【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
074 ミランダの心配と告白
「確かにロンド村からも依頼達成の報告が届いています。ご苦労様でした。クエスト報酬の金貨十枚です、ロウさまと皆さま……。それと──“瘴気溜まり”を封じた件については、王宮から特別金が二十枚。あわせて三十枚です。お確かめください」
王都ハロルドの冒険者ギルドの受付窓口である。
受付のマリーが並べた金貨三十枚が卓の上にきらめいた。背後でどよめきが起こり、羨望と嫉妬が入り混じった視線が一郎たちに向けられる。
一郎たちが冒険者となって、二箇月──。
これが六件目のクエストであり、それを全部達成したことで、一郎たちも十分に一人前の冒険者パーティとしての名を広めつつあると思う。
「じゃあ、いつものように、そのまま、ビルに入れてください」
一郎は言った。
ビルとは、冒険者ギルドと契約している「ギルド・ビル」のことだ。
一郎の元の世界の「為替」のようなものであり、利子こそつかないが、大金を持ち歩く危険を避け、全国に広がる両替商の組合を通じて、どこでも同じ金を引き出せる便利な仕組みだ。
「ふふ、さすがに目立ちますね。瘴気溜まり絡みは王宮の耳に入るのも早いんですよ。皆さんの功績は、王宮でも評価されているようです」
マリーが声を落として微笑んだ。
また、この受付嬢のマリーも魔道遣いだ。
受付嬢であっても〈レベル10〉の魔道遣いである。相当な能力を備えているのだ。
「ありがとう」
エリカに渡している一郎たちのビルに、マリーが金貨三十枚の入金の手続きをするのを待ちながら、一郎は素直にお礼を口にする。
「とにかく、順調ですね、ロウ様」
エリカも満足そうだ。コゼも頷いている。
「そうだな……。間違いなく、みんなのおかげだけどね……。今回のクエストも……」
一郎は、冒険者生活に目処が立ちそうなことに安心感を抱きながら、胸の内で今回の経緯を反芻した。
──今回の依頼は、ロンド村裏山に出没する野獣退治のはずだった。
当初の情報では、凶暴な野獣によって、すでに十人の死者が出ており、村は深刻な状況のようだった。
だが、現地の裏山に入ったとき、ただの野獣ではないとすぐにわかった。
山全体に瘴気が漂い、そこに潜んでいたのは魔獣──冥王と共に封印されたはずの異界の生物。鷹の体に獅子の顔を持つ「ガリス」が三体いたのである。
人間には瘴気を感じることはできないが、幸いにも、魔妖精のクグルスは瘴気を感知できる。彼女のおかげで、すぐに巣を突き止めることができた。
エリカとコゼが前に出て、三体は意外なほど呆気なく討伐できた。
例によって、戦いということになれば、一郎自身の出番は少なかったが……。
しかし、魔獣を倒しただけでは終わらない。
魔獣が存在するということは、瘴気溜まりが発生しているということだからだ。
瘴気溜まりは突然に生じ、放置すれば濃度を増して強い魔獣を呼び込み、その魔獣自体が新たな瘴気の源となる。
本来、人族には瘴気を感知することは難しく、災厄の芽を見過ごしやすい。
だからこそ、瘴気溜まりの発見と破壊には各領主から褒賞が出る。今回は国王直轄領ゆえ、王宮からの特別金となったのだ。
「瘴気溜まりの核は“魔瘴石”です。あれを破壊しない限り、瘴気は止まりません。でも、それを発見するのが大変で、難しいはずなのに、皆さんはいつも簡単に発見しますよね」
マリーが周囲の冒険者にも聞かせるように言った。
「ちょっとしたコツがあるんです。俺たちの手札は冒険者としての財産なんで言いませんけど」
一郎は応じる。
魔瘴石は、路傍に転がっている場合もあれば、魔獣が呑み込み力を増す場合もある。
魔瘴石を喰らった魔獣は、異常なほどの力を振るう──いわば一郎の元の世界にあったゲームを例にとれば、“ボスキャラ”のような存在となるのだ。
今回、ガリスは魔瘴石を呑んでいなかった。巣の奥に結晶があり、一郎は必撃の剣で粉砕することができた。
瘴気の拡大は、最悪の場合、災害級の凶悪魔獣の大発生を招く。
