しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
トラガの森最寄りの都市トリタン。そこに所在する冒険者ギルドの受付嬢テルミは、ここ数日落ち着かない日々を送っていた。日々舞い込んでくる依頼や日がな一日酒場で呑んだくれている野郎どもの相手をしながらも、どこかフワフワとして集中できない。
その理由は彼女自身自覚していた。
「大丈夫かなぁ、バルクさん……」
彼女は一人の中堅冒険者の名前を呟く。
実力も経験も確かなものがあるのに、人付き合いが苦手で単独での活動を続けている変わり者だ。その厳つい風貌や大柄な巨体から恐れられているが、実際のところは堅実に依頼をこなし、それ以外の時間を酒場でゆったりと過ごしているマイペースな冒険者である。
ギルドとしては確実に依頼をこなし、しかも丁寧な成果を挙げてくれる彼のような冒険者は大歓迎だった。テルミとしても、彼が人から誤解されがちな風貌や性格をしていることを知りつつ、本当の魅力はよく知っていると自負していた。
だからこそ、あの日――ちょうど七日前のことをずっと気にしているのだ。
「テルミ、まだ〈
隣のデスクで書類の整理をしていた同僚が、ぼんやりと集中力を欠いているテルミに話かける。我に帰った彼女は、どんよりと肩を落として頷いた。
結成から間もなく初心者の壁と呼ばれるロックボアを討伐せしめ、鳴物入りでトリタンの冒険者ギルドへとやってきた、新進気鋭の冒険者パーティ〈極光の剣〉。見目麗しい四人の少女で結成され、その見た目も相まって多くの注目を集める将来有望な一団。
彼女たちは街にたどり着いたその日に、トラガの森の地下洞窟に潜む大魔獣ペインサーペントの討伐依頼を受注しようとしていた。
冒険者の技量を見極め、依頼達成の確率を高めることもギルド職員の業務の一つである。その日たまたまカウンター業務で応対したテルミは、意気揚々と依頼書を持ち込んできた彼女たちを押し留めた。ペインサーペントは伊達や酔狂で“中堅の壁”と呼ばれているわけではない。その強さもさることながら、生息している環境やそこに至る道程にも、冒険者として高い技量が必要になるのだ。〈極光の剣〉の実力を疑問視するわけではなかったが、初日にいきなりぶっつけ本番で挑むべきではないと主張した。
だが、彼女たちはしつこく食い下がり、困り果てたテルミは視界の端――酒場で一人寂しく酒盃を傾けるバルクを見つけた。
「バルクさんは経験豊富だし、体もガッチリ鍛えてるし、頼り甲斐もあるし、適任だと思ったんだよ」
「経験豊富はともかく、残り二つはアンタの主観じゃないの。私は無茶だったと思うわよぉ。あの人、喋ること全部裏目に出てそうだもん」
「そ、それはちょっと勘違いされやすいだけで……」
テルミは無理を言ってバルクを教官役として同行させることにした。そうすれば、ペインサーペントの討伐はともかくパーティメンバーが欠けるという事態は避けられるだろうとの考えから。彼女のバルクに対する信頼の厚さ故だった。
しかし、バルク自身は人付き合いを不得手としていることを自覚しており、パーティに同行することも渋っていた。色々と脅すようなことをして強要したのはテルミである。
そして、バルクと〈極光の剣〉は予定していた日数を過ぎてなお帰還していない。
「他のパーティに捜索依頼は?」
「二、三日遅れることはまああるし……。それに、地下洞窟の探索となると報酬金額も高くなるから」
バルクはこれまで、事前にギルドに提出した計画日程から超過したことはない。堅実な計画を立てて愚直に遂行するのは、彼の美徳であった。だからこそ、テルミ以下ギルド職員たちは誰もが不安がっているのだ。
トラガの森の地下洞窟は天然の迷宮だ。一度迷えば脱出は困難。痕跡がなければ捜索も難しい。劣悪な環境に凶暴な魔獣たちが待ち構え、熟練の冒険者を何人も飲み込んできた危険な土地である。
「や、やっぱり捜索依頼出した方が……。お金はほら、私が――」
実のところ、ギルド職員は給与がいい。それにテルミは、万が一、そう万が一のことを考えて、結婚資金的なものを貯めていた。使うタイミングが少し早いとはいえ、バルクに対して払うものなら、使途としてはそう変わらないのではないか。
テルミが勢い勇んで立ち上がったその時だった。
「おおい! 〈
ギルドのドアを蹴破るようにして町の外壁を守る兵士が飛び込んでくる。突如騒然となるギルド内で、テルミは目を見開いてカウンターから身を乗り出した。
肩で息をする兵士は全力で走ってきたのだろう。近くの冒険者が水の入ったコップを渡すと、喉を鳴らして飲み干した。
「みなさん無事なんですか? バルクさんは!」
「オラリアの四人は。ただ、バルクが……。医者を呼んでくれ!」
テルミは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えた。背筋が急激に冷たくなる。〈極光の剣〉の四人は無事。しかし、バルクが――医者を必要としている。
「っ!」
「ちょっ、テルミ!?」
同僚の声を背中に、テルミは通りへ飛び出して門へと走る。居ても立っても居られなかった。彼が重傷を負ったのならば、それは全て自分の責任だ。もし引退するようなことがあれば自分が一生養うだけだが、それすらできないほどならば――!
