【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「大丈夫ですか……? 身体に負担は? まあ、気がついた範囲で悪いところは治療しましたけどね。随分と無理をしてきたんでしょう。かなりがたがきてましたよ。ひとまず三十年分くらいは若い身体にさせてもらいました」
愉しげな声が耳へ落ちてくる。
マアはゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、状況がすぐには飲み込めない。
寝台に横たわっているらしい。
その縁にはロウが腰掛け、こちらを覗きこんで微笑んでいる。
ロウ……?
そうだ、あたしは──この男に犯されて……。
あの途方もない快感のあと、意識がふっと落ちたのだった。
いつの間にか縄は解かれ、手足は自由になっていた。
ただし、自身はまだ裸のまま。
一方でロウはすでに衣服を整えている。
「あ、あたし……気を失ったのかい……?」
身を起こそうとした瞬間、違和感が全身を走った。
身体が……軽い。
膝も痛まない。
疲労はあるのに、身体の重さがまったくない。
若いころに戻ったような、不思議な感覚だった。
「気を失ったのはほんの少しですよ。……エリカたちを呼びますね。身体が怠いでしょうし、服を着るのを手伝わせます。遠慮はいりませんよ」
待てと言う前に、ロウは扉の向こうへ声をかけていた。
慌てて裸身を両手で隠す。
──そのときだった。
胸のあたりに、これまでの自分とは噛み合わない張りを感じた。
視線を胸に落とす。
自分の乳房ではない──。
いや、胸だけではない。
腕、脚、指先……肌の艶がまるで別人だ。
関節の皺もくすみもない。
みずみずしさが身体の表面から立ちのぼるようだった。
マアは息を呑んだ。
「ロウ様……ご苦労様でしたか……。うわっ?」
エルフ族の女──エリカが入ってきた途端、マアの顔を見るなり目を見開き、彼女が言葉を失った。
「終わりましたか……? ──えええっ……」
扉を開けて入ってきたスクルズも言葉を途切れさせた。
その視線は、寝台に腰かけているロウと、その隣で身を起こしているマアに注がれていた。
すでに室内にいたエリカもまた、マアの顔を見て息を呑んだままだ。
「マア様……ですよね? これは……本当に……?」
「ロウ様、これは、やり過ぎでは……。というか、こんなこともできたんですか?」
スクルズとエリカの反応は、ただ事ではない。
マア自身も、自分の肌艶が異様に良くなっていることは感じていた。
だが、二人がここまで狼狽する理由は掴めなかった。
「若返って……ますね……。ですが、まさか……こんなこと……あり得ません……。若さを取り戻す術は魔道十二戒に引っかかって……。いえ、そもそも、禁忌の術でも不可能なはず……」
スクルズは言葉を探すようにマアの顔と身体を見つめている。
「変身術……とは違うみたいですね……」
エリカも唖然となっている。
「若返ってはないぞ。つまりは、淫魔術による単なる治療だ」
ロウが微笑を浮かべたまま言った。
「治療? これが治療術なのですか?」
スクルズは驚いたままだ。
「……ロウ様。それは……治療術ではありえませんわ。老化を治す術は、この世界には存在しません」
スクルズはいつもの落ち着いた声音を保とうとしているようだったが、指先がわずかに震えており、その動揺はマアの目にも隠しきれてはいなかった。
「つまり……これは……淫魔術ということなのですね?」
エリカも顔色を変えていた。
「淫魔術……?」
マアだけがその単語の意味を掴みきれないまま取り残されている。
スクルズが深く息を吸い、マアの腕をそっと取った。
「マア様……言葉で説明するより、鏡をご覧になる方が早いと思いますわ。どうか、こちらへ……」
半ば導くように、化粧台の前へ促された。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。あたしは、まだ裸で……」
「そんな問題じゃありませんわ。さあ、お早く──」
シーツを手に取るいとまを与えられず、全裸のまま、スクルズに半ば引きずるように姿見の前に連れて来られる。
目の前には、昔から使い込んできた大きな鏡がある。
その姿見に全裸のマアの姿が映り込む──。
「う、うわっ……。えっ、えええっ──」
思わず、口から悲鳴が漏れた。
そこに映っていたのは──マアであり、マアではなかった。
六十を過ぎた老いた女ではない。
どう見ても三十代前半ほどの、張りのある肌と整った輪郭をした若いころの自分だった。
驚いて、顔を姿見に近づける。
肌が瑞々しさを取り戻しただけでなく、皺もなく、眼のたるみもない若いときのままのマアの顔だ。いや、もともとのマアよりも美しくなっているかもしれない……。
あまりの現実離れした光景に、マアの思考は完全に止まった。
「化粧が趣味だと聞いていましたからね……。老いを気にしていたでしょう? だから贈り物ですよ」
ロウの声が、鏡越しに背後から落ちてくる。
「贈り物って、これは……」
「最初に言った通りです。俺という淫魔に魂を売った代償に、若さをあげましょう……。ただし──見た目だけじゃありません。筋肉も内臓も、骨格の歪みも、本来の状態に治療しておきました。三十年前の正常値です。まあ、見返りはもらいますけどね」
マアはロウの言葉の半分すら頭に入らなかった。
それよりも、彼の声を聞くだけで胸の奥が温かく波打ち、若返った身体がそのまま声に反応していることの方が、よほど恐ろしかった
鏡に映る女から目を離せない。
なにこれ……。
あたし……?
