淫界人柱アラカ葬式エンドIF 作:名無し犬
目を開けたら、知らない天井だった。ここは病室だろうか?いや、どうでも良い。そんなことは。今はただ、胸に空いた虚無だけが全てだった。
何も出来なかった。今度こそ助けるんだと息巻いて、結局また助けられて、挙げ句彼女を失った。悪夢であって欲しかったけれど、胸の内に何度呼び掛けても、返事は返ってこない。
ただただ、虚しかった。悲しみも怒りも零れ落ちて、何の気力も湧いてこない。今死ねば、彼女の下へ行けるのだろうか。
「おはよう。やっと起きたのね。ねぼすけさん?」
思考を遮る様に、今もっとも聞きたかった声で、赤の他人が語りかけて来た。視線を横に向ければ、アラカの姿をしたカーラが、ベッド脇の椅子に座っていた。下らない事に、アラカが良く着ていたセーラー服を身に纏っている。嫌がらせのつもりだろうか。
「酷い顔。死んでるみたい。まあ実際、死にたくて仕方がないのでしょうけど」
「言いたい事はそれだけか?」
「そうねえ、私としては、もう少し元気な顔を見せて欲しいのだけど」
いったい何様のつもりなのか。うっとうしくはあったが、それだけだ。相手をするのも煩わしい。もう一度、目蓋を閉じようとして、信じられない言葉が、自分の耳に飛び込んできた。
「だって、せっかくの感動の再会でしょう?辛気臭い顔は似合わないわ」
何を言っているのか分からなかった。その真意を問いただすより早く、彼女の雰囲気は様変わりしていて。頬を赤く染め、こちらを見下ろす彼女は、確かに自分が焦がれた、自分が愛した少女そのものだった。
「…えっと、その、ひ、久しぶり。って、きゃ!?」
気が付いたら、ベッドを飛び出して思い切り抱き締めていた。ああ、アラカだ。間違いない、質の悪い演技なんかじゃない。アラカが居る。生きている。生きて、こうして触れ合う事が出来ている…!
「アラカ、アラカ、アラカ…!」
「…ごめんなさい。また、君を傷付けた」
「良いんだ、そんなこと。また君と居られるのなら。何だって良い。君と、生きられるなら…!」
彼女に情けないところは見せたく無かったけれど、涙が止まらなかった。二度と離すまいと思わず腕に力が入る。
「でも、いったいどうして…?」
「それは「私から説明するわね」
何の前触れもなくカーラに変わり、慌てて離れる。カーラは不満げな顔をしたものの、気を取り直して口を開いた。
「ほら、アラカちゃんって生霊だったでしょ?一応まだ死んでいなかったの。そして私達は淫界の犠牲者の集合体だから。淫界で死んだアラカちゃんは、私達の一部になった。後はアラカちゃんの魂だけ分離させて、改めて体を明け渡したってわけ」
「なる、ほど…?」
理屈は分かったものの、分からない事がある。それをしてカーラに何のメリットがあるのか。とても好んで人助けをする人柄には見えない。そんな自分の疑問を見透かした様に、カーラは答えた。
「あのままだと私達、普通に退魔師に祓われておしまいだから。でもほら、お仲間まで諸共ってなると躊躇せざるを得ないでしょう?」
「つまり、私は人質ってわけ」
「その通りだけど、それだけが理由なんて思われるのも心外だわ。せっかくあそこから出られたんだもの。これは私達なりのお礼だと思ってちょうだい」
「よく言うわ、まったく…」
人格をコロコロと切り替えて、カーラとアラカは喋る。すこしシュールな光景だった。
「あ、そうそう。アラカちゃんが生霊になってた時の所業だけど、『質の悪い偽物』の仕業になったから。少し無理があるけど、退魔師からすれば、淫界から単独で脱出する、なんて事の方があり得ないみたい」
「というわけで、君と私は何のお咎めも無し。口裏を合わせておいて」
二人の説明にホッと胸を撫で下ろす。良かった、アラカが罰を受ける様な事は無いらしい。
「…本当に、至れり尽くせりで気味が悪いわね」
「もう、疑り深いんだから。まあでも、思惑が無いわけではないわ」
そこで言葉を区切って、カーラは淫靡な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「だってあなた達、ここからすっごく面白くなりそうじゃない」
「?…!?わ、私達はあなたが思う様にはならないから!」
「もう、そんな事言っちゃって。良いの?今の彼、女の子の、あなたの快楽を味わい尽くしてるのよ?タチでもネコでも、すっごく気持ち良さそうだと思わない?」
「変な事言わないで!ぶん殴るわよ!?って、ちょ、ちょっと待って、今、私…!?」
