【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「ほら、ちゃんと歩きなさいよ、あんたたち」
後ろを行くコゼが声を掛けてきた。
「い、一生懸命歩いてるわよ。で、でも……こんなの、まともに歩けるわけないでしょう」
すぐ横で、エリカの声が震える。
「ふふ、知らないわよ。ゲームに負けたあんたたちが悪いんでしょう。ほら、乳女も遅れないのよ」
「ち、乳女って……わたしのことですか?」
思わず、スクルズの口元が緩んだ。
王都郊外にあるロウの屋敷だ。
スクルズは、みんなと屋敷の地下層の大浴場に向かっているところだ。ただ、スクルズとエリカについては、両手を頭の後ろに緊縛のうえに股縄を施されている。しかし、その今日の股縄がかなり特殊なのだ。
踏み出すごとに、こんなに縄瘤の刺激が加わるものなど初めてだ。
隣のエリカも辛そうだが、さすがにスクルズもたじたじになっている。
なお、いま裸で歩かされているのは、先頭のスクルズとエリカの二人だけだ。コゼとシャングリアは服を着ることを許してもらっている。
スクルズは、神殿での午前の神事がひと段落した合間、いつものように軽い気持ちで移動術を使ってここへ来ていた。
夕方まで予定はないし、一応は副神殿長のポーランだけには、外出を告げている。
外出してどこに行っているのかは、訊ねられないので言ってないが、ポーランは王都民衆相手の伝道をしていると思っているらしく、スクルズのことを、市民に向き合う姿勢の強い敬虔な巫女と評している気配である。
別段、否定する必要もないので、それについてはそのままにしている。
問題ない。
それはともかく、今日は、到着するとすぐに、ロウの指示により、そのまま「縄瘤渡り遊び」を競うことになり、負けたのがスクルズとエリカだったのだ。
そのため、二人揃って罰ゲームで股縄で歩くことになったのである。
「だが、そんなに辛いのか? 股縄なんて、ふたりとも初めてじゃないだろう」
シャングリアが後ろから明るく声をかけてきた。
「ち、違うのよ。こ、これ変なの……。ねえ、スクルズ」
「は、はい……。な、なんか、とても……」
スクルズもなんと言っていいかわからない。普通の股縄ではないということはわかる。
両腕は頭の後ろでまとめられていて、その縄尻が股間に喰い込む股縄に繋がっているのだが、後ろに引っ張られている腕の位置が微妙であり、体勢を固定できないのだ。
そのため、身体を伸ばしても、屈めても、自然に姿勢が動いてしまい、自分で縄瘤を抉ることになるのである。
ましてや、歩くなどすれば、一歩進むごとに敏感な三箇所を縄瘤で刺激され、官能の芯を抉られて、下腹部が締めあげられる。
思わず腰が引きそうになるが、腕に繋げられている縄のせいで、腰を引くと縄が戻って股間を擦り、元に戻そうとすると、また縄が抉るのだ。
これを果てしなく繰り返すことで、スクルズもあっという間に股から恥ずかしい蜜が溢れてしまっていた。
「へえ、そうなのか。ロウ?」
「知らないな……。それよりも、ふたりとも階段だぞ。気をつけろよ」
後ろにいるコゼとシャングリアのさらに後ろにいるロウが、惚けた感じで笑い声をあげた。
「うう……と、とにかく、階段が終われば……」
「そ、そうですね……。頑張りましょう、エリカさん」
地下層に向かう階段に到着し、スクルズは段差に素足を落とした。
「うあっ」
「ひゃん」
しかし、その瞬間、スクルズとエリカはほぼ同時に、恥ずかしい声をあげてしまった。
片脚をぐいと伸ばした瞬間に、急所を同時に締めあげられ、切なさを伴った強い疼きが股間に襲いかかってきたのだ。
体勢を崩しそうになり、思わず腰を落とす。
「くうっ」
だが、その動きでまたもや股間を縄瘤に擦られる。
スクルズは膝を落としたまま動けなくなってしまった。
だが、いま施されている特殊な緊縛は、止まっていることさえ許さない。
