【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
112 仮面の夜歩き
神殿の外に出るのは十日ぶりだった。
ひそかに神殿の自室に監禁されていたこの十日──。
病気と称して閉じこもらされていた居室から、やっと出られる。
そう思っても、スクルズの胸は弾まない。
むしろ、恐怖が肌を冷やしている。
なにしろ、スクルズは、膝までの革のブーツ以外にはなにも身につけていない全裸だ。そして、両腕の金色のブレスレット。
この十日間、いっさいの肌着すらも許されていない。
「そろそろ、行くわよ、スクルズ。神殿の者たちはすっかり寝静まっている。いまなら見回りをかいくぐって、誰にも見咎められずに外へ出られる。さあ、行こうか」
ノルズは、口元を歪めた。
神学校時代の親友だが、「理由」があり、中途退学となって行方知れずだった。だから、十日前、見習い巫女として突然現れたときは嬉しくて、つい私的に招き、昔のように過ごしてしまった──それが、いまを招いた。
手には、細い鎖の先に小さな導き輪が付いている。腰紐に通して引くためのそれを知り抜いているスクルズは、ぎゅっと息を呑んだ。
ここは、ハロンドールの誇る三大神殿のひとつ「第三神殿」であり、王都ハロルドでは、三大神殿が国王のいる雷陽宮と並んで都の象徴だ。
スクルズは、その第三神殿の筆頭巫女である。筆頭巫女は神殿長、副神殿長に次ぐ格式で、クロノスに仕える巫女の序列の最上位を意味する。男性神クロノスへの重要な祭祀は女が主宰と定められ、大神殿の大祭は筆頭巫女が執り行う。重要な役なのだ。
わずか二十五歳でその座に就いたスクルズは、神学校の同窓だったこともあり、第二神殿の筆頭巫女ベルズ、筆頭巫女に次ぐ巫女である第一神殿のウルズとともに、市井から「美貌の三人巫女」と囁かれている。
とりわけ自分は貞節の巫女として知られている──その評判が、いまは刃のように重い。
「無理よ、ノルズ。見つかってしまうわよ。神殿は厳重に管理されているの。見つからずに抜け出すなんて、不可能だわ」
「ああ、心配いらないね。あたしならできる。あんたも知ってんでしょう? あたしが天才だって」
ノルズがくすくすと喉を鳴らす。
「で、でも……」
スクルズはさすがに恐怖するしかない。
なにしろ、ノルズは、こんな裸同然の格好でスクルズを夜とはいえ、外に連れ出そうとしているのだ。
「だったら、あんたが頑張るのね。見習いでしかないあたしは見つかっても困らない。また追い出されるだけだし……。でも、有名な王都神殿の筆頭巫女のあんたは、大変な醜聞になるのは間違いないさ」
だが、この十日間──。
スクルズは、目の前のノルズから、これまでの人生では想像もしなかった屈辱と羞恥を与えられ続けていた。
ノルズは神学校時代の親友だった。
長く行方知れずだった彼女が見習い巫女として頼ってきた夜、嬉しさが勝って、私的に部屋へ招いた。
神学校のころのかたちに、たやすく戻ってしまった。肌を寄せ合ううち、手際よく拘束され、息を奪う口づけと舌のぬめり、冷たい器具の感触に意識が白く途切れた。
もともと、そういう百合愛の関係だったのだ。
明け方、下腹に鈍い熱が宿っているのを知って驚愕した。
胎の奥に小さな珠──闇魔道の紋を刻んだ小魔瘴石──を埋めたことをノルズに知らされたのだ。
しかも、いつどんなときでも、ノルズの念ひとりで合図ひとつで暴発させられる。巻き添えはひとりで済まない。神殿ひとつを容易に吹き飛ばすほどの力だという。
その脅迫で、王都大神殿の筆頭巫女のひとりのスクルズは、このノルズの「奴隷」に成り下がった。
スクルズも王都で数本の指に入る高位魔道遣いである。
ノルズの囁きが脅しではなく真実であることはすぐにわかった。
成績表では出自ゆえ上位に載らなかったが、彼女の魔道の才は、彼女が自称するとおり天才だ。魔石の力を瘴気へ歪めるという途方もない理屈を、昔から彼女だけが平然と語れたのだ。
「お願いよ、ノルズ……。考え直して……。隠れている建物のなかであれば、もう、あなたの言うことはなんでも聞くわ。だけど、外に出るのは許して」
スクルズは哀願した。
