【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
一郎はさりげなく自分の額に紋様を描くように指を動かした。
つまり、入れ墨の暗示だ。
いまは、ここに集まっている者のすべての視線がユイナに注目している。
一郎などには向いていない。
ユイナは、一郎の仕草を見てはっとしたような表情になった。
「わ、わたし、魔妖精から聞いています──。誰に召喚されたかを聞きました。ごめんなさい──。い、いままで、気が動転していて喋れなかったのです。はっきりと知っているんです──」
ユイナが大きな声をあげた。
次いで、一瞬の沈黙──。
そして、ユイナが唾を飲み込む仕草……。
「……ダルカンです──。魔妖精はダルカンに召喚されたと言っていました。それはもう、絶対に確かです──」
ユイナの言葉に周囲がざわめき、すぐに怒声に変化した。
無論、それは一郎に対してではない。
追放されたダルカンは、この里の罪悪の象徴だ。
そのダルカンに対する怒りの声である。
里長だったダルカンは、エルフ族にとって、死刑判決以上の罪である入れ墨を顔に入れることを受け入れて、しかも逃亡してしまっている。
廉恥心のない恥知らずと烙印を押された人物だ。
エルフ族の掟を破って魔妖精を召喚し、トーラスの一族に復讐するというのは、いかにもダルカンのやりそうなことに思えただろう。
一郎が額の入れ墨を暗示させる仕草をしたのは、追放されたダルカンのせいにしてしまえということをユイナに仄めかしたのだ。
ダルカンが張本人なら誰もが納得する。
里長をするくらいだから、やろうと思えば魔族召喚術とやらの魔道力もできそうだ。
実際にそれができたかどうかは関係ない。
つまりは、ここにいる者たちがそれに納得できればいいのだ。
果たして、ユイナが「ダルカンが張本人だ」と叫んだ言葉は、ここにいる全員を信じさせたようだ。
「……裁判は終わりです。被告、ロウは無罪。ただちに、枷を外して解放しなさい──」
騒然とした怒声の中で、判事役のバロアの声が周囲に響き渡った。
「すまなかったな……。だが、真実が判明してよかった」
プルトがエリカの杖を一郎に差し出しながら言った。
魔妖精召喚の張本人が里を追放されたダルカンだということが「判明」し、里の広場では、改めて、それに対する処置についてトーラスを中心に話し合われている。
ただ、一郎は拘束を解かれて、広場の外れに移動していた。
この里の者たちによる話し合いがどんな内容になろうとも、もう一郎には関わるつもりはない。
また、騒ぎから一郎を引き放すように、ここまで引っ張ってきたのはプルトだ。
「確かに、真実が判明してよかったさ」
一郎は杖を受け取って言った。
その言葉に込めた皮肉には、プルトは気がつかないだろう。
まあいい……。
「真実」はこのまま、この世界の旅に持ち去ってやろう。
「なあ、ロウ……。改めて、最初に出会った俺たち五人と、それにイライジャも含めて、お詫びと礼の宴をしたいんだ。受けてくれないだろうか?」
プルトが言った。
「冗談だろう……。もう、これ以上は、この里にはいたくないよ。助けてやったのに、逆に無実の罪で処刑しようとするような恩知らずの里に長居なんかすれば、今度はどんな目に遭わされるかわからない」
一郎は言った。
このプルト自身が裁判で一郎を助ける発言をしたことは覚えているが、このくらいのことは言ってもいいだろう。
すると、プルトは恥じ入るように黙ってしまった。
少しのあいだ沈黙が流れる。
すでに、広場の喧噪は終わっている。集まっていた群衆の大部分は、一郎が無罪となった結果を受け入れて、めいめいの仕事に戻っていっている。
そのときだった──。
「ロ、ロウさまああ──」
そのとき、広場に繋がる北側の道から叫び声が聞こえた。
エリカだ。
汗びっしょりで懸命に道を走ってきている。
手に布の包みを持っているようだ。
「ロ、ロウ様……、どうなった……のですか……?」
ここまで駆けてきたエリカは、一郎にもたれかかるように、激しく息をしながら言った。
「大丈夫だ。無罪になったよ……。ありがとう」
一郎はにっこりと笑った。
エリカは一瞬、目を見開いて一郎をじっと見て、そして、いきなり強くしがみついてきた。
「よかったああ──」
エリカが一郎に抱きつきながら叫んだ。
そのあまりの歓びように、一郎も苦笑してしまった。
そのとき、今度は広場側から、こっちに誰かがやってくるのがわかった。
顔を向けると、トーラスとユイナとイライジャだ。
広場の集まりから抜けて、こっちに歩いてきている。
「待っていてくれ……」
プルトが三人をこっちに迎えるために走っていった。
