【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「たまには、こうやって、なんにもなく歩くのもいいですね」
ロウの横を歩くコゼが呑気そうに言った。
エリカ、ロウ、コゼ、シャングリアのいつもの四人である。
エリカたちは王都中心部の大通りを離れ、城壁沿いに広がる下町地域を歩いていた。
目当ての焼き菓子を売る小さな店が、王都の下町にあり、そこに向かっているのだ。
しばらく品不足のために店を休んでいた、子供たちに人気の『果物と木の実の蜜焼き』が、最近になってまた売り出されたらしい。
幼児退行しているウルズへの土産にちょうどいいと、一郎が言い出したのだ。
焼き菓子を購ったら、ウルズのいる小屋敷に向かう予定だ。
本来なら、こんなに歩く必要はない。
スクルズが設置した移動術のポッドによって、一郎たちは王都各地を瞬時に行き来できるようになっている。
ブラニーの小屋敷──。
スクルズの寝室──。
イザベラ姫の離宮──。
最近では、若返ったマアが新たに作ったターナ商会にも設置された。
もちろん、こんなものを王都内に勝手に作れば死罪だ。
だが、スクルズはロウに命じられれば喜んで実行してしまうのだ。
今日は、ロウが王都を少し歩いてみたいと言い出したことで、貴族街の商家街にあるターナ商会から、いまは下町街に入ったところだ
「なんか、さっきまで人が少なかったのに、人が増えた?」
エリカの後ろをロウと一緒に歩いているコゼが呟くように言う。
「そうねえ」
周囲を見回してエリカは首を傾げた。同じことを思っていたのだ。
そう言えば、少し前まで、貴族街にしろ、下町にしろ王都の雰囲気は重かった。
市場から商品が消え、物価が急激にあがったからだ。
商人たちは眉をひそめ、買い物客たちも値札を見ては溜息をついていた。
どうやらマアがキシダイン派の商家と争っている影響らしい。しかし、詳しいことは知らない。
マアとロウが相談しながらやっていることで、エリカは深く関与してないからだ。
ところが、いまは違う。
いや、貴族街の商家通りは変わってなかった。
ただ、下町に入ると一変したのだ。
つい数日前まで閉まっていた店まで、今日は扉を開けている。露店には果物が並び、荷車を引く商人の姿も目につく。肉を焼く匂いが漂い、行き交う人々の表情もどこか明るかった。
もちろん、以前ほどではない。
それでも、確かに活気が戻りつつあるのは明らかだ。
「一時期、王都に入ってこなかった荷が戻ってきている。ただし、下町側だけな」
最後尾を歩いているシャングリアが口を挟む。
「なんで、貴族街の大商家に荷が入らずに、庶民中心の下町に荷が戻るのよ。普通逆でしょ」
コゼが不思議そうに言う。
「さあな。それはロウに訊くといい。おマアと組んで、隠謀を企んでいるのは、ロウだからな」
シャングリアが応じる。
「隠謀とは酷いなあ」
ロウが小さく笑った。
「ご主人様がキシダインの商会に荷を入らないようにしてるんですか?」
コゼが訊ねている。
「そんなことしないよ。ただ、少し前に荷が入りにくくなったのは、おマアが既存の大商家たちから権益を奪ったからだ。やったのは、おマアだよ」
「じゃあ、今度はどうして下町だけに荷が入るんですか?」
「おマアのターナ商会が取引をするのが、イザベラ派というものに属する中・小商会だからだ。結果的にそうなっているだけだよ」
「ふうん、よくわからないです」
コゼが息を吐くのが聞こえた。
エリカはくすりと笑ってしまった。
そのときだ。
前から十人ほどの青い徽章を胸につけている一団が徒党を組んでやってくるのが眼に入った。
エリカは内心で舌打ちする。
周囲の露天商の前から、あっという間に人影がいなくなり、商人たちも荷を隠し始めた。
「ロウ様、申し訳ありません。ちょっと脇に逸れましょう」
エリカは振り返り、そばの路地にロウを促した。
四人で路地へ入る。
さっきまで賑わっていた通りが嘘のように静かになった。
やがて、青い徽章を胸につけた男たちが通り過ぎていく。
揃いの鎧ではない。
革鎧の者もいれば鎖帷子の者もいる。
いかにも傭兵といった風体だった。
「なんだ、あいつら?」
ロウが怪訝そうに言う。
