【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「あ、あっ、ああっ、トーイ、ああ──」
突き上げられるたび、胸の奥がひっくり返る。
熱い。痺れる。全身が蕩ける。
ああ……これは……。
トーイ……。
あなたが抱いてくれているんでしょう……?
やっと、やっと逢えた……。
──違う。違う
これ、トーイじゃない
顔が違う。声も違う。知らない匂い。
男奴隷だ。獣だ。
なんで……なんで……。
「いやだ……いやだ……」
喉から洩れる声は、懇願のはずなのに、喘ぎにしか聞こえない。
快楽が、否定を踏み潰す。
でも、でも……。
突き上げられるたび、心がねじれる。
トーイの幻が浮かぶ。
──これがトーイなら……。
そう思った瞬間、全身が歓喜で爆ぜた。
悦びと共に涙が零れる。
「ちがう……ちがう……っ」
泣きながらも、身体は震えて受け入れている。
快楽がトーイに結びついてしまう。
だから、悦びと絶望が一緒に押し寄せる。
もう壊れる。頭がおかしい。
トーイじゃない、でもトーイ。
違う、でも同じ。いや、違う
「はぐううう、トーイ──」
獣の声が洩れた。
それが自分の声だと気づいた瞬間、精が子宮に叩き込まれる。
ああ……トーイ……。やっと……でも違う……。
狂った悦びと悲しみの波に呑まれ、ニーナは涙で顔を濡らしながら絶頂に墜ちていった。
ニーナが涎を垂らしながら男奴隷に精を注がれるのを横目に、ドルニカは毒遣いブルドの報告を受けていた。
ブルドは命じられたとおり、宿屋の息子──ニーナの元婚約者トーイを監視してきた。
愚図な若造は、ニーナの告白を退け、雇った冒険者まで追い払って「ニーナはドルニカのもとにいるべきだ」と繰り返すだけ。
奪い返す気概など欠片もないと見て放置していた。
だが、この数日で動きに変化があったという。
マイムから王都に出てきたのは確かだ。
「……それで、その宿屋の坊やはニーナを取り戻しに来そうなの? でも、あの腑抜けがこの屋敷にひとりで乗り込んで、愛しいニーナを救い出すかしら。もしそうなら歓迎するわ。捕まえて、雌犬と並べて犬小屋に放り込んでやる。かわいらしい番犬のつがいにしてね」
ドルニカは唇を歪めて笑った。
「ふふ、愉快ですね。ニーナの前で、あの坊やを男奴隷に抱かせるのも、いい趣向かもしれません」
媚びるようなブルドの言葉に、ドルニカは楽しげに頷いた。
「それはいいわね……。でも、だったら、少しニーナの正気を奪いすぎたかもしれないわ。あの雌犬はもう薬と雄の匂いしか感じないわ。四つん這いで吠えることしかできないのよ。恋人の顔を認識できるかどうか……」
視線の先では、ニーナが虚ろな眼で舌を垂らし、腰を突き上げていた。
朝昼晩と五人の奴隷に子宮を満たされ、知性の影はない。すでに孕んでいてもおかしくはないが、それが判明するのはもう少し先だろう。
「ドラクスの薬の量を調整しましょう。狂わせるために間断なく与えていましたが、多少は正気を戻せます。そのぶん胎児には影響が出るでしょうけど」
ブルドが酷薄に微笑む。ドルニカは頷いた。
「構わないわ。どうせ賭けは、生まれた子の髪の色だから。産まれてしまえば、残りはどうでもいいわ」
「承知しました。じゃあ、早速調整しましょう」
ブルドが頭を下げた。
「ところで、その坊やは、いまどうしているの?」
「王都には、来ています。三日ほど前に冒険者ギルドにニーナの捜索を依頼しています」
ブルドの報告に、ドルニカの目は細まる。
「冒険者ギルド……? ギルドは、その依頼を受けたのね」
「はい。正式に受理されたようです」
ドルニカは舌打ちした。
