【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
そろそろ、一ノス半が過ぎただろうか。
パーシバルは刷毛を止めた。
淫呪の人形の股間は、べっとりと粘つく液で濡れている。
光沢を帯びた愛液のような粘性物が人形の股間から滴り落ちて、小卓を汚すほどだ。
「ふむ……よく反応するものだ」
パーシバルが指先でその粘液をすくうと、ねっとりと糸を引いた。
人形から浮き出たものであっても、本物の女の愛液とまったく変わらない。
「お坊ちゃんも、しつこいですな……。まあ、それだけいたぶれば、本体の方は大変なことになっておるでしょうけど」
ザーラが香を焚きながら喉の奥で笑った。
「この女──シャングリアというんだが、無礼な女でな。こうやって、身の程を教えてやっているのよ」
パーシバルは、ザーラの焚く香に人形の顔をあてながら笑う。
香炉からは白い煙が立ちのぼり、白磁のような人形の頬と首筋を柔らかく包みこんでいた。
「シャングリアというと、あの女騎士のですか?」
「知っているのか?」
パーシバルは顔を上げた。
「ええ、坊ちゃま。こんな地下に籠っておっても、世間の噂は入ってきますでな。難しいクエストを続けざまに片づけておる、評判のいい冒険者パーティらしいですぞ」
「……ほう」
「そりゃあ、坊ちゃまがしてやられたのも、仕方ありませんな」
ザーラがにたりと笑った。
胸の奥に、ざらりとしたものが広がった。
パーシバルの脳裏に、あの日の決闘広場の情景がよぎる。
人々の喧噪、ロウの冷たい瞳、そして己が倒れ伏した瞬間の屈辱。
あれ以来、パーシバルは王都の笑い者だ。
思い出すだけで、胸の奥がまだ焼けつくように疼く。
パーシバルは唇を噛み、再び刷毛を取り上げた。
「……あの連中を、まとめて地に伏させてやる……。ところで、この惚れ薬の煙──本当に効くのか?」
パーシバルは香炉の煙を人形の顔にかざし続けながら、目を細めた。
「もちろんですよ……。これは、その女騎士が坊ちゃまを見た瞬間に恋慕するよう呪を刻みます。いまも煙が印をなぞり、恋情を刻み込んでおります」
ザーラは杖の先で煙を撫で、艶然と笑った。
「恋慕の呪いか」
「そう……。さて、そろそろ、いいでしょう……。これで完全に印が刻まれました。女が坊ちゃまを見た瞬間、理性を失い、恋い焦がれますよ」
ザーラの声は、愉悦に濡れていた。
パーシバルは満足げに頷き、香をさらに人形に染み込ませる。
煙が人形の口の隙間から吸い込まれて、染み込んでいくのがわかる。
「ところで、坊ちゃま?」
ザーラが杖を立て直して香を消してから、静かに言った。
パーシバルも、人形をテーブルに置く。
「なんだ?」
「その女騎士を、どうなさるおつもりで? あのパーティの一員だとすれば、少しばかり厄介かもしれませんぞ」
「しばらくは、この淫呪の人形でいたぶる。心を弱らせ、頃合いを見てさらうのよ」
「ほう、さらうとは物騒な……。お坊ちゃまがおひとりで?」
「いや、腕利きのごろつきを雇ってある。金で動く、血も惜しまぬ連中だ。相手を殺すための魔道具も渡してある。汚れ仕事にためらいはない」
「用意周到なことで。──ですが、旦那、弱らせるには時間がかかりますぞ。人形だけでは、身体の奥までは届きますまい。そのとき、そのときの刺激は与えられますが、所詮は人形越しのことですから」
「ごろつきでも捕まえられるほどに弱らせる手はあるのか」
「ええ、たとえば……これですね」
ザーラは立ちあがり、棚を探って小さな青磁の壺を取り出して戻ってきた。
「なんだ、それは?」
