※この作品はR-18です。

【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】   作:ドン・ドナシアン

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007 ルルドの女精の祝福

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一郎が身体を離しても、ユグドラは、仰向けのまましばらくはぴくりとも身体を動かさなかった。

 まるで死んでしまったかのように静かにしている。

 だが、かすかに胸が上下をしているので、ただ意識が失った状態になっているだけなのは明らかだ。

 

 一郎は半開きで横たわっているユグドラの股間に顔を移動させると、ユグドラの尿だか蜜だがわからないくらいに濡れた股間を舌で掃除していった。

 やはり気を失っているのか、一郎の舌に対してもユグドラの身体の反応はない。

 だが、やっと十を超えるくらいに例の数字が回復すると、ユグドラが身じろぎした。

 

「ひんっ──。あ、ありがとう……。で、でも、も、もういいわ……。も、もう、勘弁よ……。さすがは淫魔師の力ね……。まさに神の力……。こ、このユグドラがこれほどになるとはね……」

 

 ユグドラの声がして、彼女の両手が一郎の顔を押した。

 一郎はユグドラの肢体を見おろす体勢で横に胡坐に座った。

 

「ふふふ……すごいわね……。完全に征服された気持ちよ……。指一本動かないわ……」

 

 ユグドラが自嘲気味に笑った。

 その口調も心なしか優しげなものになっている。

 

「あれ?」

 

 そのとき、一郎はユグドラに感じる「ステータス」の見え方に、少し前と違いがあることに気がついた。

 

 

 

 ユグドラ

  精霊、女

  年齢 ****

  精霊(レベル100)

  経験人数:男:**、女**

  淫乱レベル:A

  生命力:3000

  攻撃力:10

  魔道力:3000

  快感値:100/1000(↑回復中)

  特殊能力

   精霊の癒し

 

 

 

 性交の前にはなかった「生命力」「攻撃力」「魔道力」「特殊能力」の項目が増えている。

 だが、エルスラのように、精を放ったことで「奴隷状態」になったということはないようだ。淫乱レベルは、「C」から「A」に変わっているが……。

もしかして、一郎が限界を越えるような性交をさせたので、身体の体質が変わった?

 とにかく、実際のところ、一郎もユグドラと一郎の関係が奴隷状態に変化したという感覚はない。

 今度は、自分自身に集中してみた。

 

 

 

 イチ(田中一郎)

  人間族(外界人)、男  

  年齢35歳

  ジョブ

   淫魔師(レベル60)

   戦士(レベル1)

  生命力:20

  攻撃力:20

  魔道力:0

  経験人数:女2

  支配女

   エルスラ(エリカ)

  特殊能力

   淫魔力

   魔眼

  状態

   アスカの奴隷(首輪)

 

 

 

 やはり、支配女にユグドラは増えていない。

 その代わりに、淫魔師としてのレベルがあがっている。

 また、戦士のジョブが増えている。これは、さっきのグールとの戦いによる経験値によるものなのだろうか……。

 そして、やはりステータスの項目が増えている。

 それにしても、ユグドラに比べれば、一郎の生命力の低さはなんとしたことだろう。

 

 そして、やはり、魔道力は〈0〉だ。

 やはり、一郎にはエルスラのように魔道を振るう能力は皆無のようだ。

 それでも淫魔力、魔眼という特殊能力が使えるのは、それらが魔力などとは別のものが力の根源になっているということなのかもしれない。

 さらに、注目したのは、エルスラのことだ。名前に続いて、“エリカ”という名前もある。

 

 

 

 エルスラ(エリカ)

 

 

 

 イチとある自分の本名が、イチの次に(田中一郎)と付記してあることを考えたら、“エリカ”というのが本名ということか?

 まあ、本人に訊ねればわかるか……。

 

「どうしたの?」

 

 ユグドラがゆっくりと身体を起こした。

 

「いえ……。あなたと身体を交えることで魔眼の力があがったのですよ。これまで感じなかったことがわかるようになりました」

 

 一郎は言った。

 

「そう……。それはよかったじゃない……。魔眼という能力に、あなたの身体が慣れてきたからだと思うわね。そのうちに、もっといろいろなことがわかるようになると思うわ」

 

「それと、俺の淫魔師としてのレベルがあがったようです」

 

「“レベル”というのは、魔眼保持者だけに感じることができるという相手の能力値のことね? 二百年前に会った魔眼保持者は、“レベル”という言葉こそ使わなかったけど、似たようなことを言っていたわね……」

