※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

224 / 263
220 王たらん理由

 寝室には、外界の気配が届かない。

 重い静けさだけが満ち、魔道灯の淡い光が、一定の明度で室内を照らしていた。夜はすでに始まっているが、まだ深まりきってはいない刻限のはずだ。

 もっとも、目隠しをしているアネルザには、魔道灯の光は漠然とした明るさでしか感じないし、刻限を示す魔道具の表示を知ることはできない。

 

 すでに侍女たちは完全に下がらせている。

 理由は告げていない。王妃が寝室で、ひとりで過ごすと告げれば、それ以上の詮索は許されない。

 

 寝台の中央に座り、あぐらに脚を組む。

 首には首環──。後部から短い鎖が伸び、その先にふたつの枷が繋がっている。両手首は、その枷に嵌められている。

 自然にあぐらの姿勢のまま、背筋は伸ばされる。

 

 視界は、完全に閉ざされていた。

 目隠しが、強すぎず、緩すぎず、適切な圧で眼を覆っている。

 それは自分で用意したものではなかった。

 いつの間にか、ここにあったものだ。

 

 目隠しにしても、首環付きの拘束具にしても、気がつくと寝台の上に置かれていた小さな箱の中に収められていた。

 

 誰が、どうやって──?

 考えようとして、すぐに意味がないと悟った。

 王妃宮の警備は、形式だけのものではない。

 女官、侍女、近衛、それぞれが役割を分担し、私室への物品の出入りは厳密に管理されている。

 それをすり抜けて、昼間は手紙を残し、夜の前には拘束具を入れた箱を置く。

 そんなことをできる存在が彼らなのだろう。

 王宮の常識の外側すぎて、やり方が想像が及ばないが……。

 

 ロウの指示が記された手紙を見てから、なにも手がつかなくなった。

 机に向かっても、書簡を手に取っても意識が続かない。判断力は冴えているはずなのに、頭は夜のことを想像する以外には全く働かなかった。

 

 夕食は、早めに軽く済ませた。

 その後、侍女たちに命じ、いつも以上に念入りに身体を磨かせた。

 奇妙なことに、下腹部に刻まれた淫紋も、股間に生えた小さな男根も、侍女たちには、まったく見えていないようだった。

 そのことに気がついたのは、三日前の夜だ。

 三日前、白い空間で施された身体の異変で、一番の問題は、それをどう説明するかだった。

 だが、結果として、説明は不要だった。

 開き直ったアネルザが、入浴の際に侍女たちの前で裸になっても、誰ひとり怪訝な反応を示さなかった。視線も留めない。下腹部の淫紋についても、女性器とは別にある小さな男根についても、そこにはなにもおかしな存在はないかのように振る舞っていた。

 ただ、なぜかアネルザの肌が随分と綺麗になっていると喜んでいた。

 

 唖然とし、同時に安堵した。

 翌朝の日課である診断でも結果は同じだった。治癒官も、宮廷魔道師も、異常を見出せなかった。

 明らかに呪術的な変化を、熟練の高位魔道師でさえ認識できない。

 信じ難いが、それが現実だった。

 

 ならば、咎められずにアネルザの寝室に箱を届けることも、侍女の運ぶ王妃宛の手紙に、ほかの手紙を忍ばせることも可能なのだろう。

 ロウたちの力の一端が、ようやく理解できた気がする。

 

 いずれにしても、さすがに、王宮警備の在り方について、見直す必要もあるかもしれない──。

 そんな思考が浮かび、苦笑が漏れた。

 

 もっとも……いまはそれどころではない。

 

 身体は整えた。

 薄く化粧も施した。待つ以上、そうしたかった。

 

 いまのアネルザは寝台の中央だ。

 あぐらをかいた姿勢のまま、目隠しをし、首環を装着し、首の後ろで腕枷に両手首を繋いでいる。

 

 箱の中にあった枷は、最初は開いてはいた。

 だが一度閉じれば、開かない構造だというのはすぐにわかった。鍵は箱の中には入っていなかった。

 つまりは、万が一、ロウが来なければ、朝までこのままという可能性もあるということだ。

 目隠しも同じだった。眼を覆う部分は布だったが、後ろは金属で締めつける構造で、それを締めるともう外れなくなった。

 目隠しをして拘束された全裸姿のまま、侍女たちと対面する光景が脳裏をよぎった。

 不安が胸をかすめた。

 

 それでも──期待のほうが、勝っていた。

 刻限は、もうすぐのはずだ。

 アネルザは、身じろぎひとつせず、ロウを待ち続けている。

 身体はなにもしないのに、火照りきっている。

 両方の乳首は固く勃起し、あの小さな男根もまたしっかりと屹立しているのを感じる。

 女の部分はじゅくじゅくと濡れている。

 そんな淫らで恥ずかしい姿を、こうやって自ら拘束して待ち受ける……。

 その惨めさが、アネルザをどうしよもなく欲情させている。

 

 そのときだった──。

 

「……アネルザ」

 

 不意に、すぐ傍で声がした。

 

「ひっ──」

 

 反射的に、アネルザの身体が跳ね上がった。

 喉から短い悲鳴が漏れ、背筋が強張る。

 目隠しの向こうに、気配はなかった。

 まったく、直前まで、なにも感じ取れなかった。

 それが、恐怖として先に来た。

 

 だが──。

 

 その声の主が誰かは、考えるまでもなくわかった。

 胸の奥が、一気に熱を帯びる。

 歓喜が込み上げ、思わず身を乗り出しそうになるのを、必死で堪えた。

 頭の後ろで拘束された腕が、わずかに引かれる。

 平静を装おうとする意志とは裏腹に、心臓の鼓動が暴れ出していた。

 

