【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
011 逃亡者たちの野営【地図有】
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ……」
一郎は奇声をあげながら山の斜面を横に走った。
ばかばかしいが、エリカが腹を満たしたければやれというのだ。
「ロウ様、いい感じですよおお──」
エリカが遠くから声をかけてくれるのが聞こえた。
「エリカ」というのは、エルスラの新しい名である。
これからの逃避行のことを考え、新しい名乗りとして彼女が選んだのが「エリカ」なのだ。
偽名というわけではなく、むしろエリカの生まれながらの名乗りらしい。
エリカは、アスカに仕えるにあたり、本名ではなく、ずっと偽名を使っていたらしいが、これを機会に生まれ持った名に戻すことに決めたようだ。
そして、一郎が決めた新しい名乗りは「ロウ」だ。
“いちろう”の「ロウ」なので安易だが、エリカはどこにでもあるありふれた名であり、アスカの追っ手もわからないだろうと誉めてくれた。
というよりも、一緒に旅をするようになり、エリカはなにをやっても、大袈裟なくらいに誉めてくれる。
ちょっと照れ臭い。
いずれにしても、エリカとロウという名が、ふたりの新しい名だ。
ふたりの関係は、一応は一郎が主人であり、エリカがその性奴隷を兼ねた従者ということになっているが、旅の道を決めるためのことも、食べる物を確保するためのことも、野宿の寝床を整えることも、とにかく、あらゆることで、一郎はなんの指図もできないし、役に立たない。
エリカの指示に従うだけだ。
それでいまやっているのが、間抜けな叫び声をあげながら、山の斜面を横に走るということだ。
一方でエリカは、少し離れた斜面の下側で小弓を構えている。
半ば自棄になって駆けていると、斜面の下側から、降りて来いというエリカの声がした。
一郎は斜面をゆっくりと降りていった。
ルルドの森を脱して半月ほど経っている。
一郎とエリカは、ナタル森林域と呼ばれる森林地帯にいた。
召喚により一郎がこの世界に呼ばれた「アスカ城」からは、かなり離れたと思う。
一郎とエリカは、アスカの追跡を逃れるために、アスカ城に近い地域を避けて道なき道を行き、ケス河と呼ばれる大河を右に見ながら河沿いに東に進んで、いまは「ハロンドール王国」と呼ばれる大きな国の領域近くまでやってきていた。
目指しているのは、そのハロンドール王国だ。
この異世界の主体であるらしい人間族、エルフ族、ドワフ族の三種族だけでなく、さまざまな少数亜人族の住む多種族国家であり、「冒険者」や「傭兵」などの多くの移民を受け入れている。
そこに行くつもりだ。
大国であり、人口も多いらしい。
一郎とエリカなど、たちまちに人の海の中に紛れて、アスカの追跡から隠れることができるだろうとエリカは言っている。
もっとも、この半月、予想していたアスカの追手はなにひとつなかった。
そのことについてはほっとしている。
このまま、無事にハロンドールに入国することもできそうな雰囲気だ。
だが、問題がひとつある。
ハロンドール王国に入るためには、入国税というものを支払わなければならないらしい。
それだけでなく、領域内を進むとなれば、街道沿いにある関所を通過するにも関税が必要であるし、城郭に入るには人頭税がかかる。
宿に泊まれば金が要る。
移民が手っ取り早く生活費を稼ぐのに適当な「冒険者」になるためには、冒険者ギルドと呼ばれる機関への入会料も必要らしい。
とにかく、金が要る。
だが、金などない。
一郎もエリカも、アスカのところから文字通り身ひとつだけで逃げてきたのであり、ルルドの森を去るときにユグドラからもらった服と最小限の装具と武器を持っているだけの無一文だ。
だから、ハロンドール王国に入る前に、なんらかのかたちで金子を手に入れなければならない。
財産らしい財産といえば、エルスラの名乗りとともに、エリカが捨てた長い黄金の髪だ。
エリカは、アスカからの逃避行にあたり、少しでも印象が変わるようにと、腰近くまであった髪を肩の線でばっさりと切断してしまったのだ。
驚いたが、エリカはこっちの方が動きやすいし、さっぱりしたと笑っていた。
髪が短くなったエリカは、印象がかなり変わったが、やはり大変な美貌だ。
そして、可愛らしい。
