※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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150 シャングリアの世界─冒険者との再会

 砦の南門を下った先、赤土の丘に建つ石造りの酒場は、夜ごと兵の笑い声で満ちていた。

 だが、今夜のシャングリアには、その笑いが遠くに聞こえるだけだった。

 

 カウンターの端に腰をおろし、木のコップを片手に、ぬるい酒を見つめていた。

 弔いのつもりだった。

 

 三日前の戦闘で、彼女の隊に付けられていた若い補助兵が三人、エルニア軍の魔道波に頭を撃ち抜かれて死んだ。

 十五、六の少年たち。近くの農村から徴用され、初めて戦場に立ったその日が彼らの最期になった。

 

 戦闘そのものは、こちらの勝利に終わった。

 小競り合いに過ぎず、エルニア軍はすぐに撤退し、こっちも深追いせずに砦に引きあげた。

 だが、勝ち名乗りを上げても、彼らは帰らない。

 戦場では死はすぐそばにある。

 

 その事実をいくら飲み込んでも、胸の奥に刺さるものは抜けなかった。

 木のコップを傾ける。

 舌に残る安酒特有の鉄の味が、いまの砦の空気そのもののようだった。

 

 ここは王国北境の砦──。

 西では二年前からタリオ軍が侵攻し、旧西方領主の多くが裏切って敵に走った。

 そして三箇月前には、長く鎖国していたエルニアが、突如として、緩衝地帯を越えて、王国の北の国境に侵攻を開始した。

 北方直轄軍は、いまや二つの敵に挟まれたまま、補給も援軍もない。

 それでも砦群を守るしかなかった。

 

 シャングリアは酒を置き、深く息をついた。

 王都の騎士団にいたころは、剣の腕を競い、王国騎士団における昇格を夢見ていた。

 だが、戦が始まり、自ら志願して国境軍に来てから、ようやく知った。

 武芸の腕など一人分の命を守るのがやっとで、戦を決めるのは仲間の結束と、誰も逃げない意地だけだ。

 

 店の隅のテーブルでは、古参兵のライナーが木のコップを片手に歌っている。

 演奏は、銃兵隊のマリスのリュートだ。

 音程も粗末だし、声は調子外れだが、ほかの兵たちは笑って聞いていた。

 

 ──そのとき、扉が軋んだ。

 風が埃を巻き込み、鎧の金具が鳴る。

 磨かれた靴、香油の匂い。王都の人間だった。

 

「失礼。あなたがこの砦の女将校、シャングリア殿だね」

 

 入ってきた男は、まっすぐに歩いてくる。

 肩章には軍監随行の印、王都軍務庁の紋章。

 場のざわめきが少し引いた。

 

「そうだが、なにか用か?」

 

「王都より派遣された、軍監付の将校、フェリオ=ハーランドだ。侯爵家の三男で、軍務庁への報告をまとめていてね。最前線の声を直接聞きたい。少し話をさせてもらえないか」

 

「話なら、砦の本営に聞け。わたしは第一線の将校だ。書類より明日の防壁の修繕のほうが急だ」

 

 すると、フェリオは軽く笑った。

 そして、空いていたシャングリアの隣の席に勝手に腰を下ろした。

 

「堅いな。いや、前線の将がどう考えているのかを、王都は知りたいんだ。なに、少し酒を飲みながらでいい」

 

 彼は店主に手を挙げて酒を頼み、シャングリアの腕に触れた。

 その手を取り、唇を寄せようとする。

 

「やめろ」

 

 シャングリアは冷たく言った。

 これは警告だ。シャングリアの警告は一度きり。

 砦の連中なら全員が知っていることだ。だがフェリオは笑みを崩さない。

 もっとも、これでも丸くはなった。王都で女騎士をしていた時代には、警告など一度もしたことはない。そのまま実力行使だった。

 

「気を悪くしないでくれ。王都では貴族の婦人は──」

 