「……ロウ、か」

 

 声が震えないように、意識して低くする。

 だが、自分でもわかるほど、呼吸は浅く、速くなっていた。

 

「ど、どうやって……。まったく、気がつかなかったよ」

 

 言葉を選ぼうとして、失敗した。

 本当は、それ以上に言いたいことが山ほどあった。

 会えたことが嬉しい。

 来てくれたことが、ただそれだけで救いだった。

 だが、それを口に出すのは、いまではないと、理性が歯止めをかける。

 

「そうだろうな。実は、アネルザから気配を感じる力を一時的に抜いている。だから、わからないんだ。声は聞こえても、どこにいるかもわからないだろう?」

 

 ロウがくすくすと笑う。

 

「えっ?」

 

 驚いたが、確かに声は聞こえる。

 しかし、確かに、どっちの方角から聞こえるのかが、まったく知覚できない。

 背後から声をかけられたのか、それとも前からなのか。あるいは、右──? いや、左?

 全然、わからない。

 こんなことがありうるのか……?

 

「どうして、そんなことを……?」

 

 アネルザは唖然として訊ねた。

 

「そっちの方が面白いからだ。触られる直前まで、責められる場所も、方向も認識できない……。目隠し遊びの醍醐味だ」

 

 すると、突然に右の乳首が軽く擦られた。

 

「ひっ、あひいっ」

 

 触れて、すぐに離れるくらいの微細な刺激だったのに、アネルザは、全身から一斉に汗が噴き出したかと思うくらいの衝撃とともに、あぐらになっている裸身をびくんびくんと跳ね踊らせてしまった。

 

「ただ目隠しだけじゃなく、気配も感じなくなっていると、肌の触感は異常に敏感になるだろう?」

 

 ロウの言葉に、アネルザはかっと身体は熱くなった。

 

「と、ところで、まさか……侍女たちには危害はくわえてないよね?」

 

 王妃としての問いかけが、遅れて口をついた。夜這いはいい。しかし、さすがに、侍女たちや衛兵に危害が加わるのは困る。

 侵入者が来ることを告げずに、ロウを受け入れたのは、アネルザの我が儘だ。

 それにより、彼女たちが怪我をしたりすれば、さすがに、アネルザも気が咎める。

 それを聞いて、ロウが軽く息を吐く気配がした。

 

「まさかだよ。大丈夫だ……」

 

 すぐ近くで、気負いのない声が返ってくる。

 やはり、声だけだと、方向さえもわからない。

 

「明日まで戻らなくても心配しなくていい。巡回も、疑えないように処置してもらうよ」

 

 その言葉に、アネルザは眉をひそめた。

 

「明日まで……戻らない?」

 

 不安が胸をよぎる。

 

「実際には、終われば帰してやるよ。心配するな」

 

「どういうことだい。それは? ……また、どこかに連れ出すのかい」

 

「さあね」

 

 含みを持たせた声だった。

 

「さ、さあって、困るよ──。それに、王宮には魔道封じもある。魔道で出入りはできないし、できたとしても、必ず警告音が鳴る」

 

「そんなことは一度もなかったぞ……。ただ、自分でこうして拘束までして待ってたんだ。俺が来ることを予告されても、誰にも告げずに。なにをされてもいいのは覚悟のうえだろ?」

 

 言葉が、静かに突き刺さる。

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「だったら……連れ去られて、なにをされても、文句は言えないよな」

 

「な──」

 

 抗議の言葉を探すより先に、身体が反応していた。

 喉が鳴り、呼吸が一段、荒くなる。

 すると、ロウの指がアネルザの脚に触れたのがわかった。

 縄の感触が、肌に当たって、まだびくりと身体が反応する。

 

「ひっ──。な、縄かい……? なにをしているんだい?」

 

 動揺が声に滲む。

 

「ただの縄掛けだ……。アネルザが、耐えられないくらい恥ずかしい仕打ちをする。それだけだ」

 

 ロウの声は、どこか楽しげだった。

 言いながら、縄が動き続ける。

 あぐらをかいた脚に、するりと回され、絡め取られていく。

 無造作に見えて、無駄がない。

 締めるべきところと、逃がすところが、はっきりしている。

 

 膝が引き寄せられ、姿勢が固定されていく。

 あぐらの形のまま、脚がほどけないよう、的確に押さえ込まれていくのがわかる。

 

「……くっ」

 

 声にならない息が漏れた。

 羞恥と期待が、同時に押し寄せる。

 首環に繋がれた腕枷が引かれ、背筋が自然と伸びる。

 逃げ場がないことが、身体で理解できた。

 

 気がつくと、呼吸が明らかに乱れていた。

 胸が上下し、吐息が熱を帯びる。

 自分が、これほどまでに動揺していることを、アネルザ自身が一番よくわかっていた。

 

 待っていた。

 望んでいた。

 それでも、いざこうして触れられると、理性が追いつかない。

 

 アネルザは唇を噛みしめた。

 歓喜と恐怖と羞恥が入り混じり、身体の奥で、熱が渦を巻いている。

 ロウは、確かに、ここにいる。

 それだけで、すでに、心は追い詰められていた。

 

「さて、準備完了だ。さあ、いくぞ」

 

 ロウがアネルザから離れる。

 すると、またもや、一切の気配を遮断される感覚が襲う。

 

「ま、待って、離さないおくれ」

 

 不安を覚えて、アネルザはついそんな言葉を吐いてしまった。

 しかし、なにも起きない。

 感じない。

 その時間が続く。

 

「ロウ? どうしたんだい? 急にどうかしたかい?」

 

 ロウの気配が離れた瞬間、室内は再び、異様なほどの無音に沈んだ。

 音も、気配もなにもない。

 本当に、なにも感じ取れない。

 

 目隠しの内側で、アネルザは眉をひそめた。

 耳を澄ます。

 呼吸を抑え、わずかな息の音を探ろうとする。

 だが、寝室は静まり返ったままだ。

 

 ──いない?

