【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「そのまま来いよ」
一郎は紐を引きながら歩みを止めない。
やって来たのは、噴水公園とも呼ばれる王都広場である。
王都の中央に位置する広い石畳の広場であり、中央の大きな噴水を囲むようにベンチと屋台が並び、さらに外周では大道芸人や弁士が人を集めている。
王宮からの布告のほか、市民向けの布告や催しもここで行われることが多く、昼夜を問わず人の流れが絶えない場所だ。
足元の白い犬が、四つん這いのままついてくる。
見た目は、人の大きさと同じくらいの大きな白い犬なのだが、シャングリアである。
変えているのは見た目だけであり、実際に変身をしているわけではない。
しかも、声を一言でも発すれば、その場に人間の姿に戻る仕掛けである。姿が戻っても、首環の効果により、四つん這いの姿勢も崩せないし、全裸姿を隠すこともできないから、声を出したら、いまの恥ずかしい姿が暴露されてしまうということである。
しかも、シャングリア本人には、自分の姿は犬に見えない効果になっていて、シャングリアは、自分が全裸で歩いているとしか思えない仕掛けだ。
いやでも羞恥を自覚するしかない。
さすがのシャングリアも、極限の緊張状態のようだ。
四肢は震え、歩みは遅れがちであり、時折止まりかけては、紐が張った瞬間に慌てて踏み出すということを繰り返している。
賑やかそうな人の集団の中に入っていく。
噴水の水音が近づき、なにかを演説している声と集まっている市民のざわめきが重なる。
「ほら、腰がさがっているぞ」
紐を引く。
犬の身体がびくりと跳ねた。姿勢が崩れかけ、後ろ脚を突いて立て直す。腰が一度さがり、すぐに大きく持ち上がる。
一郎にも、現段階で犬にしか見えないが、実際には全裸のはずのシャングリアがどんな表情でついてきているのか見たいものだ。
いや、見えるか……。
一郎は、淫魔師としての能力を使って、首環の効果を修正できることに気がついた。
理由はわからない。やろうと思った瞬間に、できることに気がついた──それだけだ。
そのとき、横を通る男が一瞬だけシャングリアに視線を落とした。
「でかい犬だなあ」
それだけ言って、関心を失う。
だが、シャングリアは目に見えて狼狽し、必死に身体を小さくする仕草をした。
また、見た目のだけの尾が動いている腰の後ろ側をその男から隠すように向きを直そうとする。
「止まれ」
一郎は紐を張った。
犬がその場で止まる。脚を寄せ、背がわずかに丸まる。落ち着かない様子で体勢を保つ。
すでに集団のなかの裸身を隠すこともできない位置だ。
シャングリアは、どこからも身体をかくすことはできない。
後ろのエリカもシャングリアの後ろで足を止めている。
振り返ると、犬の見た目のシャングリアを見て、わずかに眉を寄せていた。視線を外しきれず、もう一度だけ見てから前を向く。
コゼは一郎の横だ。
「……いま目の前にある賑わいに騙されるな──」
集まりに加わっている弁士の声が響く。
一郎たちが寄っていったのは、前で男が声を張っている十数名の集団だ。同じような演説もまた、この広場のあちこちで行われている。
この演説の弁士は、三十歳くらい男だ。
噴水の水音の上からでも通る声であり、何人かが足を止め、何人かはそのまま流れていく。
服は上等なものではなく、平民が着るようなものだ。ただ、実際には王宮貴族のようだ。
一郎の魔眼がそれを教えてくれる。
「……古い秩序は崩れ始めている……それが見えぬのか……。流れはある……だが導く者がいない……このままではどこかで詰まる……。だからこそ、我々はいまこそ、この危機を自覚しなければならんのだ──」
演説者は必死に拳を振って訴えている。
ただ、演説の途切れがあっても、拍車はまばらだ。
離れていく者も多い。
「似た話が増えたな……。行くか」
一郎は紐を引いた。
「白犬」が前へ出る。だが脚が揃いきらず、腰が一瞬落ちる。それでも止まらない。
演説の前から離れて、今度は大道芸人のいる一角に向かうことにした。
「ただ立っているだけじゃつまらないな」
一郎は紐を指に絡めたまま、視線を足元に落とした。
