※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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【作者より】
 投稿のモチベーションになりますので、感想、評価をお願いします。




2話 ルルドの森の悪霊
004 首輪のままの脱出


 突然、強い衝撃が一郎の身体を襲った。

 エルスラが飛びかかってきたのだ。

 腕を回して抱きついてくる彼女の勢いに、一郎は一歩よろめいた。

 横目に、アスカが呆然とする表情が見えた。

 

 次の瞬間、目の前の景色が消滅した。

 なにが起きたのかわからなかった。

 監禁されていた部屋が消滅してどこかの屋敷の外にいた。

 そして、その景色も消滅して、別の場所になった。

 

 その風景も消滅した。

 

 同じことが五回ほど繰り返された。

 そのあいだ、エルスラは一郎にしがみついたままだった。

 やがて、どこか深い森のような場所に到着した。

 風の音が耳に沁みた。濃い湿気が肌にまとわりつく。森の奥からは虫の羽音すら聞こえる。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎を抱きしめたまま、エルスラがぐったりと倒れ込んだ。そのまま、一郎も彼女に押し倒されるようにして地面へとしゃがみ込んだ。

 

「ど、どうしたんだ? なにが起こった?」

 

 一郎はびっくりして言った。

 一瞬にして、風景が次々に変化して、どこか見知らぬ場所にやってきている。これはどうしたことだろう。

 

「はあ、はあ、はあ……アスカ様からあなたを助けるには、これしか……。わ、わたしには……アスカ様から……イ、イチ様を守るだけの……ち、力はないの……。だ、だから、一気に移動術で瞬間移動を……」

 

 エルスラが右手に杖を握り締めたまま、まだ苦しそうな息をしながら言った。

 その顔は蒼白であり、かなりの体力の消耗をしたのがわかる。

 移動術とは、時空を跳躍する魔道、いわゆるテレポーテーションの一種のようだ。

 アスカに魔道をかけられそうになった一郎を救うため、エルスラは全力で連続の瞬間移動を敢行した。その代償として、ここまで疲弊したのだろう。

 

「大丈夫か……?」

 

 一郎はエルスラを助け起こしながら言った。

 跳躍をしたときに、一郎の足元にあった灰色のローブもついてきていた。一郎は、エルスラの身体を起こすと、とりあえず裸身にローブを身に着けた。

 

「だ、大丈夫……です……」

 

 エルスラはまだ止まらない息切れをしながら、一度うなずいた。

 そして、にわかに起きあがると、持っていた杖を地面に押しあてて、いきなりへし折った。

 

 一郎は驚いた。

 

 エルスラは魔道を遣うときには、必ず杖を使っていた。杖がなければ、エルスラは魔道が遣えなくなるのではないかと思ったのだ。 

 慌てて、一郎が得た不思議な力でエルスラの“ステータス”を覗いた。

 

 

 

 エルスラ

  エルフ族、女

  年齢18歳

  ジョブ

   戦士(レベル11)

   魔道遣い(レベル2)

  経験人数:男1、女3

  淫乱レベル:A

  快感値:70/100↑(回復中)

  一郎の性奴隷

 

 

 

「なんだあ? お前の能力がいっぺんに下がったぞ」

 

 一郎は思わず言った。

 

 やっぱり、RPGでいえば「ジョブ」にあたる部分がことごとく低下している。特に、「召喚術師」のジョブは消え、「魔道戦士」とあったものは、「戦士」に変化している。エルスラが自ら折った杖はエルスラが能力を保持していた源だったに違いない。

 

 一郎の言葉にエルスラが自嘲気味に笑った。

 

「ふふ……。あなたって、さっきも“レベル”とか言っていたわよね。他人の能力が見抜けるのなら、これが本当のわたしの姿よ。アスカ様から授けられた杖がなければ、私はまだまだ未熟な、三流の戦闘エルフにすぎないの」

 

「だったら、そんな大切なものをどうして?」

 

「この杖は、アスカ様から授かった物……。高い魔道が遣える反面、アスカ様は、この杖がどこにあっても、それを見つけられる……。でも、こうして、壊してしまえば、とりあえず、すぐにはわからないはずよ」

 

「えっ? つまり、俺を助けるために大切な杖を折ったというのか?」

 

 一郎は声をあげた。

 

「それしかなかったのよ……。アスカ様が魔力を伝って追おうとしても、杖を折って完全に魔力の繋がりを遮断した。それだけではなくて、あれだけ、移動術を繰り返せば魔力の痕跡も発散する。アスカ様は後を追えないと思うわ……」