 

 そんな考えが胸をかすめる。

 あり得ないと、すぐに打ち消した。

 ついさっきまで、確かにそこにいた。

 

 触れられ、声を聞いた。

 幻であるはずがない。

 

 それでも、不安は消えない。

 時間の感覚が曖昧になっていく。

 一瞬なのか、長いのか、それすら判断できなくなっていた。

 

「ロウ……?」

 

 控えめに名を呼んだ。

 返事を期待していたわけではない。

 ただ、この沈黙に耐えきれなかった。

 

 答えはない。

 喉がひくりと鳴る。

 

 呼吸が少しずつ速くなる。

 胸の上下が、自分でもわかるほど大きくなっていた。

 

 拘束された腕が、無意識に動く。

 だが、首環に繋がれた枷が、それを許さない。

 脚も同じだ。

 あぐらの形のまま、逃げることも、姿勢を変えることもできない。

 

 ──放置されている。

 

 その認識が形を持った瞬間、胸の奥がざわめいた。

 会えた喜びが裏返り、強烈な不安へ変わっていく。

 

「どうしたんだい……?」

 

 声が自然とうわずる。

 

「さっきまで、そこにいたじゃないかい……」

 

 答えはない。

 沈黙が、重くのしかかる。

 頭では理解している。

 

 試されているのだと。

 わざと、放置されているのだと。

 

 それでも、感情は理屈に従わない。

 胸の内側がきゅっと締めつけられる。

 焦燥が、じわじわと膨らんでいく。

 

 本当に、朝まで、この状態だったら。

 想像した途端、背筋が冷えた。

 

「ロウ……ひ、ひどいじゃないかい」

 

 怯えが混じる。

 王妃としての威厳も、理性も、薄れていく。

 

 なぜ、なにも言ってくれない?

 なぜ、置いていく?

 

 動けない。

 逃げられない。

 声を出すことしかできない。

 

 胸が苦しい。

 息が浅く、早くなる。

 

「……お願いだよ」

 

 気がつけば、そんな言葉が唇からこぼれていた。

 誰に聞かせるつもりだったのか、自分でもわからない。

 

 沈黙は、なおも続く。

 ただ、アネルザの内側だけが、確実に擦り減っていく。

 

 限界が来た。

 不安も、羞恥も、期待も、すべてが混ざり合い、ひとつの衝動になる。

 

「わたしを性奴隷にしてくれるって……言ったじゃないかい──」

 

 叫びは寝室の静けさに吸い込まれた。

 返事は、まだない。

 

 だが、アネルザは知っていた。

 この言葉を口にした瞬間、もう、引き返せないところまで来ていることを。

 

 その瞬間だった。

 

 背後から、いきなり肩を強く押された。

 

「うわっ」

 

 声になりきらない悲鳴が、喉の奥で弾ける。

 あぐら縛りのまま、体勢を支えることもできず、身体は前へと崩れ落ちた。

 

 寝台に、うつ伏せに叩きつけられる。

 胸が押し潰され、息が詰まる。

 腹部が沈み、腰が不自然に持ち上がる。

 首環と腕枷が引かれ、背中が反るような姿勢で固定された。

 

「あぁ……ああっ……」

 

 思わず、声が漏れた。

 痛みではない。

 驚きと、予期せぬ体勢への恐怖……とそれを上回る期待からだ。

 すぐ背後に、はっきりとした体温を感じた。

 

 近い。

 あまりにも近い。

 

 なのに、声はない。

 なにも、言わない。

 

 その沈黙が不安を煽る。

 

「……ロウ……?」

 

 呼びかけた声は、情けないほど掠れていた。

 返事はない。

 

 次の瞬間、背中に、ゆっくりとした圧が加わる。

 人の存在を否応なく意識させる重み。

 そして、アネルザが豊かなお尻を抱え込まれた。

 

 間違いなくロウだ──。

 アネルザは確信した。

 まだ、なにも触れてない。

 しかし、アネルザの股間は、燃え立つ樹液で噴きこぼれそうになっているのを知っている。

 

「……前戯は不要だな……。そんなに待ち遠しかったか」

 

 ロウが後ろでくすくすと笑う。

 アネルザの頭にかっと血が昇る。

 

「……待ち遠しかったに決まってるだろう──」

 

 抑えきれず、アネルザは声を張り上げた。

 

「なにも言わずに消えて、あんなふうに放っておいて……どれだけ不安だったと思っている。頭が真っ白になって、それでも、来ると信じるしかなかったんだ」

 

 息が荒く混じり、言葉が続く。

 

「ここで、こうして、身動きもできずに……来るのか、来ないのかもわからないまま、待たされて……」

 

 怒りが滲む。だが、拒絶ではない。

 

「ひどい男だ。こんなやり方で……黙ったまま触れて……人の気持ちを、これでもかと掻き乱して……」

 

 最後は、ほとんど叫びだった。

 

「それでも……それでも、来たんだろう。だから……こんなふうに、言わせるんじゃない──っ」

 

 責める声の奥に、抑えきれない期待と歓喜が滲んでいる。

 アネルザの感情をさらに煽り、逃げ場のない高まりへと押し上げていた。

 

