※この作品はR-18です。

淫界人柱アラカ葬式エンドIF   作:名無し犬

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第3話 驚く程に、唐突に

「ん、う…」

 

 目覚ましの音で意識が覚醒する。気だるさを感じながら起き上がろうとすれば、頭の重さに驚いて、もしや風邪かと身構えてしまった。

 

「あ、髪か…」

 

 未だに慣れない体の変化に振り回されながら、目覚ましを止め、今度こそ起き上がる。

 

(…おはよう)

 

 グッと伸びをしたところで、聞き慣れた声が頭に響いた。昨日の夢は自分の都合の良い妄想では無かったんだ。そう改めて実感して、万感の思いを込めて返事をする。

 

「ああ、おはよう。アラカ」

 

 確かに、自分の中にアラカが存在している。生きていてくれている。その事実を噛み締めながら身支度を整えようとして、服に伸びた手が止まった。今、自分の中にはアラカが居て、自分の体はアラカの体で。このまま着替えるというのは、かなり不味い事なのでは無いだろうか。いや昨日風呂にまで入っているから今更ではあるのだけど、こうして実際に意志疎通まで出来る状態ではまた違った気まずさがあるわけで…

 

(何をためらってるの?早く済ませて。こっちも出来るだけ気にしないようにしてるんだから)

 

 そのアラカの鶴の一声に、慌てて着替え始める。出来るだけ意識しないよう素早く、とはいかず、慣れない体での着替えは少しまごついた。早く慣れようと固く誓いながら、姿見の前に立つ。

 

(…何か雑ね。いや仕方がないのだけれど)

「まあ、支給された物だから」

 

 アラカに返事をしつつ、姿見に写る自分を見る。適当なTシャツとズボン。飾り気の無いアラカの姿が写っていた。自分としてはありがたいけれど、アラカからすれば、自分の姿で雑な格好をされるのは面白く無いかもしれない。

 

(まあ良いわ。私自身、そこまで着飾る方でも無かったし)

「そうかな?君はおしゃれな方だったと思うけど」

(そ、それは、君の前だったからで…。もう!こんな事言わせないで!)

「ご、ごめん…」

 

 気恥ずかしさを感じながら自室を後にする。昨夜はもっと凄い事を言っていたはずなのに、いざ冷静になると、どうにも照れが勝った。

 顔の火照りを冷ます為に顔を洗って、そこでふと気付く。今は家族が居ない。家事は全て自分でやらないといけないのだと。

 

(元から一人暮らしだったし、私が色々と教えてあげる)

「ありがとう。助かるよ」

(礼なんて良いから。それより、今日は何か予定あるの?)

「退魔師協会で再検査を…あっ」

 

 そこまで言ってようやく気付く。このまま検査に行くと、アラカの事がバレてしまうのではないか。

 

(私の事なら心配要らないわ。私がまだ君の中に居るかは、初日にまず徹底的に調べたでしょうし。その時点の私は、正気を取り戻すのに力を使いすぎて君の奥底で眠っていたから。見つからずに脅威無しだと判断されたと思う。私が騒がない限りはバレないでしょう)

 

 こちらの考えを見透かしたかの様なアラカの発言に、ホッと胸を撫で下ろす。良かった。最悪、ここから逃げなくてはいけなくなるところだった。

 

(とにかく、そういう事ならさっさと済ませましょう。遅れるわけにはいかないし)

「そうだね。よろしく頼むよ」

 

 アラカに促されて、意気揚々と家事に取りかかる。この後自分は、いかに一人暮らしが大変か、身をもって理解させられるのだった。

 

◆

 

「本当に何事も無かったな…」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら、ベッドに身を預ける。検査は何のトラブルも無く終わった。このまま何事も無ければ、家族とも会えるらしい。ただ、元の体に戻るのはまず不可能だろうとも言われた。家族の元に戻れたとしても、全て元通りにとはいかない。まさか息子が娘になったなんてご近所に説明するわけにもいかないし、引っ越しは免れないだろう。

 

(…ごめんなさい、私のせいで。君は家族と普通に暮らしていたのに)

「良いんだ。君が居てくれるなら。別に仲が悪くなったわけじゃないし、少し暮らしが変わるだけだよ」

 

 事実、今も携帯で連絡自体は取り合っているし、心配もしてくれてる。流石にアラカの事は伝えてないし、伝えられないけれど。

 少しギクシャクはしても、悪いようにはならないだろう。ただ、それを聞いてもまだアラカは納得していない様子だった。

 

「じゃあ、一つだけお願いしても良いかな?」

(お願い?)

 

 弱みにつけこむ様で気が引けるけど、このまま許すだけではアラカの気が済まないだろうから。この体になってから、ずっと考えていた事を、口に出してみる事にした。

 

「退魔術を、教えてくれないかな?」

(え、嫌…)

「そんなに?」

 

 本当に、心底嫌なのだという声音だった。アラカって、ここまで低い声出せるんだ…。

 

(あのねえ。今でさえ私を助ける為に異界に突っ込む様な人に、余計な力まで与えたいと思う?絶対、更に無茶するに決まってるでしょ)

「何も言い返せないな…」

 

 困った。確かにアラカからしてみれば、下手に力を付けられて、これ以上行動的になられては困るだろう。けれどこちらとしては、あの日、自分の無力さを突きつけられたからこそ、力を付けたい訳で。どうにか説得出来ないかと頭を悩ませる。するとそんな自分の様子を見たアラカは、小さくため息を吐いてから口を開いた。

 

(…分かった。霊力の操作と、簡単な御札の作り方なら教えてあげる)

「良いの?」

(どうせ言っても聞かないんだし、それなら自分の身は自分で守ってもらった方がマシ。元の君ならともかく、今の君なら素質は充分だろうし。ただし…)

 

 あっさりと頷かれて拍子抜けしていると、君は勿体ぶる様に言葉を区切った。その様子に猛烈に嫌な予感して、腹を括った。

 

(私、訓練では妥協しないから。覚悟してよね)

 

◆

 

 そこからの新生活は、中々にハードだった。日々の家事、学校に通えていない分の勉強、退魔師協会での定期検査。そして退魔術の訓練。特にこれが一番辛い。

 

(そんなパンチじゃ全然駄目!もっと体重を乗せて!)

