【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「まだ口を開くでない。わたしが話し終えるまで黙っていよ」
ベルズという巫女がいきなり噛みつくように告げたので、一郎は開きかけていた口を閉じた。
第二神殿にやってきた一郎に準備された面会のための一室である。灰白の石壁は磨かれて光を返し、壁龕には神像と聖印が据えられている。
厚手の織物が床を覆い、足音は吸われる。淡い香が焚かれていて、冷えた空気に甘く澄んだ匂いが混じる。
背の高い窓から差す光は柔らかく、客用の長椅子と簡素な卓が向かい合っていた。
魔眼を使えば、スクルズが陥っている状況も読み解ける可能性は高い。だが、スクルズがベルズやウルズの危機についてもミランダに仄めかしたことから、とりあえず、一郎は全員に会うつもりだ。
だから、まずは、スクルズについて、一郎は依頼主であるグラン神殿長を通じて、スクルズとの面会の機会を作ろうとした。
とはいえ、彼女の周囲に脅迫者が潜んでいる公算も大きい。
どう動くべきか思案しているうちに、先に第二神殿のベルズから意外に早い面会許可が下りたのだ。
それで、やってきたのである。
もっとも、スクルズの件は公にできなかったので、別の理由を準備していた。
あのガリオン事件を隠れ蓑に使うことにしたのだ。
死んだ洗脳師ガリオンの調査を進めるあいだに、通常の防御では防げない洗脳術の手段が闇魔道具であったことが判明し、さらにガリオンの背後にあった組織が王都三巫女の誘拐を企てている情報が見つかった──という触れ込みだ。
出鱈目もいいところだが、いくばくかの事実も混ぜてある分、神殿に通すだけの説得力はある。
とにかく、第二神殿の筆頭巫女のベルズとの面会そのものはすぐに許された。ただし、一郎のみで、この部屋で待つように指示されていた。
一緒にやってきたエリカたち三人が同席することは許されなかった。
だから、三人はいま隣室で待機している。
そして、大して待たされることなく、ベルズはやってきた。
ただ、ベルズはひとりではなかった。
背後には剣で武装した巫女が五人ほど並んでいる。いずれも手練れだ。
一郎は魔眼で彼女たちのステータスを急いで走り見て、そう判断した。
一方で、ベルズは、武器らしいものは持っていない。
まあ、王都の筆頭巫女ほどの女性だ。武器などなくても、魔道の力は強いに違いない。
中肉中背の体つきに神殿の礼装を端正に着こなし、所作は落ち着いている。癖のある赤毛を隠すように、髪の色と同じ真っ赤なショールを頭にかけていた。気の強さが顔立ちにもはっきり出ている。
事前情報によれば、ブロアの伯爵家に連なる令嬢であり、それらしく、言葉遣いには貴族らしい抑揚があった。
いずれにしても、噂以上の美人だ。
「冒険者ふぜいと長く言葉を交わすつもりはない。見ての通り、わたしには、わたしを護る者がついている。彼女たちは役に立ち、信を置ける。あなたがたとは違う。だから、冒険者ごときに守られる必要はない。あなたがたに会うのはミランダ殿への顔だ。会わずに断れば、あの方の面目も立たぬだろうからな。ともあれ、答えは“否”。申し出は不要だ」
これは大変な女だと一郎は思った。
随分と気が強いようだ。それが言葉にも態度にも出ている。
とりあえず、一郎は魔眼の力でステータスを覗く。
ベルズ=ブロア
人間族、女
第2神殿筆頭巫女
ブロア伯家令嬢
年齢26歳
ジョブ
魔道遣い(レベル25)
魔道研究(レベル20)
生命力:50
攻撃力:10
魔道力:200(凍結)
経験人数:女3
淫乱レベル:S
快感値:300/300
状態
*** *** ***
やはりかなりレベルの高い魔道遣いでもあるというのはわかる。
ただ、ベルズのステータスには、なにかの異常状態であるという兆候があった。魔道も凍結状態だ。
