【改訂版】異世界で淫魔師ハレム【コミカライズ作品】 作:ドン・ドナシアン
「……どこの誰かわからない旦那様……助かりたければ、話を合わせてください……。さもないと、あなたも、あの連れの女の方々も死ぬだけでございます……。なぜマーリン様の名を知っているのかわかりませんが、あの方は強力な魔道遣いでございます。ゴーストとなったいまでも、一瞬であなた方を殺せます……たとえ、すっかり狂っているとしても……」
人間の少女のような姿をした屋敷妖精のシルキーが、囁くように言った。
「えっ?」
一郎は思わず問い返す。だが、シルキーは「静かに」という合図を音で示した。
すると、長椅子に縛りつけられていた拘束がふっと消える。屋敷妖精のシルキーが魔道を解除したのだ。
「……マーリン様を支配する主人を演じてください。あなたをピエールご主人様と思っているあいだは大人しいです。でも、そうでないと気づいた瞬間に、あなたたちは殺されます」
再びシルキーが早口で告げた。
一郎はとっさに従うしかないと判断する。なにより、エリカとコゼが危険な状態だ。あの媚香は強烈すぎる。
一郎はふたりのステータスを確認した。
エリカ
エルフ族、女
冒険者
年齢:18歳
ジョブ
戦士(レベル20)
魔道遣い(レベル10)
生命力:5↓
攻撃力:1(拘束状態)
魔道力:100
経験人数:男1、女3
淫乱レベル:S
快感値:2/100↓
状態
一郎の性奴隷
淫魔師の恩恵
媚香(毒)による泥酔
コゼ
人間族、女
冒険者
年齢:20歳
ジョブ
アサシン(レベル18)
戦士(レベル20)
シーフ(レベル18)
生命力:5↓
攻撃力:1(拘束状態)
経験人数:男26
淫乱レベル:B
快感値:3/300↓
状態
一郎の性奴隷
淫魔師の恩恵
媚香(毒)による泥酔
やはり、あの煙は危険なものだったか……。
媚薬の煙とゴーストは称しているが、効果が強烈すぎて毒と変わらないのだ。
これ以上吸えば、頭の線が断ち切られ、二度と戻れなくなるかもしれない。死ぬ可能性も……。
すでに生命力が大幅に削られていることが、その証拠だった。
ふたりとも口から泡を吹き、鼻水も涙も垂れ流す凄惨な有様だ。
「マーリン、女たちへの責めをやめよ」
一郎は声を張った。
女ゴーストのマーリンが険しい顔で睨みつけてくる。穏やかだった表情は一変し、眼は血走り、栗毛の髪は逆立ち、怒りと憎しみが露わになっていた。
「な、なんで……そんなことを言うの、ピエール……? お前は誰……? ピエールが女奴隷の調教を邪魔するはずがない……。お前はピエールではないのか……? もしかして……そうなのか……?」
マーリンは呟き始め、やがて声を大きくしていく。
「……旦那様……。いけません……マーリン様が違和感を覚え始めています……」
横のシルキーが小声で告げた。
一郎は緊張で唾を飲み込む。
「やめろといったらやめよ。なんという生ぬるい調教だ。このままでは発狂するぞ。いきなり狂わせてしまうような緩い調教など無意味だ」
一郎はあえて怒気を含ませて言い放った。
同時に、淫魔術でエリカとコゼを癒そうと試みる。
しかし、媚薬の影響は強すぎ、遠隔操作では効かない。ならば、直接精を注げば……。
「ごめんなさい、ピエール……。わたしの調教は生ぬるかったのね……。狂わせてはならない……そうね、その通りだわ……」
マーリンの態度は急に従順に変わり、次の瞬間には媚香の煙が霧散した。
しかし、エリカとコゼの意識はほとんど戻らない。
一郎がピエールと名乗り、支配的に振る舞うかぎり、マーリンは安定する──。だが逆に、違和感を抱かせれば即座に殺されるのだろう。
魔眼でステータスを読めないゴーストだが、その凄まじい力は確かに感じられる。
とにかく、まずはマーリンを支配下に置かなければ……。
「……それより、久しぶりに帰ってきた俺を迎える挨拶はどうした、マーリン。調教を受けるべきなのは俺の女奴隷ではなく──お前ではないのか?」
一郎は尊大な口調で言い放った。
「おおおおっ」
マーリンが喜悦に満ちた雄叫びをあげる。
「……その調子ですよ……上手ですね、旦那様……。地下に調教室があります……。とりあえず、マーリン様を下に行かせてください……。あの女たちには申し訳ないですが、マーリン様に女たちの躾を命じれば、マーリン様はふたりを連れて地下へ向かうはずです……。そのあいだに、旦那様には事情を説明します……」
