※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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143 クエスト完了とタリオの女

「スカラー、命拾いしたな。もし、シャングリアを人間の男たちに犯させていたら、手足をばらばらにして、生きたまま鳥の餌だったぞ」

 

 一郎は低く笑った。

 

「ぼ、ぼう……おゆるし……を……」

 

 スカラーが息も絶え絶えながらも、必死に口を開く。

 その横で、シャングリアの怒気がまだ収まらないらしく、険しい顔をして仁王立ちになっている。

 彼女の身体を乗っ取っていた魔妖精は、すでに五、六発は蹴り飛ばされ、血まみれのままふらふらと立ち尽くしていた。

 それでも倒れないのは、一郎の「命令」が効いているからだ。さもなければ、とっくに気を失っているだろう。

 

「監禁していた者たち──人間族から奪ったものはあるか?」

 

 一郎はスカラーという新たな名を与えた魔妖精に訊ねた。

 廃神殿の結界はすべて解かれ、屋敷妖精ブラニーが刻んでいた術式の痕も、いまは白い靄のように消え去っていた。

 外に置き去りにしていた一郎たちの衣類や装具も、ブラニーが回収して運び入れてくれている。

 一郎たちはようやく服を着終えたところだった。

 

 また、ここに捕らわれていた冒険者や里の者にも衣類が戻され、彼らはまだ夢の続きのような顔をして、ゆっくりと着替えている。

 ただし、まだ朦朧としている様子である。無理はない。

 

 ブラニーの話によれば、眠るとき以外は、全員が淫気を生むための乱交状態に置かれていたという。

 そんな日々を過ごしていた心が、すぐに平常へ戻るはずもない。

 省みられては不都合なことも多いので、一郎としては、彼らが正気に返らないうちに、魔妖精についての決着をつけておきたい。

 

 いずれにしても、魔妖精に操られ「家畜」にされていたとはいえ、体調の管理そのものはブラニーが行っていたらしい。女も男も、肉体的な損傷はないという。

 ならば、あとは帰すだけだ。魔妖精に支配されていた屋敷妖精のブラニーの妨害が消えたいま、スクルズの移動術を使えば帰路は一瞬で済む。

 

「奪ったもろは、れんぶ、ブラニーに……ごしゅりんらま」

 

 呂律の回らぬ声だったが、「奪ったものは全部ブラニーが管理している」と言っているらしい。

 一郎は息をひとつ吐き、「治療だけは許す。ただし動くな」と命じた。

 

 すると、スカラーの身体を覆う擦り傷や打ち身が、たちまち消える。鼻血も止まった。

 ただし、服の血までは消えない。

 それは「治療行為」だけを許可した命令の範囲だった。ほかの魔道は一切、封じてある。

 

「あ、ありがとうございます。あ、あのう……もう悪いことはしませんから……。と、というより……そんなに悪いことでしたか? 人族にとっては、性交は気持ちのいいことでしょう?」

 

 ほっとした様子で、スカラーが媚びるように言った。

 一郎は苦笑した。

 確かに、魔妖精にとっては大罪の意識などないのかもしれない。

人族の淫気を喰らうのは、彼らの本能だ。

 

 夜ごと寝室に忍び込み、こっそり淫気を盗む──それが彼らの習性だと、クグルスが教えてくれたことがある。

 だが、監禁と洗脳で人族を交尾の機械に変え、淫気を量産する「牧場」を作ろうとしたのは、さすがに常軌を逸している。

 知恵はあるが、まだ浅い。そう思えた。

 

「なにが悪いことはしてないだ──。わたしは許さんぞ。わたしの身体を好きなように弄びやがって」

 

 シャングリアは怒気を燃やしたままである。

 最初に単独で突入した彼女は、瞬時に身体を乗っ取られ、クリトリスで自慰を繰り返させられて、何度も恥辱的な絶頂を強いられていたという。

 いまもその怒りが収まらないのは当然だった。

 

「まあまあ、シャングリア。あとで埋め合わせしてやるから……。だが、お前も悪いぞ。罠だとわかっていながら突っ込んだだろう」

 