本当に……?
若返りなど不可能だと、人生を賭けて知ってきた。
化粧で誤魔化すことに必死だった自分が、いまは全裸のまま若い肌をさらしている。
老人として積もらせてきた威厳と、若い女の裸が、鏡の中で噛み合わずに軋みを立てるようで、思わず目を逸らしたくなった。
変身具や幻術でも、こんな自然な身体そのものは絶対に作れない。
そんなことは、金にものを言わせて、大陸中から美容に関する化粧品や魔道具や魔道薬を集めさせたマアには百も承知だ。
老化だけは、どんなに金を積んでもどうにもならないのだ……。
しかも、目の前のこれは……。
それでも、鏡の向こうにいるのは──紛れもなく、自分自身だった。
マアは息が止まった。
姿見にいるのは紛れもなく自分だが、心が追いつかず、胸の奥がざわざわと落ち着かなくなる。
失ってきた三十年が一気に戻され、身体よりも先に心の方がゆっくり若返っていくような、不思議な浮遊感があった。
「し、信じられないよ……」
やがて、マアは震える指先で自分の頬の線をそっと撫でた。
そのとき、背後からスクルズが息を呑む音が聞こえた。
「……本当に……若返っておられますわ……。ロウ様、これは……禁忌の領域です。治療術では絶対に到達できません……。これを治療術と呼ぶべきではありませんわ」
スクルズの声は震えていた。
動揺を押し殺そうとしているが、まったく隠せていない。
「ロウ様……これは……外見だけでなく、身体の中も実体として若返っているんですか?」
エリカも、あまりの衝撃に声を失っていた。
「いや、待てよ、ふたりとも。そんな特別なことじゃないぞ。スクルズだって、愛し合うたびに少しずつ肌は若返っているぞ。十代後半くらいにな。気づいていなかっただけだ。乳だってしっかりと張っているだろう?」
「えっ?」
スクルズは一瞬きょとんとしたあと、自分の胸元へちらりと視線を落とした。
その頬がわずかに赤く染まる。普段冷静な彼女らしからぬ、戸惑いを押し隠せない仕草だった。
確かに、巨乳にして張りもあるが、まあ、スクルズはまだ二十代前半のはずだから、もともと若い。数歳くらい若返っていてもわからないか……。
「……でも、これ、やっぱり拙いんじゃないですか。若返りなんて……」
エリカだ。
「とにかく、若くはなってない。肌の衰えや皺だって、ある意味、病気だ。それを癒やしただけだ。……だけど、見返りはもらうぞ、おマア……。キシダインを見限って、イザベラ王女についてもらう。おマアの影響できる限りで、自由流通連合の商家を動かしてもらう」
ロウは淡く笑いながら言った。
「だけど、若返りなんて、大変な騒ぎになりますよ
エリカが困ったように眉を寄せ、ロウへ言った。
「そうか? おマアのことだから、若返りの妙薬でも手に入れたと説明すればいいだろう」
「冗談じゃない……そんな妙薬があるわけないだろ……」
マアはかすれた声でつぶやいた。
「一個だけあったということにすれば? それで、ほかの夫人方に強請られずに済む。もうないって言えばいいんじゃないか?」
ロウがさらりと言う。
「うーん……。通用しないと思いますけど……。若さが戻るって知れたら、魂だって売り渡す女は山ほどいる気がします」
エリカが眉をひそめた。
その言い方は現実味がある。
王宮にも商会にも、若さに執着する女はいくらでもいる。
「そうだね……。そんな言い訳、通用するもんじゃないよ。若さに飢えた女は、商家にも宮廷にも腐るほどいるからね……」
マアはぼそりと言った。
「どうしても誤魔化せそうにない相手なら、俺が淫魔術をかけますよ。王女派が広がれば、キシダインにも強く対抗できるようになる」
「……ロウ様って、本当に遠慮がありませんよね……」
エリカは呆れ顔を浮かべた。
一方で、マアはまだぼんやりしている。
淫魔術──それがどういうものなのか、いまひとつ理解が追いついていなかった。
だが、ひとつだけわかることがある。
自分は、本当に若返った。
三十年分も……。
身体の芯から力が湧き上がっている。
膝の痛みも、指のこわばりも、背中の重さもすべて消えた。
なんという奇跡……。
もう一度、姿見に振り返る。
鏡の中には、かつての自分がいる。
仕事に身を投じすぎて恋もせず、誰にも頼らず、いつの間にか失ってしまった──あの頃のマアが……。
