【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
裁判は一郎が知っているものとは完全には一致しなかったが、ある程度は一緒だった。
手足に枷をつけられた一郎とエリカは、塔が面している里の広場に連れて行かれた。
そこには腰の高さほどの木の柵に囲まれた場所が作られていた。
正面に大きな木の机と椅子があり、会ったことのないふたりのエルフ族が座っている。
ひとりは老人の男で、もうひとりは女だ。
魔眼の力を使う。
老人を思わせる男が里長のトーラス──、女はバロアという名だとわかる。
ふたりとも、魔道遣いとしてのレベルはかなり高い。
驚いたのは年齢だ。
トーラスの年齢は以前ステータスを覗いたので知っていたが、バロアも二百歳をすぎている。
しかし、一郎にはせいぜい四十くらいにしか見えない。
さすがは長命のエルフ族だと思った。
また、木の柵の周りにはたくさんの里の者が集まって、この場所を囲んでいた。
ユイナはこの集団の中にいるのだろうか……。
一郎はさっと見回したが、すぐに見つけることができた。
正面に近い側に大人の女たちに、守られるように囲まれたユイナがいた。
ユイナは下を向き、こっちは見ていなかった。
「では、被告は席に立ちなさい」
トーラスの横の女性エルフ──バロアが一郎たちを促す。ふたつの机のうち、真正面の中央にバロアの机があり、トーラスはその隣だ。
一郎は、里の兵に促されて、エリカとともに正面のトーラスたちに身体を向けるように立った。
椅子などはなく、一郎たちの周りをプルトたちが用心深く杖を向けて囲んでいる。
「では、このふたりに対する裁判を開始します」
バロアが言った。
どうやら、この女性が判事のようだ。
それにしても、隣りのトーラスは強い憎悪の視線を一郎に向けている。
一郎は嘆息した。
泣いて感謝してくれとは言わないが、こっちも命懸けで助けてやった相手に、あんな視線を向けられるとは理不尽なものを感じる。
そもそも、一郎はトーラスと会うのは初めてであり、直接には礼も言われていない。
まあ、一郎はエリカの従者ということになっているので、トーラスとしては直接に一郎に礼を述べる必要をなにも感じなかったのだとは思うが……。
「この男は魔妖精を召喚して、わしの孫娘を公衆の面前で辱めた。そこでわしは、従者のロウに一級処罰──。主人のエリカには五級処罰を与えたいと思う」
いきなり、トーラスが発言した。
もしかして、発言の機会もなく、もう、処罰が決まってしまったのか?
それに、一級処罰とか五級処罰というのはなんなのだろう……?
「……ロウ様、一級処罰は死刑……。五級は追放刑です……」
エリカが一郎の疑念を見透かしたように耳打ちした。
死刑──?
さすがに一郎も鼻白んだ。冗談じゃない──。
ふと横を見ると、エリカの顔が真っ赤だ。
どうやら、エリカも怒ってくれているようだ。
「こらあ──。ユイナ、そこにいないで前に出てきなさい。あんた自身が騒動の張本人なのはわかっているのよ──。なに、こそこそ隠れるようにしているのよ──」
すると、突然に横のエリカが大きな声で叫んだ。
さすがに、これには一郎も驚いた。
「黙れ──。わしの孫娘がなにをしたと言っておるのだ、エリカ──?」
トーラスが憤慨した様子で怒鳴り返sy。
「それは、あんたの孫娘に訊くのね──。わたしたちは無罪を訴えます。わたしたちは、魔妖精の召喚についてなにひとつ関与していません。そもそも、わたしは、魔妖精を召喚できるほどの魔道力はないのです。ましてや、ここにいるロウは、魔道については無能力です。魔妖精を召喚するのは不可能です──」
周りにいる傍聴人の里の者たちから一斉に怒号が飛んだ。
これまでも周囲の雰囲気は、一郎たちに対する敵意に満ちていたが、エリカの発言はさらをそれを拡大させた気がした。
少し拙いな……。
一郎は思った。
そもそも、エリカの言葉ははったりだ。
一郎は魔道遣いではないが、魔妖精の召喚はできる。
