【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
昼下がりの王宮敷地内──。
一郎たち四人は、商人用の通用門から王宮に入り、石畳を踏みしめながら、王妃宮へ向かって歩いていた。
今日の一郎の役目は、キシダイン派の女豪商マアから、王妃アネルザへ贈答されるデセオ公国産の高級男娼奴隷である。
ローム三公国の最奥に位置するデセオ公国は、享楽と退廃を国是とする、風変わりな性風俗で知られる国だ。
その中でも「高級男娼」となれば、技巧、容姿、希少性のすべてを兼ね備えた、選び抜かれた存在だけがなれる高位職らしい。
まして、その男娼が「奴隷」として献上されるとなれば、値を付けることすら難しいそうだ。
最高級の性商品──。
それが、いまの一郎に与えられた立場だった。
首元に嵌められた奴隷用の首輪が、歩みに合わせてわずかに揺れる。
その重みを、一郎は確かに感じ取っていた。
「……やっぱり、正規ルートで王宮内に入ると勝手が違うな」
思わず一郎が零した言葉に、前を歩くシャングリアが振り返る。
今日のシャングリアは、マアの名代でやってきた奴隷商人だ。
変身魔道具で姿を変え、四十過ぎの人間族の女奴隷商人に扮している。いまのところ不自然さは全くない。
猪突猛進型のお転婆女騎士だと思っていたシャングリアの意外な演技の才能に、いまも少し驚いている。
派手さはないが仕立ての良い外套、腰には帳簿と契約書を収めた革袋。歩き方も視線の配り方も、長年商売をしてきた女商人そのものだ。
「当たり前だろう。いつもは移動ポッドで勝手に出入りしてるだけじゃないか。あれも本当は違法なんだぞ」
シャングリアが小さく笑う。
変身用の魔道具で外見は変わっているが、喋る口調はいつものシャングリアだった。
「違法はスクルズだろう。俺のお願いに、一言の文句も言わずに、王宮に出入り自由の移動魔道具で繋いだんだからね」
一郎は笑った。
王宮に入るのは何度も経験しているが、実は正門を通って正式に入城するのは初めてだ。
だから、正式に城門をくぐるのも、王宮敷地内を歩くのも全くの初体験なのだ。
視界の右手には、太陽宮と呼ばれる正殿がそびえている。
白亜の巨大な建物は、国王ルードルフの政務放棄など感じさせない威容を保っていた。そのすぐ隣には、やや落ち着いた造りの王妃宮があり、さらに奥には後宮の建物群が重なり合うように連なっている。
「姫様の離宮は見えないな」
一郎は呟いた。
「小離宮は敷地の端だからな。ここからじゃ無理だ。太陽宮の裏に後宮館があって、その向こうに近衛軍の詰所や議会館が並んでいる。そのさらに奥、王宮内の森林地区を挟んだ先が、小離宮だ」
シャングリアが説明した。
「なんで、そんな遠くにあるのよ?」
コゼが横から口を挟む。
元奴隷のコゼだが、今日の役は奴隷商人の見習い女手代だ。
実用本位の衣装ながら布地は上質で、商会の紋がさりげなく織り込まれている。若いが、きちんと教育された商家の人間だとわかる装いである。
「王妃陛下の意向という噂だな。キシダインと後継者争いをしている姫様を政務から遠ざけるために、そうさせていると言われている」
シャングリアが言った。
「なるほどね……。それにしても、シャングリアも詳しいな。よく知っている」
一郎は感心して言った。
「一応は、わたしも貴族令嬢だ。しかも、西の辺境地帯とはいえ、伯爵令嬢だしな。最小限の知識はある」
「ご令嬢様に、女騎士。ついでに、ご主人様の性奴隷。あんたも忙しいわね」
コゼが軽口を叩いた。
「ついでは、令嬢と女騎士の方だな」
すると、シャングリアが声を上げて笑った。
「それにしても、今日は、あんた大人しいわね、エリカ?」
コゼが、一郎の横を歩いているエリカに声を掛けた。
今日は四人だけだが、シャングリアとコゼが奴隷商側で、一郎とエリカが商品という立場になっている。
「うるさいわねえ……。なんで、わたしだけ、こんな格好なのよ……。ロウ様は普通なのに……」