屈むと上へ向かう張りが生まれる。かといって、背筋を伸ばすと、肩甲骨の奥がきゅっと引き寄せられて、また股間に刺激が加わる。
楽な姿勢を探そうとしても、どこにも定位置が見つからない。
立っているだけなのに、呼吸のたび、胸の奥で細い揺れが生まれる。
視界の端では、同じように動けなくなったエリカが小さく息を整えていた。
「階段は危なそうだな。コゼ、シャングリア、腕をとって歩かせてやれ」
ロウが声を掛ける。
「はーい。じゃあ、あたしがエリカを持つわ。シャングリアは乳女ね」
「お前、その呼び方好きだな」
シャングリアが苦笑のような表情を浮かべてスクルズの腕をとった。
すると、次の瞬間、横のコゼがいきなりエリカを強く引いた。
「ひああっ──や、やめっ、やめて──」
悲鳴ともつかない声をあげながら、エリカの身体が一気に階段を下っていく。足が追いつかず、引かれるまま、ほとんど駆け下りる形だった。
「あ、あああっ」
下を覗くと、螺旋になっている階段を一気に下まで駆けおりたエリカがしゃがみ込んでいる。
「あひいっ、あはあっ……」
そして、身体を強張らせたまま、背を反らすような動きをした。うずくまって小刻みに身体を震わせている。
多分、気をやってしまったのだろう。
「あらあら、いっちゃったの、エリカ? あんたも好きねえ」
コゼが、蹲ったまま、まだびくびくと身体を震わせているエリカを見ながらけらけらと笑う。
「な、なによ、このばかコゼ──」
エリカがしゃがんだまま、顔だけあげてコゼに涙目で悪態をついた。
その一連の光景を、スクルズはシャングリアと並んだまま、呆気にとられて見ていた。
「相変わらずだなあ、コゼは」
スクルズの腕をとったまま、シャングリアが声をあげて笑っている。
「確かにな。でも、罰ゲームだしな。スクルズにも頑張ってもらうか。一気におりるぞ」
すると、前に出てきたロウが、シャングリアと反対側のスクルズの腕をとる。
「あん、お手柔らかにお願いしますわ」
「一気にか? じゃあ、ロウの命令だ。いくぞ、スクルズ」
シャングリアはスクルズの腕を掴んでいる手に力を入れた。
「は、はいっ」
左右から腕を抱えられ、スクルズの身体が軽く持ち上がる。足が段差に触れた瞬間、止まる間もなく勢いよく下り始めた。視界が揺れ、呼吸が追いつかない。
「ひああっあっ、ああっ」
衝きあがるような衝撃に、スクルズは階段を駆け下ろされながら、身体を仰け反らせた。
しかし、その動きで股縄が股間をさらに刺激する。
さらに、次の動きで別の角度で縄瘤が股間を抉り直す。
「ひああっ、あっ、ああっ」
段を踏みしめるたび、身体は前へ引きずられるように沈み込む。
そのまま一気に最下段まで降ろされた。
「んぐうっ、んあああっ」
膝が砕けるように力を失い、スクルズもまた、その場にしゃがみ込んでしまう。目も眩むような感覚が前後から襲い、スクルズもまた、そのまま快感を極めてしまったのだ。
「あらあら、あんたも?」
下で待っていたコゼがけらけらと笑う。
「は、はい……。いって……いってしまいましたわ」
肩で大きく息をつき、喉の奥から声にならない息が漏れる。
快感はまだ残っている。
うねりのような疼きが、全身を席巻している。
しかも、いまでも理不尽な縄瘤が、次々と新しい刺激を与えて、スクルズを落ち着かせることを許さないのだ。
「こ、これって……と、とっても、い、意地悪ですわ──」
スクルズは耐えられずに声をあげた。
しかし、なぜか自然と笑みが浮かぶ。
縄瘤で走らされて達するなんて、なんて惨めなのだろう──。
そう考えると、突然に笑いの発作が沸き起こったのだ。
「ははは、ははは──わ、わたし……達してしまいましたわ──」
スクルズは笑い続ける。
「なに、あんた? おかしくなっちゃったの?」
コゼも驚いたように笑いだす。
「な、なに笑ってんのよ──おかしくないわよ」
すると、やっと立ちあがったエリカが憤慨したように声を上げた。
「まあ、仕方ないな。罰ゲームだしな」
