【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
一郎に加えて、エリカたち三人にマアを加えた六人は、スクルズの移動術によって第二神殿へ転移した。
到着したのは、巫女たちの私室が集まる棟の一角──筆頭巫女ベルズの私室に隣接する集会場の前である。
扉は閉まっており、その前には十人ほどの巫女たちが集まっていた。
いつもであればスクルズは直接ベルズの私室へ転移する。
しかし今日は違った。事前にベルズから「部屋ではなく廊下へ」と念を押されていたようだ。
「スクルズです。ベルズに頼まれて来たのですが……」
スクルズが声をかけると、巫女たちが一斉に振り向いた。
「おう、スクルズ様」
「スクルズ様。シャングリア様まで来てくださったんですか」
「ええっと……そちらはターナ商会の会頭様ですわね」
スクルズ、マア、シャングリアの姿を認めた巫女たちから安堵の声があがる。
若返ったマアについても驚く者はいない。ベルズが主催する魔道具研究会を通じて、第二神殿とターナ商会の交流は深く、巫女たちも面識があるのだ。
一方、一郎へ向けられる視線は戸惑いそのものだった。
ここは巫女たちだけが生活する居住棟である。男が姿を見せる場所ではない。
だが、第三神殿の神殿長代理であるスクルズが伴っている以上、露骨に咎める者はいない。
しかし、第三神殿ではかなり顔馴染みもいるが、第二神殿の神官たちとはほとんど面識はない。誰もが「何者なのだろう」と訝しげな視線を向けている。
「こちらはロウ様と、お仲間の皆さんです。ベルズから連れて来てほしいと頼まれました。ベルズはどちらに?」
スクルズが訊ねると、巫女のひとりが前へ進み出た。
「ベルズ様は室内です。アネルザ王妃陛下がミランダ様とシャーラ様を伴ってご訪問になり、いまも皆様中におられます」
「どんな様子なのですか? ベルズからは、困っているので来てくれと連絡を受けたのですけど」
スクルズが小首を傾げた。
「室内の様子は、わたしたちにもわからないのです」
説明をしていた巫女が困ったように眉を寄せた。
「わからないとは?」
スクルズが重ねて訊ねる。
「ベルズ様が防音の結界を張っておられまして……。中の声も物音も、まったく聞こえません。ただ……」
「ただ、なんですか?」
スクルズがその柔らかな笑みを浮かべた。対応している巫女の頬がわずかに赤くなった。
「時折、ベルズ様がおひとりで慌てたように部屋から出てこられては、お酒を持って来るようお命じになるのです」
「お酒……ですか?」
「はい」
その巫女が困惑した表情で頷いた。
すると、別の巫女が前に出てきた。
「そうなのです──。中には四人しかいらっしゃらないはずなのですが、もう何度も……。わたしたちも、いったいなにをなさっているのだろうかと……」
酒か……。
一郎は思わず集会場の入口へ目を向けた。
脇には、まだ封も切られていない火酒の大瓶が何本も並べられている。
追加を命じられれば、すぐ運び込めるよう準備してあるのだろう。
「王妃陛下のご訪問は突然に? 深刻そうな顔だった? それとも、遊びに来た感じですか?」
一郎は横から口を挟んだ。
巫女は一郎に視線を向けるが、当惑した表情でスクルズを見る。
応じていいかどうかを迷っているのだろう。
「……正直に。このお方は、
スクルズが口を添える。
巫女たちは納得するように頷く。
アネルザは、王女イザベラの愛人でもある一郎のことを、自分の愛人だと噂を流させている。
イザベラに会うために王宮に来ることが多くなった一郎とイザベラの関係を隠すためだ。
アネルザについては、いまは完全に身ぎれいにしたが、複数の愛人だけでなく、性欲解消のための男娼奴隷まで集めていた淫乱王妃として知られていた。
いまさら、新しい愛人を作ったことで、落ちる評判はない。
ともかく、世間では、一郎はアネルザの新しい愛人として知られている。
「どんな表情だったかまでは……。王妃陛下たちは、シャーラ様の移動術で直接にベルズ様の執務室に来られたのです。すぐに、この集会室に入っていかれて……」
巫女が一郎に身体を向けてから応じた。
「あれ、もしかして、お忍びのご訪問ということ? 神殿長には?」
「ベルズ様の指示で、まだ報告しておりません。王妃陛下が神殿内におられるとお聞きになれば、神殿長は驚いてひっくり返ってしまいますわ」
その巫女が言った。
「そうか」
一郎は頷く。
いずれにしても、ミランダはともかく、アネルザ王妃陛下がお忍びとはいえ、神殿を訪問中なのだ。
巫女たちが緊張し、廊下へ集まってしまうのも無理はない。
