しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
闇の中から現れた雄のペインサーペントが腹を膨らませる。熊でも食らったかのように重たくなった腹を引きずり、首を持ち上げる。その姿を〈
「ぁ、あ……ぁあああああああああああああっ!!!」
シエラが絶叫した。
彼が呑まれた。なぜ呑まれた? 自分が悠長に突っ立っていたから。雌を倒して油断していた。周囲の状況を見ていなかった。思い込んでいた。予測していなかった。警戒を解いていた。
彼に教えられたことを実践できていなかった。だから彼が――!
「あ、ああっ。あああああああっ!」
剣を握り石の地面を蹴る。大蛇に肉薄し、その体に切先を突き立てる。
「がっ!?」
しかし、ペインサーペントは分厚く硬い鱗で全身を覆っている。火で焼くことなく無策で切り掛かっても当然のように阻まれる。
ペインサーペントもまた怒り狂っていた。番を殺されたのだ。そして、手下人はここにいる。男のみならず、四人全員を喰らうまでその怒りはおさまらない。
毒牙の輝く口を大きく開き、睥睨する。掠れた声が洞窟に響き渡る。
「死ねぇええええ!」
槍を構えたネルヴァが突撃する。狙うは鱗の薄い腹だ。しかし。
「シャアアッ!」
「ぐぁああっ!?」
身を翻す大蛇の鞭のようにしなる尻尾が彼女を払いのける。肋骨の砕ける感触。彼女は洞窟の壁に叩きつけられ、力なく転がる。
闇雲に挑んでも敵う相手ではない。
「ネルヴァ!」
ファナが悲鳴をあげて駆け寄る。
時を同じくして、パテマが魔法の構築を終える。
「はぁああっ!」
放たれた火球。それがペインサーペントの右目を焼いた。
大蛇が仰け反り悲鳴をあげるが、致命傷には至らない。むしろ敵対心を煽る結果になる。だが、攻撃が通ったことも事実だ。パテマは必死に魔力を練り上げ、次弾を用意する。
ペインサーペントが次の標的を彼女に定めたのは必定だった。
「待て、逃げるなァッ!」
ズルズルと体を揺らす大蛇にシエラが叫ぶ。剣の切先を向け、それを追いかける。
お前だけは殺すという強い殺意。
「ひ、ひぃっ」
パテマが悲鳴をあげる。隻眼の大蛇は、小柄な彼女を空気で圧倒していた。まさに蛇に睨まれたカエルのように恐怖が膨れ上がり、足が震え、舌がもつれる。詠唱が破綻し、溢れ出した魔力が暴走する。
致命的な隙を見せた少女に、大蛇は容赦しない。その鋭牙が迫る。
その時だった。
「――ジャッ!?」
大蛇が動きを止める。何かに気づいたというよりは、強制的に封じられたような不自然な挙動だった。
「ガッシャッ、ジャアアア!?」
左目に困惑と苦痛が浮かぶ。体を捻り、何かから逃げるように悶える。だが〈極光の剣〉は何もしていない。突然に暴れ始めた大蛇を訝しげに見つめることしかできないでいた。
そして――。
「――ぁあああああああああっ!」
ばずん。
大蛇の腹が裂ける。内側から現れたのは、巨大な戦斧。胃酸と毒液に塗れながら、大蛇の分厚い皮を切り裂く。硬い鱗も内側からの斬撃には意味をなさない。
ペインサーペントは悲鳴をあげ体をグネグネと動かしながら七顛八倒する。腹の中から、雄叫びが響く。
「バルクさん!」
シエラたちが待望していた声だ。
傷口が広がり、中から巨体が転がり出た。熊のように毛むくじゃら、筋骨隆々の野人。肌が溶けるような胃酸と猛烈な痛みを強いる毒液を浴びながら、その強靭な生命力で生きながらえている。
「やれ、シエラ!」
バルクが我武者羅に叫ぶ。歓喜に震えていたシエラははっと気が付く。まだ終わってなどいない。胃袋を切り裂かれたペインサーペントは悶え苦しみながらもまだ生きている。
「パテマ、火の槍!」
「任せるのじゃ!」
シエラの声に、パテマは打てば響くように答える。バルクが帰ったことで、彼女たちは急速に体勢を立て直していた。
紡がれるのは火炎の槍。渾身の魔力が編み込まれ、密度の高い術式が構築される。
それに合わせてシエラは猛然と走り出す。迷いなく一直線に。
「いけええええっ!」
火炎の槍が暗闇を切り裂くようにペインサーペントへ殺到する。片目を失った蛇には致命的な死角があった。パテマはそれを的確に狙い、そして実行した。
「シャアアッ!?」
槍が首を貫く鱗がボロボロと剥がれ落ちる。間髪入れずシエラの剣が同じところに突き刺さった。
「はぁあああああああっ!」
猛々しく声をあげ、刃を突き込む。肉を断ち、骨を切るほど深々と。それだけでは終わらない。
「死ね、死ね、死ねええええええ!」
怨念を込め、執念を見せる斬首。強引に剣を動かし、鱗を砕きながら刃を押し込む。暴れるペインサーペントの首にしがみつき。頭から血を流しながら。愛する男を喰った罪を償わせるかのように。
だが、届かない。