「じゃあ、そうするさ。あんたが嫌なら、あたしはここを出て、第一神殿のウルズのところか、第二神殿のベルズのところに行く。あんたに仕掛けたのと同じものを、あの二人の身体にも仕掛けてやったしね」
「ああ、そんな……」
「第一神殿と第二神殿が神官連中ごとに爆発したと知らされたら、あたしの仕業と思っていい。できるだけ人の多い場所と時間を選んでやるよ」
この十日──。同じ脅しを、スクルズは百回以上聞かされてきた。
本当にウルズとベルズにも仕込まれているのかはわからない。
だが、スクルズの腹にノルズが小さな瘴気の珠を魔道で埋めたのは確かなのだ。
ウルズとベルズとも、知古の間柄である彼女たちが、スクルズ同様に、ノルズを受け入れた可能性は高い。もっとも、ずっとノルズが見張っていたので、連絡をとることもできなかったが……。
元来、魔瘴石は、異界の瘴気が結晶化したものだ。瘴気溜まりが開けば瘴気を吸って肥え、やがて魔獣を呼ぶ──見つけ次第に破壊され、成した者には褒賞が与えられる。
そして、その危うい珠が、いまスクルズの腹の奥にあるのだ。しかも、魔道封じの紋様が添えられており、スクルズの魔道は封じられている。自分では取り出せない。
いまはまだ発動していないが、大爆発を起こすだけでなく、一度動けば王都に瘴気溜まりが開く──そう理解したとき、スクルズは愕然とした。
しかもノルズは、同じものをウルズとベルズにも仕掛けたという。
二人自身には自覚できぬように。周囲にはノルズの部下が張り付いており、スクルズが誰かに助けを求めたり、ノルズの所業を告げたりすれば、合図ひとつで暴発させるのだと。
スクルズにはどうしようもなかった。
王都の危機だとしても、ウルズやベルズを犠牲にはできない。
ノルズは、スクルズが命令に従うかぎり、魔瘴石を反応させないし、二人も殺さないと言う。
ノルズは声の端に嘲りを滲ませた。
「ああ……」
スクルズは項垂れた。
「支度を済ませな。脚を、もう少しだけ。言うことを聞かないなら、あたしは部下に魔道の言玉を飛ばす。あいつらは待機している。合図ひとつで、周りに張り付かせている者が魔瘴石を暴発させるよ。ふたりは死に、この王都の真ん中に瘴気溜まりがふたつ生まれる。そこからどんな魔獣が噴き出すかは知らないけれど、大騒ぎにはなるだろうね」
ノルズの声は淡々としているのに、冷たい愉悦が混じっていた。
「ほら、どうするさ、スクルズ?」
ノルズの口調には嘲りの響きがあった。
「……従うわ」
スクルズは項垂れた。
「そうだろうね……。おかしな行動もしないことさ。助けを求めようとしたと判断した時点で、ウルズとベルズも殺すよ」
ノルズは酷薄に言った。
いずれにしても、ノルズがどこかの組織に属しているのは確かだろう。
何者で、なにを目的に現れたのかは語らない。
しかし、彼女は、ただひと言、「三人への復讐」だと告げた。
その言葉は、スクルズの胸を刺した。
心当たりはある。
あの夜の“相談”が退学の端緒になったのだ。
だが、ノルズはそれ以上を説明しようとはしない。命じたのはひとつだった。──病気を装って居室にこもり、看病の下級巫女に“ノルズ”を指名すること。
こうして十日前から、筆頭巫女の居室で、ノルズによる調教めいた日々が始まった。
逆らうことは、ウルズとベルズの死──。そして、王都の瘴気溜まりの発生と魔獣の招来が引き換えだ。
スクルズは従うほかなかった。
そして、今夜で十日目──。
久しぶりに外へ出されることになった。
とりあえず、スクルズは踵の高いブーツを履かされた。まだ身につけるものは与えられてない。
「さて、ところで外出の支度さ。スクルズ。脚を開きな」
スクルズは項垂れながら、そっと脚を開いた。
「はんっ」
ノルズの指がスクルズの股間を淫らに弄りだした。
スクルズは思わず声をあげてしまった、慌てて口を閉じる。
数日前までは薄っすらと股間を覆っていた、髪の色と同じ黒
い茂みはいまはない。
ノルズによる「調教」の過程ですっかりと剃られてしまったのだ。
「あ、ああ……」
しかし、すぐに固く締めていた唇から淫らな声が漏れた。
十日のあいだ、朝も昼も夜も快楽漬けにされ、身体は信じられないくらいに敏感になっていた。
しかも、そのあいだに、スクルズが口にするものには、飲み水にも食べ物にも、かなり強い発情剤が入れられていた。
