【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「そんなはずはない──。絶対に出てきていない──。俺はずっと、ここで待っていたんだ。連れは一度も出てこなかった。もう一度、調べてくれ──。若いエルフの女なんだ──。ねえ──」
一郎は、国境警備団の入国審査施設のハロンドール側の出入口に立っている衛兵に詰め寄った。
「何度、言ってきても答えは同じだ──。今日の入国審査は少し前に全部終わっているし、まだ審査中の者はもういない。お前の連れという女なんか知らん──」
「いや、そんなことはない。絶対に出てきてない」
一郎の言葉に、衛兵たちは揃って鼻を鳴らす。
「はっ、大かた、お前に飽きて、どこかに逃げたんじゃねえか──。なにしろ、外に出る門はここだけじゃなく、もうひとつある。そっちから出たんだろう。とにかく、あっちに行け──。門を閉めるぞ──」
衛兵が開かれていた鉄の門を閉め始めた。
一郎は慌てて、身体を差し入れて、それを妨害する。
ハロンドール王国の国境の街であるドロボークだ。
一郎がエリカとともに、ハロンドール王国に入国するための手続きをしたのは、まだ昼過ぎくらいの時刻だった。
最初の審査そのものはあっという間に終わり、エリカの分を含めて手形も無事に受け取った。
だが、施設を出ていく間際に、エリカのみ追加の検査があるということで、一郎だけが先に入国して外で待っていたのだ。
しかし、いくら待っても、エリカが出てくることはなかった。
挙句の果てに夕方になってしまい、慌てて、一郎は連れの女がどうなったのかを衛兵に訊ねたのだ。
だが、衛兵が施設内の係に問い合わせた結果は、すでにエリカの検査も終わって、別の出口から入国しているだろうということだった。
一郎はびっくりした。
確かに、出口はもうひとつあった。
一郎は、急いでそっちに向かい、手当たり次第に付近の者に訊ねまわった。
そのとき、エリカのような女を見なかったかと訊ねた相手の中に、入国してきた旅人目当ての料理屋の女主人がいた。
その女主人自身がずっと外を見ていたわけじゃないから断定はできないが、一郎が説明したエリカに該当する女は出てこなかっただろうと教えてくれた。
女主人の使っている小僧にずっと客引きをさせていて、その小僧もまた、入国管理施設から出てくる者をずっと見ていたらしい。
小僧もエリカのようなエルフ族の女は入国してこなかったときっぱりと言ってくれた。
もうひとつの出口であるこっちには、ずっと一郎がいた。
つまりは、エリカはまだ、入国審査の施設から入国していないということだ。
そうとしか考えられない。
だから、一郎は、その料理屋に荷を預けて、もう一度、ここにやってきたのである。
「な、なんだ、お前は──。そこをどかんか──。別に出口もあると教えたろう──。どかんか──。門が閉められんだろう」
門にしがみつくようにしている一郎に、ひとりの衛兵が怒鳴った。
「いや、そんなはずはないんだ。絶対にまだ出てきていない。頼むから、なにがあったか教えてくれ──。あいつが俺を置いていくわけがないんだ」
一郎は叫んだ。
「お前か──。おかしなことを言って、騒いでいるという男は……」
そのとき、将校らしき男が数名の兵とともに、施設側から出てきた。
一郎は、連れの女がまだでてきていないと訴えた。
すると、将校がいきなり蹴りつけてきた。
「うわっ」
咄嗟に避けた。
「おっ? 避けたな──。移民風情が──。構わん──。半殺しにしてやれ──。足腰が立たないようにしていい」
将校が怒鳴った。
拳が横から飛んできた。
それも辛うじて避けた。
「押さえろ──」
声が聞こえた。
背後から抱きつかれる。
動けなくなった。
前から三人くらいがほとんど同時に打ちかかってきた。
拳が顔をめり込んだ──。
腰を蹴られる──。息が止まった。
身体が前のめりになる。
目の前に足──。
顔に飛んできた足を避けることができなかった。
眼の前に火花が飛び、気がつくと仰向けに倒れていた。
滅茶苦茶に腹や腰を踏まれる。
顔にも来た。
堪らず横に転がって避けた。
しかし、そこにまた蹴りが来る。
まともに腹に喰い込んで息ができなくなった。
襟首を掴まれて引きずり起こされる。
また、顔面を殴られた。
鼻の骨が完全に折れた気がする。鼻と口から血が噴き出した。
眼の前が白くなる。
そして、なにもかもわからなくなった。
どこにいるのか、わからなかった。
視界に映ったのは、どこかの天井だった。
そして、我に返った。
一郎は、見知らぬ部屋の寝台に横になっていた。
「あれ、気がついたな?」
すると、十歳ばかりの男の子の声がした。
寝台の横の椅子に、男の子が座っている。
見覚えがある。
エリカのことを訊ねまわったときに、こっちの出口からはエルフ女は出てこなかったと断言してくれた料理屋の小僧だ。
もしかしたら、自分はその料理屋に寝かされている?