 アネルザの荒い呼吸音が繰り返す。

 ロウが沈黙をすると、また人の気配がわからなくなる。しかし、ロウの手はアネルザのお尻の左右に触れている。

 そのことがアネルザを安堵させ、落ち着きを取り戻させてくれる。

 怒りの棘は残っているが、感情の爆発は収まり、代わりに疲労と安堵が滲み出てくる。

 

「随分と、俺のことを探し回ったようだね?」

 

 ロウの声がした。

 からかうようでいて、どこか柔らかい。

 

「さすがに知ってたかい……」

 

「まあな……。でも……命令で出頭までは、かけなかったか」

 

 くすりと笑う気配が伝わる。

 

「……め、命令は……違うと……思ったんだ」

 

 アネルザは、うつ伏せで、顔を伏せたまま答える。

 自分の声に少しだけ拗ねたような響きが混じっていることに気がつく。

 

「そうか?」

 

「あ、ああ……。でも……お前から、声を掛けてくれると……信じていた」

 

 それは王妃の言葉ではなかった。

 判断でも取引でもない。

 ただの期待だった。

 

 一瞬の沈黙。

 そして、すぐ近くでロウが小さく息を吐く。

 

「……可愛い女だな、お前は……」

 

 低く、独り言のような呟き。

 その一言で、アネルザの胸の奥が、静かにほどけていく。

 不安はまだ残っている。

 だが、拒絶されてはいない。

 触れられている理由が、ようやく、そこに置かれた。

 

 身体は拘束されたまま。

 目隠しも外れていない。

 それでも──。

 この瞬間だけは、待たされた意味が確かにあったと感じていた。

 

 突然だった──。

 開かれた脚の中心に、ロウの怒張が腰ごとぶつかるように、打ち沈められてきた。

 

「ああっ……ああああっ──」

 

 身体がびくりと跳ね、声が勝手に零れ落ちる。

 抑えようとした喉が、まったく言うことをきかない。

 

 歓喜が、まず込み上げた。

 放置され、追い詰められていた分、その反動は激しい。

 

 ロウに犯されている。

 確かに、そこにいる。

 それだけで、胸の奥が一気に熱を帯びる。

 

 そして、律動が始まった。

 

「ああぁ……っ、あ……あぁ……」

 

 うつ伏せのまま、身体が小刻みに震える。

 腰が、無意識に動こうとするのを、拘束が許さない。

 これまでの経験とは全く違う──もっと深く──もっと生々しくて──もっと淫らな欲求が次々と五体を揉み抜いてきた。

 

「ひ……っ、あ……や……っ……」

 

 嬌声が、思っていたよりも大きくなった。

 寝室の静けさに、自分の声が反響する。

 恥ずかしい。

 だが、それ以上に嬉しい。

 身体が勝手に反応する。

 

「……ああぁ……っ、ああ、ロウ……ロウ──」

 

 名を呼ぶ声が自然と甘くなる。

 答えを求めているのに、返ってくるのは沈黙だけ。しかし、だからこそ、ロウの肉棒が圧倒的な存在感となって、アネルザに襲いかかる。

 

 おそらく、この男根から、アネルザは二度と逃げることはできない──。

 心の底から確信した。

 

 歓喜と不安が、同時に膨れ上がる。

 期待と恐怖が、同じ熱で混ざり合う。

 

 逃げられない体勢──。

 見えない相手──。

 そのすべてが、欲情を煽る──。

 

「ああっ……あ……あぁ……」

 

 嬌声が、さらに抑えられなくなる。

 安心したいのに、安心できない。

 だから、身体だけが先に溺れていく。

 

 ロウは、なにも言わない。

 ただ、背後からアネルザを犯し続ける。

 

 その無言の支配がアネルザの歓喜と不安を、同時に極限まで引き上げていた。

 

「ほら、全てを吐き出せ……」

 

 律動を続けながら、ロウの手がアネルザの小さな男根の金属環に触れて外す。

 さらに、怒張を律動させながら、男根をしごかれる。

 

「ひひいいっ」

 

 アネルザは歓喜の声とともに、怒張から欲望を噴き出させた。

 遅れて女の絶頂が襲いかかる。

 

「いぐううっ、うあああっ」

 

 我を忘れて悲鳴をあげた。恥も外聞もない恥ずかしい声だが、抑制することなど不可能だ。

 次いで、全身が突っ張り、拘束されている裸身が反り返る。

 アネルザは男の欲に続いて、女の欲も爆発させた。

 

「アネルザ、もう一度、改めて誓え──。お前は、俺のなんだ──?」

 

 ロウが愛撫と律動を休まずに、いや、さらに激しくしながら声をかける。

 二度目の絶頂の予兆は、一度目の余韻もないまま襲ってきた。

 

「せ、性奴隷だよ──。わ、わたしは、お前の性奴隷だ──あああっ──」

 

 打ち震えながら、アネルザは二度目の絶頂に昇りつめた。すると、それに合わせるように、ロウが怒張から精を放ったのがわかった。

 

 極限の快楽が身体を包み、揉み流れる。全身にはもう力は残ってない。全部、吐き出した。その満足感がアネルザを支配する。

 しかし、その余韻がまだ身体に残っているうちに、ロウの動きが変わった。

 

 強い腕が絡み、身体ごと抱え上げられた。

 怒張を貫かせたまま、乱暴とも言える勢いで体勢を反転させられる。

 

「おんっ」

 

 息を整える間もなく、背中が寝台に落ちた。

 仰向けだ。

 

 次の瞬間、首元でかすかな魔道の気配が弾ける。

 目隠しの留め具が、熱を持つことなく解かれたのだ。いまだにロウの怒張はアネルザの中なので、ロウの腰はぴったりとアネルザの腰に密着している。

 

