※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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067 強制クエスト

「あっ、これは?」

 

 エリカが息を呑んだ。

 一郎は思わず彼女に視線を向けた。

 

「どうしたんだ、エリカ?」

 

「……ブラボー・クラスの徽章です」

 

 短く告げた声には緊張がこもっている。

 エリカの説明によれば、C(チャーリー)は銅、B(ブラボー)は銀、A(アルファ)は金、最高位のS(シーラ)は白金だという。D(デルタ)から昇格してきた一郎たちは、本来はチャーリーになるはずで、いきなりブラボーを与えられるのは異例のはずだそうだ。

 周囲も騒然となった。ざわめきや囁きが広間を満たし、視線が一斉に注がれる。

 

「詳しい理由はあとで話すわ」

 

 ミランダが遮るように言い、まだ床に転がったままのドクとベクに向かって歩み出した。

 そして、ミランダの右手の指輪が淡く光を帯びた。

 床に転がっているドクとベクの首元から、銀の鎖がするりと浮かび上がり、彼女の手のひらに吸い寄せられるように収まった。

 

「……さっきもご説明しましたが、エルフは杖、ドワフは指輪を媒体に魔道を使います。人間族にも魔道を操る者はいますが、その数はとても少なく、杖や指輪に頼らず素手で扱う者がほとんどですね。あと、エルフ族も上級者は杖に頼らなくなります。しかし、ドワフ族は指輪なしでは魔道は遣えないと聞きます……」

 

 エリカが小声で補足する。

 一郎はミランダの指輪に走る光を見つめながら、その違いを理解した。

 

 すると、呻き声をあげながら、ベクとドクが目を覚ます。

 胸元にあったはずの徽章が消えていることに気づき、慌てて身を起こした。

 

「な、ない……俺たちの徽章が……」

 

「返せよ、それは俺たちの──」

 

「ベク、ドク」

 

 ミランダは二人を鋭く見据えた。

 握り締めた手には、二人から取りあげた銀の徽章が冷たく光っている。

 

「はあ、なんだよ、ミランダ?」

 

 ドクが立ちあがりながら、ミランダを睨みつける。ベクもまた腕を押さえながら立つ。

 

「あんたたちはデルタ・ランクに格下げよ。次に騒ぎを起こせば、処罰で済ませないと警告したはずよ」

 

 その声音は小柄な体躯からは想像できないほど冷ややかで、広間の空気を一気に張りつめさせた。

 

「ふざけるな──」

 

「俺たちがデルタだと? そんな勝手があるか」

 

 ベクとドクが怒声をあげ、巨体を揺らして突っかかってきた。

 

 次の瞬間、鋭い音が広間に響いた。

 ミランダの小さな手のひらが左右から同時に頬を打ち据え、ふたりの巨体は白目を剥いて崩れ落ちた。

 童女にしか見えない姿から繰り出された一撃だったが、一郎の魔眼には、その直接攻撃力が〈800〉を超えていることがはっきりと映っていた。

 

 ミランダは倒れ伏すふたりの腰のベルトをそれぞれの手でつかみ、そのまま軽々と持ち上げた。

 巨漢ふたりをぶら下げるように抱えたまま、広間を横切って入口の扉まで運んでいく。

 小柄な背に似合わぬ怪力の光景に、誰も声をあげられなかった。

 やがて扉を蹴り開け、両手の巨体を同時に外へと放り出す。

 

「出ていきなさい。次は容赦しないわ……。殺すわよ。冗談だと思わないことね」

 

 冷ややかな声が響いた途端、広間には拍手と歓声が湧き上がった。

 嫌われ者だったらしく、「ざまあみろ」、「よくやった副ギルド長」と囃し立てる声が飛ぶ。

 ミランダは埃を払うように両手を叩き、一郎たちのもとへ戻った。

 

「さて……ここでは落ち着いて話せないわね。続きを奥でしましょう」

 

 顎で合図し、廊下の奥を示す。

 一郎たちは顔を見合わせ、彼女のあとに従った。

 