「これ本当に退魔術なのかな!?」

 

 何よりも辛いのが、思った以上に内容が肉体派だった事だ。昔、ぶん殴って除霊するとは言っていたけれど、まさかここまでするとは。部屋が広くて防音完備なのが、こんな形で役に立つとは思わなかった。アラカは(サンドバッグが無いわね…)と物足りなさそうにしていたけれど。

 

(パンチはこう打つの!)

「わっ!?」

 

 といっても、アラカがこちらの体を動かして、お手本を見せてくれるから、自分としては不足は感じていなかった。ただ、アラカが体を動かせるのは少しの間だけなので、教えて貰った動きはしっかりと記憶しておかないといけない。

 

「もっと、道具とか使うイメージだったんだけどな」

(まあ実際に、御札とか数珠とか、そっちがメインの流派も多いわ。でも道具に依存すると、失った時に何も出来なくなるから。素手で戦えるに越した事は無いの)

 

 そう言われると納得してしまう。事実、あの廃ビルで『不意をつかれて道具を失った退魔師』の末路を見てしまった身としては、頷く事しか出来なかった。

 

(それに、霊力の基本的な操作はすぐに習得出来たしね。やっぱり、私の体なのが大きいみたい)

 

 確かに、霊力の操作は驚く程スムーズに出来た。まるで体が最初から使い方を知っていたかの様だ。そのおかげで、今はこうして格闘術のレクチャーまで受けている訳だし。見た目だけでなく、間違いなくこの体はアラカそのものなのだと、改めて実感した。

 

(今だって、君が喧嘩慣れしてないから上手くいかないだけで、コツを掴めばすぐに上達すると思う。…ここまで吸収が早いとちょっと楽しくなってくるわね。ねえ、エタノールって持ってる?メリケンサックも有るとなお良いんだけど)

「流石に無いかな…」

(そう、残念)

 

 明らかに除霊に関係無さそうなワードが出てきたけれど、何も聞かない事にした。きっと、アラカと同じ境地に至らなければ理解出来ない事なんだ。

 

(とにかく、筋は良いから腐らず続ける事!このまま真面目に鍛練すれば、小規模な異界程度なら何とか出来る様になるはずだから)

「うん、頑張るよ」

 

 アラカの激励を受けて、もう一度気合いを入れる。今度こそ離さないと誓ったんだ。いつかは、あの淫界にだって負けないくらい強くなってやる。決意を新たに、訓練に打ち込むのだった。なおこれは余談だが、御札作りの時、(後は石を入れれば完璧なんだけど)と言われて思わず突っ込んでしまった。先はまだ長そうだ。

 

◆

 

 彼が、退魔術を教えて欲しいと言ってきた。絶対に無茶をするだろうから本当は教えたくなかったけど、どうせ止めても無駄なら、せめて自衛出来るくらいの力は有った方が良い。そう思い直して、彼に退魔術の訓練をつけ始めた。教えるのは始めてだから不安だったけど、私の体だからか、面白いくらいに飲み込みが早い。機会が有れば、『エタノール除霊メリケンサックパンチ』を教えたいくらいだ。

 もっとも、まだまだ私の方が断然強い。淫界に居た時の状態でも圧勝出来る自信が有る。こんな有り様の退魔師がそんな事を言っても、何の自慢にもならないのだけど。今の私は、彼でも簡単に祓えてしまうくらい弱い悪霊だ。

 事実として、彼は頑張っている。私の体、という下駄を履いている状態だとしても、生活が様変わりして大変な中、訓練は欠かさないし、少し前まで一般人だったのに目覚ましい成長だ。

 私の為なのだろうな、と、思う。それが嬉しいとも。それは本来なら恥ずべき事だ。あの地獄で彼を助けようと立ち上がった私は、もう見る影も無い。今の私は、どうしようも無く弱くなってしまった。それで良いと思ってしまうほどに、救いようが無かった。

 彼と共に過ごす時間が、この上無く幸せだった。彼に取り憑いて、姿まで歪めておきながら。それでも罪悪感より嬉しさが勝った。私の中に渦巻く感情は、もはや恋とは言えない程に、醜く肥え太っていた。それでも、この幸せが続いて欲しいと、そう思ってしまった。

 

────これはきっと、その罰なのだ。

 

 退魔師協会で彼が検査を受けた、その帰り道だった。車で送り迎えをして貰っているから、危険なんて無いはずだった。なのに気付けば車は消えていて、それどころか、辺りの景色は一変していた。

 赤黒く、人体内部を思わせるグロテスクな空間。そこは吐き気を催す様な腐臭が蔓延していて。私は霊体にも関わらず、吐きそうになっていた。でも、それは臭いのせいじゃない。この場所に、どうしようも無く覚えがあったからだ。

 何度も私を犯し、汚し、孕ませ、壊した、忌々しくも恐ろしい、最悪の地獄。絶対に彼だけは連れてきてはいけなかった場所。有り得ないはずなのに、それは幻覚では無く、悪夢でも無く、非情な現実として私達の前に現れた。

 

────淫界の、奥殿。とっくに無くなったはずのそこに、気付けば私達は囚われていた。

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