一郎が、そう言ったら、エリカはこっちがたじろぐくらいに照れ、そして、嬉しそうな表情になった。
とにかく、その切断した髪は商人に売れば、幾らかの値がつくからと、まだ荷の中にある。
しかし、行商人のような者には、まだ誰にも会ってない。
それどころか、ずっと人里を避けて旅をしていたので、いかなる人間にも会ってない。
いままではアスカからの追手を避けることを第一としていたが、これからは人里にも立ち寄り、路銀を手に入れるための算段もしなければならないと思う。
ただ、それについては、エリカにはなにかあてがあるようだ。
「お疲れ様でした、ロウ様」
一郎が斜面を降りて、エリカが待っている場所に着くと、エリカが温かい言葉とともに迎えてくれた。
斜面がわずかに平地になっている場所であり、あまり樹木もない。
すでに、エリカはそこで焚火をおこし終わっていた。
二羽のウサギがさばいてあり、枝で作った串に刺して、すでに火にもかけられている。
魔道も遣っていると思うが、あっという間の手捌きは、さすがは狩猟民族のエルフ族だ。
その手際のよさは呆れるばかりである。
得物に遣った小弓も、ほかの荷と一緒に焚火のそばに置いてある。
「相変わらず、すごいな、エリカ。今夜はウサギか?」
一郎は声をあげてしまった。
「わたしたち森エルフは、幼い頃から狩猟については、徹底的に仕込まれます。それを通じて、弓でも、剣でも、魔道でも修練するんです」
「そうなんだな」
「はい、ウサギの狩り方なんて、子供時代に最初に習得させられる狩猟の技のひとつです。今日は、ロウ様がいたので、久しぶりに、幼児時代に習った方法で狩りました」
焚火周辺を歩き回っていたエリカが、いったん立ち止まって、やってきた一郎に微笑みを向けた。
エリカは、いまは野獣避けの匂いを周辺一帯に魔道でつけ回っているのだ。
夜になれば、人を襲うような獣が襲ってくることもある。それを避けるためだ。
そのほかにも、この周囲一帯に不自然な魔力の動きなどがあれば、事前に警告が入るような仕掛けもしているようだ。
そうでなければ、警戒のために、夜もずっとエリカが起きていなければならない。
とりあえず、どんなかたちであれ、襲撃者や野獣などが近づこうとしても、容易にはやってこれないような魔道の処置をしているらしい。
少なくとも、エリカは、十分な事前準備さえしてしまえば、アスカであっても、まず、一郎たちを見つけることはできないと自信を持っている。
人避けと獣避けの魔道は、エリカがもっとも得意な魔道なのだそうだ。
まあ、エリカが大丈夫というのであれば、大丈夫なのだろう。
それについて、一郎はまったくエリカを疑っていない。
また、最初こそ、一郎に対して「ため口」を使っていたエリカだが、最近では丁寧な言葉で話しかけるようになった。
別に普通でいいと一郎は言ったのだが、エリカはそれでは落ち着かないし、むしろ丁寧語を使う方が楽らしい。
だから、放っておいている。
「しかし、子ども時代にすでに、狩猟を教わるのか。すごいな」
一郎はエリカが支度をした石の椅子に腰を下ろしながら声をかけた。
野宿をするための準備はほかにもあるが、一郎にはなにもできることはない。
食べ物の確保だけでなく、火を絶やさないための薪作りも、飲み水の確保や、寝床の準備ひとつについても、一郎はほとんど役に立たない。できるのは、エリカが準備した薪を焚火の中に放り込むくらいのことだろう。
「ウサギを狩るのは難しくはありませんよ。素早く駆けることのできるウサギも、前脚が短いので斜面を下るときにはうまく駆けられないのです。のろのろしているので、簡単に弓で仕留めることができるというわけです。だから、子供の練習用に具合がいいのです──」
周辺の木々を回っているエリカが、少し離れた場所から一郎に声をかけた。
「なるほど、俺が馬鹿みたいに叫んだのは、穴にいるウサギを斜面の下に走らせるためだったのか」
「役に立ちました。ありがとうございます、ロウ様」
エリカが戻ってきて、ウサギを焼いている串をくるりと回した。
次いで、今度は枯葉を集めて、火の横に寝床を作り始めた。
いまは焚火の横に置いてある背負い袋に大きな布が入っていて、それを集めた枯葉に被せるのだ。それをもう一枚の布を掛布にしてふたりで並んで寝る。
いまは温かい季節なので、それだけで十分だ。
これが寒い地方を旅する場合だったり、冬の季節の場合は、天幕なども準備しなければならないので大変らしい。