一郎はエリカの身体を離すと、エリカが手に持っていた包みを指さした。
「ところで、これは……?」
「ユイナの……部屋に……ありました……。しょ、証拠です……」
エリカが素早く一郎に耳打ちした。
そして、一郎の身体に隠すようにして、布の包みを少しだけ開く。
それは一冊の小さな書籍だった。
エリカがさっと開いた場所を見ると、そこには小さな文字でびっしりと書き込みがある。
「……こ、これは古代語で……書かれた……妖魔召喚術の……方法です。書き込みは……ユイナの文字……です。ユイナのほかの書きものと字体が一緒でした。間違い……ありません……」
エリカが素早く言った。
まだ、かなり息が荒い。
どうやら、エリカは本当に、ユイナが妖魔召喚術をやっていた証拠を見つけてきたようだ。
そして、少しでも早く戻って一郎を助けようと、懸命に全力疾走をしてきたに違いない。
本当に健気で可愛い女だ。
一郎は、それを受け取って、エリカに耳打ちした。
「……俺はユイナにしっかりとお仕置きをしてやるつもりだ……。構わないな……?」
一郎は言った。
エリカは一瞬、当惑したような表情になったが、すぐにしっかりとうなずいた。
「ロウ様のよろしいように……。ただ……」
「ただ、なんだ?」
一郎はエリカがちょっと心配そうな表情になったのを訝しんだ。
「ただ、エリカのことを捨てないでくださいね……。約束ですよ」
エリカの言葉に一郎は噴き出してしまった。
「それはこっちの言葉だよ……」
エリカに捨てられることを心配しているのは一郎だ。
いずれにせよ、エリカは、一郎が口にした「お仕置き」の意味がわかったのだろう。
だから、そう言ったに違いない。
「エリカと……ロウとやら……」
そのとき、トーラスたちがそばまでやってきた。
エリカと並んで一郎は、やってきた三人に身体を向けた。
トーラスはなにか不愉快そうな表情をしている。
一方で、ユイナは柄にもなく、すっかりとしょげている感じだ。
イライジャはその後ろで微笑んでいる。
まず最初に、トーラスが口を開いた。
「……その……。いろいろと済まなかったな……。謝罪する。イライジャにも言われた。改めて、里の恩人ということで里の一員として迎えたい。受けてくれるな? エリカだけでなく、人間族の一郎も、この里に受け入れをすることを許すことにする」
トーラスは言った。
なんだが恩着せがましい物言いだ。
さすがに一郎もむっとなる。
「プルトにも言ったけど、ご免ですよ。こんな恩知らずの里になんか……」
一郎は言ってやった。
「な、なんだと──? わしらが恩知らずだと言ったのか?」
「それ以外の言葉に聞こえたのなら、もう一度言いましょうか?」
トーラスは一瞬だけ怒りに顔を真っ赤にしたが、しかし、すぐに大きく息を吐いた。
「……まあ、確かに言われても仕方がないことをしたのかもしれん……。孫娘のユイナが汚されたと思って、つい腹をたててしまったのだ……。すまん──」
トーラスが深く頭をさげた。
これには、一郎も意外だった。
とりあえず、一郎自身も大きく深呼吸した。
こんなところで、皮肉を言いあって得ることなどなにもない。
「……だったら、謝罪を受け入れます。それで終わりにしましょう。だけど、いずれにしても、俺とエリカは、もう旅立ちますよ。荷を泊まらせてもらっていた里外れの家に置いてあるので、それをとったら出立します……」
「そ、そうなの……ね……」
イライジャだ。
残念そうな口調だが、さすがに引き留める言葉は出なかった。
「ええ、このまま出ていきます……。それと、ついでながら、ユイナはどこも汚されてはいないでしょう。魔妖精のちょっとした悪戯ですよ」
一郎はきっぱりと言った。
「そうじゃな……。別に汚れてもおらん……。そうじゃな……」
トーラスがまた嘆息しながら言った。
そして、さらに、せめて、もう一日いてくれと言ったが、それも断った。
礼金の用意をするからと、懇願のような物言いもされたが、断固として拒絶した。
すると、トーラスは、もう一度謝罪と礼の言葉を口にして、ダルカンについての対策の評議があるからと去っていった。
プルトも一緒だ。
ふたりが去っていく。
次いで、改めて、イライジャと別れの言葉を交わした。
一郎はイライジャに頼んで、なんでもいいから弁当を一食分持たせて欲しいと頼んだ。
イライジャは嬉しそうに、頷くとう、その準備をするために、里の家に向かっていった。
最後はユイナだ。
一郎は、イライジャが十分に遠くなるのを確認してから、樹木の影にユイナを誘導した。
後ろからエリカがさりげなく着いてくる。
そのエリカがしっかりと魔道を放つ準備をしていることを一郎は確認していた。