 目隠しが完全に外れた。

 魔道灯の光が、一気に視界に流れ込み、思わず目を閉じた。

 眩暈に似た感覚──。

 だが、それもすぐに薄れていく。

 焦点が合い、輪郭が戻り、天井ではなく──複数の人影が視界を埋めてきた。

 

「……え……?」

 

 息が止まる。

 

 そして、理解した瞬間──。

 

「うわあああっ──」

 

 心の底からの悲鳴が、寝室に響き渡った。

 驚愕、混乱、否定、そして──逃げ場のない現実。

 そのすべてが、一瞬でアネルザの胸を満たしていた。

 

 視界が完全に戻った瞬間に、アネルザの目に飛び込んできたのは、人の群れだった。

 寝台を中心に、円を描くように取り囲む女たち──。

 二十人近くいる。

 

 思わず、息を呑んだ。

 しかも、彼女たちは、ほとんど裸に近い。

 乳房の上から垂らされているのは、真っ赤な小さな前掛けがひとつ。

 股間も同じく、申し訳程度の赤布で覆われているだけだった。

 

 隠す意志は、感じられない。

 肌は露わで、視線も伏せられていない。

 全員が喰い入るように──アネルザとロウを見つめている。

 

「……な……」

 

 言葉にならない音が、喉から漏れた。

 しかも、知っている顔が、次々と視界に重なっていく。

 

 エリカ。

 コゼ。

 シャングリア。

 

 これは、白い世界で見た顔だ。

 その彼女たちがここにいる。

 

 さらに──。

 

 やけに上機嫌な表情を浮かべる、第三神殿の筆頭巫女スクルズ。

 その隣には、困惑を隠しきれない、同じく第二神殿の筆頭巫女のベルズ。

 敬虔な神殿巫女がなぜ、あんな格好で、ここに?

 心に困惑が拡がる。

 

 そして――。

 

「……ミ、ミランダ……?」

 

 冒険者ギルドの責任者のドワフ族の女だ。

 年長のドワーフの女だが、見た目は人間族の童女に似ている。彼女もまた、赤い布二枚だけを身につけて、真っ赤に顔を染め、肩をすぼめるように小さくなっていた。

 視線を合わせることすらできず、ただ、その場に立っている。

 

 ひとりだけ、見覚えのない顔もある。

 三十前後に見える、若い美女だ。

 その女だけが、唯一、完全に知らない存在だった。

 

 だが──。

 

 それ以上に、アネルザの思考を凍りつかせたのは、残りの半数だった。

 

 イザベラの侍女たち……。

 

 見間違えるはずがない。

 久しく顔を合わせていなかったが、彼女たちは以前よりもずっと可愛らしく、綺麗になっていた。

 表情も、肌の張りも、どこかが明らかに違っている。

 しかし、間違いなく、イザベラ付の侍女たちだ。アネルザは、王宮に務めるほとんどの者の顔を頭に入れているのだ。

 

 そして、その集団の隅──。

 

 ──イザベラ。

 さらに、そのすぐ傍に立つ、イザベラの侍女長のシャーラ──。

 

 まったく同じ破廉恥な格好をしているそのふたりの姿を認識した瞬間──。

 

「ひいいっ」

 

 アネルザは、再び、心の底から悲鳴をあげていた。

 

 羞恥でも、恐怖でもない。

 理解が、現実に追いついた、その衝撃そのものだった。

 逃げ場は、もうどこにもなかった。

 

「感覚を戻してやるよ」

 

 ロウが、どこか愉しげに笑う。

 次の瞬間だった。

 

 ──どっと。

 それまで、まるで無空の中にに放り出されていたかのようだった世界が、いきなり密度を持って押し寄せてきた。

 

 人の気配──。

 いや、人間そのものが、同時に全方向から――。

 

「……いっ」

 

 アネルザは、思わず息を詰まらせた。

 ささやき声──。

 抑えきれずに漏れる荒い呼吸──。

 喉を鳴らす音──。

 肌が触れ合う、かすかな擦過音──。

 

 そして――匂い。

 

 汗の湿り気を含んだ女の体臭──。

 甘く、熱を帯びた吐息の匂い──。

 興奮と緊張が混ざり合った、生々しい気配──。

 

 それらが、一斉に鼻腔と意識に流れ込んでくる。

 

 距離が近い。

 近すぎる。

 

 視界に映るだけではない。

 肌越しに、空気越しに、他者の存在が触れてくる。

 

 数え切れない視線が、同時に自分へと注がれている。

 逃げ場はない。

 遮るものもない。

 

 自分が見られている。

 囲まれている。

 ここにいる全員に、いまこの瞬間の自分を認識されている。

 

 いや、もしかして、ずっと見られていた?

 恥ずかしい声も……思わず叫んだ言葉さえも……。

 

 その事実が、遅れて、重く胸に落ちてきた。

 

「……こんな……」

 

 声は、かすれていた。

 王妃としてではない。

 女としてでも、まだ足りない。

 

 ただ、晒されている存在として……。

 身体の内側が、ひりつくようにざわめく。

 恐怖と羞恥が、区別できないまま、熱となって広がっていく。

 

 ロウの気配だけは、はっきりと背後にある。

 だが、それ以上に──周囲の女たちの存在感が、波のようにアネルザを包み込み、逃げ道を完全に塞いでいた。

 

 感覚は戻った。

 それは、優しさではなかった。

 現実そのものを、容赦なく叩きつけるための回復だった。

 

 そして、やっと気がついた。

 人の群れ越しに見える部屋の景色は、ここがアネルザの寝室ではないことを教えていた。

 ふと、寝台のマットを見る。

 これは、アネルザの寝室のものだ。

 つまりは、寝台のマットごと移動させられたということか?

