※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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063 依頼の取消

 昼を過ぎても、ニーナからはなんの知らせもなかった。

 

 昨日は「急な用事で遅れる」との伝言が宿に届いていた。

 そのときは、いずれ顔を出すだろうと誰もが思った。

 だが結局、彼女は現れず、夜が明けてもなお連絡はない。

 朝になれば改めて言伝があるはず──そう考えていたが、その予想も外れた。

 

 一郎は卓につき、エリカとコゼとともに、軽い昼食をとっていた。

 空気は重く、言葉少なだった。

 

「おかしいわ……。どう考えても普通じゃない」

 

 沈黙を破ったのは、エリカだった。

 苛立ちを隠さず、厨房の入口に腰かけているトーイへ視線を投げる。

 

「迎えに行くべきよ、トーイさん。あなたから動くべきじゃないの」

 

「放っておいてくれと言ったはずだ──」

 

 トーイは不機嫌な声で突き放す。

 その頑なな調子に、エリカは唇を噛み、拳を握りしめた。

 

「どうしてよ。ニーナさんは、歌姫の座を捨ててでも、あなたのそばに戻りたいと思ってるのに──」

 

「だからこそだよ」

 

 トーイはかぶりを振った。

 

「だから……ってなによ? ちょっといいから、厨房から出てきなさい──」

 

 エリカが怒鳴った

 すると、トーイが硬い表情で一郎たちの前までやってきた。

そして、押し殺すように続ける。

 

「ニーナは……ドルニカ夫人の庇護を受けてこそ歌姫になれた。王都で大成するべきなんだ……。俺なんかのもとに戻ってはならない。……それが一番いいんだ」

 

「一番いい? それが本当にニーナさんの幸せだと思ってるの?」

 

 エリカは身を乗り出した。

 その瞳は怒りと哀しみに濡れている。

 

「ああ、そうだ」

 

「ニーナさんは苦しんでるのよ。あんたのことを想って、必死に抗ってるのに……。それでも見て見ぬふりをするつもり?」

 

「だから、俺は……」

 

 トーイの喉が震えているのがわかる。

だが、結局、それ以上の言葉は出ず、目は逸らされたままだった。

 

「意気地なしね。男なら真正面から受け止めなさいよ」

 

 エリカの叱責は鋭い。

 

「やめなさい、エリカ。あんたが怒鳴ったところで、この人の気持ちは変わらないわ」

 

 コゼが慌てて手を伸ばし、彼女の肩を抑えた。

 しかしエリカはなお食い下がる。

 

「ねえ、あんた──。どうしてそこまで拒むのよ。好きなんでしょう、ニーナさんのことが」

 

「……好きだ。だが、だからこそって、言っただろう──」

 

 トーイの答えは震えていた。

 こみ上げる感情を押し殺すように、拳を卓の上に叩きつける。

 

「俺が受け入れたら、あいつは終わる。歌姫としても、人としても……。だから俺は、拒むしかないんだ」

 

 その声に、一郎は静かに息を吐いた。

 理屈ではなく、痛みを伴った諦念の響きがそこにあった。

 

「……じゃあ、結局、真実をどう選ぶかは、彼女自身に委ねるしかないね……。それでいいよね、トーイさん」

 

 一郎が呟くと、エリカは唇を噛んで俯いた。

 誰も言葉を継げず、食堂には重い沈黙が落ちた──。

 

 そのときだった。

 外から、地を震わすような蹄の音が近づいてきたのだ。

 

 蹄の音はどんどん近づき、やがて宿屋の前でぴたりと止まった。

 同時に、甲冑の擦れ合う音と、兵たちの短い号令が響く。

 一郎は思わず顔をあげ、窓の外を覗いた。

 通りを埋めていたのは、整然と並ぶ騎馬隊だった。金と深緑の紋章を掲げた旗がはためき、光る槍の列が視界を覆っている。

 

「……王軍?」

 

 思わず誰かの声が洩れた。

 トーイだ。

 

 王軍の徽章ということか……?

 なぜこんな城郭の外れに──?