二度と手に入れられないはずのものが……。
「でも……ロウ様は本当に凄いですね……。こんなことまでできるなんて……。まずは、マア様には化粧をしていただきましょう。そのままだと、劇的すぎて、誰が見ても騒ぎになりますわ」
スクルズが口を挟んだ。
「それで誤魔化せる?」
エリカがスクルズに返す。
「マア様は普段あまり人に会われない方ですし……、まあでも、魔道具を使うしかないですね」
「魔道具……かい?」
マアは振り返りスクルズを見た。
「……元の老女に見えるよう調整した“欺騙リング”を数日で用意します。それを使えば、外見の若返りは隠せますわ。とりあえず、いまはお化粧で誤魔化しにしましょう」
「問題ありありだけど……まあ、それしかないでしょうね……。とにかく、おマアさん、魔道具が使えない場所も多いので、ばれないようにしてくださいね」
エリカがマアを見ながら肩を竦める。
「ああ……」
マアは頷いたが、“おマアさん”──?
なんて、親しげな呼び方……。
悪くないけど……。
「とにかく、おマア様。若返った理由なんて、絶対に誰にも言わないでくださいね……。そんなもの広まったら、王都中の老女がロウ様に押し寄せますよ。犯されるために、列を作ります」
「そりゃあ……困るな……」
ロウがやっと困った顔を見せた。
マアは自然と膝が折れた。
命乞いでも取引でもない。
若返った身体が、この男の前では膝をつくものだと理解してしまったように、迷いなく床に触れた
「……ロウ……いや、ロウ殿……。う、嬉しい……。本当に嬉しい……。本当に奇跡だよ……。なんでもするよ。ロウ殿の言う通りにする。魂でもなんでも差し出す。だから、この若さを……どうか、解かないでおくれ」
震える声でそう告げると、ロウは頭をかいた。
「逆に戻せと言われても困るんです。支配した女を治療することはできても、その逆はできませんからね。元に戻るなら、三十年待ってください。どうしてもすぐに戻るには、俺の支配を解除するしかない」
「……なんでも言うとおりにするよ……。お願いだから支配を解かないで……。ああ、イザベラ王女だね。もちろん忠誠を誓う。誓うとも──。このマアは王女殿下を全力で支えるよ。約束する」
この若さを与えてくれた男が望むなら、なんだってする。
かつて男に媚びなかったはずの自分が、いまは迷わず膝をつき、王女への忠誠を誓っている。
その事実が、どうしようもなく甘い
「お願いします。……とりあえず、王女に自由流通のことを教えてあげてください。世界のことも……。とにかく、あなたの知識を全部、彼女に叩き込んで欲しい。これから彼女には、そういう教師が必要になります」
「それは素晴らしいです。さすがロウ様です」
スクルズが笑みを浮かべた。
「週に一度ほど、王女の家庭教師をお願いできますか? それと、商会の女史を集めて経済や民政の勉強会を開くなど……。王女サロンを作れば、同世代の味方も増やせます」
「へえ……。ロウ様、それはいいかもしれません……。確かに、自由流通の成功に興味のある者は多いですし、王女サロンなら殺到しますよ。人選は大変でしょうけど……」
エリカが感心したように言った。
「それと……ひとつ相談があるんです。中小貴族を味方につけるための新しい流通網を作ろうと思ってます……。冒険者を運び手に使った、中間搾取の起きない仕組みです。あなたの知恵を借りたい」
「中小貴族ってのは、数だけはいるからね……。そこを押さえれば、勢いそのものは悪くない。現状、王女殿下がつけいる場所は、確かにそこくらいだろうさ。まあ、やれなくはないだろうね……」
「ありがとう、おマア」
ロウが破顔した。
マアはその笑顔を見ただけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような不思議な感覚に襲われた。
ああ、神様──いや、違う。
この奇跡を与えたのは、ロウだ……。
胸の奥がじんわりと熱く満たされていく。
若返った身体の奥で、ロウという男に触れられた快感がまだ余韻として脈打っており、それが幸福感に変わって波のように広がっていった。
24話『熟女レイプ』の奇跡──
25話『女官団の萌芽』に続く──