ロウが愉しそうに笑った。
「じゃあ、大浴場まで行くぞ。そこでふたりとも、念入りに俺が洗ってやる。この手でな」
軽く指を動かす仕草に、冗談めいた色が混じる。
その一瞬だけで、胸の奥がざわついた。
スクルズは、羞恥と期待がないまぜになった熱を抑えきれない。
とりあえず立ちあがる。
縄瘤で堰き止められなかった愛液がつっと膝に向かって伝っていく。
「ええ? それは、狡いですよ」
ロウの言葉に、コゼが口を尖らせた。
「狡い?」
ロウがコゼに顔を向けた。
「あたしたちが勝ったんだから、ご主人様にお世話してもらうのは、あたしたちですよ。ねえ、シャングリア?」
「まあ……ロウに身体を洗ってもらえるのは……その、嬉しいかな。意地悪な洗い方なのは知ってるが……」
シャングリアは小さく息をついて、すっと視線を外に逸らせた。
その頬に、かすかな色が差している。
スクルズは、その照れを滲ませた横顔を可愛いと思ってしまう。
「なら、全員洗ってやるか」
ロウが肩をすくめる。
「ならいいです。納得です」
コゼが甘えるように、ロウの腕を掴む。
「でも、そうなると罰ゲームは別に考えないとなあ」
ロウがコゼの腰を軽く寄せながら、小首を少し傾けた。
「べ、別にいいじゃないですか。これ……十分すぎる罰ゲームですよ」
エリカが声を上げる。
けれど、呼吸が少し乱れている。
じっとしていても股間を苛む。スクルズも、いまも似たような波が胸の奥に寄せてくるのを感じていた。
「これは単なる移動だ」
ロウはあっさり言い切る。
「そんなあ……」
エリカが吐息をつく。
「じゃあ……罰ゲームは三日間のクリ責め調教にするか」
そのロウの一言に、この場が揺れた。
「なんですか、それ?」
コゼの声には、むしろ不満気な色が混じっている。
「三日間、ひたすら、クリトリス調教を受け続ける。辛いぞ。死ぬような思いをするかもな」
冗談めかした口調なのに、耳に残る。
三日間……。
どうやって、都合しよう。
地方伝道の嘘は最近二度も使ってるし、そろそろ辻褄が合わなくなっている。イザベラの依頼で始めた勉強会の講師を理由にするか……。イザベラやシャーラだったら、話は合わせてくれるだろう。
でも、三日間連続となると、講師の口実は不自然か……。
ベルズ……いや、そろそろ激怒するかも……。
素早く頭を巡らせる。
「み、三日間……?」
一方で、エリカの顔が引きつる。
しかし、スクルズには、恐れとは違う小さな光が瞬いている。
自分でも驚くほど、期待で身体が熱くなっているのがわかる。
「やっぱりずるいです。三日間もご主人様に構ってもらえるなんて、ご褒美ですよ」
コゼには迷いがない。
「ご褒美?」
ロウが笑う。
「そうです」
「やりたいのか?」
「やりたいに決まってます。ねえ、シャングリア?」
「……そうだな……。挑戦してみたい、という気持ちはあるな。できれば……わたしが泣きべそをかいても許してくれなければ……なお、いいな……」
シャングリアは少しだけ目を伏せた。
「なんだ、それは。じゃあ罰ゲームの内容は保留しよう。とりあえず、浴場に行くか」
ロウが苦笑する。
そのとき、突然に、スクルズの眼前に、淡い赤色の半透明の球体がふっと現れた。拳ほどの大きさで、内部に柔らかな光が揺れている。
伝言球──神殿で用いられている連絡魔道だ。
対象者の魔道波を追い、必ず本人のもとへ届くものだ。
そして、この「赤」は緊急を意味する。
球体から滲む波動で送り主が誰なのかもすぐに察しがついた。
副神殿長のポーランだ。
「緊急か?」
ロウが短く問う。
「そのようです」
スクルズが小さく頷いた瞬間、身体を縛っていた縄が、影のようにふっと消え去った。
「あん……」
局部を圧迫していた縄瘤が突然になくなったことで、一瞬にして血が巡って、身体の芯で揺らぎが走った。
膝が少し折れ、思わず手で股間を押さえる。
しかし、すぐに気を引き締める。
