【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「助けてくれてありがとうございます、エリカさん……。そ、それと、従者の方にも失礼しました……」
小屋の中からユイナの声がする。
ただ、明らかに言葉の前半と後半に感情の入れ方の違いがあった。人間族が嫌いなのはわかるが、少しくらい気持ちを隠せと言いたい。
とにかく、しばらく興奮状態にあったユイナだったが、やっと普通に会話ができるまで落ち着いてきたようだ。
一郎は、エリカとユイナが話をしている猟師小屋の扉の外で、小屋の壁にもたれるように座っていた。扉は開け放たれているので、ふたりの話し声は十分に聞くことはできる。
ユイナに蹴り飛ばされた鼻には、まだ痺れのようなものがあったが、エリカの簡易な治癒で鼻血は完全に止まっているし、特段の外傷もない。
三人の暴漢者を片づけたあと、助けたはずの被害者のユイナにいきなり顔面を蹴られたのは不本意だったが、凌辱されたばかりのユイナの裸身を無遠慮にじろじろと見てしまったことについては、一郎も反省している。
それにしても、大変に気の強いエルフ娘だと思った。
生娘で強姦により処女を散らされて、それですぐに怒れるのだから、なかなかの根性だ。
心が潰れて呆けてしまうよりはずっといい。
さすがに最初はかなりのヒステリー状態だったが、いまは少し気分も落ち着いてきたようだ。
おそらく、あれから二ノスほど経っていると思う。一郎の元の世界の時間では、約一時間半というところだ。
その時間のあいだに、小屋の中にあった死んだエルフ男の死骸も含めて、三人の暴漢者の遺体は、エリカとふたりで少し離れた森の中に移動させた。
もちろん、ユイナの魔道を封じていた「魔道封じの枷」の鍵も見つけて、彼女の拘束を外している。さすがは、魔道が日常に浸透している世界だと思った。そんなものもあるのだと思った。
それはされおき、一郎が驚いたのは、その三人の遺体から、エリカが当たり前のように身ぐるみを剥がし始めたことだ。
武器や装具、金子はもちろん、エリカは連中が着ていたものの中で、血で汚れていないものはすべて脱がせていた。さすがに下着までは奪わなかったが、それ以外のものは、いまは、すべて一郎が座っている場所の横に置いてある。
躊躇の姿勢を示した一郎に対して、エリカは殺した悪人から物を奪うことが、なぜ駄目なのか、さっぱりとわからないという感じだった。
また、一度、置き捨ててきた元々の荷もここに持ってきている。
そのとき、三人の暴漢者に殺されたユイナの連れの男がいたが、彼については、獣や虫などが近づかないようにエリカが魔道で処置をしてから、路傍に魔道で穴を掘り、その身体をその穴の中に横たえた。
土は被せなかったが、それは後で遺族に確認をしてもらう必要があるかもしれないためだ。
エリカによれば、エルフ族には、墓を作るという習慣はないらしい。死ねば、その場で土に埋める。
土の上になにかを置いたり、飾ったりということはないようだ。
ただ埋めるだけなのだ。
それがエルフ族のやり方だそうだ。
エルフ族は、自分たちの祖先は大地から作られたと考えられていて、大地に埋めるというのは、元の大地に戻り、そして、新しい命に生まれ変わるという意味があるようだ。
それがエルフ族の死生観らしい。
だから、死んで土に埋められないというのは、大変な罰になるようだ。
三人の暴漢者に対しては、エリカは木の枝を敷き詰めて、直接に身体が土に触れないようにしてから遺体を置いていた。
土に戻さないということは、その魂をエルフには戻さないということであり、それが悪事を行った同族に対する処置なのだ。
とにかく、思わぬところで路銀をつくることができた。
一郎にはこの世界の金銭価値はわからないが、死んだ三人の暴漢者は、かなりの大金を持っていたようだ。
さらに、不要な持ち物などを近傍の里で売り捌けば、それだけで、ハロンドール王国に入れそうだとエリカは言っている。
「まあ、いいのよ……。ただし、ロウ……に対しては、直接に謝ってくれると嬉しいわね」
エリカの声だ。少し口調に棘がある。
一郎がユイナに顔面を蹴られて、半ば気を失ったとき、エリカはかなり激昂してくれていた。
