しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
バルクは全身に鉛を貼り付けたような倦怠感と肩の鈍い痛みで目を覚ます。周囲が明るい。見渡せば、キャンプ地にいることはすぐ分かった。
「あの後、どうなったんだ……」
疼痛を発する頭を押さえながら首を捻る。意識を失い前の記憶が曖昧だった。覚えているのは、無謀にも夜の森に入ったパテマを追いかけて、凶暴な夜行性の魔獣と戦ったこと。肩の傷はその時に受けた物だろう。しかし、その後のことはほとんど覚えていない。
「うん? ……うわっ!?」
のそりと上体を持ち上げた彼は、自分の体に寄り添うようにして眠る少女の存在に気がついた。長い金髪を広げて、すやすやと寝息を立てている。焚き火は消えかかっており、彼女は鎧も外した軽装のままだ。バルクは目のやり場に困り、自分に掛けられていた毛布を彼女に被せる。
「……とりあえず、顔を洗ってこよう」
昨夜何があったのか、なぜ自分はシエラと共に寝ていたのか。何も分からない。なので男はひとまず別のことに意識を向けた。身体中が泥だらけだ。しかも焚き火の熱で乾いたのか、服に深く染み込んでしまっている。
バルクは軋む体を動かして、のそのそと河原に向かった。
冷たい水で顔を洗えば、強制的に意識も冴えてくる。状況証拠から考えるに、自分は魔獣を撃退したものの、傷を受けて倒れた。シエラたちが助けて、手当もしてくれたのだろう。
肩に巻かれた包帯をそっと撫でて、バルクは胸を熱くする。ここ数日、立て続けに波乱が巻き起こっていたが、〈極光の剣〉の四人ともなんとか信頼関係を築けているのかもしれない。
彼女たちが“中堅の壁”を越えて一流の探索者になるためにも、自分もしっかりと仕事をしなければ。
「む、起きたようじゃな」
バルクが決意を新たにしていると、背後から声がかかる。振り返れば、寝起き顔のパテマがタオルを持って立っていた。
「パテマか。昨日はその、大変だったな」
言いながら、バルクは彼女の体を見る。いつものローブは着ておらず、体のラインが浮かぶ軽い服装だ。ともあれその白い肌に傷が付いた様子はない。少なくとも彼女を守り切ることはできたらしい。それだけが心配だったバルクは、ほっと安堵する。
しかし、バルクの言葉を聞いたパテマは、何かを思い出したようでぽっと頬を赤らめる。
「た、確かにのう。おかげで体がまだ痛いのじゃ」
腰のあたりに手を伸ばすパテマ。その言葉にバルクは驚く。
「なっ、どこか怪我してるのか!?」
「ち、違うわ! ――お主も意地悪じゃの。昨日はあんなに激しくやったというのに」
確かにバルクの霞がかった記憶でも魔獣との戦いはかなり激しいものだった。防具を身に付ける暇もなく飛び出したこともあり、普段よりも危険な戦いだっただろう。もしかしたら、パテマも打撲のような見た目には分かりづらい負傷はしているのかもしれない。
「一応、ファナに診てもらった方がいいんじゃないか?」
「な、何を言っておる! そんな恥ずかしいこと、できるわけなかろう」
「そ、そうか? 仲間だからこそ、そういうのは隠さず見せた方が――」
「お主、そういう趣味じゃったのか?」
自分の体を抱えるようにしてパテマは眉を寄せる。
いくらファナが親しい仲間であるとはいえ、彼女にバルクとの情事を見せるなど。あまりにも倒錯的すぎる。そもそも二人の関係はまだ仲間たちには伏せておきたかった。
とはいえ、己のモノを誇示したいという男の本能に付き合ってやるのも、女としての甲斐性だろうか。
「パテマ?」
「や、やっぱりダメじゃ! そういうのは、もうちょっと慣れてからじゃ」
「そうか。やっぱり、傷が付くのは恥ずかしいんだな」
パテマも老獪な言葉遣いではあるが、年齢はシエラとそう変わらない少女だ。例え同性同士であっても、傷を見られるのは恥ずかしいのだろう。
バルクは乙女心の難解さに唸る。
「き、傷モノにしたのはお主じゃろ。ちゃんと責任は取ってもらうからの」
「分かってる。俺にできることならなんでもするさ」
切羽詰まった状況だったとはいえ、パテマを魔獣から守りきれなかったのは自分の責任である。バルクはそう内省し、悔恨する。彼女の傷が快癒するまで、身の回りの手伝いも引き受けるつもりだった。
「い、一生じゃからな! 覚悟するのじゃ!」
「一生!?」
それはあまりにも長すぎるのでは。打撲なら、長くとも数週間といったところだろうに。一生引きずるような傷なら、それこそファナの神聖術を使った方が――。
