名探偵の世界のバグ(エラー)は俺らしい 作:heatmajin
俺は、とある事件現場で毛利蘭と初めて出会った。
いや、正確に言えば「この世界の毛利蘭」と初めて言葉を交わした、と言うべきか。前世の記憶を持つ俺にとって、彼女はブラウン管の向こうのヒロインで、工藤新一の帰りを健気に待つ、可哀想なくらいに清い乙女だ。
「あの、大丈夫ですか? 血が…」
心配そうに俺の腕を覗き込む蘭の瞳は、噂に違わぬ澄んだ色をしていた。犯人ともみ合った際に、わざと作った浅い切り傷。これが彼女の警戒心を解き、懐に入り込むための最初のチケットだ。
「ああ、平気だよ。それより、君こそ怪我はないかい?」
完璧な笑顔と、心配を滲ませた声色。我ながら反吐が出るほど白々しい。内心では、彼女の制服のラインをなぞるように透視しながら品定めしているとも知らずに、蘭は「私、毛利蘭です!」と無邪気に自己紹介をしてくる。
その隣で、待ちきれないとばかりに身を乗り出してきた快活な少女が、目をキラキラさせながら俺に詰め寄った。
「ちょっと蘭だけずるい! 私は鈴木園子! ねえねえ、お名前は? 探偵さん? 超イケメンじゃん!」
ああ、鈴木園子。蘭の親友にして、鈴木財閥の令嬢。京極真という世界最強クラスの彼氏がいながら、イケメンに目がないお調子者。そして、俺がこの世界で最初に堕とす記念すべき女。
「神代玲だ。探偵じゃないよ、ただの通りすがりさ」
余裕たっぷりに微笑んでやると、園子のボルテージはさらに上がる。ちらりと視線を横に向ければ、小さな名探偵――江戸川コナンが、値踏みするような目でこちらを見ている。その隣では、毛利小五郎が「また若い男が蘭に…」とでも言いたげな顔で睨みを利かせていた。
大丈夫だ、安心しろよ名探偵。お前たちの敵じゃない。少なくとも、表向きはな。
俺の目的は、黒の組織でも、世界の謎でもない。ただ一つ。神様とやらの気まぐれで授かったこの理不尽な力で、お前たちが大切にしている「日常」も「絆」も「貞操」も、全てをぐちゃぐちゃに壊してやることだ。
*
事件は、コナンの手柄という形で無事に解決した。もちろん、俺が彼にしか聞こえない声で「犯人の利き腕、さっき見たのと違いましたよね?」なんてテレパシーでヒントを送ったおかげだが、誰もそのことには気づかない。
帰り道、俺は「お騒がせしました」と立ち去ろうとしたが、園子がそれを許さなかった。
「待ってよ神代さん! 蘭を助けてくれたお礼、まだしてないじゃん! この後お茶しない?」
「いや、俺は別に…」
「いいからいいから!」
強引に腕を引かれ、半ば無理やり喫茶ポアロへと連行される。まあ、これも計算通りだ。
しかし、ポアロを目前にしたその時だった。
ゴウン、と空気を揺るがす低い音が響き、俺はわざとらしく顔を上げた。視線の先、建設中のビルの足場が、ゆっくりと傾いでいく。俺がサイコキネシスで数本のボルトを緩めておいた、舞台装置だ。
「危ない!」
蘭が叫んだ時には、もう遅い。ガラガラと崩れ落ちる足場から、一本の鉄パイプが狙いすましたように園子の頭上へと落下してくる。
悲鳴を上げる間もない園子。だが、その身体が強い力で突き飛ばされ、尻餅をつく。コンマ数秒後、彼女が立っていたアスファルトに、甲高い音を立てて鉄パイプが突き刺さった。
「大丈夫か、園子さん」
埃を払いながら立ち上がったのは、園子を庇った俺だった。その姿は、夕日を背にして、まるで物語のヒーローのように彼女の目に映ったことだろう。
「か、神代、さん…」
恐怖と安堵で震える園子の手を、俺は優しく取って立ち上がらせる。もう彼女の瞳には、俺しか映っていなかった。連絡先を交換するのは、もはや当然の成り行きだった。
*
その夜。鈴木家の豪華な自室で、園子はベッドに寝転がりながら今日の出来事を思い出していた。スマホの連絡先アプリを開き、「神代玲」の名前を指でなぞる。
(かっこよかったなぁ…私を助けるために…)
真さんの顔がちらつくが、すぐに神代の余裕綽々の笑顔に上書きされる。ため息をついたその時、スマホが短く震えた。神代玲からのメッセージだった。
『無事、家に着いたかい? 今日は怖い思いをさせてしまったね』
「きゃっ!」
思わず小さな悲鳴が漏れる。まるで心を見透かされたようなタイミング。園子は慌ててメッセージを打ち込んだ。
『おかげさまで! 神代さんこそ、お怪我は…?』
『俺は平気だよ。それより、眠れそうかい?』
『それが、なんだか目が冴えちゃって…』
『そうか。…なら、少しだけ、目を閉じてみて』
言われるがままに、園子はそっと目を閉じた。なんだろう、このドキドキは。
その瞬間だった。
瞼の裏に、ありえない光景が広がった。どこまでも続く満天の星空。天の川が流れ、淡い緑色のオーロラがカーテンのように揺らめいている。それは、どんな映画や写真よりも鮮やかで、魂が震えるほど美しい景色だった。
『どうかな? 少しは心が落ち着いたかい?』
声が、頭の中に直接響く。驚いて目を開けると、いつもの豪奢な自室の天井がそこにあるだけ。幻…?