それをなだめて、問題ないから怒るなとエリカを納得させたのは一郎だ。
あの感じだと、まだ少し腹をたててくれているようだ。
「は、はあ……」
ユイナの気が進まなそうな返事が聞こえた。
まあ、一郎としては、もうなんとも思っていないから、どうでもいいことであるのだが……。
「ところで、死んだ三人には、見覚えはないのね?」
エリカの声だ。
死んだ三人の暴漢者は顔を隠す覆面をしていたが、それを剥がして、ユイナに顔を確認してもらっていた。
ユイナと殺された連れの男の荷のうち、無事だったものはすべて回収して、ここまで持ってきている。
いまは小屋の中にある。
一郎たちに助けられたときには、ユイナは完全な素裸だったが、三人の暴漢者の顔を確認してもらうために、エリカと一緒に小屋から出てきたときには、その荷にあった服を身に着けていた。
「初めて見る顔です。里の者じゃないです……。でも、あいつら、ダルカンの手先に違いないです」
「ダルカン?」
「そうです。……間違いありません。里の者たちは、皆、疲れ切っています。納める税があげられて生活は厳しい。でも──首長であるダルカンに逆らうことはできず、ただ従っているだけなんです」
ユイナの口調は抑えていたが、その目には、怒りと悲しみが混じっていた。
「えっ、ダルカン……って、里長なの? もしかして、この先の褐色エルフの里の?」
「そうです──。でも、もう限界なのです。黙っている者たちばかりではありません。心に怨みを溜め、真剣に……命を賭けてでも立ち上がろうとしている者たちがいるんです」
「えっ、それって……反乱じゃあ?」
エリカの声がかすれたようになった。
外で聞いていた一郎も、思わず息を止める。
そもそも、一郎とエリカは、「褐色エルフの里」の里長の息子に嫁いだというイライジャという、エリカの旧友を訪ねてきたのだ。
随分と物騒な話になったと思った。
「そうです。反乱です──。わたしたちは、力でダルカンを排除しようとしていました。話し合いや説得なんて通じる相手じゃない。だから、わたしたちは──あの男を殺す覚悟でした」
その言葉には、迷いのない決意のようなものがこもっていた。
しかし、一郎は、少し眉をひそめた。
里長への反乱──。
それがどれほど重いことかは、一郎でもわかる。
現時点ではユイナの憶測の言葉だけだが、あの三人の暴漢がダルカンの手の者だったとしても、里長として悪人であるとは限らない。
物事にはすべて裏も表もあり、里長という存在に限らず、施政者には必ず、利権を得る者と、利権を得られない者がいる。利権を得られない者にとって「悪人」であっても、利権を得る者にとっては「正義」だし、それは全体にも正しいことかもしれない。
物事というのは、必ず公平に判断するべきなのだ。
一郎も、もう三十五歳──。
感情だけで物事を判断しない分別はある。
ダルカンという里長に激怒するのも、単に激情に駆られているだけということもある……。
「……でも、お祖父さんに止められました。そんなやり方では何も変わらない、って……。だから、わたしたちは……証拠を探して、それをガドニエル女王陛下に届ける道を選んだんです。正式な手続きで、あの男の悪事を暴く。それが……わたしたちの選んだ道です」
ようやく、声の調子が少しだけ落ち着いた。
「ガドニエル様に?」
エリカが訊ねると、ユイナが頷く返事を返した。
「……ねえ、ガドニエルって?」
一郎がつい口を挟んでしまった。
「ロウ、ガドニエル様はエルフ族の女王──族長会議の代表よ。族長会議を開けるのは長老だけ……。つまり、森エルフの女王だけなの」
慌てたように、エリカが割って入った。その言葉で一郎もようやく思い出した。以前にエリカから聞かされた、エルフ社会の最高権威の名だ。
ユイナの咳払いのような声が聞こえた。
「……ええ。ガドニエル様への告発状を、わたしが運んでいました。けれど……途中で、あの三人に襲われて……。すべて奪われてしまったんです」
口調は悔しさを滲ませていたが、その裏にはどこか、自責の念のようなものも感じられた。
一郎は黙って聞いていた。
彼女の言葉にどこまで信頼を置くべきかはまだ判断できない。