「古い処方の媚薬です。これなら、死にかけの老女でも身悶えしますぞ。人形に塗るといいでしょう。とてもじゃないが、満足に眠れません。自然に弱ります」
「ふん、よかろう。あの誇り高い女が、自ら腰を振るようになるなら見ものだ。捕らえた後は、本体にも使ってやろう。瓶ごと寄越せ」
パーシバルは愉悦を噛みしめるように笑い、ふと目を細めた。
さっそく、人形の全身に塗りたくっていく。
「そういえば──この人形を使って、本体の居場所を探ることはできないのか?」
「造作もないことですとも」
ザーラは杖の先で人形の額を軽く叩き、術を込めた。
一瞬だけ、人形の周りに魔道紋のような光が浮かび、すぐに消える。
「これでいいのか?」
「ええ……。すでに呪いの糸が繋がっております。辿るだけなら、道標を少し染めてやれば済みますから」
薄紅の光が人形の胸の奥で脈動し、香の煙がわずかに流れを変えた。
「これで、どこにいようとわかりますぞ。動けば、香が向きを教える。──便利なものじゃろ? 方向だけじゃなく、だいたいの居場所まで特定したいのであれば、もっと完全な道標を刻みますが?」
「やってくれ」
パーシバルは頷く。
「わかりました」
ザーラが新たに、人形に紋を刻み始める。
それを見守りながら、パーシバルは、ふと思いついて、口を開いた。
「……そう言えば、いま刻んでいる道標を利用して、人形のいる場所に本体だけを連れてくる──移動術の魔道紋を使うことはできないか?」
「移動紋を逆に刻んで、人形のある位置に本体を呼び寄せるということですね? そりゃあ、とんでもない、複雑な高位魔道になりますよ」
ザーラが眼を細める。
「できるのか?」
「まあ、できますな。ただし、値が張りますよ。術者の負担が大きいですしね。この人形の値段の五倍、金貨百五十枚はもらわないと」
ザーラがけたけたと笑う。
「明日、持ってくる。それまでに準備しておけ」
「まいどありがとうございます」
ザーラが喉の奥で笑うような声を出して肩を揺すった。
「強突く張りめ──」
パーシバルは笑った。
「それにしても、坊ちゃまの執念には恐れ入りますな。では、とりあえず、人形に刻む道標を完成させましょう。それが終われば、人形を握って念じれば、本体のだいたいの位置が坊ちゃまの頭に浮かぶようになるはずです」
ザーラは杖を掲げ、人形の胸へ新たな紋を描き込む。
光がひと筋、人形の表面を走り、淡く沈み込んだ。
「これで、あの女をさらう段取りは、だいたい整いましたな……。弱らせ、場所を特定して印を固め、明日には印を結んで逆移動させる移動紋が発動できるようにします。──人ひとり、無傷で引きずり出せます。その代わりに、金貨で追加の百五十枚ですよ」
「移動術で呼び寄せられるのなら、すぐに実行してもいいな。明日にでも実行するか。ごろつきどもの準備もできてるしな」
パーシバルは口角を上げた。
「こことは関係ないところでやってくださいよ。このザーラのするのは、呪術と魔道具の提供までですからね」
「わかってる──。それにしても、これで完全だ。あの女の運命は、僕の手のひらの上だ」
パーシバルはほくそ笑んだ。
しばらく、ザーラは人形に印を重ね掛けする動作を続けていたが、やがて、ザーラは杖を下ろして満足げに頷いた。
「……これで道標は完全になりました。さあ、坊ちゃま。人形を握って念じてみてください」
パーシバルはゆっくりと手を伸ばし、淫呪の人形を持ち上げた。
掌に伝わるのは、冷たい陶肌の感触。だが、その奥には微かに脈打つような熱がある。
眉を寄せ、低く呟く。
「……シャングリアの居場所を知りたい」
その瞬間、頭の奥に何かが流れ込んできた。
靄のような映像とともに、奇妙な圧迫感が襲う。
──すぐそばにいる?
