【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
昼刻を少し過ぎたころだった。
家人のラレンが息を切らせて事務室へ飛び込み、声を潜めて告げた。
「マア様……お客様が……。第三神殿の筆頭巫女スクルズ様と、冒険者らしき男女のお二人です。それと、ラングーン公の紹介状をお持ちです」
マアは眉をひそめた。
「スクルズ殿……? 第二神殿のベルズ殿ではなくてかい」
「はい。ベルズ様の代わりということでございます。紹介状には本来のベルズ殿の名前が記されております」
事情は飲み込めなかったが、ラングーン公からの紹介状を持っている以上、追い返すわけにはいかない。
「通しておくれ」
ラレンが戻ると、ほどなくして二階の事務室の扉が開いた。
現れたのは、白と紺の金縁の巫女服を纏った若い女──第三神殿の筆頭巫女スクルズである。
その姿を見た瞬間、マアはまばたきをした。
本来なら足首まで隠れるはずの巫女服のスカート丈が、膝のずっと上で揺れている。思わず目を細めたが、表には出さない。
また、その後ろには旅装の男女が続いている。
男は落ち着いた目をした冒険者風、女は長耳のエルフで、全身に護衛の気配を纏っている。
スクルズが一歩進み出て、深く一礼した。
「急な訪問で申し訳ありませんわ、マア様。本来はこちらへ伺うはずだったベルズの代行として参りました。事情が変わり、わたしが引き継いで持参いたしました」
マアは紹介状を受け取り、封蝋に目を落とした。確かに公爵家の正式な印だった。
「有名なスクルズ殿の訪問とは光栄だよ。でも、ベルズ殿はどうかしたのかい?」
「ベルズは今朝になって王宮から急ぎ呼び戻されましたの。でも、ベルズよりも優れた治療術を使う者をお連れしておりますわ。ご安心くださいませ」
スクルズは上機嫌そうな口調で言った。
第三神殿のスクルズといえば、いまや王都随一の魔道遣いの名もあるので、ベルズよりも能力があるというのは自分のことなのだろう。随分と妙な物言いだと思ったが、口には出さなかった。
スクルズの背後に控えていた男が、軽く会釈した。
年の頃は三十代半ばだろう。顎に無精ひげが残っているが、世間の冒険者よりもずっと清潔で、穏やかそうな雰囲気がある。
だが、この男にはなにかがある──長年世間を生きてきたマアの勘が、そう告げていた。
「なるほどね……。しかし、前触れもなしに突然とは、なかなか驚かせてくれるじゃないか」
「前触れは、紹介状のかたちでベルズが済ませておりますわ。ただ、呼び戻しが急でしたので、こうして直接参りましたの。問題ありませんわ」
スクルズがわずかに身を引き、背後の男を示した。
冒険者風の青年が一歩進み、丁寧に会釈する。
「ロウと申します。診療そのものはスクルズ殿が行いますが、この治療の特性上、俺の術が必要とされます」
この男も術遣い──?
マアは目を細めた。
「冒険者が治療だなんて、聞いたことがないね」
「ベルズが診立てた膝の症状──巡りを元に戻すには、神殿の治療術だけでは不十分ですの。わたしが外側を整え、ロウ様が巡りそのものを動かします。王宮でも限られた方にしか行われていない秘法です」
淡々とした説明だったが、嘘を混ぜている気配はなかった。
「つまり、あんたの魔道と、このロウという冒険者の術、その両方が必要ってことかい」
「そういうことですわ」
マアは一度ロウを見た。
スクルズが筆頭巫女であり、紹介状も本物である以上、こちらが断りきれる話ではない。
「……まあ、治療だと言うならね。筋を通された以上、拒む理由は無いさ」
ロウはゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます。では、部屋に入ってもよろしいですか?」
スクルズがにっこりと微笑む。
マアは、扉の前で無駄に立ち話をしていたことに気づいた。
「これはすまなかったね。入っておくれ」
マアは扉の前から身体を避けた。
スクルズと二人の同行者が事務室へ踏み入ると、ラレンが追随し、最後に扉を静かに閉じた。
部屋の中心にある来客用のソファを促す。
ラレンは入口の扉の前に留まり、そこに立っている。
「まずは診察の前に、お話ししておきたいことがございますわ」