 拍手喝采の熱気がまだ残る広間を抜け、奥の小部屋に入ると、ミランダは一郎たちに席を勧めた。扉が閉じられると、外の喧騒は嘘のように遠のき、静けさが戻る。

 

「改めて言うけど、この本部の副ギルド長のミランダよ。ここでは、あなた方のような冒険者の相談役をしているの。なにか困ったことがあれば、遠慮なく言ってちょうだい」

 

 童女の顔立ちに不釣り合いなほどの落ち着きを漂わせ、彼女はにこりと笑った。

 ……副ギルド長と名乗ったが、実際には完全に現場を仕切っているのは彼女なのは間違いないだろう。

 さっきの広間で誰も逆らえなかった様子を思い返せば、この本部を牛耳っているのは、このミランダだ。

 副という肩書きが、ただの形式にしか思えなかった。

 

「あ、あの……」

 

 エリカがおずおずと口を開く。

 

「なあに……、エリカ……だったわよね?」

 

 ミランダがエリカに視線を向けた。

 

「わたしたちはチャーリー・ランクにあがったばかりです。それなのに、どうしていきなりブラボーなんですか?」

 

 一郎も同じ疑問を抱いていた。冒険者制度には無知の一郎だが、冒険者の数は膨大で、昇格したばかりの新米に銀の徽章が与えられるなど普通はあり得ないのではないかと思った。

 

「理由は三つあるわ。まず、昇任試験での大ラット狩りね。あの成果は前代未聞だった。それに、デルタ支部のテリオからも連絡を受けている。最初の適性審査で、あなた方の腕は抜群だと太鼓判を押されていたわ。最後に──いまさっき、あのドクとベクを容易く制圧したこと。性格に難があっても、実力だけならブラボーを超えるふたりを簡単に退けたのだから、あなた方がブラボーにふさわしいのは明らかよ。二階級昇進は例外ではあるけれど、珍しいわけじゃないわ」

 

 にこりと笑うミランダの声音には、からりとした重みがあった。

 

「もしかして、これは面接?」

 

 一郎が口を開いた。

 ミランダは軽く肩を竦めた。

 

「そうかもね……。ギルドは、依頼された仕事をクエストという形に整え、それを遂行できる冒険者をあてがうことで成り立っているの。だから、人を見極めることはとても大事……。だから、特に気になる者は、こうして直接会って確かめるのよ」

 

「……俺たちが気になる、ということですか?」

 

「ええ。とてもね……。その理由は後で。──さて、権利と義務の話に移るわ」

 

 ミランダは視線を順に移した。

 

「まず権利……。ギルドの影響下にある土地なら、どこにでも定住や旅ができる。証明がこの首飾り。魔道がかけられていて、他人が身につけても意味はない。もうひとつはクエスト。成功すれば報酬が得られる。これが冒険者の生業になるわ」

 

 彼女は手のひらの銀徽章を指で示しながら、言葉を区切った。

 

「……次は義務。所属する冒険者は、定められた期間に一定数のクエストをこなさなければならない。怠れば罰がある。失敗を重ねれば降格や追放もあるし、損害補償を課せられて、払えなければ奴隷として売られることもあるの」

 

 小柄な身体から放たれる冷然とした響きに、部屋の空気がわずかに張りつめた。

 

「さらにチャーリー以上には、城郭が危機に陥ったとき、動員に応じる義務もある。嫌がってデルタに留まる者もいるけれどね」

 

「義務には応じます。昇格を望んでいます」

 

 一郎が答えると、ミランダは満足げに頷いた。

 

「ええ、支部のテリオから確認しているわ……。そしてもうひとつ。強制クエスト。これはブラボー以上のパーティに課されるもの。普通は自分で選んで請けるけれど、ギルドが指示した場合には必ず従わなければならない」

 

「……強制クエストでも、失敗には罰があるのですか?」

 

 一郎が問いかける。

 

「あるわ。ただしその場合はギルド側にも罰がある。能力に見合わない任務を強いた責任を問われるの」

 

「なるほど」

 

 一郎は頷いた。確かに、そこまでの仕組みがあれば、冒険者たちが組織を離れずにいられるのも理解できる。

 