あの魔妖精のベルルスの言葉が間違いないとしての話だが……。つまりは、一郎には魔妖精の召還能力はあるのだ……。
「魔妖精がロウに召喚されたと言っておるのだ。動かぬ証拠だ。お前たちの罪は明白。疑いの余地などない」
トーラスが激昂した様子で叫んだ。
「トーラス、それは判事役であるわたしが決めます。まずは、この者たちの意見を聞いてからです」
バロアが苦笑しながら、やんわりと言った。
トーラスは鼻を鳴らした。
「そんなもの──。さっきも、言ったが、あの性悪の魔妖精は、はっきりとそこにいるロウが主人だと言ったのだ、バロア──。明白な証拠だ。この人間族の罪を鳴らすのに、それ以上の証拠はいらん──」
「トーラス、これは裁判です。里の者にも発言を求める者があるでしょうから、その者たちにも発言をさせます。その後で、判事であるわたしは、里長代行のあなたの意見を聞き、罪状を判断します……」
驚いたが、いきなり、判事役のバロアと里長代行のトーラスが怒鳴り合いを始めた。
一郎は呆気にとられた。
だが、同時に安堵もした。どうやら、判事をしてくれることになったバロアという女史は、公平な立場で一郎たちの裁判をしてくれるみたいだ。
「わしはユイナの祖父じゃぞ──。それに里長……いや、里長代行だ──。わしの言葉を軽んじるのか──」
激昂したトーラスが怒鳴る。
それに対して、バロアの態度には変化はない。冷静で毅然とした姿勢を保っている。
「いい加減にしてよ。里長としてではなく、裁判の発言者として喋るのであれば、わたしの統制に従ってもらわないと困るわ」
「そもそも、直接の被害者であるわしには、里長代行という立場のほかに、一級処罰された罪人の生殺与奪の権利もある。この人間は処刑する」
「トーラス、これは最後の勧告と思ってちょうだい──。わたしの統制に従わないのであれば、あなたであっても、この場から退場をしてもらいます。発言をしていいのは、わたしに指名を受けた者だけです──。付け加えれば、このロウが一級処罰かどうかは、まだ決まってません」
今度は少し強い口調でバロアが言った。
トーラスやっと黙る。しかし、むっとしたような態度隠してもしてない。
次いで、バロアがこっちに視線を向けた。
「……それはあなたも同じよ、エリカ──。勝手に喋るなら、口封じの魔道をかけるわよ」
バロアが言った。
「なら、発言を求めたい」
すかさず一郎は言った。
判事のバロアが一郎を見た。
「被告に発言を許します……。ロウ。なにが言いたいの? あなたには、魔妖精を召喚したという疑いがかかっている。それを認めるの?」
「その前に確認したいことがあります……。魔妖精の召喚についての疑いは俺──。そして、ここにいるエリカは、俺の主人という立場により、俺に対する監督責任で、ここで裁きにかけられているのですね?」
「そういうことね。通常であれば、主人にまで罪が及ぶことはないわ。でも、魔族召喚は別よ。それくらいに重い罪なのよ」
バロアは言った。
「だったら……」
一郎は鎖の嵌められた手で隣のエリカのスカートの裾を掴むと、いきなり股間の付け根まで引きあげた。
「きゃあああ──な、なにするんですか、ロウ様──」
エリカが驚愕して、両手でスカートの裾を押さえようとした。
「触るな──。じっとしてろ──」
一郎はスカートを押さえようとしたエリカに怒鳴った。
エリカがびくりとして身体を硬直させる。
別に淫魔の力は遣っていない。
しかし、エリカの中にある心の奥底の奴隷意識……。その根っからの被虐癖がエリカの身体を凍りつかせているのだ。
一郎はエリカの耳元で小さくささやいた。
「……必要なことなんだ……。俺の女なら我慢しろ……」
すると、エリカが諦めたようにスカートを押さえかけていた両手をすっと上にあげ、その代わりに両手で、羞恥で真っ赤になった顔を隠した。
だが、恥ずかしいのだろう。
公衆の前で堂々とスカートをめくられて、下着を露わにされるという羞恥に、エリカは小刻みに震えている。
当然に、周囲が大騒ぎになった。さらに怒号が飛び交う。
だが、一郎は素知らぬ顔をした。
一方で、面白いのは、一郎だけに感じるエリカのステータスだ。