下世話な話の中にあった、聞き慣れない単語に首を傾げていると、アラカが何故か、信じられないという表情で口を押さえた。
「ああ、分離させる時に、私達の中からそっち系の子達の知識を一通り共有しておいたの。淫界じゃあ、同性との経験値は貯まらないからね。これで彼との性活も心配無しよ!」
「何してるの!?うわぁほんとだ…。知らないはずの単語が何故か理解出来る…。違和感が凄い…。あ、女の子同士ってこうするんだ。へぇ…」
「アラカちゃ~ん?全部、声に出ちゃってるけど?」
「!?ち、ちが、違うから!とにかく違うから!」
何か良く分からないが、どうにも凄い事になっているらしい。とりあえず、どう転ぶにしても、今の内に腹を括っておいた方が良さそうだ。場合によっては、男としての尊厳が粉々になる。
「やっぱりそういう事したいんじゃな~い♡。もう、素直じゃな「ふんっ!!!」いぎゃっ!?」
「あ、アラカ!?」
よほどカーラに腹を立てたのか、アラカが思い切り自分の顔を殴りつけた。何の躊躇も無い一撃だった。しかし、痛そうに頬をさするアラカの顔は赤くすらなっていない。
「心配しないで、霊力で殴ったから、ダメージがあるのはあいつだけ。私にも痛みはあるのが癪だけど…」
「まさか、祓ったの?」
「ぶっ祓ってやりたいところだけど、一応命の恩人だし。そこまでする程薄情じゃないわ。まあ無防備なところに食らわせたから、しばらくは悶絶して出てこないでしょうけど」
気の毒な様な、妥当な様な。まああの言動では仕方がないと結論づけて、改めてアラカに向き直る。するとアラカは申し訳無さそうに顔を伏せた。
「その、本当にごめんなさい。誓いまで立ててもらったのに、君を一人にしてしまって」
「君が謝る事じゃない。守れなかったのは、こっちなんだから」
「いいえ。私も、私自身を守ろうとしなかった。君さえ無事ならそれで良いって。でも、目覚めた時の君の様子を見て、胸が張り裂けそうだった。だから、思ったの」
決意に満ちた目が、こちらの顔を真っ直ぐ見つめた。ただならぬ雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
「私は、君に生きていて欲しい。ただ生きるんじゃなくて、幸せになって欲しい。その幸せに私が必要なら、もう私は諦めない。私からも誓わせて」
真っ直ぐな言葉に、胸が高鳴る。顔が熱くて仕方がない。気恥ずかしくて顔を逸らしてしまいたいのに、動く事すら出来ずに、アラカの言葉をじっと聞いていた。
「もう絶対、君から離れたりなんてしない。どんなに変わり果てても、必ず君に会いに行く。だから、どうか、その…」
ハッキリと発されていた言葉が、突然尻すぼみになる。恥ずかしげに何度も口を開けては、閉じて。上目遣いで、絞り出す様に、アラカはこう言った。
「こんな私でも、まだ恋人でいてくれる…?」
ああ、それは、反則だ。愛おしさが止まらない。言葉より体が先行して、アラカを強く抱き締めた。アラカも、応える様に抱き締め返してくれる。そのまま、そっと耳元に唇を寄せる。
「ああ。今も、この先も、ずっと。君の事を愛し続けるよ」
そう言って、少し体を離す。アラカの潤んだ瞳と目が合った。どちらともなく、距離を詰めて。後少しで、唇が触れる。
「ちょっと!?流石に今の一撃はひど、あっ…」
やっちまった、という顔のカーラから離れ、力無くベッドに腰掛けた。もう完全に、そういう雰囲気は霧散している。
「その、違うのよ。悪気があったわけじゃなくて、痛すぎて状況判断が出来なかったというか、どちらかといえば悪いのはアラカ「ふ、ふふ、ふふふふふ…」あ、アラカさん?」
カーラが狼狽え、アラカが不気味に笑う。あまりに忙しい百面相だが、愉快だとは思わなかった。
「ごめんなさい。ちょっと席を外すわ。メリケンサック取りに行ってくる」
「あっはい」
何も言えなかった。それ程凄まじい怒気だった。何故か、背後にゴリラを幻視してしまう程だ。何故ゴリラなのか自分でも分からないが、とにかくそれくらい凄まじかった。ただ、背中を見送る事しか出来なかった。
なお、無理を言って二人きりにさせてもらっていたらしく、部屋を出たアラカはすぐ退魔師協会の人に連れ戻された。その後は事後処理に追われ、なし崩し的に、カーラはメリケンサックを回避するのだった。
◆
「はあ、つっかれた!」
「お疲れ様、アラカ」
