しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
泥を散らして少女が駆ける。絡まるように枝を伸ばす木々のわずかな隙間を縫って、前を走る鹿に似た魔獣を追いかけていた。その動きぶりは数日前とは見違えるほど洗練されていた。的確にしっかりとした地面を見抜き、泥や木の根に引っかかることもなく、獣に追随するほどの俊足を遺憾無く発揮している。
それどころか、彼女は魔獣を意のままに操るほどの余裕があった。
「ネルヴァ!」
「任せろっ!」
事前に定めていたポイントへと鹿を追い込む。それが開けた空間へと飛び出した直後、茂みの中で息を潜めていた戦士が立ち上がる。始動と同時に突き出された鋭い槍。その穂先が鹿の喉笛を貫く。
鹿は甲高い断末魔を上げてもんどり打つ。放っておいてもとめどなく血が流れ、いつかは倒れるだろう。しかし、狩人たちも無用の苦しみを与えたいわけではない。
「“石礫の針よ、我が敵を鋭く貫け”」
後方から風を切り裂いて円錐状の石が飛ぶ。それは的確に鹿の頭蓋骨に当たり、滑らかに貫いた。頭部に風穴を開けた鹿は今度こそ力を失って倒れる。
ぬかるむ泥に塗れて事切れた小さな獣の周囲に、四人の少女が集まった。
「リトルホーン討伐完了、だな」
「よし! なんとか今日の晩御飯は食べられそうね」
「やっと妾らも森で獣狩りができるようになったのう」
槍を肩に預けて晴々とした顔をするネルヴァ。尻尾を振る彼女を見て、シエラも破顔する。鹿にとどめを刺したパテマは、むしろほっとしたような様子だった。
「三人とも、怪我はしていませんね? シエラは疲労だけ取っておきましょうか」
「ありがとう、ファナ」
ファナが仲間の怪我の有無を確認し、森の中を走り回っていたシエラの疲れを取る。
トラガの森での修行を始めて三日目。〈
「それじゃあ、早く持って帰って血抜きしよう」
「そうだね。臭くなっちゃうと美味しく食べられないし」
ネルヴァが獲物を担ぎ上げる。仕留めたものは、魔獣だろうと獣だろうと、早めに冷やして血を抜かねば臭くなる。ただでさえ野生のものは癖があるから、うまく下処理をしなければ食べられないのだ。
四人がホクホクの顔で帰路に就こうとしたその時。彼女たちのすぐ近くでゴソゴソと茂みが揺れた。ネルヴァが鹿を投げて槍を構える。シエラも剣に手を伸ばし、パテマが魔力を込める。
一瞬にして緊張を取り戻した彼女たちの視線の先、茂みが揺れ、奥から巨大な影が現れる。
「熊っ!?」
「な、ぁっ!?」
現れたのは、巨大な黒毛の熊。2メートルどころか、立ち上がれば3メートルにも迫りそうなサイズだ。あまりの大きさに彼女たちが絶句し、真っ先に我に返ったネルヴァが槍を突き出そうとしたその直前。
「待て待て! 俺だ!」
「うおっ!?」
熊が喋った。
否、よくよく見てみると、熊の瞳に生気がない。四肢もだらんと下がっており、不自然な体勢だ。呆気に取られる四人の前で、熊がもぞりと動く。毛深い体の下から顔を出したのは別の熊――もとい、バルクだった。
「バルクさん!? キャンプ地で休んでたんじゃ……」
思わぬ人物の登場にシエラが驚きの声をあげる。
昨夜、肩を裂かれたバルクは包帯を巻いてファナの神聖術を受けたものの、大事をとって休んでいるはずだった。そもそも、彼女たちが気合を入れて鹿狩りをしていたのも、負傷したバルクに精のつくものを食べさせたいとシエラが強く主張したからなのだ。
むむ、と眉間をすぼめるシエラ。バルクはバツの悪そうな顔で目を逸らす。
「いや、その。ファナの神聖術が思ったよりよく効いたのか、もう痛みもなくてな。ちょっと腕試しというか、肩慣らしというか」
「それで熊を倒すとか、どうなってんだよ……」
ネルヴァは小山のような熊を見上げて呆れ果てる。見ればたしかに、熊には戦斧でやられたようなざっくりと大きな傷がいくつも付いている。とはいえ、自分よりも純粋な体格で勝る凶暴な野獣を、病み上がりの状態でよく倒せたものだ。
「お主、本当に中堅止まりなのか? ギルドに虐められて昇進できないとか、そういう……」
「違う違う。この程度、一流の冒険者なら普通だよ」
「本当かのう?」
