【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「おはようございます、ロウ様……」
「おはようございます、ご主人様」
軽く身体を揺すられ、一郎は微睡みから覚めた。
枕元にはエリカとコゼが並んで立ち、一郎を見おろしていた。
ふたりはすでに身支度を終えていた。
開いた窓からは朝の光が差し込み、涼やかな風が部屋を抜けていく。
思い返せば、昨夜はふたりを抱き潰したあと、久しぶりにひとりで眠ったのだった。
いつもなら、どちらかが──あるいは両方が──添い寝をしてくれる。隣で身じろぎをするだけで目を覚ますのが常だった。
だから、こうして起こされるのは久しぶりだ。
もっとも、昨夜は完全にひとり寝だったせいで、ふたりが起きて動いていたのにも気づかなかった。
あるいは、ふたりが一郎を起こさないように、わざと静かにしていたのかもしれない。
エリカにしても、コゼにしても、いまは一郎の女としての感情と価値観が、完全に身体に刻み込まれてしまった感じだ。
「……ロウ様……」
一郎の口の中に生温かいエリカの舌が入ってきた。
エリカは百合の性の経験があっただけに、口づけがとても上手だ。
一郎の口の中で、エリカの舌が唇の内側を舐め、さらに歯茎をなぞっていく。さらに口腔中を這いまわる。
とても、情熱的で煽情的なキスだ。
一郎は、思わずそのまま押し倒したくなる誘惑にかられた。
「……昨夜は、先に寝てしまって申し訳ありませんでした」
やっと唇を離したエリカが、一郎の口元に残った涎を舌で掬い取りながら言った。
「謝る必要はないさ。調子に乗って抱き潰したのは俺のほうだからな」
一郎は苦笑する。
「ですが、もし襲撃があったら……。備えもせずに正体なく眠ってしまうなんて、護衛役としては失格です」
エリカはきっぱりとした声で告げた。
多少不器用なところはあるが、真面目で一生懸命な女だ。
一郎を守れと命じたことがあった。その言葉を彼女はいまも律儀に守り続けている。
どこであれ休む前には、襲撃に備えて結界を張り、それから「調教」を受けに来るのが常だ。
だが昨夜は夕食時のいたぶりからそのまま夜の営みに流れ、警戒の処置をする余裕がなかったのだろう。
それを気に病んでいるのか……。まったく、健気な女だ。
「気にするな。エリカはいつもよくやってくれている」
一郎は手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
「あ……。お、恐れ入ります」
エリカの表情がぱっと明るくなる。
そのとき一郎は、掛け布の下で自分が素裸であることに気がついた。昨夜はふたりを抱き潰したあと、そのまま眠り込んでしまったのだった。
「大丈夫よ、エリカ……。だったら今夜からもしばらく、エリカが調教の番ってことでいいじゃない。罰としてね」
コゼが元気に割り込んでくる。
一郎と出会う前までの悪徳商人に飼われていた暗い影は、淫魔術で拭い去られ、いまや本来の陽気さを取り戻していた
最初に出会ったときとは正反対であり、とても同一人物とは思えない変化だ。
まあ、嬉しい変化ではあるが……。
いまや、愉快なお調子者である。
「いい加減に、わたしの罰はやめようよ。そもそも、夕べ、護衛を疎かにして寝てしまったのは、あんたも一緒でしょう。今夜はコゼが罰の担当になりなさい」
真面目なエリカが、からかいに正面から声をあげた。
「あたしは性奴隷よ。もちろんご主人様を守るけど、いちばんの役目は抱かれること。そう言われたんだから」
コゼは平然と答える。
そういえば、確かにそんなふうに告げたことがあった気もする。
もっとも、戦いの腕前ならコゼもエリカに劣らない。エリカが剣や弓で正面から挑む戦士なら、コゼは影に潜んで仕留める暗殺者だ。
正々堂々の勝負ならエリカが勝つだろうが、命を懸けた場面では、優位に立つのはコゼかもしれない。
──とはいえ、三人の中でいちばん役立たずなのは自分だという事実に変わりはない。
「だったら、今夜もエリカが調教を受ける番だな。どんな罰にするかは……コゼに任せるよ」
一郎はおかしそうに笑った。
「そ、そんなあ──ロウ様……。なんで、わたしだけ……」
エリカが頬を膨らませる。
「ふふ、愉しみね、エリカ」
コゼが指先でちょんと、エリカの胸の膨らみを突っついた。
「ひんっ──。な、なにすんのよ」
エリカが胸を押さえて飛び退いた。
コゼが愉しげに笑い、一郎の唇に顔を寄せて重ねてきた。
まるで朝の挨拶の延長のようだった。