スクルズはそう言うと、長椅子へ腰を下ろした。
すると、続いて、ロウが当然のようにその隣へ座る。
マアは目を細めた。
筆頭巫女のすぐ隣に冒険者が腰を下ろす光景など、これまで一度も見たことがない。
だが、スクルズは、にこにこと満面の微笑みを浮かべたまま、咎める様子すら見せなかった。
一方で、背後に控えたエルフの女は、鋭い視線を部屋じゅうへ巡らせている。動きに一分の隙もなく、彼女が護衛であることは一目でわかった。
「マア様、人払いをお願いできますか。診療の性質上、他の方がいると説明しづらいことがございますの」
スクルズが穏やかな声で言った。
マアは軽く息を吐いた。
「ラレンは残すよ。あたしの手足みたいなものさ。どんな治療でも、ラレンを離す気はないね。あいつなら問題ない」
「承知いたしましたわ」
スクルズが指先をわずかに動かした瞬間、ふわりとラレンのいる扉に向かって風が流れたと思った。
透明な膜が部屋を包み込むような感覚──。
おそらく防音の結界だと、マアにもわかった。
次いで、壁際に控えていたラレンの身体がふらりと揺れ、そのまま静かに床に腰を沈ませた。
微かな寝息が聞こえてくる。
「安心なさってください。しばらく眠ってもらうだけです。目を覚ましたときに覚えていることはありません」
「勝手な真似をするねえ……」
胸の奥がひやりと冷えた。
護衛代わりのラレンが沈んでしまった以上、いまこの部屋で自分を守るものは誰もいない。
だが、もちろん、自分の恐怖を微塵も表に出さない。
六十年も商売の荒波をくぐってきたのだ。恐れを顔に浮かべるなど、最もしてはならぬことだった。
「改めて、時間を頂いたことに礼を申し上げます」
ロウが腰掛けたまま、わずかに身体を前に出した。
「……今日こうして伺ったのは、膝の診療の件だけではなく、治療に先立つ説明を直接お伝えする必要があるからです」
「聞こうじゃないか。王宮でも滅多にやってない秘法とあんたたちは言ったかね」
マアは腕を組んだまま視線を動かさなかった。
スクルズが頷いた。
「衰えた身体の巡りを戻します、失礼ながら、マア様の年齢では、身体の内側が古いまま固まってしまっております。通常の治療術では、巡りは動かせません。表面的なものしか整えられないのです。それはベルズでもわたしでも同じです」
「治療術じゃあ、老化によるものは治療できないというんだろう? いままで、散々と神殿関係者には聞いたよ。あたしの膝も年齢相応の衰えだしね。でも、それを言いに来たのかい?」
「いいえ。ロウ様の術は、その巡りそのものを動かすことができるんです」
「巡りを動かす?」
「ロウ様は、マア様のお身体の若い部分を蘇らせます」
スクルズが神妙そうな口調で言う。
マアは訝しんだ。
若さと蘇らせる……だと?
「そのため、普通の診療とは手順も注意点も異なります。事前に説明しなければ、治療そのものが面倒でして」
ロウがさらに付け加える。
「随分と手がかかりそうな治療だこと……。でも……本当に効果はあるんだね?」
マアは片眉を上げた。
「ありますわ。少なくとも、膝の痛みと古い滞りは、確実に改善できます。問題ありませんわ」
スクルズの声音は静かだったが、曖昧さがなかった。
マアはしばらく黙したまま三人の顔を順番に見た。
そして椅子の背にもたれ、ゆっくりと言った。
「……いいだろう。やっておくれ」
ロウは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。では、治療にあたり、お身体に触れる工程が避けられないことを、最初にご理解いただきたいのです」
「わかった。それで、どうするんだい? こうやって座っていればいいのかい?」
「ただ、その治療の前に、ひとつだけ確かめておかないとならないことがあります。それによって、治療の方法も変わってきますので」
ロウがさらに身体を前に乗り出して微笑んだ。
「なんだい?」
「つまりですね……。俺もスクルズも、イザベラ王女殿下の意を受けてここに来ているということです」
ロウは淡々と言った。
「王女殿下の意を受けて……? ここに来たのは、殿下のご用件だというわけかい?」
マアは片眉を傾けた。
「フィーイの毒」
ロウがぼそりと呟いた。
フィーイの毒──?