「ロウはあいつらを見るのは初めてか? 最近、かなりうろうろしているぞ。ハロルド公がタリオから呼び寄せた傭兵団だ。いまは私兵として王都を巡回している」
「ほんと、やなやつ。威張っているし、冒険者と見れば絡んでくるし、行儀も悪いし、最悪」
コゼが吐き捨てるように言う。
「銃を持ってるのな」
ロウが呟く。
目の前を通り過ぎていった十人ほどの男たちのうち、半数ほどが黒い銃を肩から提げていた。
「彼らの出身のタリオでは禁止されてません。庶民でも銃を持ってます。むしろ、庶民の武器という扱いですね」
エリカは横から言った。
「でも、ここはハロンドール王国だぞ。王都で堂々と銃を持ち歩いていいのか? 銃は御法度じゃなかったか?」
ロウ自身も銃を持っている。
もっとも、普段は亜空間へ収納しているため、外から見えることはない。
「御法度ではないぞ。王軍以外の所持が禁じられているだけだ。あれはキシダインが特別に許可したらしい」
「私兵なのにか?」
「一応は肩書きもある。胸の青い徽章が見えただろう。あれが特別警邏団の印だ」
「特別警邏団?」
「連中は商家の倉庫を調べるんだ。売り惜しみや買い占めをしている疑いがあれば立ち入り、商品を隠していたと判断すれば摘発する」
男たちの姿はもう遠ざかっていく。
だが、露天商人たちが、あちこちで、まだ様子を窺っているのがここからでも見える。
「王都の品不足への対応ということか」
「まあそうだな。品不足で打撃を受けてるのはキシダイン派の大商家ばかりだ。キシダインとしては無策だと、派閥内の信頼に関わる」
「でも、それは王軍の仕事だろう? なんでわざわざ傭兵を使うんだ?」
ロウが言う。
「流通については、王国よりもタリオ人に知見がある。だから、専門チームを派遣させたそうだ。少なくとも騎士団への説明はそうだったな」
シャングリアが続ける。
「それは、この王都の王軍や騎士団を逆なでするような物言いだな」
ロウが笑う。
「そうだな。連中の存在が王軍で歓迎されてないのは事実だ。ただ、王軍は王妃が押さえている。キシダインの思うようには動かせん」
「それでタリオから傭兵を連れてきたのかということか」
ロウが納得したように頷く。
「そういうことだ」
「でも、そんなことをしていいのか? 後宮に入り浸りらしいあの国王陛下はともかく、アネルザや貴族議会がよく認めたな。しかも、銃まで許可して」
路地から出て通りに戻る。
通りのあちこちに隠れていた商人たちも少しずつ姿を現し始めた。
あの傭兵たちは、もう姿は見えない。
「んん? 手続きはしてないはずだぞ。ハロルド公が自分で決めて、自分で呼んだ。議会も通さずにな」
「勝手にか?」
「だから、わたしが、最初の私兵と言っただろう。あいつらは、正規には、キシダインの私兵にしか過ぎんのだ」
シャングリアがそう言って肩を竦める。
「ハルルド公はそんなことしていいのか?」
「そんなものだろ。権力を持つ者はなにをしてもいい。軍部だって、面白くはないかが黙っている」
シャングリアはあっけらかんとしている。
「なるほど……。でも、評判は悪そうだな」
「そうだな。あまり評判は良くない。そもそも、あいつらはハロンドール人を見下す。それが態度にも、言動にも現れる」
その言葉に合わせるように、ロウが考え込む仕草になる。
「ふふ、ご主人様、なんだか、悪巧みをしているような顔ですね」
すると、コゼがロウに声を掛けた。
「悪巧みってほどじゃないぞ。ただ、ミランダを使って、王都の物価高は、あの連中のせいだって、噂でも流してやろうかと思ってね」
ロウは微笑む。
「悪巧みじゃないか。物価高に限れば、ターナ商会……。つまりは、おマアとロウのせいだと言っていい」
シャングリアが笑う。
「それがどうした」
ロウが笑い返した。
目当ての店は、下町の中心にあった。
店先には十人近い客が並んでいたが、幸いにも売り切れる前に買うことができた。
紙袋の中には、焼きたての菓子が詰められている。
「ウルズ、喜ぶでしょうね。でも歯磨きさせないと、虫歯になるって、ベルズが怒るでしょうか」
甘い香りが漂ってきて、エリカは思わず笑みを浮かべた。
「虫歯になっても、俺の淫魔術で一瞬で治療できる。問題ない」
ロウが笑った。