だが──少なくとも、ここにいる少女は本気で、なにかを変えようとしているのは確かだった。
「……とにかく、あれは、きっとダルカンの命令です。間違いありません──」
ユイナがまくしたてた。
しかし、一郎は少し驚いた。
「……ところで、褐色エルフ村の里長って、トーラス様という方じゃないの? そのご家族にはトードさんという人がいて、その奥様はイライジャよね?」
エリカが言った。
その言葉で、どうやら、ユイナが糾弾しているダルカンという里長と。イライジャという女性が嫁いだ男性の父親の里長とは、違う存在だとわかった。
エリカの旧友の義父が少女を強姦するような暴行者の雇い人出ないということは安心したが、すると、かなり複雑な事情もありそうだとも思った。
「……イライジャ、って……。イライジャさんご存じなんですか?」
ユイナが驚いた声をあげた。
「イライジャとは、同じ里で育った幼馴染よ。旅の途中で久しぶりに顔を見たいと思って、あなた方の里を訪ねようとしていたところだったの」
「そうなんですか──。びっくりです。わたし、イライジャさんの姪になります。トッドさんの妹がわたしの母になります」
「えっ、そうなの──。……ああ、ということは、あなたは、トーラスさんの孫で……。イライジャの……姪?」
今度はエリカがびっくりしている。
「はい──。トーラスは、わたしのお祖父さんです──。トッドさんは、わたしの伯父さんでした。うわっ、すっごい偶然──。わたし、イライジャさんの幼馴染の方に助けてもらったんですね──」
ユイナとエリカが興奮している声が開け放たれた入口を超えて聞こえる。
一郎もその偶然に驚いた。
「イライジャは元気──? トードさんは? いまでも、ふたりは仲良しかしら? あの里では、そりゃあ、大変なものだったのよ。大恋愛の末に、トッドさんがイライジャを連れていってしまったけど……」
エリカが声をあげた。
しかし、ユイナの声はすぐにはしなかった。
その沈黙が気になって、一郎は外から小屋の中を覗く。ユイナは唇を噛みしめていた。
向かい合っているエリカは、ユイナの態度の変化に戸惑いを隠せてない感じだ。
「死にました……。トード兄さんは殺されたんです」
やがて、やっとユイナが呟くように言った。
エリカの目が大きく見開く。
「死んだ? トードさんが死んだ? それはどういうことなの? イライジャはどうしているの?」
「イライジャさんは、まだ里です。でも、トッド兄さんが亡くなったのは二年前くらいになります」
「二年前……。えっ、でも、いま殺されたって、言った? わたしは、わたしたちの故郷の里にやってきて、幸せそうにイライジャを連れて去っていったトードさんをよく覚えているわ。でも、あのトードさんが死んだなんて……。しかも、殺されたって……」
エリカは唖然としている。
「事故死だとされましたが、殺されたんです。あれもダルカンなんです──」
ユイナは憤慨した口調で語り始めた。
それによれば、トードというイライジャの夫が死んだのは二年前のことであるそうだ。
同じ時期に褐色エルフの村で、ある不正の存在が発覚していたらしい。
よくはわからないが、それは「クリスタル石」と呼ばれる魔道結晶に関するもののことに関することのようだ。
それはエルフ族の中央政府で厳正に管理されており、勝手に売買をするのは禁止されているものなのだそうだ。
それが大量に褐色エルフの村というユイナたちの村から密売されているのがわかったらしい。
それの調査にあたったのが、当時里長だったトーラスの息子のトードだったのようだ。
だが、トードはその調査の途中で崖崩れに巻き込まれて死んでしまった。
そして、驚いたことに、そのトードが遺した調査記録によって、禁制品のクリスタル石を売り捌いていたのはトード自身だったことがわかったそうだ。
それに責任を感じた里長のトーラスは、里長を引退して半ば追放されたかたちで、未亡人となったイライジャとともに、里外れに引っ込んだということだった。
エリカは明らかに動揺している。
一郎も、イライジャ夫婦に会うのをエリカが愉しみにしていたのを知っているので当惑する思いだ。