『今の、なに…?』
『君と僕だけの、秘密の景色だよ』
頭の中に響く、甘い声。誰にも知られない、二人だけの秘密。この人は、一体何者なの? ただのイケメンじゃない。何か、とんでもない力を持った、特別な人。
もう、我慢できなかった。園子は、震える指でスマホにメッセージを打ち込む。自分の人生を変えてしまうかもしれない、魔法の呪文を。
『神代さん…今から、会えませんか?』
スマホの画面に、神代からの返信がすぐに表示される。
『君がそう言うなら』
その短い肯定に、園子の心臓は破裂しそうなほど高鳴った。どうしよう。本当に会える。でも、どうやって?こんな夜中に?
彼女の疑問を見透かしたかのように、追伸が届く。
『でも、正面から訪ねるわけにはいかないだろう? バルコニーの鍵だけ、開けておいてくれるかな。あとは僕がなんとかするから』
バルコニー。その単語は、まるで禁断の果実のように甘美な響きを持っていた。普通の訪問じゃない。誰にも知られてはいけない、秘密の逢瀬。スリリングな展開に、園子の思考はほとんど麻痺していた。
真さんの顔が罪悪感と共に一瞬よぎる。でも、彼は遠い海外。それに、これはただ会って話すだけ。昼間のお礼だってまだだし、あの不思議な景色のことも聞きたい。大丈夫、大丈夫よ。
彼女は自分に言い訳をしながらベッドを抜け出すと、吸い寄せられるようにバルコニーへと続くガラス戸へと向かった。カチャリ、と。普段なら何でもないはずの解錠音が、やけに大きく部屋に響く。
もう、後戻りはできない。
園子は期待と少しの不安を胸に、部屋の中心で固唾をのんで待っていた。数分が永遠のように感じられた、その時だった。
月明かりを背にして、するりとバルコニーに一人の人影が音もなく降り立つ。
「…本当に、来ちゃった」
そこにいたのは、紛れもなく神代玲だった。黒のタートルネックというラフな格好が、昼間のスマートな出で立ちとは違う、生々しい色気を放っている。
「君が呼んだんだろう?」
彼は静かにガラス戸を開けて部屋に入ると、そのまま後ろ手に鍵をかけた。再び響く、カチャリという音。今度は、世界から二人きりになった、という合図に聞こえた。
「どうやって…ここ、3階よ?」
「君が『会いたい』と強く願ってくれたからかな。僕には、そういうのが分かるんだ」
悪戯っぽく笑う彼の瞳に見つめられ、園子は何も言えなくなる。彼はゆっくりと近づくと、彼女の頬にそっと手を添えた。ひんやりとした彼の指先が、熱くなった肌に心地いい。
「昼間は、よく頑張ったね。怖かっただろう」
「う、うん…でも、神代さんが助けてくれたから…」
「ああ。君みたいな素敵な女性が、危険な目に遭うのは見ていられないからな」
囁かれる甘い言葉の一つ一つが、彼女の理性を溶かしていく。もうダメだ。この人に会ってしまったら、もう普通の恋なんてできない。
その時だった。
ブブブ…ブブブ…。静寂を破って、テーブルの上のスマホが震えだした。着信を知らせる画面には、くっきりと「京極真」の三文字が表示されている。
「あっ…」
園子の身体が、金縛りにあったかのように硬直した。海外で修行中の、恋人からの電話。なんで、今、このタイミングで。
パニックに陥る彼女の目の前で、神代は震えるスマホを指でそっと押さえ、電話に出させなかった。そして、恐怖と罪悪感で青ざめる彼女の耳元に、悪魔のように囁きかける。
「今、彼に何て言うつもりだい? 『ごめん、今、知らない男の人とベッドにいるの』って?」
「そんな…ちが…っ」
「違わないよ。君はもう、戻れない。だって、君が僕をここに呼んだんだから」
神代は鳴り続けるスマホをサイコキネシスでテーブルの端に滑らせると、画面を伏せさせた。暴力的な着信音だけが、部屋に響き渡る。
「さあ、選んで。鳴り続ける過去の音か、それとも、目の前にある未来の快楽か」
着信音がけたたましく鳴り響く中、神代は園子の唇を塞いだ。