「でも、あたしはいまだに、あの大人びた美貌で、“ぱーぱ、おみやげえ”──って、幼児言葉で甘えられるの慣れないです」
コゼが苦笑した。
「いまの似てたな」
シャングリアが呆れたように言った。
「そう?」
コゼが胸を張る。
一郎たちは、王都の下町側から中心方向に戻り、貴族街に近い住宅街の一角へ辿り着いた。
スクルズとベルズで管理している、屋敷妖精ブラニーの守っている屋敷だ。
一郎たちは、“小屋敷”と呼んでおり、平屋だが低い樹木に囲まれた大きめの庭がある屋敷だ。裏には馬納屋もある。
部屋も客間を含めて十個ほどあり、実際にはそこそこ大きい。
かつては成功した分限者が住んでいたという場所であり、周りは静かな住宅街だ。
幸いにも家の前の通りはひっそりとしている。
「ブラニー、帰ったぞ」
門の前に立ったロウが声をあげる。
すると、屋敷の門がひとりでに開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様。それから皆様も」
「ああ」
姿はないが、聞き慣れた少女の声だけが響く。
一郎は、門から前庭を通って屋敷に向かって歩いていく。
屋敷の入口に立つと、扉が勝手に開かれた。
屋敷妖精のブラニーが、にこにこしながら出迎えてくた。
相変わらず召し使い姿だ。
見た目は十歳くらいの人間族の童女そのものだが、屋敷妖精としては、城郭外の幽霊屋敷にいるシルキーよりも先輩らしい。
スクルズが設置した移動ポッドのおかげで、ふたりは頻繁に顔を合わせているようだ。
「ちょっと下町に寄っていてな」
一郎は亜空間に収納していたお土産の蜜菓子を取り出して、ブラニーに手渡した。
「ぱーぱ」
すると、奥側の扉が勢いよく開き、大きな声がした。
ウルズだ。
元気よくこちらへ走ってくる。
もっとも、走り方はまだ少し危なっかしい。
幼児返りしたウルズにとっては、歩くことも走ることも覚え直しの途中なのだ。
「ぱーぱ、あいたかったの──。ウルズ、ぱぱに、あいたかったのっ」
一郎も歩み寄り、入口から入った大広間の真ん中でウルズを抱き留めた。力が強いので、遠慮のない勢いでぶつかられてしまい、そのまましゃが込んだかたちになった。
ウルズは、一郎にしがみついてくる。
頬をごしごしと擦りつけてきた。
「うん、久しぶりだな」
「うんっ」
満面の笑みで頷く。
見た目は王都の三美女とまで称された大人の女性そのものだ。
だが、ウルズは、喋り方も仕草も幼い子供そのものである。
「ぱぱ、きてくれたの」
「来たぞ」
「うれしいっ」
無邪気に笑うウルズの頭を撫でる。
ウルズは、少し前まで第一神殿の次の筆頭巫女候補だった。
だが、ノルズの一件で魔瘴石を身体に埋め込まれ、それを取り除いた影響で精神が幼児返りしてしまったのだ。
いまは巫女の座も退き、ブラニーの世話を受けながら、ベルズとスクルズが共同で面倒を看ている。
もっとも、ベルズたちによれば回復は順調らしい。
少し前までは赤ん坊同然だった。
それを思えば、こうして会話が成立するだけでも大きな進歩だ。
「ぱぱ、ぱぱ、あいがとう。きてくれて、あいがとうっ」
ウルズの無邪気な笑顔を見ると、一郎も自然と頬が緩んだ。
「ウルズ、ひとりか?」
シャングリアが声をかけた。
ブラニーを含めた四人は、床にしゃがんで抱き合っている一郎とウルズの周りを囲っているかたちだ。
「……いえ、おりますわ。お昼寝の時間なので、来ていたのですが、ロウ様たちが来られたら、もうウルズもお昼寝しませんね」
奥側から現れたのはスクルズだ。
第三神殿の神殿長代理としての装束なので、業務のあいだを塗って、移動術ポッドで来ていたのかもしれない。
「あら、いたのね。じゃあ、ウルズの面倒は、あたしたちが看ておから、第三神殿に戻っていいわよ。神殿長代理様もお忙しいでしょうし」
コゼが冷やかすように言う。
「まあ、この午後は神事が入っておりますが、調整すれば大丈夫ですわ。問題ありませんもの」
「いや、スクルズ、用事があるなら戻れよ」
一郎は苦笑した。
「いえいえ、それには及びませんわ。神殿の者には、ウルズのことであれば融通がききます。ベルズが十日間の
「いや、だから、面倒看るから、帰れって言ってんのよ」
コゼが続ける。半分揶揄うような口調だ。
「いえいえ、伝言球を跳ばせばすみますから。問題ありません」
