【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
移動術特有の軽い反動が、スクルズの腹の奥を殴る。
視界が跳ね、足元が定まったとき、周囲を取り囲む衛兵がスクルズの背中側にあった。
「あっ、スクルズ様っ」
背後で、数名の衛兵たちが叫ぶ。
しかし、振り返る暇はない。
血の匂いが、鼻腔に突き刺さる。
鉄の臭いと、生暖かい湿り気が混じっている。
ギルド前の広場には、倒れている者が多すぎて、踏み場を選ばなければならないほどになっていた。
仰向けのまま首を失った者──。
胴が裂け、内側を露わにしたまま動かない者──。
腕や脚だけが転がっているのも多く見える。
倒れているのは、すでに死んでいる者ばかりではない。助けを求める呻き声が、あちこちから上がっていた。
まだ生きている者たちだ。
手脚を失い、地面を引っかくようにして動いている。
だが、誰も近づけない。
まだ、生きている者たちを助けようとするのを、大柄な男が剣を振って邪魔をしているのだ。
「ほら、ほら。早く助けねえと、こいつら死ぬぜ」
軽い声だった。
叫びでも、脅しでもない。
遊びの最中にかける声に近い。
「おっと、今度はこっちかい」
腕のない衛兵を後方にさげようと接近する衛兵たちに向かって、男──多分、あれがクライドなのだろう──駆ける。
スクルズは眼を見張った。
速い──。
あんなに、速く動けるなど信じられない。
跳躍したクライドが、救助をしようとした衛兵たちに斬りかかる。
刃が赤黒く濡れていて、振るたびに血が散る。
クライドは心の底から愉しそうに声を上げ、衛兵を次々に斬っている。
周囲で怒鳴り声が上がる。
「もう近づくな。梯子を使え。縄もだ──近づかずに仕留めろ──」
衛兵隊の隊長の将校だろう。ひとりだけ軍装が違うからわかった。
しかし、誰も前に出られない。衛兵隊の一部では、確かに縄や梯子なども準備されようとしている。だが、彼らに明らかに躊躇が見える。
一歩踏み出せば斬られることがわかっているのだ。
そのあいだにも呻き声が増え、それは次第にか細くなっている。
スクルズの脚が、わずかに震えた。
神殿で大勢の治療のために、すでにかなりの魔道力を消費している。その反動が、遅れて来ているのだ。
魔道力が抜け落ちた感覚が、身体の内側にあった。
それでも、スクルズは縮地で、一瞬にしてクライドの近傍に出る。距離が近いほど、消費魔道力を節約できるのだ。
「おっ?」
突然に出現したスクルズに、クライドが意外そうな顔を向けた。
相手にしない。
クライドと、クライドが立っている負傷者のあいだに、咄嗟に幅広い結界を作る。その結界を一気に、クライドめがけて前に動かす。
「うわっ、なんだ──?」
見えないものに押されるように、クライドが体勢を崩しながれら後ろ方向につんのめる。
「いまです──。倒れた者を救助してください──」
スクルズは叫ぶ。
衛兵たち、さらに冒険者も一斉に出る。倒れている者が次々にさげられていく。
「糞が──。邪魔すんじゃねえ──」
クライドがスクルズに跳びかかった。
一瞬にして、クライドがスクルズに距離を詰める。
移動術で小移動して、クライドの背後に跳躍する。
たったいま、スクルズがいた地面に、クライドの剣が突き刺さる。
「なんだ、お前──?」
クライドが振り返る。
また、いきなり飛び掛かってくる。移動術で背後に小移動──。
続けて、広域結界を前に展開──。
透明の網にかかったかのように、クライドが結界に取り込まれる。
「おっと」
しかし、次の瞬間、クライドの姿が揺れるようにぶれ、結界を越えて、スクルズに迫る。
「くっ」
移動術で跳んで、完全に距離をとる。