エルニア産の魔道毒のなかでも、もっとも厄介で、もっとも厄介ゆえに扱いやすい毒だった。
「それが、なんだい?」
静かに言ったつもりだった。
だが次の瞬間、ロウは首を小さく横に振った。
「白だね。……フィーイの毒と聞いても、まったく動揺がなかった。イザベラ姫様の名を出しても同じ。絶対ではないが──少なくとも、あなたは関与していない側と見ていい」
マアは、ロウが自分にではなく、背後の二人──スクルズとエルフ女に向けて言ったことに気づいた。
「どういうことだい?」
「単刀直入に言いましょうか」
ロウが身体をわずかに前へ倒した。
視線が正面からぶつかる。
「最近──イザベラ王女がフィーイの毒で殺されかけました。俺たちはその調査をしている。辿り着いたのが、あなたの商会に関係する男でした。そいつの名は──」
ロウが告げた名を聞いた瞬間、マアは呼吸が止まるのを感じた。
商会の部下の名だったのだ。
しかもキシダインへの接触を任せている男だ。
つい最近、キシダインへの賂を運ばせたばかりの、あの男だ。
顔に出さぬように努めたが──内側は氷のように冷えた。
「……証拠は?」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「証拠? そんなものをここで呈示する必要があるんですか? 俺たちが知りたかったのは、誰がそれをさせたかということです」
ロウは淡々と告げた。
「ちょっと、待っておくれ……」
マアは思わず声を上げた。
考えたのは、そいつであれば、キシダインの求めに応じて、フィーイの毒であろうと大きな躊躇いもなく渡しそうだということだ。
もしも、この冒険者の喋ったことが真実であれば、商会が大変なことになる。
「あなたが黒幕である可能性もあった。でもいま、ほぼ白と見ました。ただの勘ですけど間違いないでしょう……。ああ、でもその男は黒ですよ。そこまでは調査が終わってます」
「待ちなさい。わかった。それについては、こっちで調べる。もしも、不正があったなら、商会が隠すことなんてない。全面的に協力するさ」
マアは慌てて言った。
もちろん、この男の喋ったことが全て出鱈目である可能性はある。
しかし、多分、真実を語っている──。
そんな気はした。
本当はイザベラ王女の意向でやってきたというのは真実なのだろう。
どうして、神殿と冒険者が組んでいるのかはわからないが。
「不要です。そいつの身柄は、もう確保してあるはずです。俺の仲間はエリカだけじゃないのでね……。いま頃は、あの男の心の中にあるものは全部、吐き出され始めているでしょう。仲間には自白を強要させる魔道が使える者もいますし」
胸の奥がぎゅっと縮んだ。
自白を強要する操心術は高位魔道ではあるが、目の前のスクルズでも、最初に来るはずだったベルズでも扱うのかもしれない。
商会から王女に盛った毒が流れたなどと発覚すれば、さすがにマア商会でもお咎めなしで済むとは思えない。
「捕らえただって……。勝手に乱暴なことを……」
「乱暴?」
ロウの目がわずかに細くなった。
「一国の王女を殺しかけた魔道毒ですよ。誰かが死んで当然の案件でしょう」
そのときだった。
後ろに立っていたエルフ女性が音もなく剣を抜き、滑るような動きで移動すると、マアの喉元に突きつけた。
「ひいっ」
マアは思わず悲鳴をあげてしまった。
「大人しくしていなさい。あなたの部下がキシダインの指示でフィーイの毒を準備したところまでは、すでに判明している。本来であれば、商会ごと潰れて当然よ」
エルフ女の声は鋭く、マアの心臓を瞬時に締めつけた気がした。
女エルフが剣を突きつけたまま怒鳴った言葉が、マアの胸に深く刺さった。
だが、刃そのものへの恐怖よりも、その言葉に含まれた事実の方が、よほど背筋を冷やした。
今朝、キシダインから届いた常識外れの賂の要求。
あれほどの金額を、なぜ突然求めてきたのか──ずっと引っかかっていた。
それが、この瞬間に繋がった。
マアの部下が、キシダインの指示に逆らえず、フィーイの毒を侍女に渡した。
その弱みを握り、キシダインは商会に巨額の賂を要求するつもりだろう。
やり口としては卑劣そのものだが、あの男なら平然とやる。
もし本当にそうなら、マア商会は最悪の場合、王都から消されるか、キシダインに骨の髄まで利益を吸い取られるだけになる。
息が詰まり、膝から力が抜けそうになった。
「まあ、剣を引けよ、エリカ」
ロウが静かに言うと、エルフ女は即座に剣を下げた。
マアはぐったりと背もたれに寄りかかった。
背中には、はっきりと冷汗が滲んでいる。
この場を支配しているのは神殿でもなく、まして商会でもない。
明らかに、この男──ロウだ。
「待っておくれよ。まずは、あたしにも、その部下と話をさせておくれ。もし本当に部下がそんな真似をしたのなら、逃げも隠れもしない。当局にも出頭する」
絞り出すように言ったが、ロウは小さく首を振った。