しかし、いつもなら“状態”という項目で垣間見ることのできるそれが、余程に強いなにかの力で隠されていて、一郎でも読むことができない。
いまの段階では、一郎にも、それがなにであるのかわからない。
魔眼の力だけでなく、淫魔力も遣えば、その正体が見抜けるかもしれないが……。
「しかし、あなたがたに迫る危険の調査と排除が、俺の受けた任務でありましてね。王都三巫女を狙う企てがある──その線を依頼というかたちで追っています。俺としても、危険を見過ごせば任務は果たせないんですよ。冒険者にとって、与えられたクエスト実行の厳しさはお聞き及びとも思いますが……」
「黙れ──。それはそっちの勝手な都合であろう。だいたい、誰がわたしを守れなどという依頼を出したのだ──? いや、答えなくてもよい。ともかく、頼みもせんのに、守ってもらう必要はない。わたしの護衛については間に合っておる」
「別に護衛をするつもりはないですよ。あなたがそれは必要ないとおっしゃるのであればね。ただ、あなたに振りかかっている危険は勝手に排除させてもらいます。それが俺たちの任務でありまして……。ですが、せめて、どんな危険が迫っているのかくらいは教えていただけませんか?」
「危険などない」
ベルズははっきりと言い放った。
一郎はわざとらしく笑い声をあげた。
「それは嘘でしょう。あなたがなにかを怯えているというのは丸わかりです。冒険者である俺と面会をすることに、早々に応じたのは、ご自身の危険に心当たりがあるのでは?」
「ふん、ミランダがなにかをしたのであろう? 神殿長殿が会うだけは会って欲しいというのでな。だが、わたしが言われたのは、この面会だけだ。わたしに危機などない」
「そうでしょうか……。あなたが、なにかを怯えているというのはよくわかるのですよ。俺は勘がいいんです。もしかして、それは可哀想なスクルズ様にも関係があるのではないですかね」
「スクルズ? なぜ、スクルズの話がここに出てくるのだ?」
ベルズが眉間に皺を寄せた。
第三神殿は公式には否定し、醜聞は世間に流れていないが、スクルズの友人であり、同じ王都神殿の筆頭巫女のベルズが、耳にしないわけがない。
スクルズの名を出すと、ベルズの顔に大きな動揺が走ったのがわかった。
「だって、スクルズ様については、随分と奇妙ではないですか。俺は罠に掛けられたんだと思ってます……。あのガリオンの背後にあった組織が工作したのかもしれません……。スクルズ様のお命を助けることに繋がるかもしれません。どうか、ご協力を」
「あいつの命? 一体全体、なんの話をしている?」
ベルズは怪訝そうな顔をしている。
だが、これには一郎も不思議に思った。もしかして、ベルズは、スクルズに起きていることについて詳細には知ってないのか?
「だって、このままでは、スクルズ様は王軍に身柄を移されて、拷問の挙句に処刑されるでしょう……。ああ、これはまだ表に出てない情報ですので、ご内密に」
一郎は小さく頭をさげた。
ベルズの眼が大きく見開かれた。
「処刑──? なんでそんなことになるのだ? スクルズは……ああ見えて、ちょっとばかり、羽目を外すこともあるから、流されて破廉恥な行いをしてしまったというのはあるかもしれない。だが、それで処刑というのは……。そもそも、なぜ、王軍が出てくるのだ? スクルズはなんの罪を犯したのだ?」
ベルズが声をあげた。
どうやら、ベルズは、スクルズが夜の街で露出行為をした疑惑は聞いていたようだが、禁忌の小瘴石を媒体としていた闇魔道の淫具のことは知らないようだ。
「スクルズ様は、罪は犯していないと思います……。ただ、些か、不幸な状況にあるのは事実であり、放っておけば拷問死するか、拷問されたうえに処刑されるかのどちらかです。でも、スクルズ様は、誰かに脅迫されているらしく、なにも語らないのです」
「脅迫だと?」
ベルズは唖然としている。
やはり、ベルズは禁忌の淫具のことは、知らないのだ。
周りにいる者によって、情報を操作されているか?