 一郎はそう言いながら、彼女のスカートの中へそっと手を伸ばし、下着越しに尻を撫でた。

 わずかな触れ方でも、魔眼で読んだ“いちばん感じる一点”を正確に捉えていた。

 

「んふっ……う、うわっ」

 

 シャングリアが腰を抜かすように沈む。

 その様子に、スカラーが目を丸くした。

 

「うわっ……なに、なに? 自慰で絶頂させたときより、触っただけで淫気が大量に噴き出したぞ? 手で触れただけで」

 

 スカラーが唖然としている。

 一郎は小さく笑った。

 

「愛があるからだ。お前のは、ただ発情を強制して擦り合わせただけだ。そんなもので濃い淫気は得られん。濃い淫気が欲しいなら、惚れ合う恋人同士の交わりを通して、その果てでこっそり淫気を回収しろ。人間牧場よりはるかに効率は悪いが、質が違う」

 

 一郎の言葉に、魔妖精は深く頷いた。

 

「愛のある性交……か……。確かに、そっちの方が濃かった。なるほど、そういう仕組みだったのか……。恋の架け橋ねえ……。ううむ、面白い」

 

 スカラーは、なにやらぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

 どうにもちょっと不安だ。

 だが、このまま放っておけば、また余計なことをして騒ぎを起こすかもしれない。

 一郎は小さく息を吐く。

 

 まあいいか……。

 廃神殿に巣食っていた悪意を退治することは、今回のクエストの目的ではない。

 クエスト的には、あくまで「調査」だ。

 魔妖精が原因だったと報告すれば、それで依頼は果たされる。逃亡を許しても構わない。

 

「ところで──。最初に追い出した盗賊に財を渡したのは、お前だろう。あの金貨はどうした?」

 

「ああ、金貨のことですか? あれは余の……いや、俺のもんっす。あちこちで集めたやつで。別にいらなかったから、土産代わりにくれてやったんです」

 

「わざわざか?」

 

「まあ、家畜になってくれましたし……。だって、人族って、ああいうのを喜ぶんでしょう?」

 

 一郎は息を吐いた。スカラーに悪意の響きは薄い。

 この魔妖精は、本気でそれを“善意”だと思っているのだろう。

 

「……ふうん……。だが、そもそも、あれはお前が集めたのか?」

 

「いや、俺がブラニーと契約した直後に入ってきたんですよ。だから、とりあえず確保して家畜にしようとしたんですけどね。男ばかりで、自慰くらいでしか淫気が出ないし……」

 

「だから、追いだしたのか?」

 

「へえ、そういうことになりますね。搾り切ったら、もう出なくなって……。仕方ないから、記憶を抜いて外に捨てたんです。そしたら、またやって来て……」

 

「あいつらのことか? じゃあ、盗賊にしろ、あの冒険者たちにしろ、お前から呼び込んだわけじゃないんだな?」

 

「勝手に入ってきたんです。でも、雌が混じってたんで、雄たちだけよりも、ずっと効率よく淫気が集められました。もちろん、追い出すときには、金貨をやるつもりでしたよ。嘘じゃないっす」

 

「……ふうん……。つまりは、まだ金貨は残っているのか?」

 

「ええ、地下に山ほど残ってますよ。よければ、ご主人様に差し上げます」

 

 スカラーはえびす顔で胸を張った。

 一郎は、その悪びれない笑みに思わず苦笑した。

 

 ──自分が淫魔師だからだろうか。

 どうしても、この魔妖精を“悪意の塊”とは思えない。

 

 確かに、冒険者や里の者を監禁したのは許しがたい。

 だが、洗脳し、乱交を強いた以外に、直接の危害は加えていない。

 そもそも、彼らは自ら立ち入ったのだ。

 しかも、追い出す際には盗賊にすら一財産の金貨を渡している。

 あの冒険者たちにも、同じつもりでいたのだろう。

 

 完全な無法ではない。

 人族と魔族とでは、価値観そのものが異なる──それだけのことだ。

 一郎たちは斬りかかられたが、結局のところ、誰も傷を負ってはいない。

 

 ──まあ、許してやるか。

 

