【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
【歴史余話4 旧都ハロルドの太陽宮公園】
旧帝都ハロルドに着いた翌日、私はリネと連れ立って、太陽宮を訪れた。
太陽宮はいまでは観光用の宮殿公園として整備され、芝生は刈り込まれ、白い石壁は陽光を反射し、休日ともなれば人の流れが絶えない。
だが、この壮麗な王宮は、三十年前に再建されたものである。
それ以前、この一帯は長らく更地だった。
都市再開発のための事前調査で、偶然、地下から基壇と回廊跡が見つかり、そこではじめて「ここが太陽宮であった」と確認された。
いわば、発掘された瞬間に王宮となり、再建された瞬間に歴史になった建物である。
展示室に入ると、かなりの面積がイザベラ女王に割かれていた。
太陽宮は、帝国建立前のハロンドール王国時代に、当時の王室で使われていた宮殿であり、最後の王となるイザベラ女王は間違いなく、もっとも人気のある王であるからだろう。
副王時代、女王時代、王太女時代のそれぞれの肖像、即位式の再現画、勅令、外交文書。お世辞抜きにかなりの美女であることがわかる。
現在の宮殿の主役は、疑いなく彼女だろう。
私はそれを眺めながら、どうしても皮肉な気分になった。
なにしろ、この太陽宮という巨大な建築は、イザベラが生涯ほとんど使わなかった場所なのだ。
王太女に指名されてからも、女王として即位してからも、彼女がここに姿を見せたのは、儀式と公式行事のときだけである。
政治の実務も、腹心との協議も、日々の生活も、この宮殿では行われていない。
言ってみれば、太陽宮は、イザベラのための建物ではなかった。
イザベラを飾るための建物だったのである。
「よく保存されている。イザベラ女王が住まなかった宮殿だが」
私は展示ケースの前に立ち、思わずリネに言った。
リネは、歴史学者の卵であり、数日前から私の旅に同行することになった案内人でもある。目の前のイザベラ女王に、勝るとも劣らない若い美貌を持ち、屈託のない笑顔が素晴らしい女性だ。
時折、彼女の若さが私を戸惑わせたりもする。
「若くて綺麗な女王のほうが、人気が出ますから。あなたも、わたしみたいな堅物より、イザベラ女王の肖像のほうがいいでしょう?」
「いや。私にとっては、君の知性のほうが魅力的に思えるよ……。あっ、もちろん見た目もだ」
私はそう応じた。最後の言葉を加えるのを忘れなかったのは、どうやら正解だったようだ。リネの表情が急に明るくなったのだ。
男として、答えを誤らずに済んだらしい。
「ありがとうございます。そう言ってくれると思って、聞いてみただけです」
リネは、悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべた。
苦笑するしかないというのは、こういうときだろう。私は多分、そんな顔をしていたと思う。
「ところで、イザベラ女王が暮らしていた小離宮があったとされる候補地を見たいんだけど」
私は話題を変えた。
イザベラが幼少から暮らし、王太女となってからも日常を送っていたのは、小離宮と呼ばれていた。だが、その場所は失われ、遺構もなく、正確な位置すら定まっていないのだ。
候補地の学説はいくつもあるらしい。
だが、いずれも決め手を欠き、発掘もされていない。
「ご案内しますね。少なくとも、彼女の小離宮は、広い王宮敷地内でも、大手門にあたる正門から見て、奥側にあったということは確かです。歩いて行きましょう」
リネとともに、太陽宮公園を出る。
現在の公園は、太陽宮のあった場所一帯を整備したに過ぎない。当時の王宮敷地はそれよりもはるかに広く、敷地の端にあったと伝えられる小離宮は、当然その外側に位置する。
最初に案内されたのは、噴水のある小さな公園だった。
ベンチと花壇が整えられ、子どもたちの声が反響している。
ここに小離宮があった可能性は否定できないが、地上にはそれを示すものは、なにも残っていなかった。
次に向かったのは、カフェと土産物屋が並ぶ雑貨街だった。
観光客向けに整えられた通りで、甘い菓子の匂いと人の声が満ちている。
ここもまた、「ここだったかもしれない」という以上の説得力は持たない。
遺構が残るとすれば、現在の地表よりも、さらに下の層だろう。
イザベラの時代を直接感じたいのなら、地下を掘るしかない。だが、それは旅ではなく、発掘という別の営みになる。
結果としてこの日は、公園を歩き、カフェを覗き、土産物屋を冷やかして回ることになった。
ロウ帝の時代を辿るという当初の目的からすれば、やや横道に逸れた一日だったと言える。
もっとも、不満というほどのものではない。
若く、聡明で、よく笑う女性と並んで街を歩くというのは、それだけで悪い気分になるものではない。
私の思い違いでなければ、リネ自身もこの時間を楽しんでいるように見えた。
夕方になり、住宅街に入ったところで、リネが何気ない調子で言った。
「もうひとつ、候補地があるんです。いまは普通の住宅街ですけど」
示された場所を詳しく聞いて、私は思わず足を止めてしまった。
そこは、昨夜も泊まり、今夜も泊まる予定になっている、リネが一人で暮らしているアパートのある一角だった。
偶然とは思えない。
歴史好きの彼女が、その可能性を意識せずに住む場所を選ぶとは考えにくい。
「三つめの候補地は、じっくり味わいましょう」
リネはそう言って、こちらを見た。
「お酒と夕食を買っていきましょう。発掘はできなくても、生活の跡なら体感できますから。ロウ帝とイザベラ女王が夜を過ごしたかもしれない場所です。私たちもそれに倣いましょうか」
誘うような笑みだった。
もちろん、男として答えは決まっている。
エリオス=ヴァンレーン『ロウ帝伝承の地をゆく』より