「ねえ、そのクリスタル石とはなんなのですか?」
一郎は部屋の中に声をかけた。
「いい加減にしてよ、お前──。さっきから、口を挟むんじゃないわよ。ちょっと、向こうに行ってなさい──」
すると、小屋側からユイナが怒ったような口調で強い声をあげた。
「ま、待って、ユイナ──。教えるわ、ロウさ……、いえ、ロウ……。クリスタル石というのは、森エルフ族だけが作れるとされる魔力が充満した結晶石よ」
「魔道が充満した結晶?」
「エルフ族とは違って、人間族は魔道を遣えない者が多いでしょう? その彼らが、魔道具を動かすときに使うのが、魔道結晶よ。透明で綺麗な色をしているから“クリスタル石”とも呼ぶの」
「なるほど……」
つまりは、社会的なエネルギー源ということなのだろう。
一郎は、元の世界においける石油や天然ガスのようなものを思い浮かべた。
さっきの話によれば、そのクリスタル石そのものを生産するのは、エルフ族の里でもできるのだろう。だが、売買の統制は中央政府が握っており、里単位で勝手に売りさばくのは不正ということなのだろう。
「もしかして、クリスタル石という魔道結晶は、人間族の社会では作れないもの?」
「そうで……。そうよ。森エルフ族にしかできない技術よ。しかも、このエルフ族の土地でしか……」
エリカが言った。
「へえ……」
一郎は頷いた。
初めて接する、この世界の複雑な社会構造だ。
これまでの旅のあいだに受けたエリカからの話で、魔道で動く魔道具というのは、人間族の中でかなり浸透しているということは認識していた。
だが、そのエネルギー源らしい「クリスタル石」がエルフ族の独占の産業ということは初めて知った。
そうであれば、当然ながら、人間族への輸出については、かなり国家的な管理をするのは当たり前だ。
エルフ族の社会が人間族の国家と渡り合うための施策協議の材料にもされているはずだ。
中央統制によるのは当然だと思う。
それを勝手に横流しするというのは、国家レベルの犯罪ともいえるというのは理解できる。
「エルフ族の貴重な財産でもあり、その売買は族長会議と呼ばれるエルフ族の最高権威の絶対の管理下にされていて、各里が勝手に売買することは禁止されているの」
エリカがさらに言った。
一郎は、クリスタル石のエルフ族社会における位置づけについて、概ね理解できた。
また、ユイナがいるので一郎はエリカの従者ということにしており、一郎もエリカも、いままでユイナの前ではそのようにふるまっていた。
しかし、根が正直者のエリカには、演技そのものが苦手みたいだ。さっきから時々口調がおかしくなる。
まあ、それが可愛いのだが……。
「つまり、エルフ族のご禁制の品ということですね」
「そういうことね……、ロウ」
「でも、そのクリスタル石を横流しすれば、大変な富になるでしょうね?」
「はあ? お前、馬鹿じゃないの──。そんなの当たり前でしょう」
ユイナが口を挟んできた。
「あなたは黙っていて、ユイナ……。そ、そうよ、ロウ……。確かに、大きな富になるわ」
「だからこそ、里がクリスタル石の横流しをするのは、大きな罪なのでしょうね。だが、そのリスクに見合う富は得られる……。そういうことですよね、ご主人様?」
ご主人様というのは、無論エリカのことだ。
「も、もちろんよ……。もしも発覚すれば、顔に魔道で消すことのできない入れ墨をして、森エルフの世界から追放されるのが決まりよ。それがエルフ族の最高の処分なの……。それほどの罪なの」
「追放刑が最高の罪? 随分と刑罰が緩いんですね。エルフ族には、死刑がないんですか?」
一郎は違和感があり訊ねた。
「もちろん、死刑はあるわ。でも刺青刑はそれ以上の罰なのだ。だから、大抵はそれよりも、死を選ぶわね」
「そうなんですか?」
「ええ、自裁すれば、このナタル森林の土に埋まることを許されるから……。入れ墨をされると土が魂を拒否するの……。それは、わたしたちにとっては死以上の罪なのよ」
「ところで、トードというイライジャ……さんの旦那さんがその闇でクリスタル石を売り捌いていたと?」