 

「そう……なんですか」

 

「ええ……。いずれにしても、あなたが淫魔師として駆け出しで助かったわ。本当に、淫魔師の力というのは、伝承のとおりなのね……。一度目もそうだったけど、特に、最後に精を放たれたときには、わたしは、あなたに意識が吸い込まれるような感覚を味わったわ」

 

 ユグドラが一郎に向かって白い歯を見せた。

 無邪気そのものの可愛らしい笑顔だった。

 

「別に支配したいわけじゃありませんから、よかったです」

 

「もっとも、あのまま、あなたに完全に支配されるのかと思ったわね……。まあ、それも悪くないかと思ってしまった。それくらいに、気持ちのいい思いをさせてもらったわ」

 

 ユグドラが優しげに微笑む。

 最初に会ったときと、言葉付きがまるで変わっている。

 なんとなく、こちらの優しげな口調のユグドラが本来の性質という感じがする。

 

「淫魔師の伝承とは、どのようなものなんですか……?」

 

 一郎は訊ねた。

 身体に精を放ったことでエルスラは簡単に一郎の支配に陥った。

 だが、ユグドラは支配には入らなかった。

 その違いはなんだったのだろう。

 

「淫魔師の力というのは、まさに神の力……。あのクロノスが持っていた力のひとつで、クロノスはその力で女神たちを支配したのよ。もっとも、あなたたちは、淫魔師というのは闇魔道に通じる禁忌の技のように考えて、クロノスの支配力とは別のもののように伝えているようだけどね」

 

「クロノス……ですか?」

 

「そうよ。本当はクロノスの力なのよ。わたしに言わせれば、クロノスの力が闇の力のように伝えられてしまったのが可笑しいわ。まあ、確かに女にとっては危険すぎる能力だと思うけど」

 

 ユグドラがけらけらと笑った。

 しかし、言っていることの半分もわからない。

 

「あのう……、さっきから名前が出てくる“クロノス”

というのは、誰なんですか?」

 

 一郎は訊ねた。

 ユグドラは目を丸くした。

 

「まさか、クロノスを知らないの? あなたたち人族の共通の神じゃないのよ。あなたが外界人だとしても、クロノスの名前くらいいくらでも耳にしたことがあるはずだけど」

 

「俺がこの世界の召喚されたのは、三日前でして……。しかも、アスカの城から逃亡してきたばかりです」

 

「なるほど……。まあ、いずれにしても、クロノスというのは、あなた方、人族が信仰している神の名よ。わたしにとっては、現実の人物だけど……。まあ、大昔の話ね……」

 

 つまりは、神話の中の人物であり、信仰の対象ということか……。

 だが、その神話の神を知っているような口ぶりだったが、このユグドラはどのくらい生きているのだか……。

 

「淫魔術がクロノスの技だと言いましたか?」

 

「そうね。クロノスの技よ。わたしはそれを知っているわ。もうわたしだけしか知らないと思うけど……。クロノスはその力で女神を従えて、いまでも神々の世界を支配しているのよ。だけど、さすがにわたしも本物のクロノスを知っているわけじゃないのよ……」

 

「ユグドラさんが生まれるよりも前ということですか?」

 

「精霊としての命が宿ったときには、クロノスも女神たちも天空に昇天した後だったわね。でも、まだクロノスを知っている精霊が多くいたわ。わたしは彼女たちを通じて、クロノス知っているだけど」

 

「そうなのですね」

 

「いずれにせよ、とにかく、あなたは、神の力を引き継いだというわけね。わたしの知る限り、クロノスの秘密の能力を引き継いで誕生した人族はこれまでにいないはずよ。あなたが初めてね。自称淫魔師は大勢いたみたいだけど……」

 

「じゃあ、俺が本物の淫魔師というのは……本当なんでしょうか?」

 

 一郎は笑った。

 

「間違いなくね……。そして、魔眼は、クロノスも持っていなかった能力で、クロノスの第一妻のメティスの能力よ」

 

「……女神……メティス神」

 

 第一妻ということは、当然に第二以上もいたのだろうな……。

 話がずれそうなので、訊ねなかったが。

 

「人族に生まれた魔眼保持者は、これもわたしの知る限り三人だけ。いずれも、歴史に名が残る人物になったわ。神の力をふたつも引き継いだのは、多分、あなたが最初なんじゃない」