さらに異界への綻びが広がれば、魔獣どころか魔族や冥王そのものが人族界に姿を現す可能性すらある。
歴史の彼方の「冥王戦争」の再来──それこそがもっとも恐れられている事態だった。
ルルドの森がそうだ。かつてユグドラが支配していたあの森は瘴気に覆われ、死霊族──アンデッドの巣窟と化していた。
瘴気溜まりを放置すれば、なにが起こるのかの典型例である。
瘴気溜まりがあった証として魔瘴石の欠片を村長に渡したとき、村長は心底安堵していた。
自分たちの暮らすすぐ裏の山に、それほどの災厄の芽が潜んでいたのだから無理もない。
「──なるほど。やはり皆さんは只者ではありませんね。これからも、大きな力となってください」
マリーは微笑み、処理を終えたらしいビルを一郎に返してきた。
表面には淡く光る魔道紋様と見慣れぬ文字が走っているが、一郎には読めない。受け取ったエリカが頷いたので、きちんと入金は済んだのだろう。
一郎は胸の奥に、確かな手応えを感じていた。
冒険者としての生活に、ようやく地歩が固まりつつあるのだと。
そのとき、ギルドの待合ロビーの奥の部屋の扉が開き、副ギルド長のミランダが出てきた。
外見は、人間族の童女にしか見えないが、小矩族のドワフ族であり、実際には年齢は六十に達するベテランの女性だ。
ミランダは、いつものように落ち着いた平服を身にまとっていた。
派手さはないが、仕立ての良い上衣とすっきりとしたズボン姿は、副ギルド長としての威厳と実務家らしい気配を漂わせている。
このミランダとは、「歌姫事件」のときが最初だったから、そろそろ出逢ってから二箇月になる。
この二箇月、一郎とエリカとコゼのパーティは、立て続けに大きな依頼を受け、なぜか、その都度ミランダが対応していたので、結構頻繁に会っている。
そろそろ、打ち解けもしてきた感じだ。
「飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことかしら──。これで六個目のクエスト成功になるわね、ロウ、エリカ、コゼ──。しかも、今度は、瘴気溜まりの封印付きとはね……。やっぱり、あなたたちはただ者じゃなかったわ。さあ、
ミランダがにこにこしながら言った。
「ランク昇格……ですか?」
エリカが驚いた口調で言った。
「そうよ。
ミランダが示したのは、ミランダが出てきた副ギルド長室ではなく、アルファ・ランク以上のパーティにだけ使用が許されている個室だ。
十部屋程度準備してあり、空いていれば、アルファ・ランクと
ミランダは、その空き室の一室に招き入れてくれたのだ。
一郎たちはその部屋に初めて足を踏み入れた。
広くはないが、狭くはない。
中央に向かい合う肘掛付きの長椅子があり、その真ん中にはテーブルがある。
また、壁には書籍がびっしりと並んでいた。
「……地政学、薬学、生物学……それに、著名なクエスト攻略の記録……。ロウ様、これまでに集められたギルドの資料のようです。これは大変に貴重なものだと思います」
一郎が書物に視線をやっているのに気がついて、エリカが感心したようにささやいた。
「魔道がかかっているので、この部屋から持ち出すことはできないけど、アルファ・ランク以上の冒険者は無料で読めるわ……。まあ、有能な冒険者に対するギルドからの優遇措置のひとつね」
ミランダが付け加えた。
もっとも、一郎はこの世界の文字の読み書きはまだできない。
奴隷あがりのコゼもそうだ。
三人の中で文字が読めるのはエリカだけであり、そういう点ではなにかの調べものをするときには、エリカに頼り切りになっている。
ミランダに誘導されて、向かい合う横長の肘掛け椅子に四人で腰かけた。
一郎とミランダが向かい合うように腰かけ、一郎の横にエリカとコゼが座った。
「おめでとう──。あなた方は、これでアルファ・ランクよ。申請すれば、王都内の定住権ももらえるわ」
ミランダがにこにこしながら、卓の上に三個の首飾りのメダルを置いた。
一郎たちは、首にかけているブラボー・ランクであることを示す銀色のメダルを外してミランダに渡し、テーブルの上の白金色のメダルを首にかけた。
「卓の上の鈴を鳴らせば、給女が来るわ。簡単な食事や飲み物なら準備できるわよ。こっちは有料だけどね」
