【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「きゃああああ」
エリカは悲鳴をあげた。
ロウの身体から溢れ出た黒い奔流が封印の書に吸い込まれていく。
その力は、封印を解くだけのものではなかった。魔道の暴風となって、あっという間に周囲一帯を飲み込んだ。
霊廟の空気が震え、足元の石が揺れる。
その瞬間、腹の奥がねじれた。
内側を掴まれて引きずられるような圧迫感。
移動術──?
跳躍のときに感じる、あの捻じれる感覚がエリカを襲った。
誰も術式など刻むわけはないが、いまのロウの魔力が、書物を媒介にして暴発したのかもしれない。
「エリカ──」
光が弾け、霊廟の輪郭が崩れる。
ロウの声が遠くで聞こえた気がした。
「ロウ様──」
エリカも叫んだ。
しかし、その呼び声はすぐに途切れ、世界が白く弾けた。
……。
……。
……。
風の音が聞こえた。
頬に草の感触がある。
湿った匂いと、閉じた眼に感じるまぶしい光……。
エリカはゆっくりと目を開けた。
木々の梢の隙間から、白い陽光が降り注いでいる。
昼間……?
ここはどこ……?
周囲を見渡すと、あたりは緩やかな傾斜をもつ山の林の中だった。
背の高い木々が並び、遠くから鳥の声が聞こえる。
霊廟の冷たい空気とはまるで違う。
しかも、どこか見覚えのある山中の林の中のような気がした。
ぼんやりとした意識の奥で、少しずつ記憶が蘇ってくる。
──そうだ。
屋敷の裏庭にある霊廟で、ロウとともに封印の書を開こうとしていた。
その瞬間、強い魔力の奔流が巻き起こり、身体が引き込まれたのだ。
あれは……移動術のような感覚だった。
おそらく、あのとき暴発した魔道に巻き込まれたのだろう。
だが、あのときは夜だった。
それなのに、いまは太陽が真上近くにある。
つまり──半日以上、意識を失っていたのか……?
とりあえず、身体を起こそうとした。
はっとした。
背に革の食いこむ感触が走ったのだ。
腕がまったく動かない。
「えっ、うそっ」
思わず声をあげた。
後ろ手に縛られている。
革紐が肩口から腕にかけて幾重にも巻きつけられ、乳房の上下を締めつけていた。
少し動かすだけで、紐が肌に食い込み、胸が持ち上げられる。
力を込めてもびくともしなかった。
完全に緊縛されている。
どんなに身体を捩っても、自由になる感触はない。
しかも、身体にはなにもまとっていなかった。
完全な全裸だ。
しかも、こんなどこだかもわからない野外の場所で──?
陽の光が肌の上に落ち、風が背を撫でて、改めて、自分が素っ裸であることを思い知らされる。
縛めの革が体温でぬめり、肌に貼りついているような気さえした。
エリカは息を詰めた。
なんということだろう……。
このまま人に見られたら、どうすればいいのだ──。
「ロウ様──?」
声をあげて呼んだ。
だが、返事はなかった。
シャングリアやコゼの名も叫んでみる。
やはり、なにも反応はない。
風が木々を揺らす音だけが響く。
一体全体、どうなっているのだろう……。
周囲にまばらに樹木がある林の中だが、周りに人の気配はないようだ。
本当にひとり──?
とにかく、考えられるのは、あの移動術の跳躍のときに、エリカひとりだけが巻き込まれたということだ。
胸の奥がざわつく。
どうしよう……。
とにかく、起きあがらなければ。
地面に膝をつけ、身体を捻りながらなんとか立ちあがる。
もう一度、緊縛を解くことを試みる。やはり、両腕の縛りは想像以上に固く、緩む感じもない。
魔道で切るか……。
そう思って、魔力を指先に込めた──が、なんの反応もない。
術が発動しない。
「うそ……どうして……?」
首もとに、なにかの重みを感じ、顎を下げて確かめる。
首環──?。
「あ……これ……」
思い出した……。
霊廟へ連れていかれるとき、ロウに装着された首環だ。
そのままの状態で、ここに跳ばされてしまったようだが、もしかして、あれは「魔道封じの首環」だったのか?
