しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
翌日もバルクは〈
「あー、その、昨日はよく眠れたか」
身支度を整えて、〈極光の剣〉のテントまで向かう。少し不安も残っていたが、四人の少女たちはすでに起きて武装もしていた。
「ひっ」
しかしバルクが声をかけると、彼女たちは肩を跳ね上げる。神官のファナや魔術師のパテマは素早く距離を取ってしまい、ネルヴァが鋭く目を吊り上げて睨む。
あからさまに警戒している彼女たちの様子に、バルクも少なからずショックを受けていた。自分の見た目が良くないことは理解しているつもりだったが、ここまで露骨な反応をされると辛い気持ちが込み上げる。
それでも彼女たちに技術を伝えなければならない。そう自分を奮い立たせたその時だった。
「あ、あの……。おはようございます」
なんと〈極光の剣〉のリーダーであるシエラが、たどたどしくも挨拶をしてきたのだ。昨夜のこともあり、予想だにしていなかった展開に、バルクは虚をつかれる。
「えっ? あ、ああ……。おはよう」
これまでシエラとも挨拶などしていない。バルクだけが一方的に話しかけていたような状況だったのだ。それが一夜でこんなに変わるとは。
彼は昨夜の激しい口淫を思い出して身を捩る。そんな彼をシエラがまじまじと見つめていることにも気付かないまま。
「シエラ、昨日はやっぱり何かされたんじゃ」
「そ、そんなことないよ! 何にもなかったから。だ、大丈夫」
ファナがぎこちない動きのシエラを心配して囁く。しかし淑やかな令嬢は耳を赤くして、ぶんぶんと首を左右に振るのだ。早朝、仲間たちに問い詰められても、彼女は昨夜何があったのかを詳しく話そうとはしていなかった。
「しかし、ネルヴァの代わりにあの男のテントに行ったのじゃろ」
「ほんとに、大丈夫だから。うん。な、ナニもなかったから」
パルマも表情を窺うが、シエラは頑なだ。そんな様子がいっそう仲間たちの疑念を煽るのだが、それを気にする余裕もないようだった。
「おい、何を話してるんだ」
「ひっ。す、すみません!」
「ななななんでもないのじゃ、です!」
訝るバルクの声に、ファナとパルマは飛び上がる。会話の内容を悟らせてはならないと慌ててペコペコと謝り倒した。バルクはそんな彼女たちの様子に首を捻りながらも、今日一日の予定を伝えた。
「あー、昨日のことでお前たちも恐ろしさを知ったはずだ。今後は真面目に取り組め。じゃないと、今度こそ無事では済まなくなるぞ」
熊のような顔に力を込めて、バルクは四人の少女たちを睨みつける。それだけで小さな悲鳴が上がった。
トラガの森の恐ろしさは身に染みたはずで、もし同じことをすれば今度こそ誰かが大怪我をするかもしれない。そう思っているバルクと。
バルクの恐ろしさを、シエラの身に叩き込まれた。次に彼の機嫌を損ねるとどうなるかわからない。そう脅されたと思う〈極光の剣〉の面々。
そこにいささかのすれ違いを生みながらも、表面上は順調に話が進む。
「もう一度改めて言うが、トラガでの戦い方を俺が教える。最低でも三日間慣れるまでは洞窟には入らない。俺の言葉には従う。これをしっかり守れ」
「は、はい!」
命に関わることだから、と念を押すバルク。シエラたちもコクコクと必死に頷く。その表情を見て、これならば勝手な行動はしないだろうと彼も内心で胸を撫で下ろした。
そして、バルクは先ほどから黙っているネルヴァへ目を向ける。
「ネルヴァ」
「な、なんだ!」
彼女は尻尾を膨らませ、ぴんと耳を立てながらバルクを睨みつける。
シエラによって気を失い、そのままテントで倒れていた彼女は、夜遅くに目を覚ました。隣で眠るシエラを見て安堵したのも束の間、彼女が上裸であることに気がついた。服は持ち帰っていたものの、乱雑に脱ぎ捨てられたのは明白だった。
自分の代わりにバルクのテントへ向かったシエラ。彼女は目を覚ましても、夜にあった出来事について頑なに口を閉ざしている。だからこそ、ネルヴァは余計に敵意の炎を燃やしていた。
「もう動けるのか?」
バルクは彼女の足首を見て尋ねる。
独断でトラガの森の洞窟内に入ったのち、ネルヴァは足を挫いて動けなくなったのだ。助けに来たバルクが彼女を担ぎなんとか脱出したが、昨夜テントに呼ばれた彼女はそこに訪れなかった。
この男は、それを根に持っているのだろう。足の怪我を理由にシエラを身代わりに立てたと思って、嘲笑っているのだ。
ネルヴァは奥歯を噛み締める。いっそこの場で殺したいほどだったが、そうすれば今度こそ〈極光の剣〉は終わりである。だから、この恥辱に耐えねばならなかった。
「――獣人は怪我の治りも早い。もう動ける」
「ほう、そうなのか」
バルクはなるほど、と頷く。
男のわざとらしい鷹揚な動きも、ネルヴァの神経を逆撫でするのだ。