屋敷妖精のシルキーが小声で囁いた。
そのとき、マーリンがすっと一郎へ近づいてくる。
一郎は反射的に片足を前へと踏み出した。無意識の仕草だったが、マーリンは歓喜の声をもらし、その足の前にひれ伏した。
次いで、顔を一郎の足に押しつけ、接吻するように口づけを繰り返す。
もちろん、ゴーストであるマーリンの唇は実際には触れてこない。
ただ、彼女は一心不乱に、見えぬ感触を確かめるかのように足に口づけを続けていた。
やがて伏したまま顔を上げ、一郎を見つめる。
「……妻であり、卑しい奴隷のマーリンでございます。お帰りなさいませ、あなた……。どうか、旦那様への挨拶を怠ったわたしに罰をお与えください……」
その表情はすっかり被虐の悦びに酔いしれていた。
完全に、ピエールという夫に躾けられたマゾ女の貌だった。
一郎にできることは、ただその夫を演じきることだけだ。
「罰か……そうだな……。では、俺はいまからあの女奴隷を犯す。お前の罰は、それを片時も目を逸らさず見続けることだ。お前の愛する夫が、ほかの女に精を注ぐ姿を目に焼きつけよ。そして見ながら自慰をするのだ。それがお前への罰だ」
一郎は尊大に言い放ち、立ちあがった。
「おお──。この妻であるマーリンの前で、ほかの女を抱くと……? そして、見続けながら自慰せよと……。なんという残酷な仕打ち……なんという鬼畜な命令でしょう……。おおっ……おおおおっ……」
マーリンが感極まった声をあげる。
響きは悲しみに満ちているようで、実際は嘆き悲しむ自分の姿に酔っているようだった。
一郎は宙に浮かされているエリカとコゼのもとへ歩み寄る。
ゴーストのマーリンが後ろにぴたりとついてきた。
「マーリン、ふたりをおろせ。そして、ここでじっと見ていろ」
エリカとコゼの身体が床に落ちた。
しかし、ふたりは痙攣するように震えるだけで、ほかの反応はない。
一郎はまずエリカの背後に回り、スカートと下着を下ろした。
股間は、まるで尿を洩らしたかのように愛液で濡れそぼっている。仰向けにしたエリカの両腿を抱え、ズボンから怒張を取り出すと、一気に膣へと突き入れた。
「んふうううっ」
失神していたはずのエリカが身体をのけ反らせる。
一郎はすぐさま精を注いだ。
淫魔術は精を注ぐことで女の身体と心を支配する。すでに隷属している女であっても同様だ。
マーリンの媚香で狂わされていたエリカの肉体を、精の力で元の状態へと戻していく。
「んふっ……んふうっ……ふうっ……」
エリカの呼吸が荒くなっていく。
一郎は律動を始めた。
すぐそばでは、ゴーストのマーリンが食い入るように見ている。不自然な態度を見せれば、この狂気の女が怒りを爆発させかねない。
一郎は途中でもう一度精を放ち、そのまま腰を突き続けた。
やがてエリカの生命力が急速に快復していく。
「あはあああっ──」
エリカが絶叫し、震えながら果てた。
肉体が回復したことで、ようやく快感を受け止められるようになったのだ。
一郎は子宮を叩き続けながらエリカに覆い被さり、耳へ舌を這わせるように近づける。
「……エリカ、コゼとともに耐えろ。俺はピエールという夫を演じる。話を合わせろ……。あのゴーストには抵抗はするな……。下手をすれば全員死ぬ……」
一郎はかすかに呟く。すると、エリカが目を見開く。
理解はしているようだが、表情には不審と驚きが浮かんでいる。
まあいい。とりあえず伝わったはずだ。
「そら、精を放つぞ。マーリン、見ているか? 俺が、お前の目の前でほかの女を抱くのを」
一郎は叫びながら横を見た。
「おおおっ、見ております、ピエール……。あなたの残酷な命令を、このマーリンは忠実に実行しております……。わたしは、あなたがほかの女を犯すのを見ながら自慰しております……」
女ゴーストは股間をまさぐり続けている。
ただ、一郎の淫魔術をもってしても、ゴーストの身体には性感の赤いもやは見えない。
「ああ、いく……いく……いきます──いぐううっ」
エリカが絶頂に震えた。
エリカ
……
生命力:45↑
快感値:0/100
状態
一郎の性奴隷
淫魔師の恩恵
とりあえず、もう大丈夫だ──。
さっきまで表示されていた“媚香(毒)による泥酔”の文字も消えている。