愕然となった。
両手は縛られ、魔道は封じられ、裸のまま見知らぬ山中にいるということだ。
どうして、こんなことに……。
思考が止まり、胸の奥に冷たいものが落ちた。
エリカは草の上で身じろぎし、空を見あげた。
風が頬を撫でる。
誰もいない。
まるで、世界に取り残されたようだった。
そのときだった──。
突然に周りに人の気配を感じた。
「えっ?」
そして、息が止まった。
いつの間にか、周りの林の中に十人以上の見知らぬ男たちがいて、少し距離をとって完全に取り囲んでいたのだ。
誰もが汚れた布をまとい、髭を伸ばし、鋭い目をしている。
盗賊──?
その言葉が脳裏をよぎった。
彼らは、にやにやと笑みを浮かべてと立ち、縛られた裸のエリカを凝視していた。
「イフリート様に聞いたとおりだな。すげえ、別嬪のエルフ女だぜ」
「今度の生け贄は、最高級に違いねえや」
「まったくだ」
エリカは唖然となった。
男たちがわけのわからないことを口にしながら、じわじわとエリカに向かって距離を詰めてきたのだ。
その視線が、皮膚に突き刺さるように痛い。
「なによ、あんたら──?」
エリカは思わず後ずさりした。
だが、完全に囲まれている。
逃げる場所などない。
「ロウ様──。コゼ──、シャングリア──。誰かああ──っ、誰かいないの──?」
叫んでも、森に響くのは自分の声だけだ。
「やめなさい──。近寄ると、承知しないわよ」
ゆっくりと近寄ってくる男たちに向かって叫ぶ。
すると、どっと嘲笑が沸き起こった。
「どう承知しないんだよ。腕を縛られて、すっぽんぽんの成りでよう」
「へへ、承知せずに、俺たち全員を返り討ちにしてくれるんじゃないですかねえ。性の技で」
「なるほど。さすがは淫神様への生け贄だ。じゃあ、存分に俺たちの珍棒と戦ってもらうか」
男たちが卑猥な言葉とともに、さらに近寄ってくる。
──逃げるしかない──。
エリカは地面を蹴った。
男たちの囲みの一角に突進する。
「うわっ」
「なんだ──?」
エリカが駆け進んだ側の男たちが驚いて声をあげた。
そのまま跳躍し、ひとりの肩を蹴りあげて、勢いのまま包囲を抜ける。
「あっ、逃げやがった──」
「追っかけろ──」
全力で走った。
草が足に絡み、土が跳ねる。
背後から男たちの怒鳴り声が追ってきた。
「絶対に逃がすな──」
「捕まえるんだ──」
エリカは必死に脚を動かした。
森の民と呼ばれるエルフの脚力だ、森の中の走りで、人間の男たちに追いつかれるはずがないと思った。
──だが、両腕が使えない。
身体のバランスが崩れ、足場の悪い草地をうまく走れない。
息が荒くなる。
「来るんじゃないわよ──。近づいたら、容赦しないわよ──」
叫びながらも、胸の奥では焦りしかなかった。
魔道が封じられている以上、捕まってしまえば、両腕を拘束されている自分には抵抗の手段がない。おそらく十数人はいるだろう。
輪姦されるのは間違いない。
捕まれば終わりだ──。
そのとき、脚のあいだになにかが絡んだ。
木の棒のようなものを投げ槍のように飛ばされて、それがエリカの両足のあいだに挟まったのだ。
「きゃあああ──」
避ける間もなく、脚を取られて地面に転がった。
「よし、捕まえろ」
たちまちに、数人の男が一斉にのしかかってくる。
草の匂いと、男たちの汗の臭気が混ざった。
「やめてえっ、離しなさいよ──」