この恥辱にエリカの身体が反応しているのだ。
その証拠に、快感値が下がり始めている。
エリカはもともとこの数字の初期値が〈100〉と、異常に低いのだが、すでにその初期値の〈50/100〉……いや、〈32/100〉になった。
いじめられて快感を覚えるというマゾっ子の性癖の本領発揮だ。
「……下着に新しい染みができてるぞ。こんなのも好きなようだな……」
一郎はエリカの耳元でまたささやいた。
それはすぐ近くにいる一郎にはよくわかった。
エリカの股間から漂う甘い香り……。
裁判をまっているあいだに、牢内で愛し合い、そのまま下着をつけさせたので、もともと汚れていたのだが、それに新しい分泌液の染みが重なり始めている。
おそらく、もう下着の内側は被虐の興奮でびっしょりだろう。
「も、もうっ。ロ、ロウ様は意地悪です──」
エリカは感極まったように声をあげた。
一郎の言葉責めで、またエリカの快感値がさがった。
思わずにんまりとしてしまった。
「ば、馬鹿なことはおやめなさい──。なんのつもりですか、ロウ──」
判事役のバロアが怒鳴った。
一郎はエリカのスカートから手を離して、できるだけ不敵そうに見えるように、バロアに笑みを向けた。
「俺の方が本当は主人だということを証明したかったんですよ。いくらなんでも、こんなことは芝居じゃあできないでしょう……。なんだったら、ここでエリカを犯してあげてもいいですよ。この女は俺に逆らうことはないんです。俺の女ですからね」
一郎は言った。
周囲が興奮したようにざわついている。
「それは本当なの、エリカ?」
バロアが言った。
「ほ、本当です……。わ、わたしのご主人様はロウ様です……」
エリカは顔を隠すのをやめて、はっきりと言った。
群衆が騒然となった。
そして、集まっている者たちが一斉に野次のようなものを飛ばし始める。
それはおおむね、驚愕と軽蔑と怒りの声に分けられそうだった。
エルフ族の美少女であるエリカが、歳の離れた人間族の一郎の女だということに対する純粋な驚き──。
しかも、人前でスカートをめくられて、なんの抵抗もしないほどに、すっかりと従順であること……。
また、そんなエリカに対する心からの軽蔑と嘲笑──。
さらに、一郎に対する純粋な怒りだ。
その中の大部分は、一郎に対する激怒の声だった。
衆人を静かにさせるために、バロアが何度か大声を張りあげた。
「エリカをこの裁判の被告から外します。エリカが女主人ではないと判明した以上、ロウに対する監督責任は存在しません……。いいわね、トーラス?」
バロアが横のトーラスに言った。
「同意する」
トーラスも言った。
その表情はエリカに対する蔑みに満ちていたが、半分はほっとしたような感じだった。
トーラスとしても、エルフ族のエリカを裁くのは本意ではなかったのだろう。
命を助けられたという恩義もあるからだ。
一方で、この恩義心は、人間族である一郎には向けられはしないようだ。
トーラスが一郎に向ける視線は、ますますの憎悪に満ちてきた。
バロアの指示でエリカの手枷と足枷が外される。
「ロウ様……」
エリカが不安そうに一郎に視線を向けた。
一郎は素早くエリカに耳元に口を近づけ、ある指示を告げた。
はっとしたように、エリカの顔が真剣なものになった。
次の瞬間に、エリカは後ろに駆け出して、集まっている里の者の輪の外に脱した。
一郎が指示したことを行うためだ。
一郎の勘が正しければ、ユイナはベルルスを召喚したのは、昨夜宿泊した里外れの家であり、時間は早朝──。その直後に、そのベルルスに身体を乗っ取られて、里の中心部であるここまで連れてこられたはずだ。
それから一度も、あの家に戻る余裕はなかったと思う。
一郎の前から魔妖精のクグルス去ってから、すぐにユイナがベルルスに身体を乗っ取られて、外に出ていったとすれば、ユイナの部屋には、ベルルスを呼び出したときのなにかの痕跡が残っていると思う。
エリカは、一郎の指示によって、それを見つけるために駆けだしたのだ。
もっとも、それはエリカをこの場から立ち去らすための方便だ。