罪悪感で潤んだ瞳。抵抗しようとしても、目の前の男の抗いがたい魅力と、絶対的な状況に身体は動かない。恋人の声を聞くはずだった電話が、今は、別の男との禁断のキスを煽るBGMに変わってしまっている。
やがて、けたたましかった着信音は留守番電話に切り替わり、ぷつりと途切れた。
その静寂は、まるで罪が成立した合図のようだった。
糸が切れたように、園子の身体から力が抜ける。もう、どうにでもなれ。神代はそんな彼女を抱きかかえると、ベッドへと優しく横たえた。
「それでいいんだよ、園子」
彼の指が、ゆっくりと彼女のパジャマのボタンにかけられていく。これは暴行じゃない。蹂躙でもない。
鳴り響く電話に出ず、男を部屋に招き入れた彼女自身が選んだ、必然の結末。
鈴木園子が、神代玲という名の「バグ」に堕ちた、記念すべき夜だった。
静寂が訪れた部屋で、園子の耳に聞こえるのは、自分の心臓の音と、布が擦れる衣擦れの音だけだった。神代の指が、一つ、また一つと、彼女のパジャマのボタンを外していく。その手つきは驚くほど優雅で、まるで高価な贈り物の包装を解くかのようだ。
白い肌が月明かりに晒され、その度に園子の肩が小さく震える。恥ずかしさと、未知への期待。そして、京極への罪悪感。ぐちゃぐちゃになった感情が、彼女の思考を飽和させていた。
「綺麗だよ、園子」
神代は囁きながら、露わになった鎖骨の窪みに、そっと唇を寄せた。ひやりとした感触に、園子の背筋をぞくりと甘い痺れが駆け上がる。
「んっ…」
思わず漏れた声は、自分のものではないように掠れていた。神代はそれに満足げに微笑むと、今度はその唇をゆっくりと滑らせ、胸の谷間へと向かう。彼の髪が肌を撫でる感触が生々しくて、園子はシーツを強く握りしめた。
「や…だめ…」
かろうじて絞り出した抵抗の言葉も、彼には届かない。いや、彼は聞いている。その上で、楽しんでいるのだ。
「ダメじゃないだろう? 君の身体は、正直だよ」
彼の指先が、彼女の太腿の内側をそっとなぞる。園子の身体がビクリと跳ね、意図せず腰が浮いた。否定できない。彼の言う通り、身体は歓喜の悲鳴を上げていた。
神代は、彼女の最後の理性を完全に断ち切るように、その指をさらに奥へと進めた。下着の上から、湿り気を帯びた熱い場所を、的確に探し当ててゆっくりと圧迫する。
「あ…!ぁ、んんっ!」
経験したことのない、直接的な刺激。脳が真っ白に灼けるような感覚に、園子の口からはもう意味のある言葉は出てこない。ただ、甘い喘ぎ声が漏れるだけだ。
「ほら、こんなに濡れてる。僕を待っていたんだろう?」
神代は容赦しない。下着の薄い布ごと、その秘裂をなぞり、中心にある硬い蕾を指の腹でくすぐる。園子はたまらず腰を揺らし、その指から逃れようとするが、彼のもう片方の手が腰をがっしりと掴んでいて、どこにも行けない。
「いやっ…!そこ、は…!」
快感の波が、何度も何度も彼女を襲う。もう、真さんの顔なんて思い出せない。ただ、目の前の男がくれる、この背徳的な快楽に溺れていたい。
神代は、そろそろ潮時かと判断した。彼は自らの衣服を脱ぎ捨てると、その熱く猛る自身を露わにする。それを目の当たりにした園子は、息をのんだ。恐怖と、しかしそれ以上に、女としての本能的な好奇心。
「大丈夫。痛くはしない。気持ちいいことだけ、教えてあげる」
まるで魔法の呪文のように、その声が園子の不安を溶かしていく。神代は彼女の両足をやさしく持ち上げると、ゆっくりと自分の腰を沈めてきた。
「んぅっ…!」
未知のものが身体に入ってくる感覚に、園子の身体が強張る。しかし、神代は無理強いはしない。先端だけを埋めたまま、彼女が慣れるのを待っている。そして、精神感応の力を使い、彼女の脳に直接、心地よい感覚を送り込み始めた。
強張っていた身体が、ゆっくりと弛緩していく。恐怖よりも、受け入れる快感が勝っていく。それに気づいた神代は、ついに、一気にその身を最奥まで突き入れた。
