【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「なに、あんた。ヤハフ教徒?」
エリカが眉をひそめた。
ヤハフ教徒というのが、北のエルニア王国を中心に広がっている唯一神の宗教らしい。
エルニア王国以外の多くの人種が信じるクロノス信仰とは、まったく異なるものだ。
一郎がエリカに教わったところによれば、クロノス信仰は人間族だけでなく、エルフ族、ドワフ族、海洋民族、獣人族の主神まで取り込んだ多神教である。
それに対してヤハフ教には、彼らが「我が主」と呼ぶ唯一神しか存在しない。
クロノス信仰の大きな特徴は、他人種の信仰に寛容なことにある。
むしろ各種族の主神を集め、ひとつの体系として信仰を形づくっているのだ。
たとえば──。
人間族の主神は、農耕の女神ヘラティス。
エルフ族の主神は、狩猟と戦いの女神アルティス。
ドワフ族の守護神は、鉱山と工芸の女神ミルネバ。
さらに、エルニア王国の北方に住む少数種族や遊牧民族の女神テルメスも加えられている。
そして各種族に共通する守り神が、知恵の女神メティスだ。
この五柱の女神を妻にしているのが、太陽神にして男神のクロノスである。
ちなみに、一郎の持つ魔眼の力は、神話としては、このメティスの能力に由来するとらしい。
いずれにせよ、クロノスと五人妻を中心に築かれた体系全体を「クロノス信仰」と呼んでいる。
こうして他宗教を取り込み、他者の信仰にも寛容なクロノス信仰に比べて、ヤハフ教徒は他の神を認めず、排他教とも呼ばれている。
また、クロノス信仰では、神々の頂点クロノスに五人の妻がいるのだから、一夫多妻は禁忌ではない。
エリカがシャングリアに「ヤハフ教徒なの」と訊ねたのは、一郎が二人の女を恋人としていることに対し、彼女が嫌悪を示したからだろう。
ヤハフ教では、一夫一妻が教義のひとつであり、快楽のための性行為も禁じられ、子作りのためだけに許されるという。
──一郎にはまったく受け入れられない教えだろう。
ちなみに、この世界には五つの月がある。
五つが同時に夜空に昇ることはないが、月の出ない夜は存在しない。
クロノスの五人妻は、それぞれが五つの月に象徴され、夜ごとに抱かれていると伝えられている。
そのため「クロノスはひとり寝をしない」という言葉もあり、クロノスは絶倫の神の代名詞でもある。
もっとも、誰もが一夫多妻をしているわけではなく、大多数の男女は夫婦ひと組みで暮らしている。
ただし「クロノスにあやかるほどの巨大な能力を持つ男」であれば許される、という不文律も存在した。
さらに言えば、この世界は一郎の元の世界よりも女の力が強い。
かつて彼の世界で男の役割とされた仕事にも、多くの女性が就き、社会の中で地位を得ている。
そのため、一夫多妻だけでなく一妻多夫も認められている。
一妻多夫の象徴は、クロノスの五人目の妻テルメスだ。
彼女はクロノス以外の夫をも持ち、多くの子を産んだとされ、“多淫”の代名詞ともなっている。
「わたしはヤハフ教徒ではない……。だが、この男がクロノスだというのか?」
シャングリアが口を開いた。
複数の妻を持つ男を、五人妻を抱くクロノス神になぞらえてそう呼ぶのだ。
「ロウ様は、わたしたちのクロノスよ。放っておいて」
エリカは不機嫌そうに言い放った。
「それほどの者なのか……」
シャングリアは考え込むように視線を落とした。
「俺たちのことよりも、シャングリアはどうなんだ。その美貌だ、恋人はいるのか?」
一郎が訊ねた。
「な、なに……? お前、わたしを愚弄するのか。恋人などいない」
シャングリアはいきなり怒鳴った。
これには一郎も当惑する。
「なんで、恋人がいることが愚弄になるんだ?」
「わたしは男にうつつを抜かすような女ではない──いや、女でもない。わたしは女扱いされるのがなによりも嫌いなのだ。だから言い寄ってくる不届きな男は、片っ端から叩きのめしている。公衆の面前で、わたしの剣でな」
怒声を張りあげる姿に、一郎は唖然とした。
確かに、事前にシャングリアの評判について、コゼに調べてもらったとき、そんな噂もあったが、本人が言うのだから、それは誇張ではないのだろう。
「あんたに言い寄った男を、そんな目に遭わせているのか?」