ユイナの部屋を探って、なにかが出てくるかどうかはわからない。
一郎が本当にやりたかったのは、とにかく、エリカを裁判の対象から外して、この場から去らせることだった。
もしも、この裁判で一郎が罪に落とされるということになれば、エリカが激昂して、その場で暴れはじめるかもしれない。
生真面目だが、決してエリカが思慮深い方ではないことを一郎はよくわかっている。
裁判の結果に憤慨したエリカが暴れたりすれば、なんの意味もなく、一郎とともに、エリカも捕え直されるだけだ。
だから、立ち去らせた……。
仮に一郎が処刑になったとしても、いまはエリカを救いたい。
どうなるかわからないが、これで最悪でもエリカだけは、この茶番に巻き込まれなくて済む。
いままで、エリカはよく尽くしてくれた……。
淫魔の呪術の縛りがあるから一郎に従っていているのかもしれないが、一郎に巻き込まれて死ぬことはない。
ただ、別段、一郎がもう、死ぬ覚悟を決めたというわけではない……。一郎には、この危機を逃れる唯一の方策を思いついていている。
おそらく、助かる……。
まあ、それは、ユイナ次第ではあるのだが……。
「いずれにしても、この人間族が破廉恥で鬼畜だということはわかった。人前で、エルフ族の女を辱めるなど見下げた男だ。それを受け入れるエルフ族の女もな──。わしの孫娘は、この人間族のそんな性癖に巻き込まれたのじゃ」
トーラスが吐き捨てるように言った。
バロアが一郎に視線を向け直した。
「さて、改めて、被告である一郎……。発言の途中だったわね……。言いたいことは終わったかしら? あなたが魔妖精を召喚したことを認める?」
バロアは言った。
一郎は肩を竦めた。
「認めません──。エリカも言いましたが、魔道の遣えない俺にそんな能力があるわけありませんよ。俺が魔道遣いでないのは、あなた方からすれば明らかなのではないですか?」
一郎はうそぶいた。
こうなったら、嘘でもなんでも並べてなんとか言い逃れるだけだ。
それにしても、さっきの行動でこの一帯にいる全員の悪意が一斉に一郎に集まった気配がある。
ただ興味深いのは、判事役のバロアだけは、特に怒った様子もなく、むしろ、面白がっている感じであることだ。
このバロアが冷静であることだけが、いまの一郎の救いだ。
バロアが片手を出して、一郎に向けた。
しばらくのあいだ、一郎に視線を集中していた。
おそらく、一郎の言葉が正しいのかどうかを探っているのだろう。
一郎は自分が淫魔師であることや、右手首にベルルスが残した魔法陣が隠されていることが見つからないことを祈った。
それが発覚すれば、もう終わりだ。
どんな言い逃れもできない。
しかし、おそらく見つからないという自信はある
大した根拠はないが、勘だ。
魔道の力の源は、魔力と呼ばれる自然から溢れるエネルギーのようなものらしい。
それに対して、一郎の淫魔師の能力は淫気という性の快感で生まれる別の力のようだ。
ベルルスも魔方陣に働くのは「淫気の力」という意味のことを言っていた。
だから、魔力を探って、淫気の力は見えないのではないか……。
一郎は確信している。
バロアが静かに口を開いた。
「……このロウの言っていることは正しいわ……。彼には魔力はひとつもない。彼が魔道召喚術を遣うのは不可能よ」
バロアは言った。
一郎はほっとした。
「そ、そんな馬鹿な──。じゃあ、誰が召喚したと言うんじゃ、バロア?」
トーラスが声をあげる。
一郎は素早く、口を開く。
「ユイナかもしれませんよ……。実はその魔妖精は俺のところにも来ましたよ。俺には、はっきりとユイナと契約をしたと告げましたしね」
無論、出鱈目だ。
だが、事実には近いはずだ。
周囲から一郎に対する怒声が湧いた。
「なにを言っておるか──。ふざけたことを言うな──。ユイナはあの性悪の魔妖精に辱しめを受けたのだぞ──」
トーラスが顔を真っ赤にした。
「もちろん、俺も信じていませんけどね……。でも、その魔妖精はそう言った。それだけのことです……。魔妖精が、“俺が主人だ”と発言したことが、俺に対する嫌疑のすべてなら、俺にはその魔妖精は、“ユイナに召喚されたと言いました”。あなた方の論理であれば、ユイナもまた、この裁判の対象になるべきでしょう」