そんな曖昧な感覚だけが、はっきりと浮かんでしまった。
「……おい、おかしいぞ、ザーラ」
パーシバルは首を傾げ、眉間に皺を寄せた。
次の瞬間だった──。
──どん、と扉が蹴り飛ばされた。
鈍い音とともに、埃が舞う。
その向こうから、冷たい金属音とともに、白銀の髪が閃いた。
長く流れる白銀の髪が、灯の揺らめきに反射して煌めく。
真っ赤に上気した顔、汗に濡れた肌。
その瞳には、燃えさかるような怒りが宿っていた。
「……貴様──」
怒りの形相のシャングリアだった。
「な、なに……どうしてここに……?」
パーシバルは、唖然として眼を見開いた。
「おやおや……呼び寄せの紋は、まだ刻んでおりませんでしたがね」
すると、ザーラが目を細め、喉の奥で笑った。
「き、貴様たち……」
パーシバルたちを睨むシャングリアは、怒りのためか、それとも別の熱に突き動かされているのか、小刻みに震えていた。
「シャングリア、どうして?」
パーシバルは眼を丸くしてしまった。
それはともかく、平服の彼女は、もはや練兵場で見た毅然たる女騎士ではなく、ギルドで見かけた溌剌とした冒険者の姿でもなかった。
短いスカートの裾が腿に貼りつき、汗に濡れた布の下では肌の線があらわに浮かんでいる。
軽い上衣は胸や腹の起伏をなぞるように張りつき、薄い布越しに熱を伝えていた。
灯の明かりを受けた肌は、火照った陶器のように淡く輝き、浅い息のたびに胸がわずかに揺れる。
唇は乾き、そこから漏れる吐息は熱を帯びて震えた。
その息が届くたび、焦げつくような甘い香が混ざり合い、室内の空気をじわりと濡らしていく。
──そして、なによりも。
短いスカートの股間には濃い丸い染みが浮かび、布の色を深く染めていた。
裾から内腿を伝い、膝のあたりへと滴る粘ついた筋──。
それは、紛れもなく愛液だった。
淫呪の人形に刻んだ刺激が、ここまで彼女の身体を支配しているというのか──。
「こ、殺してやる──」
次の瞬間、声を振り絞り、シャングリアが飛びかかる。
「うわっ」
パーシバルは反射的に椅子から転げ落ちながら、両手で頭を覆う。
しかし、横から伸びたザーラの手がテーブルに放り置いていた人形をさっと撫でるのが見えた。
「くあっ」
その瞬間、シャングリアの動きが途切れた。
その場でつんのめって両膝をつき、身体を抱きしめるようにして俯く。
白銀の髪が揺れ、汗の雫が床に散った。
「なんじゃ、しっかりと人形に支配されておるじゃないか。媚薬も効いておるんであろう? ほれ、ほれ」
ザーラが笑いながら、人形の全身を手のひらで愛撫している。
「ひあああっ、や、やめろおおっ──」
床にうずくまっているシャングリアの肩が小刻みに震え、息がうまく吸えないような声が漏れた。
その悲鳴はかなり艶やかだ。
パーシバルはその様を確認し、ほっとして立ちあがるとともに唇の端を上げた。
「どうした、シャングリア……効くのか? これはどうだ?」
ザーラから人形を受け取り、その胸を撫でる。
「あっ、いやっ──や、やめろお──」
シャングリアが床にうずくまったまま、両手で自分の胸を抱える仕草になった。
「ははは、無様だな、シャングリア」
パーシバルは、その哀れな格好に大笑いした。
「それを寄越せ──」
だが、シャングリアが飛びかかってきた。
笑ったとき、パーシバルは人形を愛撫する手を止めていたのだ。
「うわっ──」
パーシバルは、慌てて人形の股間を愛撫する。
「ひううっ、ま、また──」
シャングリアがまたもや、自分の股間を押さえながら、膝から崩れる。
どうやら、人形による操りの反応は、確かに届いているようだ。
「どうした、シャングリア。効くのか。これはどうだ。ここも気持ちいいか?」
パーシバルは人形を擦りながら、床にうずくまる彼女へと歩み寄る。
少し離れた正面でしゃがみ、人形の腹から腿にかけてをゆっくり撫で上げた。
「んふうううっ」
シャングリアは短いスカートの上から両手をあて、背を反らせた。
息が上ずり、白銀の髪が大きく跳ねあがり、次いで床に散る。
「この人形にはたっぷりと媚薬を塗っているからな。つまりは、お前の身体に塗っているのと同じことだ。こうして弄られると、堪らないだろう──そういう仕組みだ」
パーシバルは薄く笑み、白磁の人形の身をもう一度ゆっくり撫でた。
「や、やめろおっ」
シャングリアはのたうちながら、パーシバルの手から人形を奪い取ろうとする。
「おっと」
パーシバルはすかさず人形の両手を背へ回した。
「きゃあ、な、なにっ」
シャングリアの両腕が背へ引かれ、体勢を崩して床に再び倒れ込む。
その様に、パーシバルは喉の奥で笑いを漏らした。
だが、ふと気がついた。
そういえば、ザーラは、シャングリアがパーシバルと再会した瞬間に、パーシバルに恋に落ちる呪術を刻んでいたはずだ。
淫呪の人形の刻みは確かなようだが、心を縛る呪術が効果を発揮した形跡がない。
「おい、ザーラ、どうして、シャングリアは僕に惚れないのだ? 恋慕の紋を刻んだのに、どうして惚れない?」
人形の腕を背中側に固定したまま、ザーラを見る。
「坊っちゃま──」
そのとき、背後でザーラの声が上がった。
パーシバルも、なにかの気配を感じて顔を上げた。
「なるほど、そういう仕掛けか……。面白い人形だな。俺にも貸せよ、色男」
顔の前に黒い金属のようなものを突きつけられていた。
短銃──?