スクルズがにこにこしたまま応じる。
「これは、戻る気はないな」
シャングリアが口を挟む。
「ところで、スクルズ。ベルズから、しばらく神殿に籠もるってのは聞いたんだけど、その断祈ってなんなの?」
エリカが訊ねた。
「断祈というのは、巫女や神官が行う修養のひとつですわ」
スクルズが微笑む。
「修養?」
コゼが首を傾げる。
「はい。修養棟に籠もり、最低限の食事だけで過ごしながら、ひたすら祈りを捧げ続けるのですわ」
「それだけか?」
シャングリアが訊ねた。
「それだけですわ。面会もありませんし、無駄な会話もありません。外界との接触を絶ち、自分自身の心と向き合うための荒行なのです」
「十日もか?」
シャングリアが眉を上げる。
「今回は十日ですわ。短い方です。ベルズも第二神殿の筆頭巫女ですから。それ以上の時間をとるのは難しいようですね」
「そもそも、なんで、ベルズがいまさら荒行するのよ?」
コゼがスクルズを見る。
「詳しいことは存じませんが、ロウ様に関係があるのではありませんか?」
「えっ、俺が?」
一郎は思わず聞き返した。
「ええ。ベルズは、自分の心に迷いや弱さがあると申しておりましたわ。十日ほど前に、ロウ様はベルズを抱いたとおっしゃってましたよね」、
「抱いたな」
あれは、“レイプごっこ”のときだろう。
神殿の外に誘き出したベルズを路地裏でレイプ紛いに抱いた。
そう言えば、ベルズが、断祈に入るので、しばらく会えないと伝言を送ってきたのは、その翌日くらいだったか。
「そのときになにか思うところがあったのでしょうね」
スクルズが言った。
「なに言ってんのよ。それなら、あんたこそ、断祈とやらをしなさいよ。色惚け巫女が十日でまともになるとは思えないけど」
コゼが爆笑した。
「ぱーぱ、ねえ、またみんなで、まんまんしよう。ウルズ、スクルズままと、ぱぱと、エリカねえちゃんと、コゼねえちゃんと、シャンねえちゃんと、みんなでまんまんしたい──」
すると、話に飽きたのか、一郎に抱き付いていたウルズがぐずるように、一郎を揺さぶって大きな声をあげる。
「まんまんか? そうか、じゃあ、するか? 折角なんでこの全員で、我慢競争ごっこ、なんてどうだ? 一番、弱いのは罰を受けるんだ。もちろん、ウルズは列外な」
一郎は言った。
だが、エリカが身を見開く。
「なんですか、それ──? まだ昼間ですよ」
エリカは抗議の声をあげた。
「まあ、それなら、あんたが負けるのはわかっているしね……。でも、やりましょう。ウルズの情操にもいいみたいですし……。それで、エリカへの罰ゲームはなんにするんですか?」
コゼが言った。
精神についてのみ幼児化しているウルズだが、幼児化状態から早く脱却するには、実は一郎の精が一番いいのだそうだ。
本当かどうかはわからないが、スクルズにしても、ベルズにしても、一郎がウルズを抱くことで、ウルズの精神が安定して、いい具合に成長しているという。
だから、一郎もなるべく、ウルズを抱いて精を注ぐ機会を多くしないといけないとは考えているのだが……。
「なんでよ──。誰が負けるのか、まだわかんないわよ──。あっ、いえ違う」
エリカが混乱している。
実に面白い。
一郎はくすりと笑ってしまった。
「ねえ、エリカねえちゃん、まんまんしたくないの……? だめえ?」
ウルズがエリウかを見る。その眼には、薄らと涙がたまりかけている。
これは泣きそうだ。
「し、したくないわけじゃないけど……。あっ、そうだ、お土産あるわよ。前にも買ってきた蜜菓子。みんなで食べよう」
エリカがウルズに言う。
「あいやとっ──。でもまんまんのあと──」
ウルズが元気よく言った。
「ええー?」
エリカが肩を落とす。
おそらく、性感の我慢競争など、自分が負けだと思い込んでいるんだろう。
まあ、一郎もそう思うが……。
「じゃあ、わたしは神殿に午後は戻れないと、連絡しますね」
スクルズが目の前で伝言球という伝言用の魔道を練りだす。
「やっぱり、スクルズこそ、断祈がいるんじゃないか」
シャングリアが横から口を挟む。
「わたしの信仰は、ロウ様ですから。なんの問題もありませんわ」
スクルズが満面の笑みを浮かべて、伝言を入れたシャボン玉のようなものをぱちんと消滅させた。