【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
一郎たちが荷を馬車の前に並べると、すでに集まっていた女たちがわっと声をあげて品物に群がった。
行商人を装った一郎たちが持ち込んだのは、女たちが好む飾り物や衣類だ。エリカとコゼが王都の商家を回って、流行の品を揃えてきたのである。
女心をくすぐるのか、里の女たちは楽しげに手に取って選んでいた。
「……ご主人様の考えは大当たりですね……。本当にこれを仕事にしたらどうですか? きっと儲かりますよ……。ねえ、エリカ、冒険者なんてやめて、一緒にこれをやめてもいいね」
売り子に扮したコゼが、同じく売り子役のエリカに寄ってきて、悪戯っぽく囁いた。
「駄目よ、コゼ──。ハロンドール国で商売をするには、商人組合に加入して行商の許可を得なければならないの。もし闇商いが露見すれば、組合の報復だってあるわ」
エリカが慌てたように小声でコゼを叱る。
「黙ってればいいじゃない」
「駄目だったら。商人組合に属さない行商人を入れたと知れたら、この里は、ほかの商家との交易が絶たれる。今回わたしたちが許されたのは、冒険者ギルドのクエストの一環だからよ……」
「わかってるわよ、エリカ……。あんたって、ほんと真面目ねえ……」
コゼがけらけら笑った。
からかわれたと知ったエリカは顔を赤らめてむっとする。
よかった……。いつものコゼだ。
一郎は胸を撫で下ろした。
昨夜は発作のように心の闇が顔を覗かせた。
ああいうときは、昨夜のように激しく抱いてやる。そうすれば、コゼは闇に呑まれずに済み、また明るい彼女に戻れるのだ。
だが、逆にすっかり静かになった女もいる。シャングリアだ。
昨夜、一郎がコゼを、そして続いてエリカを抱く姿を目にし、小生意気な女騎士は途端に大人しくなった。
馬車の中でもほとんど口をきかず、いまも少し離れた場所で距離を取っている。
どうやら、激しい交わりにすっかり圧倒されてしまったらしい。
気性の激しい彼女だが、男女の営みにはまったく無知な生娘だ。
初めて目の当たりにして、呆気にとられたのだろう。
ちらちらと遠慮がちにこちらを窺うシャングリアの視線に、一郎はつい笑みを洩らした。
今回のクエストの目的地、盗賊団が潜むというジーロップ山の麓の里である。
この先はすぐに山道となり、盗賊の縄張りであるジーロップ山になる。
朝の野宿地を出て、夕方近くにようやく辿り着いたところだった。
一郎たちはまず里長のもとを訪れ、冒険者であることは伏せ、行商人を装って衣類を売りたいと願い出た。
訝しんだ里長だったが、『ジーロップ山の盗賊退治』のクエストだと知ると大いに喜んだ。
昨日の里と違い、ここは盗賊に山を奪われ、生活に困っていたらしい。
しかも数日前から、山に居座った盗賊団とは別に、奇怪な事件まで起きており、里は当惑していたという。
王軍に頼めば時間がかかり、あてにもならない。いずれ冒険者ギルドに依頼しようと思っていた矢先に、一郎たちが現れたのだから、渡りに舟どころか、奇跡のような巡り合わせだった。
里長は、是非、奇妙な事件について、話を聞いてほしいと願ったが、一郎はまず行商を始めさせてもらいたいと頼んだ。
陽が暮れかけていたからだ。
一方で、一郎のもうひとつの提案には、里長はさらに喜んだ。
行商で得た代金の扱いについてである。
もともと商売が目的ではないから、女たちが払った金子は不要だし、商人組合に加入していない以上、実は利益を出すわけにもいかないのだ。
そこで一郎は、売り上げをすべて里長にまとめて渡し、その代わりに見合う農産物を分けてほしいと頼んだのだ。
後々、商人組合と揉めないためのエリカの知恵でもある。
里長にしてみれば、女たちの支払った金をそのまま手にし、余った産物を渡せば済む。
一郎たちにしても、王都に持ち帰ればいくらかの値にはなるし、たとえ大した額でなくとも、クエスト報酬で経費は十分に賄える。
この申し出に里長は大喜びし、宿まで提供してくれることになった。
今夜は里長の家に泊まれる。野宿は避けられそうだ。
一郎は、賑やかに女たちを相手に品物を売り捌くエリカとコゼへ視線を戻した。
ふたりは売り物を勧めながら、巧みに女たちに探りを入れている。
「明日にはジーロップ山へ進むが盗賊は出るのか」と尋ねたり、商売のためにまとまった買付金を馬車に積んでいると匂わせたり。
もし盗賊団の耳目が里に潜んでいれば、馬車を絶好の獲物と考えるだろう。