強靭な筋肉が剣に絡みつく。ペインサーペントが長い体をくねらせ、シエラの背骨を折ろうと巻きつく。冷たい死の恐怖が迫る。
「おらああああああああっ!」
その時、ペインサーペントの傷口に槍が突き刺さった。
ネルヴァである。
洞窟の壁に叩きつけられて一瞬気絶していた彼女は、目を覚ましてすぐに状況を理解した。悲鳴をあげる体に鞭を打ち、槍を拾って駆けつけた。
ネルヴァとシエラ。二人の視線が交差する。以心伝心。幼少期から長い時間を共にしてきた二人だからこそ、刹那の瞬間に互いの思考を理解し適切な動きを繰り出す。
「はぁあああああっ!」
「おらああああああっ!」
ネルヴァの槍が深く穿つ。神経を断ち切られ、焼けるような痛みに襲われたペインサーペントはたまらずシエラを拘束する力を緩める。それを待ち構えていた少女は剣を強引に推し進める。分厚い鱗がボロボロと剥落する。
「まだ終わらぬぞ!」
火球が次々と飛来する。仲間の顔を掠めるような危険な軌道だが、それを非難する者はいない。鱗を焼き焦がし、落とす。露出した肉を槍と剣が切り裂く。
そして――。
「終わりだ!」
最も太い首の骨が断ち切られた。蛇の頭が血に落ちる。
司令塔を失った肉体が急速に力を失い、地面に倒れる。
だが、シエラたちに達成感などなかった。
「バルクさん!」
周囲を見渡し、倒れるバルクに駆け寄る。すでにファナが処置を始めていた。
咀嚼されずに丸呑みにされたのは不幸中の幸いだった。しかし胃液と毒液を浴びた体は悲惨だ。着込んでいた装備も解けかかっていたため、ファナが全て剥がして捨てた。屈強な肉体が露わになるが、肌も爛れているところが多い。
「水で洗い流します。パテマは水球を」
「わ、わかったのじゃ!」
ファナはバルクから教えられた処置の方法を思い出し、焦る気持ちを押さえつけながら荷物を弄る。たっぷりと用意していたはずの水が心許ない。まずは全身にまとわりついた蛇の体液を流さなければ。
「が、あがああっ!?」
「ごめんなさい。我慢してください!」
ただの水も熱湯のようだろう。バルクが悶絶する。だがファナは手を止めない。彼の右目は、すでに白濁して機能を失っていたのだ。このまま放置しておくわけにはいかなかった。
「シエラ、この薬草を揉んでバルクさんに擦り付けて」
「分かったわ」
ファナは薬草を取り出す。これもバルクに教えられたことだ。薬草の力で毒液を中和しなければならない。
今も彼は想像を絶する痛みに耐えているのだ。常人ならばすでに気絶していてもおかしくない。屈強な精神力だけで意識を繋いでいた。
「ファナ、水ができたぞ」
「そこの窪みに注いで、この粉を混ぜてください。ネルヴァ、緩い水薬ができるのでバルクさんの全身に塗りつけて。シエラが薬草を揉み込んだ後に」
「分かった。任せろ」
「パテマ、カブトワリタケは持ってる?」
「ぬぁっ!? も、持っておるが……」
「噛み砕いて唾液と一緒に飲ませてあげて。即席だけど強壮剤としては優秀だから、バルクさんの負担を減らせる」
「ま、任せるのじゃ!」
ファナの指示を受けてシエラたちは必死に処置を続ける。シエラが薬草を揉み込んで毒を中和し、ネルヴァがトロトロの透明なローションをその体に塗りつける。火傷のように爛れた肌を保護しなければならない。
パテマは隠し持っていた赤いキノコを口に含み、唾液と混ぜ合わせて噛み砕く。飲み込めば自我を失うほど興奮するキノコだ。慎重に混ぜ合わせ、倒れているバルクの口に移す。
「んっ、はぁ、はぁ……」
「パテマ、シエラと代わって。一人だと足りないわ」
顔を真っ赤にするパテマ。シエラがキノコを受け取り、同じく口に含んでグチュグチュと唾液と混ぜ合わせ、赤子に与える離乳食のようにしてバルクの口へ注ぐ。どうしても微量を飲み込んでしまうため、一人では処置できない。
シエラたちが四人で順々に交代しながら少しずつキノコをバルクに与えていく。
「う、ぐぅ……」
「バルクさん!」
献身的な処置は、やがて成果を表す。
バルクがうめき声をあげたのだ。
「ネルヴァ、食料を。栄養をあげないと」
「すぐ持ってくる!」
ネルヴァが荷物を取ってくる。携帯食料は十分に用意していた。だが、咀嚼力のないバルクでは飲み下せない。
「バルクさん、口を開けてください。――んっ」
シエラたちが硬いブロック状の携行食を噛み、唾液で溶かす。お粥のように柔らかくなったものを、接吻で流し込む。バルクもそれを素直に受け入れ、貪欲に栄養を取り込んでいく。
爛れた全身を癒すために、栄養を蓄えていく。その後、回復に全ての力を総動員するため、彼はゆっくりと目を閉じた。
「バルクさん!」
「大丈夫。眠ってるだけ」
焦るシエラをファナが落ち着かせる。神官の少女の柔らかな太ももに頭を乗せて、バルクはゆっくりと胸を上下させていた。