それにしても、室内にいるのはベルズを含めても四人だけのはずだ。
いったい、どれほど派手な酒盛りをしているのだろう。
そもそも、一郎はアネルザが酒を飲んでいる姿など、ほとんど見たことがない。
「……わかりました。ここから先は、わたしに任せてください。皆さんは、それぞれの部屋へ戻ってください」
スクルズは集まっている巫女たちを見回した。
巫女たちは互いに顔を見合わせる。
スクルズがさらに続ける。
「王妃陛下はお忍びでお越しなのですね? では、今夜のことは、くれぐれも他言無用に願います」
巫女たちが、まだ室内が気になるようだったが、神殿が異なるとは言え、神殿長代理の地位にあるスクルズにそう命じられては逆らえない。
ひとり、またひとりと、その場から離れていった。
巫女たちがいなくなると、集会室の前には、一郎たち六人だけになる。
「……まあ、いまさら「他言無用」と念を押したって、大した効果があるとは思えないけどね」
コゼが呟くように言う。
「まあ、なにが起きているのかはわからないが、王妃が筆頭巫女の部屋で大量の酒を飲んでいるという話だけでも、尾ひれをつけて広まりそうだな」
シャングリアがさらに口を挟む。
「知られても問題ありませんわ。皆さんで仲良くしているだけですもの」
スクルズが暢気そうに言う。
「あんたって、いつも軽いわねえ」
コゼが呆れたように言った。
「まあ、実際、王妃が神殿や冒険者ギルドの者と親しくしていると知られたところで、それほど困ることでもないのも確かだろう」
一郎はそう言うと、魔眼で室内を探る。
中にいるのは、アネルザ、ミランダ、シャーラ、ベルズの四人で間違いない。
わかるのはステータスだけなので、防音の結界がかかっている室内の様子までは、魔眼でもわからない。
「では、行きましょうか」
スクルズが声をかけた。
「これを持っていけばいい?」
エリカが廊下に用意されていた火酒の大瓶を二本抱える。
「あたしが一本持つよ」
コゼがそのうちの一本をエリカから奪う。
「とりあえず、ベルズに到着を知らせますね」
スクルズが扉の前へ進み、出現させた透明の球体を扉を通して中に送った。
言玉だ──。
すると、がたんと音を立てて扉が開き、疲れきった顔をしたベルズが飛び出してきた。
扉が開いた一瞬、室内から女の怒鳴り声が聞こえたが、ベルズが慌てて扉を閉める。すると、防音の結界が再び働いたらしく、声はぴたりと途絶えた。
なんだ……?
アネルザかミランダが、酔って暴れているのか?
一郎は閉ざされた扉を見つめた。
「おう、来たか、スクルズ……。ロウ殿もか。よかった」
ベルズがほっとしたように言った。
「ベルズ、どうしたの? 随分と焦った感じだけど……」
スクルズが声を掛けた。
しかし、ベルズは手をあげて制し、一郎たちを見回す。
「とりあえず、ロウ殿に頼む、とにかく中を鎮めて欲しい……。スクルズ、そなたは入らん方がいいだろう。エリカたちもだ。若い女は危険だろう」
ベルズは早口でまくしたてた。
「危険?」
一郎は眉をひそめた。
一方で、ベルズがふとマアへ視線を向ける。
「……あれ、マア殿もいるか。いや、マア殿ならありだな……。よければ一緒に──」
だが、その言葉を最後まで聞くことなく、マアがすっと後ずさった。
「悪いね。急に用事を思い出したよ。悪いが帰る。ああ、心配しなくていいよ。家人を呼んで迎えに来てもらう。あたしのことは気にしないでおくれ」
そう言い残すと、マアはそのまま踵を返した。
まるで危険を察知して逃げ出すような足取りだった。
一郎は呆気にとられて、その後ろ姿を見送る。
「さすがはおマアね。危険なものを感じたんでしょうね」
「機を誤らないのは、おマアらしいな」
コゼとシャングリアが、すでに見えなくなったマアの背中に視線を向けたまま、それぞれに呟く。
「勘づかれたか……。まあよい。ロウ殿がいれば……。さあ、中へ頼む」
ベルズはエリカとコゼが抱えていた火酒の瓶を一郎へ押しつけると、そのまま扉の前へ追いやった。
「お、おい、ベルズ殿」
一郎は思わず声をあげた。
ベルズが扉を開けるなり、一郎の背中をぐいと押した。
抵抗する暇もなく室内へ押し込まれる。
次の瞬間、背後で扉がばたんと閉まった。
「なんだあっ?」
一郎は反射的に扉の取っ手へ手を伸ばした。
だが、びくともしない。
鍵というより、魔道による施錠術だろう。
どうやら、閉じ込められてしまったようだ。
「おい、ベルズ。酒は持って来たのかい? ミランダが飲む物がなくて困っているだろう。早く持って来るんだよ」
そのとき、アネルザの怒鳴り声が部屋の奥から響いた。
続いて、ミランダのけたたましい笑い声が重なる。
なんだ……?
