【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
ガラヴィの里は、王都街道の緩やかな丘のふくらみに寄り添うように拓かれていた。
一郎は、シャングリアとともに馭者台に座り、進んでいく馬車から見える風景を眺めている。
「このガラヴィの里は、昔は砦だったんだ。すぐ先のミラノ城郭を守る前衛拠点として、小領主の治める要地だったらしい」
隣のシャングリアが手綱を操りながら言った。
「ここが砦? ただの麦畑の拡がる農村の里にしか見えないけどな」
一郎は馭者台から風景を眺めながら応じた。
目の前には麦畑が広がり、穂が風にさわさわと波立っていた。干草の匂いがむっと鼻を打ち、放牧地を区切る石垣の上には、摘み残した野花が点々と咲いている。
「砦の跡は、丘の向こうにいまも残ってる。もっとも、もう百年も前の話だがな。五代前の王──エルゲン王の時代に、討伐戦で焼かれたらしい」
「討伐戦……?」
一郎は聞き返す。
「苛烈な王だったらしい。地方の領主を次々に討って、領地を王家の直轄に組み入れていった。叛乱を防ぐための策だったそうだが、やり方があまりに強引でな。抵抗した貴族たちはことごとく討伐され、城都も砦も焼かれた……。その一連を“ハロンドール・ルネサンス”と呼ぶ」
「ルネサンス……再生、か」
一郎は遠くの畑を眺めた。
確かに、丘の裾には崩れた石垣が残り、浅く埋もれた堀の跡が筋のように走っていた。
かつて砦があった場所なのだろう。それがいまはこうして麦畑に変わっていると思うと、不思議な静けさを感じる。
「王家から見れば“再生”だが、滅ぼされた側にとっては暗黒時代だったろうな」
シャングリアが小さく笑う。
「つまり、中央集権の始まりってわけか」
「その通りだ」
シャングリアが横で頷く。
「……エルゲン王の治世で、封建の仕組みは終わったとされる。王都中心の支配が形になったのはそのときからだ。ガラヴィは、その討伐で滅んだ砦の跡に、人が戻って作られた里だ。復興の中心になったのは、かつての旧領主の末裔だそうだ」
「旧領主の末裔? でも、ここも王国直轄地だよな?」
ハロンドール王国は広いが、タリオ公国と接する西部域と、南部の穀倉地帯を除けば、ほとんどが王国直轄地だと聞いている。
王都から馬車で一日半の距離しかないこの里も、当然そのひとつだ。
「そうだ。ガラヴィはミラノ城郭の管轄下にある。そのミラノ城郭に代官がいて、この辺り一帯を治めている。代官は、さっきの旧領主の末裔が代々役職を任じられている」
「代官が世襲か? 代官なんて、数年単位で交代するもんじゃないのか?」
一郎は眉を寄せた。
中央集権とは、王権による任期制の派遣官のはずだ。少なくとも、全世界の歴史観ではそうだ。
世襲では、封建に戻るようなものである。
「代官の交代など、あまり聞かないな……。いまのルードルフ陛下の代になってからは、一度も世襲を破った例はないと思うぞ」
「なんだそれ……。じゃあ、中央集権とは言いながら、実際は地方領主を形を変えて残してるようなもんじゃないか」
一郎は苦笑した。
「そうとも言える。世襲の代官家など、事実上の領主だ。自治権も大きく、かつての地方貴族と変わらんかもしれん」
「代官は貴族か?」
「もちろんだ。このガラヴィも規模は小さいが里長は男爵だ。ミラノの代官は伯爵位だな。しかも、ガラヴィの里長の任命権は、ミラノの代官が持っている。かつての領主と同じだ」
「つまり、滅ぼされた旧領主の末裔が、いまは代官として領主同様に王に仕えている……。面白い話だな」
「だが、それで王国は安定しているんだ」
シャングリアは微笑む。
「シャングリアの実家のモーリア家は、領地貴族だったよな? 代官じゃないよな?」
一郎が訊ねると、シャングリアは少し笑みを浮かべた。
「そうだ。モーリア家は西部域の領主貴族だ。あそこはローム三公国に接しているからな。西部は今でも領地貴族が支配している。南部域の穀倉地帯も同じだ」
「どうして西と南だけ残ったんだ?」
「ハロンドール・ルネサンスの討伐戦で、王軍に協力した見返りとして領地を安堵された。いわば、恩賞だな」
「なるほど。王の味方をした貴族が、いまも土地を持ってるってわけか」
「そうだ。もっとも、エルゲン王がもう少し長生きしていれば、いずれその西部域と南部域も王権が及んだと言われている。だが、王は急死した。改革はそこで止まった」
「強い王が急死すれば、権力の空白が生まれて、内乱が起きやすい……。俺の世界の歴史感覚ではそう言われているけど、この国では違うのか?」