 

「そうか……」

 

 一郎は言った。

 

 だが、自分の能力を向上させていた杖を壊すというのは、大変な決心が必要だっただろう。必要なことだったとはいえ、それを躊躇なくやったエルスラに、一郎は少し感嘆していた。

 

「それで、杖がなくなっても、魔道は遣えるのか、エルスラ?」

 

「少しはね……。でも、大したことはできないわ。杖がなければ魔道の発揮に必要な魔力をうまく集められないのよ。まあ、新しい杖を手に入れれば違うと思うけど……。それでも、アスカ様の杖ほどのものが得られることはないと思うわ」 

 

 エルスラは深く息を吐いた。

 やはり、あの杖はエルスラにとって相当に大切なものだったようだ。

 

「新しい杖はどうやって手に入れるのだ? 店で買うのか?」

 

 一郎の質問に、エルスラが噴き出した。

 

「杖が店先で売っていることはないわ。杖は授かるものよ。能力の高い魔道遣いが魔力を込め、それを伝授される。そして、その杖を時間をかけて自分に馴染ませる。そうやってわたしたちエルフは魔道を操るようになるの。アスカ様のような高位魔道師ともなれば、杖なんか関係ないけど、本来のわたしじゃあ、魔道は三級よ」

 

「そういうものか」

 

 つまり、簡単には杖は手に入らないもののようだ。

 少しだけ、エルスラに申し訳ないという気持ちになった。

 まあ、あくまでも、少しだけだが……。

 

「とにかく、もう、わたしの魔道はあてにしないで……。アスカ様の杖が失われたいまは、こっちの方がまだ自信があるわね」

 

 エルスラはスカートの上から腰につけている革の鞘に入れた短剣を軽く叩いた。

 いずれにしても、これでわかったのは、一郎が見える相手の能力値は、装備している武器などによっても変化するということだ。

 

 とにかく、これからどうするかだ。

 一郎は、とりあえず周囲を見回した。

 ふたりが座っているのは、周囲に草木が茂る地面に短い草が拡がる場所だ。空は樹木が覆っていて、陽射しがかなり遮られている。

 小路のようなものはかすかにあるのだが、随分と長く使っていた形跡もないようだ。

 時刻は夕暮れだろう。

 

「それで、ここは、どこなんだ?」

 

 一郎はエルスラを見た。

 

「さあ……。滅茶苦茶に連続で跳躍したから……」

 

「ここがどこだか、わからない? どこかの森の中のようだぞ? それにもうすぐ陽も暮れそうだ。得体の知れない獣でもいたらどうする──?」

 

 一郎はびっくりして言った。

 

「だって、これしか方法が……。その支配の首環をしている限り、あなたはアスカ様の奴隷状態から逃れらないわ。そして、アスカ様はあなたを調教して心を潰し、完全に支配してしまうわ。そうやってアスカ様が召喚した外界人を心からの奴隷にしてしまうのをわたしは何度も見たわ」

 

 エルスラは一郎の首を指さした。

 一郎は手で首に触れた。

 確かに、まだ首には金属の輪でできている首輪が嵌まったままだ。そういえば、エルスラに魔道で脱出させられる直前、首輪を通じてアスカの支配を受け入れようとしている自分を感じた。

 自分の意思とは無関係に、自分の身体が動くのは恐怖だった。

 一郎はそれを思い出した。

 確かに、あのままにされるよりは、見知らぬ得体の知れない森にでも連れて行かれた方がましだろう。

 

「わかったよ……。それでこれからどうするんだ?」

 

「あなたの命令なので、わたしはあなたを助けるわ。わたしには無理だけど、力の強い魔道遣いを見つければ、アスカ様の魔道具を外せるとも思うの……。とにかく、アスカ様があなたとわたしを見つける前に、なんとか。それを外すしかないわ。もちろん、外せたところで、逃げ続けなればならないことは変わりないと思うけど……」

 

「逃げるって……。もう、逃げてきたんだろう?」

 

「まだ、逃げられてはないわよ──。アスカ様の力は大変なものよ。とりあえず、アスカ城と呼ばれるアスカ様の支配する小さな城郭の外には出たと思うけど、それだけよ。わたしにできたことは、当然、アスカ様にもできるわ」

 

 エルスラは真剣な面持ちで言った。

 

「もしも、追ってきたら、どうなるんだよ?」

 