意識を切り替えて、赤い球体にそっと手を差し出した。
触れた瞬間、球体は淡い音を立てて解放された。
だが、現れたのは、言葉にはならない呻き声だけだった。
「あれっ、おかしいですね……」
スクルズは首を傾げた。
「伝言はなんだった?」
シャングリアだ。
さっきまでの余裕のある表情ではなく、厳しい表情になっている。
また、伝言球は、伝言の受領者にしか聞こえないものと、近くにいる者全員に伝えるものの二種類がある。
シャングリアは、言葉が聞こえなかったことから、前者と判断したのだろう。
「それが、内容はなにも……。とにかく、皆様。申し訳ありませんが……本日は、これで失礼いたしますわ」
そう告げると、空間が軽く揺らぎ、童女姿でメイド服の屋敷妖精のシルキーが姿を現した。
「スクルズ様、お召し物です」
その腕には、綺麗に畳まれた巫女装束。下着も含め、すべて新品同様に整えられている。
「相変わらず、仕事が早いな」
ロウが笑う。
同時に、微細な魔道がスクルズの肌を撫でるように通り過ぎた。
埃も汗も、一瞬で洗い流されていく。
さすが屋敷妖精である。──外へ出る者の体裁まで含めて整える気配りだ。
「ついに、さぼりがばれたんじゃないの?」
コゼが茶化す。
「そんなことはありませんわ……。多分……問題ありませんから」
その可能性がないとはいえないが、緊急で呼び出しをするものではないだろう。
ほかのことがあったのだと思う。
スクルズは微笑み返しつつ、シルキーから装束を受け取り、急いで身支度を整えた。
「じゃあ、エリカの罰ゲームは、この前の媚薬入りの泡で”泡洗い”でいいんじゃないですか、ご主人様?」
「い、いやよ──。あれ、きついもの」
エリカがすぐに抗議する。
シャングリアは横で声を立てて笑い、ロウも肩をすくめている。
すると、下拵えを整えているスクルズに、ロウが不意に真面目な顔を向けた。
「なにかあったら、すぐ連絡をくれ」
「はい。必ず」
スクルズはしっかりと頷き、移動術の術式を起動させる。
白い光が輝き、スクルズの身体がその光に包まれた。
第三神殿の自室に跳んだ瞬間から、部屋の外にただならぬ気配は感じた。
随分と部屋の外が慌ただしく、遠くからは喧噪のような声も聞こえる。静寂が常の神殿としては、異常だった。
スクルズはすぐに部屋を出て、廊下に踏み出した。
そこで、若い巫女が一人、白い布を抱えたまま、泣きながら駆けてくるのが目に入った。
顔は青ざめ、視線は定まっていない。
「なにがあったのですか?」
「あっ、スクルズ様……。ど、どこに……」
巫女は言葉に詰まり、歯を震わせる。
「落ち着きなさい。なにがあったのですか。答えなさい」
「……襲撃が……あったんです……」
「……襲撃?」
胸の奥が冷たく沈んだ。
まさか、自分の不在のときに──?
しかし、すぐに気を引き締める。
即座に巫女の腕に抱えられていた白い布を引き寄せると、そのまま収納術に落とした。
「これは、負傷者のためですね。場所は、本堂ですか──」
巫女はこくりと頷いた。
スクルズは渡り廊下を走った。
「あっ、スクルズ様」
「スクルズ様、ご無事ですか──」
声が重なる。
本堂の前には、十数名の神殿兵が警戒線を張っていた。
しかも、本堂に入る手前の地面の上には、すでに息絶えた者たちが並べられている。
数は、二十を優に超えている。
手脚のない屍体──。
抉られた胴──。
どれも一目で絶命しているとわかる。
血の匂いも凄まじい。
本堂の前は前庭だが、焼けた痕や物が壊れた残骸。そして、まだ洗われることもなく点在している血しぶきが拡がっていた。
「ここで襲撃があったのですね。どこに襲撃されたのですか?」
スクルズが素早く質問した。
そのあいだも、広域に探知魔道を拡げて、不審なものがないか確認している。襲撃の痕はあるが、いままさに、なにかに襲われている状況というわけではないようだ。
とりあえず、襲撃した相手は立ち去ったか、排除はしたということだろうか……?