エリカは、恥ずかしそうに身体を手で隠しながら不満を口にした。
一郎は苦笑する。
そもそも、贈答品になる奴隷が身につける服装など知らないので、案を出したのは元奴隷のコゼである。
その結果、一郎については、エリカとともに奴隷役だが、その服装は確かに比較的まともになった。
高級男娼奴隷の役に相応しい、身体に沿った革の装束ではあるが、露骨な露出はなく、線の美しさと質の良さが一目でわかる衣装だ。
売り物として、できる限り格好よく見せるための格好らしい。
それに対して、エリカの姿は明らかに異質だった。
白エルフの身体を覆っているのは、衣装と呼ぶには心許ないほど薄く少ない白布だけだ。
身につけているのは、胸周りと股間の布、膝まで編み上げのサンダルだけで、あとは飾りの腕輪と、首の奴隷の首輪しかない。
乳房の半分は露出して、腹部も脚も晒されている。歩くたびに白い肌が陽光を弾き、黒い奴隷の首輪がいやに目立つ。
一郎の感覚では、小さな白ビキニ姿というところだ。
「……まだ言ってんの? 売り物のエルフ族の女奴隷なんて、そんなものよ。デセオ産の性奴隷に比べれば格下なんだから……。それよりも、恥ずかしがって手で隠さないのよ。不自然でしょう」
叱ったのはコゼだ。
だが、エリカが即座にコゼに睨み返す。
「仕方ないでしょう。好きで着てるわけじゃないのよ。恥ずかしいのよ──」
「だ、か、ら、隠すなって言ってんでしょう──。後手に拘束して歩かせるわよ。好事家用の場合は、そういう演出の性奴隷だって珍しくないんだか」
「なんで、あんたが決めるのよ──」
エリカが大声をあげた。
「ばか──。エリカ、声が大きい……。それに、コゼの言うことももっともだ。本物の奴隷じゃないと怪しまれたらどうする。ここは、コゼに従っておけ」
シャングリアがぴしゃりと口を挟んだ。
エリカが「うう……」と唸って、必死に押さえていた胸元と股間の手を体側に移動させる。
一郎はくすりと笑った。
そもそも、今日、王妃アネルザに献上される男娼奴隷役は一郎である。
最初は、エリカも奴隷商人側の予定だったのだが、嘘が壊滅的に下手くそのエリカは、最終的に、演技が下手だと、コゼが断言して、演技不要の奴隷役をすることになったのだ。
服装もコゼに決められたため、エリカは不当にコゼに意地悪をされている気持ちなのだろう。
まあ、一郎としても、エリカの演技が下手だったのは同意なのだが……。
それに、エリカが妙に大人しい理由が一郎にはわかっている。
一郎にだけ見えるエリカのステータスから、彼女がかなり欲情状態にあることはわかっている。マゾっ気が強く、羞恥責めに弱いエリカなので、どうやら露出の多い服装で歩かされて、かなり欲情をしているようだ。
それが証拠に、まだほかの者には気がつかれてないが、白い腰布の股間部分に、小さな丸い染みができている。
だが、その羞恥が不機嫌そうな外見を装わせているのだ。
「それにしても、もっと王宮内に入るときには厳重に調べられると思ったな。おマアの紹介状があったからか?」
一郎は話題を変えた。
実際、王宮正門は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
用向きと人数を届け出て、紹介状を提示するだけ。武器も取り上げられなかった。
「いや、王宮内に入るだけなら、いつもあんなものだ。もっとも、王妃宮に入る前には、厳重な確認があると思うぞ。武器も預けるし、魔道も完全に管理される」
シャングリアが笑う。
「魔道といえば、入門のときに魔道力の有無も調べられなかったな。魔道封じとかもなかったし」
「王宮内には魔道封じの結界があちこちにかかっているんだ。魔道を許可された者だけが与えられる腕輪なしでは原則として魔道が使えない仕組みなんだ」
シャングリアが応じた。
「へえ、そうなの? でも、あの乳女って、そんな腕輪をしている形跡なかったけど? 平気で移動ポッドを王宮内に繋いだし」