「うわっ」
パーシバルは悲鳴をあげて、その場に思わず尻もちをつく。
ロウの突きつけた短銃の黒い銃口が、パーシバルの目の前で光を吸っている。
また、ロウの後ろには、すでにふたりの女がいることに気がついた。
ひとりは、小柄で整った可愛らしい顔立ちの人間族の女で短剣を抜いて構えている。
どこかで見た覚えがある。──ギルドで、ロウの傍らにいた女だ。
もうひとりは、見知らぬ美女だ。
平服姿ではあるが、どこか異様な艶と静けさを纏っていた。右手が蒼白く光っていて、おそらく魔道遣いだ。
パーシバルは喉の奥を鳴らした。
状況を理解するより先に、背中がじっとりと汗ばむ。
そのとき、開いている扉から、さらにふたり入ってきた
ひとりは、尖った耳を持つエルフの美女──やはり、ギルドで見たロウの仲間の美女だ。
そして──もうひとりは、見覚えのある装束をまとっていた。
紺と白い祭服、金糸の刺繍──。揺れる裾が、燭台の灯に反射して淡く光っている。
その姿を見た瞬間、パーシバルの息が止まった。
「王都三神殿の筆頭巫女のベルズ──?」
第二神殿の巫女にして、王都でも片手に入る高位魔道遣い──。
どうして、ここに……?
パーシバルは人形を握る手に力を込めた。
だが、冷たい陶肌は汗に滑り、掌の中で小さく震えていた。
「こいつの護衛の男たちは、ちょっと脅かしたら逃げていきました、ロウ様」
尖った耳のエルフ女が静かに言った。
その声音には冷ややかな余裕があった。
あの男たち──パーシバルが外で待機させていた護衛のことだろう。
ロウは小さく頷く。
銃口は動かさぬまま、唇だけがわずかに歪んだ。
「ご苦労さん、ふたりとも。──それにしても、シャングリア、少しは待てと言ったはずだ。ひとりで飛び込むやつがあるか」
叱責の言葉を投げながらも、ロウの声は淡々としていた。
その眼差しには、怒りよりも冷たい支配の色がある。
シャングリアは唇を噛み、うつむいた。
それでも、ロウの手に握られた短銃の黒い銃口は、微動だにせず、いまだにパーシバルへと向けられている。
「だ、だって……」
シャングリアはまだ床に座り込んだままだった。
汗に濡れた白銀の髪が頬に貼りつき、息を荒くしている。
ロウの叱責の声を聞くと、まるで子どもをたしなめられたように肩をすくめ、しゅんと黙り込んだ。
「……さて、パーシバル……その人形を寄越せ。それとも、眉間に穴が開くかだ」
ロウの声音は低く、氷のように冷たかった。
引き金にかかる指がわずかに動くのが、はっきりと見えた。
銃口の黒が、灯に反射して鈍く光る。
「や、やめろっ」
パーシバルは叫ぶようにして、慌てて人形を差し出した。
ロウがそれを受け取り、片手で軽々と持ち上げる。
その仕草には、容赦のかけらもなかった。
「……やめろ、ザーラ。俺の心を操ろうとするな──気分が悪い」
低い声が響いた。
ロウの銃口が、音もなくザーラの胸もとへ向けられる。
「ひっ……な、なんじゃと? ど、どうしてわしの名を──」
ザーラの顔から血の気が引いていた。
見開かれた瞳が震えている。
その様子に、パーシバルは息を呑んだ。
いま……ロウはザーラの名を呼んだのか?
どうして、知っている──?
また、ザーラが誰かの心を操ろうとして失敗するなど、聞いたことがない。
だが、ロウにはまるで通じなかった。
それどころか、逆に見透かされたような気配があった。
パーシバルの背筋を、冷たい汗が伝う。
この男は──絶対に関わってはならない相手だったのだ……。
「動かないで──」
逃げ腰になったパーシバルに、今度はエルフの娘が細剣を突きつけた。
刃先が炎を受けて、細く光った。
「ザーラ、観念するのだ。今度はお前の操り術は通用しない。ここにいる誰にも、お前の術は効かぬよ。──さあ、大人しく魔道封じの枷を受けよ」
第二神殿の筆頭巫女のベルズが杖を構えた。
その手には金属の枷と封印布。大神殿でも上位の封具だ。
「ちっ……な、なんでじゃ……なぜ、術が効かんのじゃ」
ザーラが怯えたように後ずさる。
「この婆さんは、いったい何者なんだ?」
ロウが銃口をザーラから動かさぬまま、ベルズに視線を向けた。
「このザーラは、王軍と神殿の両方から手配されていた闇魔道士でな……。禁呪で多くの命を奪い、捕らえようとすれば捕縛者を操って逃げおおせてきた……。だが、今回は違う。お前たちの協力があったからな。よく報せてくれた」
ベルズが短く微笑んだ。
「すぐに魔道通信で駆けつけてくれて、助かったわ、ベルズ」
隣の女がやわらかい声で言った。
平服のせいか、パーシバルには誰なのかすぐにはわからなかったが、その静かな笑みと所作に、どこか見覚えがある気がした。
「スクルズ、封印の補助を」
ベルズが名を呼んだ。
スクルズ──?