もがいた瞬間、誰かの腕に噛みついた。
その男が悲鳴を上げた。
「畜生っ、この女、噛みやがった」
それでも抵抗は続かなかった。
さらに大勢の男たちの手が伸びる。
体重をかけられ、両脚を掴まれ、さっきの棒を脚の間に通されて縛られる。
ついに、脚を開いて足首を棒に革紐で結ばれ、完全に身動きが取れなくなった。
「それ、連れていけ──」
低い声が響いた。
エリカは肩を掴まれ、男たちによって、宙に持ち上げられた。
男たちが笑いながら、わっしょいわっしょいと陽気に声をあげる。
そのままどこかに運ばれていく。
エリカは絶望で歯を食いしばった。
両腕は背中で固く縛られ、脚も動かない。
太陽の光だけが、むしろのように肌の上に降り注いでいた。
賊たちの肩に担がれたまま、エリカは揺れる視界の中で息を詰めた。
木々の間を抜けるたびに枝が頬を打つ。背の革紐が食い込み、身体を支えるたびに擦れて痛む。
どのくらい運ばれただろう。
やがて林が途切れ、灰色の岩肌が現れた。
その中央に、ひとつだけ──大きな洞窟が口を開けていた。
陽光を浴びて白く光る岩壁の中で、そこだけが黒く深い影になっている。
──ここって……。
見覚えがある気がした。
なぜだろう……?
しかし、記憶はない。
それでも、どこかで、この岩壁と入口の形を見たような気がする。
しかし、思い出せない……。
賊たちは洞窟の前で足を止めた。
次の瞬間、乱暴に地面に放りだされて、エリカの身体は地面に転がった。
頬に砂利の感触。背の革紐がさらに食い込み、息が詰まる。
「へっ、こいつ、意外と軽えな」
「そりゃあエルフだからな。骨が細けりゃ、肌もつやつやってもんだ」
賊たちの下卑た笑い声が頭の上で交錯する。
エリカは顔を上げた。
洞窟の奥は暗く、冷たい風が吹き出している。
その音が、まるで誰かが息をしているように聞こえた。
──いやな音……。
思わず肩が震える。
だが、考える暇もなく、賊のひとりがエリカの腕を掴み上げた。
「じゃあ、早く中に入れようぜ」
粗野な声が響き、エリカの身体が再び持ち上げられた。
暗い洞窟の入口が近づく。
中から吹く風が、裸の肌を撫でた。
エリカは息を呑んだ。
この風──。
どこかで、確かに感じたことがある。
やはり、ここは初めての場所ではない……。
しかし、どうしても、それがどこだったのかは思い出せなかった。
まるで、頭の中の記憶が閉じ込められているかのように、どうしても、それを思い出すことはできなかった。
洞窟の中に入っていく。
中は意外なほど明るかった。しかも、洞窟を少し進むと、かなり広くなっている場所に辿り着いた。
壁のあちこちには燭台が打ちつけられ、ゆらゆらと揺れる炎が岩肌を照らしている。
天井は高く、赤茶けた岩面がぼんやりと光を返していた。
焚き火の煙と酒の匂いが混ざり、ひんやりと湿った空気が肌にまとわりつく。
エリカはその中央、むしろの上に転がされた。
両手は背中の後ろで革帯に縛られ、脚は棒で開かれたままに固定されている。
背中に敷かれたむしろの感触が冷たく、肩口から腕にかけて食い込む革の締めつけが痛い。
「さて、こうなったら、どうしようもないだろう、エルフ女。あちこち、噛みやがって……。とにかく、もう観念しな」
十数人ほどの賊徒の男たちの中のひとりが吐き捨てた。
その男が長だろうか……?