「あッ…!♡」
悲鳴のような、しかし歓喜に満ちた声が漏れる。痛みはなかった。ただ、身体の中を埋め尽くされる、圧倒的な熱と存在感。
神代は、ゆっくりと腰を動かし始めた。最初は優しく、彼女の身体をいたわるように。しかし、彼女が喘ぎながら腰を揺らし始めたのを確認すると、次第にその動きは熱を帯びていく。
「ぁ、んっ、んっ…!ふ、ぅ…かみしろ、さ…んっ♡」
もう彼女の口から出るのは、彼の名前だけだった。部屋に響くのは、肌と肌がぶつかる湿った音と、園子の嬌声。
「園子…名前、呼んで」
「れ、い…さんっ…!れいさ、ん…!♡」
彼はさらに腰の動きを速める。サイコキネシスでベッドをわずかに揺らし、振動で快感を増幅させる。エネルギー操作で部屋の温度を微妙に上げ、二人の汗ばんだ肌をさらに密着させる。
「あ、ああっ!もう、だめぇ!いっちゃ、う…!!」
彼女が絶頂を訴えるが、神代はそれを許さない。頂の手前で巧みに緩急をつけ、何度も快感の波を押し寄せる。
「まだだ。もっと、俺を感じて」
意識が朦朧とする中、園子はただ快楽に翻弄される人形のようだった。何度も何度も頂を迎えさせられ、その度に身体を痙攣させる。
そして、神代自身も限界を迎えた時、彼は一際大きく、深く、その身を突き入れた。
「んんんんーーーッ!!♡♡」
園子の絶叫と共に、熱い奔流が彼女の身体の奥深くに注ぎ込まれる。全身の力が抜け、ぐったりとベッドに沈む彼女の耳元で、神代は満足げに囁いた。
「おめでとう、園子。君はもう、俺の女だ」
その言葉を最後に、園子の意識は完全に闇へと落ちていった。
*
翌朝、園子を現実に引き戻したのは、窓の隙間から差し込む眩しい朝日だった。
重い瞼をこじ開けると、見慣れた自室の天井が目に入る。身体が気だるい。特に、腰から下にかけて、今まで感じたことのないような熱っぽい疼きが残っていた。
(夢…?)
そう思いかけた彼女の目に、ベッドの乱れと、シーツに微かに残る染みが飛び込んでくる。そして、自分の身体に残る、生々しい愛の痕跡。
あれは、夢じゃなかった。
昨夜の出来事が、洪水のように脳内を駆け巡る。バルコニーから現れた神代さん。鳴り響いた真さんの着信音。そして、罪の味に酔いしれ、快楽に溺れた、あの時間…。
「…っ!」
園子は顔を覆い、声にならない悲鳴を上げた。どうしよう。私、なんてことを。真さんを裏切ってしまった。
罪悪感が心臓を鷲掴みにする。しかし、不思議だった。涙は出てこない。それどころか、心の奥底から、じわりと込み上げてくるものがあった。
あの、脳が焼き切れるような快感。秘密を共有するスリル。神代玲という男に、心も身体も完全に支配される、あの恍惚とした感覚。
「いけない…私、最低だ…」
そう呟きながらも、彼女の口元は、自分でも気づかないうちに、緩んでいた。
その時、枕元のスマホが短く震える。恐る恐る手に取ると、画面には一件の未読メッセージ。送り主は――神代玲。
『おはよう、お姫様。昨日はよく眠れたかい?』
その、全てを知っているかのような、軽やかで優しい文面。
『また、君だけの景色を見せてあげる。だから、いい子で待ってるんだよ』
園子はスマホを胸に抱きしめ、ベッドの上で身体を丸めた。もうダメだ。もう、後戻りはできない。罪の意識も、恋人への裏切りも、この男がくれる禁断の蜜の味の前では、些細なことに思えてしまう。
私は、神に見いだされたんじゃない。
悪魔に、見初められてしまったんだ。
彼女は、顔を覆ったまま、くつくつと笑い声を漏らし始めた。それは、絶望か、それとも歓喜か。自分でもわからないまま。
窓の外では、いつもと変わらない一日の始まりを告げる鳥のさえずりが響いていた。
だが、鈴木園子の世界は、もう二度と元には戻らない。
彼女は、この世界に生まれた最初の「バグ」に、取り込まれてしまったのだから。