 

 ユグドラが声をあげて笑った。

 

「神の技か……」

 

 そう言われても実感はない。

 すごい力だとは思うが……。

 

「だけど、さっきも言ったけど、自称淫魔師は大勢いたわよ。だから、あなたもそんなまがい者だと思ったわ。それに、クロノスも女には激しかったから……」

 

「激しいとは?」

 

「女の敵のようなものと思っていいかも。クロノスを知っている精霊のお姉さまたちは、クロノスのことを嫌う者も多かったから……」

 

「はあ……」

 

「とにかく、淫魔師というのは、女には見境いのない色情狂のようなものを想像していたわ。とにかく、淫魔師だと性欲も凄いんでしょう?」

 

 ユグドラが笑う。

 

「まあ、聖人君子では、ないのは認めます」

 

 見境のない色情狂と言われることまでは抵抗はあるが、性欲が強くなったということには、頷けるものがある。

 もともと、一郎は三十五歳で、性に興味がなかったわけではないが、現実の女性には一度も積極的に係わろうとはしなかった。

 風俗にも通ったことがない、正真正銘の童貞だった。

 それが、エルスラを躊躇なく犯し、会ったばかりのユグドラも抱いた。

 昨日から何度も精を放っているし、ユグドラにも放ったばかりだ。

 だが、いまもう一度愛し合おうといわれても、十分に期待に応える自信はある。

 

「でも、こうやって語っていると、あなたは随分と思慮深く物を考える性質であるように思うわね。わたしを抱くときにも、わたしの反応のひとつひとつをじっくりと確かめながら抱いていたようだったわ……」

 

「まあ、できれば、気持ちよくなって欲しかったし……」

 

「ありがとう……。わたしは、これでも万余の寿命がある。でも、こんな抱き方をされたのは久しぶりよ。まるで、少女時代に戻ったようだった……」

 

「満足してくれて嬉しいです……。そう言ってくれて……ありがとうございます」

 

「ふふ……。ああ、伝承だったわね。淫魔師の伝承といえば、呪術で異性を支配するという話のことね? でも、最初にも言ったけど、これほどの長い年月を生きていたわたしでさえ、本物の淫魔師と会うのは初めてだったのよ。だから、わたしの話はあてにはならないわよ」

 

「それでもいいです。教えてくれませんか? その伝承について」

 

 一郎は言った。

 

「まあ、お安いご用だけどね……。わたしが知っているのは、クロノスの技である淫魔師の力は、自分よりも能力の低い女しか呪術で支配できないということよ」

 

「能力……」

 

「まあ、これは淫魔術に限らず、魔道全体でそうなんだけど、支配系や操り系の魔道は、能力が高い者を低い者が支配できないとされているわね」

 

「なるほど……。理にはかなってますね」

 

「もっとも、その能力の高い低いというのは誰にもよくわからない。漠然と知られているだけだから……。でも、魔眼保持者にはその能力の段階がわかるんでしょう?」

 

「能力の段階……? もしかして、それはレベルのことですか?」

 

「“れべる”という単語は知らないわね……。なにしろ、わたしだって、魔眼は持っていないのだからね……。だけど、二百年前に出会った魔眼保持者は、それがわかると言っていたわ」

 

「じゃあ、やっぱり、魔眼で見える能力値のようなものが、その指標ということなのですね?」

 

「わたしこそ訊ねたいわよ。そういうものなの? ついでに言えば、その男があなたのひとり前に、この世界に出現した魔眼保持者ね。いまのエルニア魔道王国の初代王であり、エルニア人の信仰の対象よ。もともと、恵月国と称しているはずね」

 

 ユグドラは笑いながら言った。

 エルニア魔道王国、あるいは、恵月国というのはまったくわからない。

 まあ、これも、後でエルスラにでもゆっくりと教えてもらうか……。

 

 それより、支配に影響を及ぼすという能力レベルのことだ。

 ユグドラが言及した“能力段階”というのが、レベルであることは間違いない。

 また、そのジョブレベルの高低により、支配できるかどうかが決まってくるというのは理解できる話だ。

 

 エルスラと一郎であれば、アスカの杖を持っているときのエルスラのジョブレベルの最高値は〈レベル25〉だった。それに対して、淫魔師としての一郎のジョブレベルは〈レベル55〉だったと思う。