「少なくとも、あなたについては、もしも、首輪を外す前に見つけられれば、その瞬間にあなたは、アスカ様の支配に戻るでしょうね。それまではとにかく逃亡するしかない……。あのアスカ様のことだもの。逃亡した奴隷をそのままにするわけないわ。裏切ったわたしのことも……」

 

「奴隷って、俺のことかよ……。俺は奴隷になった覚えはないがな」

 

「受け入れたわよ。その首輪を自ら装着したじゃない──。それは奴隷になることを受け入れたと同じことよ。少なくとも、アスカ様はそう思ってるわ」

 

「ふざけるなよ。お前らがよってたかって俺を拷問して、首輪を強要したんだろうが。どの口でそんなこと言ってんだ──」

 

 一郎はかっとして怒鳴った。

 そして、思い切り尻でも叩いてやろうと思い、目の前のエルスラの生尻を平手で打つことを想像した。

 

「きゃあ」

 

 しかし、その瞬間、エルスラが尻に両手をあてて、背中を伸ばした。

 一郎は呆気にとられた。

 

「な、なに? いまのなんなの──?」

 

 エルスラが当惑した顔で一郎を凝視した。

 だが、驚いたのは一郎も同じだ。

 一郎はエルスラの尻を叩こうとしただけであり、実際にはなにもしていない。それにも関わらず、エルスラはまるで本当に叩かれたような反応をした。

 

 これは、どういうことだろう?

 

 一郎が授かった「淫魔師」の能力に関係あるのだろうか?

 試しにもう一度やってみた。

 

 二度目はうまくいかなかったが、三度目は、できるだけ鮮明にエルスラの白い尻を想像してそれをしゃもじのようなもので叩くことを想像した。

 

「きゃん」

 

 今度はエルスラは悲鳴をあげて立ちあがった。

 両手でお尻を押さえて、痛みに顔を歪めている。

 

「魔道? あなたは魔道を遣えるようになったの? しかも、杖もなしに? でも、あなたには、まるで魔力がなかった。それは、何度も調べたわ」

 

 エルスラがお尻を両手で押さえながら数歩後退りをした。

 だが、一郎は、これは魔道というよりは、淫魔道と称すべき術であろうと思った。淫魔師という「ジョブ」により身に着けた力に違いない。想像だが、淫魔師は支配した「奴隷」の身体と身体の感覚を支配できるのではないのだろうか。

 

「ちょっと、尻を見せてみろ。スカートをまくって、こっちに向けるんだ」

 

 一郎は言った。

 

「なっ」

 

 エルスラが真っ赤な顔をして眼を大きく開いたが、エルスラが一郎の言葉に逆らうことができなくなっているのは、一郎も知っている。

 羞恥に身悶えるような仕草をしながら、エルスラが一郎に背中を見せて、スカートを大きくたくしあげた。

 

「下着を脱いで、こっちに放れ。ぐずぐずするな、奴隷」

 

 一郎の頭には、アスカとともに、二日間にもかけて、一郎をいたぶり続けたエルスラの姿がはっきりと残っている。そのエルスラを言葉ひとつでなぶるのはいい心地だ。

 一郎もこのエルフの少女の前で、素裸で酷い目に遭わされ続けたのだ。そのエルフ女のひとりを破廉恥になぶるのは、当たり前の権利だと思う。

 

 エルスラは、小さな声で「そんな」とか言いながら、スカートを腰までたくしあげたまま、片手で下着を足首まで落として、それを後ろに投げた。

 一郎はそれを拾って、裸身に身に着けているローブの内ポケットに入れた。このローブには、幾つかの内ポケットがあって、物を隠せるようにもなっている。

 

 剥き出しのエルスラの丸い尻が露わになる。

 エルスラの尻たぶには、叩かれたことによる痣はなかった。

 一郎のさっきの能力は、痛覚は与えられるが、実際には傷はつけないのだろうか……。

 

 ……それにしても。

 目の前の美少女エルフを破廉恥な姿にさせながら、驚くほど冷静な自分がいる。

 一郎はその事実に、内心ひどく困惑していた。

これも覚醒した淫魔師としての能力なのだろう。 

 

 じっくりとエルスラを観察することで、一郎に恥ずかしい姿を強要されているエルスラの下半身が小刻みに震えていることにもすぐにわかった。

 

「どうした、エルフ女? 恥ずかしいのか?」

 

 一郎は笑った。

 

「は、恥ずかしいわよ。変なこと訊ねないで」

 