 このまま引き渡しても、人族の法では処刑されるだけだ。

 そこまでの罪ではない。

 

「ふう……まあ、だったら遠慮なく貰っとく。俺たちを殺しかけた代償だ。……許してやる。二度と俺たちにも、この神殿にも近づくな。悪いことをするな。なるべくいいことをしろ」

 

「えっ、これで解放するのか?」

 

 シャングリアが思わず口を挟んだ。

 

「まあ、もう許してあげなさいよ」

 

「そうよ。捕まえたのはご主人様なんだから」

 

 エリカとコゼが横から口を出して、シャングリアを宥める。

 一郎はふとスクルズを見た。

 

 魔妖精は妖魔、すなわち魔族である。

 教会の教義では滅ぼすべき絶対悪のはずだ。

 だが、巫女装束を整え終えたスクルズは、にこにこと一郎を見守っているだけだった。

 

 この女は、一郎がなにをしても咎めない。

 おっとりとした微笑みの奥に、奇妙な達観がある。

 逃がすことに異論はなさそうだった。

 

「えっ、許してもらえるんすか──?」

 

 スカラーが、驚きと喜びの入り混じった声をあげる。

 まさか、本当に放免されるとは思っていなかったようだ。

 

「ああ、許す。その前に……」

 

 一郎は魔妖精の前に屈み、耳元へ口を寄せた。

 

「……クグルスって知っているか」

 

 興味があって訊ねてみた。

 クグルスは手のひらほどの小人の妖精型であり、スカラーは膝下くらいの大きさだ。見た目はかなり異なるが、同じ魔妖精ということで、知り合いかもしれないと思ったのだ。

 

「クグルス? ああ、あの若い雌。すごい主人を見つけたって騒いでましたね。なんたって、本物の淫魔師を見つけたって……」

 

「ほう」

 

 どうやら、やはり知り合いのようだ。

 

「でも、多分、嘘ですよ。淫魔師なんて、そんなの伝説の存在でしょう? まあ、最近あいつが急に強くなったのは事実で……。あれっ? でも、ご主人様、なんでクグルスのことを?」

 

 一郎はさらに口を近づけ、低く囁いた。

 

「俺がそのクグルスのご主人様だ。クグルスにも逆らうな。命令だ。あいつに不利なことをすれば、死ね──そう命じておく」

 

「ええ?」

 

スカラーの眼が驚きで丸くなり、口をぱくぱくとさせた。理解が追いついていない様子だ。

 

「これで終わりだ──、お前を縛っていた魔道と行動制限をすべて解く。もう自由だ。消えろ、命令だ」

 

 その言葉と同時に、魔妖精の姿は霧のように消え失せた。

 姿を消すときのスカラーの顔は驚愕したままだった。

 

 静寂が落ちた。その中に、すっとブラニーが現れる。

 紺と白のメイド服を揺らしながら、一郎の前で深く頭を下げた。

 

「ご苦労様でした、新しい旦那様。そして、ありがとうございました。一度契約した屋敷妖精は、旦那様に従わねばなりません。けれど、いま契約は消えました」

 

 さて、次はこの屋敷妖精の処遇か……。

 その前に、まだ片づけねばならないことがある。

 

「ブラニー、まず伝えておく。俺はこの神殿には残れない。王都に家がある」

 

「承知しております。わたくしが魔妖精を主として受け入れたのが過ちでした。あの人族のお方々には、ご迷惑をおかけしました。ブラニーは、ここでこのまま眠ります……。そして、この建物とともに朽ち果てる所存です」

 

 その声は、淡々としていながらも、どこか鈴のように震えていた。

 ブラニーの瞳には、長い奉仕の末に主を失った者の寂しさが宿っている。

 屋敷妖精にとって、主のいない屋敷は魂の抜けた器にすぎない。

 その理を受け入れた声音だった。

 

「お前……それでいいのか?」

 

 一郎は、思わず口にしていた。

 問いというより、ただの独り言に近い。

 

「はい。屋敷妖精は屋敷に結ばれて生まれ、屋敷とともに果てます。それが理でございます。主がいなくなった屋敷に留まり、やがて静かに崩れていくのが、わたくしたちの最期……。定めです」