女たちもまた、半年ほど前から出没するようになった盗賊団について、あれこれ語ってくれた。いくらか情報が集まりそうだ。
「……あの盗賊団、仲間割れをしたらしいよ」
そのとき、中年の女が声を潜めて言った。
「ああ、あの奇妙な男のことだろう? おかしな死に方をしたが、所詮は盗賊。碌な最期を迎えるはずもない」
数人の女がうなずき、同調する。
「それはどういうことなんですか、奥さん?」
コゼが食いつくと、女たちは詳しく語り出した。
ほんの五日前のことらしい。
左肘から下を失った男が、ジーロップ山から里へ彷徨い出てきたという。
盗賊団のひとりらしく、仲間に襲われたと口走っていたそうだ。
だがその言葉は常軌を逸していた。
失った腕は自分で切り落としたと語り、大きな恐怖に駆られて狂乱していたらしい。
里人が手当てを試みたが、衰弱したまま息絶えたという。
仲間割れか、それとも裏切りや失敗を自分たちで処断したのか。
一郎は眉をひそめた。
さらに女たちの話から、盗賊団の根城も浮かびあがった。
山の中腹に大きな洞窟があり、そこを隠れ処にしているのは間違いないと、里人たちは察していて、決して近づこうとしなかったらしい。
「エリカ、コゼ。俺は、もう一度里長のところへ行ってくる。ここは頼む」
頃合いを見て一郎は声をかけた。
到着したのは夕方、まずは行商を優先したが、里長が話したがっていた件を聞いておこうと思ったのだ。
「わかってます、ロウ様──。こっちは任せてください」
「了解です、ご主人様──」
女客をあしらいながら、ふたりは元気に答えた。
「行こう、シャングリア。ついてきてくれ」
少し離れてこちらを見守っていたシャングリアに声をかける。
「あっ、ああ……」
女騎士はびくりと肩を震わせ、慌てたように近づいてきた。
そのおどおどした態度に、一郎は思わず笑みを洩らした。
気の強いシャングリアだが、やはり昨夜の光景は衝撃だったらしい。
とくに一郎に対する態度が急によそよそしく、遠慮がちになったのはおかしかった。
一郎はエリカやコゼを抱くとき、本当に容赦がない。その様子にシャングリアは完全に度肝を抜かれてしまったのだ。
しかも一郎は知っている。
自分がふたりを抱き始めたとき、シャングリアはすぐに馬車へ隠れた。
だが、こっそりと覗き見を続け、ついには我慢できず自慰までしていたことを……。
魔眼で視た彼女のステータスの変化が、その事実を告げていた。
もちろん、それを口にするつもりはない。
男勝りの女騎士にも、そんな可愛らしい一面があると思えば、ただ微笑ましく思えるだけだ。
一郎は、気後れしたように後ろを歩くシャングリアを連れ、もう一度里長のもとへ向かった。
「冒険者殿、お待ちしておりました。実は見ていただきたいものが……」
里長が玄関先で出迎える。
「冒険者ではない。わたしは王軍騎士だ。ロウたちは冒険者だが、今回の任務のために、わたしが雇っている」
唐突にシャングリアが口を挟んだ。
「お、王軍騎士……?」
里長の顔が驚きに固まる。
一郎は小さく嘆息した。
事実ではある……。
だが軍から離れた騎士が単独で動いているとなれば、余計な勘繰りを招きかねない。
情報を得るどころか、かえって警戒されてしまう恐れがある。
このような田舎では、軍は盗賊と同じく厄介な存在と見なされていた。
王都から離れるほど軍や領主の兵は信頼されず、金で動く冒険者のほうがまだ頼れると考えられているのだ。
軍が来れば兵糧の徴発や宿の強制提供、畑の荒れ、さらには不良兵による婦女子への狼藉──。
いつの世も軍の来訪は災厄に等しい。
それに比べれば、数名で現れ困難を解決してくれる冒険者が信頼されるのも当然だった。
「クエストの一環です。これは王軍の仕事ではありません、里長。それよりも、見せたいものとは?」
一郎が促すと、里長は当惑しつつも裏手へ案内した。
「……シャングリア、ここは俺たちに任せろ。こういう情報収集は冒険者の役目だ……。あんたは盗賊を討つとき正面に立てばいい」
一郎が低く囁くと、女騎士は横を向いたまま答えた。
「わ、わかっている」
広場の奥、縄で囲われた一角にそれはあった。
「ひっ……なんだ、これは」
シャングリアが声をあげ、一郎も顔をしかめた。
そこには数頭のウシの死骸が転がっていた。だが異様なのは、その死にざまだ。
全身の水分を吸い尽くされたかのように、骨と皮だけに萎びている。
腐臭が鼻を刺し、夏の空気の中で蒸れた死肉に群がる蠅がぶんぶんとうるさく飛び回っていた。
