「はっ……はぁっ……!」
僕は必死に走った。
しばらくはずっと後ろから追いかけてくる音が聞こえて、恐怖でどうにかなりそうだった。
けれど、突然防護服らしき者を着た女性がその女性を取り押さえた。
「確保しました! 我々『MPA』にかかれば、この程度どうとでもなります!」
「被害者の精神衛生を保ってあげてくれ! 酷く辛かったろうに……SNSでもう拡散され始めている……今すぐ削除の申請を送れ!」
この世界の女性とは思えない凛々しい佇まいと、雄弁とした振る舞い。
『MPA』と名乗った一人のリーダーらしき女性が、僕に近付く。
僕は先程からの恐怖でキュッと体を縮こませたが……女性は優しく、手を差し伸べてくれた。
「私はMale Protection Agencyの者です。最近出来たばかりの機関で認知はされていませんが、ちゃんと国に認められた機関です。『MPA』とも呼ばれています』
僕は自己紹介が耳に通らず、聞き流す事しか出来なかったが。
しかし、危害を加える人達ではないのは理解した。
「今はパニックになって、理解が及ばないでしょう……保護地域の方なら、保護申請カードを持っているでしょう。見せて頂けますか?」
「あのっ、僕っ……保護地域とか、なんもわかんなくてっ、この世界の事とかなんも、なんも……」
「随分と酷いパニックに陥っている……一体どんな強行をしたらこんな事に。学生さんの様ですね、私が貴方を学校まで守りましょう。貴方が良ければ、今日中は付き添えますよ」
目の前の赤髪の女性はそう、心強く言ってくれた。
何も信じられない今の僕でも、この人なら信用出来る。
そう確信出来た気がした。
──────
僕は学校へのいつも通りの登校ルートを歩きながら、MPAの女性に事情を説明する。
自分に起きた事、先程まであったこと。
よほど信頼出来たからから、赤裸々に話してしまった。
「成程……貴方が言うには、自分は他の世界から来たと?」
「信じられないなら、大丈夫です……けど、本当で……」
「……それが、最近その発言をするMPAが保護した男性の方が多いんです。突然この世界に家ごと転移させられた、とか。学校に行ったら転校生として扱われる事になった、と。まるで、この世界に来る事が事前に理解されているかのように」
あまりにも不自然で、奇妙な現象。
僕はその現象の原因や、他のこの世界に来た仲間とも言える男性の事が気になった。
「けれど、一人だけ……勇敢にも、MPAに入ってくれた男性がいるんです。自分の様な被害者の男性を無くしたい、と」
「そんな人がいるんですね……自分じゃ、到底……」
「あの状況で必死に逃げる選択を取れただけ、貴方は勇敢ですよ。貴方が逃げてくれなければ、私達は貴方を見つける事さえ出来ませんでしたからね」
そう言われ、どっと安心感が湧く。
自分の行動は間違っていなかったと、深く理解した。
「その男性は、今も活動中です。この街を担当していらっしゃるので、女性達からはアイドルであり畏怖の対象として扱われているでしょう。その男性の方は、女性に負けず劣らずの体力や腕力を有していますから」
「僕の世界だと、女性の方が男性より力は弱いはずなんですけど……この世界だと、逆なんですか?」
さっきの痴漢に抵抗出来なかったのは、僕の力が弱いのもあったけれど。
それでも、あの異常な腕力には気になる物があった。
「そうですね……この世界では、女性の方が力は強い、という認識ですね。ですから、無理矢理襲われたりだとか、そういった被害が多く報告されています」
ニュースでも見た、女性の男性へのレイプ被害。
そんな事が毎日起こっていると思うと、この世界に来て数分しか経っていないのに嫌気がさす。
「でも、安心なさってください。私達MPAはそんな男性の被害を軽減、消滅を目指す為に作られた組織ですので」
赤髪の女性は誇らしげに笑顔を浮かべる。
けれど、少し恥ずかしそうだった。
この世界にまともな感覚を持った女性がいると思うと、恐怖心も少しは薄らぐ物だ。
「しかし、けれど私も女性です……。男性への恋心や……顔を合わせる度、淡い羞恥心を抱いてしまいます。な、なので!あまり……見つめないで下さると……」
先程から気になっていた、見つめる度に女性の顔が赤くなっていた現象にやっと気付いた。
申し訳なく思い頭をぺこり、と下げると女性はどぎまぎとした表情を見せる。
「か、かわいっ……♡な、なんでもありません。そうだ、名刺を渡しておきます。電話番号も書いておりますので、危険に陥った時やどうしても孤独な時や、相談事がある時などお気軽にお電話を」
MPAの女性から、名刺を手渡しされる。
丁寧な所作で渡して来る物だから、僕も少し礼儀正しく受けとった。