「気をつけるのね……。わたしは、噛みつくのか得意よ。近づいたら、あんたらの大事な場所、噛み千切るから──」
エリカは荒い息をしながら、男たちを睨みつける。
だが、実際には完全に逃げる手段は失われている。
燭台の炎がエリカの肌を照らし出し、自分の汗の粒が光っているのが見えた。
「押さえつけてくれ。俺からいくぜ」
ひとりが前に出て、ズボンをずり下ろした。
すでに勃起している怒張が目の前に露出される。
さすがに、ぎょっとしてたじろいでしまう。
燭の光を受けたその男の下腹が先走りの精液で光り、周囲がどっと沸く。
「や、やめるのよ──。やめなさい。た、ただじゃおかないわよ──」
エリカは狂ったように身体をよじらせた。
だが、ほかの男たちが歓声とともに群がり、仰向けになっているエリカを押さえつける。
「あ、あんたら、許さないわよ──。離すのよ──」
エリカは必死に暴れながら声をあげた。
しかし、革紐の縛めが軋むだけで、腕も脚も動かない。
「このエルフ女、まだ暴れたりねえのかよ。せっかく、いい気持ちにさせてやろうってのによ」
怒張を露出している男がエリカの腰を正面からがっしりと押さえつけた。
足首を縛っている棒のあいだに身体を入れ、さらに両手で腰を持ちあげる。
「いやあああっ」
エリカは悲鳴をあげた。
怒張がエリカの股間に迫る。
犯される──。
エリカは全身が冷や水に打たれたかのように冷たくなるのがわかった。
ロウ以外の男に身体を汚される……。
それは想像を絶する恐怖だった。
「ほ、本当にやめて──。お願い。お願いよおお──」
エリカの必死の声が洞窟に響く。
しかし、男は笑いながらエリカの亀裂に怒張の先端を押し当ててくる。
そして、ぐいと力を入れたのがわかった。
せめてもの抵抗に、懸命に膣に力を入れて、男の性器の侵入を阻もうとした。
「いやああっ」
エリカは絶叫したが、一方でエリカを犯そうとしている男もまた、苦痛の声をあげた。
いま、エリカの股間はひとしずくの潤いもない。そんな状態の股間が簡単に男性を受け入れることなどできるわけもない。
しかも、エリカは懸命に股間を締めつけて、男の性器を阻んで抵抗している。
それでうまく侵入させらないでいるみたいだ。
「ち、畜生、ふざけやがって──。ちょっとは緩めねえかよ」
正面の男が逆上して、平手を振り上げた。
その影が、燭台の光の中で岩壁に大きく映った。
来る──。
エリカは顔面への殴打を予期して、歯を食い縛った。
「やめんか、馬鹿たれどもめ……。女扱いを知らんやつだな。下手糞たちめ」
洞窟の奥から低く響いた声に、男たちの動きが止まった。
燭台の炎がゆらりと揺れ、壁の影が波打つ。
エリカは、男たちに押さえつけられたまま、声の方向に顔だけを向けた。
影の向こうから、褐色の肌の大男が歩み出てきた。
上半身は裸、下半身に革のズボン──。広い胸板と刻まれた筋が灯の明滅に合わせて浮いたり沈んだりする。
「……あんたが頭領?」
エリカは乾いた喉で訊いた。
「頭領? なんのことだ?」
大男は口角だけで笑った。
声は低く、洞窟の天井に重く返る。
顔には見覚えがない。
だが、やはり、記憶がある気がする。
胸の奥がざわつく。
でも、自分はこの男を知っている──。そう確信が立つ。
「……この賊徒たちの頭領じゃないの?」
エリカは縛られたまま上半身だけを起こした。いつの間にか、男たちがエリカから手を離している。