「なら、頑張ってもらわないとなぁ」
「っ!」
バルクの言葉に、〈極光の剣〉の四人が揃って小さく震える。彼の言葉の意味することはなんなのか。まさか、ここに来て純粋に今日の訓練に励め、という意味ではないだろう。ネルヴァは昨日、彼のテントを訪れていない。
まさか、とネルヴァは男を見上げる。
こいつはケジメが付いていないと、そう言いたいのか。シエラを差し出して終わりだと思っているのなら、愚かなことだと。
ネルヴァは拳を握りしめる。自分とてシエラを差し出したつもりはない。己の身で責任が取れるなら、それで仲間たちが守れるのなら、そうするつもりだったのだ。
男の顔はほとんど動かず、そこから感情は窺えない。それがよりいっそう不気味だった。
「とはいえ、無理は禁物だ。テントで休んでいてもいいんだぞ」
「そんなこと、するわけないだろ!」
「えっ」
仲間の身を差し出して、自分は楽をしておけ。そんな言外の意味を察したネルヴァは激昂し吠える。バルクが僅かにたじろいだのを見て、彼の予想を裏切れたことに僅かな喜びを覚える。
「そ、そうか。じゃあ……とりあえず、ウォーミングアップから始めるぞ」
そう言って、バルクはいそいそと体を動かし始める。寝起きのまますぐに戦いに出られるほどトラガの森は甘くない。だからこうして、しっかりと体を動かして暖めるのだ。
「いっちに、いっちに」
「ひぃ、ひぃ」
なお、バルクの動きに合わせようとするファナたちの動きは緊張で固まっており、体操の効果がどこまで発揮されているかは疑わしいものだったが。
「いっちに、さんし!」
ただ一人、シエラだけは真面目に体を動かしている。いや、より詳しく言うならば、熱心にバルクを見つめ、その一挙手一投足を見逃さないようにしているようだった。
「いいぞ、シエラ。体が熱くなってきただろう」
「は、はいっ」
真面目になったシエラに、バルクは喜ぶ。彼の体の一点を凝視していたシエラは、慌てて顔を上げて、コクコクと強く頷いた。
体操が終われば、いよいよ訓練である。一日目は森での移動に慣れるため、数時間歩き通しという地味で過酷なものだった。だからこそ〈極光の剣〉は嫌気がさして、バルクの目を盗んで洞窟に入ってしまったのだが。
「二日目も森の中を歩く。ただし荷物を背負って、自生してる植物の採集もしながらだ。魔獣と戦うこともあるだろう。気を引き締めろ」
二日目はそこからさらに負荷を高めた形のようだった。フィールドワークは冒険者の基本である。それは〈極光の剣〉も理解している。それでもなお、バルクは慎重すぎるように思えた。彼女たちも新進気鋭とはいえ、結成して数日という駆け出しではない。重い
しかし――。
「はぁ、はぁ……」
「ひぃぃ。普段と全然違います!」
「根っこが、根っこが邪魔なのじゃ」
荷物を背負い、周囲に気を張りながら、足元のぬかるんだ森を歩く。それは彼女たちの想像をはるかに超えて大変なものだった。
森の中に入って数時間しか経っていないにも関わらず、ファナやパテマが悲痛な声を上げる。シエラも額に玉のような汗を滲ませ、余裕はなさそうだった。
「そっか、バルクさんが支えてくれてたんだ」
シエラは前方を歩くバルクの大きな背中を見上げ、ようやく彼の存在に気がついた。
昨日はテントに荷物を置き、軽装で歩いただけだった。樹上や茂みから迫る魔獣、繁茂した植物といった障害は全て先導する彼が取り払っていた。だから、シエラたちは足元にだけ集中すればよかったのだ。
今更ながら、シエラは自分たちの愚かさを知る。仲間たちは気付いているだろうか。もし、まだ分かっていないなら、伝えなければならない。彼は決して悪人ではないのだと。
シエラが顔を上げた、その時。
「バルク。キャンプに戻ったら、話がある」
突然、ネルヴァがバルクに向かって口を開いた。真剣な面持ちの彼女にバルクは心当たりがなさそうに首を傾げる。
「別に、今言ってくれてもいいが……」
午前中の歩行訓練も、もうすぐ終わりだ。すでに折り返しは過ぎており、彼女たちはほどなくテントを建てたキャンプ地へと戻る。そこで昼食を取りつつ、バルクが反省点を挙げ、午後にそれを直すというのが大まかな流れなのだ。
しかし、ネルヴァは首を振る。
「た、大切な話なんだ。その……二人で話したい」
「……なるほど」
シエラたちをチラチラと見ながら、ネルヴァは強く希望する。それを見て、バルクは何かを察したようだ。深く頷き、彼女の要望を受け入れる。
「シエラ、昼食の準備はできるか?」
「は、はい! 任せてください!」
「それじゃあ、頼む。野外調理も訓練のうちだからな」
バルクはシエラに食事の役目を任せることにして、ネルヴァと話し合うことにした。
キャンプ地まであと少し。少しでも少女たちの不安を取り除けるのならば、と男は張り切るのだった。