パテマまでもが疑わしげだ。シエラは、自分たちが目指す一流という壁の厚さと高さを改めて認識する。この暴力の権化とでも言うべき魔獣を片手間に倒せるほどで、ようやく中堅とは。
「うふっ。私の神聖術が効いて良かったです」
「あ、ああ。ありがとな」
そんななか、ファナだけがニコニコと嬉しそうに胸を揺らす。バルクはぎこちなく首を動かし、そこに一抹の不穏を感じたシエラが、きょとんとして首を傾げた。
「というか、俺のことはいいんだ。お前たちも戦果を挙げたみたいじゃないか」
話題を逸らすようにバルクはネルヴァの足元に転がっているリトルホーンを視線で指す。
「その熊見せられたら何にも言えねぇよ」
「いやいや。リトルホーンはすばしっこいからな。俺はなかなか狩れない相手だ」
憮然とするネルヴァを慰めるバルク。しかし、彼の言葉は本心からのものだった。彼は大斧を扱う筋骨隆々の大男で、その外見から分かるように機敏な動きを得意とするタイプではない。鹿のように戦いを避け、素早く逃げに徹するような相手は、むしろ厄介な対象だった。
「チームワークは強力な武器だ。それを磨いていけば、ペインサーペントにも勝てるはずだぞ」
「ありがとうございます。――そのためにも、もっと強くならなくちゃいけませんね!」
仲間同士の連携、ことこれについてはバルクに教えられることはない。無愛想で無口、人付き合いの悪い彼は万年
拳を握り、己を鼓舞するシエラを見て、バルクは頷く。〈極光の剣〉の最大の武器は、若さでも才能でも個々の強さでもない。四人を結ぶ確固たる絆。それによる息のあった連携だ。
冒険者のパーティには才能があっても人間関係が拗れて瓦解していくものも多い。とはいえ、彼女たちは四人とも同性ということもあるし、痴情のもつれという最も大きな問題からは縁遠いだろう。このまま、四人で実績を積み、一流の高みへと昇ってほしい。
「じゃあ、キャンプ地に戻るか。――ネルヴァ」
「な、なんだよ」
「熊は解体するのに手間がかかるからな、手伝ってくれ」
「――っ! わ、分かった。付き合ってやる」
バルクの誘いに、ネルヴァは腹を括った顔で頷く。しかし、そこに割り込む声があった。
「バルクさん、ダメですよ。安静にしておかないといけないのに熊なんて狩ってしまって、傷口が開いているかもしれません」
「えっ」
「えっ」
ファナの言葉に、バルクと――なぜかネルヴァまでもが驚いて声をあげる。
「いや、傷はもう塞がって――」
「ダメです。神官として経過観察をしなければいけません。解体はネルヴァとシエラに任せればいいでしょう」
「ええと、しかしな……」
言い淀むバルク。ファナは有無を言わせず、彼の太い腕に抱きつくように身を寄せた。彼女の、頭より大きな胸がむにゅんと柔らかく包み込む。
それを見た途端、シエラは胸の奥に微かな痛みを覚えた。
「ねえ、パテマ。なんだかファナの服、おかしくない?」
「む? ああ、そういえば昨日、裁縫道具を出しておったな」
改めてファナの姿を見て、シエラは違和感を抱く。彼女の着る神官服が、その体型から既製品では調達が難しく、手縫いしていることは知っている。しかし、それまでは体型を極力隠すようなものだったのが、ずいぶんと変わって見えた。
むっちりとした足が、太ももの付け根まで見えるような深いスリットが入っている。胸元も乳房の上から谷間が露わになっている。まるで女性的な曲線を見せつけるかのような、清貧を旨とする聖職者にはいささか似合わない姿だ。
「なんでも、動きやすさと通気性を意識したらしいぞ」
ファナと同じテントで寝ているパテマが、神官服のデザインが変わった理由を語る。確かにトラガの森は障害物も多いので動きやすさは重要だ。湿度も高く、分厚い生地を用いる神官服では汗もかく。何より、ファナが日頃から乳房の下側や谷間が蒸れて痒くなると嘆いていたのをシエラは知っている。彼女はあまりピンと来ていなかったが。
「そっか……。そうだよね」
シエラは納得する。
ファナもパーティに少しでも貢献しようと試行錯誤しているのだろう。胸を強調するように見えたデザインも、下からしっかりと支えることで激しい動きでも揺れを抑え、痛くならないようにという理由だ。きっとそうだ。
少女は自分に言い聞かせるように、何度も頷いた。