コゼが口を挟んだ。
「だから、原則なんだ。もともと、高位魔道遣いを封じる広域の魔道封じの結界なんか無理だ。スクルズほどになると、魔道封じの枷も難しい。あいつを封じる魔道封じともなると、多分、国宝級になる」
シャングリアが答える。
「まあ、なにげに魔道だけはすごいしね」
コゼが笑った。
「とにかく、おマアからの紹介状があるし、事前の連絡もしてもらっている。王妃宮だろうと怪しまれはしないだろう。王妃自ら品定めするということになったようだし、対面はできるさ。そうなればこっちのものだ」
一郎は言った。
毒殺未遂事件を受けて、王妃が強引に手を打ってきたイザベラからの当事者の侍女の引き抜きは、なんとしても阻止しなければならない。
一郎にとれる手段としては、王妃を一郎の異能で引き込むしかない。
そのためには、まずは直接に対面する場面を作ることだ──。対面しさえすれば、多分どうにでもなる。
だから、表向きにはまだキシダイン派の重鎮の女豪商のままのマアに、手紙を書いても貰って、貴重なデセオの男娼奴隷の贈答という仕掛けをしてもらった。
あとは、一郎の仕事だ──。
「うう……なんで、こんなに人が多いのよ……」
そのとき、エリカが呻くように呟いた。
一郎は思わず吹き出してしまった。
確かに、王宮敷地内には、かなりの人手がある。
まずは、通路の曲がり角ごとに配置された衛兵──。目立たないが、逃げ道と見通しを潰す位置取り。監視の線は、確実に張られている。
往来も多い。
役人が書類を抱えて早足で通り過ぎ、神殿服の男たちが低い声で話しながら歩く。装飾過多の馬車が脇道を進み、御者が一行を一瞥してから視線を逸らした。
ほかにも、遠目に鮮やかな外套をまとった貴族らしい男女も見える。
その視線が一度逸れ、そして戻る。
視線の先は、やはりエリカだ。
たったいま、すれ違って役人のひとりは、思わず視線を落とし、慌てて顔を背ける。
別の貴族風の男は、隠す気もなく、露骨に舐め回すように見た。
「……やっぱり、見られてる……」
エリカが低く言う。
「当たり前よ。エルフ族の性奴隷なんて、奴隷商の宣伝用の見せ物みたいなものよ。せいぜい、人目を集めてちょうだい」
コゼがくすくすと笑った。
「他人のことだと思って……」
エリカが恨めしそうな目をコゼに向ける。
やがて、正面に王妃宮が見えてきた。
太陽宮ほどの威圧感はないが、落ち着いた威厳がある。
衛兵の配置は一段引き締まり、ここから先が別の領域であることを示していた。
「ここからが、本番だな」
一郎は小さく呟いた。
いよいよ、王妃アネルザに対面だ──。
「何度も申しあげますが、軍務省としては、決して自由流通に反対しているわけではありません。商業規制緩和と重商主義への移行は、すでに二年も続いているのです。いまさら後戻りを求めているわけではありません」
軍務省の女将校ナールの、凛とした声が執務室に響いていた。
王妃アネルザの執務室では、長机を挟んで数名が席についている。
中央にアネルザ。左右に商務大臣と軍務大臣が座り、それぞれ数名の補佐官を同席させていた。
その軍務省側の末席を占めているのが、若い女将校ナールである。
平民出身らしいが、王位貴族や王妃を前にしても臆する様子はない。背筋を伸ばし、視線も揺れない。
最近は、こういう手合も珍しくなくなった。
商業が急速に発展し、実力のある平民が表に出てくる時代になったということだろう。
「だが、実際、後戻りを提案しているのではないか? 緩和された規制をもう一度強化する。つまりは王国の政策に対する批判であろう」
商務大臣が、椅子の背にもたれたまま口を挟んだ。
「強化ではありません。適切な統制です」
ナールが冷静に言い返す。
「よいかね。自由流通は国家として成功している。この二年で流通は大きく発展し、税収は二倍。翌年にはもっと増えるだろう。これは完成された制度だ」