「──さて、これで説明は終わり。では、あなた方を正式に冒険者として登録するわよ。さっきの首飾りを順番にかざしてくれる」

 

 ミランダは奥から、紋様が刻まれた黒色の金属板を取り出してテーブルに置いた。一郎はさっき受け取った三つの首飾りを取り出し、卓に並べた。

 ミランダが順番に受け取り、ひとつずつ金属板の上にかざす。銀の徽章の部分が一度淡く光を放った。

 

「さあどうぞ。これは、あなた方のもの」

 

 一郎たちは順にそれを手に取り、首にかけた。

 冷たい金属が胸元に触れた瞬間、肌を伝う微かな震動が魔道の力を物語っていた。

 

「……あたしも、冒険者に……。一人前として認められたんですね……。ご主人様のおかげです……」

 

 コゼが控えめに、それでも感無量といった口調で呟いた。

 

「ご主人様?」

 

 ミランダの視線が一郎に注がれる。

 小さな顔に浮かぶ驚きと、興味を隠そうとしない表情だ。

 

「どうかしました?」

 

 一郎はミランダを見る。

 

「ご主人様と呼ばせているの?」

 

「あたしが勝手に呼んでいるだけです。なにか問題が?」

 

 コゼが横から口を挟む。

 ちょっと苛立った口調だ。

 

「ああ……いや、問題ないわ。ごめんね。ただ、ちょっと興味があってね。どういう関係なんだろうって?」

 

 ミランダは苦笑している。

 

「どういう関係……とは?」

 

 エリカも訝しむ感じだ。

 

「ああ、つまり……、あなたは登録名はコゼ……。そして、エルフ族のエリカ……。ふたりが強者なのは身のこなしですぐにわかったわ。でも不思議なのはあなた。最初は弱いと思ったのに、あのドクを急所ひとつで倒した。蹴りもかわしていたし、とどめはエリカとコゼだったけど……不思議な技を使うのね?」

 

 ミランダは興味深そうに笑った。

 

「ああ、つまり、俺が弱いのに、パーティリーダーで登録していたからですか」

 

 一郎は合点がいった。

 デルタ支部のときの昇任試験のときに、パーティ登録したので、一郎がリーダーであることは、本部には連絡があがっていたのだろう。

 でも、一郎は弱い。それは自覚している。

 だから、強者のエリカとコゼを、弱者の一郎が従えているのは不思議に思ったのかもしれない。

 弱くても指示ができればリーダーが適するのだろうが、強い者が主体にパーティを組むというのが、ミランダたちの冒険者の理論なのかもしれない。

 また、あのときのことはよくわからない。ドクとベクと争ったとき、確かに青い光が相手の身体に走り、隙を浮かびあがらせたのだ。それを突いただけにすぎない。

 一郎には説明できないし、そもそも魔眼のこと教える気はない。

 

「俺は武術は不得手ですね……。このエリカやコゼが本気を出せば、俺なんか瞬殺されるでしょう」

 

 そう笑いながらも、一郎はにこりと視線を返した。

 

「……けれど、ふたりが俺に従うのは、もっと本質的な理由があるんです」

 

「本質的な理由?」

 

 ミランダが首を傾げる。

 一郎はそっと彼女の耳に口を寄せるような仕草をした。

 

「……俺の得意は房中術です。閨の技ですね。ふたりはそれに夢中というわけです」

 

 口にした言葉は嘯きのようでいて、事実でもある。

 

「ロ、ロウ様」

 

 慌てふためくようなエリカの声が上ずる。

 

「ふふ、ご主人様……」

 

 一方のコゼは、むしろ嬉しげに甘えるような声音だった。

 しかし、驚いたのは彼女たちだけではない。

 

「ね、閨の技?」

 

 百戦錬磨に見えたミランダの頬が真っ赤に染まり、思わず視線を逸らす。

 咳払いをして取り繕う仕草が、逆に可愛らしさを際立たせていた。

 一郎の魔眼には、彼女の身体を覆う桃色のもやが鮮やかに揺れて見えた。

 

 案外、こういう話に弱いのかな?

