【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
王都の貴族街の商家街──。
石畳の大通りを進んでいた一郎は、目の前の建物を見上げて思わず足を止めた。
「でかいな……」
三階建ての石造りだ。
表通りに面した正面には大きな“ターナ商会”の看板が掲げられている。
「また、随分と大きな建物を買い取ったんですねえ」
コゼが感心したように声を漏らした。
見た目が若返ってしまったマアが、女豪商マアであることを隠して作った以前のターナ商会は、貴族街の外れにある二階建ての建物だった。
だが、いま目の前にある建物は違う。
貴族街でも一等地と呼ばれる区画に建ち、大通りに面して堂々と構えている。
出入りする人間の数も多い。
荷車を引く使用人。
帳簿を抱えた事務員。
商談に訪れたらしい商人たち。
さらには護衛らしい冒険者の姿まで見える。
「この間まで、ここはグラディス商会の本店だった建物だな」
シャングリアが口を挟む。
「グラディス商会って、キシダイン派の商会のひとつだったよね。また、おマアが潰したの?」
エリカが振り返ってシャングリアを見る。
ターナ商会という謎の新興商会の女主人に扮しているマアだが、王都に集まっているキシダイン派の商会を狙い射ちにするように、流通攻勢をかけている。
そのため、貴族街にある王都大商会群は、目下大混乱の状況だ。
「潰れてはないぞ。ただ王都からは撤退したようだ。地方へ本拠を移したそうだ」
「へえ」
一郎は頷いた。
「でも、ご主人様、今日はどうして、わざわざ表から来たんですか。いつものように、こいつの移動術ポッドで入ればいいのに」
一郎の腕を組んで隣を歩くコゼが一郎の反対側の腕を組んでいるスクルズを目線で刺す。
「まあ、これもレイプ期間の一環だしな。準備されている移動ポッドで襲撃したんじゃ風情がない。あくまでも、外から忍び込む。それが夜這いの醍醐味だ。スクルズのときもそうだったろ」
一郎はスクルズを見る。
「ふふ、その節はお世話になりましたわ。ロウ様に襲われるなんて、とても有意義な経験でしたわ」
スクルズが笑う。
第三神殿のスクルズを襲ったのは三日前だったか。
警備を厳重にした神殿へ忍び込むのは骨が折れたが、相手が一郎だとわかったスクルズは大喜びだった。
同じようなことを、この数箇月、ミランダ、ベルズ、アネルザ、イザベラと侍女団にと繰り返した。
特段の理由があったわけじゃない。
単なる遊びだ。
そして、今回は一連のレイプごっこの最後になるマアだ。
マアは、この数箇月、一郎の頼みにより、キシダインの運転資金基盤である流通を崩すべく王国中を飛び回っていた。
連絡は魔道通信で取り合っていたが、実際に会うのは久しぶりなのだ。
「やあ、来たね」
すると建物の外階段に繋がる二階扉が開いた。
聞き慣れた声だった。
以前より若々しい美貌を持つ女商人──マアである。
見た目は三十過ぎの美貌の女だが、実際には六十を過ぎており、この世界の人間族としては、老女の範疇に入る。
しかし、淫魔術で刻んだ女については、一郎は「治療」をすることができる。だから、治療として皺を伸ばし、肌の瑞々しさを戻して、衰えていた全身の筋肉を整えたところ、見た目がすっかりと若返ったということだ。
本人は、それを機に、タリオ出身の女豪商マアを引退させ、新たな若手の女商人マアとして世に出ることにしたのだ。
起こした新商会はターナ商会──。
いまや王都でも知らぬ者のない急成長商会である。
「おマア、今日は夜這いだから、部屋にいてくれと言ったろう」
一郎は、コゼとスクルズに手を離してもらい、マアに向かって手を振る。
「まだ昼間だよ。それに、愉しみにしてたんだ。さあ、こっちから入っておくれ。みんなもね」
一郎たちは、エリカを先頭に階段をあがった。
二階からの入口前はポーチになっており、そこから階下を見下ろすことができた。
この建物だけではない。
左右には商会の倉庫らしい建物が並び、奥には荷車置場がある。
さらに周囲の店舗にも同じ商会紋が掲げられていた。
「もしかして、両隣の店舗も、おマアのものか?」
「そうだね。服飾店と雑貨店。あとは裏通りの倉庫も買っいとったよ。資金に困っていたらしくてね。買い叩かせてもらったよ」
マアはどこか誇らしげに胸を張る。
「景気が良さそうだな」
「忙しすぎて死にそうだね。だが、やりがいはある」
確かに、その顔はどこか楽しそうだった。
眼下では、今日も大勢の従業員たちが慌ただしく走り回っている。
だが、時折、彼らの何人かが興味深そうな視線を向けてくる。なかには、憎々しげに睨んでくる従業員もいた。
「もしかして、俺、嫉妬されているのか」
一郎はくすりと笑った。
「あいつらは、あたしが六十を超えた老女だとは知らないからね。色目を向けてくる男も少なくない。新鮮な感覚だよ」
マアは笑って、一郎の腕を組んできた。
一郎はマアとともに、二階の入口から建物の中に入る。
マアの事務室と私室を兼ねた部屋があった。
部屋に足を踏み入れた瞬間、一郎は思わず足を止めた。
懐かしい香りがしたのだ。
「おう、ロウ殿、座ってくれ。皆もな。ちょうど昼餉の時間だ」
マアが満面の笑みを浮かべて出迎えてくる。
一郎は部屋の中央に置かれた大きな机を見て目を見開いた。