 王妃の寝室から、この見知らぬ場所に──?

 移動術なのだろうが、そんなことが可能なのか?

 

 いや、待て──。

 王妃の私室を覆う宮廷の魔道結界をすり抜け、さらに移動まで行うなど、常識的にはあり得ない。

 だが……。

 もし、王都でも指折りの高位魔道遣いであるスクルズやベルズ級、あるいはそれ以上の術者が関わっているのだとしたら?

 

 アネルザは、己の認識を改めざるを得なかった。

 彼女たちの力量は、王宮が把握している水準を、明らかに超えていることを……。

 

「さて……今日は王妃アネルザが俺たちの仲間に加わった記念の夜だ。遠慮はいらない。アネルザを舐め尽くせ。全員だ──命令だ」

 

 その言葉が落ちた瞬間、周囲に小さなどよめきが走った。

 驚き、戸惑い、好奇心。

 そして、くすくすと堪えきれない笑いが重なって、雰囲気が一段やわらぐ。

 声を立てて笑う者もいれば、肩をすくめて息を吐く者もいる。

 顔を赤らめながらも、視線だけは逸らさない者もいた。

 

 だが、そのどれもが距離を取る反応ではなかった。

 笑いは嘲りではなく、ここに立っていることを確かめ合う合図のようだった。

 誰も退かない。

 誰も、傍観者ではない。

 

「はーい。じゃあ、ご主人様のご命令なので……あたしが一番ね」

 

 軽やかな声とともに、コゼが一歩、前に出てきた。

 視線は真っ直ぐアネルザに向けられている。

 

「ふふ、王妃様。しっかり泣いてね。……シャングリアとエリカ、あんたたちは乳首をお願い」

 

 言い切るような調子に、周囲から短い笑いが漏れた。軽い笑いだが、誰も否定する響きではない

 

「えっ、わたしたちも?」

 

 エリカが目を瞬かせると、シャングリアが肩をすくめて応じたのが辛うじて見えた。

 

「まあ……どうせ参加なんだし、早めに終わらせよう。王妃陛下、そういうわけだから」

 

 二人は迷いなく近づいてくる。

 その動きに、他の女たちの視線が集まり、ざわめきが再び膨らんだ。

 

 アネルザは、思わず身を強張らせる。

 視線の数。距離の近さ。

 逃げ場のなさ──。

 だが、すぐに、胸の奥でなにかが切り替わった。

 

「……く、くそう。だったら……返り討ちにしてやるよ」

 

 強がりではあったが、声は震えていなかった。

 

「どうやって、その状態で返り討ちにするんですか? どうぞ。存分に、返り討ちにしてください」

 

 コゼが笑う。

 そのまま、コゼは身を屈めた。

 ロウと繋がったままのアネルザの股間に、ためらいなく舌を這わせる。

 

「ひあああっ」

 

 アネルザは身体の弓なりに反らせてしまう。

 同時に、エリカとシャングリアの指と唇が、胸へと重なった。

 

「ひああっ、ああっ、あっ」

 

 アネルザの身体が大きく跳ね続ける。

 声が、抑えきれずに溢れた。

 

 周囲から、息を呑む気配も襲う。

 羨望とも、期待ともつかない熱が、場を満たしていく。

 

 恥ずかしさは、確かにある。

 だが、それだけではなかった。

 

 ここにいる者たちは、皆、同じ輪の内側にいる。

 見る者と見られる者ではなく、参加する者として。

 その感覚が、静かに、しかし確かに、アネルザの内側に芽生えていた。

 

 不思議な感覚だった。

 たったいままで、この連中に仲間意識などない。ましてや、自分は王妃だ。

 王妃には、敵対する相手と、従わせる部下はいても、仲間などあり得ない。

 しかし、確実に、ここにそれは存在していた。

 

 声と吐息が重なり、境目は少しずつ曖昧になっていく。

 誰が最初で、誰が次かは、もう重要ではなかった。

 

 夜は、喧しさを孕みながらも、どこか整えられたまま、ただ淫らに深まっていった。

 

 


 

 

「……それにしても、お前も絶倫だねえ……。まさか、これだけの人数の女を相手にして……まだ平然としているとは思わなかったよ」

 

 アネルザの声は、嬌声のあげすぎで掠れていたが、発音ははっきりとしていたと思う。

 乱交の終わったイザベラの小離宮の広間だ。

 アネルザは、乱交の場所となった寝台のマットのうえに、裸身に白いシーツを巻いて座っていた。

 

 輪を作るように、同じように座っているのは、一郎とイザベラとスクルズである。

 ほかの女たちは、すでに帰ったか、ロウに抱き潰されて周りで寝ているかだ。

 スクルズは満面の笑みを浮かべて、ロウに密着していて、これが行儀がよく、敬虔で純真で優しいと評判の筆頭巫女なのだから呆れてしまう。

 

「そうか? ここまで、みんなを抱き潰すつもりはなかったんだけどね。今夜の主役は、アネルザのつもりだったんだ」

 

 ロウは肩をすくめるように答えた。

 

「冗談じゃないよ。わたし中心にされて堪るものかい。途中から、お前中心になって助かった」

 

 アネルザは息を吐き、マットの上で姿勢を整えた。

 身体の奥は、すでに満ちきっている。その代わりに、四肢には鉛のような疲労が沈んでいた。

 本音を言えば、ほかの女たちのように、このまま倒れ込みたい。

 だが、そうするわけにはいかない。

 王妃の矜恃が意識を繋ぎ止めている。

 ここで言わなければならないこともある。

 