一郎は言った。
「だ、黙れええ──。人間族のことなど信用できるか──。ましてや、魔妖精のこともな」
トーラスだ。
一郎はわざとらしく噴き出してやった。
「それは道理が通りませんよ。その魔妖精とやらが信用できないのであれば、そいつが俺のことを主人だと言ったことなど、なんの意味もないでしょう。それとも、俺に対する発言は真実と受け取り、ユイナに対する発言は嘘として受け付けないのですか? それは理不尽だ」
一郎はわざと嘲笑するような口調で言った。
ユイナを告発したことで、見物の全体が騒然となったが、バロアが再び大声で全体を静かにさせる。
「何度も言わないわよ──。今度、勝手に喋った者は、誰であろうと、沈黙の魔道をかけます。それができないものはこの場から、直ちに去りなさい」
バロアが決然と言った。
全体が静かになる。
すると、バロアは一郎に顔を向けた。
「あなたがエリカの主人というのは本当ね──。ただの従者がそんな風に、うまく話を切り返すことなどできないでしょうしね……。とても、頭がいいのもわかる」
「おそれいります。俺はエリカの主人です」
「ええ……。ただ、疑いのかかっているあなたの発言を採用することはできません。それに比べて、魔妖精があなたを主人と言ったのは、たくさんの者が耳にしているわ」
「わかっています……。ただ、俺は魔妖精の言葉など、信用ならないということを申しあげたかったのです」
一郎は言った。
一方で、内心で自分がこんなにすらすらと発言できることに驚いていた。
相手をやり込める言葉や考えがどんどん生まれてくる。
一郎の頭は必死に回り続けている。
どうやったら、この危機をうまく回避できるかということを懸命に考え続けている。
「確かに一理あるわね……。わたしも魔妖精の言葉は信頼できないものだとは思う。およそ魔族というのは悪意と邪心の塊りよ──。このロウが魔族召喚の術を遣ったという証拠は、ほかにあるかしら?」
バロアが衆人に向かって声をあげた。
「わしが証言する。魔妖精が逃げるとき、あの魔妖精は確かにこのロウが主人だと口走った。あれは嘘を言っているという感じではなかった」
トーラスが一度手をあげてそう発言した。
「同じ話を蒸す返すつもりですか? 魔妖精の言葉など信用ならない──。そう、判事様が言われましたよ」
一郎は口を挟む。
「わ、わしは里長だぞ──。わしの言葉が信用できないと言うのか、人間──」
「俺の言葉ではありません。魔妖精の言葉が信頼できないというのは、判事のバロアさんが言われたことです」
「なにを──」
トーラスが憤慨したように怒鳴ったが、そのとき、一郎の後ろでほかの者とともに杖を向けているプルトが手をあげたのがわかった。
「証言として、俺の発言を許可してください」
プルトが言った。
「認めます」
バロアがうなずく。
すると、プルトがその場で語り始めた。
「俺もまた、里長とともに、ユイナが魔妖精に操られていた現場にいました。魔妖精は確かに、ロウが主人だと言いました。ただ、考えてみれば、あの妖精は出鱈目を言ったかもしれません。そういえば、そんな口調だったような気もします……」
プルトの言葉に周囲がざわめいた。
一郎はプルトが一郎を庇う発言をしたことに少し驚いた。
ベルルスは本当に一郎のしもべになったのだから、ベルルスが一郎を主人と言ったなら、それは真実の言葉だ。
だから、それが嘘のように聞こえたというのは、プルトが一郎を助けようとして嘘を言っているのだと思う。
「……それと、このロウの功績について語らせてください」
プルトが続いて、トーラス救出に際して、一郎が力を尽くしたということを語り始めた。
集まっている者たちがプルトの言葉に驚きのようなものを示し始める。
おそらく、トーラス救出やダルカン追放に、一郎がなんらかの働きをしていたことは、まったく聞かされてはいなかったのだろう。