 理由はすぐに知れることとなった。

 

 宿屋の真ん前に、一台の豪奢な馬車が停まったのだ。

 漆黒の車体に金の縁取り、窓には薄絹のカーテン。明らかに高位の貴族が乗る馬車だった。

 扉が開き、姿を現したのは──ニーナだった。

 

「……ニーナ」

 

 トーイが駆け寄りかけた。

 しかしその背後に、ぴたりと影のように付き従う女の姿を一郎は見逃さなかった。

 

「待って──」

 

 一郎は咄嗟に、トーイを泊める。

 ニーナのは背後にいる女──。

 鋭い眼光、引き締まった肢体、そして腰に吊るされた短剣……。

 一郎は、魔眼を開いている。

 

 

 

 “ブルド

  人間族、女

  年齢28歳

  ジョブ

   毒遣い(レベル11)

   魔道遣い(レベル2)

  生命力:50

  攻撃力:170(装備:サイの毒針)

  経験人数:男3、女5

  淫乱レベル:B

  快感値:250/250(通常)”

 

 

 

 心臓が強く打った。

 ──こいつだ。

 トーイを襲った毒遣いの正体は、この女に違いない。

 一郎は卓の下で、そっと必撃の剣を握りしめた。

 

 だが、一郎をさらに驚かせたのはニーナ自身だった。

 白い頬は上気して赤らみ、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 その瞳は虚ろに濁り、焦点を結んでいない。胸元は荒く上下し、唇は震えていた。

 

「ニーナ……?」

 

 トーイが半歩、彼女に近づこうとした。

 だがニーナはその動きを避けるように、たどたどしく前へ出る。

 

「あ、あの……。み、皆さん……」

 

 声は震え、舌がもつれるようだ。

 懐から取り出したのは、小さな革袋──重みを感じさせる金貨の袋だった。

 

「わ、わたしの依頼は……取り消します……。こ、これは違約金としての金貨です……。ほ、報酬と同じ額です……。こ、これで……解除を……」

 

 その言葉に、一郎たちは凍りついた。

 依頼の取り消し──?

 

「ニーナさん、なにを……?」

 

 エリカが立ち上がりかけ、目を見開いた。

 だがニーナは俯いたまま、手にした金貨を差し出す。

 その横顔に、涙の粒が浮かんでいた。

 

 一郎は咄嗟にもう一度、魔眼を開いた。

 浮かび上がったのは、見慣れぬ状態異常だった。

 

 

 

 “ニーナ

  人間族、女

  年齢20歳

  ジョブ

   唄歌い(レベル40)

  生命力:40

  攻撃力:5↓(魔毒による弛緩)

  経験人数:男6、女30

  淫乱レベル:S

  快感値:40/80↓

  状態

   ドラクス中毒”

 

 

 

「……」

 

 一郎は息を呑む。

 ──ドラクス中毒?

 聞いたことのない名だ。

 

 だが、そのただならぬ症状は目に見えている。

 さらに、性交の経験人数の異常な増加が、一郎の胸を冷やした。

 昨夜から今朝にかけて、いったい、なにがあったのか──。

 

 そのとき、一郎の視線は馬車の窓に吸い寄せられた。

 揺れる薄絹の隙間から、複数の女の影が見える。

 豪奢な衣に身を包んだ四人の貴婦人たちが笑みを浮かべながら中に腰を下ろしていた。

 ──護衛の王軍は、彼女たちを守るために同行しているのだ。

 一郎は魔眼を向け、その中のひとりに注目した。

 

 

 

 “ドルニカ

  人間族、女

   伯爵

  年齢45歳

  ジョブ

   治政力:30

  生命力:50

  攻撃力:20

  経験人数:男10、女15

  淫乱レベル:A

  快感値:500/500”

 

 

 

 ──ドルニカ伯爵夫人──?

 

 一郎の胸に戦慄が走った。

 昨夜、ニーナがここに来なかった理由が、すべて繋がる。

 

 夫人が連れ戻したのだ。

 そして──再び「調教」した。

 

 ドラクスと呼ばれる得体の知れない魔毒も、性交経験の急激な増加も、それを裏付けている。

 ニーナが依頼の解除を告げるのも、夫人の命によるものに違いなかった。

 

「こ、これが契約の硬貨です……。契約は……解除されました……」

 

 ニーナは震える指で、一枚の硬貨を差し出した。

 それは、エリカが魔道契約の証として作ったもの。相互に持つことで、契約を成り立たせる硬貨だ。

 

 一郎の懐にある同じ硬貨が、わずかに熱を帯びて震えた。

 取り出してみれば、ただの金貨にしか見えない。だが確かに、反応はあった。

 