 大きな音が響いた。

 次の瞬間、フェリオの身体が横へ吹っ飛び、椅子ごと床に転がったのだ。

 シャングリアの拳が真っ直ぐに顎を打ち抜いていた。

 

「な──」

 

 言葉を失った将校の前に立ち、シャングリアは冷たい目で見下ろした。

 

「お前たちは、いま何をしてる? 王都の評議は。この砦が、どれだけの血でまだ立ってるか知ってるのか」

 

 シャングリアは、顔を押さえながら呆然としているフェリオの前に仁王立ちになって怒鳴った。

 

「な、殴ったのか……」

 

「殴ったがどうした──。タリオ軍が西から攻めてきたとき、王国の西方領主どもはこぞって裏切り、王国を離脱した。その裏切りのせいで、西はもう王国の地ではない。北ではエルニアが三箇月も前に攻めてきて、援軍はまだ届かない。それでもお前たちは王都で書類の束を並べて“戦況は膠着”だと? 冗談じゃない。膠着してるのは王都の脳みそだ──」

 

 怒声が酒場を揺らした。

 兵たちの笑い声が止み、皆が息を呑む。

 

「わたしたちは死者の名前を毎朝読む。だが、本営はその名を数字に変えて報告するだけだ。王都評議はその数字すら読まないのだろう。あんたらの机の上の戦は、ここで血を流してる現実じゃない」

 

 フェリオは震える手で椅子を掴み、立ち上がった。

 頬に殴られた痕が赤く浮かんでいる。

 

「……この件は、王都への報告に入れさせてもらう」

 

「好きにしろ。どうせ報告書を読む奴は、戦場の泥の匂いも知らん」

 

 フェリオは唇を噛み、何も言わずに扉を開けて出ていった。

 乾いた風が吹き込み、赤土の埃が床を滑る。

 しばしの沈黙のあと、ライナーたちが吹き出した。

 

「やったな、女将校」

 

「いい拳だ」

 

「また伝説ができましたね、隊長」

 

 笑いと拍手が一斉に起こった。

 シャングリアは肩をすくめ、木のコップを取り上げる。

 

「うるさい。明日まで覚えてたら、全員、懲罰作業だ」

 

「覚えておきますとも」

 

「城壁の補修なら、任せてくださいよ」

 

 笑いの中で、彼女はひと口、酒をあおった。

 酒が喉を通り、熱を残す。

 

 王都では、自分の剣を振っても誰も見なかった。

 だが、ここでは拳ひとつで兵たちが笑い、砦が少しだけ息を吹き返す。

 それでいい。

 

 明日もまた、同じ夜が来るかどうかはわからない。もしかしたら、名も覚えてない兵に弔われるのはシャングリアの方かもしれない。

 だが、生きている限り、またここで酒を飲める。

 

 シャングリアが座り直すと、またもや人影が横に立った。

 うんざりした気分で顔を上げると、黒髪で中肉中背、無精ひげをはやした三十過ぎの男が、酒の入った木のコップを片手に笑っていた。

 

「どこかで見た顔だと思って、眺めていたけど──その手の早さは間違いない。懐かしいな、シャングリア」

 

 声の調子でようやく思い出した。

 この顔、この軽薄な笑い。

 

「ロウか。久しぶりだな」

 

 五年前、大伯父が“出世の後押しになる”とジーロップ山の盗賊退治を依頼したとき、冒険者パーティを率いていたパーティリーダーの男だ。

 仕事は滞りなく終わり、それっきり疎遠になっていたが──その名は王都でもよく耳にしていた。

 エルフの美女エリカと人間族の女コゼを仲間にしており、しかも同時に愛人でもあるという、呆れるほどの好色漢と記憶している。

 

「なんでこんなところにいる? ここは戦場だぞ。冒険者はやめたのか?」

 

「やめちゃいないさ。ただ、いまは傭兵の需要が大きい。払いも悪くないからな。傭兵団に腰をかけてるだけだ。その傭兵団がこの砦に来たんで、一緒に顔を出したというわけだ」

 