ノルズは、媚薬をスクルズの目の前で混ぜるのだ。
十日の“調整”で肌はどこもかしこも無防備で、風さえ刺すように感じられるように変わっていた。
ただじっとしているだけで悶え震える身体を、こうやって敏感な場所を指で弄られては、スクルズにはもう声を耐えることなどできなかった。
「ああっ、いやっ」
スクルズは悲鳴のような嬌声をあげた。
ノルズが、スクルズの股間を指でなぶりながら、肉芽に被っていた皮を無造作に引き剥いて、その根元に手に持っていた小さな輪を嵌めたのだ。
魔道紋でも刻まれているのか、環がスクルズの陰核に嵌まると、環がぎゅっと縮まって締めつけた。
「ひんっ」
その輪に繋がった鎖の端をしっかりとノルズは握っていたが、ノルズが、からかうように軽く鎖を引く。
金具が触れ合う微かな音が、股間で生まれた水音とともに静かな部屋に落ちる。
スクルズはこれからされようとしていることに震えた。
ノルズは、犬のようにスクルズの身体に鎖をつけて、外に連れ出そうとしているのだろう。
クリトリスに鎖を繋いで……。
「……うっ」
喉の奥に熱がこみ上げ、息が詰まる。
「いい具合さ。十日前より、ずっと扱いやすいよ。まるで神学校時代の戻ったみたいさ」
「ひいっ、引っ張らないで、ノルズ……お願い」
わざとらしく鎖を動かされて、スクルズは悲鳴をあげた。
鎖がわずかに動くだけで、股間の導き輪が存在を主張する。
逆らう気持ちは、熱とともにどこかへ沈んでいった。
四六時中口にさせられている媚薬入りの飲食物のために、身体は火照りきっている。
そのうえにクリトリスを思い切り刺激する金属の輪に締めつけられてしまっては、たまらなかった。
スクルズはたちまちに腰をくなくなと砕けさせてしまった。
「さあ、行くよ」
ノルズが黒いマントを投げた。
袖のないそれを素肌に羽織らせ、前合わせを腰の帯で結ぶ。
「両手は後ろだ。自分で締めな」
スクルズは言われるまま、あらかじめさせられている手首の金のブレスレットを噛み合わせ、ひとつにして背中側で組む。
両手首のブレスレットが結合して外れなくなる。
外すには第三者が必要であり、自分で拘束はできても、外すことはできない仕掛けだ。
「顔も隠してやろう。有名な三巫女のひとりだって、気づかれたくはないだろう?」
飾り羽根をあしらったドミノマスクが目元を覆った。
くり抜かれた部分には薄布が張られ、正面が霞む。
胸の鼓動だけが、はっきり聞こえる。
「さあ、行こうか。今夜は夜の蝶になってもらうよ……。愉しい夜になるといいね……。さあ、スクルズ。こうして支度をしていると、神学校を思い出すじゃないか。懐かしいねえ」
神学校時代──。
スクルズ、ベルズ、ウルズ、ノルズの四人は同室で、互いを慰め合う関係だった。
あの近さが油断となり、再会の夜に心の鍵は簡単に外れた。だから、受け入れてしまった。ベルズもウルズも、きっと同じだろう。
「おいで、スクルズ」
ノルズが、腰紐の導き輪に通した鎖をぐいと引く。
スクルズは息を呑み、慌てて脚を前へ進めた。
夜の街とはいえ、スクルズが身にまとっているマントの合わせ目から伸びる細い鎖は、その気になれば、すれ違う男たちにもはっきり見えたはずだ。
しかも、素肌にマント一枚という格好でありながら、両手は背で拘束されている。
前を手で押さえることができない。
歩くたびに合わせ目がわずかに離れ、白い腿がちらちらと覗く。
ノルズはわざと大股で夜の繁華街を進んでいく。マントが一気にはだけてしまうのではと、スクルズは息を詰めた。
人の目が刃のように走る。
しかも、脚を進めるたびに、肉芽が強く刺激されて、淫らな疼きが走り、股間に蜜が溢れかえる。
悲鳴が出そうになるのを何度も堪えた。
そして、足がもつれるたびにクリトリスを鎖で強く引っ張られて、泣き声をあげそうにもなった。
そうやって、しばらく、どこに向かうでもなく、ノルズに夜の王都を引きまわされた。
「ああ、いい夜だねえ」
ノルズはわざとらしく大きな声をあげる。
羞恥に襲われ、スクルズはただただ、マスクを装着されている顔を伏せた。
そうして、どこへ向かうともなく、しばらく夜の王都を引きまわされたのち、二人は薄暗い横丁に入った。
