【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
ギルド本部の扉をくぐった瞬間、むっとする熱気とざわめきに包まれた。
広間は天井まで吹き抜けで、石造りの壁一面にはびっしりとクエストの張り紙が並び、その前で冒険者たちが群がっている。
最初に一郎が思ったのは、広くて施設が充実している、ということだった。
デルタ支部は張り紙とテリオ婆さんの机があるだけの殺風景な場所だった。
それに比べ、この本部は長椅子や卓が並び、受付は五つもあり、奥には魔道具や武具を扱う店らしき棚と、食堂まである。酒場のような喧騒の中、冒険者たちが集い、笑い、怒鳴り合い、交渉している。
集まっているのも、ひと癖もふた癖もありそうな者ばかりだ。
鋲だらけの鎧の巨漢──。
片目に古傷を抱えた剣士──。
怪しげな瓶を背負った錬金術師風の女──。
目の前の広いロビーのような場所だけでも、三十人くらいはいるだろうか。
そんな中に、エリカ、コゼ、そして一郎の三人で足を踏み入れた瞬間、広間の空気がわずかに動いたような気がした。
ちらりと視線が流れ、ひそひそ声が混じる。
「見ろよ、あの美人エルフ……」
「隣の黒髪の小さい娘も身のこなしがただ者じゃねえな」
「だが、なんだ、あの一緒の男は……」
一郎はひそひそ声──大して声をひそめてはいなかったが──を耳にしながら苦笑した。
どうやら、実力がありそうな美人の女ふたりを連れた凡庸な男と思われているみたいだ。
実際その通りだから腹は立たない。だが“女ふたり人に釣り合わない弱い男”という評価は、言葉でも言外でもはっきり伝わってきた。
自分が強くもなく、貴人でもなく、美男子にも見えないことぐらいはわかっている。だから当然の評価だと思う。
だが、隣にいるエリカの横顔がぴくりと強張ったのはわかった。周囲の空気を察し、むっとしている。
また、コゼは逆に無言のまま、一郎の後ろ側から真横に移動して、鋭い目で周囲を見回しだす。
小柄な体をわずかに前に出し、油断なく警戒しているのがわかる。
さすがだな、と一郎は思った。
自分がどう見られていようと、この二人の背に守られている。
そう思うと、苦笑の奥に小さな安堵が滲んだ。
「……ああやって、クエストに応じて仲間を引き抜いたり、成功報酬の分け前を決めているんです。腕のある冒険者なら、誰もが声をかけられます。わたしたちのように固定のパーティも多いですが、流しの冒険者は報酬次第でどこにでも加わるんですよ」
エリカが小声でささやいた。一郎がじっと視線を送っていたので、教えてくれたのだろう。
命が懸かるだけに、皆が真剣になるのは当然だ。
そう言えば、こちらを注視する眼差しにも、値踏みの色が混じっているように思える。
とりあえず、一郎は空いている受付を探した。
デルタ支部のテリオ婆さんによれば、すでに本部には連絡がいっていて、受付で自分の名を出せば話は通じると聞いている。
デルタ支部では一つしかない受付に行列ができていたが、ここは五つもあり、全体に余裕があるのが救いだった。
「おうおう、見かけねえ面だな。新入りか? それにしても──随分と上玉を連れてるじゃねえか」
背後から濁った声が飛んだ。
振り返ると、一郎の倍はあろうかという巨漢がふたりいた。
片方は頭を剃りあげたスキンヘッド、もう片方は長髪を乱した大男だ。剥き出しの腕も顔も無数の古傷で覆われ、頬には縫い跡のような赤黒い線が走っている。
酒臭さをまとい、顔は真っ赤に火照っていた。