「それにしても呆れたよ。まさか、ここで毎夜、乱交してるなんてね。しかも、勝手に移動ポッドの出入口を設置したりして」

 

 アネルザは視線を巡らせてから、イザベラを睨む。

 

「いや、それは……」

 

 アネルザに居竦まれたイザベラが、白いシーツを巻いた身体を縮込ませるのがわかった。

 すると、ロウがわずかに身を乗り出す。

 

「いや、これについては、姫様じゃなく、俺の勝手だ。俺の性奴隷になり、俺の性欲を満たす手伝いをする。その代わりに、俺は全力をあげて、姫様の後ろ盾になる。それが約束なんだ」

 

「後ろ盾ねえ……。まあ、大した後ろ盾だよ」

 

 アネルザは溜息とともに苦笑する。

 ここがイザベラの小離宮の広間であることは、すでに理解していた。

 ただし、足元のマットは、自分の寝台のものだ。

 寝台の上部だけを切り離し、そのまま移動させたらしい。

 

「それと、移動ポッドの設置の責任者はこいつだ。文句があるなら、こいつに言ってくれ」

 

 ロウが顎で示したのは、ロウに密着しているスクルズだ。

 短く息を吐き、アネルザは視線をスクルズへと移した。

 何食わぬ顔で座り、満面の笑みを浮かべている神殿の筆頭巫女。

 だが、この場を成り立たせている最大の要因でもある。

 

「まあ、ひどいですわ、ロウ様。ロウ様のご命令でしたのに」

 

 スクルズがころころと笑う。

 その笑い声には、発覚すれば神殿の巫女であろうと、処刑に匹敵する大罪を犯しているという自覚は皆無だ。

 

「王宮の中を、ここまで自由に跳躍できるのは……まあ、間違いなく、スクルズのおかげだ。感謝している」

 

 ロウが笑う。

 スクルズが、片眉を上げる。

 

「もちろんですわ。小離宮も、第三神殿も、王都外のロウ様のお屋敷も――全部、繋いでありますの。問題はありませんわ」

 

「……問題は、ありありだろう」

 

 アネルザは、正直な感想を零した。

 広間は、すでに静まり返っている。

 少し前まで満ちていた熱と喧噪は、嘘のように引いていた。

 

 乱交が終わって、そのまま帰宅したのは、ミランダとベルズだ。

 イザベラの侍女たちも、イザベラの指示で全員が自室に戻っていた。

 いつもそんな感じらしい。

 

 残りは、この場に残っているが、ロウに抱き潰されて、マットの周りであられもない格好で横になっていた。

 

 エリカとコゼとシャングリアの三人娘──。

 シャーラ──。

 そして――マアだ。

 

 アネルザの視線が、思わずマアに留まる。

 若い。

 どう見ても、若い女だ。

 無防備な姿で横になり、深く眠っているその姿が、あの老女のはずの女豪商マアだという事実に、いまだに違和感が残る。

 

「……なあ、ロウ」

 

「ん?」

 

 ロウがアネルザの視線に気がつき、マアに視線を寄せたのがわかった。

 

「あれがマアだなんて、いまだに信じられないよ。頭では理解してるんだけど……いや、まだ、頭でも理解できない」

 

「本人も、たまに同じことを言ってるな」

 

「そうだろうね」

 

「あれは、淫魔術による治療だ。だが、おマアのときの反省もあるから、アネルザについては、少しずつ違和感のないように、若返らせてやる」

 

 ロウが笑う。

 

「そりゃあ、ありがたいけど……」

 

 女を若返らせるだけじゃなく、能力を向上させて、見た目の美しさを保証する。

 目の前の男は、女を支配する代わりに、そんなことができる「淫魔師」だという。

 いまでも、アネルザの理解の外だ。

 だが、それが大法螺でない証拠が、あのマアであり、美しくなっているイザベラの侍女たちだ。

 アネルザ自身も、この数日の頭の冴えと、不思議な人物眼の力は自覚していた。

 その代償に魂を捧げろとささやかれたら、それに抵抗できる女などいるのだろうか……?

 アネルザ自身も、そんな交換条件がなくても、ロウにひれ伏してしまった。

 

「さて、イザベラ……」

 

 アネルザは、ゆっくりと視線をイザベラへと向けた。

 

「な、なんだ、王妃殿?」

 

 イザベラが姿勢を正した。

 アネルザが真剣な話をしようとしているのがわかったのかもしれない。

 

「次は、少し真面目な話をしようか」

 

 アネルザは言った。

 この夜の本当の意味は、ここからだ。

 

「わかった……」

 

 イザベラが小さく頷いた。

 ロウはなにも喋らない。黙って見守る気配だ.スクルズも笑顔を消して、真剣な表情になった。

 

「お前は、王になりたいのかい?」

 

「もちろんだ。わたしはハロンドール王室の血を引いている。わたしが継ぐべきなのだ」

 

 アネルザの問いに、イザベラは即答した。

 揺らぎのない声だ。

 だが、アネルザは頷いただけで、表情を変えなかった。

 

「わかった……。じゃあ、次だ……。なんのために王になりたい?」

 

 今度は間が空いた。

 

「……それは……」

 

 言葉が続かない。

 アネルザは、その沈黙を逃さない。

 

「たとえば、キシダインは自分の欲のためだ。ほかにはなにもない」

 

 淡々と告げる。

 

「……権力が欲しい。富が欲しい。従わせたい。ただそれだけだ。あれには、崇高な理念など存在しない。まあ、最初から、理念などあれは語らないけどね」

 