「……あんたには悪かったと思っているわ……。ごめんなさい……。そ、そして、最後は庇ってくれて、ありがとう……。それと助けてもらったのに、失礼なことばかり……」
ユイナは一郎と面と向かうかたちになると、がばりと頭をさげた。
一郎はすぐにはなにも言わなかった。
ただ、手に持っていた袋の包みを少しだけ開いて、ユイナに見せた。
「あっ、そ、それは──?」
ユイナが叫んで、袋を奪い返そうとした。
だが、一郎はそれをさっと避けて、近くまで来ていたエリカに投げ渡した。
エリカがそれを宙で受け取って、小さな杖を向ける。
「なにするのよ──。返してよ──。そ、それはわたしのよ──」
ユイナが怒ったように声をあげた。
杖を抜こうとする。
だが、一郎はその手首をさっと掴んだ。
「大きな声を出すんじゃないぞ、ユイナ──。あの本が本当にお前のものだと知られていいのか?」
ユイナの耳元でささやく。
彼女の身体が硬直した。
一郎は、続けて口を開く。
「……あれには、妖魔召喚術の方法がしっかりと書かれているそうじゃないか……? しかも、ユイナの字で書き込みがびっしりと書いてあったらしいぞ……」
「なっ」
ユイナが顔を真っ赤にして絶句した。
「……その杖を寄越すんだ。さもないと大声を出すぞ──。ここに、ユイナが魔妖精召喚の張本人である証拠があるってな」
一郎は自分にもこんなことができるのだと驚きながら、硬直したように固まったユイナから、さっと杖を取りあげる。
「俺を馬鹿にしないことだな……。あまり小馬鹿にしたようなことをすれば、善人も怒るということさ……。まあ、俺は別に善人のつもりはないけどね」
一郎は口の端だけで笑った。
その笑みのまま、ユイナの視線を正面から絡め取る。
ユイナの喉がわずかに鳴った。
「どうするつもりなのよ……?」
ユイナが気後れするような感じになった。
「どうするかだって? そうだな。この里で一番の恩知らずの娘にお仕置きをしてやることにするさ。あのエリカが持っているものは、これから俺たちが持ち帰り、エリカの魔道で、里のどこかの場所に隠してしまう……。放っておけば、本はそのうちに里で一番目立つところに出現するようにする……」
「はああ?」
ユイナが一郎を睨む。
だが、一郎はたっぷりと間を開けてから、見下すように、ユイナに視線を向け直す。
「……どこに隠すかは、ユイナには教えてはやらん。ただし、それがユイナのものであるということだけは、すぐにわかるようにしておく」
「あ、あんた……わたしを脅迫するつもり?」
「当然だ。それと……もちろん、それを阻止しようと、ユイナがつまらない抵抗をしようとしたり、魔道でなにかをしようとすれば、本は取り戻せずに、ユイナがあの本を持っていたことが、里の者に知れ渡るということになる。そんな風にしていく……」
「そ、そんな──」
ユイナが声をあげた。
「そんな、じゃない──。ユイナはそれだけのことをしたんだ──。まあ、だが、そうならない方法もある」
一郎はにやりとユイナに微笑みかけてやった。
できるだけ、この小娘がぞっとするような表情で……。
ユイナがごくりと唾を飲んだ。
「なによ、そうならない方法って……?」
「俺たちが、最初にお前を助けた小屋を覚えているな? そこで待っている。夕方まで待ってやる。それまでに来れば、本を隠した場所と本を取り戻す方法を教える。この杖も返してやる……。ただし──」
一郎は、ユイナの腿の付け根の少し下の辺りを、持っていたエリカの杖でぐいと突いた。
「きゃあ──。な、なによ──?」
ユイナは怒ったように叫んだが、はっと気がついたように口をつぐんだ。
「ただし、小屋にやってくるときには、ここよりも長いスカートをはくな。そして、下着は脱いで来い……。わかったな……」
一郎は言った。
そして、いまは顔を青褪めているユイナを手で押しやって突っ返した。
ユイナが怯えた様子で立ち去っていく。
「……どうだった、エリカ? 俺の悪っぷりは?」
一郎はエリカにユイナの杖を手渡しながら、うそぶいた。
さすがに、いまの一郎には鼻白んだだろう。
だが、あれくらいのことを言わないと、一郎の腹の煮えは収まらない。
しかし、エリカは呆然としていた感じだ。
気のせいか、眼が潤んでいる気もする。
うっとりしている?
そんなはずはないが、そんな風に見えるのだ。
「……卑劣漢たっぷりの脅しでした。でも……」
そのエリカが息を吐きながら言った。
「でも、なんだ?」
「あれはあれで、素敵だったかもしれません……。ちょっと、ぞくぞくしました……」
エリカが呆けた顔のまま言った。
そして、すぐにはっとしたように、顔を赤らめて口を閉じる。
このエリカは、一郎がなにをやっても、嫌いになることはないようだ。
一郎は苦笑した。