プルトが語り続けることで、一郎に対する憎悪の感情がだんだんと小さなものに変わっていくのがありありとわかった。
「わたしにも発言させてください」
プルトが語り終わると、今度は別の場所から声がした。
イライジャだ。
群衆の中に埋もれていたイライジャが木の柵の前までやってきた。
そして、ちょっとだけ、一郎に笑みを向ける。
「わたしは、昨日の夜から今朝まで、ずっとロウと一緒に過ごしていました。だから、このロウが魔妖精を召喚するような行為を一切していないということを証明します」
群衆が再びざわめく。
今度は怒号でも、嘲笑でもなく、戸惑いだ……。
「お前と、この人間がひと晩を一緒に過ごしたと?」
トーラスが不快そうに言った。
どうやら、ユイナの人間嫌いはトーラス譲りのようだ。
このトーラスには、とにかく強い人間族に対する偏見があるらしい。
「なにをしていたかは訊かないでくださいね、お義父さん……。このロウはわたしの命の恩人でもあるんです。わたしを助けるために、ガルシアを殺してくれたんですから……」
イライジャが堂々と言った。イライジャが言葉に含めた意味は明白だ。
トーラスが絶句するとともに、周りから悲鳴のような驚きの声があった。
一郎も唖然とした。
まさか、一郎の裁判を有利にするためとはいえ、一郎と寝たことをイライジャが公然と口にするとは思わなかったのだ。
バロアが騒ぎを制するように右手をあげた。
それで衆人が静かになる。
一郎は手をあげたあと、許しを得て口を開いた。
「ねえ、バロア様──。誰に魔妖精が召喚されたのか、真実を知っている可能性のある唯一の人物に証言をしてもらってはどうですか?」
「唯一の者?」
バロアが一郎の言葉に首をかしげた。
一郎はユイナを見た。
周囲に隠れるようにして下を向いているのでよくわからないが、すっかりと青褪めて震えているようだ。
「……俺はよくは知りませんが、ユイナは魔妖精に身体を乗っ取られていたそうですね……。だったら、身体の中にいる魔妖精と会話をしたんじゃないですか……」
「会話を……?」
バロアが首を傾げた。
群衆たちも、一瞬静かになる。
「ええ、だとすれば、ユイナは魔妖精が誰に召喚されたかをその魔妖精と話したかもしれません」
一郎は言った。
「それもそうね……。ユイナ、証言として、前に出なさい──」
バロアが言った。
ユイナが促されるようにして前に出てくる。
「さあ、ユイナ……。あなたは、誰が魔妖精を召喚したかを知っている? もしも、知っていることがあれば話してちょうだい」
バロアが言った。
だが、ユイナはがくがくと震えていて、口を開かない。
随分と気が動転しているようだ。
無理もない。
魔妖精を召喚したのはユイナだ。
一郎はそれを知っている。
しかし、その魔妖精を召喚したという冤罪で、一郎は裁判にかけられている。
ユイナが人間嫌いで一郎を好んでいないとしても、一郎がエリカとともに、自分の命の恩人であるという自覚くらいはあるだろう。
だが、一郎を救うためには、自分が魔妖精を召喚したことを自白しなければならない。
そんなことをすれば、ユイナが処罰される。
それだけじゃなく、祖父であり里親のトーラスも、義姉のイライジャの立場もなくなるだろう。
だから、どうしていいかわからずに、ただ顔を青褪めて震えているだけなのだ。
一郎はユイナをじっと見た。
そして、さりげなく自分の額に指をやる。
ユイナは聡い……。
一郎は、それを知っている……。
このユイナなら、一郎の暗示で、わかってくれるはず……。
群衆はさっきまでとは一転して、静まりかえっている。
全員がユイナの発言を待っている。
一郎はもう一度、自分の額に丸く指で丸を描いた。
すると、ユイナが気づいて、はっとしたように俯いていた顔をあげた。
身体の震えもとまっていた。
ユイナがごくりと唾を飲み込んだのがわかった。
「わ、わたし、魔妖精から聞いています──。誰に召喚されたかを聞きました。ご、ごめんなさい──。い、いままで、気が動転していて喋れなかったのです。はっきりと知っているんです──」
ユイナが大きな声で言った。