 アネルザは声をあげて笑った。

 

「そ、そんなものを王にするのか? 王妃はキシダインを推しているのだな?」

 

 イザベラが、思わず声を荒げた。

 

「ああ、そうだ」

 

 即答だった。

 

「アン姉さまの夫だからか? しかし、アン姉さまには、権力欲なんて……」

 

「アンのことは別にしても、理由は簡単だ。お前よりもましだからだ」

 

 アネルザははっきりと言った。

 イザベラの目が見開かれる。

 

「あれの動機は欲のためだが、その利益は自然に拡がっている。偏ってはいるが、自由流通は強引に進み、王国は富み、商売は発展した。なによりもいいのは、根が単純だから、操りやすい」

 

「そんなものでは、王はつとまらない──」

 

「つとまるさ」

 

 アネルザは、切り捨てるように言った。

 

「あのルードルフよりは余程にね。ルードルフより、やる気がある分、厄介ではあるが……まあ、なんとかなる」

 

「そんな……」

 

 イザベラは、完全に困惑していた。

 アネルザは、そこで一歩踏み込む。

 

「もう一度、聞いてやる。お前は、なんのために王になる? 王家の血なんて言うんじゃないよ。それは理由じゃない。資格だ」

 

「わ、わたしは、第三王女で……。女王になるべきなのだ。そして、善政をして、民を護り、国を富ませる」

 

「それはお前じゃないとだめなものなのかい? お前の欲はどこにある? なぜ、王たらんとする? 王になって、なにをしたい?」

 

 イザベラが押し黙ってしまった。

 その沈黙こそが、答えだった。

 アネルザが考える、なによりもイザベラが女王に向かない理由だ。

 

「……いいかい、イザベラ」

 

 アネルザは、静かに続けた。

 

「はい……」

 

「貴族が忠誠を誓うのは、王だからじゃない。王たり得ていると、見えるからだ。理念でも、理想でもいい。だが、なにを成す王なのかが見えない者に、誰も命運を預けない」

 

 イザベラの視線が、鋭くなる。

 アネルザは続ける。

 

「……いまのお前は、キシダインに遙かに劣っている。危険な男だが、あれは自分がなにを欲しているかだけは明確だ。それだけで、人は動く」

 

「わたしが、キシダインに劣っていると言うのか──? あの卑劣な男に──。あれは、わたしを毒殺しようとしたのだ──」

 

 イザベラが真っ赤な顔になって怒った。

 

「劣っているさ。だから、大切な侍女さえも駒にされるんだ。お前は、自分の侍女さえも守れてない能無しだ」

 

 真っ赤だったイザベラの顔がさらに赤くなる。

 しかも、その目に薄らと涙が溜まる。

 言い返せない自分への不甲斐なさか、あるいは、純粋なアネルザへの怒りか……。

 アネルザは、あえてしていた厳しい表情を和らげた。口調も少し柔らかいものにする。

 

「……それでも、お前にはこれだけの後ろ盾がいることがわかった。わたしの想像以上だよ。キシダインに勝てるとすれば、お前の強みは間違いなく、ここだ」

 

 女豪商マア──。

 高位魔道使いにして、王都の民衆から圧倒的な人気のあるスクルズとベルズ──。

 冒険者ギルドと一騎当千の冒険者たちを完全に牛耳っているミランダ──。

 そして、なによりも、ロウという存在──。

 

「……これは誇っていい。いや、誇りな──。王位争いにおいて、これ以上わかりやすい武器はないよ」

 

 最後に念を押す。

 

「だから、急げ──。そして、考えるんだ。民にしろ、貴族にしろ、いや、王族ですら、最後は損得で動く。だから、お前に賭ける価値があると思わせるんだ。成果を出せ。小さくていい、すぐにだ」

 

 王妃としての言葉だ。これだけは伝えないとならないと思っていた。

 叱責ではなく、現実の提示だった。

 

「それができたとき――わたしは、お前に全面的に力を貸そう……。しかし、それまでは、表向きにはキシダインを推していることにする。その方がお前に与える時間が長くできる」

 

「表向き……?」

 

 イザベラがきょとんとなった。

 アネルザは微笑む。

 

「ああ、表向きにだ。でも、仕方ないから、お前を推してやるよ。お前は、このロウを連れてきた。わたしの負けだ。ロウがお前を女王にしろと言うなら、そうするしかない。これはわたしの欲のためだ。わかりやすいだろう」

 

 アネルザは大笑いした。

 

「ああ、俺には大した欲はないが、俺の女になった者は護るし、望むなら女王にもしてあげたい。それだけが俺の欲かな。もっとも、大したことはできないけどね」

 

 一郎が茶化したように口を挟む。

 アネルザは高笑いしながら首を横に振る。

 

「いや、十分な欲だよ。女しか味方になってくれそうにないのが残念だけど、逆に全ての女はお前に味方するさ」

 

「そうか?」

 

 ロウがアネルザの笑いに吊られるように顔を綻ばせた。

 

「ああ、そして、これも言っておくよ。わたしがこれまでに会った男の中で一番王に相応しいと思ったのは、お前だ、ロウ──。お前はクロノスだ──。イザベラを推せば、お前がついてくるなら、わたしは全力でイザベラの味方になってやる」

 

 ロウだけでなく、イザベラまでも面食らったような顔になる。

 しかし、それはアネルザの本心だった。

 この夜の意味は、ようやくここで定まった気がした。

 

 

 

 

 

 26話『王妃アネルザ』終わり──

 27話『誰にも触れない男』に続く──

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。