一郎は訊ねた。
「次のロタール王が上手く立ち回ったのだな。旧貴族たちを代官として取り込み、均衡を保ちながら統治した。あれが成功したからこそ、大きな内乱にはならなかった。代官の世襲も、その懐柔策のひとつだったのだろう」
「なるほど。力の均衡で王国が成り立ってるわけだ」
「そういうことだ。王家はいまでも領主貴族には、気を使っている。いまのアネルザ王妃陛下も、西部貴族連合の長──マルエダ辺境候の長女様だからな」
「政略婚ってやつだ」
「典型的のな……。歴代の王妃は、西か南の大貴族から娶るのが百年来の慣例だ。王権は常に地方の力を借りて成り立っている」
「どこの世界も同じだな。制度が変わっても、結局は力のバランスか」
「そういうことだ」
シャングリアが笑い、手綱を軽く引く。
馬車が石畳の道に入った。
麦畑の多い景色が、徐々に建物の立ち並ぶ街並みに変わっていく。
桶を置いた女、手押し車に凭れた男、子どもたちが道端に集まり、珍しげに一行を見送っていた。
「王都の客は珍しいのかな?」
「珍しいだろうな。街道沿いの里とはいえ、ここを訪ねる者は少ない。だが、この里も王都を支える穀倉地のひとつだ。見られるのも無理はない」
一郎は頷き、再び周囲を見渡した。
百年前、戦で焼かれた砦の跡に、こうして平穏な暮らしが戻っている。
戦乱の記憶と再生の風景が重なるように、丘の上の麦が金の波を立てていた。
「できれば、このガラヴィで宿を見つけたいな。ミラノの城郭まで行けば距離があるし、毎日、通うのも大変だ。クエストがどのくらいで片づくかわからないが、ミランダの仰せでは少なくとも十日は戻るなという話だしね」
一郎は言った。
今回の任務は、ミランダが直々に持ち込んだ強制クエストだった。
目的地は、ガラヴィの里の外れ──旧砦帯を抜けたさらに奥にある廃神殿の調査である。
長いあいだ無人だったはずのその廃神殿に、最近になって人の出入りがあるという。
まずは、盗賊が入り込んだのち、数日して記憶も正体も失い、神殿の外へ放り出される──しかも、なぜか財貨を抱えたまま戻ってくるという事件があったそうだ。
奇妙な出来事というしかない。
盗賊が正気を失った以外には人命に関わる被害はなかったが、あまりに不可解で不気味なため、冒険者ギルドに調査依頼がかかったそうだ。
もっとも、依頼を受けたのは、この里からほど近いミラノ城郭の地方ギルドであり、一郎たちの所属する王都ギルドではない。
それをわざわざ王都まで持ってきて、一郎たちに“強制クエスト”として割り当てたのがミランダだった。
屋敷に現れた彼女の様子からしても、今回の目的はクエストの解決そのものではなく── 一郎たちをしばらく王都から離すことにあるのは明らかだった。
理由を頑なに語らないのが気にはなったが、一郎はあえて問い詰めず、命令に従うことにした。
なお、その地方ギルドでは、すでに若い冒険者パーティが二組、廃神殿に入ったまま行方知れずになっているという。
どうやら、簡単な任務ではない気はする。
詳しい事情は、これから訪ねるガラヴィの里長──ミラノ代官の任命する地方里長から聞く手筈になっている。
「この当たりの宿屋なら小さな部屋になるかもしれませんね。五人なら二部屋になりますけど、あたしはご主人様と一緒の部屋にします。ほかの方はご自由どうぞ」
すると、突然に、後ろの車内側からコゼが馭者台に顔を出して口を挟んできた。
一郎の周りの女たちは面白い。
馬車の道中は、一郎が後ろにいれば御者役以外は全員が後ろに寄り、一郎が馭者台に座れば、やはり全員が馭者台か馭者台側の座席に集まる。
みんな一郎の隣にぴったりと密着したがるのだ。
いまは御者のシャングリアが隣、すぐ後ろにコゼ、エリカ、スクルズが詰めている。
「なに言っているのよ、コゼ──。あんた、昨夜はずっと可愛がってもらったんだから、今夜は自重しなさい。あんたはロウ様とは別の部屋よ」
エリカだ。
昨夜は森の河原で女四人の勝負をやり、勝者のコゼがご褒美を得た。
野営をしたが抱き潰されること三度になり、明け方にも一度抱き潰した。
さすがのコゼも昼過ぎまで起き上がらなかったが、一郎の淫魔術とスクルズの体力回復の魔道で、数ノスほど前からようやく元気を取り戻したところである。
それでもなお、また相手をしたいと言うのだから、根性がある。
一郎は苦笑した。
「やよ──。あたしはご主人様が好きなんだから……。ああ、でも。高位巫女様は冒険者風情と一緒というわけにもいかないし、この里に神殿の施設とかに泊まるのか……。四人部屋なら、多分ひと部屋であるわね」