ふと見ると、身体のあちこちに布や当て木が巻かれている。膏薬も塗られているようだ。
どうやら、手当てをしてくれたらしい。
もっとも、一郎には“ユグドラの癒し”の効果により、ほぼ完全に治療は終わっている。殴られて地面に倒れているあいだに自然治癒したのだと思う。
だが、身体の治療の痕をみると、自分は余程に酷い状態だったのだろう。
しかし、いまは、むしろ、腕や脚に巻かれている当て木が邪魔で動きづらい。
「ここは、さっきの料理屋かい?」
一郎はその小僧に訊ねた。
「二階だよ。料理屋の二階が宿屋になっているんだ。お前は、国境監視団の兵たちに殴られて倒れていたんだ。それで、おいらとおかみさんで、ここに運んで寝かせたんだ」
「そうか……。そりゃあ、ありがとう……。世話になったな……」
一郎は寝台の上で身体を起こした。
全てを思い出した……。
エリカが国境監視団の施設から出てこなかったことで興奮し、そこの衛兵に喰ってかかったのだ。
そして、殴られた。
冷静になれば、よくも殺されなかったものだと思う……。
「ちょっと、待ってな──。おかみさんを呼んでくるから──」
小僧が駆け出していく。
ひとりになって、改めて見回すと、確かに宿屋の一室という感じだった。
部屋には二つの寝台があり、一郎が横になっていたのは、そのうちの奥側の寝台だ。
小さな部屋であり、縦に並んだ寝台のほかには、木製の小さな卓と椅子が二つあるだけだ。
その卓の上に、燭台に載せた一本の蝋燭があり部屋の中を照らしている。
また、窓の外は完全に夜だった。
「おや、もう起きあがっているのかい? こりゃあ、たまげたねえ……。ヤンの言ったことは嘘じゃなかったんだねえ……。ほう……」
女主人と小僧がやってきた。
素早く魔眼でステータスを覗く。助けてもらったが、これもまた、なにかの罠の可能性もある……。
“レジーナ
人間族、女
年齢40歳
ジョブ
町人(レベル3)
生命力:30
攻撃力:18
経験人数:男2
淫乱レベル:C
快感値:200(通常)”
“ヤン
人間族、男
年齢10歳
ジョブ
町人(レベル1)
生命力:20
攻撃力:10”
ほっとした。
平凡な街の人間ということのようだ。
本当に親切で一郎を助けてくれたのだと確信した。
「生まれつき身体だけは丈夫なんですよ……。助けてもらってありがとうございます……」
一郎は頭を下げた。
「礼をいう必要はないよ。ちゃんと、宿代は払ってもらうからね……。あんた、旅人だろう? ここは旅人に食事をさせて、宿に泊まってもらう商売をしている場所だ。あたしに預けた荷はそこにあるよ。宿代は銀貨一枚。食事代は別だ」
レジーナが豪快に笑いながら言った。
その闊達さに一郎は思わず微笑んでしまった。
そして、さっきは気がつかなかったが、ふたつの寝台のあいだに、一郎の荷が置いてあることがわかった。
「銀貨は二枚払います。治療をしてくれましたし……」
一郎は言った。
エルフの里で手に入れた路銀については、エリカと一郎でふたつに分けて荷に入れていた。
一郎はヤンに頼んで荷を取ってもらうと、中から二枚の銀貨を出して、レジーナに差し出した。
「これは……。だったら、食事を運んでくるよ。今夜は、客も少ないしね。あんたのほかには、若い女がひとりと、ふたり連れの男が泊まっているだけだ。その食事も終わった。じゃあ、お客さんだね。ゆっくりしておくれ。あたしはレジーナだ。よろしくね」
「……ロウです。こちらこそ、よろしく。そして、改めてありがとうございます」
一郎は頭をさげた。
「だけど、本当に丈夫なんだねえ……。腕や脚の骨とかも折れているように見えたんだけどねえ……。すっかりと元気じゃないかい」
レジーナがもう一度驚きの言葉を口にしてから、部屋の外に出ていきかけた。
「待ってください……。それと、連れを探すのに協力してくれたら、さらに銀貨を一枚……いや、二枚渡します」
一郎はすかさず、さらに銀貨を二枚差し出した。
だが、レジーナは銀貨を受け取ろうとはしなかった。
そして、顔を曇らせて、首を横に振る。
「……お連れの女の人のことは諦めた方がいいよ……。災難だったと思うしかないね……」
「はっ、どういうことです?」
一郎はびっくりして声をあげた。
諦めろとはどういうことだ──?