そんな言葉をバルクが発するよりも早く、パテマは顔を洗って去っていく。腰を痛めたようなぎこちない歩き方だ。あれはかなり重傷かもしれない。
「……後で一応、ファナには伝えておくか」
本人は診察を嫌がっているようだが、あのままでは森での訓練もままならない。バルクは彼女の意思を尊重しつつも、パーティの神官に注視してもらうように頼むと決めた。
「おい、お前」
「うおっ!? な、なんだネルヴァか」
顔を洗うついでに服にこびりついた泥も落としていると、別の声が飛んできた。バルクが驚いて振り返ると、不機嫌そうに睨みつけるネルヴァが腕を組んで立っていた。
「昨日はネルヴァも助けてくれたんだろ。ありがとう――」
「白々しいこと言いやがって。この外道!」
「ええ……?」
ドスの効いた声で罵倒され、バルクは面食らう。
そんなことを言われるようなことは何もしてないはず――。いや、そうか。彼女はパテマを守りきれなかった自分を責めているのだ。教官役を引き受けたなら、その責務は全うしろと。
「すまない。――俺が不甲斐ないばかりに」
「っ! やっぱりパテマにも手ぇ出してやがったか。あたしがいるってのに!」
「うん?」
何のことだろう。まさかネルヴァは、ものすごい勘違いをしているのではないか。
その時、バルクの冴えた頭脳が働く。
「待て、誤解だ!」
「あぁ?」
「俺が彼女を唆したわけじゃない。俺も分からないうちに、彼女が勝手にやったんだ」
「てめぇ。そんな言い訳が――」
ネルヴァは勘違いしているのだ。パテマが無謀にも夜の森に飛び出したのが、自分が彼女をけしかけたからだと。
しかしそれは違うとバルクは訴える。
「俺だって、夜の森には凶暴な魔獣が出るって警告はしてたんだぞ」
「凶暴な魔獣ね……。ふんっ、確かにずいぶんと凶暴だったな」
ネルヴァは何故か、バルクの下半身をチラチラと見ながら鼻を鳴らす。誤解されてはたまったものではないと必死なバルクはそれに気付かない。
「夜の魔獣の相手をすりゃ、仲間は助けてやるってか?」
「いや、だから。危険だから森に入るなと……」
「ソイツはあたしじゃ勝てねぇって言ってんのか?」
「え? いやいや、ネルヴァもきちんと修練を積めば、ちゃんと倒せるさ」
ただ物事には順序がある。とバルクは懸命に説得する。
「いきなりハードな戦いをしても体がついてこない。だから、少しずつ慣らすのが大事なんだ」
「ふんっ。あたしの時は遠慮なんてなかっただろ」
「俺も余裕がなかったんだ」
あたしの時というのは彼女が洞窟の奥で動けなくなった時のことだろう。とバルクは一人で納得する。たしかにあれはかなりハードな戦いになった。しかし、バルク自身もまさか初っ端から洞窟に入るとは思わず、焦って追いかけたのだ。
「大事なのは経験だからな。ネルヴァもしっかり鍛錬しろ。俺も付き合ってやるから」
「つ、突き合って!? てめぇ、やっぱりあたしの事を」
「ネルヴァだけじゃない。シエラもパテマも、ファナもみんな一緒だ」
「っ! だから、あたしが全部やるって言ってるだろ!」
「えええ……?」
パーティの強さは一人では決まらない。四人全員が強くならなければ、総合的な強さは上がらないのだ。そのことをどう説明したものか、バルクは首を捻る。
「ネルヴァ一人だと負担がでかいだろ。それに、四人の役割も違うからな。それぞれの特徴に合ったやり方を教える必要がある」
「あたしだけでも十分だ!」
「そ、そういうわけにもいかないだろ……」
強情なネルヴァに、バルクはおろおろとするしかない。彼女は年長者としてパーティの殿を自認しているようだが、柱だけが強くても意味はないのだ。
「お、お前がその気なら、いつどこで始めたっていいんだぞ。あたしはいつでも、覚悟はできてるからな」
きっと鋭く睨むネルヴァ。その強い意志にバルクは思わず息を飲む。
常在戦場。つまりはそういうことなのだ。ネルヴァは常に鍛錬を忘れずに過ごすとそう言っている。その意気や良し。バルクは思わず目頭を抑える。
「仲間を思うネルヴァの気持ちはよく分かった。俺もそれに付き合うよ」
「言ったな。これからはあたしだけに集中するんだぞ」
「いや、それは無理だ」
「っ! この外道!」
「えええ……」
あくまでバルクは〈
「あ、あんまり緊張するな。ネルヴァが望めば、俺も応えるつもりだからな」
「自分から誘えってことか……。やっぱりお前は悪趣味だな」
「そ、そうか?」
やはり乙女心は難しい。ネルヴァは悔しそうに唇を噛み締め、肩を揺らして去っていく。取り残されたバルクは、どうしたものかと腕を組むほかなかった。