ミランダがそう言いながらテーブルの上の鈴を鳴らす。
あらかじめ準備してあったらしく、すぐに給女が盆に四つの飲み物を載せてやってきた。
一郎たちの前に順番に置かれる。
温かいはちみつ酒のようだ。
「今日はあたしのおごりよ。乾杯しましょう」
ミランダが陽気に言った。
しかし、一郎は魔眼の力で、すぐに目の前に置かれたはちみつ酒の不自然さに気がついた。
どうやら、なにかが仕込まれている。
ミランダが、一郎たちに、ひそかに薬物入りの飲み物を口にさせようとしていることには驚いた。
ただ、毒の類いではないようだ。
その薬物の効果の内容もわかった。
はちみつ酒を運んできた給女のステータスを垣間見ると、薬入りの飲み物が給女の「装備」として表示されていたのだ。だから、わかったのだ。
一郎は腰にさげている必撃の剣の鞘を留めている紐をわざと外した。
大きな音をたてて、剣が床に落ちた。
「わっ──。なんですか?」
エリカが驚いたような声をあげた。
ミランダも声こそ出さなかったが、視線は完全に音がした床に向かった。
一郎はすかさず、自分の目の前にあったはちみつ酒とミランダの前のはちみつ酒を入れ替えた。
「すみません。紐が緩んでいたみたいです」
一郎はわざとらしく照れ笑いをして頭を掻いてみせた。
そして、床から剣を拾って腰掛けている椅子の上に引きあげる。
「じゃあ、乾杯しましょう」
はちみつ酒を手に持つ。
持っているのは、本来はミランダの前に置いてあったはちみつ酒だ。
ミランダはすり替えられたことには気がつかなかったようだ。
四人の杯が真ん中で合わさる。
そのとき、コゼが悪戯っぽく微笑んだのがわかった。
コゼは一郎が杯を入れ替えるのを見ていたようだ。
一郎も微かな微笑みでコゼに返した。
エリカにも警告してやりたいが、それをすると、すり替えたのをミランダに悟られてしまう。
まあいい……。
命に別状のある薬物ではなさそうだし……。
ミランダは自然な仕草を装ってはちみつ酒を口にする。
ただし、ミランダが口にしたのは、本当は一郎の前に置いてあったはちみつ酒だ。
一郎もあえて飲む。
しかし、これはミランダの前にあったものであり、なにも入っていないことはわかっている。
また、コゼは一郎のやったことで、なにかに気がついたのだろう。
一郎が見る限り、飲んだ振りをして、そのまま杯を巧みに背中側に回して、少し中身を減らした。
エリカはなにも気にせずに、口にしたようだ。
「さて、ところで、ミランダ、俺たちの飲み物に、なぜ薬剤を混ぜたりしたのか教えてもらえますか? さしづめ、告白剤という魔道薬のようですね」
一郎は言った。
ミランダがぎょっとした表情になった。
「告白剤?」
エリカが叫んで立ちあがった。
「な、なんで……? これは絶対に見破ることのできない特殊な魔道がかかっているものなのに……」
一方でミランダは、びっくりしたように目を丸くしていた。
しかし、次の瞬間、その口が一度閉じて、すぐに再び開いた。
「……くっ、次のクエストの条件として、どうしても、あなた方の……特に、ロウの性質について確認する必要があって、それで、やむなく……」
ミランダがそれを告げ、今度こそ、ぎょっとしたように顔色を変えた。
告白剤の効果により、さっきの一郎の問いかけに対して、ミランダの口が勝手に言葉を発したのだろう。
ミランダは自分でも驚いた表情を浮かべていた。
「エリカ、座れ。別に毒じゃない。おそらく、一時的に影響を与えるだけの軽いものだよ……。それにしても、なるほど、ミランダが口にした通り、“絶対に見破れない”というのは本当なんだな。なにしろ、それを仕掛けた本人が、告白剤入りのはちみつ酒を口にしたことを見抜けなかったんだから……」
一郎はくすくすと笑った。
「いったい、どうやって……。ああっ──。さっき、あなたが剣を落としたときね……」
ミランダがはっとして、失敗したという顔になった。
「あたしとしたことが……とんだ間抜けね……」
ミランダは口惜しそうだ。
