しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
オシリス文庫にて書籍化しております。そちらではイラストと書き下ろしもお楽しみいただけます。
冒険者パーティ〈
高貴な家の出身でありながら類稀なる剣技の才能を発揮し、生来の勇敢さによって〈姫騎士〉の異名を取るパーティーリーダー、シエラ。剛毅なる槍の使い手にして強靭な獣人であるネルヴァ。慈愛に溢れ、女神への深い祈りを携えた神官ファナ。若々しい風貌ながらも絶大な魔力を宿す魔術師パテマ。
将来を嘱望された彼女たちはその期待に応えるように、連日のように華々しい戦果を挙げてきた。そして、そんな完全無欠の冒険者たちは――。
「おい、分かってんのか? テメェら、自分で何をしたか分かって謝ってんのか? ああ?」
「ひぐっ、ぐすっ」
「……っ」
「うぅ、ごめんなさい。ごめんなさい」
「ひぃっ」
――横一列に座らされ、凶悪な顔面の大男に激詰されていた。
シエラは美しい金髪まで涙で汚し、きっちりと揃えた両膝に手を乗せて嗚咽を漏らしている。
ネルヴァは反抗的な目つきこそしているものの、腰から伸びる尻尾は小さく丸まり、頭の上のケモノ耳もぺたんと伏せてしまっている。
ファナは土下座の勢いで体を倒し、神官服の下から主張する豊かな双丘を痛々しいほどに潰しているし、パテマも涙目になって怯えきっている。
勇敢さで知られ、不屈の精神で多くの艱難辛苦を乗り越えてきた〈極光の剣〉のメンバーは、全員が全員、完膚無きまでに心を折られていた。
「馬鹿の一つ覚えみたいに謝ってんじゃねぇ。何が悪かったのか言えと言ってるんだ」
「うぅぅ」
彼女たちの正面に立ち雄々しく睥睨しているのは、熊のような巨漢だ。全身を使い込まれた革の鎧で包み、手足や急所には金属製の防具も取り付けている。何よりその威圧を発揮しているのは、背中に背負った巨大な戦斧――ではなく、鬼のように凶悪なその顔面であった。
「おい」
「ひっ」
彼が低くくぐもった声を発するだけで、シエラたちは電流を流されたようにびくんと肩を跳ね上げる。
ここがひとけの少ない森の中であることが、不幸中の幸いだった。平時の自信に満ち溢れ輝きさえ帯びているような〈極光の剣〉が無様に泣き顔を晒しているのは、彼女たちとて見られたくはない。
「言ってみろよ、ほら」
鬼面の男――バルクが急かす。これ以上彼の機嫌を損ねたら、今度こそその凶拳が振るわれるかもしれない。そんな恐怖に苛まれ、シエラは震える口で必死に言葉を繋げた。
「あ、わ、わたし……私が……悪いんです」
「責任の所在は聞いてねぇんだよ」
しかし、仲間を庇うための言葉は無慈悲に一蹴される。バルクはそんなものを望んでいなかったのだ。シエラは全身から血の気が引くのを自覚する。人形のようだと褒められた美しい顔が恐怖に歪む。ぎゅっと拳を握り締め、なんとか口を動かす。
「ば、バルク様の言うことを……き、聞きませんでした」
「……それで?」
なんとか首の皮一枚繋がった。しかし、まだここからだ。
シエラは必須に思考を巡らせながら、男の怒りを刺激しないよう細心の注意を払って言葉を選ぶ。
「た、立ち入るなと言われたところへ、立ち入ってしまいました。私が行きたいと言ったんです! み、みんなは悪く――」
「誰が悪いとか聞いてるんじゃないって言ったよな?」
「ひっ!? す、すみませんっ!」
地の底から響くような低い声に、シエラは震え上がる。そこに〈姫騎士〉の凛々しい姿などは微塵も残っていなかった。頭の中を支配するのは圧倒的な恐怖。そして、破裂しそうな膀胱を抑えるためのわずかな理性。ただそれだけ。
「誰が言い出したとかは問題じゃねぇ。お前ら全員、一蓮托生のパーティなんだ。言い出した奴も止められなかった奴も全員悪い。――あの洞窟には入るなって、俺は四人ともにしっかり伝えたはずだ」
「す、すみませんでした……」
事の発端は、彼女たちが駆け出しの殻を破るために中堅の壁とも呼ばれる“トラガの森”のペインサーペントの討伐を計画したことにある。
地方都市トリタンから馬で三日ほどの位置にあるこの森には凶悪な魔獣も生息している上に見通しが悪く動きにくい環境が揃っている。特にこの森の生態系において頂点に君臨するペインサーペントの討伐には、運や勢いだけではなし得ない確かな実力が必要不可欠と言われていた。
しかし、当初から持て囃されていた〈極光の剣〉の面々は、自分たちなら問題なくペインサーペントを打ち倒せると疑わなかった。そこで意気揚々と討伐依頼を受注しようとしたところ、思わぬ横槍が入ったのだ。
