しがない強面中堅冒険者、新進気鋭の美女パーティの全員に「私のことは好きにしていいから仲間だけは助けてください」と体を差し出された。 作:ユリイカ
神官の少女ファナがネルヴァたちを呼びに行った頃、キャンプ地ではシエラが火にかけた鍋をかき混ぜていた。野外での調理となると、さほど手の込んだものは望めない。彼女が作ったものも、根菜とベーコンと豆類を煮込んだ簡単なシチューのようなものだ。少女はそれが鍋底に焦げ付かないように木べらでかき混ぜながら、バルクたちが戻ってくるのを待っていた。
「のう、シエラよ」
彼女の隣で丸太に腰掛け、火で炙っているパンの様子を窺っているのは魔術師のパテマである。〈
それもそのはず。彼女は小人族だった。
パテマは短く揃えたエメラルドグリーンの髪を耳に掛けながらシエラに声をかける。
「何を言っても構わん。ただ、正直に話して欲しいのじゃが……」
その真剣な調子にシエラも身構える。年不相応に老獪な話術を使いこなすパーティ随一の知恵者が何を知りたいのか、分からないわけがない。
「大丈夫だよ。バルクさんとは、何もなかったから」
「本当じゃな?」
昨夜、ネルヴァに変わって彼女がバルクのテントを訪れたことはパテマも知っている。しかし、そこで何があったのか。詳しいことはシエラ自身が話していない。
シエラはコトコトと煮える鍋をかき混ぜながら頷く。
「うん。痛いこととか、ひどいこととか、何もされてないよ」
「……それなら良いのじゃが」
本人がそう言ってしまえば、パテマも強くは追求できない。彼女はパンが焦げ付かないように裏返していく。
「しかし、それにしてはお主、あの男を熱心に見ておったな」
「ぶふぉっ!?」
パテマがぼそりとつぶやく。その効果は覿面で、水を飲もうとしていたシエラは分かりやすく取り乱す。長い金髪をぶんぶんと振り回し、白い頬を赤く染めながら強く否定する。それが何よりもあからさまだった。
「そ、そんなこと!」
「やはり何かあったのじゃろ! あの男に脅されておるのなら、そういえば良い。妾らは何年一緒だと思っとるんじゃ!」
「そう言うんじゃないんだよ! ほんとに、バルクさんとは何にも……」
尻すぼみに小さくなる声。パルマは更に疑念を強くする。
シエラは純真で正義感の強い少女だ。しかし仲間思いが強すぎて、自分の悩みをなかなか言い出せない欠点もある。やはりまだ何かを隠している。昨夜何があったのか、聞き出さねばならぬ。
パテマが強く決意したその時、茂みが揺れて奥から熊が現れた。
「ぬわーーーっ!?」
「ま、待て待て! 俺だ!」
咄嗟に杖を構え、魔力を込めるところまでいくパテマに、慌てて両腕を広げて存在を明らかにしたのは、熊ではなくバルクその人だった。なぜか水浴びをした直後のように髪から髭まで濡らしており、服も急いで着直したように皺が寄っている。
「バルク? お主、ネルヴァはどうした」
「こ、ここにいるよ」
杖を下げながら眉を寄せるパテマの声に反応して、バルクの背後から赤い尻尾が飛び出す。おずおずと現れたのは、毛並みを濡らして妙にしおらしくなったネルヴァである。
「なんじゃ二人とも濡れ鼠になりおって」
「あー、その、か、河原で転けちまって、それで濡れたんだよ。バルクが助けてくれた」
「そ、そうそう」
視線を泳がせながらネルヴァが語り、バルクもコクコクと頷く。そんな挙動不審な二人を、シエラはぽかんとして見つめていた。
「……なんか二人、仲良くなってない?」
「そ、そんなことはない!」
ネルヴァはピンと耳を立ててぶんぶんと首を振る。いつも斜に構えて飄々としている彼女にしては珍しい。いったい、河原で二人きりで何を話していたのだろうか。
「その、昨日のことを謝ったんだ。洞窟であたしを背負ってくれたのは、間違いないわけだしな」