周囲がざわついた。どうやら評判のよくない二人組らしい。
「なんだ、その冴えねえ男は。女に食わせてもらってんのか?」
「俺たちに貸せよ。こっちの黒髪の娘なんざ、腰が軽そうだ」
「なら俺はエルフの嬢ちゃんだな。いい身体してるじゃねえか。そんな男、捨てちまいな。俺たちとパーティ組もうぜ」
あからさまに下卑た声で笑い、一郎を見下す視線が突き刺さる。
一郎は思わず魔眼を開いた。
ドク
人間族・男 冒険者
年齢:34
ジョブ:戦士(レベル11)
生命力:100
攻撃力:150(剣)
装備:魔道反射の指輪
ベク
人間族・男 冒険者
年齢:32
ジョブ:戦士(レベル10)
生命力:100
攻撃力:145(剣)
装備:魔道反射の指輪
──Bランクの戦士。しかも二人とも「魔道反射の指輪」なる得体の知れない魔道具を持っている。
いずれにしても、腕一振りで自分など吹っ飛ぶことは間違いない。一郎はぞっとした。
「……下品ね」
エリカが低く言った瞬間、スキンヘッドの巨漢──いきなり、ドクが拳を振るって一郎に殴りかかってきた。
一郎は、避ける行動をとることもできなかった。
「危ない──」
エリカが咄嗟に身を入れて、一郎と巨拳の間に杖を差し込んで防ぐ。
金属音が響き、拳は逸れたが、その隙を逃さず、長髪の巨漢──ベクが背後からエリカの両腕を抱え込む。
「きゃっ──」
白い腕が無造作に抱え込まれ、細い身体が乱暴に引き寄せられる。
連携のとれた陽動だ──。咄嗟に思った。
さすがのエリカも、不意を突かれた力業には抗いきれず、顔をしかめて呻き声をあげた。
「離しなさい──」
エリカが叫ぶと同時に、エリカの瞳に魔力の光が宿った。杖を構えずとも、彼女は十分な術を放てる。電撃の奔流が掴む腕を焼こうと迸った。
だが……。
「あああっ──」
悲鳴をあげたのはエリカ自身だった。
次の瞬間、全身ががくりと脱力し、力が抜けてしまう。
「わはははっ。無駄だぜ、エルフ娘」
ベクが大笑いした。
「俺たちに魔道は通用しねえよ──。どんな術でも跳ね返して、術者に叩き込む。どうやら、自分の電撃を食らったらしいがな」
ベクの大きな手がエリカの脱力している身体を弄びだした。
服の上から胸を押し潰すように撫で、腿を乱暴に撫でまわす。
周囲から低いどよめきが起こり、一郎の血が煮え立った。
「エリカになにするのよ──」
コゼが低く唸り、鋭く動いた。小さな体が滑り込むようにベクの腕を取る。
「おっと、俺の相手は、俺だ」
そのコゼにもうひとりのドクの太い腕が伸びる。
「邪魔よ──」
だが、次の瞬間、コゼがベクからドクに向かって動き、ドクの巨体が宙を舞い、床に叩きつけられる轟音が響いた。
一方で、一郎は考えるより先に走り出していた。
怒りで頭が真っ赤になり、視界が歪む。
とにかく、目の前の男──エリカの身体に触れているベクを引きはがさなければ──。
しかし、エリカを抱いたまま振りかざされたベクの蹴りの気配に、身体が勝手に動いた。
咄嗟に顔を逸らす。頬をかすめただけで、天地がひっくり返るほどの衝撃が襲った。
「あっ、ご主人様──」
コゼの悲鳴が耳に入った。
だが、一郎はすぐ立ち上がる。
確かに当たってはいない。
避けろ──という勘が寸前で身体を動かしてくれたのだ。
「ほう、よく避けやがったな」
ベクが愉しげに嗤う。
その姿を見て、一郎の胸の奥でなにかが弾けた。
大きな腕に絡め取られ、無理やり触れられているエリカの姿──。
脱力した身体をいやらしく弄ばれている姿……。
そのとき、視界の端に、ぼんやりとした青い光が浮かんだ。