いずれにしても、とにかく、この得体のしれない褐色の肌の男から少しでも情報を引き出したい。
「違うな、エリカ……。お前はいろいろと間違っている」
大男は、近くの燭台の炎に手をかざして明かりを調整すると、周囲をぐるりと示した。
「まず、ここにいるのは賊ではない。近傍の里の者たちよ」
「里の者……?」
「ああ。そして、お前は俺に捧げられた贄だ。この祠の封印を解いた礼に、俺に与えられた贄を味わわせているのだ」
その瞬間、胸の内側でなにかが外れた。
「あっ、あああ──」
暗闇の水が堰を切るように、なにかが一気に頭の中に雪崩れ込んでくる。
エリカは思わず悲鳴をあげていた。
突如として記憶が蘇ってきた。
いま、全てを思い出した──。
──この男……。
人間族にしては、かなりの巨漢に見える彼の正体は、淫神イフリート──。
以前、ロウとコゼとともに、雨を避けて偶然入った洞窟で遭遇した、幻術を操る魔人だ──。
それだけではない。
出会いは一度きりではなかった。それから何度も、何度も会っている。
いや、エリカは、このイフリートに囚われ続けているのだ。
「……いやああ……」
悲鳴が洞窟に響き渡る。
どうして忘れていたのか──。
いや、このイフリートがわざとエリカの記憶を封印していたのだ。
そうやって、イフリートは、エリカがこのイフリートに捕らえられて、里の男たちに輪姦された初めての「体験」を追体験させるのだった。
いまこそ、思い出した──。
もう半月も前になる……。
ロウたちの屋敷で、書から放たれた術式の暴発に巻き込まれ、エリカはたったひとりで、この洞窟へひとり跳ばされたのだ。
魔道の暴発は偶然だが、関与したのはイフリートであり、この魔人は封印を施したロウへの怨みを胸に、時空の綻びを弄んで、あの暴発に干渉してエリカを引き寄せたのだ。
そして、半月──。
逃げれば阻まれ、意識を奪われ、繰り返しここで陵辱され、目を開けるたびに最初からやり直すように、記憶は塗り替えられてきた。
イフリートはその都度、エリカに幻を被せ、いまこの瞬間が「初めて」だと信じ込ませる。
里の男たちもまた、入れ替わりはあるが「エリカという生け贄を味わう者たち」として集められ、祠の主へ贄を差し出す儀の輪を作る――そう仕組まれている。
「ようやく、顔が戻ったな、エリカ」
イフリートが笑う。
その笑い声は、洞窟の奥で低く反響し、肌の上を撫でていくように感じられた。
「お前の混乱は俺の糧だ。忘れては屈辱を再体験し、思い出してはまた忘れる。いい儀の支度になる。なにしろ、女が絶望とともに犯されるときの淫気。それはなによりの美味だしな」
男たちがさらに円を広げ、燭台の灯が順に傾ぐ。
イフリートがエリカの前に立ち、すっとその場に屈み込む。
「……やめなさい……近寄らないで……。もういい加減に許してよ──」
エリカの声は掠れる。
革の縛めが微かに軋み、肩に痛みが走る。
「落ち着け……。お前はいつも同じだ。頭では拒絶するが、身体は正直だ。いつも最後には快楽に負けて、身体を許してしまう。そして、我に返り絶望と後悔に包まれる」
しゃがみ込んだイフリートがエリカを見下ろす。
手は伸びない。けれど、空気が触れる。見えない指先が、皮膚の上を確かめるように移ろう。
「な、なによ……」
エリカは目の前のイフリートを睨んだ。
項の首環がかすかに鳴り、微弱な痺れが背骨を伝う。
呼吸が浅くなる。胸の上下に通る革が、鼓動のたびに湿りを帯びていく。