一郎はぎょっとして室内を見渡した。
部屋にはアネルザ、ミランダ、シャーラの三人がいる。
卓の上にも床にも料理が並び、二十本以上の火酒の空き瓶が転がっていた。
「ロ、ロウ殿……。た、助けてください」
震える声をあげたのは、シャーラだった。
上半身が裸のシャーラが、同じように乳房を剥き出しにしたアネルザに押し倒され、馬乗りにされている。
なにをしていたのかまではわからない。
その横では、ミランダが腹を抱えて笑い転げている。やはり、上半身にはなにも身につけてない。
なんで、あんな格好を……。
しかも、どう見ても様子がおかしい。
もしかして、酔っ払っているのか?
「ロウ殿だって──?」
「ロウ?」
二人が同時に一郎へ顔を向けた。
その瞬間だった。
表情が変わる。
一郎は思わず息を呑んだ。
まるで獲物を見つけた肉食獣のような目だった。
アネルザが勢いよく立ち上がる。
その隙に、シャーラも慌てて身体を起こした。
「王妃陛下、ミランダ様。それでは、わたしはこれで失礼いたします。ロ、ロウ殿……。王妃陛下のことは、お願いいたします」
シャーラは傍らに脱ぎ捨てていた衣服を抱え込むと、そのまま素早く移動術を刻んで、一瞬で姿を消した。
一郎は呆気にとられる。
あいつ、逃げたのか……?
「アネルザ、ロウは逃がすんじゃないよ──」
ミランダが笑いながら叫んだ。
「わかっているよ」
大柄なアネルザが一郎へ一直線に迫る。
次の瞬間、一郎の襟首を力任せに掴んだ。
「うわっ」
アネルザに身体を引っ張られて、抱えている酒瓶が落ちそうになる。
「ロウ──。追加の酒かい──。お前にしちゃあ、気が利くよ。女に貢ぐ男じゃないのに」
抱き付いてきたミランダが酒瓶を奪い取った。
それにしても、とんでもなく酒臭い。
こいつら、飲み過ぎだろう──。
「さあ、捕まえたよ、この色男──。さあ、一緒に飲もうじゃないか。あたしは、お前に惚れ抜いているんだからね。このクロノス──。ほら、お酒だよ」
アネルザにものすごい力で引っ張られ、一郎はそのまま卓の前へ座らされる。
「ははははは──。まさか、本当に来てくれるなんて思わなかったよ。ほら、飲みなさいよ──」
ミランダまで一郎の隣へ滑り込み、酒を満たしたグラスを押しつけてきた。
どう見ても、二人とも完全に泥酔している。
密着してきたふたりの乳房が左右から身体に押しつけられる。
一郎は反射的に腰をあげそうになった。
「どこ、行くんだよ──」
アネルザががっしりと腰を掴んで引き戻す。
唖然としたことに、アネルザがぼろぼろと涙をこぼしだした。
「あたしたちみたいな、年増はもう用無しかい──。お前はそんなひとでなしだったのかい──?」
ミランダが一郎の腕を掴んできて叫ぶ。
「そんなこと、言ってないだろ」
【作者より】
コミカライズ『異世界で淫魔師ハレム2』が、2026/7/6に発売開始しています。よろしくお願いします。