「……依頼人による正式な取り消し……。違約金の支払いにより、契約は解除……」

 

 エリカは呆然とした面持ちで呟いた。

 突然の出来事に、コゼも言葉を失っている。

 ニーナは顔を上げなかった。

 ただ、消え入りそうな声で告げる。

 

「……トーイ……。さようなら……。もう二度と来ない……。そして……ごめんなさい……」

 

 そのまま踵を返し、馬車へと戻っていく。

 

「ニ、ニーナ──」

 

 トーイが叫んだ。

 だが、もう遅かった。

 ニーナは振り返ることなく馬車へ乗り込み、すぐさま車輪は動き出す。

 王軍の騎馬隊が先導し、豪奢な馬車は石畳を揺らしながら遠ざかっていった。

 

 ──あっという間の出来事だった。

 

 だが、馬車の扉が閉まる直前、トーイが衝動的に駆け出そうとした。

 

「ニーナ──」

 

 一歩踏み出したその腕を、一郎が咄嗟に掴む。

 外には整然と並ぶ騎馬隊。ひとたび逆らえば、この場で斬り伏せられるのは目に見えていた。

 

「やめろ。殺されるぞ」

 

 一郎は低く告げる。トーイは振り払わずに立ち尽くした。

 ニーナもまた、振り返らなかった。

 その背に縋りつくように叫んだ声も、蹄の音と車輪の軋みに掻き消される。

 

 豪奢な馬車は石畳を揺らしながら、護衛の兵たちに囲まれ、遠ざかっていった。

 トーイの拳は白くなるほど握り締められ、震えていることに、一郎は気がついた。

 

 


 

 

 馬車が城郭の大通りを走り出すと同時に、ニーナは崩れるように床に膝をついた。

 

「ああ……ド、ドルニカ様……く、薬を……薬をください……」

 

 掠れた声で懇願する。

 自分でも抑えられない脚の震え。喉から漏れる甘い吐息。汗で張りつく衣が、体温の異常を雄弁に語っていた。

 

 広々とした八人乗りの車内に、嗜虐的な笑いが満ちた。

 ドルニカ夫人と、同席している三人の女友達が、一斉に面白そうに嗤ったのだ。

 

「ふふ……早いものね。もうドラクスの毒が疼いてきたのかしら」

 

 夫人は掌に小瓶を転がし、わざと光にかざして見せた。瓶の中でとろりと揺れる黒い液体を、ニーナの目の前にちらつかせる。

 

「ほほほ……一度侵されたら最後。二度と消えることのない毒よ。──死ぬより苦しい苦悶に苛まれるのよ」

 

「やめて……もう思い知りました……命じられた通りにしました……依頼も……取り消しました……。だから……どうか……」

 

 ニーナは涙に濡れた瞳で必死に縋る。

 けれど、返ってきたのはさらに冷ややかな嗤いだった。

 

「そうね……ならば証を立てなさい。そこにいる男奴隷の精を、また受け入れるのよ」

 

 夫人の隣に座っていた貴婦人のひとりが愉悦を滲ませて言った。

 最後尾には裸に近い姿の男奴隷が、既に股間を勃たせて待たされている。

 

「お似合いよ、歌姫殿。卑しい宿屋の娘らしく、奴隷に跨がって喘ぎなさい。そして大声で、トーイとやらに未練はないと叫ぶのよ」

 

「……そ、それで……薬を……」

 

 ニーナの唇は震え、心では否定しているのに、勝手に声が零れる。

 トーイを毒で殺すよう命じたのが、この夫人だと知ってしまった以上──彼の命を守れる術はこれしかない。

 

「はい……。犯してもらいます……孕みます……その代わり……もう……トーイには……」

 

 すすり泣きながら、ニーナは奴隷の膝へ這い寄った。

 股間は魔毒の熱に灼け、濡れそぼっている。

 そして──そのまま、ためらいもなく跨がった。

 

「あ、ああ……っ……孕まして……お願い……孕まして……」

 

 声が震え、やがて嬌声へと変わっていく。

 

 ドルニカ夫人と三人の友人たちは、変わり果てた歌姫の姿を見て、いつまでも嗤い続けた。

 その笑い声は、王都への道を轟かす車輪の音に混じり、遠ざかっていった──。

 

 

 

 

 

 第9話『歌姫への制裁』終わり──

 第10話『新米冒険者と歌姫の幼馴染』に続く──

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