないだろう。そのロウはエリカ自身が消失させているのだ。
「ならばロウを殺せ。あの男がいる限り、お前は俺と共に生きられない。殺せ。そうしなければ、お前は俺から捨てられる」
繰り返す。何度も。逃げ場を塞ぐように。
それは命令であり、同時に己の苛立ちをぶつける叫びでもあった。
エリカの身体が震え、表情が蕩けていく。
頬が紅潮し、瞳から理性の光が抜け落ち、うっとりとした笑みへと変わる。
「……わたし……ロウ様を……殺す……。あなたと……一緒にいるために……」
その言葉を聞いた瞬間、ガリオンはようやく息を吐いた。
だが安堵の影には、なお消えない違和と、そして抑えきれぬ情欲が潜んでいた。
ガリオンは懐から短剣を取り出した。
黒紫に濡れた刃は、不気味な光沢を放つ。蠱毒の魔毒──治療術も毒消しも無効化し、下手に癒そうとすれば瞬く間に全身へ回り、確実に命を絶つ毒だった。
「これを持て、エリカ」
柄を握らせると、彼女は小さく息を呑み、頬を赤く染めた。
「……はい……」
従順に頷くその顔は甘美だった。
だが、唇からは再び迷いが零れる。
「……でも……ロウ様からは……離れられません……」
その一言に、ガリオンの胸を苛立ちが焼いた。
「よく聞け、エリカ。お前の苦しみは、ロウという鎖に繋がれているからだ。鎖を断てば、痛みも迷いも消える。 そのために殺せ。そうすれば、お前は俺と生きられる」
説得というより、叩き込むように、さっきと同じことを繰り返した。
「あなたのものに……なるため……?」
「そうだ。そのために、殺せ。さもなくば、俺はお前を捨てる」
「……いや……捨てないで……」
涙に濡れた瞳で縋りつく。
やがて蕩けるような笑みを浮かべ、うっとりと頷いた。
「……わたし……ロウ様を……殺します……。あなたと……一緒にいるために……」
その言葉を聞き、ガリオンはようやく息を吐いた。
「いい子だ。仲間の前でやれ。俺は入口の陰で見ている」
囁いて彼女を先に立たせる。
エリカは短剣を胸に抱きしめ、恍惚とした顔で頷いた。
裏庭を回ってロビーへ。
ガリオンは入口の陰に身を潜め、壁を背に気配を殺す。
そのとき、奥の扉が開いた。
姿を現したのは、黒髪の男──ロウだった。
冴えない三十五歳の風貌、無精ひげに疲れた顔つき。だが、その佇まいには妙な威圧感が宿り、場の空気を変えていた。
ガリオンは全身に戦慄を覚えた。
エリカの心を覆っていた壁の正体……すべては、この男の存在に起因していたのだ。
だからこそ命じる。
「エリカ、刺せ」
叫びではなく、支配の命令。
その瞬間、憎悪の奔流が彼女の心から溢れ、短剣を握る腕が閃いた。
肉を裂く鈍い音が響き、ロウの呻きが広間にこだました。
赤い血が音もなく床を広げていく。
──これでいい。
ガリオンは影の中で唇を歪め、エリカの手首を掴むと、一気に駆けだした。
あの男は助からない。
それで、すべてが終わるはずだ──。