※この作品はR-18です。

淫界人柱アラカ葬式エンドIF   作:名無し犬

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葬式エンドのアラカパートが詳細不明であるのを良いことに、好き勝手捏造しました。ご注意下さい。


第2話 狂おしい程の、愛を

「残念だけど、全部君の都合の良い妄想よ。分かってるでしょう?伊早瀬アラカは死んだの。もう居ない」

「…妄想にしては、随分厳しい事を言うんだね」

 

 こちらの返事に対して、アラカはぐっと言葉を詰まらせた。たっぷり数秒、間を取って、じとっとした目でこちらを見つめながら、改めて彼女は話し始める。

 

「良い?ここにいるのは伊早瀬アラカ本人じゃなくて悪霊なの。君がするべきなのは私と語らう事じゃない。今すぐ起きて退魔師協会に連絡して、適切な『対応』をして貰う事」

 

 そう言う彼女に、はいそうですかと頷く事は出来なかった。『対応』、つまりは自分を祓って貰えと、彼女はそう言っているのだ。そんな自分の態度が癪に障ったのか、彼女は表情を険しくする。

 

「君、もう昨日の事を忘れたの?危うく殺されるところだったのよ?今、私がこうして正気でいられている事が、どれだけ奇跡的か分からない?何より…」

 

 突然、彼女の姿にノイズが走る。その一瞬で、彼女の外見は様変わりしていた。カクカクと、あり得ない方向に首が曲がり、瞳は空洞。その空洞の中には、おびただしい数の虫が蠢いている。

 

「こんなものが、人間な訳ないでしょう?ましてや、君の恋人だなんて、絶対にあり得ない。分かったら…ってちょっと!?な、何してるの!?」

 

 こちらの気持ちを示す為、怯む事なく彼女に近付いて抱きしめるが、アラカは素早く腕を振りほどいて大きく飛び退いてしまった。

 

「そこまで拒絶されると、傷付くな…」

「あ、ちが…!嫌だったとかでは無くて、って違う!君が嫌がるべきなの!いったいどういう神経してるの!?前はあんなに怖がっていたじゃない!?」

「そうは言われても…」

 

 アラカも普通に喋っているし、あの時と今では状況が違う。むしろ、こうして見てみると、なにか、こう、愛嬌の様なものがある気さえしてくる。

 

「その、これはこれでありかもな、みたいな顔を止めなさい!ああ、もう!」

 

 またアラカの体にノイズが走り、元通りになる。夢の中とはいえ叫び過ぎて疲れたのか、肩で息をしていた。

 

「大丈夫?」

「元凶に心配されちゃ世話無いわね…」

 

 げんなりとした顔で、彼女は呟いた。そして、わざとらしく咳払いを挟むと、何事も無かったかの様に話を続ける。

 

「君は今の私を受け入れているけれど、はっきり言って、それは生前の私への冒涜よ。悪霊はあくまで悪霊。致命的に狂ってしまった妄執の塊、それが今の私なの。それとも君には、私が喜んで君と心中する様な女に見えていたの?」

 

 毅然とした態度で、自分を拒むべきなのだとアラカは言う。それでも、納得出来ない。改めて、自分の気持ちを伝える為に口を開いた。

 

「ごめん、君があそこでどんな仕打ちを受けたのか、少しだけ見えた」

「…ああ、そう。なら分かるでしょう?私はあそこで汚され尽くした。もう綺麗な体じゃない。こんな手垢まみれの女、捨ててくれれば…!」

「違う。言いたいのはそんな事じゃない」

 

 両腕をかき抱き俯くアラカに、少し語気を強めて否定する。そんな事で君を見捨てるもんか。言いたい事は、もっと別にあるんだ。

 

「辛かっただろう、なんて知った風な口は聞けない。けれど、君が辛い思いをしたなら寄り添いたい。傷が癒えるまで、せめてそばに居たいんだ」

「私はそんな事望んでない!私は、君さえ生きていてくれれば…!」

「でも、君はあの夜泣いてたじゃないか」

「それ、は…!」

 

 アラカが言葉を詰まらせる。顔を上げこちらを見つめる瞳は揺れていて、その瞳をまっすぐに見つめながら、言葉を続けた。

 

「もう嫌なんだ。何も出来ないのは。君なんだろう?あの時、廃ビルから助け出してくれたのは。それ以外にも色々と助けてもらったのだと思う。助けるつもりがまた助けられてた。そんなのはもう嫌なんだ」