「……襲撃したのは、小さな子供を連れた男らしくて……。我々も、まだ状況確認の途中で……」
警戒の責任者らしき者が駆け寄ってきて説明する。
「怪我人は本堂内ですね」
外には死んだもの──本堂内には負傷したもの──そう分けられているのは探知魔道で把握した。
スクルズは返事を待たずに、そのまま本堂へ踏み込んだ。
「くっ」
スクルズは、本堂の状況に歯噛みした。
中は混乱のただ中だ。
座り込む者。横たえられた者。
呻き声と祈りの声が重なり、空気が重く淀んでいる。治療もあちこちで行われているが、まだ血止めさえされてない者がほとんどだ。
ざっと見ただけでも、五十名近い負傷者がいるだろう。
スクルズは先ほど収納した白い布を解放した。
本堂内の長椅子に現れた布の束を見た瞬間、巫女たちが、あちこちから駆け寄ってくる。
「こちらを」
「こっちにも、早く」
もぎ取るように布が分配され、巫女たちは即座に散っていった。
止血。包帯。覆い──。
言葉はなくとも、役割は共有されている。
「スクルズです。状況を説明してください」
スクルズは足を止めず、奥に進みながら、毅然として声を張った。
その声に応じるように、奥から一人の神官が進み出た。
実務を担う、副神殿長補佐の若い神官である。
顔には疲労と緊張が色濃く滲んでいる。
「……ああ、戻られたのですね、スクルズ様」
「……襲撃者が男だということだけ聞きました。状況説明を──。神殿長と、副神殿長はどこですか?」
スクルズは一息だけ置き、副神殿長補佐に視線を向けた。
「……副神殿長は奥です……。ほかの重症者たちと一緒です」
神官が悲痛な表情になる。
「治療はまだ始めたばかりですね? 第一神殿と、第二神殿への援助要請は?」
スクルズは、周りを見回しながら訊ねた。
副神殿長のポーランが負傷……。その状況を頭に刻む。また、目の前の補佐神官は、ポーランについている者としては、もっとも若く権限の小さな男だ。彼がこの場の統括者だということが気になる。
「あっ……まだ……」
その若い神官がはっとしたように声をあげた。
スクルズは、すぐに緊急の伝言球を八個作る。内容はほぼ同じ。第三神殿の襲撃受けの第一報を伝えるもの。
第三神殿以外の二個の王都神殿、王都の衛兵隊、近衛隊、神祇庁。冒険者ギルドへも──。さらに、第一神殿と第二神殿には、治療支援要請を付け加える。
赤い球体が一斉に散っていく。
「負傷の度合いにより、場所を分けていただけたのですね。ありがとうござます。重症者のところに案内をしてください」
スクルズは神官を見た。
外に置いているのは、すでに死んでいてどうしようもないもの。生きて治療が必要な者を本堂に収納し、ここに治療者が少ないのは、さらに重症者を集めてそこで優先的に治療に当たっているのだろう。
統制のとおりだ。
「こちらに──」
神官が駆け出し、スクルズはそれを追いかけた。
祭壇の後方にある部屋だ。
そこにも神殿兵がいて、スクルズの顔を見ると、泣きそうな顔になった。
「……大丈夫です。もう問題ありません……。入りますね」
窓がない部屋なので、灯りで部屋が照らされていた。
床が血で汚れていて、滑りそうになった。
十名ほどの呻き声をあげる男女の患者がいて、その倍ほどの巫女と神官が治療に当たっていた。
「スクルズです──」
入口で叫ぶ。
室内の者が一斉に注目してきた。
「わたしが全員に治療術をかけます。とりあえず、このうちの半分だけが残ってください」
スクルズは、治療をしていた者を見回し、ひとりの高位巫女を外に出る者に指名した。
「……その半分は、本堂側の者の治療を。地位や役職に関係なく、より重傷な者を優先に。すぐに、第一神殿と第二神殿から応援が来ます。その誘導にも当たってください」
すぐに半分を率いて本堂側に向かわせる。
さらに、ここで残る者から、その次級者となる男性神官を指揮官に指名する。
慌ただしく、室内の者たちが動き出す。