冒険者などと見下したいが、あの組織には権威を恐れぬ実力者が多い。目的のためなら貴族を踏みにじることも厭わない。
しかも、実質的な長はミランダとかいうドワフ族の元Sランク冒険者の女だが、名目上は王族の王女がギルド長を務めている。王室の看板を掲げている以上、強引に潰せば宮殿の不興を買いかねない。
「……少し面倒ね」
ドルニカは目の前の雌犬を眺めながら思念する。
「どうなさいますか?」
ブルドが問いに、視線を返す。
「宮廷に働きかけて依頼を潰すわ。知り合いの将軍に屋敷の警備も増やさせましょう。──それと、お前は依頼を受けた冒険者を皆殺しにしなさい。死体は往来に晒しなさい」
「承知しました」
「ただし、依頼主の宿屋の坊やだけは生け捕りに……。雌犬と並べて、どんな声で吠えるか……考えただけで愉快だわ」
「必ず」
ブルドが頭を下げた、
ドルニカは満足した。ブルドなら、仕事をしくじることはないだろう。
そのとき、ニーナが獣のように吠えた。
奴隷の珍棒に酔い痴れ、会話の意味も届いていない。
それでも時折トーイの名を呼ぶ。もしかしたら、理性の欠片が残っているのかもしれない。
ブルドの手なら、見世物としての狂宴のために、あれを正気に引き戻すこともできるだろう。
情けなくも哀れなその姿を眺め、ドルニカは冷酷に笑った。
「あなたは最低の男です──。ニーナさんが助けを求めていたときに突き放し、見捨て……。いまさら助けたいなどと──。今日一日だけで、彼女がどんな目に遭い続けているか、もうわかったでしょう。あなたは悩んだと言うけれど、そのあいだニーナさんは、あの女伯爵に嬲られ続けていたんですよ。大切に思っているなら、どうしてもっと早く決心できなかったのです──」
エリカの罵声が続いていた。
一郎はもはや苦笑するしかなかった。
彼らが身を寄せているのは王都の一画にある廃屋である。
今回のクエストのため、わざわざ数日間だけ借り受けた場所だ。
破格の金を払った代わりに、一切の口外無用を条件にしている。
相手は王軍の将軍すら動かせる権力を持つ女伯爵だ。
子飼いの暗殺者もいる。
宿に留まっていては、先んじて兵を差し向けられる危険があった。
冒険者ギルドもひとつの権威だが、所属の冒険者が理不尽に捕らわれた程度では動いてはくれないだろう。
今回の依頼を受けたとき、副ギルド長ミランダは「危険だと思えば手を引け」と念を押した。
権力者が絡む一件だと承知のうえでの忠告だったのだろう。
結局、最終的な責任は自分たちで負え、という意味なのだろうと判断した。
だからこそ、一郎たちは宿を引き払い、いまはこうして身を潜めることにしたのだ。
そして、今日一日だけの情報収集で、ニーナの境遇は十分に知れた。
もう一度聞き込みに出たコゼはまだ戻っていないが、ニーナがドルニカの王都屋敷に監禁されているのは確実だ。
歌姫ニーナが暮らしていた王都の屋敷はすでに売り払われ、家人も解雇されている。
執事ステファンも行方不明……。
伝え聞くニーナの境遇は悲惨を通り越して言語を絶する。
薬物中毒にされ、毎日のように男奴隷に弄ばれている。
晩餐会では、首輪ひとつの裸で歌を強いられ、客の前で皿に放尿させられ、それを犬食いで食わされたとさえ噂されている。
さらに客の尿を飲まされ、性器を舐め、卓の上で尻を道具にして自慰をさせられたそうだ。
男奴隷たちに陵辱させられているという話もあった。
話半分に聞いてもあまりに酷い。
薬に抗えぬ身となったニーナは、命じられればどんな辱めも拒めない。
聞けば聞くほど惨い状況だった。
トーイにすべてを聞かせるのは躊躇われたが、エリカは「彼は知るべき」と言って譲らなかった。
彼は呆然としていた。
そして、身体を震えせ、ボロボロと泣き出した……。