「な、なに言ってんのよ、お前──。トード兄さんは、ダルカンに嵌められたのよ──。トード兄さんはなにもしてなかった。本当に悪いのは、ダルカンなのよ。あいつは自分の罪をトード兄さんのせいにして、しかも、トーラスお祖父さんを糾弾して引退させ、余所者の自分が里長になったのだわ」
ユイナが激昂した様子で口を挟む。
彼女の顔は怒りで真っ赤になっていた。
「とにかく、さっきから話に入ってくるんじゃない──。エリカさんの従者だから、わたしも大人しくしているけど、あまり失礼なら、ただで置かないわよ──」
ユイナが小屋から怒鳴った。
やっぱり、相当に気が強いのだ。
さっき、犯されたばかりで、あれほどに怒れるなら心配ないだろう。
それにしても、三人を片づけたのはエリカだが、一応は一郎も命懸けだったのだ。もう少し感謝の気持ちを持ってくれてもいいとは思うのだが……。
「ユイナ……、わたしの従者よ──。あなたこそ、手を出したら承知しないわよ──。イライジャの姪でも、ロウさ……ロウに手を出したら、わたしが許さないから──」
今度はエリカが怒鳴りあげた。
「エリカさん……? あ、あのう……すみません……。わ、わたしも興奮して……。でも、ロウがあまりに失礼だから……」
ユイナの不満そうな声がした。
そのとき、床を叩く大きな音がした。
「エリカさん……?」
ユイナの困惑した声がした。
一郎も驚いた。激昂の表情のエリカがいまにもユイナに掴みかからんとするばかりに顔を真っ赤にして腰をあげている。
いかん……。
真っ正直で素直なのはエリカのいいところだが、あまりに、なんでも真剣にとりすぎる。
一郎は、落ち着けと言葉でなだめる代わりに、淫魔の力でエリカのアヌスを舌で舐める刺激を送った。
「やんっ」
また、どんと音がした。
今度は、腰をあげたエリカが尻もちをつく音だ。
一郎は刺激を送るのをやめた。
「えっ、どうかしました……?」
ユイナの不思議そうな声がした。
「な、なんでもないわよ……」
エリカがユイナにそう応じながら、一郎を睨んだ。
一郎は、口だけで「落ち着け」と伝える。
エリカがはっとしたように、大きく息を吐いた。
そして、ちょっとはにかんだように、一郎に向かって口元をあげる。
「とにかく、ユイナ……。この一郎はとても頭がいいわ。ロウの質問にも直接に答えてくれない?」
エリカの取り繕うような口調に一郎はほくそ笑んだ。
また、エリカは、一郎を会話に加えるように誘導してくれた。
きな臭い話になったことで、一郎にも教えるべきと思ったのだろう。
一郎もありがたかった。
できれば直接に会話に入りたかったのだ。
「わかりました……。なにか、訊きたいことがあるの、ロウ?」
ユイナの気乗りのしない口調がした。
従者ということになっているのだから、あまりふたりの話に割り込むのは不自然だということは承知している。
しかし、一郎はユイナの話から、少し気になることが浮かんでいた。
心にざわめきを感じるのだ。
勘というやつだろう。
──魔眼保持者は、無意識のうちに、“正しい道”というのがわかる。凄まじく勘が鋭くもなる──
ルルドの森で出会ったユグドラという女精の言葉だ。
確かに、この異世界にやってきてから、一郎の勘はよく冴えていると思う。
それで、エリカなど、一郎の考えに一目も二目も置くようになっているところがある。
とにかく、いまのユイナの話で一郎の心に触れるものがあった。
「……少し気になることがあるのです……。いずれにしても、壁越しでは話し難いので、そちらにいってもよろしいですか?」
一郎はそう言うと、返事を待たずに、ずかずかと小屋に入っていった。
ユイナはあからさまに嫌な顔をしたが、エリカの手前なにも言わなかった。
一郎は、ふたりが座っている場所から離れた入口に近い床に胡坐で座った。
「そのダルカンという現在の里長はどんな男なのです? そもそも、トーラス様というユイナ様のお祖父さんが里長を引退したとしても、ダルカンという男が悪人であれば、里長には選ばれないのではないですか?」
一郎は訊ねた。
エルフ村の里長というのは、それぞれの里に住む者の全員の合意で選ばれるとエリカに教えられていた。
つまりは、選挙のようなものだ。
ユイナは、ダルカンという男が悪徳非道の男のように言うが、そんな男が里長に選ばれるというのはどうしてだろう?