 

 ブラニーは静かに微笑んだ。

 その笑みは温かくも、どこか透けて見えるような儚さを帯びている。

 長く仕えた屋敷と一体にある存在──。

 彼女は、廃墟となった神殿の空気と同じ匂いをまとっていた。

 

「屋敷とともに、死ぬのか?」

 

「それが寂しいことだとは知っていても抗えません」

 

「そうか……」

 

「はい、今回は本当にありがとうございました。……もしお許しがいただけるなら、あのお方々にも直接お詫びを申し上げたいのですが」

 

 一郎はしばらく黙って彼女を見つめ、それから小さく頷いた。

 

「いいさ。謝るだけで気が済むなら許す」

 

「はい……旦那様。ありがとうございます」

 

 ブラニーは深々と頭を下げた。

 長いスカートの裾が、まるで風に吸い込まれるように揺れた。

 その姿は、朽ちゆく屋敷とともに消えることを、どこか嬉しそうに受け入れているようだった。

 ブラニーは、離れたところでこちらを見ている冒険者たちに視線を向けた。

 一郎は頷いた。

 

「魔妖精が残した財は、すべてお前が管理しているな?」

 

「はい、旦那様」

 

「前に盗賊たちに渡したのと同じくらいの額を、彼らひとりひとりに手渡しても、まだ残るか?」

 

「半分以上、残ります」

 

 即答だった。

 さすがは屋敷妖精だ。屋敷の管理に関しては驚くほど有能だ。

 しかも、ひとり当たりの金額を訊くと、それはまさに一財産といえる額だった。

 あのスカラーがどうやったかは知らないが、実際、とんでもない額の財を集めていたようだ。

 

「謝るときに、同じ程度のものをひとりずつ渡せ。残りは後で指示する」

 

「ありがとうございます、旦那様」

 

 無表情に近かったブラニーの顔が、ふっと柔らかくほころんだ。

 

 やはり、善良なのだと思った。

 主人に選んだ魔妖精の命令とはいえ、人族を監禁するのは不本意だったのだろう。

 ほっとした顔になっている。

 さらに、そのブラニーに、ひとつの指示をする。ブラニーが小さく頷き、一度姿が消えた。

 

 さて、あのブラニーをどうするかだ……。

 ここに捨てていくのは可哀想な気はする。

 

 だが、屋敷妖精とは、屋敷に縛られるものなのだ……。

 以前にシルキーに訊ねたこともあるが、シルキー自身も知らなかった。

 自分たちは「ひとつの屋敷に縛られ、高位の魔道遣いに仕える本能がある」ということだけを自分自身の輪郭として認識していた。

 

 シルキーの概念によれば、屋敷とともに生まれ、屋敷がなくなるときに死ぬ。

 そのあいだに、高位の魔道遣いが住人になれば、主として仕えることができる。

 主を見つけること自体が悦びで、心からの望み──それが屋敷妖精の本能であり、理だ、と。

 

 ただ、よく考えれば、シルキーは魔道遣いではない俺──淫魔師の一郎を主人とした。

理は理として、例外はあるのだ。そこに道がある。

 

「みんな」

 

 一郎は、女たちを呼んだ。四人の女たちが集まる。

 

「……一応は、これでクエストは終わったようなものだけど、完了の報告の前に屋敷妖精のことは考えたい。だが、細かい話をする前に、まずは連中を帰したい……」

 

 一郎はちらりと、広間の隅にいる十数人の男女に視線を向けた。

 彼らは、いまだにぼうっとしている感じだ。

 

「追い払うのか?」

 

 シャングリアが小声で言った。

 一郎は頷く。

 

「ああ……、スクルズ、悪いが、移動術で全員を里まで送れるか。置いてきたら戻って来てくれ。込み入った話になるかもしれないし、助言が欲しい」

 

「かしこまりました、ロウ様……。それと、やっぱり、ロウ様は頼もしいですね」

 

 スクルズがくすくすと笑った。

 一郎は面食らってしまった。

 