皮膚にあいた穴からは白い蛆がぞろぞろと這い出し、ときおり地面に落ちては、うねるように動き回る。
だが、その屍はまだ新しいのに、まるで水分だけを抜き取られたかのように干からびていた。
一郎は眉をひそめる。こんな死に方は見たことがない。
「この数日、夜になると一頭ずつやられていくのです。男衆が交代で見張っていますが、侵入者の気配はまったくない。それでも朝には必ず、一頭がこうなっているのです……」
里長が苦渋に満ちた声で言う。
──これはただ事ではない。
家畜を骨と皮にして喰らいながら、痕跡を残さず里に入り込む何者かがいる……。
大きなウシが犠牲になるのに、見張りが誰も気づけないのは常識を超えている。
鼻腔にまとわりつく腐臭、死肉のまわりを飛び交う蠅の羽音に、一郎は強い嫌悪と同時に、ぞっとする危機の気配を感じた。
「この数日、夜になると一頭ずつやられていくのです。男衆が交代で番をしていますが、侵入者の気配はない。それでも朝には必ず一頭が、こうして……」
里長が嘆息する。
一郎はぞっとした。
家畜を骨と皮にして喰らう何者かが、この里に潜んでいる。
しかも誰ひとりその姿を目にしていない──。
嫌な予感が胸をよぎる。これは危険だ。
「これをクエストとして受けてもらえないでしょうか。里には蓄えは少ないのですが、金貨二枚なら……収穫物でも構いません」
里長が頼み込む。
「……ギルドを通さない臨時依頼というわけですね」
一郎が応じる。ギルドを経ずに依頼を受ければ、報酬はそのまま冒険者の懐に入る。
だがトラブルの仲裁も、危険の予備情報もなくなる。
「だめだ。お前たちへの依頼は、わたしが優先だ。盗賊団退治に協力するのが約束だろう」
シャングリアが強く言い放つ。
一郎は里長へ視線を戻した。
「……というわけです。俺たちは盗賊団退治を遂行します。家畜の件は、改めてギルドを通したほうがいいでしょう」
「そうですか……」
里長は落胆の色を隠せない。
だが一郎は、牛の変死と盗賊団が無関係とは思えなかった。
これは簡単な盗賊退治では済まないかもしれない──。
さらに一郎は、女たちから聞いた片腕の盗賊の話を尋ねた。
里長の証言は、里の女の話とすべて一致した。
自分で腕を切り落としたこと……。
仲間に襲われたと語ったこと……。
恐怖に狂い、やがて衰弱死したこと……
そして、盗賊団の根城とされる洞窟の位置も、里長は把握しており、あとで地図を描いて渡すと約束した。
「……これで、連中の居場所もわかった。明日の朝、出発しよう、ロウ。盗賊退治など、すぐに終わるはずだ」
シャングリアが嬉しそうに言う。
いつの間にか、一郎たちの性行為を目の当たりにして動揺していた様子は消え、女騎士らしい毅然とした表情に戻っていた。
だが──。
ふたつの奇妙な事件……。
盗賊たちとは関係ないのだろうか……?
一郎の胸には。拭えぬ不安がぼんやりと広がっていた。
「洞窟だ」
シャングリアが小声で告げた。
一郎は茂みに身を潜め、頷く。
ジーロップ山の斜面に口を開けたその洞窟は、黒々とした影を吐き出していた。
岩肌は湿り、入口の周囲に生えた草木は色を失って萎れている。岩壁を伝う水滴がぬめった筋をつくり、時折、ぽたりと落ちる。その音は一定ではなく、不規則に途切れて耳に残った。
ジーロップ山の麓の里を朝に出立した一郎たちは、まずは馬車でゆっくりと山道を進んだ。
道中で盗賊に襲わせ、返り討ちにしてそのまま巣に乗り込むのが当初の策だったのだ。
しかし、いくら待っても盗賊の影は現れなかった。
そこで、次策として、馬車を途中に残し、地図を頼りに直接洞窟へ向かうことにしたのだ。
里長が描いた地図どおりに進めば迷うことはなく、また、警戒の痕跡もなく、こうして洞窟の前にまで容易に辿り着けた。
いまは草むらに身を隠し、入口を窺っているところだ。
洞口には賊徒がひとり……。武器を膝に置いて座り込んでいた。
見張りに違いないが、背は丸まり、顔色は土気色で唇は乾いている。
生気を欠き、戦える状態には見えなかった。
「よし、行くぞ、ロウ……」
シャングリアが剣を抜き、飛び出そうとした瞬間、一郎は片腕を横に伸ばして制した。
「待て。……様子が不自然だ」
一郎は静かに告げ、魔眼を開いた。
距離はあるが、男の状態を識別するには足りる。
“……
人間族、男
年齢25歳
ジョブ
盗賊(レベル1)
生命力:30
直接攻撃力:65(剣)
状態
オーヌによる支配
……”
オーヌによる支配……?