口づけの巧みなエリカに比べれば、コゼのそれはまだ稚拙だ。
だが、それもまた初々しい。性経験の多いコゼが、男を知らなかったエリカよりも性技に劣るのは不思議だが、実際にそうなのだ。
一郎は今度は待たず、自ら舌を差し入れていった。
「んふっ、ふうっ……」
コゼが鼻息を荒げて舌を絡め返す。口の中を舐められ、彼女はみるみるうちに頬を染め、魔眼に映る「快感値」も下がっていった。
もちろん仕掛けがある。
一郎は密かに淫魔術で、コゼの口内を一時的に性器並みに敏感な場所へと変えていた。
口の中は快感を覚える場所だと刷り込み、やがて暗示が定着すれば、術を使わずともコゼの口腔は確かな性感帯へと「安定」する。
これもまた調教のひとつだ。
舌と舌を奥深くまで絡め、互いの口腔を貪る。
唇が離れると、コゼは半ば茫然とした顔で息を整えた。
「あ、ありがとうございました……。と、とても……感じました……。で、でも……どうしてしまったのでしょう……。ご主人様との口づけは……いつも……すごく……」
「俺の口づけは、しっかりと愛情を注いでいる口づけだからな。俺もエリカも、コゼの家族だ。だから、感じるんだ」
一郎は平然と、うそぶいた。
十歳のときに払えない税の代わりに家族から売られ、それから家族愛どころか、あらゆる愛情とは無縁の生活をしてきたコゼは、“家族”とか“愛情”いうものに飢えている。
一郎は、コゼが官能に浸っているときに、それらの単語を使うと、コゼの身体が反応することを見抜いていた。
だから、意識して“家族”や“愛情”という言葉を使うことにしている。
一郎は身を起こした。
すでに、コゼの口内の感度は元に戻してある。
エリカとコゼは水と布を用意して待っていた。前後から寄り添い、布で一郎の身体を拭いていく。
そのまま二人が息を合わせて下着をはかせ、衣服を整えてくれた。
一郎は何もせずにされるがままだった。若い美女にこうして身支度を整えさせる時間こそ、いちばん心地よい。
まるで王のような気分だ──いや、実際に王なのだ。
女傑ふたりを本物の奴隷のように扱える。しかも、彼女たちはそれを誇らしげに受け入れている。
これ以上の身分があるだろうか。
やがて支度が整い、三人は連れ立って廊下に出た。
朝食をとるためである。
しかし、廊下に出ると、女の泣く声が聞こえてきた。
かなり激しいすすり泣きの声だ。
隣の部屋からだ。
一郎たちが泊まっていた隣の客室の扉がかすかに開いていて、そこから声が漏れ出ているようだ。
一郎たちが泊まっていたのは、一階に下りる階段から二番目に遠い部屋だった。
女の泣き声が聞こえるのは、一番奥の部屋だ。
一郎は、昨夜、この宿屋の息子のトーイと、都から戻ってきていたニーナという唄歌いが、そこで愛し合っていたのを魔眼を通して覗いたのを思い出した。
泣いているのは、そのニーナに違いなかった。
なにがあったのだろう……?
あれは、なにかとても衝撃的な悲しみがあって泣いているという感じだ。
夕べ、恋人と愛し合ったばかりの女が、どうして朝からあんなに悲しそうに泣く理由があるのだろう。
不思議さが一郎の好奇心を刺激した。
「ご主人様、あれはニーナさんでは?」
立ち止まったままの一郎にコゼが声をかけてきた。
「そうだな……」
一郎は頷いた。
少し気になったが、
だからといって、いきなり声をかけるのもおかしいし……。
魔眼を使う。
すすり泣きの声が聞こえる部屋にいるのはニーナだけのようだ。
トーイのステータスは出てこない。つまり、ニーナひとりということだ。
「ニーナって……?」
エリカが首をかしげた。
ニーナのことを覚えてないようだ。
これには一郎もびっくりした。
だが、考えてみれば、あのニーナの美しい歌声が響くあいだ、エリカはコゼからずっと淫具による羞恥責めに遭っていた。
唄なんかに気を取られる余裕は皆無だったのかもしれない。
「ニーナといえば、昨夜の歌姫でしょう、エリカ──。まあ、呆れた。覚えていないの?」
コゼがからかいの口調で言った。
「あ、あんたのせいでしょう──」
すると、エリカがコゼに食ってかかる。
一郎は思わず笑ってしまった。
「きゃあああ──。トーイ──」
そのとき、突然に女の絶叫が階下から響いた。
叫んだのはこの宿屋の女主人であり、トーイの母親のマニラのようだ。
ただならぬ悲鳴に、一郎は一階に駆けおりる。
一階は喧噪になりかけていた。
人の集まりが宿屋の外にある。
一郎は、その輪の中で地面に座り込んだマニラに抱かれて倒れているトーイを目撃した。
トーイの顔色が真っ白だ。
息をしていない?