「そりゃあ、災難だな。払いはいいかもしれないが、ここは危険も大きい。傭兵であろうと、敵前逃亡は死罪だ」

 

「心配するな……。うまくやるよ。座ってもいいか?」

 

「ああ、座れ」

 

 ロウが、さきほど王都の将校を殴り飛ばしたときに倒れた椅子を起こし、シャングリアの横に腰を下ろす。

 だが、妙に距離が近い。

 しかし、なぜか不快な気持ちにはならなかった。

 本当に懐かしい。

 

「ところで、いきなり殴りつけたりしないよな?」

 

 ロウがコップを顔の前にあげて、乾杯の動作をしながら笑う。

 

「わたしにキスをしようとしなければな」

 

 シャングリアも自分のコップを眼の高さにあげる。

 お互いに自分の酒を少し口にした。

 シャングリアは自然と口元を緩ませた。

 

「それで、あの美人ふたりはどうした? エリカとコゼだったな」

 

「あいつらは傭兵長のところさ。明日からの配置確認だ」

 

「どうしてお前はいかない」

 

「俺が行っても無駄だ。戦のことは、あのふたりに任せてる。俺は顔出しても、ただの邪魔者だ」

 

「相変わらずだな。よく見限られないものだ」

 

「見限られるもんか。武術の腕はなくても、閨の技には自信がある」

 

 思わずシャングリアは吹き出した。

 

「やっぱり変わらないな」

 

「そういうシャングリアは変わったな。あの頃は、そういう話をすると、真っ赤な顔して怒ってただろう」

 

 ロウが揶揄うように口角を上げる。

 

「……変わるさ。いつ死ぬかわからん戦場暮らしだ……。言っておくけど、もう、生娘でもないぞ」

 

「ほう、相手は誰だ? ……ふたりか」

 

 すると、ロウがシャングリアの顔を見つめながら、わずかに眉間に皺を寄せる。

 “ふたり”──。おそらく、シャングリアが相手をしたことがある男の人数を言い当てたのだろう。

 当たりだ。

 やはり、不思議な男だ。

 どうして、わかったのかは知らないが……。

 

「わたしが寝た男の数のことだな。よくわかるものだ」

 

「誰なんだ?」

 

 ロウはちょっとだけ不機嫌な表情になった。

 その反応がちょっと愉快になる。

 

「教えても知らんだろう。もうふたりとも、戦で死んだ」

 

 短い沈黙……。

 ロウが軽く杯を上げた。

 

「……そうか、じゃあ、そいつらに乾杯だ」

 

 シャングリアも杯を合わせた。

 木と木が乾いた音を立てる。

 酒が胸の奥で静かに熱を広げていった。

 

 しばらく、言葉はなかった。

 ただ、並んで座り、それぞれの杯を静かに傾けるだけだった。

 酔いが回るほど飲んではいない。だが、胸の奥で熱がゆっくりと広がっていく。

 

 砦の酒場は、まだ喧騒に満ちていた。

 だが、耳に届く笑い声も、遠く霞んでいくようだった。

 燭台の淡い光が卓上の酒を照らし、木の杯の縁で光が揺れる。

 

 沈黙が、なぜか心地よかった。

 言葉を交わさなくても不快ではない。

 むしろ、妙に落ち着く。

 五年ぶりに会った男に、これほど居心地を感じるとは思わなかった。

 

 横顔を盗み見ると、ロウは杯を持ったまま、わずかに微笑んでいる。

 癖のある黒髪が額にかかり、無精ひげの下の唇が動くたび、胸の奥が微かにざわめいた。

 

 ──この男は、ここでシャングリアを口説いてくるかな?