「お、俺が馬鹿だった……。ド、ドルニカ夫人を信じたばかりに……」
絞り出すように言った。
「それについても、わたしたちは忠告しましたよ──。あの女伯爵は危険だと……。なのに、あなたはニーナさんが雇った私たちを放逐し、彼女をあの鬼女に委ねたんです。もしも、あのときすぐ助けに動いていたなら……こんなことには……」
エリカは声を詰まらせ、涙をこぼした。一郎は黙って彼女の肩を抱き寄せる。
その怒りはトーイだけに向けられたものではない。
一郎たちもまた、ニーナから手を引き、結果的に取り返しのつかない事態を招いた。
その自責に苛まれている。
一郎の胸を刺すのは、十日前の無為だった。
あのときなら救えたかもしれない。
だが、なにもしなかった。
その悔悟は鋭い棘のように残っている。
「ところで、トーイさん──」
一郎はすすり泣くトーイに問いかけた。これだけは確かめねばならない。
「は、はい……」
涙で濡れた顔を上げ、トーイが答える。
「ニーナさんは毎日のように汚され、薬に蝕まれ、心を裂かれています。助け出しても、もう元の彼女ではないかもしれません。それでも受け入れられますか?」
「あ、当たり前だ……。心が傷ついていても、この俺が癒す。蓄えは消えたが、借金してでも治療の手を探す。もう迷わない……。俺には歌姫ニーナではなく、ただのニーナが必要なんだ」
「もしかしたら、男奴隷の子を宿していても?」
「ニーナの子は俺の子だ──」
きっぱりとした声に迷いはなかった。
一郎はほっと息をついた。
もしトーイが受け入れられないのなら、救い出してもニーナは地獄から抜け出せない。
だが彼は言い切った。信じていいと思えた。
「……わかりました。なら、俺たちは全力でニーナさんを救い出します。薬物中毒も、方法はあるかもしれない。確証はありませんが」
ドラクスの魔薬はどうやら媚薬の類だ。
ならば、自分の淫魔力で浄化できるかもしれないし、クグルスもいる。おそらく大丈夫だろう。
だが、心の傷を癒やすのは自分ではない。
できるのは世界でただひとり、トーイだけなのだ……。
「ふざけたことを言うな──。どいつもこいつも虫けらだ……臆病者で、卑しい心しか持たない禄でなしだ……」
ステファンは酒をあおり、卓を叩きながら吠えていた。
その罵声は周囲に向けられているようで、実際はすべて自分自身に向けられたものだ。
ニーナの唄を愛しながら、彼女を救うためになにひとつやらなかった自分──。
臆病者、愚物、役立たず。
その言葉を吐き出すたびに、胸の奥が焼けるように痛んだ。
居酒屋をいくつも渡り歩き、酒を煽っては喚き、殴られて泥に倒れてもまた起き上がる。
金はある。酔い潰れるまで飲めばいい。
それしか自分には残されていない。
「畜生……俺は情けない……。守れなかった……。糞ったれがあああ──」
喚いた瞬間、突然に胸倉を掴まれ、椅子から引き起こされた。
「さっきからうるさいぞ、表に出ろ」
怒声が耳を打つ。殴られ、天地がひっくり返り、顔に泥と血の味が広がる。
だが、怒りは収まらない。むしろ火に油を注がれたようだった。
「殺せ……殺してみろ……。俺は生きる価値のない人間だ……」
首を絞められながらも、ステファンは喚き続ける。
野次馬が集まり、囃し立て、なだめ、笑い、罵る。
混沌とした声が渦を巻き、泥酔したステファンの耳には地獄の嗤いのように響いた。
「ニーナ様……すまない……守れなかった……俺は愚物だ……」
涙と唾を飛ばしながら、何度も繰り返す。
殺されても構わない。むしろその方がいいと思った。
だが、急に首を絞める手が緩み、肩を支えられて起こされる。
小柄で柔らかい感触……。女だった。
「この人はあたしの知り合いよ。迷惑をかけてごめんなさい。連れ帰るわ」