 それに比べて、ユグドラの精霊としてのレベルは“〈100〉だ。

 だから、一郎の淫魔師の精の呪術でも、支配に置くことはできなかったということなのだろう。

 そういうことなのかもしれない。

 もっとも、支配しようとは思わなかったので、なんともいえないが……。

 

 とにかく、そう考えると、一郎とエルスラを追ってくるかもしれないアスカの魔道遣いとしてのジョブレベルは〈99〉だった。

 一郎がそれを上回るジョブレベルに達しない限り、アスカを支配することは難しいということになる。

 

「どうしたら、淫魔師としての能力はあがるのでしょう?」

 

 一郎は言った。

 ユグドラはそれを笑いで返した。

 

「淫魔師のあなたが、本物の淫魔師には会ったことがないと言っているわたしに訊ねるの? そんなのは知らないわね。たくさんの経験を積めばいいんじゃないの?」

 

 一郎はつまらない質問をしたことを少し後悔した。

 考えてみれば当然のことではないか……。

 一郎はユグドラと性交することで、淫魔師としてのジョブレベルが五段階も向上した。

 同じことをしていくしかない。

 そして、アスカの魔道遣いとしてのレベルに匹敵する能力になれば、あの魔女を怖がる危険もないということだ。

 

 そして、はっとした。

 

 エルスラ……。

 

 そういえば、どうなったのか……?

 一郎は慌てて、水の触手に拘束されて包まれていたエルスラに目をやった。

 エルスラは眠っているようだった。

 いまは触手は動いてはいない。完全に丸まっているエルスラの裸身をすっぽりと包むようにして静止している。

 

「どうやら、あのお嬢ちゃんの怪我の治療も終わったようね。もう大丈夫よ」

 

 ユグドラは言った。

 

「治療?」

 

「グールに襲われて随分と怪我をしていたからね。わたしの泉の水で包んでやったのよ。わたしの水には癒しの効果があるのよ」

 

 ユグドラは笑った。

 

 あれは治療のため……?

 一郎は少し驚いた。

 

「じゃ、じゃあ、最初から助けてくれるつもりで?」

 

 そうであれば、ユグドラは最初から一郎とエルスラを酷い目に遭わせるつもりはなかったのだろう。

 そういえば、一郎はユグドラに当初から、あまり邪悪なものも危険なものも感じなかった。

 

「あなたたちが、あの性悪女から逃亡してきたというのは予想がついたからね……。とりあえず、死霊どもからお前たちを匿ってやろうと思ったのよ。だけど、そのおかげで、こんなに素晴らしい思いができた……」

 

「いえ、こちらこそです……。貴重な話にも感謝します」

 

「……ふふ、さて、約束を守ろうかね。その首輪を外してあげるわ。それと、このユグドラの祝福をあげるわ。ユグドラの癒しがあなたを守り続ける……。ところで、わたしをあんなに気持ちよくしてくれたあなたの名はなんなの?」

 

「田中……一郎……」

 

「タナカ……、イチロウね……。忘れないわ……。おそらく、あなたは、こんな瘴気の森のことなんか忘れて、二度と近づかないと思うけど、それでも、いつか会いに来て欲しいわね。あなたは最高だったわ」

 

 ユグドラの両腕が一郎を抱きしめるように動いた。

 最初に首輪が外されるのがわかった。

 そして、ユグドラの唇が一郎の唇に重なる。

 随分と長いあいだ、ユグドラの唇は一郎の口に重なったままだった。

 それとともに、不思議な力で全身が包まれるのを一郎は感じた。

 

「おやっ?」

 

 しかし、不意にユグドラが唇を離した。

 柔和だった顔が険しいものに変化している。

 

 そのとき、突然に一郎たちがいる場所が強い力で弾かれるように消滅した。

 

 


 

 

「あれ?」

 

 はっとした。

 気がつくと、一郎を抱きしめていたユグドラの姿はいなくなっていた。

 

 ここは、ユグドラのいる場所に引きこまれる前にいた大きな樹木と泉のそばだ。

 一郎は大きな樹木に向かい合うように座っていたようだ。

 服も裸ではなく、あの灰色のローブをちゃんと裸身の上に身に着けている。

 

 夢……?