書かれていた名前は『[[rb:赤羽 礼 > アカバネ レイ]]』。
「名刺だけでは自己紹介とは言えません、今一度ご挨拶を。私は赤羽 礼。MPAのトップを務めています」
そんなお偉いさんが、僕なんかの警備をしてくれているのか。
そう考えると、その親切さに涙さえ出てきそうになってしまった。
若かりしエリートと言うべきか、威圧感はあるがやはり優しさを感じる女性だ。
「よろしくお願いします……僕なんかに、本当にありがとうございます……」
「そう卑下なさらないで下さい、この世界では男性がとても貴重です。守らなければならない、絶滅危惧種の動物の様な物ですから。貴方を襲った彼女らは絶滅危惧種を狩るハンターとも言えるでしょうか?本当に迷惑極まりない奴らです」
赤羽さんは見るからに憤りを感じているのか、ツリ目気味の眼を更に鋭く尖らせた。
そんなこんなで談笑をしていると、学校が見えてくる。
「私は部外者ですので、学校自体に入る事は出来ません。しかし、法的機関として緊急時に立ち入る事は許可されています。もしも危険に陥った際には、すぐさま電話してください……これは、私との約束です」
そう固く手を握られ、僕は決心を固めた顔で頷く。
赤羽さんは笑みを浮かべ、手を振って去って行った。
僕は遂に、変わってしまった学校に足を踏み入れる。
運動部らしき女性達が、こちらを見てヒソヒソと話している。
ヒソヒソ話にしては声が大きいが。
「あの子、もしかして転校生……?♡ちっちゃくてかーわいい……無理矢理犯しちゃおっか……♡」
「でもあの子、さっきMPAと一緒に居たよ……スパイとかなんじゃない?学校の規則とかを測るさ……でも、めちゃくちゃ可愛い……♡」
「あるでしょ、エッチ本でさぁ♡珍しく警察になった男の子の快楽堕ちとかさぁ……♡あの子、めちゃくちゃえっちに弱そうじゃん……♡」
やんややんやと何か言われるが、僕は気にしない。
赤羽さんやMPAが着いてくれているという安心感が、僕の足を進ませる。
玄関に経つと、白髪の先生らしき人が僕を待っていた。
「あら〜♡貴方が転校生の男の子ですか〜♡えぇ、えぇ歓迎です♡お靴はこちらにどうぞ〜♡」
転校生……さっき聞いた気がする。
元いた学校に行ったら転校生として扱われた、とか。
ここで何か言うのも問題を引き起こして面倒臭そうだ、黙って僕は先生らしき人に着いていく事にした。
「この学校では初めての男子生徒です〜♡大丈夫ですよ、この学校ではイジメも何もありませんから〜♡安心して、学園生活を楽しんでくださいね〜♡」
そう言いながら、僕の隣に先生らしき人が移動する。
僕の背中を摩ると、手は上に動き、僕の頭を優しく撫で始めた。
「母性が刺激されますね〜……♡私は白賀谷 美奈と申します〜、貴方の担任になります♡ぜひぜひ、仲良くしてくださいね♡」
「は、はい……」
先生にしてはスキンシップが激しいな、この人。
僕は白賀谷さんに着いていき、教室に入る。
きっと、自己紹介をする事になるだろう。
教室に入るや否や、女生徒達の注目の的になる。
男の子が珍しいのはわかるが、パンダを見る動物園の客の様な見物の仕方だ。
「は〜い、佐々凪くん、自己紹介をしてくださいね〜♡」
そう言われ、女生徒達の前に立ち。
黒板に自分の名前を書き記していく。
佐々凪春樹、間違いは無いはずだ。
「僕は佐々凪春樹と申します……趣味は特に無くて、将来の夢は……動物看護師です。仲良くして貰えれば、嬉しいです」
たどたどしくそう言うと、生徒達の質問コーナーに入る。
皆が手を挙げて、質問攻めを繰り返す。
「経験人数は!?」
「好みのタイプ!」
「転校してきた理由は!」
何度も質問されて、僕はパニック寸前。
目立つのは得意じゃないし、好きじゃない。
チヤホヤされるのは良いが、限度があると思う。
「皆さ〜ん?……静粛に」
白賀谷先生がのほほんとした雰囲気を無くすと、急に場が静かになった。
この先生は恐れられているのだろうか。
凄く美人な方なのに、何がそこまでの恐怖を引き立てるのだろうか。
「佐々凪さんが困っていますからね〜♡席はあそこですからね♡皆さん、佐々凪さんにご迷惑をかけずに、これから『仲良く』学校生活を過ごしていきましょう♡」
「「「「はい……」」」」
女生徒達は皆しょんぼりとした顔で席に座った。
窓際の席が僕の席らしい。
僕は席に座ると、隣の子に話しかけられる。
「ね、ね、ね、ねぇ……♡わ、私、小清水……って言うの♡な、仲良くして……♡へ、へへ……♡」
「よ、よろしくね……はは……」
独特な雰囲気のある子だが、悪い子じゃなさそうだ。
これからの学園生活、どうなるのだろうか。
赤羽さんがいる安心感はあるが、不安も多い。
どうせなら、最大限楽しんで過ごしたい物だ。