 

 そんな思いがふとよぎる。

 戦場では、行きずりの相手を求めるのは珍しくない。

 どうせ明日も生きているとは限らない。

 命を賭けたあとの一夜に、少しの慰めを求めることを、誰も咎めはしない。

 

 だが、シャングリアがこれまで誘いを受けたことはほとんどない。

 女であることを利用されたくなかったし、誰かの腕に逃げこむような弱さも見せたくなかった。

 それでも──。

 ロウなら、もしかして受けてもいいかもしれない。

 

 そう思った瞬間、自分の中に灯ったその考えに、シャングリアは息を呑んだ。

 我ながら驚く。

 まるで戦場で焼け焦げた鉄を手のひらで掴んだように、心の奥が熱く疼いた。

 

 なにを考えているんだ、わたしは……。

 

 唇を噛み、残りの酒をあおる。

 舌の上に残る鉄の味が、羞恥の苦さと混ざった。

 ロウはそれに気づいているのかいないのか、静かに杯を置く。

 その手が、かすかに卓を叩いた。

 

「やっぱり、いい女と飲む酒は格別だな」

 

 何気ない一言……。

 やはり、心臓の鼓動が激しい。

 柄にもない……。

 小娘じゃあるまいし……。

 シャングリアは我ながら苦笑した。

 

「酒は鉄臭い安酒だ。でも、王都の腐っている酒よりはずっといい」

 

 内心の動揺を隠すために、できるだけ平然した口調で応じる。

 

「面白いな。シャングリアが、そんな風に毒を吐くとはね。もっと素直で正直な性格だったろう」

 

「毒も吐くさ。あのときと同じように無邪気ではいられない。ここでは、毎日知っている顔が死んでいく。それなのに、王都は戦場に無関心。援軍も支援も最小限。性格も曲がる」

 

「問題ないよ。……毒のあるシャングリアも魅力的だ」

 

 ロウはそう言いながら、もう一度コップを満たし、片肘をついて彼女の方へ身を寄せた。

 

「魅力的か……。なんだ、もしかして、わたしを口説いているのか?」

 

 言ってから胸が跳ねた。

 声の調子が思ったより柔らかく、まるで自分から誘っているようだ。

 熱くなる頬を酒のせいにしながらも、指先が震えている。

 戦場でもこんなふうに震えたことはないのに──。

 

「そうだな。口説いている。この酒場の上に部屋をとっている。エリカたちが戻るまでは数ノスはかかる。……それまで相手をしてもらうかな」

 

 軽く言い放たれた言葉だった。

 だが、シャングリアの心臓が跳ねる。

 どう答えようかと口を開きかけたとき、ロウが懐から三枚の札を取り出して、カウンターの上に並べた。

 

「知っているか? ちょっとした遊びに使う“鎖”、“紋”、“舌”の三すくみのカードだ」

 

「三すくみ?」

 

「そうだ……」

 

 ロウは一枚ずつ裏返して見せながら説明する。

 一枚目は、女奴隷を縛る“鎖”の絵──。

 二枚目は、魔道“紋”を描く杖の絵──。

 三枚目は、“舌”を出した道化師の絵──。

 

「“鎖”は身を守る鎧となり“紋”に勝つ。“紋”は口を閉ざせと念じて“舌”に勝つ。だが、“舌”は、鎖に囚われた女奴隷を自由に愛撫して鎖に勝つ……。三枚からお互いに一枚選んで勝敗を決める」

 

 ロウの口調は淡々としていたが、どこか淫靡な響きがあった。

 

「くだらん賭けだな」

 

「くだらんからいい。勝った方が、相手にひとつ命令できる。単純明快だろう」

 

「命令?」

 

「そう。戦場でも命令は絶対だ。運で命が決まるのもな」

 

 冗談めかしている。

 だが、その声が胸の奥に落ちた瞬間、妙なざわめきが生まれた。

 

「まあ、運が生き死にを左右するのは否定はしないよ」

 

 シャングリアは肩を竦めた。

 

「じゃあ、運命に委ねる遊びだ。どうだ?」

 

「……また妙な遊びを思いつくな……。まあ、いいだろう」

 

 そう言いながらも、シャングリアは視線を札から外せなかった。

 鎖に描かれた女の姿が、どこか自分に似て見えた。

 