「でも、ほんと、シャングリアに斬りかかられたときは、肝が冷えたわ。久しぶりに命の危機を感じたもの」

 

 コゼが苦笑した。シャングリアの顔が真っ赤になる。

 

「それは悪かったと……」

 

「いいのよ。……正直、この数日、ずっとあんたの剣筋を見ていたおかげで、ひと太刀目を避けられたわ。短剣は弾かれたけど、斬られずに済んだのは、あたしにしては上出来よ。エリカのいうことをきいて鍛錬してよかったかも」

 

 コゼが白い歯を見せた。

 

「そうでしょう、コゼ──。だから、ロウ様も」

 

 エリカが乗りかける。

 一郎は悪い流れを断つように口を挟んだ。

 

「それより、シャングリア。連中をスクルズが送ることになったら付いて行ってくれ。エリカとコゼは、そのあいだ、俺と神殿を一巡りしておこう。ブラニーの話では変わったことはないそうだが、念のためだ」

 

「わかりました、ロウ様」

 

「わかりました」

 

 返事が重なる。

 一方で、ブラニーが冒険者たちのところへ現れ、金貨の入った袋を配りながら謝罪を始めたのが見えた。

 まだ半分正気に返らぬ顔つきが多いが、袋の重みを確かめると、あちこちで歓声が上がる。

 よかった。

 大声で文句を言われずに帰ってくれそうだ。

 やがて、冒険者たちがこちらに寄ってくる。

 彼らがわっと集まってきた──。スクルズの周りに──。

 

「えっ」

 

 スクルズが当惑顔になった。

 先程、冒険者たちには、救援隊の指揮はスクルズだと説明するように、ブラニーに指示したのだ。

 冒険者と王都大神殿の筆頭巫女なら、筆頭巫女が長だと思うのが自然だ。

 一郎はさっと身を引く。

 

「スクルズ様、ありがとうございます」

 

「助かりました。本当に」

 

「ありがとうございます」

 

 囚われていた者たちがスクルズを囲む。

 スクルズが困ったように一郎を見る。

 すかさず一郎は口を開いた。

 

「じゃあ、スクルズ様、俺たちはご指示により神殿内の確認にかかります。その間に、その人たちを送ってあげてください。里長には、最終確認ののち、夕方にでも改めて報告するとお伝え願えると助かります」

 

 一郎は頭をさげた。

 エリカたちは横で苦笑している。

 これで世間的にはスクルズの功績になる。

 スクルズは面食らっていたが、すぐに小さく嘆息した。口裏を合わせてくれる気配だ。

 

 そのときだった。

 ただひとりだけ、冒険者が一郎の前に歩み出た。

 あの、突っ込みどころ満載のステータスを持つ女だ。

 

 いや、本当にただの冒険者か?

 彼女が一郎の目前に立つ。

 それにしても、目の前に立つと、かなり迫力のある巨乳だ。

 しかも、色っぽい。

 

「エレインよ。感謝するわ」

 

 彼女は言った。

 エレイン──?

 さっきのステータスでは、“ビビアン”と名前が出ていたが……。

 ──すると、視界の隅で、ステータスの名表示がすっと変わる。

 

 

 

 ビビアン→エレイン(レイク=ダーム)

  人間族、女

   タリオ公国諜報員

   冒険者(チャーリー)

  年齢35歳

  ジョブ

   諜報(レベル30)

   戦士(レベル15)

   アサシン(レベル10)

   毒遣い(レベル3)

  生命力:50

  魔道力:10

  攻撃力:300(剣)

  経験人数

   男120、女31

  淫乱レベル:A

  快感度:300/300

 

 

 

 もしかしたら、偽名の名乗りが変わったので、ステータスに変化があったのか。とにかく、本名は“レイク=ダーム”なのだろう。

 この大陸の人間族で、家名があるのは、大抵は貴族階級ということになるらしいが……。

 

 それはともかく、タリオ公国の名が脳裏に小さく灯った。

 旧帝国の三公国──その中でも最も力のある国──それがタリオ公国だ。

 ローム三公国のうち、このハロンドール王国と直接に国境を接する国であり、国境争いもしばしば起きていたという。

 ただ、いまは、タリオ公国のアーサー大公に、ハロンドール王の二女のエルザ王女が嫁ぎ、友好関係になるという。

 まあ、一郎が認識しているタリオ公国とハロンドール王国に関する知識はその程度だ。

 