「当局ね……。この王都の役人たちのことですか? 残念ですが、いまの王都はキシダインの庭です。あなたが出頭したところで、賂でも回れば終わりでしょう」
辛辣だったが、反論はできなかった。
実際、その通りなのだ。
だからこそ、キシダインは王都全体を私物化できている。
そして、このロウはそのことも理解している。
「だから、こうして直接来ました。あなたが本当に困る前に、話をつけておきたかった」
ロウの声は冷静で、感情を抑えていたが、そこに逃げ道は感じられなかった。
「……あたしを、どうするつもりなんだい?」
「それは、部下の口から出てくるもの次第です。ただ、あなた自身を黒と見るなら、こんな穏やかな場は設けていませんよ」
ロウの目がわずかに和らいだ。
「……条件を言っておくれ」
とりあえず、話し合いだ。
それしかない……。
「とはいえ、このまま放っておくわけにもいきません。少なくとも、しばらくは俺たちの管理下に入ってもらうことになる」
「管理下ねえ……。牢に放り込むのかい?」
「それは、俺が決めることではありません。王女殿下に報告したうえで、判断してもらいます。俺たちは、そのための材料を集めているだけです」
マアは唇を噛んだ。
すでに、逃げ道はない。
あとは、少しでも傷を浅くする道を探るしかなかった。
「さて、それでどうしますか、ロウ様? 屋敷に連れていきますか? それともここで?」
すると、たったいままで剣を突きつけていたエルフ女が言った。
連れていく? それとも、ここで? ──その二つの言葉が妙に重く聞こえた。
不穏な言葉に、マアは怪訝になった。
「あまり時間もかけられないしな。どんなに誤魔化しても、外の目を考えると、一ノスほどしか粘れないだろう。ここでいい。奥がマア殿の寝室だと聞いた。そこでしよう」
ロウが急に立ち上がった。
次の瞬間、信じがたいことに、その場で衣服を脱ぎ始めた。
マアは呆気にとられた。
だが、スクルズもエルフ女も咎める様子がない。
それどころか、先ほど凄まじい殺気を見せたエルフ女でさえ、いまは甲斐甲斐しくロウの脱いだ衣服を受け取り、きちんと畳んでいる。
スクルズもだ。
マアは唖然となった。
「ま、待て。なにをする気だい?」
マアは思わず立ち上がった。
だが、すでに上半身が裸になっているロウが、その腕を逃さず掴んだ。
ぐいと引き寄せられ、反対の手で胴を抱え上げられる。
「マア商会はキシダインの金の供給源だ。あの男に流れる金を止めるためには、あなたの協力が必要になる。王女殿下は金がない。あなたが味方につけば、大きな力になる」
「ちょ、ちょっと待て。お前、なにをするつもりで……」
「あなたを探っているうちに、姫様に使われた毒に辿り着いたのは偶然だ……。でも、あなた自身が白でよかった。それなら、洗脳まではしない。淫魔術で忘れられない快感を刻むだけだ」
ロウはそう言いながら、完全にマアを横抱きにした。
「う、うわっ」
脚をばたつかせて抵抗したが、この年齢ではどうしようもなかった。
ロウは迷いなく部屋を横切り、奥の扉へ向かう。
そこは、マアの寝台のある私室だった。
「お開けしますね……。マア様、防音の結界内ですので、ご安心を……」
スクルズがにこにこ微笑んだまま先回りし、扉を開けた。
マアは寝台に運ばれ、そのままうつ伏せに押し伏せられた。
背中にロウの手がのしかかり、逃げようにも動けない。
「ま、まさか、あたしを犯すつもりかい。正気かい──。あたしは六十を越した婆だよ」
「六十は老婆じゃないさ。十分に抱き甲斐のある歳だ……。それに、これは治療だ。巡りを戻し若さを蘇らせるには、普通の治療術では無理だというのは、あなた自身が知っている。最初にスクルズが言ったぞ」
ロウの声は妙に淡々としていた。
だが、その言葉の奥に、逃げ場のない確信があった。
「ちょ、ちょっと……」
「なんの趣味もないあなたでも、化粧だけには金を惜しまないと調べがついた。俺の術を受ければ、化粧など必要なくなる身体になる。請け負うよ。人生をやりなおす機会をやる。その代わりに、俺の精を受け入れてもらう」
ロウはマアの腰紐を抜き、両手を背中側に引き寄せると、さっと縛り上げた。
抵抗らしい抵抗もできないほど鮮やかな手際だった。
「ひっ、そんな」
声が裏返った。
本当に犯される──。
老女の自分を?
恐怖と困惑が全身を貫く。
「諦めてもらいますよ。大人しく治療を受けてください。悲鳴はいくら出しても無駄です。スクルズが防音の結界を張りましたから」
スカートの留め具が外され、腰から一息に抜かれた。
下半身が下着だけになり、マアは思わず悲鳴を上げた。
「やめておくれ……」
「淫魔に身を委ねる気持ちでいてください。ただしこの淫魔は、あなたが受ける恥辱に見合うだけの快楽と幸福を約束します」
ロウの手が老いた太腿に触れた。
その瞬間だった。
「ひああっ、ああっ」
ロウの指が迷いのない動きで肌をなぞった瞬間、六十年の人生で味わったことのない快感が、いきなり全身を駆け抜けた。