しかし、ユイナは不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん──。あいつは商人で余所者よ。五年前にやってきたときには羽振りが良くて、たくさんの富をばらまいて、周りに人を集めたのよ。それに、里長になる前は、いまのように無知陋劣のふるまいをすることはなかったわ」
「つまり、信望はあったんですね?」
「それなりに抑えていたのよ。いまのように里に収める税を重くして、里の者から搾取するようになったのは里長になってからよ──。いまでは、里の者のほとんどがあいつを里長に選んでしまったことを後悔しているわ」
ユイナが吐き捨てた。
「そんなひどい里長だったら、みんなで追い出してしまえばいいのでは? いや、ユイナ様の言うとおり、そいつがそんなに悪い里長ならばの話ですよ……。どうして、里の者たちは、ダルカンという悪い里長に対して立ちあがらないのです」
「あ、わたしが嘘を言っている言い方をするのね、人間? ええ、もちろん、わたしたちは立ちあがるところだった──。罪を被されて死んでしまったトード兄さんの名誉を回復するためにも、わたしたちは立ちあがるつもりだったわ──」
「いや、いきなり暴力じゃなくて、もっと穏やかな手段はないんですか?」
一郎は、慎重に言葉を選びながら訊ねた。
「はあ?」
ユイナは不機嫌さを隠そうともせずに、侮蔑の視線を一郎弐向ける。
「たとえば……そのダルカンという男が悪政を敷いているのなら、里の者たちで話し合って、別の人間を里長に選び直すとか……。選挙のようなものは、ないんですか?」
言いながら、自分でも少し空々しく感じていた。
だが、ユイナはすぐに鼻で笑った。
「人間って……本当に、なにも知らないのね」
吐き捨てるような口調だった。
「つまり……?」
「エルフ族の里長がどうやって決まるか、知らないの? 形式上は合意で選ばれるけど、実際には里で影響力を持った者が周囲を抑え込んで票を集めるの。いまのダルカンは、金と物で人を抱き込み、口を封じて、文句を言う者たちは追い払ってきたわ」
そこで少し声を落とす。
「……正当な選挙は妨害されたということですか?」
「そういうことの前に潰されたのよ──。幾度もね。表向きは合議制だけど、反対意見が表に出れば、“内通者”とされて、生活の糧を奪われる。あの村では、もう誰も、声なんて上げられないのよ。まともに選び直す手段なんて、最初から潰されているの……」
怒りというより、悔しさが滲んでいた。
「だから、族長会議……中央によるエルフ族の女王陛下に訴えるというんですね?」
「そうよ──。それが、わたしたちがいまやろうとしている方法よ──」
ユイナが怒鳴るように言った。
「でも、正式な訴えを起こすには、決定的な証拠が要るのですよね。噂や証言じゃ足りない。村の内部から、黒幕が誰かを示す記録を出さなきゃ、族長会議は動かない……。それだけのものがあるということですね」
「あるわ──。まして、あいつは里長という公式の立場にいる。わたしたちみたいな下層の若者の声なんて、誰も聞かない……。でも、それなりのものがあるの。あったの──」
「確かに……。だから、ダルカンという里長は焦り、強引な手段で消そうとした……」
「へえ、あんたって、人間族のわりには、理解力もあるのね。まあ、そういうことよ」
ユイナが目を細める。
一郎は軽く肩を竦めた。
「……ありがとうございます」
「もっとも……本当は、最初は……自分たちで決着をつけるしかないと思ったの。武力で排除して、里を取り戻すしかないって……。わたしたちには、それしか残されていないと思っていたし……」
ユイナの瞳に、怒りとは異なる光が宿っていた。それは諦念と、わずかな誇りだった。
「それしか手段がない……と?」
「ええ、だから、決起をするところだったのよ──。わたしやイライジャ姉さん……。ほかにも五人のエルフ族の若者がいる。その五人がリーダーになって、それぞれ十人ずつを率いて立つことになっていたわ。わたしを含めてね──」
「えっ、イライジャも?」
エリカが驚いている。
「ええ……。そして、ダルカンとその一派を殺してしまう──。その直前だったのよ。その持ち場だって決めて、事を起こすところだった──」