「休憩だよ、スクルズ」
「えっ?」
突然だった。
人通りのない路地にはいると、ノルズが道端の鉄杭に鎖をひと巻きさせて結んだのだ。
「ちょっとばかり、少しここで待ってな。見物人を連れてくるよ」
声色に薄い愉悦を混ぜ、ノルズは足音を残して闇の先へ消えた。
「ま、待って──」
哀願の言葉を口にする余裕もなかった。ノルズはあっという間に、スクルズを置き去りにして姿を消してしまった。
残されたスクルズは、夜気に身を縮めた。
助けを呼ぶことはできない。
叫べば、この破廉恥な姿を人々に晒すだけでなく、ノルズの脅しを現実に変えてしまう。
自分が第三神殿の筆頭巫女のスクルズであることを知られれば、「事情」を説明しなければならなくなる。
そうなれば、ウルズやベルズが──王都の人々が──。
だが、クリトリスを繋がれた鎖を杭に結ばれて、逃げることも、しゃがむこともできない。
スクルズは途方に暮れた。
やがて、どやどやと複数の靴音が近づいてきた。
現れたのは、見知らぬ人夫風の男たちが三人ほどだ。スクルズは目元の仮面越しに、彼らが酔っているのを認めた。
スクルズは、どうすることもできずに、ただただ身を強張らせた。
「おい、本当にいるぜ」
「若ぇ……女だぞ。後ろ手だ」
「見ろ、鎖。腰の紐から伸びて……どこへ繋いでんだ、これ」
男たちは躊躇なく近寄り、スクルズを囲む。
すると、ひとりが鉄杭の結びを確かめ、別の男が鎖のたるみを指で持ち上げる。
「どれ、ちょっと引いてみるか」
鎖が不意にぐいと引かれ、腰紐の導き輪がきしんだ。
「あっ……や、やめええて──」
鋭い痛みに膝が抜けかけ、スクルズは身を膝を崩しかけた。
鎖はたるみを失い、金具が肌の上で冷たく鳴る。
クリトリスが強く引っ張られ続ける。
スクルズは悲鳴をあげた。
「ええ、うわ……いやらしい繋ぎ方だな。股に繋がれてるみてえだぜ」
「なんだ、こいつ? もしかして、マントの下は裸じゃねえか。露出狂の変態女かも」
男たちが嘲笑した。
さらに、ひとりがすっとスクルズの身体を包んでいるマントの前紐に手を伸ばしたのがわかった。
「あっ、な、なにを──」
逃げようとしたが、股間に繋がる鎖をひとりに握られていて、身じろぎさえできない。
マントの前紐がふっと緩んだ。
あっさりと前合わせがほどけ、黒い布が両側へ滑る。
冷たい夜気が素肌を撫で、スクルズは思わず身をすくめた。
両手は背で拘束されたまま、閉じ直すことができない。
「おいおい……こりゃあ、素っ裸だぜ。しかも、本当に股に鎖を繋げてらあ」
「すっげえ、おっぱいがでけえなあ」
「若いし、顔立ちも上等そうだな。だが、誰なんだ?」
飾り羽根の付いたドミノマスクの縁を、男の指先がつまんだ。軽く持ち上げられ、薄布越しの視界が外気にさらされ、素顔が露わになった。
スクルズはとっさに顔を伏せた。
「やめてください──」
スクルズは隠すもののなくなった顔を必死に伏せる。
「……お、おい、これ……」
「スクルズ様……に、見えるが……」
「まさか。ちがうだろ。こんな──」
三人が顔を見合わせ、たじろいだのがわかった。
伸びていた手が、気まずそうに離れていく。
「違う……。違います……」
鎖はなお鉄杭に繋がれ、マントは胸元で危ういまま。
夜風だけが、晒された肌を鳴らした。
スクルズはひたすら狼狽えて、「違う、違う」と言い続けた。
そのときだった。
背後で、乾いた靴音が止まった。
「顔は見るなと言ったろう。約束は守りな」
三人がびくりと肩をすくめる。いつの間にかノルズが背後に立っていた。口元だけが笑っている。
「その代わりに。胸だけは触っていい。胸だけだ。ほかのところに触ったら──殺すよ」
ノルズはスクルズの顔にドミノマスクを戻し、下腹だけはマントの布を寄せて隠した。
しかし、胸元は故意に緩いままだ。
乳房はほとんど露出している。
男たちは気まずく視線を逸らしつつも、命じられた位置に退いた。
鎖は鉄杭に繋がれ、夜風が肌を撫でる。晒されるという事実だけが、刃物のように胸を刺した。
「ほら、順番に、胸だけだよ」
「……へ、へい」
「わ、わかったぜ」
男たちは目を逸らしたまま、気まずそうに頷く。
しかし、すぐに男たちの顔が好色に染まり、卑猥な表情に崩れるのがわかった。