ただでさえ、治療術で大量消費していた魔道力が、移動術と広域結界の連発で、ごっそりと抜けているのがわかる。
脱力感が増す。
スクルズは歯を喰いしばった。
クライドが突進してくる。
防護結界が、役に立っていない。
なにかが無効化されているのは、はっきりとわかる。
理由は、わからない。
それでも、完全に止められないわけではない。
一度、動きが鈍る。
抑え込める──その感触だけは残っている。
スクルズは、結界を前方に展開した。
さらに、重ねる。
──十層。
全身から力が抜けていく。
膝をつきそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
目の前まで迫っていたクライドが、結界に呑み込まれる。
動きが、目に見えて遅くなる。
いましかない。
神官や巫女には、不殺の誓いがある。
だが、ここで逃せば、また人が死ぬ。
これだけの目がある。
公衆の前で誓いを破れば、神官であり続けることはできないだろう。
それでも──覚悟を決めた。
「なんだ、こりゃあ──」
もがくクライドの左右、背後──。
同じ強度の結界を、さらに展開する。
完全に包み込む。
「は、離せ。離しやがれ──」
光が、スクルズの前に集束する。
光の槍──。三本。
一本を頭部へ。
二本を胴体へ。
同時に、クライドに貫かせる。
クライドの身体が弾かれるように吹き飛び、地面に叩きつけられた。
動かない。
身体の表面が、ふつふつと燃えている。
一瞬、音が消えた。
次の瞬間、歓声が上がる。
スクルズは、そこで膝を折った。
「スクルズ──」
その身体を後ろから抱き抱えられた。
ミランダだ。
振り返ると、被っている毛布の肩の部分に血が滲んでいる。
怪我をしていたのか……。
だが、重傷というよりは掠り傷に近いだろう。
スクルズは、肩で息をしながら、ミランダに微笑みかけた。
「ミランダ……ごめんね。疲れちゃって……。もう少し魔道力が回復したら、それを治療するわ」
「ばか、そんなこといいのよ。それよりも無茶して。もしかして、魔力切れ?」
ミランダが呆れた顔になっている。
ざわざわと周囲のざわめきが大きくなり、燃えているクライドの死骸に向かって、衛兵隊も集まってきていた。
しかし、はっとした。
ついさっきまで、光の槍の残滓で全身が燃えているはずだった、クライドの身体がそこになかった。
「そういうことかよ。魔力切れかよ」
すぐ近くにクライドの声──。
ぞっとした。
「うわっ」
襲ってきたクライドの剣をミランダの斧が弾く。
ミランダが被っていた毛布がはだけて、彼女の白い肌が露出した。
「うわっ」
「まだ生きている──」
「距離をとれ──」
衛兵たちが騒然となる。
まさに、災厄──。
スクルズは眼を見張った。
跪いたままの足元に、影がいくつも重なった。
衛兵隊が、スクルズたちの前に雪崩れ込む。
「捕らえろ──」
声が重なり、梯子が投げ込まれる。
後方からも、両脇を抱えるように衛兵たちが梯子を持って踏み込んだ。同じように両端を掴んで伸ばした縄も使われる。
梯子で挟まれ、縄で絡みとられたクライドの動きが止まった。
数人の身体が重なり、クライドの動きが封じられた――そう見えた。
だが、次の瞬間だった。
梯子と縄をすり抜けるように、クライドの姿が抜け落ちる。
刃が閃く。
近かった衛兵が崩れ落ちた。
続けて、別の衛兵が倒れる。
悲鳴が上がる前に、血が飛ぶ。
押さえ込もうとした動きが、次々に断ち切られていく。
踏み込んだ列が崩れ、後続が止まる。
惨状が、再び広がった。
スクルズは、歯を噛みしめる。
膝に残る痺れが、立ち上がるのを拒んでいる。
それでも、視線だけは外さなかった。