 

 何も出来なかった。勇気だけではあまりに無力だった。それなのにあの涙まで見過ごしたら、自分で自分が許せなくなる。

 

「君が傷付くと、こっちまで悲しくなるんだ。君を傷付けたやつに、怒りが湧いてくるんだ。君が喜ぶと、こっちまで嬉しくなるんだ。君の笑顔一つで、幸せになれるんだ。君を失うと、心まで失ってしまうんだ。何もかもが空しくて、何の気力も湧いて来ないんだ」

「だ、め。やめて、お願い…!」

 

 いやいやと首を振り後ずさるアラカの手を取る。驚いてこちらを見上げる潤んだ瞳から目を離さず、言いたかった事を、全て吐き出した。

 

「誓うよ。もう絶対、君を離したりなんてしない。どんなに変わり果てても、必ず君の手を取る。だからどうか、これから先も、一生そばに居て欲しい。その為なら、何だってして見せるから」

 

 こちらの言葉に顔を真っ赤にした君は、何か言おうとしては止めて、それを数度繰り返すと、絞り出すように話し始めた。

 

「私だって、本当は君と一緒に居たい…!でも、でも…!」

 

 ぽろぽろと涙を溢しながら、それでもアラカは譲らない。

 

「駄目なの。もう私は私じゃないの!いつ、また君を傷付けるか分からない…!この想いが淀んで、狂ってしまうのが怖い…!せめて、君の思い出の中でくらい、綺麗なままでいたいの!だから、お願い…!」

 

 普段からは考えられないくらい弱々しく、彼女はこちらに縋ってくる。今度は逆に、絶望に暗く濁った瞳が、こちらをまっすぐに見つめていた。

 

「私を、終わらせて…!」

 

◆

 

 自分がどう死んだのかは覚えていない。ただ、私が外に居るという事は、あの淫界は他の退魔師が破壊したのだと思う。カーラは、どうだろう。自由の身になったのかもしれないし、もう祓われたのかもしれない。まあこちらに関しては、今考えても仕方がない事だ。

 淫界。あの忌まわしい異界が、私が最期に見た景色だった。偽仏を倒して屋上に上って、そこは異界に近くなっていたけれど、君に触れるには後一歩遠かった。君を異界から弾き出すのが、私が出来る精一杯だった。

 もう限界が近かった。触れられもしないのに、気を抜けば君に泣いて縋ってしまいそうで。何度も犯されて、何度も汚されて、その度に足掻いて、足掻いて、足掻いて。なのに君との距離は縮まらない。助けたかったはずなのに、君に助けて貰いたがっている自分に気付いて、ただただ惨めだった。

 それでも、今にもバラバラになりそうな心を必死に繋ぎ止めて、どうにか君を廃ビルから追い出した。それが、私の限界だった。立ち去る君の背中を見て、私を支えていた最後の糸はプツリと切れた。

 視界は暗くなって、手足の先から冷たくなっていく。体に力が入らなくて、涙が止まらなかった。カーラの力もあったとはいえ、限界だった体を、君を助けたい一心で動かしていたんだ。それは当然の結末だった。

 辛い。怖い。行かないで。助けて。そばにいて。頭の中はそんな弱音で埋め尽くされて、私は完全に壊れてしまっていた。子供の様に泣きじゃくって、喚いて。嘲るカーラの声も良く聞こえなかった。そうして、私は終わっていく、はずだった。

 気付いたら、私は外にいた。目は見えなくなっていたけど、何故かそう確信出来た。それを疑問に思える余裕は、私には残っていなかった。その時の私は、これで君に会えると、無邪気に喜んでいた。

 まるで光に惹かれる蛾の様に、君がどこにいるのかは何となく分かった。思い通りにいかない体で必死に歩いて、見えないはずの視界に、君の背中を捉えた。

 泣いてしまいそうな程に嬉しかった。早く君に触れたくて仕方が無かった。でも体は上手く動いてくれなくて、君との距離は一向に縮まらない。それが、私に残った理性の最期の抵抗だなんて、当時の私には理解出来なかった。

 ひたすら君の後をつけて、そんな状況でも無いのに、君の部屋に入る時はドキドキしてしまって、ベッドに横たわる君に近付けない事が、とてももどかしかった。

 だから君と目が合って、狂おしい程に嬉しかった。事実、狂ってしまっていたのだけど。私に残った理性も、たったそれだけの事であっさりと瓦解してしまって。私はついに、君に触れてしまった。