「エレイン……ね。それで、話はなんだ?」

 

 一郎は静かに口を開いた。

 

「いや、俺はただの雇われ護衛だ……。礼ならあっちに……」

 

 視線でスクルズを促した。

 スクルズはいまだに、ほかの冒険者たちに囲まれて、お礼を言われ続けている。

 

「いや、あなたよ」

 

 エレインが一歩進み出た。

 

「なにが?」

 

「全部、見てたわ……。ほかの者たちは、まだ頭がぼんやりしてるみたいだけど──あたしは違うわ」

 

 その声音には、ただの冒険者らしからぬ落ち着きがあった。

 一郎は嘆息した。

 さて、どうするか……。やっぱり、面倒のようだ。

 

「なに、あんた?」

 

「ロウになにか用か」

 

「すぐにスクルズ様が里に送るわ。向こうに行きなさい」

 

 エリカ、シャングリア、コゼが、さっと一郎を囲むように前に出た。

 三人の殺気が空気を鋭く裂く。

エレインは肩をすくめて苦笑した。

 

「おっかないわねえ……。別に取って喰おうってわけじゃないわよ。……いや、喰いたいけどね」

 

 挑発めいた軽口──。

 だが、その目の奥には観察者の光が宿っていた。

 

「まあ、いまはそんな話じゃないのよ……。話し合いをしたいのよ」

 

「話し合い?」

 

 一郎は三人を制して、相手の言葉に耳を傾けた。

 

「屋敷妖精のことよ」

 

「屋敷妖精がどうした?」

 

 意外な言葉に、思わず眉が動く。

 どういう意図だ──?

 そのとき、スクルズが近づいてきた。

 

「ロウ様……。では、一度里まで行ってきます。……さあ、あなたもどうぞ」

 

 スクルズがエレインに声をかける。

 だが、エレインは小さく首を振った。

 

「あたしはいいわ。一緒に来たパーティとは、ただの雇われ関係よ……。ミラノのギルドで知り合っただけ……。どうせクエストは失敗だし、もうここで別れる約束なの。自分で帰るわ」

 

「しかし……」

 

 スクルズがちらりと一郎を見た。

 その刹那、エレインが一郎をまっすぐに見据える。

 

「うわあ……あんたって、やっぱりどういう男なの? 横のおっかない女たちもそうだけど、筆頭巫女様まで、あんたの言いなりじゃない」

 

 軽い調子で言うが、探るような声音だった。

 

「いや、違うよ。スクルズ様は、お偉い方だけど、気さくな方でね。俺みたいな冒険者風情でも、丁寧に対応してくださるんだ。言いなりなんて誤解だよ」

 

 一郎はできるだけ平然と見えるように肩をすくめて見せた。

 

「へえ、普通にセックスをする関係なのに?」

 

 エレインがくすりと笑った。

 一郎は眉をひそめた。

 

「なんことだが……」

 

「あたし、ちゃんと見てたのよ。あんたが、その筆頭巫女様とセックスしていた。それが終わった途端に、巫女様が白い光を放って浄化した。でも、まずは、あんたからだったわ」

 

 エレインが不敵そうな笑みを浮かべる。

 一郎は内心で舌打ちした。

 洗脳で正気を失っていると思ったが、しっかりと見ていたらしい。

 

「ああ? なによ、あんた──? 消えなさい」

 

 コゼがずいと前に出る。

 エレインとコゼの距離が詰まり、ほとんどくっつくくらいになった。

 だが、エレインも動じる気配はない。

 その視線は、コゼを無視して一郎に向いていた。しかし、コゼは一郎でもわかるくらいの殺気を放っている。

 それにも関わらず、エレインは平然としていた。大した自信と度胸だ。

 

「……それからの指示も全部、あんただったわ。最初は、一番弱そうに見えたのに、まさか、あんたがパーティリーダーだったとはね。それと、あのセックスに意味はあったの?」