その名を聞いた瞬間、パーシバルの背筋が粟立つ。
第三神殿の巫女──まさか、あのスクルズか。
その女──スクルズが小さく頷き、両手で印を結んだ。
枷が光を帯びて宙を走り、ザーラの両手を絡め取る。
その上から、ベルズが続いて封印袋がふわりとザーラの顔に被さる。
紐が首で締まり、袋の中から呻き声がくぐもる。
「……これでよい」
ベルズが杖を下ろした。
室内が静まり返る。
「……ところで、すまなかったな、スクルズ」
ベルズがふと口を開いた。
「なにが?」
スクルズが首を傾げる。
「わたしは誤解していた。お前はロウ殿と遊び歩いていると思っていたのだ。まさか、こんな大物を追っていたとはな……。立派な働きだ」
「うふふ、まあ……そんなところよ」
スクルズがそっと笑う。
「へえ、そうなの?」
コゼがぼそりと呟いた。
ベルズがくすりと笑い、杖を掲げる。
「この女は神殿に連行する。あとは任せてくれ」
「ああ、頼むよ、ベルズ」
ロウが頷いた。
その声を合図に、封印の紋が再び輝く。
光がザーラとベルズの身体を包み込み収束していく。
やがて、ふたりの姿は淡くかき消えた。
無演唱の転移術か……。
残された部屋には、封印の魔力と香の余韻が静かに漂っていた。
「さてと、こいつをどうするかな」
ロウが短銃を上着の中にしまった──いや、宙に溶けるように消してしまった。
パーシバルは目を見張った。
収納術──?
こいつも魔道遣いだったのか?
「わたしに殺させてくれ、ロウ──。た、頼む」
シャングリアが荒い息をしながら言った。
まだ人形の影響が続いているのだろう。
「まあ待てよ、シャングリア。こいつで試してみたいことがある」
ロウが静かに言った。
「試す……?」
シャングリアが怪訝そうな口調で返す。
試すとはなんだ──? パーシバルも不安に襲われた。
「サキから受けた仮想時空で、少し確かめておきたい術があるんだ……。それが終わったら戻るから好きにしていい」
「ロウのあの術で連れ込むのか?」
シャングリアが眉をひそめた。
「いや、俺の能力だと、なぜか淫魔術で結んだお前たちじゃないと連れ込めない。だから、サキを呼ぶ」
ロウは薄く笑い、宙に手をかざした。
黒い古書が虚空に浮かび上がり、表紙の赤い紋が生き物のように脈動している。
「サキ──この男を、お前の白い空間に招待してくれ」
低い声でそう告げた瞬間、部屋の空気がわずかに震えた。
次いで、艶やかで威厳のある女の声が響いた。
『……その人間族の男をどうするのだ、
見えない声の主──。
だが、その声音には、ぞっとするほどの力がこもっていた。
「いや、サキの能力で、この色男と愉しめる世界にご招待だ」
ロウが薄く笑った。
黒い古書の頁が自動でめくられ、黒と白の光が混ざり合うように部屋中に広がっていく。
「な、なんだ……これは──?」
パーシバルは思わず叫んだ。足もとから光が立ちのぼっている。
逃げようとしたが、身体が動かない。
「ロウ──」
シャングリアが叫ぶ。
「すぐ戻るよ……。それまで……。そうだな、コゼ、この人形でシャングリアと遊んでいいぞ……。エリカとスクルズも、待っててくれ。こっちの時間で半ノスほどに調整して戻る」
ロウは黒髪の小柄な女にあの人形を手渡した。
「はーい、お任せを、ご主人様」
コゼが笑いながら人形を受け取る。
「待て──、それをコゼには渡さないでくれ──」
シャングリアが青ざめた顔で声をあげたのが見えた。
「お待ちしてますね」
「サキ、ロウ様をよろしく」
スクルズ──そして、エリカの声がした。
その声を最後に、パーシバルの視界が一気に白く染まる。
周囲の空間がねじれ、世界が裏返るような感覚が襲った。
そして──。
白い光が全身を包み、なにもわからなくなった。