そばには箒が転がっている。
宿屋の外の通りを掃除でもしていたような感じだ。
「どうしたの、トーイ──。息をして──。トーイ──どうしたの?」
気が動顚している様子のマニラが狼狽えて叫んでいる。
「動かしてはだめ──。毒が回るわ──。そこに横たえて──」
大きな声がした。
エリカだ。
懐からすでに杖を抜いている。
「毒? えっ、毒って、言ったの──?」
マニラが顔をあげた。
一郎は魔道を使う──。
瞬時に情報が頭に込みあがる。
トーイ
人間族、男
年齢20歳
ジョブ
宿屋管理(レベル2)
生命力:1↓(毒)
攻撃力:0↓(毒)
状態
瀕死”
瀕死──。死にかけている。
そして、トーイの身体の下に銀色に光る小さな物も見つけた。
針だ──。
「いや、動くな──」
一郎は叫んだ。
あれが毒針に違いない。
一郎は針を指さした。
コゼも気がついた。
咄嗟に布を取り出して、針を拾いあげている。
また、コゼは、両腰に提げている短剣のひとつを抜き構えて周囲を見渡した。
はっとした。
そうだ──。
トーイが倒れたのは、毒針を刺されたためだと考えれば、それをやった犯人は、すぐそばにいるのかもしれない。
一郎も魔眼で周囲を探る。
だが、一郎の魔眼でもそれらしい者はいなかった。
周囲にいるのは、マニラをはじめとして、この宿屋で朝食をとっていた客たちばかりだ。
少なくとも毒針で武装している者は見つからないし、それらしいジョブの持ち主もいない。
そのあいだ、エリカは杖をトーイの身体に向け続けている。
おそらく、魔道で毒消しを施しているのだろう。
だが、トーイの顔色はますます白くなり、生命力はややあがったものの〈5〉以上には上がってこない。
一郎はトーイの左肩に青い光が浮かんでいることに気がついた。一郎の魔眼によるものだ。
「右肩だ──。服を裂け」
一郎は素早く言った。
コゼがトーイの身体に飛びつく。
動顚しているマニラからトーイの身体を奪い取ると、短剣の先で服を裂いた。
服の下のトーイの肩は紫色に腫れていた。
そこが毒源だ。
コゼが躊躇うことなく、短剣の先でそこを切り裂いた。
トーイの肩から血が噴き出した。
「トーイ──。トーイ──。おお、トーイ──。な、なんで? どうして──?」
女の絶叫が人混みの外から起こった。
やってきたのはニーナだ。
かなりのパニック状態になっていて、金切声をあげながら、コゼからトーイの身体を奪い取ろうとした。
「邪魔よ、あんた──」
汗びっしょりで杖を向け続けているエリカが足でニーナを突き飛ばした。
ニーナが横に倒れる。
マニラがそれを助け起こした。
「なんでこんなことに──。なにがあったんです、お母さん──? なんでこんなことに──」
ニーナが叫んでいる。
「わからない……。あたしは突然に外でトーイが倒れる音を聞いただけだから……。トーイは店の前の掃除をしていたのよ。あたしは厨房にいたんだけど、不意に大きな物音がしたから外に出て見たら、トーイがひとりで倒れていたの」
マニラが応じた。
一郎はトーイの状態を観察した。
血が流れすぎて、それで身体が危うくなるようなら今度は止血が必要だ。
それを見極めるためだ。
トーイ
生命力:11↑(毒)
状態
瀕死”
好転はしている……。
危険な状況であることに変化はないが……。
「いいぞ、コゼ──。回復してきている。そのまま、毒を出してしまえ」
一郎は叫んだ。
やっとトーイの生命力があがってきた。
「わたしが」
ニーナがコゼを押し避けて、トーイの肩に口をつけた。
今度はエリカもコゼも、ニーナを邪魔しなかった。
ニーナは、服がトーイの血で汚れるのもいとわずに、必死の形相でコゼが開いた肩の傷に唇をぴったりとつける。
血を吸い始める。
すぐに一度地面に吐き出して、また、肩に口をつけた。
しばらく、それが続く。
やがて、トーイの呼吸が顕著なものになった。
生命力は、〈20〉まで回復している。
やがて、ステータスから、「毒」の言葉はまだ残っているものの、「瀕死」という表示は消えた。
持ち直したか……。
一郎はほっとした。
「もう、大丈夫だ……。止血を──」
一郎は言った。
「ふう……」
エリカがその場でがっくりと腰を落とした。
いつもは、〈100〉はあるエリカの魔力が、〈10〉を切っている。
この短い時間でそれだけの魔力を搾り放てば、かなりのダメージもあるだろう。
「よくやったぞ、エリカ……。コゼもな……」
一郎はふたりの肩を抱く。
その横でニーナとマニラが、いまはコゼが裂いた傷の止血をしている。
もう問題はない。
まだ、トーイは意識のない状態だが、すぐに回復をするだろう。
それにしても、なぜ……。
「トーイ、しっかり──」
そのとき、マニラの声がした。
そっちに視線をやる。
トーイが身じろぎをしていた。
しかも、そのトーイの唇が動こうとしているのがわかった。
「……ま、まさか……まさか……」
トーイの唇がかすかに震えた。
まだ意識は定かでない。だが、半ば無意識のまま、なにかを言おうとしている。
「なに、トーイ──? なにがあったの? 誰にやられたの、トーイ?」
マニラが身をかがめて叫ぶ。
沈黙が落ちた。
やがて、か細い声が絞り出される。
「……ニ、ニーナが……」
それがトーイの口から洩れた言葉だった。
「ニーナ?」
マニラが声をあげる。
一郎も思わず息を呑んだ。
しかし、その直後、トーイは再び意識を失い、昏睡に沈んでしまった。