 

「耳はあるの、お前? スクルズと一緒に里に向かうのよ」

 

 コゼに続いて、エリカが前を阻むように移動する。

 さらにシャングリアも並ぶ──。

 さすがに、エレインがたじろいで数歩後ずさる。

 

「ねえ、話くらいにさせてくれてもいいでしょう──」

 

 エレインが哀願するような口調になる。

 一郎はエリカたちに、軽くて手で合図した。三人が警戒を解かないまま、少しだけ移動して一郎とエレインの前を開けた。

 

「おっかないわねえ……。でも、やっぱり、全部、あんたが仕切ってるのね……。不思議な技も使ってたし……。まあ、とにかく、あたしとお話をしてくれない?」

 

「話か?」

 

 一郎は息を吐く、

 

「そうね……。さもないと──あることないこと、お話するかもね。あちこちで……。セックスをして魔道結界術を解く、変な男がいたってね」

 

 一郎は小さく眉を寄せた。

 まさか、一郎が淫魔師である秘密までは届いていないだろう。

 だが、彼女が相当な観察眼を持つのは確かだ。

 タリオ公国の諜報員という肩書きが脳裏をよぎる。

 

 ──本当に厄介だ……。

 

「ロウ様……」

 

 エリカの低い声──。完全に殺気がこもっている。

 一郎が淫魔師であることは、絶対に隠すべき秘密だと、エリカは再三繰り返していた。

 いまの挑発のようなエレインの言葉で、エリカも、このエレインがなにかを悟ったということがわかったはずだ。

 たぶん、一郎が命じれば、この場で殺すだろう。

 

「おお、怖っ──そんなに睨まないでよ……、あんた。別に敵じゃないってば。この人に危害を加えたりしないわ」

 

「どうだか」

 

 コゼがさらに一歩横へずれ、エレインの背後を塞ぐように立つ。

 シャングリアはすでに剣に手をかけている。

 その鋭い空気に、エレインの頬が引きつる。

 

「……もう一度言うけど、あたしはこの人に危害を加えない。むしろ、助けてくれたことに感謝してるの」

 

 エレインの手がわずかに動くのを、コゼがすぐ背後から制した。

 冷たい刃先が、エレインの背に触れたのがわかる。

 

「不用意に動かないのよ。緊張するじゃないの」

 

 コゼの囁きに、エレインの表情から余裕が消える。

 

「どうかしましたか、ロウ様。そろそろ里に向かいたいと思うのですが」

 

 スクルズの声──。

 にこやかに見えるが、指先では魔道の詠唱が始まっている。

 このスクルズもまた、一郎が命じれば、ためらいなく致命の一撃を放ちそうだ。

 まったく──怖い味方たちだ……。

 一郎は息をひとつ吐いた。

 

「わかった。話を聞いてやる。なんだ?」

 

 女たちを目で制し、短く問う。

 

「だから……屋敷妖精のことよ」

 

 エレインが静かに言った。

 屋敷妖精──またその言葉だ。

 

「ブラニーが、どうかしたのか?」

 

「ブラニーっていうの? そう、あの屋敷妖精」

 

 エレインは一瞬ためらい、それから続けた。

 

「……正直に言うわ……。あたし、今回の調査クエストとは別の依頼があるの。……ある分限者から、屋敷妖精を連れてきて欲しいって依頼よ」

 

「別のクエスト?」

 

「ええ。こっちが本命だったの……。あんたらが、あの屋敷妖精をどうするつもりか知らないけど、もし引き取る気がないなら、こっちに任せてくれない? もちろん、相応の報酬は支払うわ」

 

「屋敷妖精を……連れていく? タリオまでか?」

 

「タリオ? なんで、あたしがタリオって……?」

 

 エレインが面食らった表情になる。

 今度は一郎が挑発することにした。

 

「だって、タリオの諜報員なんだろう?」

 

 一郎のその言葉で、エレインの表情が、すっと変わった。

 その全身に殺気が走る。

 

「あんた……やっぱり、何者?」

 

 低く響く声。

 一郎を囲む女たちの緊張も同時に高まった。

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