災難……?
「どうと、言われてもねえ……」
レジーナは、困った表情になり、ちらりと部屋の外を気にする仕草をした。
そして、ヤンに夕食を温め直すように言いつけて、部屋の外に出す。
ふたりだけになると、レジーナは、ヤンが座っていた椅子に腰掛けた。
一郎に顔を近づける。
「……これはあくまでも噂なんだけどね……。あの国境監視団にはおかしな話がある。つまりは、いままでも同じようなことがあったという噂がね……」
「噂……ですか?」
「そうだね……。若い女の旅人が入国しようとすると、その中の何人かがいなくなるのさ。とびきりの美女がね……。まあ、そういう話さ……」
レジーナが小声で言った。
一郎は驚愕した。
「そんな……。国境監視団が人さらいを?」
「しっ、声が大きいよ。噂だと言っているだろう──」
レジーナが叱咤した。
一郎は慌てて、声をひそめる。
「……でも、そんなことは……。だけど、女の旅人をさらってどうするんです?」
「それは知らないよ……。ただ、美女を誘拐してどうするかと言われれば、大抵は、奴隷にして売り飛ばすことを想像するね……」
「奴隷──。冗談じゃない」
一郎は唖然とした。
「罪を犯してもない者や借金の形として売られた者以外を奴隷にするのはご法度だけど、切り抜ける方法はいくらもあるからねえ…」
「まさか──。でも、れっきした王軍が?」
「噂だよ……。そもそも、奴隷の首輪を装着されたら、自分は誘拐されましたとも、奴隷は訴えられない。主人の命令には逆らえなくなるからねえ……。そうなったら逃げられない……」
「まさか──。つまりは、エリカは、奴隷商に奴隷として売り飛ばされるということですか──?」」
一郎は、慌てて、身体に巻かれている当て木と布を剥がしだす。
こんなところで横になっている場合じゃないことはわかった。
「ちょっと、お待ちよ──。どうするつもりなんだい?」
レジーナが血相を変えた口調で言った。
「決まっています──。連れて行かれたエリカを取り戻します。だったら、その奴隷商とやらに行きます。この街にある奴隷商の場所を教えてください。そこに連れて行かれたに決まってます」
「待ちな──。こりゃあ、参ったねえ……。気持ちはわかるけど……。だけど、このドロボークには奴隷商はないんだよ……」
「えっ?」
一郎は当て木を外していた手を止めて、レジーナを見た。
「この街には奴隷商はない。奴隷商といえば、もっと大きな城郭だよ。こんな国境に面した辺境の街になんかあるものかい」
「だったら……」
「うん……。だから、噂だと言ったろう。とにかく、もう夜だ。今夜は大人しくしてな」
レジーナは焦ったように言った。
嘘だ──。
咄嗟に思った。
レジーナは嘘をついている。
あるいは、なにかを隠している……。
根拠はないが勘だ。
一郎は確信した。
「レジーナさん、知っていることがあれば教えてください。彼女は俺の大切な人なんです。絶対に見つけないと」
「大切な人って……」
「恋人です」
戸惑ったが、はっきりと言った。
そうだ。エリカは大切な女だ。
恋人であり、この世界で生きる方法を教えてくれる先生であり、一郎を護ってくれる護衛であり……。両親が早世している一郎にはずっといなかった家族のような存在になりかけていて……。
すると、レジーナが驚いたように目を見開いた。
一郎は、さらにレジーナに詰め寄ろうとした。
そのとき、廊下に、なにかの気配を感じた。
誰かが部屋の前にいる……?
すぐに、そこにいる者のステータスを魔眼の力で覗いた。
一郎は驚愕した。
しかし、次の瞬間には、すぐに行動に移していた。
「うう……。や、やっぱり、身体が……」
一郎は、唸り声をあげながら、もう一度寝台に横たわって、掛け布で身体を覆った。
「ほら、ごらん──。やっぱり、まだ身体が痛むんだろう……? とにかく、いまは傷を癒すことだけを考えるんだ。ちょっと待ってな。なにか食べるものをすぐに持ってくるから……」
レジーナが立ちあがった。
すると、廊下の気配も消えた。
どこかに身を隠したのだろう。
この部屋をひそかに窺っていた者がいた……。
一郎は寝台で小さな唸り声を出す演技をしながら確信した。
それは……。