つまりは、すでにベルズの周りにも、「脅迫者」の手が伸びているということか……?
なら、不用意なことは言えないか……。
「スクルズが死刑になるような罪とはなんなのだ? あのばかが羽目を外したことが、どうして処刑にまでなる?」
「それはここでは……。でも、ベルズ様もなにかの危険に陥っているのは確かでしょう? だからこそ、こんな物々しい護衛をつけているのでは?」
一郎が指摘すると、ベルズは目に見えて動揺した。
もっとも、周りの巫女が護衛なのか、見張りなのかはわからないが……。
「……いずれにしても、これ以上の話は外聞をはばかります……。お人払いをしていただければ、スクルズ様が陥っている本当の危機についてはお教えします……スクルズ様の命がかかっていることを忘れないでください」
一郎は鋭く告げた。
スクルズが脅迫されてあの行為に及んだのだとすれば、彼女に接触できる立場の者が仕掛けたと見るのが自然だ。
これまでの周辺調査によれば、スクルズが半裸で夜の色町に現れたのは、連続の数夜ほど。
その直前の十日については、スクルズは病を理由に臥せり、基本的に面会は断っていたようだ。
つまり、半裸で連れ出すにしろ、命じた者に従わせるにしろ、神殿内部の手を介さねば難しい。
外から強力な魔道で跳躍侵入した線もあり得なくはないが、王都の主要施設には移動術を遮る魔道避けが張られている。もちろん神殿もだ。
とにかく、スクルズを脅すことができた者は、同じ手をベルズにも及ぼせるということだ。
ゆえに、この場で余人を交えての深い話は避けたい。
「人払い……? なぜだ……」
ベルズが険しい表情をする。
しかし、明らかに動揺している。
心当たりがあるな、と一郎は確信した。
とにかく、目の前のベルズには、魔眼でも読み切れない“なにか”がステータスの“状態”に潜んでいた。
それさえ看破できれば、スクルズもベルズも、どのような手段で縛られているのか輪郭が出るはずだ。
そのとき、置物のように静止していた五人の護衛のひとりが、ほんのわずか身じろぎした。
一郎はその女の存在を示すような微かな動きを見逃さなかった。
「不要だ──。とにかく、話は終わりだ。もう帰れ。神殿長の義理は果たしたはずだ」
次の瞬間、ベルズの表情が急に頑なになった。
一郎は、さきほど反応したひとりの護衛のステータスに改めて意識を向けた。
ノルズ
人間族、女
年齢:25歳
ジョブ
戦士(レベル20)
魔道遣い(レベル40)
魔獣遣い(レベル40)
アサシン(レベル5)
生命力:50
攻撃力:450(暗器)
魔道力:200
経験人数:女3
淫乱レベル:B
快感値:300/300(通常)
……魔獣遣い? しかも、そのジョブレベルが異様に高い。
このノルズという女は怪しい。
すでにベルズは誰かに縛られている──?