白い犬が四つん這いのまま必死に体勢を保っている。背がわずかに丸まり、脚が寄り、落ち着かない。
一郎は亜空間から、一本の柄のついた羽根を取り出す。
手元には、細長い柄の先に柔らかな羽根がついたそれが、見えている。
柄を犬の尾の付け根に向けて、軽くなぞる。
「……っ」
びくりと白犬の身体が跳ねた。
さらにしつこくお尻を羽根で撫で続ける。
前脚が一瞬浮き、慌てて石畳を掴む。後ろ脚が揃いかけて、崩れ、また開く。
一郎は羽根を引く。
「脚を閉じるのは禁止だ。声を出すと正体がばれるぞ。ほら、しっかりと我慢しろよ」
まだ震えが残っている尻をもう一度、なぞる。
今度は少し長く。
四つん這いの白犬がびくびくと痙攣のような動きをする。
背が反り、腰が落ちかけ、それでも、必死に踏ん張り、体勢を保とうとしている。
命令で脚は閉じられないが、羽根の刺激を避けようと、腰が右に左に動く。
「……あのう……なにしてるんですか?」
コゼが首を傾げる。
「突然に暴れ出しましたけど……」
エリカも低く言う。
ふたりが疑念に思うのは当然だ。実はこの羽根には、認識阻害の効果があるのだ。見えているのは淫魔力を持つ一郎だけだ。
「わからないよな?」
一郎は笑う。
長い柄のついた羽根を操っているのだが、ふたりからすれば、シャングリアと少し距離のある位置で、不自然に手を動かしているようにしか見えないはずだ。
一郎は、今度は前脚の付け根──人間で言えば、脇の下をかすめる。
犬の身体が激しく跳ねた。
今度ははっきりと崩れかける。前脚を強く突いて、どうにか支える。
「やっぱり、なにかしてますよね?」
一郎は手を止めた。
「俺に触ってみろ」
二人にだけ聞こえる声で言う。
コゼが先に動く。
一郎の手首に触れる。軽くコゼに淫魔力を注ぐ。
「……わっ、見えた」
次の瞬間、コゼが息を呑んだ。
エリカも触れる。
「なんですか、これ?」
エリカは、わずかに目を見開く。
「見えるようになったろ?」
それだけ口にして、また羽根を動かす。
長い柄の先についた羽根が、尾の付け根をなぞる。
犬の身体が大きく跳ねた。
前脚が滑り、膝が崩れかける。慌てて突き直し、体勢を保つ。
震えが拡大する。
背後はすでに人で埋まっている。
逃げ場などない。
一度休んで、もう一度、なぞる。
ゆっくりと、股間へ……。
腹の奥へ滑り込む。
白い身体がびくびくと震えた。
腰ががくんと落ちる。
脚が閉じかける。
しかし、閉じない。命令が効いている──。
身体がびくりと跳ね、また脚が開く。だが震えは止まらない。
「うわっ、えげつないですねえ」
コゼは笑っている。
エリカは唖然となり、言葉を失っている。
広場のざわめきは途切れない。
誰も見ていない。
誰も気にしない。
ただ人の集団に囲まれている一匹の大きな白い犬が、落ち着きなく震えている──。
「ロウ様、やり過ぎです──」
我に返ったエリカが大きな声をあげるとともに、一郎と白犬のあいだに立ちはだかった。
「ほう? なら、代わりに、エリカが実験台になるか? どっちでもいい」
一郎は意地悪く口にした。
エリカの身体がびくりと震える。
頬が一気に赤くなり、視線が揺れる。
「えっ、わ、わたしが……ですか」
声がわずかに裏返る。
言葉のあとが続かない。
一瞬、視線が足元へ落ちる。
白い犬の姿のまま震えているシャングリアへと。
すぐに逸らす。
「……ああ、そうだ。この首環は一個しかない。エリカが代わりに装着するなら、そいつは見逃してやる」
一郎は紐を持ち直しながら、にやりと笑う。
エリカの表情が固まる。
「ふふ、ご主人様、あたしは責め役で参加しますね。同じ羽根をくださいな」
コゼが横で、小さく笑う。
「おう、いいぞ。認識阻害の羽根は幾らでもある」
一郎は亜空間から取り出した羽根をコゼに渡す。
「どうするの、エリカ?」
コゼが羽根の柄を持ち直して身構える。
一方で、広場のざわめきは変わらない。
誰もこちらを見ない。
誰も気にしない。
周りは正面の大道芸人を見ている。
ただその中で、エリカだけが反対向きで、迷ったように立ち尽くしていた。
そして……。
「ごめん、シャングリア」
エリカがシャングリアの前から身体を横にずらす。
一郎とコゼの操る羽根が同時に伸びた。