ソファに座って、隣の彼に寄りかかる。報告書なんかの書類や質問責めで、窓の外はすっかり暗くなってしまっている。ようやく淫界から解放されたと思いきや、これだ。少し気が滅入る。…あの時、邪魔が入らなければもう少し頑張れたんだけど。
「それにしても、こんな形で一緒に住む事になるなんてね」
「そうだね。思ってもみなかった」
今、私は彼が使っているマンションの一室に居た。お互い今は特殊な状態なので、しばらくは検査が必要との判断だ。そこでカーラが「どうせなら一緒に住んじゃえば?」と言い出し、私が渋り、彼まで同調したので慌てて食い下がり、どうにか今の形に落ち着いた。我ながら面倒くさいとは思うけど、あそこまで言ったんだから、彼にももう少し察して欲しい。
「しかも、私と君が双子なんてね」
同じ人間が二人。というのは色々と不都合なので、退魔師協会が手を回して、私達は戸籍上双子という事になった。それ用に彼の偽名も用意されている。
「伊早瀬。君が伊早瀬かあ…」
噛み締める様に呟く。逆は想像した事はあるけれど、まさかこうなるなんて思ってもみなかった。別に、そういう意味じゃないとはいえ、なんだか気恥ずかしい。
「?嫌だった?」
「え?い、いやそういうわ「鈍いわねー。愛する人同士が名字を同じくする。この意味が分からない?」ちょっとカーラ!」
「…あっ。あー、そういう、事か…」
ようやく気づいた様で、彼は頬を染めて目を逸らした。言葉ではカーラに抗議したけど、今回ばかりは素直に感謝だ。
「そっか、うん、確かに。障害は多いだろうけど、いつかは、君とそういう関係になりたいな」
「…へぁ」
あまりにも正直に言葉にするものだから、つい変な声が出てしまった。彼のこういう素直なところが、本当に心臓に悪い。
「…期待してる」
「うん。頑張るよ」
ああもう、何その笑顔。鏡で見飽きたはずの顔が、何故こうも魅力的に見えるのか。まさか私はナルシストだったのだろうか。
「どうかした?」
「その、私の顔で柔らかく笑われると、少し違和感があるなーって」
見惚れてました、なんて言えず、咄嗟に誤魔化す。でも嘘は言っていない。彼みたいに穏やかじゃないし、私。でも彼は私の言葉に納得がいっていない様だった。
「君だって、優しく微笑んでくれていたけど」
「へ?」
予想外の言葉に思考が止まる。そんな事、意識した事無くて。それってつまり、彼の前だと、それくらい自然体で笑えていたっていう事で…!
「~っ!」
「わっ!?あ、アラカ?」
感極まって、彼に抱きつく。ここ最近ずっと、自分が思っている以上に、自分は彼が好きなんだって、思い知らされてばっかりだ。
「あ、あの、ね…?」
「うん」
その気持ちを声にしたくて。でも恥ずかしくて。ゴニョゴニョと口ごもる私を、彼は笑顔で見守ってくれる。その厚意に甘えて、たっぷりと時間を掛けて。私はようやく、言いたい事を口にした。
「…しゅき」
噛んだ。何だしゅきって。恥ずかしい。消えたい。普段から口にしないからこうやってしくじるんだ。こんな事になるなら、もっと素直になっておけば良かった。
「好きだよ、アラカ」
でも彼は、こんな情けない私にも、欲しい言葉をくれて。嬉しくて、幸せで、今すぐこの気持ちを吐き出さないと、どうにかなってしまいそうだった。
「私も、好き。大好き…!好き、好き好き、好き…!」
溢れる感情のままに、何度も口にする。ああやっぱり、好きを形に出来るのは幸せな事だ。だって、こうして言葉にするだけで、こんなにも満たされるのだから。
「…あっ」
視線が交わる。顔が徐々に近付いてくる。お互いの吐息が掛かるくらい近付いて、そのまま…
「んっ」
ついに、口付けをかわした。柔らかい。言ってしまえばそれだけの事が、とても幸せで、心地好くて、そのまま、何度か唇を重ねて。一度顔を離して見つめ合った。
不思議な感覚だった。間違いなく満たされているのに、心はもっともっとと続きをねだっていて、それに体が反応する。頭がぼうっとする。昂ってしまっているのがいやでも分かる。今朝、カーラにあんな事を言ったのに、もう止まれそうにない。
「ねえ」
自分でも驚くほど甘い声が出た。それを聞く君と、私はきっと、同じ顔をしている。欲情した、女の顔。いやらしく愛を乞う、淫らな顔。そんな顔をした君に、私は簡潔に、一言だけ告げた。
「しよ…?」
────今夜は、長くなりそうだ。
これにて、本編完結です。残るは後日談(全一話)となります。よろしければ、最後までお付き合い下さい。