そうであれば、一郎がいくら警告しても、ベルズは一郎になにも訴えられないし、なにも告げられないだろう。
強硬手段しかない。
一郎の魔眼は、淫魔師としての力で底上げされている。
魔眼に淫魔師の力を足せば、注意深く封じられた“なにか”にも手が届くはずだ。
ものは試しだ。やってみて損はない。
いま試そうとしている方法なら、淫魔力でベルズとの繋がりを作り、魔眼の透視を強化できる──一郎の勘がそう囁いた。
「……だったら、もう少しだけ知りたいことがあります」
一郎はさっと立ちあがった。
「なにを?」
ベルズが躊躇の色を見せた刹那、一郎は隙を与えず、椅子から立ちあがり、真ん中の小さなテーブルを乗り越えてベルズに飛び掛かると、その両肩を椅子に押さえつけた。
次いで唇を重ね、強引に舌を差し入れて唾液をすすぐ。
本当は愛液がもっともよいが、汗や唾でも代用はきく。
体液に直接触れれば、ただ覗くより格段に相手の情報がはっきりする。
淫魔力を唾液に紛らせて送り込む。抱きすくめたベルズから、一瞬で力が抜けたのがわかった。
殺気が迫る。
一郎は身を離し、後方へ飛んだ。
「無礼者め──」
鋭い声。さっきまで一郎がいた空間を斬撃が裂いた。
剣を抜いていたのはノルズだ。
ほかの護衛は呆気に取られ、なお剣を抜けずにいる。
すでに一郎は、ベルズたちのいる壁の反対側まで退いていた。
ノルズが剣先を向けて詰めてくる。
ようやく残りも慌てて抜剣した。
「動くなよ」
一郎は懐から短銃を抜き、真っ直ぐノルズに向ける。引き金を引けば弾が出るところまで準備は済ませてある。
この部屋に入る前に腰の剣は預けたが、身体検査まではなかったので短銃は隠し持てたのだ。
そのとき、外扉が勢いよく開いた。
「な、なに事ですか──? わっ、ロウ様?」
「ロウ──?」
隣室に控えていたエリカとシャングリアが飛び込んでくる。
「ご主人様」
続いてコゼ。さらに神官たちも雪崩れ込んだ。
「失礼しました。これで退散させていただきます。あなたを悩ませているものの正体は、これでわかった。必ず危険を排除してみせます。俺を信用してください」
一郎は、短銃を構えたままベルズに告げた。
当惑しながらも、エリカたちは一郎の前に壁を作る。
エリカとシャングリアは武器を預けたままで丸腰だが、コゼは暗器を潜ませている。
一郎たちを、剣を抜いたノルズら五人の護衛が詰め、さらに外から駆けつけた神官たちが取り囲む形になった。
「なんの騒ぎでもない。みんな、落ち着くがいい。と、とにかく全員、武器を収めよ。この神殿で殺生沙汰は許さん。ロウとやら、大人しくせよ」
必死の声はベルズのものだ。
一郎は微笑む。
ベルズの頬は赤い。唾液を飲み、それが身体に回り始めている証だ。
若い女である限り、保有ジョブの最高レベルが一郎の淫魔師〈レベル65〉に満たない者は、一郎を完全拒絶することは難しい。
精液を股間に施せば完全支配も可能だが、唾液や汗でも弱いながら支配効果はあるのだ。
いまのベルズに、一郎へ傾く恋慕を焚きあがらせる程度なら、十分に可能だ。
一郎は淫魔師の力を総動員し、ここで捕縛や殺害に走らせぬよう、ベルズの心の舵をわずかに切る。
「大人しくしますよ……。もう、なにもしません。俺たちを退散させてください」
一郎は素早く言い、短銃を懐に戻す。
「みな、道を開けよ。さっさと出ていけ、ロウ──。二度とわたしにも、この神殿にも近づくな。この件は、冒険者ギルドを通じて抗議する。しかと、覚悟しておけ」
ベルズが言った。
一郎は胸をなで下ろす。
「寛大なご処置に感謝します。お邪魔しました」
殺到していた神殿の者たちを押し分けるように、一郎は外へ出る。
エリカたち三人も慌てて続く。
扉を抜けながら、一郎はもう一度ベルズのステータスを確かめる。
唾液を介した接触で、先ほどは見えなかった異常の内容がわかったのだ。
ベルズ
人間族、女
……
……
状態
魔瘴石(封印状態)の憑依
……魔瘴石の憑依か……。
ベルズは、体内に封印された魔瘴石を植え付けられている。
これが脅迫の正体だ……。
一郎には、それがはっきりとわかった。