「崖の下に湧水があったので汲んできます。襲撃避けの処置は終わったので大丈夫と思いますが、もしも、なにかが近づくようなことがあれば、大声で叫んでください。お願いします」
エリカはそう言うと、あっという間に視界から消えていった。
一郎には、「魔眼」という特殊能力がある。
ある程度の知性がある存在であれば、人や獣が近づくと、それを正確に察知できる。
しかし、この十日の旅において、いまのところ「人」に会ったことは一度もない。
エリカがそういう経路を選んだことと、一郎の魔眼の能力で、人がいれば必ず身を隠してやり過ごしていたからだ。
ただ、昨日の夜に話し合って、いよいよ人里に向かおうということになった。
ここまでくれば、アスカの権威も及ばないはずだろうと判断したのだ。
アスカ自身が追ってくることとともに、懸賞を懸けられることを懸念したが、アスカ城に近い三公国からもこれだけ離れてしまえば、さすがにそれを心配する必要もないらしい。
水汲みに向かったエリカの姿が見えくなると、一郎は今朝、ルルドの森に一枚だけあった羊毛紙に、エリカに描いてもらった簡単なこの世界の地図を取り出して拡げた。
しかも、便利なものであり、エリカが魔道を施して、現在地の概ねの場所が移動とともに表示されるようになっているのだ。
◇ ◇ ◇
【エリカの描いた地図】
◇ ◇ ◇
いま、自分たちがいる場所──地図に赤い旗で印がついている地点が、ナタル森林域らしい。
旗が勝手に動いているのは、エリカの魔道による細工で、旅の進行にあわせて現在地が示されるようになっている。
エリカによると、出発地であるアスカ城は、この地図の左下。そこから東に抜けてルルドの森を通り、ケス河沿いをずっと進んできて、いまいるのがナタル森林域ということらしい。
地図でアスカ城の周辺に囲われているエリア──あれは、もともと「ローム帝国」と呼ばれていた場所で、人間族が最初に築いた国の跡地なのだそうだ。
いまでは「旧ローム帝国領」と呼ばれていて、名前のついている三つの地域──タリオ公国、デセオ公国、カロリック公国──に分かれている。
形式上は、まだ「皇帝」がいるらしいが、実際にはそれぞれの公国が勝手にやっているだけで、まとまりはないとのことだった。
一方で、東の方、つまり自分たちが目指しているのが「ハロンドール王国」だ。
ここは人間族だけじゃなく、エルフ族やドワフ族、それ以外の亜人族なんかも住んでいる多種族国家で、冒険者とか傭兵とか、いろんな余所者も受け入れているらしい。
逃亡中の身としては、こういう場所の方が紛れやすくて都合がいい──と、エリカが言っていた。
地図の北東には「エルニア王国」という別の人間族の国もあるが、そっちは昔から鎖国していて、移民はおろか外来者もあまり受け入れないんだとか。
また、エルニアというのは、異国の者がこの地方を呼称するときの物言いで、彼らは「恵月国」と自称するそうだ、話を聞く限りは、一郎の祖国の文化に似ているみたいであり、興味も抱いたが、とにかく絶対に入国できないと却下された。
そのほか、さらにずっと西の方には「沿海州諸国」っていう海沿いの小国群もあるらしいけど、地図で見てもかなり距離があるし、いまのところ自分たちには縁がない場所だろう。
こうして見ると、ナタル森林域はちょうどその中間にあって、森が深くて人目を避けるにはうってつけの場所だ。
エリカの話では、この森にはエルフの里がいくつもあって、彼女自身もこのあたりの出身だという。
この地図も、もともとはエリカが手描きしたものだ。地名や領域線などを描きこんだあと、魔道で現在地が表示されるようにしてくれた。
正直、自分は方向感覚もないし、地図もよく読めないが──今のところ、彼女にすべて任せていれば問題はなさそうだ。
それにしても、最初に、エリカが地図と地名を書き込んだものを見たときには驚いたものだった。
文字として書かれたものがまったくわからなかったのだ。
この異世界に召喚されて以来、話し言葉が普通に理解できていたので、あまり感じてはいなかったが、そのことで改めて、一郎は実際にはまったく習ったことのない異世界の言葉を自分が話しているということを悟った。
それが理解できたり、話したりできるのは、召喚術によりこの世界にやってきたときの、なんらかの能力覚醒の影響なのだろう。
しかし、書き言葉となると、そうはいかないようだ。
エリカが地図に書いた地名は、一郎には理解不能の記号でしかなかった。いま地図にあるのは、一郎が耳で聞いたものを元の世界の文字で書き直したものだ。