「それにしても、俺の性質を知りたいというのはどういうことなんだ? あなたに隠し立てをするつもりはない。普通に訊ねれば、なんでも答えるつもりはあるよ」
一郎は言った。
もっとも、それは方便だ。
実際には、一郎には口にすると都合の悪いことが多く、告白剤などというものを飲まされ、根掘り葉掘り訊ねられるのは非常に困る。
知られてはならないことのひとつは、一郎が異世界人であるという事実がある。
エリカには、召喚された異世界人に対する侮蔑意識が強く、絶対に口にするなと忠告されている。
それから、魔眼保持者であるということ。
エリカとコゼには、一郎の淫魔術のことも魔眼のことも説明してあるものの、誰もが自分の能力や年齢や名前を覗き見されていると知れば気味が悪いに決まっている。
そもそも魔眼という力は、この世界の神話にしか登場しない伝承上の能力らしい。
そんなものを一郎が持っていると世間に知られれば、大騒ぎになるのは十分に予想できる。
また、その魔眼だが、なかなかに便利な力だった。
武器としてなにかを装備していれば、それが隠されていても見抜けるし、その武器を手にした状態での「直接攻撃力」の数値を読み取ることができる。
たとえば、いまのミランダはなにも装備していない。
だが、それでも直接攻撃力は〈800〉もある。
弓の達人であるエリカが弓を持ったときの直接攻撃力が〈700〉、アサシンだったコゼが暗殺用の暗器を両手に構えたときで〈700〉だから、素手で〈800〉というのは尋常ではない。相当な怪力と体術の持ち主だ。
一郎の首など、片手で折ってしまうだろう。
さすがは怪力で知られるドワフ族というところか。
副ギルド長になる前は、最高位の
しかも、一郎には別の能力もあった。
相手が妙齢の女であれば、その女性の性歴や身体の感度、感じやすさまでが丸わかりなのだ。
たとえば、目の前のミランダであれば──。
ミランダ
ドワフ族、女
副ギルド長(冒険者ギルド)
元冒険者
年齢:60歳
ジョブ
ギルドマスタ(レベル30)
戦士(レベル40)
魔道遣い(レベル5)
生命力:200
直接攻撃力:800
魔道力:100
経験人数:男10
淫乱レベル:B
快感値:300/300(通常)
状態
告白剤の魔毒
これまでに身体を重ねた男は10人……。
淫乱レベルは“B”……。
一郎の魔眼の見立てでは、特に感じやすい身体は“S”、その次が“A”、以下“B”“C”“D”と段階が下がる。
“B”は「やや感じやすい」程度だ。
コゼも最初はDだったが、いまは“B”だ。
一度だけ“E”という女に出会ったことがあるが、それは「不感症」レベルだと一郎は判断している。
また、ミランダの快感値は〈300〉。
この数値は愛撫に対する耐性を示す指標で、通常値を基準に、淫情を覚えるにつれて下がっていく。
エリカは通常値が〈100〉で、少し触れるだけで股間が蜜で濡れる性質……。
ミランダの〈300〉は、女としては人並みといえる。
かつてコゼは〈700〉だったが、調教を経て現在は〈300〉になっている。
この数値は調教によって変化するのだ。
いずれにせよ、そんなことを「見られている」と知れば不快に思うのは当然だ。
これも口にはできない……。
さらに、一郎にはもっとも秘めておかねばならない事実があった。
一郎が「淫魔師」であるということだ。
淫魔師の最大の武器は、精液を媒介に女を支配し、呪術によって心身を操ることにある。
もしその力の存在を知られれば、忌避されるだけでなく、ギルドから討伐対象にされかねない。
そんな危険は冒せない。
そう考えると──一郎には、他人に明かせない秘密があまりに多かった。
「ま、参ったわねえ……。このあたしが告白剤を飲まされるなんて……。しかも、本当はあたしが飲ませようとしたんだから、文句も言えないわね……。まあ、先に謝っておくわ。ごめんなさい……」
ミランダが頭を下げた。
一郎は微笑んだ。
「それで、俺に告白剤を飲ませて、なにを知りたかったんだ、ミランダ?」
ミランダに対して、一郎はタメ口を使っている。これはミランダ自身の希望によるものだ。
彼女は余所余所しい態度を取られるのが苦手で、誰に対しても気さくに話しかけられることを望む。