 

 一瞬戸惑ったが、首に手を伸ばして、アスカに装着させられた首輪が消滅していることがわかった。

 ならば、夢ではない……。

 

 すでに夜は明けようとしていた。

 周囲は朝もやに包まれている。

 

「イ、イチ様……?」

 

 エルスラの声がした。

 急いで振り向いた。

 泉のそばだ。

 

 彼女は泉の畔でうずくまっていたようだ。

 エルスラもまた、あの不思議な部屋に引き込まれる直前の服装のままだ。

 腰には短剣さえも装着している。

 エルスラは起きあがると、首を傾げながらすぐに一郎の方に歩いてきた。

 

「お前、怪我は?」

 

 一郎の言葉に、エルスラは自分の身体を見て、怪訝な表情をした。

 着ていた服のあちこちが破れて、ところどころから肌が見ているのはそのままだが、一郎から見ても負傷の痕はどこにもない。

 

「怪我はない……ようよ……。イチ様こそ?」

 

「俺は問題ない」

 

 一郎はきっぱりと言った。

 

「わ、わたし、どうしてたんでしょうか……?」

 

 エルスラが一郎を見る。

 どうやら、なにも覚えてないみたいだ。

 一郎はいままでのことを説明した。

 

 ユグドラと名乗る瘴気の森の女精のこと……。

 そのユグドラと愛し合ったことについて、どう説明すべきか少し迷ったが、そのまま伝えた。

 エルスラは、なんの感慨もないようだ。ただ、ユグドラという存在は知っていたような気配だ。

 しかし、淫魔師がクロノスの秘密の技だというユグドラの言葉には、はっきりと嫌悪するような表情になった。

 

「そんな話は信じられません。神々の父であるクロノスの秘密の技が淫魔術であるだなんて……。あっ、もちろん、イチ様のことを悪くいうつもりはないんですが……」

 

 エルスラが困惑している気配だ。

 一方で、一郎はステータスにあった名前について思い出した。

 

「そういえば、もしかして、エルスラは、本当は“エリカ”という名前なのか?」

 

 訊ねた。

 すると、エルスラの眼が大きく見開かれた。

 

「ど、どうして、それを……? アスカ様にも本当の名前は教えてなかったのに──」

 

 エルスラがびっくりしている。

 そして、エルスラが説明した。

 “エルスラ”というのは本名ではなく、アスカに仕えるにあたって使った偽名なのだそうだ。

 エルスラは、ナタルの森と呼ばれるエルフ族の故郷の森の出身なのだが、自分が生まれた里を出るときに、思うところがあって、名乗りを変えたのだそうだ。

 それ以来、幾つかの偽名を使ったが、アスカには“エルスラ”と名乗ったらしい。

 

「エリカか……。そっちの方がいいんじゃないか。可愛い名だ」

 

 一郎は何気なく言った。

 すると、エルスラ──いや、エリカは、指先を胸元にあてがいながら、うつむいて小さく首を傾げた。

 

「そ、そうね……。か、可愛い……なんて……。ふふっ……。あ、あたしに、そんな風に……言ってくれたの、初めてかも……」

 

 呟くように、でもどこか上擦った声だった。照れ隠しのように髪をかきあげたが、頬の赤みは消えない。

 

「……そうよね……。逃げるなら、新しい名前の方がいいわよね……。うん、エリカ、エリカ……。悪くないわ、たしかに……」

 

 ぶつぶつと繰り返しながら、どこか楽しげに笑みを浮かべる。

 一郎は、その仕草が妙に子供っぽく思えて、ふっと微笑んだ。

 

 しかし、そのエルスラの顔が急に真顔になった。

 エルスラが腰の短剣をさっと抜く。

 一郎もまた、なにか危険なものが迫っているということを悟った。

 眼の前の空間が揺れた。

 

 そして、気がつくと、そこにアスカが出現していた。

 一郎は恐怖に竦みあがってしまった。

 

「やっと見つけたよ、イチ……。随分と骨を折らせたじゃないかい……。この酬いはちゃんとしてやるよ」

 

 アスカが言った。

 その口元は微笑んでいたが、眼はしっかりと怒りが表れている。

 

「イ、イチ様、逃げてください──」

 

 エルスラが短剣の先をアスカに向けて、一郎とアスカのあいだに駆け込んできた。

 短剣はしっかりとアスカに向いている。

 すると、アスカの顔から笑みも消えて、完全な怒りの表情になった。

 

「エルスラ──。あんなにも可愛がってやったのに……、お前もまた、わたしを裏切るのかい──」

 

 アスカの怒声が森に響き渡った。

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