しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
夜も更け、宴もたけなわとなったキャンプ地はゆったりと弛緩した時間が流れる。バルクは食器を洗うために河原へと向かい、焚き火には〈極光の剣〉の四人が残される。シエラたちも表面上はいつもと変わらない様子を取っていたが、付き合いの長いこともあり、お互いにお互いのぎこちなさを感じていた。
「ねえ、ネルヴァ。――バルクさんと何かあった?」
最初に口を開いたのはシエラだった。前触れのない問いかけに、ネルヴァは分かりやすく耳と尻尾を震わせた。
「な、なんだよ突然。別に、何もないに決まってるだろ」
「そうかなぁ。なんか今日、積極的にお肉を薦めてたきがするけど」
疑念の目を向けるシエラから逃げるように、ネルヴァは顔を逸らす。パーティの年長者で面倒見のいいネルヴァは、食事の際も率先して料理を取り分けることが多い。しかし、これまではバルクにはほとんど話しかけすらしていなかったのだ。それが突然、肉が焼けたそばからバルクに渡すようになれば、違和感も抱く。
「それは、その……。今日も一番動いてたのはアイツだからな。それに精も付けてもらわないと」
「セイ?」
「なんでもない!」
頬を赤らめ小さくつぶやくネルヴァ。聞き取れず首を傾げるシエラに、彼女はぶんぶんと首を振る。そして追及の矛先を逸らそうと反撃を繰り出した。
「そういうシエラだって、随分仲良くなってたじゃないか」
「そ、そんなことは!」
シエラは嘘がつけない性格で表情も分かりやすい。食事中、勉強と称して熱心にバルクに話しかけて冒険者の心得を聞いている時も、嬉しそうな顔をしていた。それも、仲間たちの目からは奇異に写った。シエラも当初はバルクに強い警戒心を抱いていたからだ。
「ば、バルクさんが親切な人で、すごい冒険者だって分かったの。だから、リーダーとして色々聞いておかないといけないと思って」
「ふーん?」
俯いて指を絡ませるシエラにネルヴァは疑念の目を向ける。しかし、自分がなぜバルクと楽しげに話すシエラに苛立ちのようなものを覚えているのかは理解できていなかった。そのかわり、彼女はもう一人、バルクとの接し方が如実に変わった仲間にターゲットを変える。
「ファナはどうしたんだ? 今まで近寄ろうともしてなかったのに」
男性に対して恐怖心さえ抱いていたはずのファナである。彼女はバルクの隣に密着するほどの距離で座ったかと思うと、ことあるごとに腕を絡めるようにしていた。あまりにもあからさまな態度の軟化だった。
「うふふっ。私は気付いただけですよ」
しかし、追及を受けたファナは泰然とした態度を崩さない。それどころか、堂々と胸を張ってネルヴァたちに立ち向かう。
「神官の役目は、迷える人を助けること。ですので、バルクさんのことも、私に任せてください」
「任せてって……」
首を傾げたネルヴァだが、直後、鋭い本能が働く。ファナの細い目に浮かぶ妖しい色はそういうことなのか。あの男は、自分だけでは飽き足らず、ファナにも手を出したというのか。
「っ!」
ネルヴァは逡巡する。
今、この場でファナを問い詰めて良いものか。周囲にはシエラもパテマもいる。彼女たちに要らぬ心配を掛けるのは本意ではない。
結局、彼女は追及をやめた。
「だから、ネルヴァももう大丈夫ですからね」
ネルヴァにだけ聞こえる声でそっと囁く。ファナの妖艶な笑みを初めて見た彼女は、ぞくりと背中を震わせた。
「……なんか妙じゃのう」
シエラ、ネルヴァ、そしてファナ。仲間たちが立て続けに様子を変えたことに、パテマは疑念を浮かべる。特にネルヴァやファナの異変は顕著だ。嫌悪感すらほとんど隠そうとしていなかった二人が、昨日今日でここまで態度を急変させるとは、何かがあったに違いない。
パテマはバルクの行動を思い返し、そこに怪しいことはなかったかと分析する。
「まさか……」
魔法使いは博学である。自然現象をはじめ、さまざまなことに精通していなければ、魔力を扱いこなすことは難しいからだ。そのため、パテマは考え得る可能性を瞬時に検討していく。
そして、ある懸念へと至った。
「ネルヴァ、ファナ、シエラ。お主ら、バルクに何か飲まされておらぬか?」
異性に情欲を抱かせる、凶悪な代物。媚薬と呼ばれるそれをあの男が使い、彼女たちを籠絡しているのではないか。
〈極光の剣〉の面々は実力もさることながら、美女揃いでも有名だ。パテマは小人族である自分が多種族には子供のようにしか見えないことを理解しているが、他の三人はバルクにとっても魅力的に映る可能性に思い至った。
「何かって……」
「飲まされた……」
シエラとネルヴァは首を捻る。
「うふふ。とっても濃厚なモノを飲みましたよ」
その時、ファナが恍惚とした表情で語る。
「なっ!? 濃厚な
「の、濃厚な……」
「んっ。いや、あれは……」
驚くパテマ。しかし、悪い予想は当たる。ネルヴァとシエラまで、何か思い当たる節があるような反応をしたのだ。シエラは分かりやすく赤面し、ネルヴァは下腹部を抑えている。
パテマは愕然とする。自分が知らないうちに、仲間たちに媚薬が盛られていたのだ。自分だけが見逃されたのは、幼い体型が彼の興味をそそらなかったからだろう。
これは、まずい。あの男に三人が薬漬けにされてしまえば、パーティは破滅だ。パテマは見捨てられ、どこかで野垂れ死ぬことになる。
幸にしてパテマには少しではあるが薬学の心得もある。すぐに解毒薬を作れば、まだ助かる道はあるかもしれない。
「お、お主らは少し安静にしておれ。妾は少し、出かけてくる!」
「ちょっ、パテマ!? もうあたりも暗いし、危ないよ!」
「お主らの方が危ないのじゃ! 良いか、ここで待っておるのじゃぞ!」
慌ただしく立ち上がったパテマは、杖だけを手にして夜の森へと飛び出していく。夜のトラガの森は危険も増え、バルクからことさらに立ち入りを禁じられているはずだった。にも関わらず、制止の言葉も聞かず闇の中へと消えていったパテマに、シエラたちは騒然となる。
「うん? どうしたんだ、随分騒がしいが」
その時、食器を洗い終えたバルクが戻ってくる。彼はシエラたちからパテマが夜の森へ入ったことを聞くと、血相を変えてその後を追いかけた。