 ただ指先で手のひらを撫でる。それだけで幸せになれた。今までの何もかもが報われたかの様な、夢見心地だった。君がどんな顔をしているか、よく分からなかったけれど、同じ気持ちでいてくれていると、本気でそう思っていた。

 だから、君の右手が遠ざかった時、何が起きたのか一瞬分からなかった。君に拒絶された辛さと絶望は、あの場所で受けた責め苦の何十倍にも感じられた。どうして、いやだ、ごめんなさい、そんな気持ちが胸を埋め尽くして。行かないで、お願いなんて泣いて縋り付いた。

 

────一緒に、逝こう?

 

 あまつさえ、君をこちら側に引き込もうとした。何が起こっているのか分かっていないくせに、何をすれば良いのかだけは良く分かって、私は君を殺そうとした。そうすればずっと一緒だって、二人で幸せになれるんだって、本気で信じ込んだ。

 

「…ああ」

 

 でも、君の優しげな声を聞いて、思考が一気に冷え込んだ。ようやく鮮明に見えたその顔は柔らかく微笑んでいて、何の恐怖も無く私を受け入れていた。

 駄目だ。そう心が叫んだ。悪霊になった私を、こんなに醜く変わり果てた私を受け入れてくれる人を、道連れになんてしちゃいけない。なのに体は止まらない。止められない。止めたくない。君を殺したい私、守りたい私どちらもどうしようもなく本物で。頭が割れてしまいそうだった。

 君と触れ合う瞬間、どうにか最悪の事態だけは免れたけど、君の姿は変わり果ててしまった。それは間違いなく、私の意思だった。君が私の姿になったのは、私がそう望んだからだ。

 忘れられたくなかった。君の隣に私が居た事をずっと覚えていて欲しかった。毎朝、鏡の前に立つ度に、喪失に胸を痛めて欲しかった。そんな浅ましくて愚かしい独占欲で、君の人生を狂わせてしまった。

 私はもう悪霊なんだ。今はまともな振りが出来ているけれど、薄皮一枚剥いだ中身は、狂気ばかりが渦巻いている。君からどれだけ愛を受け取ったとしても、私はもう狂った形でしかそれに応えられない。

 君に想われるだけで幸せで。だからこそ、生者と死者、その隔たりが煩わしくて。気を抜くとまた、君をこちら側に引きずり込もうとしてしまいそうだ。そんなモノが伊早瀬アラカだなんて、私自身が認めたく無かった。

 君にとって、この願いがどれほど残酷か。理解はしている。けれど願わずにはいられない。

 

────どうか、私を終わらせて。

 

◆

 

 私の懇願を聞いた君は、悲しげに目を伏せた。その姿に胸が痛むけれど、ここで引く訳にはいかない。私は更に畳み掛けようとして、君に強く抱き締められて、何も言えなくなってしまった。

 

「自分の、為なんだ」

 

 苦し気な声だった。まるで罪人が罪を告白するかの様なその声に、割り込む事なんて出来なくて、私はただただ君の声に耳を傾けた。

 

「君が、君だけが全てなんだ。失ってよく分かった。君が居ない世界じゃ駄目なんだ。取り殺されたって何だって良い。君と一緒に入れるなら、地獄だって構わない…!」

 

 それは依存だった。決して健全な愛の形じゃない。ああ、そうか。今まで思い違いをしていた。君も、狂ってしまっていたんだ。私が、狂わせたんだ。死者のくせにでしゃばって、君の傷口を思いきり抉った。その結果がこれなんだ。

 

「君に尽くしたくてたまらない、何を捧げたって良い。君が必要なんだ、頼む、いかないでくれ…!」

 

 ああ、嬉しい、嬉しい、嬉しい!嬉しい!!!君が求めてくれる、縋ってくれる。ゾクゾクと、虫が体を這い上がってくる様な、不快に思わなければいけない感覚が、快感と充足感となって私の心を震わせた。

 このまま受け入れたら、二人とも駄目になってしまう。分かっているのに、私は君を抱き締め返す。そして、耳元でそっと囁いた。

 

「どうなっても、知らないからね…?」

 

 自分の口が醜く弧を描いている事が、鏡を見なくても分かった。




引きがメリバっぽくなってしまいましたが、作者は弱いオタクなので、絶っ対にハピエンに着地させます。
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