一郎はほっと息をつきつつ、精の力でゴーストを支配できないかと考えた。
実体のない存在を愛撫することは不可能だが、精を浴びせれば支配できるかもしれない……。やってみる価値はある。
「口を開け、マーリン。口を開くのだ」
一郎が命じると、陶酔して跪いていた女ゴーストがはっと目を見開き、口を開いた。
「は、はい」
一郎はエリカの膣から怒張を抜き、その口へ向けて精を吐き出した。
「ほおおお──」
マーリンは興奮の声を上げる。
だが、精は半透明の顔を突き抜け、そのまま床へと落ちた。支配の手応えはない。
「ほおおお……ピエール……ありがとうございます……」
マーリンは全身を痙攣させ、昇天したかのように震えている。
だが、やはり、精液は実態のないゴーストを突き抜けただけで、支配が及んだ感覚はない。
やはり、別の手を探すしかないか……。
「もうひとりだ。同じように見ていろ」
一郎はコゼに向かった。
意識を取り戻したエリカが暴れないか心配だったが、荒い息をしながらも床に伏している。指示は伝わったらしい。
一方で、コゼはまだ虫の息だ。
股間は水を浴びたように濡れている。下半身を裸にした一郎は、ふと悪戯心に駆られ、コゼをうつ伏せにして尻の割れ目を開いた。
怒張の先端を菊門へあて、油剤を浮かせて押し入れる。
「おお……そんなところまで……」
横でマーリンが声をあげた。
調教済みの肛門は容易く一郎の怒張を呑み込む。
一郎はまず精を注ぎ、回復を念じる。コゼの生命力がみるみる快復していくのを感じた。
律動を始め、二度目の精を注ぐ。
「んああっ……ああっ……はあああっ」
コゼが意識を取り戻し、乳房を掴んで上体を反らせる。
「んふううっ」
体勢の変化で肛門の粘膜が擦れ、コゼは震えた。
一郎はエリカと同じように、状況を耳打ちする。
コゼは顔を振り返り、強く二度頷いた。
あとはただ犯すだけだ。
一郎は乳房を揉みしだきながら、尻を突き上げる。
「ほおおっ……はあっ……はああっ」
コゼが嬌声をあげ、やがて絶頂に達する。
さらに律動を続け、二度目、三度目の絶頂へと導いた。
「ほわあああっ、ご主人様──」
感極まって絶叫するコゼに、一郎は最後の精を注いだ。
生命力が完全に快復したことを確認し、肉棒を引き抜く。滴を払ってズボンに収めた。
「マーリン、地下へ行け。このふたりを躾けろ。決して傷つけるな、殺すな、発狂させるな。後で見に行く。それまで躾を続けよ」
一郎は荒い息をつきながら命じた。
「は、はい……。あなたの期待に応えられるよう頑張ります……。この女奴隷たちを、あなたに褒めてもらえるように躾けてみせます……」
マーリンは両手を拡げた。
次の瞬間、彼女とともにエリカ、コゼの姿が掻き消えた。
移動術……。
つまり、マーリンは少なくとも魔道遣いとして、〈レベル25〉以上の力を持っている。
おそらく、それを遙かに凌ぐ強大な魔道師に違いない。
一郎たちを瞬殺するのに十分なくらいの……。
そのとき、部屋に小さな拍手が響いた。
一郎が視線を向けると、少女の姿をしたシルキーが手を叩いていた。
「素晴らしいです、旦那様……。本当に素晴らしい……。あんなに見事にピエール旦那様を演じられるとは思いませんでした……。まるで、本当にピエール様が甦ったかのようでございました……」
「……マーリンというゴーストの旦那さんが、ピエールさん?」
「その通りでございます。でも、旦那様は、外出先で事故で亡くなってしまわれたのです。それで、マーリン様は狂ってしまわれたのです。それでマーリン様は、死んだいまでも、ゴーストとなって、ピエール旦那様のお帰りを待っておられるのでございます」
「狂ったゴーストということか……」
一郎は嘆息した。
「はい……。わたくしは、つい先ほどまで、女たちはともかく、せめて旦那様だけでも逃がせないかと考えていました。でも、それはもうやめます。どうか、お願いです。可哀想なマーリン様を助けていただけませんか。それが、地下に連れて行かれた女たちを含め、皆が助かる唯一の方法なのです」
屋敷妖精のシルキーは真剣な顔で言った。
「唯一の方法? ……つまり、成功しなければ全員死ぬ、ということか」
一郎が眉をひそめる。
「おそらく……。旦那様は冒険者の方でしょう? これまでも、この幽霊屋敷を解放するために何人も冒険者が来ました。その中で逃げおおせた者もいましたが、多くはマーリン様に殺されてしまったのです」