「当然だ。わたしより弱いくせに、わたしを女扱いするのが許せない。言い寄るということは、わたしを女として見ているということだろう。それが我慢ならんのだ」
シャングリアはきっぱりと言い切った。
「だけど、あんたは女だろう……」
一郎は困惑を隠せずに言った。
「女ではない。騎士だ」
シャングリアが大きな声で言い放つ。
「なんでそんなに女扱いされるのが嫌なんだ?」
一郎には理解できなかった。
この世界は彼の元いた世界より女性が社会に認められている。
それでもなぜここまで女であることを拒むのか。
「わたしは強い。だが、それでも弱い男の騎士の配下に置かれている。それはわたしが女だからだ。男に生まれていれば、もっと上の地位についていたはずだ。男であれば、弱い男の下で働くなどという恥辱は味わわずにすんだ」
シャングリアが言い切る。
しかし一郎は、王都を発つ前に耳にした彼女の評判を思い出していた。
シャングリアが騎士団で認められない理由は、女であるからではない。
仲間を無視して独断専行する──そんな自分勝手さが原因だと聞いている。
個人としての強さはあるが、組織に馴染まない。
そのせいで評価されないのだ。だがシャングリア自身は、女であることが足かせになっていると思い込んでいるようだった。
そのとき、焚火のそばに人の気配が近づいた。
鍋と食器を洗ってきたコゼだ。
「賑やかね。ずっと声が聞こえていたわ」
馬車の荷台に鍋と食器を載せ、焚火のもとへ戻ってきた。
「コゼ、お前もエリカと同じように、このロウをクロノスだと認めるのか?」
シャングリアが問いかけた。
「クロノス? ああ、妻をたくさん持つほどの男と認めるのかという意味ね……? ふふ……それ以上よ。あたしはご主人様のためなら死んでもいいと思っている。嘘じゃないわ、本当よ。ご主人様はあたしを救い出してくれた。その恩に報いるなんて到底できないのに、ご主人様はあたしを愛してくれて、仲間だと、家族だと言ってくれる……。本当にありがたいと思っているの」
コゼは静かに言い、微笑んだ。
「コゼ……」
一郎は驚いて言葉を失った。
コゼがこれほどまでに自分を想ってくれているとは思いもしなかったのだ。
「お前という女傑までエリカと同じように、この男に参っているのか? お前も一流の遣い手だろう。その身のこなしでわかる。それなのに、こんな男に仕えて満足なのか?」
シャングリアが不満げに言った。
どうやら、彼女が突っかかってくるのは、認めざるを得ない実力を持つエリカやコゼが、一郎のように見える男に心から従っているのが気に入らないかららしい。
シャングリアの価値観では、強い女が男に従うなどあってはならず、まして媚びるなど許せないのだ。
「……満足しているわよ、シャングリア。でも、あんたの気持ちも少しはわかる気がする……。あたしも女に生まれてきたことを後悔していた。もしも男だったらって、ずっと思ってた」
コゼがぽつりと言い、みるみる顔を曇らせていく。
まずい、と一郎は思った。
コゼが思い出しているのは、一郎と出会う前、男たちに性のはけ口として扱われ続けたあの少女時代の地獄だろう。
彼女には、あんな現実を思い返してほしくなかった。
「そうだろう、コゼ。その通りだ。お前も女傑だとわたしは認めている。もし男に生まれていれば、もっと活躍の場が与えられたはずだ。わたしも同じだ。男に生まれていれば、きっと……」
シャングリアが喜色ばんで言った。
コゼが同意したと受け取ったのが嬉しかったのだろう。
だが、コゼは冷ややかに彼女を見やった。
一郎はどきりとした。
あの表情は、旅を共にしてからすっかり消えていたはずのものだ。
コゼの本質は明るさであり、屈託のない笑顔だ。
だが笑うことも許されない現実に押し潰され、かつて彼女はそんな自嘲の笑みを浮かべていた。その顔が、再び戻りつつある。
淫魔術でコゼの過去の記憶は縛ってはいるが、それも完璧ではない。
ときおり、なにかの切っ掛けで封じられた記憶が揺らぎ、過去の影に心を引きずられることがある。
いまのように……。
「なに言ってるのよ……。あんたみたいなおめでたい女と一緒にしないで……。女でなければ出世できた? 馬鹿げてる。女に生まれたくなかったなんて言葉は、あたしみたいな地獄を味わってから口にしなさい」