それを見たとき、エリカは「これが異世界の文字なのか」と感心していた。
いずれにしても、このナタル森林域、あるいは、ナタル地方と呼ばれる一帯は、エリカの故郷でもあるらしい。
このナタル森林域には、エルフ族の里がたくさんあり、エリカはその中のひとつで生まれたそうだ。
ナタル森林域を統治しているのは、エルフ族の長老であり、いまはガドニエルとう女長老がナタルの森の支配をしているそうだ。
ただ、支配といっても緩やかなものであり、実際にはほとんどの里は自治により、各里で選んだ
一方で、ガドニエルという女長老いるのが、エルフ族の都と称される「エランド」であり、彼女は歴代のエルフ族長老としては珍しい女長老なので、「女王」とも呼ばれているそうだ。
エリカも会ったことはないが、とにかく美しく尊い人物なのだと言っていた。
エルフ族の都のエランドは、魔道で管理される美しい都市であるのに比べれば、ナタル森林域に点在している里は、どこも昔ながらの自然を保っているのどかな場所だということだ。
エリカが生まれ育ったのは、その里のうち「自由エルフの里」というここよりも、ずっと西側にある三公国地域に近い場所とのことだ。
ただし、エリカの両親は早世している。
そして、孤児として里の施設で教育と訓練を受けて育った。
十五になって里を離れて旅に出て、三公国と呼ばれている「ローム地方」を転々と流れているうちに、縁があってアスカに拾われたそうだ。
そして、放浪のすえに、アスカに気に入られて愛人になり、特別な訓練も受けてアスカに次ぐ召喚師にまで抜擢された。だが、最初の召喚だった一郎に捕えられて、ここまで一郎とともに逃亡するはめになったということだ。
一方で、実は一郎もふた親をもう失くしている。
交通事故だ。
兄弟はいない。
両親が死んだのは、中学一年のときであり、引き取ってくれたのは伯父だった。
叔父には一郎よりも少し年下の姉妹がいたが、実の子供でもない一郎のことを、伯父は十分すぎるほど大事にしてくれたと思う。
一郎を養い、高校に進学もさせてくれた。
だが、高校は寄宿舎のある遠方の高校を選んだ。
やはり、実の親ではない親戚の家で過ごすというのは、窮屈な思いがあったからだ。
それからはほとんどひとりの力ですごし、もちろん大学にいく金もなく、人材派遣のような会社に所属して、いろいろな職務を経験した。
召還される直前の数年前からは、介護員として、人手不足の幾つかの介護施設を掛け持ちするような仕事をしていた。
もちろん、結婚をするような金もなく、それどころか、三十五歳に至るまで一度も特定の恋人がいたことはなく、たまに休みがあれば、ネット端末型のゲームで遊んだり、ひそかにエロゲーと呼ばれるものをするのがなによりの趣味だ。
ひそかな性癖は、SMであるが、それ系の雑誌や本を眺めるだけで、実際にはやったことはない。
男としては、かなり寂しい人生を送っていたと思う。
それが、ある日突然に、この世界に召喚されてしまったのだ。
元の世界で、突然に行方不明になっていると思う自分がどういうことになっているのかについては、いまは知りようもないが、大して心配する者もいないのが幸いだ。
「戻りました、ロウ様」
エリカだ。
水筒を二つ抱えるとともに、大きな革袋に水を汲んできている。
一郎に水筒を渡すとともに、一郎の隣に準備してあった石にちょこんと座った。
まずは、革袋の水を背負い袋にあった土鍋に移す。
エリカによれば、これは明日の朝にウサギ汁を作るということだ。
それはともかく、エリカのはいているスカートは、太股の半分ほどの丈しかない短いものだ。
座る石は低いので、座るとエリカの大部分の脚はスカートの外に出る。そして、かいがいしくエリカが動くたびに、スカートの下の白い下着もちらちらと見える。
洞窟で服を選ぶとき、たくさんの衣類があったのだが、一郎がエリカには、いまはいているスカートよりも長い丈のものを身に着けるのを禁止したのだ。
エリカの脚は本当に綺麗でかたちがいい。
その脚を隠すのはもったいないというのが理由だ。
エリカは、そんな短いスカートなどはいている旅の女などいないと不満を言ったが結局は従った。
一郎の命令に、最終的に逆らうのは不可能なのだ。
それに、エリカが言ったことは嘘だと思う。
この世界で「ミニスカート」というのがあり得ないのであれば、あの洞窟に、このミニスカートが存在したわけがないのだ。