それが、目の前で怒り狂っている中堅冒険者のバルクであった。
「ペインサーペントの討伐は、トラガの森の歩き方に慣れてからじゃないと難しい。散々説明したはずだな」
気迫に満ちた言葉にシエラたちは粛々と頷く他ない。それ以外の行動、特に少しでも反意を見せようものなら、瞬間首をへし折られそうだった。
トリタンの冒険者ギルドで依頼を受注しようとした時、ギルドの受付嬢は彼女たちの実績を見て難色を示した。その時点でトラガの森に立ち入った経験がない、というのが主な理由だった。しかし、シエラは自分たちの実力を疑わず、ぜひにと進言。
その時、横からバルクが現れたのだ。
「トラガでの戦い方を俺が教える。最低でも三日間慣れるまでは洞窟には入らない。俺の言葉には従う」
「はひ」
バルクが太い指を一本ずつ立てながら並べたのは、〈極光の剣〉がトラガの森に入るに際してギルド側が課した条件だった。
中堅の壁であるトラガの森は危険である。ゆえに中堅冒険者として十分な実力と経験を持つバルクが、教官役として引率することになったのだ。しかし、自信に満ち溢れていたシエラたちは不機嫌そうな熊男にいちいち学ぶことなどないとたかを括っていた。そもそもバルクの経歴を見てみれば、ここ数年目立った活躍もない。そんな男の言うことなど、素直に聞けるはずもなかった。
そんなことで、シエラたちは勇み足となった。トラガの森は確かに足元が悪く視界も木々の枝葉で遮られるが、それでも一日で慣れたつもりだった。そのため、バルクが目を離した隙に四人で禁じられた洞窟――ペインサーペントの棲家へと突撃を敢行したのだ。
「そのうちのどれか一つでも守ったか? ああ? こんなことも守れねぇのに、新進気鋭なんてよく言えたもんだなぁ?」
「ごめんなさい……」
結果はどうだ。
シエラたち〈極光の剣〉はペイルサーペントにさえ辿り着けなかった。深く入り組んだ洞窟は迷宮のようで、そこには凶悪な魔獣が無数に棲みついていた。彼女たちはそれに追われるうちに体力を消耗し、もはやここまでかと諦めかけていたその時、憤怒の表情を浮かべたバルクによって助け出されたのだ。
ケイブバットの群れを匂い袋で遠ざけ、足を挫いたネルヴァを担ぎ、シエラたちを叱咤しながら立ち上がらせた。彼が洞窟を進みながら落としていた光石のマーカーがなければ、彼女たちは外に出ることすらできなかったはずだ。
そうして九死に一生を得た〈極光の剣〉の面々だったが、安堵する暇はない。約束を違え、勝手に洞窟へ入って死にかけた彼女たちを待っていたのは、激怒したバルクだった。
悪魔のような顔面で、決して捲し立てることなく静かに怒る。だからこそその恐怖は彼女たちを心底震え上がらせた。自分たちが井の中の蛙であったことを、伸びた鼻っ柱を粉々に粉砕された痛みとともに強く心に刻みつけられた。
「今日はテントに戻れ。そこから出ることは許さん」
「ひっ」
一通りの説教が終わったのち、バルクは唸るように言った。そこに一言でも反論しようものなら、今度は物理的に出られないような体にされるのではないか。そんな恐怖が真実味を帯びてくる。
シエラ以下、完璧に自信と自尊心を折られた少女たちは、コクコクと必死に頷く。そして鬱血して感覚のなくなった足でヨタヨタとテントへと戻っていく。その背中に、バルクが声をかけた。
「おい、ネルヴァ」
「っ! なんだ……なんですか?」
名を呼ばれた獣人族の槍使い、ネルヴァは明らかに怯えて振り返る。〈極光の剣〉の中でも最年長で、ファナほどではないが豊かな胸を持つ美女だ。褐色の肌も艶めかしく、彼女にナンパを吹っかける男も枚挙にいとまがない。
そんな美女に、バルクは舐め回すような視線を向ける。湿度すら感じるような不穏な目に、〈極光の剣〉の面々が嫌な予感を脳裏に過らせた時だった。
「後で俺のテントに来い」
「ッ!」
その言葉が何を意味するのか。それが理解できないほど彼女たちも初心ではない。元々が男にも負けない荒々しい性格であるネルヴァは思わず声を荒げそうになったが、状況を思い出す。ぎり、と奥歯を噛み締め、仲間たちを見る。
「ネルヴァ……!」
リーダーのシエラが、瞳を潤ませて微かに首を横に振っていた。しかし、ネルヴァは神妙に頷く。ここは、年長者である自分が出るべきであると。
「――わかり、ました」
はらわたが煮えくりかえりそうになりながら、ネルヴァはぎこちなく頷く。それを見て満足げに凶悪な笑みを浮かべるバルク。その姿に、シエラたちは唇を噛み締めて震えを抑えていた。