目の前で起きていることから、逃げるわけにはいかなかった。
血の匂いが、また濃くなる。
「ほらほら、俺を止めねえと、まだ無関係の市民が死ぬぜ」
クライドが横を抜けて駆けていく。
スクルズは、はっとした。
集まっていた市民たちの集まりの方向だ。一度、死んだと思ったので、物陰に隠れていた者たちが顔を出していたのだ。
「いけない──」
スクルズは立ちあがる。
クライドの突進するのは、ひとりの男の子の方向だった。
移動術で跳躍して、クライドの前に身体を出現させる。
「スクルズ──」
遠くでミランダの絶叫──。
剣の幅だけ、防護結界──。節約のために、ぎりぎり近くで──。
クライドの速度が低下し、男の子を抱えて、雑踏の中に逃げる。
「ああ──」
男の子の母親らしき女がスクルズから男の子を奪い抱える。
「ほら、ちゃんと阻止しねえと、今度は死ぬぜ」
クライドの声──。
顔をあげる。
別の野次馬の中にクライドが駆け進んでいる。
悲鳴をあげて雑踏が拡がるが、突き飛ばされた若い女がそこから弾き倒されていた。
クライドの剣が襲う。
「やめなさい──」
叫んで移動術──。
辛うじて、防護結界で防ぐ──。
魔力切れによる吐き気が襲いかかり、スクルズはその場に倒れ込んだ。
「ははは、終わりかよ、綺麗な嬢ちゃんよ」
脱力している身体を後ろから髪を掴まれて強引に立たされた。
「あ、ああ……」
スクルズは抵抗しようとした。
だが、腕が上がらない。
指先にすら力が入らない。
魔道遣いにとって、魔力切れは生命力の枯渇に等しい。
身体の芯が空洞になったようで、呼吸をするだけで精一杯だった。
その周囲を衛兵隊が包囲する。
踏み込めず、だが退くこともできず、距離を保ったまま円を描く。
すると、クライドが、片手でスクルズの巫女服の襟元を掴み、剣を走らせた。
布が一気に裂ける音──。
悲鳴があがり、怒号が重なった。
胸当てごと切断され、巫女服の上衣が上から下まで弾け飛んでいた。
乳房が露出した。
しかし、いまのスクルズには、手をあげて胸を隠す力もない。
次いで、肩口から巫女服を引き下ろされ、自分の服で両腕が絡め取られた。
そのまま、地面に跪かされる。
髪は離されたが、その代わりに、顔の前に剣の刃が当てられる。
「やめなさい──。スクルズを離すのよ」
包囲の衛兵隊の輪を割って、ミランダが前に出てきた。
裸身に毛布を被った姿のままだ。
「やかましい──。ロウとエリカを早く連れてこい──。それまで、半ノスごとに、この魔道遣いの女の身体を斬り刻んでいくからな……。まずは鼻だ──」
剣先がスクルズの鼻の下に移動する。
周囲の悲鳴が爆発する。
「やめなさいと、言っているでしょう──。あたしが人質になるわ──。スクルズを解放するのよ──」
ミランダの毅然とした声が響く。
「ほう……」
クライドが、興味深そうに目を細める。
「お前が人質か? じゃあ、さっきも言ったが、条件があるぜ」
「条件とはなによ?」
そのやり取りをスクルズは聞いていた。
だが、言葉を挟む力はない。
魔力切れの苦しさが、波のように押し寄せている。
呻くことしかできなかった。
「大勢殺したからな。気が昂ぶってんだよ。その身体で性欲処理の相手をしな。そのあいだは、この女には手を出さねえ……。なにしろ、俺は童女専門だ。大人の女には欲が湧かねえのさ。その点、お前は子供に見えるから、ぎりぎり勃つだろうさ」
クライドが下品に高笑いする。
衛兵隊や民衆に沈黙が流れる。そこに、クライドの嗤いだけが響き渡る。
「……わかったわ」
ミランダが応じた。
「……ミ、ミランダ……」
辛うじて、喋れたのはそれだけ。
スクルズの視界がわずかに揺れた。
「マリー、来て──」
ミランダが名を呼んだ。