「おお……」
そこには、見覚えのある料理が盆の上に並んでいた。
白い飯──。汁物──。焼いた魚──。卵料理。
器こそ違うが、それは間違いなく日本の食卓だった。
「これはすごい──。もしかして、これを準備してくれたのか?」
前に会ったのは二箇月ほど前だったか。ここに移転する前のターナ商会で、もっと小さな建物だった。
そのとき、一郎は外来人であることをマアへ明かした。その流れで、故郷で食べていた料理の話にもなったのだ。
まさか、それを本当に再現してしまうとは思わなかった。
「おう、そうだ。喜んでくれるか?」
マアは得意げに胸を張った。
「当たり前だよ。いま、ちょっと泣きそうになってる」
「嬉しいのう。米と魚は王国内のものだが、それ以外は輸入品だ。西岸諸国から仕入れた」
「西岸諸国から?」
一郎は驚いた。
ハロンドール王国のさらに北西には、多くの海洋国家が並んでいる。
船による交易で栄える小国家群だ。
王国でも珍しい品は、まず西岸諸国の商人たちが海を越えて持ち込むと言われている。
「ロウ殿の話を聞いていたらね。どうも、その辺りで流通している食材に似ていると思ったのだよ。だから集めてみた」
「わざわざか?」
「わざわざだな。だが商売にもする。あと、発酵調味料はエルニア産だ。西岸諸国経由で入れた」
「エルニアか」
一郎は息を吐く。
エルニア王国は、ハロンドールの北に位置する国だ。
米や発酵調味料を用いる文化を持つらしく、話を聞く限り、一郎が知る日本にもっとも近い国だと思う。
だが、鎖国国家として知られており、他国との交易はほとんど行わない。
だから、西岸諸国経由で運んできたということか。
「料理の仕方は、ロウ殿の話を元に料理人へ再現させた。どうだ? 故郷の味に近いか?」
「近いなんてもんじゃないさ」
一郎は席に腰を下ろした。
「なら、よかった。料理人も苦労しておった。なにしろ、ロウ殿の頭の中にしかない料理だからな」
マアが嬉しそうに笑う。
「少し違うところはある。でも、驚くほど似ている」
汁物の香りは、味噌汁に近いが別物だ。
白い四角い食材も豆腐によく似ているが少し違う。
それでも、焼き魚も卵料理も、一郎が知る料理そのものだ。
性欲には見境のない一郎だが、食道楽というわけではない。
それでも、これは素直に嬉しかった。
「だったら、どこが違うのか教えてくれ。再現してみせるぞ。金に糸目はつけん」
マアが言った。
一郎は思わず苦笑した。
そういえば、西岸諸国から運ばせたと言っていた。
大陸の反対側からもってきたもあるかもしれない。
もしかしたら、とんでもない金がかかっているのだろうか。
しかも、マアの話ぶりからすると、かなり急いで集めさせた気配もある。
「お金に糸目はつけないって……。これ、結構お金がかかっているんですか?
コゼが横から言った。
マアは軽く肩を竦める。
「まあ、この盆に乗り切る砂金を買った方が安いだろうな。特に、エルニアから調味料を密輸させるのに金がかかった」
マアが声をあげて笑う。
一郎は苦笑した。
金に糸目をつけないという言葉は、どうやら冗談ではなかったみたいだ。
「ほう、これがロウの故郷の料理か」
「本当に?」
シャングリアとエリカが興味津々で盆の上を覗いてきた。
この世界で暮らしている二人にとっても珍しい料理らしい。
「これは魔道具ですね。保温布ですか」
スクルズが盆の上に載っていた布に触れる。
「保温布? 魔道具なのか、これ?」
一郎も眼をやった。
「料理を出来立ての状態で保つものです。温かいものは温かく、冷たいものは冷たくです。つい最近、王都でも見るようになったものです」
スクルズが答えた。
「例のイザベラ殿下のところでやっているサロンに集まる若い魔道技師の開発したものさ。うちで商品化した。宮廷や大貴族相手に売り出す予定だね」
マアが応じる。
何気なく置かれているが、どうやら、かなり高価な品のようだ。
そして、イザベラの離宮サロン──。
王女としての実績に乏しいイザベラへ実績を作るために始めた集まりだが、いまではベルズが読んでくれた若手魔道技師やマアの集めた商人たちの交流の場へ変わっている。
そこで生まれた新技術や新商品を商業化する。
利益を得た商人たちは自然とイザベラ派へ集まり、逆にキシダイン派の商会は取引を奪われていった。
わずか数箇月で、王都の商流は大きく変わった。
その中心にいるのが、イザベラとマアだった。
「ところで、そなたたちの分もあるぞ。よければ食べていってくれ」
マアは奥の厨房へ向かっていった。
「あっ、お手伝いします」
「わたしもですわ」
エリカとスクルズが慌てて後を追う。シャングリアとコゼもだ。
一郎は小さな瓶を手に取った。
香りを確かめる。
醤油によく似ていた。
しばらくすると、五人がそれぞれの料理を盆に載せて戻ってくる。
一郎の向かいにマアが座り、両隣にはコゼとスクルズが腰を下ろした。エリカとシャングリアは、マアの両隣だ。
箸まで用意されている。
これも以前、一郎が話したことを覚えていたのだろう。
エリカたちの前には、フォークとスプーンが並べられていた。
「いただきます」
一郎は故郷を思い出して、両手を合わせた。
女たちが面食らったようになったが、すぐに真似をして「いただきます」と口にすると目の前の料理をそれぞれに口にし始めた。