「じゃあ、言うわ……。あるクエストをあんたらの強制クエストにしようと思っているの。でも、その前に、ロウが女たらしじゃないことを……。つまり、女を見るたびに手を出すような野蛮人じゃないかどうかを確認する必要があって……」
ミランダが言いにくそうに口を開いた。
「ロウ様は野蛮人なんかじゃありません。そりゃあ、慎み深いお方だとは言いませんけど──」
エリカが憤慨したように声をあげた。
「まあ、少なくとも、女を見るたびに手を出すお方じゃないですね……。でも、十分に女たらしだとは思いますけど……」
コゼが口を挟む。
エリカとコゼの言葉に、一郎は苦笑した。
「でも、あんたらふたりを閨の技で支配しているとか……それに、房中術が得意だとか……」
ミランダが少しはにかんだように言った。
そういえば、最初に面談したとき、そんなことを口にした覚えがある。
それはともかく、一郎はミランダの意外な反応に驚いた。
彼女が一郎の性の技について言及したとき、ミランダの「快感値」が〈300/300〉から〈240/300〉に一気に下がったのだ。
一郎はすぐに気づいたが、これはミランダが一郎を性の対象として意識した兆候に違いない。
百戦錬磨の副ギルド長が、どこかたじろいだように見える。
一郎は面白いと感じた。
性のことで相手より優位に立っていると知ると、不思議なほど自信が湧いてくる。
かなうはずのない相手に対しても、強気でいられるのだ。
これも淫魔師としての資質のひとつなのだろう。
だが、いまはミランダが言及した新しい強制クエストの話だ。
強制クエストとは、本来冒険者が選んで受ける依頼を、ギルド側から強制的に割り当てるもの。
上位ランクの冒険者は、これを断れないという掟がある。
「それは事実だけど、誰彼かまわず女を抱くわけじゃない。たとえば俺は、ミランダを女として意識しているし、できれば抱きたいと思っているが、襲いかかることはしない。こうして普通に応対している。そういう意味では常識人だ。安心してほしい」
一郎はからかうように言った。
「な、な、なんであたしなのよ──。あ、あたしなんか──」
ミランダは目に見えて動揺した。
反応が素直で愉快だ。しかも彼女の「快感値」はさらに下がり、〈200/300〉となった。
一郎は心の中で笑みを深めた。
「ところで、強制クエストの内容はなんですか、ミランダ?」
コゼが冷静に問いかけた。
ミランダは赤くなった顔を引き締め、咳払いして語り始めた。
「……もういいわ。じゃあ、クエストの内容を説明する。王都から二日の距離にあるジーロップ山の大陸街道沿いに、小さな盗賊団が棲みついているの。規模はせいぜい十人程度。アルファ・ランクに二箇月で昇ったあんたらなら、どうということはないでしょう」
「その盗賊団の討伐?」
「そうよ。任務は、その盗賊団を捕えて、首領を当局に引き渡すこと。生死は問わない──それが条件よ」
大したことはない、と一郎は思った。
前回の魔獣退治よりも余程に楽だろう。
「ジーロップ山って……どこの領主様の土地だっけ?」
一郎が呟いた。エリカがすかさず口を開く。
「国王直轄領です。北に二日ほどの大陸街道沿いです」
「大陸街道沿いか……」
このハロンドール王国の統治は、一郎の元の世界でいえば、中世から近世へ移り変わる頃の制度に似ている。
王国の領域は、中世風の領主が治める領土と、国王が直接統治する国王直轄地とに分かれている。
だが、この国ではその直轄地が異様に広く、国土のおよそ三分の二を占めるのだという。
一郎も詳しくは知らないが、三代前の国王の政策に関わるらしい。
とにかく、今回のクエストも直轄領の中での出来事らしかった。
だが、不自然さもあった。
本来、盗賊団の討伐は軍の仕事である。直轄領なら王軍だろう。
ただし、この世界では盗賊団が各地に多く存在し、軍では手が回らないのも事実だ。
冒険者ギルドに依頼が回ってくるのは珍しくはない。
だが、今回は大陸街道沿い──。主要街道の警備は軍の管轄であり、街道沿いの安全は、優先して処理されるはずだ。
それをわざわざギルドに依頼してきた理由はなんだろう?