 エルスラのむっとしたような声が返ってきた。

 そのとき、一郎はエルスラの「快感値」がすでに〈32〉まで低下していることに気がついた。

 そういえば、このエルスラは根っからのマゾっ子だと、アスカが口走った気がする……。

 

「生意気言うな、奴隷─。お前たちが俺に二日間やったことだろうが……。尻はいい。ちょっと試してみるから、今度はこっちに身体を向けろ。もちろん、スカートをめくったままだ」

 

「ああ、そんな……」

 

 エルスラが大きく息を吐くのが聞こえた。

 

 一方で、エルスラの「快感値」は、一郎の言葉だけで、また〈28〉にまでさがった。

 

 そして、長い髪と同じ黄金色の薄い恥毛に包まれた股間の亀裂がこっちを向くと、数字が二十台にまで落ちる。

 エルスラが一郎による羞恥責めに、すっかりと欲情していることは明白だ。一郎に映るエルスラの身体には、いまやすっかりと桃色のもやで覆われているし、露わになっている腰部分は真っ赤になっているほどだ。

 じっと観察していると、だんだんとエルスラの息は荒くなり、赤色に染まっているように映っているエルスラの股間には、じっとりとした新しい蜜も出てきた。

 

 やはり、余程にM気が強いに違いない。

 

「やああっ」

 

 エルスラの腰ががくりと砕けた。

 一郎が股間の赤い部分──、クリトリスの周辺を筆のようなものでくすぐる念を送ったのだ。

 エルスラが腰を突きあげるようにしながら膝を崩した。

 

「これはいいな。面白い力だ……。ほかにもいろいろできそうだな。淫魔師というのは、どんな能力があるんだ、エルスラ?」

 

 一郎はいったんエルスラに対する刺激をやめて言った。

 エルスラがスカートを両手であげたまま、姿勢をまっすぐに戻した。

 

「知らないわよ……。淫魔師というのは、伝承でしか聞いたことがないような存在よ。淫術にすぐれ、その力で異性を支配していくと言われているわ。わたしには、それくらいしか……」

 

「嘘をつけ。知っていることを喋らないとこうだぞ」

 

 一郎は今度は服の下の乳房を揉むことを強く念じた。

 

「ひっ、ひっ、ひいっ」

 

 エルスラが全身をくねらせて、甘い声をあげた。

 

「本当に、なにも知らないわ。あなたには、もう嘘はつかない。信じて」

 

 エルスラが全身を真っ赤にして叫んだ。

 

「まあいい……。とにかく、慣れれば、もっと好きなように身体を操ることができそうな気がするな。少しずつ、いろいろと試させてもらうよ」

 

 一郎は刺激を与えるのをやめて笑った。

 

「はあ……、も、もう許してよ……。だ、だけど、な、なんで、こんなに上手なの……」

 

 脱力したエルスラが、泣き声のようなものをあげた。

 だが、言葉に反して、エルスラはすでに快楽に染まりきっていた。

 一郎はそれが可笑しくて、思わず口元をほころばせた。

 

「なにを言ってるんだ。苛められて悦ぶ変態のくせに。そうだろう、エルスラ? お前は変態だ。正直に言えよ。自分は苛められて悦ぶ変態だとな」

 

 一郎はわざと恥辱を誘う言い方をした。

 もっとも、内心ではそんな風に堂々といたぶりの言葉が使える自分自身に驚いてはいたが……。

 

「……わ、わたしは苛められて……悦ぶ……変態です……ああ……」

 

 すると、エルスラが顔を真っ赤にしてそう言った。

 変態だとエルスラが本当に返してきたことにはびっくりしたが、一郎は自分自身で「正直に言え」と命令口調でエルスラに言ったことを思いだした。

 エルスラは、それに従って、「正直」に口にしたのだろう。

 なんだか一郎は笑ってしまった。

 

「変態──変態──わたしは変態──」

「変態──変態──」

「悦ぶ──悦ぶ──」

 

 そのとき、周囲から不意に複数の幼い女の子のような声がした。

 一郎は驚愕して、声の方向を探そうとした。

 だが、声は嘲るように四方から繰り返される。

 一郎は思わず、その場から逃亡しようとした。

 

「モッカーよ。悪意はあるけど、所詮は物真似をするだけの小さな悪霊よ。落ち着いて」

 

 エルスラがスカートをあげた状態のまま真顔になって叫んだ。

 

「その恰好はもういい。なんとかしろよ。あ、悪霊ってなんだよ」

 