門が見えてくる。人だかり。テルミはそれを薙ぎ倒して向こう側へ。そこには、汚れて疲労困憊の様子の少女たちが座り込んでいた。
「シエラさん!」
リーダーの名前を呼ぶ。色白の少女が金髪をかき上げてテルミを見上げた。その青い瞳には疑問が浮かんでいる。名前が分からないのだろう。そんなことはどうでもよかった。
この女どもは目立った傷はない。放っておいても大丈夫だろう。だがバルクさんは――。
「バ――ッ!?」
女たちの背後に大柄な男が倒れているのを見て、テルミはその名前を呼ぼうとして口を開いたまま固まる。全身傷だらけ。というよりも、皮膚が溶けた後に中途半端に癒えたような異様な姿だ。しかも、髭が伸び放題でより男らしくなった顔、その片目が潰れている。
「貴様ァアアアアッ!」
テルミは激昂し、シエラに詰め寄る。この女どものせいで、バルクさんがこうなったのか。自分が、彼を巻き込んだせいで。
シエラは申し訳なさそうに目を伏せる。それが余計にテルミの神経を逆撫でた。思わず拳を握り締め、振り上げそうになったその時。
「テルミ、テルミ。大丈夫だ。落ち着いてくれ」
あの優しく落ち着きのある抱擁感に満ちた低い声が響いた。テルミの手が止まり、ぎこちなく首が動く。もぞりと体を動かして、バルクが立ち上がった。
「俺は無事だ。シエラたちの手当てのおかげで助かったんだ」
「でも、そんな……。バルクさん、目が……」
「ああ、これな」
バルクは右目をそっと触れる。強烈な酸でも浴びたかのように皮膚と眼球が溶けて、グロテスクな傷となっている。医者と神官が血相を変えてやって来たが、彼らでもこれを癒やすのは難しいことはテルミも理解していた。
「まあ、これまで通りってわけにもいかないな」
バルクは大して落胆した様子もなく、どこか他人事のように言った。それが逆に物悲しく、テルミは胸を締め付けられる。
「そんな……私のせいで……」
「テルミのせいじゃない。俺がちょっと油断してただけでな。――そうだ、シエラたちは無事にペインサーペントを倒したぞ。それも二体だ」
すごいだろう、とバルクは我が事のように誇る。テルミは素直には喜べなかった。トリタン随一の歴戦冒険者を犠牲にして得た戦果など、誇られるべきではない。
メガネの奥の瞳を潤ませるテルミを、バルクの大きな手が撫でる。公衆の面前でやめて欲しかったが、やめて欲しくもなかった。
「ごめんなさい、テルミさん。私たち、自惚れていました」
しおらしい態度でシエラたちがテルミの前に並ぶ。〈極光の剣〉の四人も、テルミが悪意を持って依頼の受注を撥ねたわけではないことを理解していた。自分たちが驕り、調子に乗っていたことを身をもって理解していたようだ。
だからと言って、この怒りは収まるはずもないが。
「あなた達――」
「バルクさんのことは、責任を持って私たちが償います」
怒声を放ちかけたその時、シエラが被せるように言う。青い瞳に強い意志と――わずかに色っぽい情欲、同じ女でなければテルミも気づかなかったような光が見える。
「責任って……?」
「片目が見えないと、一人で冒険者を続けるわけにもいかないだろ。だからシエラ達が、俺を加入させてくれることになったんだ」
「……………………は?」
へらりと笑って頭を掻くバルクの言葉を、テルミは理解できなかった。
え? 今なんと? バルクさんが? 極光の剣に? 自分が怪我したから? なんで? 責任ってそういう? は?