ベクの踵のあたりが淡く輝いている。
──考えるな。
一郎は鞘から抜かずに必撃の剣を握り、ただその光めがけて打ち据えた。
「ぐああっ──」
長髪の巨漢が呻き、右腕を抱え込むようにして体勢を崩した。
その隙に、抱きすくめられていたエリカの身体を一郎が抱き寄せる。ぐったりと力が抜けている。
「……あ……くっ……」
エリカは一郎の腕の中で動けないようだ。
焦りと怒りで頭が熱くなり、気づけば一郎は意識の奥で淫魔術を走らせていた。
どうにかして立ち上がれ──と念じると同時に、熱のような刺激が腕を通じて彼女の身体に流れ込んでいく。
なぜかわからないが、エリカの身体に力が戻るのがわかった。
次の瞬間、エリカの瞳がかっと開き、一郎の腕の中から出る。
「こいつ、よくも……」
一郎に腕を斬られて苦悶で腕を押さえていたベクの顔面に、エリカの渾身の拳が叩き込まれた。
巨体が仰け反り、呻き声をあげた。
一方その間に、コゼはスキンヘッドのドクと組み合っていた。
小さな体が滑り込むように相手の腕を極め、コゼがドクの巨漢の身体を宙に舞わせる。
轟音とともにドクの巨体が床に叩きつけられる。
続けざまに、コゼが素早くベクの腕を極め、巨体ごとひっくり返した。
受け身も取れず頭を打ちつけたふたりの巨漢は、呻き声を最後に動かなくなる。
広間が、しんと静まった。
「だ、大丈夫か……」
一郎は荒い息を吐きながら声をかけた。怒りの熱が引いた瞬間、両手が震えているのに気づく。
「ご主人様こそ……」
「申し訳ありません……。それと助かりました……。でも、なにをしたんですか?」
コゼとエリカだ。
また、エリカは、電撃の衝撃で脱力していた状態から急に回復をしたのがわからないみたいだ。
ただ、それについては、一郎にもわからない。
肩で息をつきながら、一郎はさっきの感覚を反芻した。
──あの青い光。
戦いに集中した瞬間、視界の端に淡く灯った輝きがあった。
それは相手の弱点のように見えたが、意識して狙ったわけではない。
以前にも同じことがあった。ルルドの森でエリカが妖魔に襲われたとき、そしてアスカの影に拷問を受けていたとき。
いずれも自分ではなく、エリカが危機にさらされている場面だった。
──あれは淫魔師としての力なのか、それとも魔眼の作用なのか。
考えても答えは出ない。
それに加えて、今のもうひとつの出来事に一郎は戸惑っていた。
腕の中で脱力していたエリカに、自分が無意識に淫魔術を流し込んだことだ。
それが本当に効いたのかはわからない。だが、彼女は力を取り戻し、すぐさま反撃に移った。
──淫魔術で回復など、そんなことが本当にできるのか。
胸の奥にざらついた驚きが残る。
気づけば、広間の空気が変わっていた。
ドクとベクが床に転がり、動かなくなったのを合図にしたように、周囲の冒険者たちが集まってきている。
ごつごつした鎧の音、椅子を引く音が重なり、人垣がぐるりと三人を囲んだ。
一瞬、呆気にとられていたような沈黙ののち、ざわざわとざわめきが広がり、やがて大きな喚声に変わった。
だが、冒険者たちの喚声が渦を巻くように広がったそのとき、ぱちん、人の輪の後ろから、ぱちんというひときわ大きな手の音が響いた。
冒険者たちが静かになり、人垣が左右に割れた。
ざわめきがぴたりと鎮まっている。
そこに現れたのは、小柄なひとりの女性だった。
背丈は一郎の胸ほどしかなく、顔立ちは童女そのものだ。茶色の髪を肩で切り揃え、丸い頬と澄んだ瞳はどう見ても人間族の子どもにしか見えない。