 一郎は叫んだ。

 スカートをおろしたエルスラが走り寄ってきた。

 すでに腰の短剣を抜いている。

 そして、一郎を守るようにしっかりと自分の背を一郎に密着させた。

 

「しまったわ……。陽が落ちるまでわからなかったけど、この森には強い瘴気を感じる。失敗した。わたしたちは、悪名高いルルドの森にやってきてしまったようよ。しかも、ここはその中心部のようだわ」

 

 エルスラが絶望的な声をあげた。

 

「ルルドの森?」

 

 一郎は顔をしかめた。

 そして、周囲を見て、いつの間にかほとんど視界がなくなるくらいに陽が落ちてしまっていたことを悟った。

 

「ルルドの森は、わたしたちがいたアスカ城に隣接する魑魅魍魎の死霊どもが棲むとされる森よ。妖怪たちの領土──。妖魔たちの支配するルルドの森に間違って逃亡してしまったのだわ……」

 

 エルスラが失望のこもった舌打ちをした。

 会話をしているあいだにも、陽はかげり、すでに夜と呼ぶのに相応しい状態となっていた。

 そのとき、一郎は腐ったたくさんの肉の塊りのようなものがだんだんと近づいてくる匂いと気配を感じた。

 

「落ちている木の枝を拾って。早く──」

 

 エルスラが短剣を構えながら悲鳴のような声をあげた。

 そのときには、一郎も闇の中に光る無数の赤い目に気がついていた。そして、その赤い目のある方向からは、腐った肉のような悪臭が漂ってもくる。

 

「な、なんだ? なにが近づいているんだよ」

 

 一郎は気味の悪さに腰を抜かしそうになり叫んだ。

 

「お願いだから言うとおりにしてよ──。グール避けの魔力を発散しているのよ。で、でも、杖なしじゃあ……、も、もう、出せない。跳躍でほとんどの魔力を使い果たしたし」

 

 エルスラが両手を前後左右に忙しく動かしながら怒鳴った。

 

「グール?」

 

 一郎は悲鳴をあげた。

 

 グールとは食屍鬼──。

 

 つまり、アンデッドモンスター……。

 人間や動物の死骸を喰らって存在すると言われている邪悪な存在。

 

 それが現実に?

 

 だがそれは事実だ。

 得体の知れないものが闇の奥で一郎とエルスラを包囲しているのは感じる。

 月夜ではあるが、上に繁る樹木の葉で月光が遮られて周囲は真っ暗だ。

 なにも見えない。

 

 しかし、なにかがいる……。

 本当に間近に……。

 そして、すっかりと囲まれている。

 それがわかった。

 身体が金縛りになったように動かなくなった。

 

「だ、駄目。も、もう支えられない──」

 

 エルスラの息が震えていた。

 一郎の背後で、なにかが這い寄るような気配がする。赤い目の数は、先ほどよりも増えている。

 

「エルスラ──」

 

 返事はなかった。

 そのとき、エルスラが足元に魔道で火を放った。小さな炎が周囲の草むらに飛び散り、ほとんど夜闇に覆われそうになっていた周りがぱっと明るくなった。

 

「うわああ」

 

 一郎はその瞬間に、本当に腰を抜かして尻もちをついた。

 足元にできた炎の光に照らされたのは、いずれも手や脚の一部が欠けて、顔や身体のほとんどの部分が腐れて虫が湧いている人間や動物の死骸だった。それは二十匹以上いるだろう。

 それらが炎によって、一郎たちの周囲に浮びあがったのだ。

 だが、明るい火の光に照らされると、死霊たちが慌てたように後ろに退がっていった。

 

「ちっ」

 

 エルスラが不甲斐なくしゃがみ込んだ一郎を一瞥して舌打ちをした音が聞こえた。

 しかし、エルスラは、素早く屈んで一本の枝を足元から拾った。そして、その枝の先に魔道で火をつけて松明にした。

 

「うわっ」

 

 一郎は絶叫した。

 エルスラが身体を屈める隙を狙うようにして、凄惨な顔をした一匹のグールがエルスラに上から飛びかかったのだ。

 しかし、エルスラは素早く身体をかわすと、短剣でエルスラを掴もうとしたグールの腕を切りつけるとともに、片脚で胴体を蹴り飛ばした。

 

「くうっ」

 