マーリンが姿を消すと同時に、シルキーは口を開いていた。
シルキー
屋敷妖精、女
支配者
マーリン(ゴースト)
改めてステータスを確認する。
眼の前に立つ童女のような存在が、確かに屋敷妖精と呼ばれるものなのだろう。
支配者の欄に「マーリン」とある以上、シルキーはこの屋敷の主であるマーリンに従属しているに違いない。
……ミランダめ。
一郎は内心で舌打ちした。
これが斡旋屋が紹介した住まいであるはずがない。
おそらく冒険者ギルドで渡されたメモは、最初から間違っていたのだ。
「俺は冒険者には違いないが、この屋敷にはクエストで来たわけじゃないんだ」
一郎はそう答えた。
「まあ……。ですが、冒険者であることに変わりはないのですね。どうかお願いです。マーリン様の魂をお救いください。奥様は、旦那様であるピエール様の死を受け入れられず、あのようにゴーストとなって屋敷に縛られているのです。どうか、その魂を解き放ってください」
シルキーの声は切実だった。
一郎は深く息を吐いた。厄介なことに巻き込まれた。
「……それより、エリカとコゼは、大丈夫なのか?」
一郎が訊ねる。
シルキーによれば、屋敷には地下の調教部屋があり、ふたりはそこへ連れ込まれたという。
「おそらくは……。あなた様があれほど念を押しましたから、酷いことにはならないでしょう。ただ、マーリン様は、あのふたりをピエール旦那様の女奴隷と思い込んでおります。ですから、いまも調教をしているのです……。調教とは……」
「いや、いい。調教がどういうものかはわかっている。俺にもその趣味はある」
「おお、そうでございました。あんなに堂々とした“ご主人様”ぶりは久しぶりに見ました。マーリン様も、まるでピエール旦那様が戻られたかのように興奮なさっておられました」
シルキーが嬉しげに声を弾ませる。
「しかし、そのピエールという男は死んだ。そして、マーリンもまた死んでいる。ふたりが生きていた頃、マーリンは夫であるピエールから被虐の調教を受けていた……つまり“遊び”として、そういう関係だったわけだな?」
「ええ……それがおふたりの趣味であり、幸せだったのです」
シルキーがため息をついた。
「さっきみたいに女奴隷や娼婦を連れ込んで、マーリンに調教させることもあったのか?」
一郎が問うと、シルキーは小さく頷いた。
「はい、そんな“遊び”もなさっておられました」
「じゃあ──マーリンに調教させておいて、途中で攻守を逆転させる……。つまり、責めさせていた女奴隷に、今度はマーリンを責めさせるとか、そういうこともやったのか?」
それは一郎自身なら思いつく発想だった。これまで責めていた相手に逆に責められる。これ以上の屈辱はない。
「おお……やはり……あなた様は救いの人かもしれません。本当に何者ですか? マーリン様の名を知っていたことといい……。実は偶然にここへ来られたのではないのでは? ピエール様がお亡くなりになる前、一度だけその“逆転遊び”をなさったことがありました。そのとき、マーリン様は心底興奮なさったのです。なぜ、それをご存じなのです?」
シルキーが目を見開いて驚いた。
「……ただの勘だよ」
一郎は肩を竦めた。
ピエールという男がどんな人間かは知らない。
ただ、性癖については自分と似たものがあったのかもしれない。
もしその“遊び”の記憶がゴーストのマーリンに残っているのなら、エリカとコゼを即座に殺すことはないはずだ。
だが、さっきの媚香責めのように度を越す危険もある。
絶対の安全はない。
……それにしても、この屋敷妖精は、夫婦の赤裸々な痴態まで知っているらしい。
「とりあえず、事故で死んだピエールさんと、ゴーストになったマーリンさんのことを詳しく説明してくれ」
一郎が説明を求めると、シルキーが語り始めた。
マーリンはある地方領主の娘で、将来を嘱望された天才的な女魔道遣いだったそうだ。
それ対してピエールは、彼女の父に仕える執事の子であり、身分違いゆえ、本来なら結ばれるはずのないふたりだったが、恋に落ちたのだ。
しかも、人間であり庶民の身分にすぎないピエールが、主家の娘であるマーリンを性的に調教するというかたちで──。
いずれにしても、許されるはずのない恋だった。
