しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
トラガの森の地下に広がる大洞窟群に、バルクと〈
洞窟の中は暗い。入り口から少し奥に入っただけで日の光は届かなくなり、漆黒が立ちはだかる。それを照らすことができるのは、ファナの掲げるランタンとパテマが杖の先に浮かべた魔法の光球だけ。それも魔獣を刺激しないよう、必要最低限まで光を抑えなくてはならない。
「きゃっ!」
「シエラ、大丈夫か!?」
劣悪な視界だけが障害ではない。ネルヴァの後に続いていたシエラが、濡れた地面で足を滑らせた。
長い年月をかけて地下水が染み出し、岩肌や足元はひどく濡れている。そこに動物の糞や塵といったものが積もり、非常に滑りやすくなっているのだ。ぬかるみばかりの地上部とはまた異なる地面に四人は苦戦していた。
「ほら、掴まれ」
「あ、ありがとうございます」
見かねたバルクがシエラに手を差し伸べる。少女は恥ずかしそうに頬を赤らめながらそのゴツゴツとした男らしい手を握る。
一行の中でバルクだけは慣れた様子で歩いていた。水の流れが長い時間をかけて削り取った凹凸だらけの道もものともせず、ほとんど足音さえ立てていない。
「バルクさんみたいに歩けるようになるのは、まだまだ難しそうです」
「俺は慣れてるだけだ。初めはそうやって何度も転んで、体に覚えさせて来たもんだ」
悔しそうにする少女にバルクはそう言葉をかける。挫けて弱音を吐くわけでなく、自分も早く強くなりたいと意気込む。そこに彼は少女の素質を実感していた。
「前から敵だ。チッ、またケイブバットだ!」
なかなか手を離してくれないシエラにバルクが困惑してきた頃、二人の会話を断ち切るようにネルヴァが声を上げる。直後、彼女の声に重なるように洞窟の奥からバサバサと力強い羽ばたきが響く。
「シエラ、匂い袋はあるな」
「も、持ってるよ。大丈夫!」
槍を構えるネルヴァの目の前、闇の中から飛び出してきたのは両翼合わせて2メートルに迫ろうかという巨大な蝙蝠だ。鋭い牙を光らせて獰猛に吠える姿は、可愛らしさとは縁遠い。魔獣らしく強くも原始的な魔力の波動を滲ませるのを、パテマやシエラが目視した。
「せりゃああっ!」
ネルヴァが槍を突き出す。鋭く研がれた切先が蝙蝠の翼を掠め皮膜を破る。飛行能力を失ったケイブバットが錐揉み回転で地面に落ちる。それを、奥から飛び出して来たシエラが剣でとどめを指す。
だが、ケイブバットは一匹だけではない。洞窟の奥からはなおも凄まじい羽音が聞こえてくる。洞窟の反響しやすい環境を鑑みても、数十はくだらないだろう。
「シエラ!」
「うんっ!」
ネルヴァの合図で、シエラが手のうちに用意していた小さな袋を投げる。いくつかの薬草を混ぜ合わせ、ケイブバットが忌避する強い臭いを発するものだ。バルクが先日の彼女たちを助けるために使ったものだ。
綺麗な軌道を描いて飛んだ匂い袋が、奥から猛烈な勢いで飛んできたケイブバットの鼻先にぶつかる。瞬間、袋が勢いよく弾けて中身が周囲に拡散した。
大量の群れで迫っていたケイブバットたちが、ギャアギャアと悲鳴をあげて逃げ惑う。蝙蝠は嗅覚が非常に鋭い。そこに強烈な臭いを当てられれば、阿鼻叫喚となって群れとしての統率も失う。
「こっちじゃ!」
周囲に目を巡らせていたパテマが叫ぶ。このままケイブバットの群れに突っ込んでいくわけにもいかない。無理に戦っても消耗するだけで、得られるものも少ない。
幸いなことに洞窟はいくつもの分岐と共に入り組んでおり、逃げるだけならいくらでも選択肢があった。
「ありがとう、パテマ!」
「ファナも早く!」
〈極光の剣〉の面々はパテマの見つけた横穴へと勢いよく飛び込んでいく。
「はてさて、反省会をしないとな」
一人残ったバルクは、背後から忍び寄って来ていた巨大な黒鱗の蜥蜴――シャドウリザードの頭を斧で一刀両断し、シエラがとどめを刺したケイブバットの内蔵を掻き出して周囲にぶち撒ける。ひとりで八面六臂の忙しない働きをこなした後、バリバリと頭を掻きながら〈極光の剣〉の後を追いかけるのだった。
◇
洞窟内で身を休める時、一時的にキャンプを構築する。洞窟の行き詰まりかつ、少量でも飲用に適した綺麗な水が染み出しているところが良い。小さな洞窟が無数に入り乱れ、潤沢な地下水を要するトラガの森であれば、少し探せば条件に合致するところが見つかる。
壁に背を向けて分厚い遮光布で入り口を閉じれば、灯りも盛大にして一息つける安息地の完成だ。