 だが、そのグールの胴体は離れたが、切断された腕だけが残り、エルスラの首を掴んだ。

 エルスラは体勢を崩しそうになったが、左手で持っていた松明の炎をグールの腕につきつけた。

 死肉が焼ける嫌な匂いがして、腕はエルスラの首から離れる。

 すかさず、エルスラが地面に落ちた腕を遠くに蹴り飛ばす。

 

「刃物じゃ駄目──。斬り飛ばしても、それぞれの部分でグールの死霊が分かれるだけで、却って数が多くなるだけなのね」

 

 エルスラが焦ったような声をあげて、剣を腰の鞘に戻す。

 そのあいだ、一郎は尻もちをついたままでいた。

 

「なんだよ、こいつら──?」

 

 一郎は叫んだ。

 

「このルルドの森で死んだ人間や動物に巣食って乗り移ったグールよ。普通は死肉しか狙わないけど、ここのは、生きている人間を襲うくらい狂暴なので知られているわ」

 

「人間を襲う?」

 

「わたしたちを食べようとしているのだと思う。とにかく、立って──。戦うのよ──。死にたくなければね」

 

 エルスラは怒鳴った。

 その声の激しさに一郎はやっと立ちあがることができた。

 エルスラがその一郎に松明を押しやる。そして、さっと身を屈めて、なんとかもう一本の枝を拾うと、また、樹木の先に魔道で炎をつけた。

 二本目の松明はエルスラが持つ。

 松明が二本になると、少しはましになる。

 一郎は、エルスラと背中を合せるようにして、包囲しているグールを松明で威嚇する態勢になった。

 

「な、なんとかしろよ、お前。こ、こんなところに連れてきやがって──」

 

 一郎は松明を振りながら、声をあげた。

 

「……わかっている。なんとかする……。とにかく、その松明の火を消さないで……。連中は火を怖がるわ……。いいわね。火を消さないことだけを考えて……。そして、朝になるまで待つのよ」

 

「朝って……。朝までなんてもつかよ……」

 

 一郎は松明を近づく腐肉の気配に向けながら泣き声をあげた。

 炎を向けるとグールが一瞬怯んだように退がっていく。だが、そうすると別のグールがまた近寄ってくる。

 だから、今度はそれに向かって炎を向ける。

 その繰り返しだ。

 しかし、最初にエルスラが足元に小さな炎の輪を作ってもいる。

 それもあり、グールどもが一斉に襲いかかってくるということはない。

 

「もっと火をつけろ、エルスラ。足元の小さな火が消えそうだ」

 

 一郎は松明を懸命に左右に動かしながら、背中のエルスラに言った。手に持っている松明はともかく、エルスラが地面に作った炎の輪は火の勢いが低すぎて、いまにも消えそうだ。

 消えればグールたちは、さらに一斉に距離を近づけてくる気がする。

 そんなことになれば、さすがに手に持った松明だけでは抵抗できないだろう。

 

「この後に及んでなんだけど、さっき二本目の松明を作ったのが、わたしの最後の魔力よ……。も、もう、杖なしに魔道は遣えないわ……」

 

 エルスラが低い声で言い返した。

 そのエルスラも一郎と同じように、手に持った松明を一生懸命にグールに向け続けている。

 

「また、素敵な告白だぜ……。だったら、火が消えれば、襲ってくるぞ……。連中に喰われちまう。お前、とにかく、俺を守れ。命令だ」

 

 一郎は絶望の声をあげた。

 周囲を囲む火の輪の勢いはいよいよ小さくなった。

 地面に生える草に燃え移る気配もなく、エルスラが作った火の輪は一気に力を失う様子を見せ始める。

 グールたちが一斉に色めきだったのがわかった。

 炎が下火になることで、大勢の腐肉の集団がじりじりと包囲を狭めてもきた。

 

「……わかった……。わたしが囮になる……。わたしが離れれば、こいつら全部ついてくるはず。あなたは、そのあいだに逃げて。どこかに隠れて、朝まで──。とにかく、生き延びて。絶対に、松明を奪われないで──」

 

 エルスラは、手にしていた松明を一郎の空いた手に押しつけるように渡した。

 返事をする間もなく、彼女は叫び声をあげながら、消えかけた炎の輪の外へと駆け出した。

 

 その瞬間、グールたちが一斉に動く。

 炎から離れた「獲物」を目がけて、腐臭とともに突進する。

 地を蠢く気配が、一郎のまわりから一気に遠ざかっていった。

 

「おい、待てよ、エルスラ──」

 

 一郎は叫んだ。

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