 この小柄で可愛らしい外見で、ふたりの大男を一発で倒した怪力のミランダにはそぐわないが、もしかしたら、押しに弱いのかもしれない。

 いまなら百パーセントの確率で彼女をものにできるのかも……。根拠のない「勘」が込みあがったが、さすがに自重する。

 

「……もうひとつ。さっきの話で思ったんですけど、俺たちをブラボーに昇格させたのは、もしかしたら、さっき聞いた理由のほかに、強制クエストを課すためという理由もあるんじゃないですか?」

 

 一郎はにっこりと笑った。

 確か、さっき、ブラボークラス以上には、ギルドから強制クエストの義務があると言っていた。

 ミランダは目を丸くし、感嘆の息を漏らした。

 

「……驚いたわね。随分と勘がいいのね」

 

「ただの勘ですけどね……。それだけは自信があります、ミランダさん」

 

 すると、ミランダが口元をあげた。

 

「ミランダよ……。あたしのことは呼び捨てにすること。今度、このあたしに丁寧な言葉を使ったら、副ギルド長の権限で処断するわ」

 

 にっこりと笑みを返すミランダに、一郎は思わず面食らった。

 だが、次の言葉で空気が引き締まる。

 

「──さて、本題に移りましょう。新米のあなた方を指名したクエストが一件あるわ」

 

 表情を改めて、ミランダは静かに続けた。

 

「……本来なら、依頼人の希望は尊重するのが決まり。ただ、この案件は少なくともブラボー以上の実力を要すると判断していた。だから、もしあなた方が見込み違いなら、別の熟練パーティに回すつもりだったの」

 

「それで結論は?」

 

 一郎が問うと、ミランダは短く頷く。

 

「合格よ。──強制クエストを発動するわ」

 

 その声音には、先ほどの柔らかさは微塵もなかった。

 

「依頼人は、マイム市に住むトーイという青年。依頼内容は、彼の婚約者を彼の元へ連れ戻すこと。そのために、彼と一緒に行動して欲しいそうよ。あなた方を名指しで指名しているわ」

 

「トーイさん……?」

 

 思わず声をあげたのはエリカだった。一郎も目を見開く。

 そこで一郎は、ふと探るように口を開いた。

 

「……その婚約者が、いま誰のところにいるか、知っているのですか?」

 

 問いかけた途端、ミランダの笑みが消えた。

 

「全く知らないわ」

 

 冷ややかな声音。そのあと、低く重い一言が続いた。

 

「ただし──もし相手が貴族……例えば、伯爵夫人で揉めるようなことになれば、ギルドはあんたらを切り捨てるかもしれない。どんなに気の毒な境遇でも、守れるのはギルド法の範囲までよ。たとえ、相手の評判が悪くてもね……」

 

 その真剣な眼差しに、一郎は全てを悟った。

 ミランダは、本当は事情を承知している。あえてリスクを承知のうえで、クエストを受理したのだ。

 

「……報酬は?」

 

 一郎は静かに訊ねた。

 

「……報酬は金貨十三枚。十枚は、あたしの個人的な出費よ」

 

 ミランダが白い歯を見せる。

 

「あ、あのう……いつも、そんな風に場合によっては、ポケットマネーを出すんですか?」

 

 エリカが口挟んだ。

 

「まさか。クエスト内容に見合う報酬を準備できなければ、ギルドとして受注しないだけ。本来なら依頼人が用意できなければ受けさせるべきじゃない」

 

 そこで一瞬、言葉を切り、彼女は小さく息を吐いた。

 

「……だけど、今回は見過ごせなかった。あなたたちなら任せてもいいかもと思ったの。勘だけど──あたしも勘には自信があるわ」

 

 ミランダが微笑んだ。

 一郎はその表情から、この小柄な副ギルド長が理屈を超えて人を見捨てられない性格なのだと悟った。

 

「……わかりました。その条件で受けます」

 

 一郎が頷くと、ミランダもまた静かに頷き返す。

 

「──この強制クエストにかぎり、途中でやめてもペナルティはなし……。さあ、依頼人は隣室に待たせているわ。この奥よ。行きなさい」

 

 その声には、冒険者ギルドを背負う者の覚悟がこもっていた。

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