「すぐに治療が必要な重症者は、この中で全員ですか? ほかにはいますか?」
その次級者をそばに呼んで訊ねる。
真っ蒼な顔の彼が首を横に振る。
「……グラン神殿長とポーラン尊師がこの奥に……」
震える指でさらに奥の神殿長控えの間を示す。
先に、ふたりを確認すべきか迷ったが、とりあえず、一度、この室内の者に治療術をかけることにする。
さすがに、これだけの人数を完全に治療するのは無理だが、重篤な状態から脱するほどには治せる。
もっとも、こんな風に複数の対象を同時に治療できるのは、この王都でも、スクルズだけだろう。
ロウのおかげで上昇した魔道力だ。
白い光が部屋全体を覆い、散らばっている神官や巫女たち、見習い神官などが光に包まれていく。
どよめきが起こった。
ごっそりと一気に魔道力が消失した感覚が襲い、スクルズは治療を中断する。
額に流れた汗を手で拭いながら、さっき指名した神官を見る。
「全員を確認してください。軽傷の域になっていれば、数名を残して、さっき外に出た者の支援にあたってください。わたしは、奥に行きます……。あと、他の神殿からの応援が来て余裕ができれば、外に放置されている方々をどこかの場所に移動させてください」
外に放置されている者というのは、さっき本堂の外に置かれていた遺体のことだ。
スクルズは、その神官の返事を待たずに奥に進んだ。
部屋の中には、座椅子に寝かされたポーランがいた。
顔の半分に包帯が巻かれている。その包帯は、すでに血で真っ赤に染まっていた。
だが、より酷いのは右腕だった。
肘から先が黒く焼け焦げ、皮膚の形を失っている。
息はある。
だが、それはあまりにも弱く、小さく、今にも途切れそうだった。
スクルズは眉をひそめる。
躊躇はなかった。
すぐに治療術をかける。
白い光がポーランの身体を包み、焼けていた右腕にゆっくりと肌の色が戻っていく。
呼吸が深くなり、胸がはっきりと上下し始めた。
スクルズはそれを確認すると、立ち上がり、さらに奥へと向かった。
そこには寝台があった。
白布が敷かれているはずの寝台は、もはや白い部分を残していない。
血で濡れ、赤黒く染まり切っている。
横たわる人の形に、白い布がかけられていた。
スクルズは、その布に手を伸ばす。
指先が、わずかに震えた。
布を外す。
「……」
息を呑む。
そこに横たわっていたのは、グラン神殿長だった。
首と胴体が離れている。
顔は、恐ろしいものを目にしたかのような表情のまま、固まっていた。
スクルズは、唇を強く噛み、拳を握りしめる。
そして、静かに魔道を注いだ。
見開かれていた眼が閉じられ、強張っていた口元が、穏やかな形へと変わっていく。
続いて、頭部をそっと胴体へと寄せ、魔道を重ねる。
裂かれていた境目が、仮初めに整えられていった。
「……スクルズ殿か……」
背後から、かすれた声が聞こえた。
「ポーラン様……」
スクルズは振り返る。
座椅子に横たわったままのポーランが、顔だけをこちらに向けていた。
「申し訳……ありませんでした……。こ、こんなときに……いなくて……」
その言葉を口にした瞬間、スクルズの中で、必死に堰き止めていたものが、音を立てて崩れた。
「……」
声にならない。
ただ、視界が滲み、熱いものが頬を伝い落ちていく。
ぼろぼろと、涙が零れ落ちた。
スクルズは、声を殺して泣きじゃくりながら、ポーランの寝椅子の横にしゃがみ込んだ。
膝を折り、額が自然と下がる。
すると、ポーランが泣き崩れるスクルズを宥めるように、ゆっくりと手を伸ばした。
だが、その途中で、自分の右腕に視線を落とし、顔をしかめる。
「……私の治療よりも、ほかの者を優先するように指示したのだけどな……」
「治療は進んでいます……。問題ありませんわ……」
スクルズは、嗚咽を抑えながら、はっきりと答えた。
「そう……なのか……?」