 いや、似ている──。

 というよりは、長い黄金の髪。奴隷とは思えない端正な顔と鍛えられているが女としての美しさを失っていない肢体──。まさにシャングリアだ。

 

「ロウ、これは……」

 

「偶然だな。シャングリアに似てるか?」

 

 ロウが唇の端を上げる。

 

「お前なあ……」

 

 シャングリアは、ロウを睨みつける。

 だが、ロウは笑ったままだ。

 まったく、こいつは……。

 

「まあいい。じゃあ、わたしが負けたら?」

 

 シャングリアは嘆息とともに言った。

 すると、ロウは、ふっと笑い、懐から小さな金属の鍵を取り出して見せた。

 それは、この酒場の上階の客室の鍵だった。

 

「シャングリアが負けたら──明日の朝まで俺の女奴隷だ。鎖で拘束され、舌で愛撫され、俺に淫紋を刻まれる……。身体も、言葉も、全部俺の好きにする」

 

 その言葉を聞いた瞬間、シャングリアの胸の奥がどくんと鳴った。

 酒ではなく、熱がせり上がる。

 周囲のざわめきが遠のき、焚き火の音だけが耳に残る。

 

「じゃ、じゃあ、わたしが勝ったら……?」

 

「好きに命令すればいい。ただ……」

 

 ロウは唇の端を上げ、からかうように囁いた。

 

「シャングリアの望みは、もうわかってる……。だから、この勝負を断ることはできない」

 

「望み?」

 

 ロウの言葉の意味がすぐには呑み込めず、シャングリアは眉をひそめた。

 その反応を見て、ロウがさらに不敵に笑う。

 

「もし、シャングリアが勝てば──ひとりで厠に行かせてやるよ」

 

「……なに?」

 

「ただし、負ければ、ここでそのまま垂れ流しになるかもな。なにしろ、俺の女奴隷になって自由を失うから」

 

 その瞬間、シャングリアの身体に鋭い衝動が走った。

 下腹がずきんと疼き、急激に重くなる。

 そして、眼を見開いた。

 息を呑む間もなく、強烈な尿意が突然に襲いかかったのだ──。

 ただの尿意ではない。

 破裂寸前のぎりぎりの状態を遙かに越えた尿意だった。

 

 ──なぜ、急に?

 予兆もなく突然に──。

 

「な、なんで急に……」

 

 思わず膝に力を込めようとしたが、脚が動かなかった。

 はっとした。

 床に接する靴の裏、カウンターの上の両腕、椅子に座るお尻、背もたれに接する背中──すべてが見えない力で貼りついたように密着してしまっていた。

 びっくりして、手を置いたカウンターを見る。粘るような感触が絡みつき、目をこらせば、腕とカウンターの台のあいだに、粘性体の薄い膜がある。

 これが腕とカウンターを密着させているのだ。

 多分、ほかの部分もそうなのだろう。

 

「な、なんだ、これは……。お前の仕業か──?」

 

 シャングリアは声をあげかけた。

 だが、その瞬間、ロウが穏やかな口調で制した。

 

「そんな大声を出していいのか? 周りにばれるぞ」

 

 低く冷ややかな声──。

 その言葉に、シャングリアの喉がひくりと震えた。

 気づいたときには、ロウの手がすでにカウンターの下へ伸びていた。

 

「な──っ」

 

 息をのむ間もなく、腰のあたりで布が擦れる感触。結び目がほどけ、金具が外れる微かな音がした。

 前合わせが、音もなく緩む。

 白い下着が露出させられた。

 動けない。見えない膜の重みが、肩から腰にかけて体を沈めた。

 

「落ち着け。誰にも見えやしない。……ただ、逃げられないだけだ」

 

 囁きが耳奥で甘く反響した。

 冷えた空気が、露になった布の縁を撫でた錯覚。羞恥が熱に変わり、熱がまた下腹を刺激する。

 下着をカウンターの下で露出させられ、切迫する尿意が腹の底を責め立てる。

 シャングリアは混乱した。

 心臓が暴れ、呼吸が浅くなる。

 膝の間に熱がこもり、下腹が焼けつくように痛む。

 