「それじゃあ、まずはネルヴァからだな」
今日のキャンプ地を整えた後、バルクは早速本日の反省をする。
洞窟に踏み入った一日目ということもあり、始終気を張っていた四人はすでに疲労困憊だ。それでも、バルクの言葉は一言一句聞き漏らさないようにと集中している。
以前とは随分と違う四人の態度に、バルクは内心胸を熱くする。やはり真摯に向き合えば彼女たちも応じてくれるのだ。
「ケイブバットの羽音が聞こえたら、まずはハンドサインだ。音を出さずに明かりを消せば、そのままやり過ごせる可能性もある」
「うぐっ。けど、咄嗟にそんなことは……」
「無駄な戦いは極力避ける。探索の鉄則だ」
「……わかったよ」
正論を真正面から突き出され、ネルヴァはぺたんと耳を倒す。ケイブバットは音に敏感な代わりに視力はかなり退化している。じっと身を潜ませれば、そのまま見逃される可能性は十分にあった。
実際、彼女も事前にそれを教えられており、ケイブバット接近を知らせるサインも事前に定めていた。とはいえ、実際に咄嗟の判断で行えるかと言われれば、微妙なところである。
「シエラ。ケイブバットにとどめを指すときは腹を裂け。血をぶち撒ければ、仲間の血の臭いで他のケイブバットが遠ざかる」
「は、はい……」
「多少残酷だが、手間を減らすためには重要だ。それを前提に行動を組め」
ケイブバットは基本的に臆病な魔獣である。普段は静かで暗い洞窟の奥で一日の大半を過ごし、明け方のわずかな時間にのみ外へ出て食料を集める。仲間の血の匂いがすれば、危険を感じて逃げていく。
匂い袋も強力だが数には限りがあるうえに効力も一時的なものだ。
「ファナ、戦闘が始まったらランタンの紗幕を外せ。騒音が鳴る以上、隠れる意味はなくなる。それよりも味方の視界を確保する方が重要だ。それに、パテマが光球を消して戦闘に参加できるようになる」
「失念していました。申し訳ありません」
「俺に謝らなくてもいい」
光源は重要なリソースである。進軍中は敵の注目を集めないように光量を制限する布を被せているランタンも、一度戦闘が始まればそうも言っていられない。ランタン一つで光源を賄えるのならば、貴重な魔法戦力であるパテマも戦いに参加できる。
ファナは非戦闘職であるからこそ、戦場を支える役割も大きいのだ。
「パテマも退路を見つける時はちゃんと中を確認しておけ。横穴に蛇でも潜んでいたら丸呑みにされるぞ」
「ぬぅぅ」
逃げ道を見つけて仲間たちを誘導したパテマも足りないところがあった。視界が著しく制限される洞窟内では、まさしく一寸先は闇となっている。今回は偶然にも安全な逃げ道があったが、いつでもそうという訳ではない。漁夫の利を狙う魔獣が潜んでいる可能性は大いに考えられた。
「それと、全体として前に注意が向きすぎだ。洞窟は後ろにもあるし、歩いて来たところの安全が確定したわけじゃない。全方位に満遍なく注意を向けておけ」
「簡単に言ってくれるな……」
「難しいですけど、そうしないと生き残れないってことだよ」
唇を尖らせるネルヴァをシエラが諫める。
バルクの指摘は厳しいものだったが、どれも的を射ている。それだけにシエラたちは己の未熟を実感する。洞窟への立ち入りを許可されたとはいえ、まだまだバルクがいなければ危ういのだ。
「――とはいえ、まあ、初日にしては上々だろう」
どんよりと落ち込んだ空気を払拭しようと、バルクが慣れない励ましの声をかける。
反省会は終わり。その後は英気を養うための食事と休養の時間だ。
「飯を食ったら交代で眠れ。時間配分はお前らが自由にしろ。俺は先に仮眠を取って、後に備える」
「えっ、ば、バルクさんはご飯食べないんですか?」
「携帯食糧で十分だ。ああ、シエラたちはしっかり食べとけよ」
何故か焦った様子のシエラにそう言って、バルクはキャンプ地の外に出る。色々と負担も大きい一日だ。精神的にも肉体的にも疲労しているだろう。今は気の知れた四人、水入らずでお互いを励まし合った方がいいはずだ。そう判断してのことだった。
バルクは暗闇の洞窟のなかで壁に背を預けて座り込む。胡座をかき、抱き込むように大斧を携えたまま薄く眠る。もとより、一人で洞窟に潜る時はキャンプ地も設営せず、こうして仮眠を取っていたのだ。万が一魔獣がやって来ても、壁に伝わる振動や気配で起きることができる。
眠りながら見張りも兼ねるという卓越した技術を発揮しながら、バルクは〈極光の剣〉が更に成長することを期待するのだった。