しかも、さきほどミランダは、一郎に告白剤を飲ませてまで「女に対する慎み」を試そうとした。
裏があるとしか思えない。
「それだけ、ミランダ?」
一郎は訊ねた。
「もちろん、それだけじゃないわ。このクエストには条件がある。盗賊団退治の任務には、シャングリアという若い女騎士が同行するの。彼女と共に行動すること──それが条件よ」
「シャングリア?」
一郎は首を傾げた。どこかで耳にした名だ。
「モーリア伯爵家のお嬢様よ」
ミランダが答えた。
「ああ──」
一郎は思い出した。
この二箇月で何度か耳にしたことのある、お転婆で有名な若い貴族娘の名だった。
姿を見たことはないが、随分な美人だとも聞く。
ただし、男勝りで、女扱いされることを何より嫌う、騎士団の有名な女傑でもある。
しかも、モーリア家といえば西方域を領する名門の伯爵家だ。
いまの当主は武門派の雄として知られ、領地経営にも卓越し、経済力においても伯爵家の中で群を抜いているという。
「そのシャングリア嬢と一緒に、盗賊退治をするということですね?」
「そうよ、エリカ……。ただし、物言いには気をつけてね。女扱いされるのを何より嫌うの。彼女の前では、男として接してあげて」
ミランダが言った。
「女なのに?」
コゼが含みのある口調でつぶやく。
「そうよ……。女だけど、女扱いはしないのよ。そのシャングリアが同行する。だから、ロウ……彼女に手を出さないでね。それがモーリア伯爵家からの依頼条件よ」
「へえ、その騎士様が同行?」
一郎は言った。
「本当は女性だけのパーティを望まれていたの。でも、信頼できる女のみのパーティは存在しない。そこで、あんたたちなら三人のうちふたりが女だし、しかも女性の方が前衛として猛者揃い。あなたは、むしろ守られている側に見えるから、条件に近いと思ったのよ……。報酬は金貨五枚」
告白剤の影響もあるのか、ミランダは歯に衣を着せない物言いをした。
暗に一郎を「弱い」と言っているようだが、それは事実なので、一郎も返す言葉はない。笑うしかなかった。
だが、これで依頼の裏が見えてきた。
今回のクエストの本当の依頼主は、シャングリアの実家であるモーリア伯爵家に違いない。
要は、自家の娘を騎士団で名を挙げさせたいのだ。
そのために手頃な冒険者パーティを同行させ、手柄を立てさせようということだろう。
つまり、一郎たちの役目は、その若き女騎士の護衛であり、彼女の手柄作りというわけだ。一郎たちの活躍は、すべて、そのシャングリアのものになるということだろう。
「なるほど、俺たちの役割がわかったよ。要はそのシャングリア殿を守って、手柄を立てさせればいいんだね、ミランダ?」
「いいえ。彼女の警護は任務に含まれないわ。あんたたちの役割は、あくまで盗賊退治。ただ、彼女と同行すること──それが条件。そして……」
「……そして、手を出さない。それは承知したよ」
一郎は笑った。ミランダは安堵の表情を見せた。
「よかった。じゃあ、強制クエストを発動するわ。よろしく頼むわね。シャングリアは王軍騎士団の詰所にいる。明日にでも接触して、出立の日を決めてちょうだい」
「わかった。じゃあ、これでクエストの件は終わりだね?」
一郎がミランダに微笑みかけた、
「そうね。行っていいわ」
ミランダが立ちあがろうとした。
「待って……。まだだよ。行ってはだめだ。俺に告白剤を飲ませようとしたでしょう? その始末が終わってないじゃないか」