だから、ふたりは駆け落ちした。
各々の実家からは当然のように絶縁され、紆余曲折の末にたどり着いたのが、この屋敷らしい。
屋敷はふたりが築いたもので、シルキーはマーリンの魔道に引き寄せられて仕えるようになった屋敷妖精だという。
屋敷妖精は、魔妖精クグルスのような魔族とは異なる。
この世界では知られた妖精で、主人に仕え、屋敷の掃除や手入れを行う召し使いのような存在らしい。
とはいえ、どの屋敷にもいるわけではなく、珍しいことに変わりはない。
それはともかく、この屋敷でふたりは、嗜虐と被虐という屈折した愛を日々交わした。
その生活は十年以上続いたが、ある日、突然に終わりを迎える。
ピエールが不慮の馬車事故で死んだのだ。
だが、嘆き悲しんだマーリンは、それを受け入れなかった。
戻らぬ夫を待ち、待ち続け、待ち果てて、ついには衰弱して死に至ったのである。
シルキーによれば、息を引き取るころには、あまりの哀しみで心はすっかり狂っていたという。
だが、死んでもなお魂は救われず、この世から離れることを拒んだ彼女は、屋敷に留まりゴーストとなった。
しかも記憶は歪み、馬車で出かけたピエールをいまも待ち続けているのだ。
いずれにせよ、それはもう百年近くも前の出来事らしい。
そのあいだ、この屋敷に留まり続けた狂気のマーリンのゴーストとともに、屋敷を維持してきたのは屋敷妖精シルキーの役目だった。
そしてこれまでにも、この屋敷に巣くう怪異を討とうと、何度か冒険者が訪れたことがあったらしい。
だが、いずれもマーリンの凄まじい魔力の前に、殺されるか、追い払われるかして終わったのだ。
「……なるほどな。だが、彼女の魂を救うといっても、どうすればいい? 俺は神官でもなんでもない。ただの冒険者だぞ」
一郎がそう言うと、シルキーは小さく首を振った。
「神官などでは救えません。マーリン様が望んでおられるのは、ただひとつ──ピエール様にもう一度愛されることなのです。このままピエール様として最後まで彼女を満たして差し上げてください。それが叶えば、魂は満足し、この屋敷を離れられるはずです」
「最後まで愛する?」
「マーリン様を犯してあげてください。そして快楽の極みに導いてください。ピエール様はいつも、“遊び”の最後に、必ずマーリン様を優しく抱いておられました。それさえあれば、魂は浄化されると思うのです」
シルキーは真顔で言い切った。
「簡単に言うなよ。相手はゴーストだぞ。実体のない相手を、どうやって犯せというんだ」
一郎は声をあげる。
「だめ……でしょうか?」
シルキーの声音がかすかに沈んだ。
「駄目とかじゃない。そもそも触れられないんだ。犯しようがないだろう」
「ですが、さっきは……とてもいい感じでした。あのまま続けていれば、マーリン様は果てていたかもしれません。あんなに興奮なさった姿を見るのは、わたくしも久しぶりで……本当に嬉しかったのです」
「だがなあ……」
一郎は困惑して言葉を切った。
つまり、触れることなく、絶頂を与えろというのか。そんなことが可能なのか……。
だが、そのときふと思いついた。
「なあ、シルキー ──。ピエールさんがマーリンさんを調教するときに使っていた淫具があるはずだ。それは残っていないか?」
一郎は訊ねた。
調教に淫具は付き物だ。
直接抱かずとも、ピエールが使った淫具で犯す真似をすれば、マーリンは歓びの記憶を呼び覚まし、実際の快楽と錯覚するかもしれない。
つまり、心に刻まれた絶頂の記憶を呼び起こすのだ。
だが、シルキーは小さく首を振った。
「……申し訳ございません。わたくしは、この屋敷の隅から隅までを掃除し、庭を手入れして参りましたが……ピエール様がそうしたものを残しておられる場所は存じません」
一郎は落胆した。
「ただ……」
シルキーが言葉を継いだ。
「ただ? なんだ?」
「……中庭に、霊廟がございます。わたくしも、マーリン様も決して立ち入ってはならないと、ピエール様から厳命されていた場所です。小さな部屋になっておりますが……もしかすれば、そこに何かがあるのかもしれません。マーリン様も決して入りません。ピエール様の命令だからです。しかも、その命は生前に解かれることなく残されました」
「……わかった。その場所を教えてくれ。すぐに行ってみる」
一郎は静かに立ちあがった。