ギルドで受付嬢をしているマリーが前に出てくる。
ミランダがマリーに顔を向けた。
「……ロウに事情を伝達して……。そして、伝えて。”助けて”って……」
短い言葉だった。
マリーがはっと息を呑み、すぐに頷く。
悲痛そうな表情のまま、振り返らずに走り去っていった。
それを見届けると、スクルズに剣を向けたままのクライドが満足したように鼻を鳴らすのが聞こえた。
「いいだろう……。おい、隊長よ──」
クライドがスクルズの腕を掴み、乱暴に引き起こした。
身体に力は入らない。足がもつれ、半ば引きずられる。
「なんだ?」
衛兵隊の隊長が包囲の集団から進み出てきた。
「しばらく、その建物で時間を潰すぜ。建物から人を追い出せ」
クライドが、目の前の広場に面した居酒屋らしき建物を顎で示す。
「わかった……」
隊長が近くの部下に指示する。
その衛兵がすぐに駆けていく。
「……これから俺は、この女どもと二階で時間を潰す。ロウとエリカが遅れりゃ、その分だけ、この女の身体が、少しずつ二階から投げ捨てられると思いな──。ロウとエリカが来たら、二階にあげろ。いいな──」
「くっ……わかった。だが、スクルズ様には手を出すな。絶対だ……」
「さあな。ロウという男が臆病風に吹かれて逃げねえことを祈るんだな」
クライドの嗤う声が広場に響く。
そして、ミランダに、縄を抱えるように指示した。
さきほど、衛兵たちが捕縛に使おうとしていたものだ。
「その縄を持って。先に上がれ、ミランダ──。お前が犯されるときに、拘束されるものだ」
クライドが指示する。
しかし、誰も動かない。
衛兵たちは包囲を保ったまま、ただ見ているだけだった。
「早くしろ──」
クライドが苛立ったように、スクルズの顔にさらに剣を接近させる。
悲鳴が起こる。
「縄よ──。早く寄越して」
ミランダが叫ぶ。
そのミランダに、かき集められた縄束がまとめて手渡された。
一方で、背後の建物の喧噪が聞こえた。
衛兵の指示で、中から従業員や家人らしき者たちが、悲鳴をあげて飛び出してきたのだ。
「行くぞ、お前ら──」
クライドに剣を突きつけられたまま、スクルズは引きずられる。
建物の中へ入った。
「ミウ──、お前もさっさとついてこい──」
背後に向かって怒鳴る声に、思わず振り返る。
いつの間にか、大きな荷物を背負った十歳くらいの童女が、建物の入口に立っていた。
自分の身体ほどもある荷を抱え、よろよろと歩いている。
脚を引きずるようで、追いつくのに必死だ。
誰なのかは、わからない。
ぼろぼろの毛布を縄で縛って身につけている。毛布の下は裸みたいだ。
建物の奥へ進むと、二階へ上がる階段があった。
進むのは、ミランダ、スクルズ、クライド、そして、ミウと呼ばれた童女……。衛兵は追ってこない。
ミランダが先頭に立たされ、命じられるまま階段を上がっていく。
スクルズとクライドが、その後を行く。
一段ごとに、脚が震えた。
二階に上がった先に、広い部屋があった。
部屋というより、物置に近い。
一角を木箱が占め、広間に面する大きな窓がひとつ開いている。
外の広場が、そこから見下ろせた。
次の瞬間、クライドがスクルズを突き飛ばした。
「くっ」
顔を床に打ちつけ、声が漏れた。
「乱暴はやめなさい──」
すぐ近くで、ミランダの声がした。
「うるせい──」
クライドが苛立った声を上げる。
床に落ちた縄を拾い上げる手が、視界の端を横切った。
その足音が、スクルズに近づいてくる。
思わず、顔を少しだけ上げた。
クライドが目の前に立っていた。
「さて、姉ちゃん……。お痛が過ぎた罰だ。その服を全部脱いでもらおうか。なにもかも脱いで、生まれたままの格好になってもらおう」
クライドが不気味に微笑んだ。