「……どうしてこんなことを……こ、この尿意も、お前の仕業か……」

 

 必死に声を絞り出す。

 だが、ロウはまるで愉しむように、ほとんど空になったシャングリアのコップを持ちあげて軽く揺らした。

 

「さあな。もしかしたら──シャングリアの酒に、利尿の魔道薬を混ぜたかもな」

 

「……い、いつの間に」

 

 歯噛みする。

 波がひとつ、ふたつ。息を止めると逆に押し上げてくる。

 羞恥と尿意が、同じ温度で体の芯に溜まっていく。

 

「大丈夫だ。おしっこ我慢比べで、あれだけ耐えたお前だ。──一ノスくらいは耐えられるだろう?」

 

「……な、なんのことだ……?」

 

 喉が震え、涙が滲む。

 羞恥と尿意、そして身体の奥で膨らむ奇妙な感覚。

 それは、恐怖でも怒りでもない。

 むしろ、どうしようもなく甘く、肌の下を這うような熱だった。

 

「……シャングリア、気がついているか? 下着が濡れてきてるぞ。やっぱり、お前は縛られて、理不尽に扱われるのが好きなんだ……。まあ、相手は俺限定のようだけどね」

 

 ロウが笑う。

 

「な、なにを……言っている……」

 

 その笑みを見た瞬間、なぜか胸の奥がちくりと疼いた。

 怒りは──なかった。

 むしろ、彼の掌の上で弄ばれていることを、どこかで受け入れてしまっている自分がいる。

 

 なぜだ……?

 抵抗したいのに、心の奥がそれを望んでいる。

 羞恥とともに、抑えようのない昂ぶりが湧き上がる。

 

 ──怖くはない。

 むしろ、見透かされていることが、嬉しい。

 

 シャングリアは唇を噛み、潤んだ瞳でロウを見上げた。

 胸の奥で、自分でも知らなかった感情が芽吹く。

 それは戦場で培った強さでも、騎士としての誇りでもない。

 もっと原始的で、もっと女としての、どうしようもない本能だった。

 

 ロウが微笑んだまま、札を指でつまみ上げた。

 

「どうする? 続けるのか、降りるのか」

 

 挑むような眼差し。

 シャングリアは唇を噛んだ。

 尿意はもはや限界に近く、呼吸のたびに下腹が痙攣する。

 それでも、逃げる選択だけはできなかった。

 

「……やる」

 

 歯を食いしばって絞り出した声は震えていた。

 両手は粘性の膜に貼りついたまま、動かせない。

 だから、顎の先をわずかに動かして指し示す。

 

「真ん中だ」

 

 ロウが口の端を上げる。

 

「俺は……右だ」

 

 その言葉の瞬間、シャングリアの胸がざわめいた。

 ――違う。

 とっさに叫んでいた。

 

「……やっぱり、左にする」

 

 ロウが微かに笑う。

 札がめくられる音。

 

 舌を出した道化師が、ロウの前に。

 鎖に縛られた女が、シャングリアの前に。

 

 勝負は、ロウの勝ちだった。

 

「わ、わかった……部屋に行けばいいんだろ……」

 

 喉の奥で掠れた声。

 すでに尿意は波打ち、今にも限界が訪れようとしていた。

 このままここで漏らすよりも、せめて部屋に――。

 そう思いかけたとき、ロウの声がその考えを断ち切った。

 

「どうして? 勝った方が、相手をひとつ従わせる番だ」

 

 静かな声音。

 燭台の光が、ロウの頬に影を作る。

 

「えっ?」

 

「舌で勝った。……だから、愛撫だ」

 

 その言葉に、シャングリアの胸が一瞬止まった。

 ロウの掌の上に、ぬるりと半透明の粘性体が現れた。

 指先の動きに合わせて、その楕円体がぶるぶると震え、わずかに蠢く。

 水滴のようでいて、生命の鼓動を宿した小動物のようにも見えた。

 