いくつもの疑問符浮かぶ。テルミの聡明な頭脳をもってして、それを受け入れるのは難しかった。その間に、シエラはあろうことかバルクのがっしりとした雄々しい腕に自分の生っちょろい腕を絡めやがっている。
「そういうわけなので、バルクさんは〈
「な、ど……は?」
「安心してくれ。あたしらも自分の実力はよく分かってる。だからこそバルクからこれから色んなことを学んで、強くなる。もうこんなことはしないし、させない」
「これも女神の導きによるもの。神の道を進む者として、バルクさんをお守りいたします」
「ぬふふ。妾とバルクはこれ以上ないほど親密な関係となったからのう。小人族は一途なのじゃ」
「はぁ?」
シエラだけではない。凛々しく男勝りな槍使いの獣人ネルヴァ。女性的な魅力に溢れながらも敬虔な信徒として祈りを捧げる神官のファナ。叡智と深淵の魔力を有した小人族稀代の魔法使いパテマ。〈極光の剣〉の四人全員がベタベタとバルクにまとわり付いている。
「バルクさんの事は私たちに任せてください。この傷も、しばらくすればほとんど目立たなくなるはずです。目に関しては、私がバルクさんの目となり、唯一無二のパートナーとして一生涯付き従いますので♡」
「が、あ……?」
デレデレデレデレと口元を緩めるシエラ。
この七日間で、彼女達に一体何があったのか。町を出た当初は、露骨にバルクを警戒していたはずなのに。
テルミは理解する。それは女に備わった直感と言っても良いだろう。バルクさんが、この雌どもの毒牙にかけられている。このまま、おちおちと指を咥えて見過ごすわけにはいかない。
テルミは考える。冒険者ギルドの職員として長年積んだ経験。厳しい試験を潜り抜け、その後も弛まぬ研鑽を積んできた。その成果を発揮するときは今である。
「――かしこまりました。それでは、後ほどバルクさんのパーティ加入手続きを」
「ええ。よろしく――」
「それと!」
にこりと笑うシエラに、今度はテルミが言葉を被せる。
一瞬、シエラの瞳にわずかな警戒心が宿った。彼女も女の勘が刺激されたのだろう。構うものか。テルミは表面上はにこやかな笑顔で告げる。
「つきまして、不肖私テルミも
「……へ?」
シエラ以下四人が、まるで豆鉄砲を食らったかのような顔になる。
分厚いギルドの規定の片隅に書かれている制度の一つ。ギルドが重要と考える有力な冒険者パーティに専属の職員をあてがうコンシェルジュ制度。職員は高い能力を持つ上級職に限られ、ギルドとの連絡役から事務的な作業まで、裏方全般でパーティをサポートする。その性質上、専属職員もまたパーティの移動に帯同することとなる。
「あ、え、その……ま、間に合って――」
おろおろと取り乱すシエラ。それ見たことかとテルミは小鼻をうごめかす。この女どもはバルクさんの隠しきれない野生的な魅力に気付き、あまつさえ独占しようとしたのだ。そんなことを許すほどギルド職員は甘くない。
「〈極光の剣〉といえば今を時めく新進気鋭の冒険者パーティ。そこに専属職員を配置することはもはや当然のことと言えるでしょう。なに、心配はいりません。余計な費用など掛かりませんし、むしろ煩雑な手続きを任せられるので楽になりますよ。何なら従業員雇用控除で節税にもなりますし、ギルドからはコンシェルジュ支援の名目で補助金や活動費も支給されます」
「ぐ、で、ですが、そんな突然に言われても、バルクさんが困ってしまうでしょう」
「俺か?」
突然話を向けられたバルクは驚く。テルミは祈るような気持ちだった。専属職員は制度としてあるものの、こんな屋外でポンと決められるようなものではない。職員本人とパーティの間で深い信頼関係を築いた上で契約書にサインをするべきものなのだ。
バルクが拒否してしまえば、テルミは何も言えない。
「テルミが手伝ってくれるなら、むしろ大歓迎だよ。彼女は仕事もよくできるし、俺なんかもよく気にかけてくれるしな」
「なぁっ!?」
「ふっ――ふははっ! っしゃい! これで決まりですねシエラさん!」
愕然とするシエラ。ぐっと拳を握るテルミ。二人の間でとぼけた顔をするバルク。
騒ぎを聞きつけて集まってきたトリタンの町民達は思った。
――「この男、危機感がなさすぎるだろ」と。
『しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。』これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
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