「重篤者はまとめて治療しました。それ以外の方々も治療中です。第一神殿と第二神殿にも支援要請を出しています」
「……そうか……。まとめてか……。さすがは、スクルズ殿だ……。抜かりないな……ありがとう……」
「そんな……わたしなんか……。こんなときに、神殿を離れていて……」
また、涙が零れ落ちる。
そのスクルズの手に、ポーランの老いた手が重なった。
「……いや。そなたが、いなくてよかった……」
低く、しかし断言するような声だった。
「いえ……でも……」
「……いや……あの男は化け物だ。災厄そのものだ……」
「災厄……。なにが……あったのですか……?」
スクルズは、嗚咽を止めて息を詰める。
ポーランは短く呼吸を整えると、ゆっくりと語り始めた。
「童女を連れた男が突然現れた……。スクルズ殿を出せと叫び、ロウとエリカを出せと暴れ出した。スクルズ殿は、ロウという男に助けられたから居場所を知っているはずだと……。支離滅裂で全く要領を得ん。だが、異常だった」
ポーランが小さく首を振る。
「……わたしを……?」
スクルズは驚いた。
「粗野で大柄な人間族だ。不死身のクライドと名乗っておったな……」
「……不死身の……クライド……」
聞いたことのない名だった。
「魔道も剣も結界も通じぬ……。こちらの攻撃など存在しないかのように武器を振るい、なすすべもなく斬られていった。尊師グランも止めようとして首を斬られた。防護結界すら無視してな……」
スクルズは言葉を失った。
だが、なんとか、口を開く。
「……その男は……どうなったのですか……?」
「わからん……。ただ……誰かが、ロウという男は冒険者だから、冒険者ギルドだと叫ぶと、そのまま去っていった」
スクルズは唇を噛みしめる。
「……すぐに、冒険者ギルドとも連携を図ります……」
立ち上がろうとした瞬間、ポーランの手が、強くスクルズを引き留めた。
「連絡はしてくれ……。だが、スクルズ殿は行くな。あれは狂人だ……。そなたの名を呼んでいたのだから、会えばなにをするかわからん……」
「わかりました。いまは、お身体を休めてください。あとのことは、わたしが請け負います。問題ありませんわ」
穏やかな笑みを浮かべ、ポーランの手を寝椅子に戻す。
そして、そっと魔道を流した。
ポーランの呼吸が、次第に深くなり、眠りへと落ちていく。
そのときだった。
扉が、勢いよく開いた。
「スクルズ──」
ベルズだった。
息を切らし、険しい表情で室内を見回している。
第二神殿への救援要請に応じて、駆けつけてくれたのだろう。
スクルズは、ベルズの前に進み、深く頭を下げた。
「ベルズ……来てくれて、ありがとう……」
そして、顔を上げる。
「あなたは大丈夫なの? 少しは事情を聞いたけど、男ひとりの襲撃者なの? それで、第三神殿がここまで壊滅したって?」
ベルズは信じられないという様子だ。
「……わたしは丁度不在にしてて……。それで、いきなりだけど……少しこの神殿を離れるわ……。後をお願いしてもいい……?」
「え……?」
ベルズが、目を見開く。
「いつも頼んでばかりで悪いけど、今日もちょっとだけお願い」
「神殿を離れるって……あんた、どこに行くのよ……?」
「ちょっとだけよ……。ちょっとだけ……」
スクルズは静かに言った。
すでに、足元に移動術の魔道紋が刻まれている。
治療術でかなり魔力を消耗している。スクルズの身体には、重い疲労がのしかかっている。
だが、行かねばならないのだ。
これは、あのとき神殿を離れていた自分の償いだ。
そして──。
そのクライドという男は、ロウとエリカを探しているらしい……。
ならば、スクルズのすることは、ひとつだけだ。
絶対に、その男にロウたちを傷つけさせない。
「どこに行くのよ、スクルズ──待ちなさい──」
ベルズの叫びを背に、スクルズは魔道紋へと踏み出す。
白い光が立ち上がり、彼女の身体を包み込む。
そして、スクルズは神殿を後にした。