「拒むな。これは儀式よ……。俺の幻は“触れずに触れる”。ほら、見ていろ」
イフリートの瞳がわずかに細まり、洞窟の灯が一段落ちた。
次の瞬間、音もなく空気が揺れ、肌の上に風の指が置かれたような錯覚が走る。
「ひっ」
燭台の炎が細く震え、岩肌の影が長く伸びた──。
「まずは、上半分だ」
イフリートの声が静かに響いた。
両の手のひらがわずかに持ち上がる。だが、彼の手はエリカの肌に触れてはいない。
それなのに、次の瞬間──胸の上に熱が走った。
「うっ……」
エリカは思わず身を震わせた。
確かに誰かに触れられたような感触──。乳房のあたりを柔らかな電流が這い、肌の下で火花が散るように疼く。
「ああっ、いやっ」
エリカの口から迸った声に、イフリートはわずかに微笑を浮かべる。
「相変わらず、敏感な身体だな」
彼の大きな手が空中で撫でるたび、見えない波がエリカの胸を包み込む。
幻術──。わかっているのに、身体は確かに感じてしまう。
「くっ」
唇を噛みしめた。逃げようと背を反らす。
けれど、縛られた腕が動かず、革の締めつけだけが痛みに変わる。
熱が乳首をかすめた。空気の流れが、まるで舌先のようにそこを撫でていく。
「や、やめてっ」
拒絶の声が震える。
だが、イフリートの指が空中で弧を描くたび、感覚はより鮮やかに、より深く肌の奥に刻まれていく。
さざ波のような痺れが全身に拡がり、息が追いつかない。
「幻と現の境を崩せば、身体はどちらにも従う。お前の記憶は、俺の魔に触れた。抵抗などできぬ」
頬のすぐ横で声が囁いた。
「ひ……っ、や……あ……」
耳の後ろに熱が生まれる。
実際には距離があるはずなのに、息が触れたような錯覚が走り、耳の奥が甘く痺れる。
そこは、エリカ自身も知る最も敏感な場所のひとつだった。
「その耳……変わらず弱いな。エルフ族の耳は敏感な性感帯のひとつだ。お前たちも覚えておけ」
イフリートが低く笑った。
周囲の男たちがどっと湧く。
それで、里の男たちの存在を思い出し、エリカを恥辱に包む。
だが、イフリートの容赦のない幻術の愛撫……。
空気が微かに震え、風の指が耳の先をくすぐる。
身体が反射的に震えた。膝の力が抜け、胸の上下が早くなる。
洞窟の燭台がまたたき、影が岩壁に揺れた。
エリカは唇をかみ、かすれた声を洩らした。
「や……やめて……お願い……」
イフリートの掌が再び空を描く。
その軌跡に合わせ、肌を撫でる幻の熱が波となって押し寄せた。
見えない愛撫が、彼女の全身を支配していくようだった。
イフリートの手が、空をゆっくりと滑った。
その動きに合わせて、エリカの身体の上を見えない熱が這いはじめる。
「はうっ」
またしても、激しく反応をしてしまった。
羞恥に歯を喰いしばる。
イフリートの幻の手がエリカの皮膚の表面を……指先が確かめるように、細かく、焦らすように動く……。
それが股間に少しずつ近づいてくる。
「三度だ」
そのとき、イフリートの低い声が耳の奥に落ちた。
「えっ?」
「三度、堕ちたら俺はお前を犯す。……それが儀の定めだ。無論、俺が終われば、里の男たちがお前を犯す。繰り返しな」
淡々とした響きなのに、言葉のひとつひとつが熱を帯びていた。
脅しではなく、すでに決まった未来を語るような声音──。
エリカの喉が細く鳴った。
「や……めて……。そんなの、いや……」
声は震えていた。
けれど、肌はそれに反して微かに汗ばんでいる。