コゼの笑みが自嘲めいたものに変わる。
やはり危うい、と一郎は感じた。
「地獄?」
シャングリアが反応する。
「地獄よ……。女どころか、あたしはこの世に生まれてきたことさえ後悔していた……。このロウご主人様に出会うまでは……」
「なにを言う。どんな地獄を味わったのだ、コゼ? 説明せよ」
シャングリアが問い詰める。
だが一郎は、これ以上は危険だと即座に判断した。コゼが心の奥に封じたものを掘り起こすわけにはいかない。
「うるさい、シャングリア。どんな地獄でも知ったことか。それ以上訊くな」
一郎は怒鳴った。
「な、なにを……」
シャングリアは叱られたことに表情を険しく変えたが、一郎はそれを無視した。
それよりもコゼだ。
「コゼ、考えるな。いまだけを見ろ。お前は俺に愛されるために生まれてきたんだ」
一郎は大きな声で言い、強引にコゼを引き寄せた。
コゼは苦しんでいる。
奴隷の首環を嵌められ、男たちの性の処理を強いられた長い少女時代を思い出すと、心が裂けるような気持ちになるのだ。
そんなときは、余計な思考を許さないほどに抱いてやる──それで彼女はようやく平静を保てる。
あの闇に呑まれず、いつもの明るいコゼでいられる。
一郎はそれを知っていた。
「ご主人様?」
抱き寄せられたコゼの頬が朱に染まった。
一郎は石に腰かけていたが、引き寄せたコゼは脚のあいだに跪き、膝を立てる格好になっている。
「シャングリア、これからは大人の時間だ。悪いが馬車に入って休め。エリカ、毛布を二、三枚おろせ」
一郎の声にエリカが立ち上がった。
エリカもまた、コゼがときどき暗い気分に呑まれることを知っている。
そんなときは、その都度、一郎が激しく愛してやり、心の穴に落ち込まないよう「処置」していることも承知している。
「な、なにをする気だ? まさか、ここでふしだらなことを……」
シャングリアが慌てて叫んだ。
「……ふしだらなことをしているつもりはない。コゼ、顔をあげろ」
うっとりと顔を上げたコゼの唇に、一郎は口づけた。
口内を蹂躙され、コゼの鼻息が荒くなる。
一郎が鍛え、教え込んだ口吻の官能──コゼはそれを一郎以外に知らない。
だからこそ、黒い影に引き込まれそうな彼女を繋ぎとめられる。
「なにをする……。やめろ、わたしの前で……」
シャングリアが血相を変える。だが一郎は無視した。
「ほら、ロウ様に馬車に引っ込んでろと言われたでしょう、シャングリア。さっさと入りなさいよ」
毛布を抱えたエリカが言う。
「な、なんで、わたしがロウの指示に従わねばならん。だ、だからやめんか」
なおも騒ぎ立てるシャングリア。
だが、一郎はもはや面倒だった。いまはコゼをしっかり抱いてやることが先だ。
エリカも同じ思いなのか、持ってきた毛布を焚火の脇に広げている。
「……コゼ、いいか……?」
一郎が導いた毛布の上でささやいた。
シャングリアは動かぬと駄々をこねているが、一郎が気にしたのはコゼの返事だけだった。
コゼはくすりと笑った。
「いつも人前で辱める鬼畜なご主人様のくせに……。ふふ。あたしは、ご主人様が愛してくれるのなら、城郭のど真ん中でも嬉しいです……」
「愉しいことを言うな……。なら、今度はそれもやろう。エリカ、お前も来い。三人で愛し合おう」
一郎は毛布の外にいるエリカに声をかけ、コゼの衣服を脱がしていく。
「はい」
エリカもその場で躊躇う様子もなく服を脱ぎ始めた。
横ではまだシャングリアが喚き続けているが、一郎にはもう届かない。
見たければ見ればいい──熱い三人を見せつけてやる。
いや……。
少なくともこの瞬間だけは、コゼと、そしてエリカのことだけを考えよう……。
ふたりのことだけを……。
一郎は裸にしたコゼの小柄な身体を横たえた。
「エリカは乳房でコゼの乳房を擦り合わせろ。そして互いの肌を舐め合え」
命じてから、一郎はコゼの股間へ顔を近づけ、下肢を押し広げて舌で裂け目を舐め開いた。
「はうううっ」
コゼの身体が反り返る。
同時に、乳房を擦り合わせ始めたエリカからも甘い吐息が洩れた。
そのとき、シャングリアの悲鳴が夜に響き、彼女が馬車の中へ駆け込んでいく気配を背中で感じた。