「完成された制度などあり得ません。常に情勢は変化し、それに応じて制度も柔軟に整えていくべきです」
「黙れ、平民──。そもそも、王妃陛下の諮問という重要な場で、さっきから、なぜ、お前ごときがしたり顔で喋っておる──。口を慎め」
ついに怒りを我慢できなくなった様子の商務大臣が顔を真っ赤にして、机を叩いた。
「やめないかい──」
アネルザは一喝した。
沈黙が部屋に走り、室内の者の視線がアネルザに集まる。
「……わたしの前で身分を持ち出すんじゃないよ。ここは政策議論の場だ。わたしが許可してるんだ。慎みな」
アネルザの言葉に、商務大臣は小さく頭をさげた。
「申し訳ありません……。いずれにしても、いまさら規制などと言われては、市場が萎縮する。これが結論です」
商務大臣はそれだけを喋ると、今度は黙り込んで背もたれに体重を預ける体勢になった。
アネルザは、机上の羊毛紙に指を置き嘆息した。
「……まあいい。今日はここまでにしようか。次は商務も案を持ってきな」
アネルザの言葉に全員が頭をさげ、部屋を退出していく。
全員が出ていくと、またもや疲労感を覚えて、アネルザは大きく嘆息した。
今日の集まりは、流通規制についての軍務省提案に対するアネルザの求めに応じて集めた商務省と軍務省の関係者を集めた諮問会議だった。
いまここで、結論を求めるつもりはなく、アネルザ自身の勉強会の側面である。
だが、思いのほか熱い議論になった。
軍務省提案とはいうが、おそらく考えたのは、あのナールなのだろう。その主張も、商務大臣の反論も頭に入れた。
だが、理解はしている。判断もついている。
集中がわずかに削がれているのがわかる。
疲労だろうか……?
ふと、昨夜の感触が、脈絡もなく蘇った。
命じられるまま膝をつき、声を殺し、ただ役割を果たしていた男奴隷を相手にやった性行為──。
身体は反応した。
情欲の発散はできた。
だが、それだけだった。
なぜか、満ち足りない……。
それがアネルザの疲労感を助長している気がする……。
「おっと、いかんね……」
アネルザは、その思考を切り捨てる。
「……王妃陛下、奴隷商人と会う刻限がすぎておりますが、いかがいたしますか?」
アネルザ付の女官長の声に、アネルザは顔をあげた。
机上の羊毛紙から視線を離し、静かに息を吐く。
「マア商会からの贈答品だったね?」
低く呟く。
マアが毒に倒れたという報告は、すでに受けている。
表舞台から退き、引退の挨拶とともに贈り物を寄越すと手紙に書いてあった。
最後の見栄か、あるいは別れの挨拶として奮発したのかもしれない。
デセオの高級男娼奴隷といえば、実際のところ金を払えば入手できるというものではない。
享楽と退廃を国是とするあの国であり、ハロンドールと異なり、娼婦や男娼というのは、国中から尊敬をされる名誉職なのだ。
だから、本来は奴隷になどなる身分ではなく、しかも、その「一級品」と呼ばれる男娼となれば、単なる性の商品ではない。
容姿、技巧、希少性、そのすべてを兼ね備えた嗜好品であり、同時に権力の象徴だ。
それを入手できるなど、倒れたとはいえ、女豪商として一代の名をあげたさすがのマアだと思う。
そのマアに、誰が毒を盛ったのかまではわからない。
だが、キシダイン派の資金を支えていたマアの後釜が、あの男にかなり近い立場にいると聞けば、思い当たる節がないわけでもなかった。
また、調子に乗ったのだろうか……?
だが、それも今はどうでもいい。
贈答品そのものに、不自然さはない。
「デセオの男娼奴隷の一級品だったか……。マアによれば、面白い余興ができるから、是非見てくれということだったね」
興味深い男娼奴隷のことを考えた瞬間、胸の奥に残っていた倦怠が、ほんのわずかに揺らぐのを感じた。
未知への興味と、身体の底に熾火のように残る焦燥が癒やされるかもしれないという期待が、わずかにアネルザの気力を呼び戻す。
「行こうか。王妃宮の中庭だったね」
アネルザは立ち上がった。