「ロウ……それは……?」

 

 息を呑む。

 シャングリアの視線の先で、粘性体が淡く脈打つたびに、ロウの口元がゆるむ。

 

「少しだけ、愛撫の代わりさ」

 

 そう言って、ロウはゆっくりとカウンターの下に手を伸ばした。

 その動作があまりに自然で、周囲の兵たちは誰も気づかない。

 だが、シャングリアには、彼の指先が自分の脚のあいだに伸びてくる気配が、ありありと感じ取れた。

 

「な……なにを……」

 

 抗議の声は、震えた息とともに掠れる。

 その間に、ロウの指が下着の縁をわずかに持ち上げた。

 冷たい空気が入りこみ、肌が粟立つ。

 

 次の瞬間、指先が小さく弾かれた。

 粘性体が下着の内側に放り込まれる。

 

「っ──」

 

 息が止まった。

 わずかに柔らかいものが太腿の付け根を転がり、まるで生きいてるかのように、秘められた陰核めがけて這い進む、あっという間にぴたりと吸いつく。

 そして、突如としてぶるぶると激しく震えはじめた。

 

「う……あっ……」

 

 思わず身体を突っ張らせる。

 椅子の上で背筋が跳ね、腕に絡む粘膜がきしむように軋んだ。

 なにが起きたのか理解する間もない。ただ、下腹の奥が焼けるように熱くなる。

 

 思いも寄らぬ強烈な刺激が、股間の奥を直撃した。

 鋭い熱が一点から弾け、脊髄を駆け上がる。

 

「な、なんだ、これっ──」

 

 声が裏返った。

 シャングリアは全身を突っ張らせ、背筋を反らす。

 椅子の脚がきしみ、喉の奥から抑え切れぬ息が洩れる。

 

 次の瞬間、奇妙な静寂が訪れた。

 まるで合図でもあったかのように、全身を縫いとめていた粘性の膜がふっと消える。

 腕も脚も、背中も、解き放たれたように自由になった。

 

 だが、その自由は、決して安堵ではなかった。

 下腹の奥に残された熱が、いまなお震えを続けている。

 まるで見えない指先が、そこに触れているかのように……。

 

「ほら、いくぞ」

 

 ロウに腕を引かれ、強引に立たされた。

 ずるりとズボンが下がりだす。

 

「うわっ」

 

 シャングリアは咄嗟に、開いたズボンの前を押さえる。

 だが、そのあいだも、下着の奥で粘性体が震え続けているのだ。腹の底を貫くような刺激が走る。

 

「くううっ──」

 

 膝が折れた。

 脚の力が抜け、腰が揺れる。

 それでもロウの腕は離れない。掴んだまま、ロウは数歩、シャングリアの腕を引く。

 

「だ、だめえっ」

 

 シャングリアの口から悲鳴が迸った。

 脚を踏ん張ろうとした刹那、腹の奥がきしみ、全身の力が抜けた。

 尿意の波が堰を破る寸前まで膨れ上がる。

 

 ――いけない。

 

 歯を食いしばる。

 それでも、ほんの一瞬、抵抗の輪がほどけた。

 熱いものが喉まで込み上げるような錯覚とともに、身体の芯が震えた。

 ついに、尿道が崩壊してしまった。

 

「ああっ」

 

 洩れだしたゆばりは、もうどうしようもない。堰を切ったように激しい奔流となって腰を折っているシャングリアのズボンと下着を濡らして、床に滴り落ちていく。

 

 周囲が騒然となった。

 だが、シャングリアには、誰の声も届かない。

 呆然となりながらも、突き抜けるような解放感が全身を駆け抜けていき、同時に焼けつくほどの喜悦が襲いかかるのを感じていた。

 

 羞恥も恐怖も、いまや遠く霞んでいる。

 視線の洪水の中で、シャングリアは、ただただ恍惚の光に包まれていっていた。

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