一郎は笑いながら、ミランダを制した。
ミランダは不審な表情で座り直した。
「そ、それは謝ったじゃないのよ」
ミランダは言った。
「でも、罰は与えないとね。しこりが残らないように──」
一郎は言った。
「罰──?」
ミランダがびくりと身体を震わせて、声をあげた。
その過敏すぎる反応に、一郎はほくそ笑んだ。
彼の勘が正しければ、このミランダは……。
「さあ、告白してもらおう。ミランダの性の歴史をね──。最初に性交したのはどんな相手だった?」
一郎はくすくすと笑いながら言った。
ミランダは告白剤を飲んでいる状態だ。質問をされれば、正直に喋るしかない。
通常なら烈火の如く怒るはずだが、なぜか怒声は返ってこない。副ギルド長という立場の裏に、押しに弱い本質があることを、一郎は直感していた。
「な、なんで、そんなこと訊ねるのよ──」
ミランダは顔を真っ赤にし、視線を逸らした。
素手で〈800〉の直接攻撃力を持つ怪力の女戦士が、羞恥の一言で狼狽えているのは実に面白い。
「さあ、喋るんだ」
一郎が強く促すと、結局ミランダは十人分の性遍歴をすべて吐かされた。
言い寄られれば断れず、素直に応じてしまった過去──だが結局は長続きしなかったことまで。
その理由も一郎には見抜けていた。ミランダは被虐的な性質が強く、少し乱暴に扱われる方が興奮する。だが、歴戦の女冒険者にそんな真似をする男はいなかったのだ。
やがて一郎の魔眼に映る快感値はどんどん下がり、ついに〈50/300〉にまで落ち込んでいた。
快感値が〈50〉まで下がるというのは、かなり感じている証だ。
「ミランダ、もしかして……もう濡れてきてるんじゃないか?」
一郎がにやりと突きつけた。
「──つっ……」
ミランダは絶句し、口をぱくぱくさせる。必死に否定しようとしたが、告白剤がそれを許さなかった。
「……そ、そうよ……。濡れてる……もう、とっくに……」
涙目で俯きながら声を絞り出す。副ギルド長の威厳も伝説の冒険者の強さも、その羞恥の前では消えていた。
「……ロウ様、ほんとに……」
エリカが呆れたように息を吐き、コゼは肘掛けにもたれて小さく肩を竦めた。
ふたりの視線には半ば諦めにも似た色が宿っていた。
「やっぱり、押しに弱いんだな。面白いよ、ミランダ」
一郎のくすくす笑いに、ミランダは涙を浮かべながら唇を噛んだ。
このまま抱いてしまうこともできた。だが一郎は首を振った。今回は“お仕置き”で十分だ。
「……もういいでしょう──。告白剤なんて飲ませようとして悪かったわよ──。もう、やめてよ」
ミランダがついに懇願した。
「そうだね。じゃあ、これで許してあげるよ、ミランダ──。その代わり、今度家に遊びに行くよ。ひとり暮らしだったよね。今度のクエストが終わったら三人で訪ねるから……。拒否は許さない。そのときは俺たちの性癖を教えるよ。愉しみにしておいてくれ」
一郎の言葉に、エリカが顔を真っ赤にした。
「えっ……、ロウ様の性癖って……」
絶句するエリカ……。
エリカは一郎の性癖が、“拘束して抱き、快楽と羞恥で追い詰める”行為をすでに経験している。
コゼはそんなエリカを横目で眺め、唇の端を悪戯っぽく歪めた。
一郎が立ちあがると、そのエリカとコゼも慌てて立つ。
「いいね、ミランダ──。約束したよ。それじゃ、クエストの準備に行ってくる」
「う、うん……」
ミランダは真っ赤な顔のまま俯き、小さく頷いた。