洞窟の奥で足を挫き、動けなくなっていたネルヴァを背負って救出したのはバルクである。その広い背中のがっしりとした感触を、彼女はよく覚えている。――それを思い出そうとした瞬間、彼の硬い胸板も思い出し、頬を赤くしてしまうのだが。
「なんか妙じゃのう……?」
「あー、それよりファナはどうしたんだ?」
訝るパテマをはぐらかすようにネルヴァはここにいない仲間の名前を挙げた。シエラたちも彼女がなかなか戻ってこないことに気付き疑問を覚える。
「二人を呼びに行ったんだけど、どこまで行ったんだろう?」
「入れ違いになったのかもしれないな」
探しに行こうか、とネルヴァが背後を振り返ったその時、茂みの奥がガサガサと揺れる。
「ご、ごめんなさーい!」
ぼろん、と現れたのは深い紺色の布地に包まれた大きな果実。否、ネルヴァのそれを凌ぎ、〈極光の剣〉随一の大きさを誇るファナの胸だった。
彼女はどこからやってきたのか頭や服の至る所に葉っぱを引っ掛け、なんともみっともない格好である。特に腰のあたりはぬかるみにでもはまったのか、ひどく濡れている。
「ファナ! どこまで行ってたの?」
「ええと、そのぉ」
驚いて立ち上がるシエラにファナはもじもじと体を動かす。ちらりとバルクの方を見て、ぼんっと音が聞こえそうなほどの勢いで赤面する。
「ファナ? どうかしたのかい?」
ネルヴァが心配そうに彼女の顔を覗き込む。ファナは細い目を更にきゅっと細めて、ぶんぶんと頭を振った。
「な、なんでもないの。ちょっと迷っちゃったみたいで、木の根っこにひかかって転んじゃって」
「今日はみんなよく転ぶのねぇ」
もじもじと指を絡めながら惨状の理由を語るファナ。それを見て、シエラは不思議そうな顔をするのだった。
「入口とはいえ、このあたりも足元が湿っているし、木の根も多い。気をつけていても、疲れてると転びやすいんだ」
真面目な顔をしてバルクが語る。実際、キャンプ地はトラガの森の辺縁部ということもあり、なかなか乾いた薪が拾えなかったことをシエラは思い出した。
トラガの森は広域な湿地帯でもあり、木々もぬかるんだ土壌に耐えるため根を太く強靭に張り巡らせている。その環境自体が、足を動きにくくして思うように戦えず、更に体力を蝕む原因となっているのだ。
今更になって〈極光の剣〉の面々はこの森が中堅の壁と呼ばれる所以を理解し始めていた。これはたしかにギルドの文献を漁ったり、人伝に聞いたりして知識として知っていても、実体験として理解できていなければ対策が難しい。
「バルクさん、午後からの訓練もよろしくお願いします」
それは自然と飛び出した言葉だった。シエラは腰を直角に曲げて、深々とバルクに頭を下げていた。そんな殊勝な態度に、バルクが目を丸くする。
「あ、ああ……。そのためにも、まずは食事を摂ろうか」
体力は全ての基本である。バルクはそう言って、鍋の方を見る。
「あれ、なんか焦げてないか?」
「はえ? あっ! きゃああああっ!?」
プスプスと煮詰まった鍋から、香ばしい匂いが漂ってくる。それに気がついたシエラは慌てて木べらを差し込みかき混ぜるが、ボロボロと黒い塊が浮いてくる。完全に鍋底が焦げ付いていた。
「あうぅ。ご、ごめんなさい……」
「いやまあ、ちょっと焦げただけだろう。これくらいなら大丈夫だ」
しゅんと肩を縮めるシエラを慰めるように、バルクは木の器を取ると、そこにシチューを盛り付ける。そして、豪快に食べ始めた。
「うん。ちょうどいいアクセントぐらいだ。あー、チーズでも入れてみるか?」
そう言って、バルクは荷物の中からチーズの塊を取り出し、ナイフで削ぎながら鍋に加えていく。溶けたチーズのいい香りが焦げ臭さを塗り替え、少女たちも気を取りなおす。
パテマが皿を配り、ネルヴァがよそっていく。そうして、彼女たちはひとまずの昼餉を始めるのだった。