コゼが言った。
「意地悪をいわないでください、コゼさん。もうおわかりのくせに……。それではなんのために、わたしがご一緒させてもらったかわからないじゃないですか。わたしは床でも結構です。どうか、ご一緒させてください」
スクルズが応じた。
一郎が振り返ると、彼女はにこにこと笑っている。
だんだんとわかってきたが、この高位巫女の微笑みは、彼女独特の処世術のひとつだ。
人懐っこい笑みで、大抵の無理を通してしまう。
今回も十日以上も王都を空ける同行を、神殿長にきちんと通してきたらしい。
幼児返りしているウルズの世話も、王都大神殿の筆頭巫女としての祭事も、第二神殿のベルズに押しつけてきたようだ。
「まさか、王都第三神殿の筆頭巫女のスクルズを床に寝かせるわけにはいかないだろう。俺が床に寝るよ」
一郎は笑った。
「だったら、あたしも床に寝ます」
コゼが元気に言う。
「ロウが床なら、みんな床に集まりそうだな。わたしもロウの横で添い寝したいしな」
シャングリアが肩で笑った。
これだけ、慕ってくれれば、一郎も苦笑するしかない。
「まあ、いつもの通りに生き残り式でいこう……。好きにしてくれ。もっとも、どんな宿が取れるかはわからん。取れなければ馬車泊まりだ。いずれにしても、そういうことでな」
一郎が言うと、スクルズが首を傾げた。
「生き残り式……とはなんですか」
「わたしたちの取り決めよ、スクルズ」
エリカが口を挟む。
「取り決めとは?」
「ロウ様の隣はふたつ……。わたしたちは三人。最初に抱き潰れた者は離脱。添い寝は生き残った二人。翌朝のご挨拶は添い寝をしなかった者が優先ということよ」
エリカが小さく言った。
我ながら恐れ入るような話だが、この三人は一郎の隣で誰が添い寝するかで、いつも本気で揉める。
だから、こうして“取り決め”ができたのだ。
取り決め以後は、誰かを先に抱き潰そうと女同士で責め合うこともあり、夜は妙に淫靡な遊びになる。
昨夜はコゼだけが勝者だったから静かなものだったが、今夜からは、また夜の戦いが再開される。
いまから愉しみだ。
「まあ、だったら頑張ります。公平でいいですね」
スクルズが愉しそうに言った。
その声に一郎が笑い、馭者台のシャングリアが手綱を軽く鳴らす。
そんな他愛もないやり取りをしているうちに、馬車は里の中央へと差しかかり、目的の建物が見えてきた。
大きくはないが、里のほかの家々とは明らかに趣を異にする赤煉瓦を積んだ二階建てだ。
これが、ミラノ代官の管轄下にあるガラヴィの里長邸に違いなかった。
門番の姿は見えず、前庭は静かだった。
シャングリアは馬車をそのまま前庭に乗り入れさせて、手綱を引いて停車させる。
ウマの世話と見張りはシャングリアが受け持つことになり、一郎は、エリカとコゼ、それにスクルズを伴って馬車を降りた。
玄関の呼び鈴を鳴らし、「王都ギルドの冒険者です」と声をかける。
しばらくして、勢いよく扉が開いた。
現れたのは、五十がらみの中年の男だ。
頭頂部は薄く、腹が出ているが、衣服は上質な織物で仕立てられている。
いかにも地方役人といった風情だ。
おそらく、これが里長自身だろう──ステータスを読むまでもなく、一郎はそう思った。
「お待ちしておりました。今回の調査依頼に際し、王都第三神殿の筆頭巫女様ご自身が下向くださるとは、まことに光栄に存じます。実は少々行き違いがございまして、スクルズ様のご訪来の報せが届いたのは昼過ぎでして、なにぶん準備も整わぬまま……。あっ、これは失礼。ガラヴィの里長、イナーフと申します。ようこそお越しくださいました、スクルズ様」
イナーフは、満面の愛想笑いを浮かべながら深く頭を下げた。
「えっ……は、はい。では、よろしくお願いします、イナーフ殿」
一方で、スクルズは一瞬、面食らったようだったが、すぐに高位巫女らしい毅然とした表情に変わった。
その姿には、さっきまで一郎たちと冗談を言い合っていた柔らかさはない。
改めて見ると、やはり彼女は神殿の筆頭巫女らしい威厳を備えている。
「では、立ち話もなんですので、さっそく……」
イナーフは恭しく腕を広げ、スクルズを屋敷の中へと案内した。
一郎たちは完全に無視されたままだ。
「……あれ? 俺たち、スクルズの従者扱いになってる?」
一郎が小声で言った。
「そうみたいですね」
エリカが面白くなさそうに応じた。
「だったら、そういうことにしておこうか」
一郎は笑って肩をすくめ、エリカとコゼを伴って、里長とスクルズの後ろに続いた。