必死に周囲へ頭を下げる声──。
野次馬が散り、ステファンは肩を担がれて歩き出す。
横顔を覗き込み、ようやく気づいた。
この若い女──、見覚えがある。
「あんた……冒険者……。ニーナ様が雇った……」
「そうよ。コゼというの。──いまの依頼者はトーイさんだけどね」
その名を聞いた途端、ステファンの胸が激しくざわめいた。
「トーイだと……あの男に言いたいことがある……。ニーナ様を守らなかった禄でなしに……」
涙に濡れた顔を歪め、喚き散らす。
「いや、愚物は俺だ、情けない男だ──」
すると、コゼが舌打ちして、苛立ったように吐き捨てた。
「うるさいわね……。でも歩きなさい。トーイさんのところに連れていくわ」
その声に背を押され、ステファンはなおも喚きながら、よろよろと足を運んだ。
一郎たちが身を寄せる廃屋の外で、戸を叩く音がした。
決められた回数と間隔──仲間の合図だ。
エリカが杖を手に戸口へ向かう。
この家全体には彼女の結界が張られており、合図なく踏み込めば罠に捕らえられる仕掛けになっている。
扉を開くと、やはりコゼだった。
だが、彼女の肩には泥酔した男がもたれかかっている。
「ご主人様、珍しい拾い物をしましたよ」
そう言って、コゼは男を室内に引きずり込み、床に寝かせた。
一郎は息を呑む。
「これは……ステファン卿?」
数日前から行方不明とされていたニーナ執事……いや、元執事だ。
服はぼろぼろで顔には殴られた痕がある。怖ろしく酒臭い。
だが間違いなく、かつてニーナに仕えていたあの男だった。
ステファンは寝かされたまま虚ろに視線をさまよわせていたが、やがてトーイを見つけるや、突如としてがばりと起きあがった。
そして、驚くほどの力でトーイに掴みかかる。
「お前は……ニーナ様の幼馴染……宿屋の息子……どうして見捨てた……なぜ女伯爵に渡した……」
呂律は回らず、酒臭い息を吐きながら、執念のように襟首を掴んで罵倒する。
一郎とエリカが慌てて引きはがすが、ステファンはまだ暴れそうだった。
「仕方ないわね……」
エリカが杖を向けると、ステファンは糸の切れた人形のように崩れ落ち、そのまま寝息を立て始めた。
「目が覚めれば正気に戻っているでしょう」
エリカが言った。
一郎はコゼを見やる。
「どういうことだ?」
コゼは深く息を吐いて説明した。
それによれば、街でステファンが酒に溺れて暴れているのを偶然に見つけ、仕方なく連れ帰ったのだという。
酒に任せて泣き叫び、ドルニカを罵り、ニーナの唄は最高だと喚き散らし……その合間に「自分は情けない男だ」と泣き崩れていた、と……。
「本当に持て余しました──」
コゼは疲れたように肩をすくめた。
一郎はそんな話を聞きながら、ふと表情を変えた。
たしかに今のステファンは泥酔し、まともに会話もできない。
だが、酔いの裏に隠れているのは、ニーナを救えなかった自責と彼女への狂おしいまでの忠誠心だった。
「……いや、よくやってくれた、コゼ」
一郎は小さく頷いた。
「そうなのであれば、このステファンという男は、もしかすると使えるかもしれない……」
そう言って、一郎は口元を綻ばせた。
ステファンはドルニカの屋敷に仕えていた人間であり、ニーナの側にいた者だ。
使用人として屋敷に出入りしていた立場なら、内部のこともある程度は知っているだろう。
いまは酔いつぶれているが、正気に戻れば──。
いや、それ以上に……。
自責に苛まれているからこそ、この男は使える。
「こいつをどうするんですか?」
エリカが訊ねる。
「ニーナさんを救うためなら命を投げ出してもいいとまで、思っている者を、駒として使わない手はないよね」
一郎は、床に眠りこけているステファンを見下ろしながら言った。