愛撫の場所が胸に戻り、乳の輪郭に沿って、幻の指が渦を描く。
触れられてはいない。
だが、乳輪の縁を指先がなぞるたび、空気の粒が反応するように波立ち、熱の膜が形を変えて、硬くなった先端を包み込む。
「くっ、ああっ、あっ、ああ──」
くすぐるような疼きが、胸の奥から広がる。
その疼きが呼吸とともに上下し、喉を通って息が漏れる。
理性では理解している──これは幻だ、と。
だが、身体はまるで覚えているかのように反応する。
「抗ってみよ、だが、お前にとっては初めての記憶でも、すでに半月も繰り返している愛撫だ。幻術でも身体がそれを覚えている限り、お前は快楽から逃げられん」
イフリートの指が胸の前で止まり、ゆっくりと下へと降りていく。
へその下を撫でるように通り、腰骨の際で円を描く。
その軌跡に沿って、熱が集中していく。
皮膚の奥に火が点され、筋肉がかすかに痙攣する。
両脚の間の空気がひどく熱い。
汗が内腿を伝い、むしろに落ちた。
「ああ、いやあ、あああっ」
エリカは頭を振る。
だが、幻の手は止まらない。
腿の内側を撫でるようにすべり、敏感な皮膚をゆっくりと上っていく。
まるで指がそこにあるかのように。
「やめて……。そこは……」
息が乱れ、声が震える。
幻の熱がさらに強くなり、脚のつけ根の奥で渦を巻く。
外気が触れるだけで震え、焦燥のような疼きがせり上がってくる。
「くああああっ」
ついに、快感の槍が全身を貫き、気がつくとエリカは全身を突っ張らせて達していた。
イフリートは目を細め、わずかに口角を上げた。
「これで、一度目だ」
動きが止まることなく、指先が空を撫で続ける。
その瞬間、股の奥で火が爆ぜるように熱が弾けた。
それは痛みのようでもあり、甘い罰のようでもあった。
息が詰まる。
視界の端で炎が波打ち、世界がぐらりと歪んだ。
イフリートの幻は、触れるたびに快楽の記憶を掘り起こす。
確かにこれは何度も繰り返してきた快感──。それが、まるで刻印のように浮かび上がる。
羞恥と陶酔がせめぎ合い、心が削られる。
「もうすぐ、二度目が来る。……抗えるなら、抗ってみせろ」
イフリートの声が落ちる。
幻の手が最後の禁断の箇所を包む。
触れぬはずの指先が、柔らかな奥のひだを探るように蠢く。
クリピアス──。
はっとした。
そこに愛撫の手が……。
しかし、そこを避けるように幻術の指がクリピアスの周りだけを焦らすように刺激する。
「くっ」
身体を震える。
逃げる方向ごとに熱の波が押し寄せ、別の場所を刺激していく。
どこも逃げ場がない。
「はああ、はっ、はああっ」
腰が小刻みに震え、喉から息が洩れた。
頬を伝うのは涙か汗かわからない。
幻の指が一瞬止まり、次に膣の中に深く沈んだ。
すると、突然に、膣の中の指の感触に加えて、クリピアスが激しく弾かれた。
右に左に、上に、下に──。
その瞬間、巨大な力が膣の中で弾けた。
「あぐうううっ、ああああっ」
エリカはまたもや絶頂して果てた。
「……二度目だ。次はすぐ終わる。いつもそうだからな」
イフリートの声が笑い声とともに響いた。
指が──イフリートの幻術の指がエリカの膣の中に埋まっている。
それが本来であれば届くわけがない、膣の最奥の子宮に近い場所を強く刺激した。
「ふああああっ、ああああっ」
その瞬間、エリカの身体が大きくのけぞり、気がつくと三度目の絶頂を極めてしまっていた。
“ぼるちお”……?