「……明確に反乱ですね。事を起こすというのは、里長のダルカンという人物を殺すということなんでしょう?」
「それのどこが悪いの、人間──。ダルカンが死ねば、あれでも里長だからという理由だけで従っているほかの者たちも目が覚める。わたしたちは決起の直前だったの──」
ユイナが大きな声をあげた。
「でも決起しなかったんですね……? なぜです?」
「そ、それは、お祖父さんがとめたから……。もっとも、そんなに詳しいことを知っていたとも思えないわ。だけど、なにかを感づいたのでしょうね……。わたしとイライジャ姉さんは、お祖父さんに呼ばれて、同じ里の者同士で争うことはしてはならないと諭されたの……」
「理性的な判断ですね……。お祖父さんというのは、つまり、前里長」
「そうよ。お祖父さんは、決起の代わりに、族長会議に訴えろと。お祖父さんは、トード兄さんが死んでから、ずっとひそかにひとりでダルカンの悪事の証拠を集めていたのよ。すでに証拠も揃っていて、糾弾書のかたちにもしてあった……」
「それが、告発状の中身だったのですか?」
「そうよ──。ダルカンはクリスタル石の禁輸をしているの──。その証拠をガドニエル様に差し出せば、単なる里の中の権力闘争には収まらない。ダルカンは女王陛下の罰を受ける……」
「ダルカンが中央に失脚されることを期待する……ということですね」
「うん……。それで、イライジャ姉さんと話し合って、わたしがそれを持っていくところだったの。信用のできるトーラス家の元家人をひとり連れて……」
「なるほど、それで話がわかりました……。ところが、その道中に出たところを狙われたということですか……。そうであれば、少しばかり、まずいかもしれませんね。まあ、俺の想像が杞憂であればいいんですけど……」
「まずい? なんのこと?」
「つまりは、ダルカンという男はやっぱり悪い男であり、かつて、自分たちの罪をトードというあなたの叔父の罪にして、自分たちが罰せられるのを免れた……。それが事実としてですよ……」
「事実に決まっているでしょう、人間──。殺されたいの──」
「いえいえ……、ただ、つまりは、同じことを連中はもう一度やるんではないかということですよ……。いまの状況は、俺からみれば、二年前にトードという方が罪をなすりつけられて“事故”で死んだのと同じ状況に思えます」
「……どういうこと、お前?」
ユイナが眉をひそめる。
エリカも怪訝そうな表情になっている。
「かつて、連中の悪事を暴こうとしたのはトード様という人で、その人は死に、その後で見つかった証拠により、クリスタル石を横流しにしていたという濡れ衣を着せられた……。それがダルカンという男とその一派のやったことなら、連中は同じことができるということです……」
「……つまり、どういうことです……。あっ、いえ、どういうことなの、ロウ?」
エリカが口を挟む。
明らかに、口調がいつもに戻っていたが、ユイナが気にした様子はない。
一郎の言葉を待っている。
「いま、連中の悪事は、再びトーラス様の努力により露見としようとしている。そうであれば、そのダルカンは、今度もそのトーラス様を殺して濡れ衣を着せることができるのでは?」
一郎の言葉にユイナがはっとしたように顔色を変えた。
そして、話を聞いていたエリカも険しい表情になった。
「ね、ねえ、ユイナ、話によれば、イライジャは里の外れに移り住んでいるトーラス様のそばにいるようだったけど、ほかに頼りになるような者は家にいるのかしら?」
エリカがユイナを見た。
「……お、お祖父さんの身の回りの世話は、イライジャ姉さんとわたしがしていたのです。ほかには、小用をこなしてくれる者がいるだけで……」
ユイナが初めて、一郎の言葉をまともに反応する顔になった。
一郎はさらに口を開いた。
「もちろん、杞憂なんですけどね……。ただの勘にすぎないし、ふと、思っただけなんです……。何事もなければ、それでいいんですが……」
しかし、この異世界にやってきてから、随分と物事がはっきりとわかるようになった気もする。
それが勘が働くということなのだろうか……。
一郎は、魔眼保持者は、怖ろしいほどに勘が鋭くなると言ったルルドの女精のユグドラの言葉をもう一度思い出していた……。