しかし、濃紺の上衣に金糸の縁取りを施し、胸にはギルド紋章の金具をつけていた。
腰には装飾の施された短剣。格のある役職者にふさわしい服装だ。
それはともかく、衣服の上からでもはっきりとわかる大きな胸の膨らみ……。
これについては、外見の幼さとまるで釣り合っていない。
──子供ではないな……。
風格と貫禄が常人ではない。
一郎は、魔眼を開いた。
ミランダ
ドワフ族、女
副ギルド長(冒険者ギルド)
元冒険者S(シーラ)ランク
年齢60歳
ジョブ
戦士(レベル40)
ギルド運営(レベル30)
魔道遣い(レベル5)
生命力:200
攻撃力:800
魔道力:100
経験人数:男10
淫乱レベル:B
快感値:300/300
副ギルド長……か。
童女の姿の外観の彼女には、Sランク冒険者の経歴と化け物じみた数値が並んでいた。
六十という年齢にも驚かされた。
エリカの言葉どおり、ドワフ族の年齢は外見に現れにくいのだろう。
──それにしても、これがドワフ族か。
ここに来る途中でも見かけたが、改めて一郎は感嘆を覚えた。
「D(デルタ)ランクから昇格したロウのパーティね……。大ラットを半日で二百匹以上も仕留めたと報告を受けているわ。実力のある者は大歓迎よ」
童女の顔立ちからは想像もつかない落ち着き払った女性の声が広間に響いた。
微笑を浮かべた瞬間、顔は無垢な少女そのものになるのに、言葉の端々からは重みと貫禄が滲む。
「あたしはミランダ……。この王都ギルド本部の副ギルド長よ」
「俺はロウ。彼女たちは、エリカとコゼ。よろしくお願いします」
一郎は思わず背筋を正し、名乗った。
ミランダはその顔をじっと見つめ、ふっと口元を緩めた。
「やっぱり、あなたがパーティリーダーなのね」
声は柔らかいが、瞳の奥には探るような光がある。
「でも、ちっとも強そうには見えないのに、さっきの立ち回りは見事だったわ。それに、不思議な風格もある。これでも人を見る目はあるつもりだけど、あなたのようにちぐはぐな印象を持つ相手は初めてよ」
にやりと笑うその顔は童女そのものなのに、口調には重みがあった。
一郎は返す言葉を失い、思わず視線を泳がせる。
「ちょっと待ってね」
ミランダはそう言って、すっと人垣を抜け、床に転がるドクとベクの前に立った。
茶色の髪が肩で揺れ、背の低い身体は小柄で華奢にしか見えないのに、一歩進むたびに場の空気が圧されていく。
副ギルド長としての威圧感が、自然に溢れているのだと一郎は感じた。
ミランダは声をかけて、周りに集まっていた野次馬たちを追い払った。
そして、頭を床に打ち付けて、まだぐったりしているドクとベクに近づく。
右手で握りこぶしを作り、中指に嵌めた大きな指輪をふたりに突きつけるようにした。
「……エルフ族が杖を遣って魔力を増幅させることに対して、ドワフ族は彼ら独特の錬金術で作った貴金属で魔力を増幅させます……。おそらく、あの指輪がエルフ族の遣う杖の役割を果たしているのだと思います……」
エリカが小声でささやいた。
すると、ミランダがぴたりと動作を止め、一郎たちの方へ振り向いた。
「忘れてたわ。その前に、これだけ渡しておくわね」
小さな掌から、きらりと光る三つの首飾りが取り出された。
飾り気のない銀の鎖に、淡く輝く宝玉が嵌め込まれている。
ミランダはそれを何の前触れもなく、一郎たちへ放るように渡した。
途端に、周囲がざわりと騒然となる。
息を呑む声、ざわめき、驚愕の囁きが広間に広がった。
「あっ、これは──」
エリカが思わず声をあげ、首飾りを握る手を見つめた。