あそこには、不幸にもルルドの森に入り込んでしまって、死霊たちに襲われて死んだ者が遺した物しかないからだ。
エリカは、しばらくウサギ肉の焼き加減を調整していたが、やがて、焼きあがったらしく、火から出して、平たい石をまな板にして、小刀で肉を切り分けてくれた。
「うまいな」
渡されたウサギの肉は脂が乗っていて美味だった。
また、軽く塩も振ってある。
塩はエリカの魔道で簡単に大地から採集することができるようだ。
よくわからないが、エリカによれば、一郎の性奴隷になったことで、なぜか魔道の能力も、武術の腕も日に日にあがっているらしい。
確かに、一郎の魔眼で感じることのできるエリカの「ステータス」に、「淫魔の恩恵」という能力向上の文字があるし、ルルドの森にいたときに比べても、魔道遣いのレベルも、ほかの数字もあがっている。
どうやら、一郎がエリカを毎夜のように抱くことで、それがエリカの魔道向上をもたらしている気がするのだが、どういう関係になっているのかはまったく不明だ。
「ところで、ロウ様がよければ、明日には、わたしの知り人のいるエルフの里に立ち寄ろうと思います。通称“褐色エルフ”の里と呼ばれています。その名の通り、肌の黒いエルフ族の里です」
「黒い肌のエルフ族……。ブラックエルフか?」
そういうファンタジー小説を読んだこともある。
「よくご存じですね。彼らの別名です……。とにかく、もしかしたら、そこでなにかの仕事を世話してくれるかもしれません。その里で旅費をいくらか工面して、それからハロンドール王国に入るというのはどうでしょう?」
「もちろん、エリカに従うけど、俺にもできるような仕事なんてあるかなあ?」
「いえ、ロウ様はなにもしなくていいのです。旅費はわたしが稼ぎます。それに、わたしの髪もそこで売れるかもしれませんし……。信用のできる行商人でも探し出せれば、売っても足がつかないと思うのです」
一羽分の肉をふたりで平らげた頃にエリカが言った。
もう一羽のウサギは、すでに必要分を解体して土鍋の中に浸けている。
食べない分については煙で燻していたから、それは保存用として持っていくつもりだと思う。
「わかった……。だけど、お前の知り人ということは、アスカも立ち寄ることは予想しているんじゃないか? 大丈夫か?」
あの魔女をこっぴどくとっちめてから、ルルドの森から逃亡してきた。
きっと怒っているだろう。
随分としつこそうな性格をしていたような気もするし、こうやって人里を避けて転々としている分には、居場所を見つけられないと思うが、エリカの知人などということになれば、アスカも立ち寄りを予想して追手を事前に送っている可能性がある。
だが、エリカは首を横に振った。
「その可能性は低いと思います。なにしろ、わたしの故郷について、アスカ様には一度も語ったことはないのです。本当の名も隠していましたし……。ましてや、褐色エルフの里は、わたしも初めて向かう場所です。ただ、イライジャがいるというだけで……」
「イライジャ?」
初めて耳にする名に、何気なく一郎は訊ねた。
「故郷のエルフの施設で同じように育った幼馴染です……。あっ──」
説明しかけていたエリカが真っ赤な顔をして、慌てたように両手を身体の前で左右に振った。
「イライジャは人妻ですよ──。人妻です……。とても美人の褐色エルフですが人妻なんです──。里長の息子様という方に見初められて嫁いでいったのです。でも、人の奥さんで……」
「わかっているよ──」
エリカがなにを慌てたのかがわかって、一郎はにやりと笑って、エリカの言葉を遮った。
「人妻には手を出さない……。淫魔師は色情狂の代名詞じゃないんだよ。むしろ、性欲はちゃんと制御できるから心配しなくていい……。ましてや、エリカの幼馴染に酷いことなどしないよ」
一郎は言った。
エリカはほっとした表情になった。
「す、すみません……。そんなつもりはなかったのですが……」
じゃあ、どんなつもりだったんだと突っ込もうとしたがやめた。
その代わりに、手を伸ばしてエリカを引き寄せて、エリカに身体を向けた一郎の正面に立たせるようにした。
「……その代わり、俺の性欲をしっかりとエリカが解消させるように頑張るんだね。そうすれば、俺もエリカの友達に手を出さなくて済む……」
一郎は、にやりと微笑んだ。
「あっ、はい……もちろんです……」
すると、エリカの顔がわかりやすく真っ赤になった。