なんのことだ……? 人の名前か……?
「……ロウ様、確信はありませんが、あの洞窟からは魔力以外の流れを感じます。もしかしたら、瘴気かもしれません」
エリカが小声で囁いた。さらに小さな声で、「クグルスに確かめてもらうべきかも……」とささやいてきた。
魔妖精のことは、シャングリアに喋るわけにはいかない。
だから、声をひそめたのだ。
「瘴気か……」
一郎は思わず声にした。
だが確かに、洞窟からはおかしな気配が漂っている。
もし瘴気ならば、すでに洞窟はダンジョン化している。
ダンジョン──瘴気が滞って異常な濃度となり、やがて魔瘴石を核に瘴気溜まりを生じた場所。
そこから異界の魔獣が侵入してくる危険がある。
エリカは高い能力の魔道遣いだ。
瘴気のような邪悪な気を感じ取れる。
ただ実際には、彼女が正確に感知できるのは魔力だけだ。
魔力とは異質なものを、漠然と肌で感じているにすぎない。
本当ならクグルスを呼び出して確かめたいが、シャングリアの前ではできない。彼女のいない場を作らなければならない。
「……オーヌというものに、心当たりはあるか?」
一郎は小声で尋ねた。
「オーヌ……? さあ……」
エリカは首を傾げる。
やはりわからないようだ。
一郎の胸には強い不安が広がった。
「ここまで来て、なにをぐずぐずしておる、ロウ──。盗賊団はあの中だ。一気に踏み込めば、逃げ場はない。袋のネズミよ。共に一網打尽にしよう」
シャングリアが焦れたように言った。
「いや、やめておけ、シャングリア……。あの洞窟はダンジョン化しているかもしれん。家畜を襲ったという事件も、この中から抜け出した魔獣の仕業と考えるのが自然だ。一度里に戻り、出直すべきだ──」
一郎は決断を口にした。
夕べは現れなかったが、それ以前に続いていた家畜襲撃の事件──。
あれは、洞窟から抜け出した魔獣の仕業に違いない。
内部はすでに魔獣の棲み処と化している。
間違いない。
根拠は、麓の里の家畜を襲った奇妙な襲撃痕だ。
ダンジョン化したこの洞窟から、なにかの魔獣が抜け出している可能性もある。
シャングリアのいないところで、クグルスを呼び出し、再調査のうえ、突入手段を検討するべきだ。
「やめるだと? ふ、ふざけるなロウ。この期に及んで臆するのか──」
シャングリアが囁き声ながらも憤慨した。
「臆するさ……。もし本当にダンジョンなら、俺たちの手に余る。最悪、クエストの中止も考えねばならん」
一郎が言うと、シャングリアは盛大に舌打ちした。
「わかった……。やはり所詮は冒険者か……。あてにならんな……」
彼女の顔に、焦燥と失望が滲んでいた。
そのまま立ち上がると、剣を握りしめる。
「お前たちはここにいろ。盗賊退治は、わたしひとりで十分だ」
「うわっ、ばか──」
一郎は叫んだ。
だが、止める間もなかった。
シャングリアは草むらを飛び出し、洞窟の入口へ駆け出していた。
見張りの盗賊が彼女に気づき、慌てて洞窟の奥へ逃げ込む。
その背を追って、シャングリアの姿も闇に消えた。
「あいつ……」
エリカが息を呑んだ。
「ご主人様、どうします……か」
コゼが振り返る。
一郎は躊躇した。
だが、あの洞窟の中には、家畜を骨と皮にした魔獣がいるのかもしれない……。
放っておけば、シャングリアは確実に命を落とす可能性も……。
「……仕方ない。追うぞ。そして、連れ戻す」
一郎は立ち上がった。
「コゼ、先頭だ。不審な気配があればすぐ知らせろ。俺は魔眼で周囲を探る。エリカは後ろにつけ。罠の可能性もある」
指示を飛ばしながら、一郎は短く息を吐いた。
迷いはない。
決めた以上、やるしかない。
「シャングリアが引き返すのを拒むなら、魔道でもなんでも使え。大人しくさせてでも連れ戻す」
「わかりました、ロウ様」
エリカが細剣を構え、コゼも短剣を抜いた。
一郎は燭台を掲げる。
魔道の火が揺れ、橙色の光が三人の顔を照らした。
口を開けた洞窟は、彼らを呑み込もうとする黒い顎のように見えた。