よくわからないが、ロウがそんな名前で読んでいた場所だと思う。
避けられない快感が、一種にしてエリカの全身を貫いて通り過ぎていった。
イフリートの大笑いが洞窟に響く。
「この半月、味わい続けているが、やはり随分と敏感な身体よ──。しっかりと調教されたのであろうな……。ありとあらゆる快楽のつぼを……」
イフリートの高笑いが響き続ける。
だが、エリカにはその言葉の半分も耳に入ってこない。
いまは、大きな絶望感と恥辱に包まれていた。
なにそろ、指先ひとつさえ、触れられていないのに、全身の神経が火を噴くように燃えあがり、三度の絶頂を極めてしまったのだ。
いまのエリカにあるのは、恐怖と恍惚の境にある、静かな絶望だけだ。
すると、イフリートがエリカの頭上に影を落とし、低くささやいてきた。
「じゃあ、約束だ……。幻術でなく、本物でお前を犯そう」
イフリートがエリカの腰を抱える。
逃げられない──。
両脚は棒で拘束されて開かされ、さらに太腿を押さえつけられている。
熱が肌の上を這い、洞窟の燭光が岩肌に揺れた。
「いやああ……助けて……助けてください──」
エリカは力の限り叫んだ。
イフリートの口角がわずかに上がる。
「誰に助けを求めている……? ここにいるのは、お前を犯そうと思っている者ばかりだ……。それに、もう遅い──」
赤い瞳が細まり、熱がさらに近づく。
その瞬間、洞窟の空気が一気に歪んだ。
ついに、イフリートの怒張がエリカの股間を深々と貫いた。
「いやああっ」
エリカは泣き叫んだ。
すぐに、律動が始まった。
イフリートの腰がエリカの股間を打ちつけるたび、熱が腹の奥に伝わる。
だが、その感触に、エリカはふと違和感を覚えた。
──この太さ……。
この温度……。
この律動……。
胸の奥で、あり得ない確信が弾けた。
エリカは恐る恐る目を開ける。
そこにいたのは、もうイフリートではなかった。
「ロウ様……?」
イフリートの姿がいつの間にかロウへと変わっていた。
炎の光がその輪郭を照らし、見慣れた瞳と微笑がそこにあった。
エリカは息を呑む。
「さすがだな、エリカ……。まさか、俺の怒張を身体で覚えているとはな」
ロウの笑い声が響く。
イフリートの低い響きとはまるで違う。
だが、幻なのか現実なのか、確かめる術はない。
いや、でも……。
「ど、どういうことなんですか──?」
怒りと安堵が同時に込みあげた。
よくわからない。けれど、涙が滲む。
とにかく、目の前にいるのはロウ──。イフリートの幻術ではない。
本物だ──。
いまこそ、確信した。
それだけは確かだ。
「どういうこととは……?」
「悪趣味です……。こ、これは、なんですか……?」
エリカの声が震えた。
ロウは答えず、ただ優しく微笑む。
「なんだと言われてもな……。つまりは、仮想幻術かな……」
「仮想幻術……?」
意味がわからない……。
だが、息づかい、体温、香り──すべてが本物のロウに間違いない。
「とにかく、本物のロウ様ですよね──」
「ああ、間違いない」
ロウがはっきりと言った。
大きな安堵が恐怖の名残を押し流していく。
また、次の瞬間、洞窟の空気が変わった。
炎のような光が穏やかに揺らぎ、イフリートの赤い影は跡形もなく消えていた。
それだけでなく、周りにいたはずの里の男たちの気配も消滅する。
周りを見る。
ほかに誰もいない。
感じるのは、ロウの気配だけ……。
眼差しも、声の響きも、なによりも、その包み込むような温度も……。なによりも、いまは静止しているが、挿入されてエリカの中に入っているロウの怒張の感触が「本物」であることを告げている。
エリカは全身から力が抜けていくのを感じた。
恐怖も抵抗も、もういらなかった。
彼の腕が肩に触れた瞬間、世界が静まり返る。
その掌の温もりが、失われていた時間を取り戻すように、心の奥まで沁みていった。
「ロウ様……ほんとうに……?」
問いかける声は震えていた。
けれど、ロウは答えず、ただ微笑んで、彼女を抱き寄せる。
それで十分だった。
言葉よりも確かなものが、ふたりのあいだに流れている。
温もりが重なり、呼吸がひとつになる。
エリカの胸に押し寄せたのは、満たされる感覚だった。
長い孤独の果てにようやく見つけた安らぎ……。
涙が頬を伝い、ロウの肩に落ちる。
「……なにが起きているのですか……?」
「さあな……。次はどんな世界になるのかな?」
一郎が意味ありげな言葉をひとつ口にした。
しかし、それに対して、エリカがさらに問うことはできなかった。
律動が再開したのだ。
瞬時に極限まで引きあげられる快感──。
「あっ、ああっ、き、気持ちいいです──」
エリカは込みあがった強い快美感に耐えられずに、甘い声を迸らせた。
洞窟の炎が最後の灯を揺らす。
その光の中で、ふたりの影がひとつに溶けていった。